秋宮アンソロジー   作:秋宮 のん

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二番目も完全オリジナルです。
引き続き恋愛のお話。


因果応報

 

 自分には何もできないって事を悟ると、人は藁にも縋りたくなるほど惨めになるそうだ。

 俺こと、藤堂勝(とうどうまさる)は、それを身を持って知った。

 俺には好きな奴がいる。名前は灯七深(あかしななみ)。髪が長くてウェーブが掛かってて、眼鏡をかけて知的で、寒がりでいつもカーディガンなんか着てて、ともかく可愛いんだよ。肌なんか真っ白だし、目の端の少し垂れた感じもチャームポイントだ。性格だって大人しめで、誰にでも優しくて、だけど結構照れ屋で―――、

 でも………、でも七深は………。

 俺が思い切って告白しようと呼び出した神社で、今俺が立つこの神社で、

 ―――倒れたんだ。

 元々体が強い方じゃなかったんだと。七深の親に真実を聞いた時は、驚きを通り越してむしろ笑ってしまったよ。だって、そんな話、ドラマじゃないんだから本当に起きるわけ無いじゃないか? そう思って当然だろ? 

 いや、結局現実って言うのは、何所までも残酷なんだな。

 何が残酷って、七深の病気だ。難しい病名を憶えてはいないが、手術しても治る可能性は、ほぼ零%だと。こんな数字も気休めで助かる見込みなんて、本当は無い。

 七深はその事を直感的に気付いているらしい。だから、あいつは俺とある約束をした。俺の気が沈んでいるのも、その約束が要因だ。

 思わず溜息が出る。他にする事が無いから出した、無駄な溜息だ。

 目の前には賽銭箱。手には五円玉がある。普段神様なんてろくに信じていないのにさ、自分には何もできないと思うと、こんな気分になるもんなんだな。

 賽銭箱に向けて金を弾く。ピ~ン、と小気味のいい音を鳴らして箱の中に消えた。

 手を合わせ、目を瞑る。そして願う。どうか七深を――、

「五円で願掛けとは、ずいぶん安い願いだな?」

 不意に頭上からした声に、反射で瞼を開く。

 袴が見えた。賽銭箱の上に、浮いている袴が見えた。視線を袴の元を追って上げて行く。

 そこには巫女装束と陰陽師を足して二で割ったような白衣を着込んだ人がいた。セミロングの黒髪をゆらゆら揺らしながらこっちを見下ろしている。顔立ちや背格好で解り難いが、たぶん男だ。

「だ、誰だアンタ!」

「神様だ」

 ずいぶん面倒くさそうな視線を逸らしながら血迷ったことを言われた。

「俺が精神科に行くべきか、こいつを脳外科に連れて行くべきか、それが問題だ」

「例え嘘でも悔しいからお前が精神科に行ってくれ」

 これは怒っていいような? 十分正当な理由だよな?

 俺が何か言ってやろうと思ったとき、隣から小さな男の子が現れ、徐に賽銭を投げた。投げられた賽銭は綺麗な放物線を描き、賽銭箱の上に立っている自称神様に直撃――、

 え? あれ? 今、お金が……? あれ?

 確かに直撃コースに入っていたはずの硬貨。だが、それは自称神様の足をすり抜け、賽銭箱へと当然のように収まってしまった。

 男の子も、当然のようにお祈りすると、自称神様には気にせず去っていった。

 え~と、これは一体どういう事だ?

「人に見えないと話相手もいなくって、すっごい暇なんだよ」

 ルル~、と涙を流す自称神様。いや、本物? ってか、俺は何で見えるんだ?

「だってほら、こんな深刻な顔してる奴って、面白そうな悩み抱えてそうだから、暇潰しにな?」

「暇潰しに出てきやがったのかよ!」

「やったなお前! 暇潰しに出会えるなんて運がいいぞっ!」

「むしろ胡散臭ぇよっ!」

 と、怒鳴ってみたものの、確かにこれはチャンスなんじゃないのか?

 まだ信じたわけじゃねえが、もしかしてって可能性を捨てられるか!

「おいっ、神!」

「帰る」

「何故にっ!?」

 いきなり御機嫌斜めで背を向ける神に、俺は慌てて呼び止める。

「ちょっとお願いがあるんだ! 帰るなよっ!」

「信仰心がない奴が何を言う?」

「俺に興味持ったんじゃなかったのかっ!」

「神様って気まぐれだから~」

 馬鹿にしているような声で去ろうとする神。

 逃がすか! せっかく訪れたかもしれないチャンスなんだ!

 俺は賽銭箱の上に跳び上がると、奴の髪の毛を思いっきり束にして掴んでやった。

「ぎぃやあああぁぁぁ~~~っ! 痛い痛いっ! 普通に痛いっ! 抜ける抜けるっ! 神の頭を草むしりするな~~っ!」

 手足をバタつかせながら涙目に講義してくる。俺は無視して髪を引っ張りつづける。

「話を聞かないと坊主になるまで一本一本丁寧に引っこ抜く」

「貴様には拷問の才能があるな」

 真っ青な顔で硬い声を出した神は、観念したように溜息を吐くのだった。

 

 

 

 訳が解らん。

 あの自称神様、七深の話を聞いたら考える素振りも見せずに「出来るだけ彼女ために行動しろ」とそれだけ言いやがった。詳しい話を聞きだそうとしたら、どっかの評論家みたいな長い説明を延々と語りやがる。オカルト的なうんちくを聞かされているようで脳が湧くかと思ったぞ。

「神は奇跡を所持する者で起す物ではない。神に頼んで奇跡を起したいのなら、それに見合う代価行為をせねばな」

 もっともらしい発言のわり、胡散臭い。自分の事を神だとか言うだけあって、条件が一々漠然としてる。

 しかもなんだよ。代価行為は七深に対する行動なのかよ。悪くないが真実味がねえ。

 金とか言われるよりはマシだが、現実味がねえんだよな。

 まあ、そんなわけで、俺はあいつとの話もそこそこに、七深の入院している病院に来ている。

 何所の病院も同じだろう白い廊下を過ぎ、白い扉を開けば、やっぱり白い部屋が表れる。カーテンもベットも白い。病院内の独特の匂い。まるで閉鎖されているような空間に、一人の少女が眠っている。

 ミルクティーの色をした長い髪が、白いベットに広がり、一つの絵画を見ているようだ。タイトルは文句無しに眠り姫だな。その眠り姫が灯七深だ。

 病室に入ってから俺の視線は彼女だけしか写らなくなった。見惚れてしまうのなんて当然の容姿だから仕方ないな。ここが個室だからって言うのもあるだろうけど……。

 俺がベットの横にある丸椅子に腰を下ろすと、七深の瞼がゆっくり持ち上がる。

「誰?」

 七深が寝ぼけた声で俺に訊ねる。

 それだけでなんだかジンッ、と来てしまう。

「よっ、また来たぞ」

「……可愛い~」

 ボォ~~ッ、とした眼のまま七深が俺に抱きついてくる。

 ああ~~~! 柔らかい! あれやこれやが柔らかいっ! 匂いなど秋を感じさせる香しさ! 胸の辺りで頭をぐりぐりなんかされると脳天が痺れてしまいます!

 駄目だ七深っ! 勘違いとは言えイキナリそんな風に抱きつくのはまずいっ! どうまずかって言うと、正に感無量っ!

「……冷静になろう俺」

 外の俺は内心より冷静だ。でないと色々まずいから。

「ふにゃ~~……?」

「ほら七深起きて、メガネかけて」

 棚に置いてあったメガネを七深にかけてやる。七深は一度俺を見て、眼を擦ってから、もう一度確認する。

「あれ? 藤堂くん? ネコさんかと思った~」

「いやいや、大きさが明らかに違いすぎる」

 手を振って否定。だけど、こんな間違いならいくらでもしてくれたまえ。

「きっと夢で黒いカラスさんが目の前を横切ってたから、そんな勘違いしたんだね~」

 関連性が解らん上になんと不吉な夢を見ているか。お前の場合シャレにならないだろうに。

 言葉に出来ないツッコミを押さえていると、七深が柔らかい笑みで、こちらを見つめてくる。

「藤堂くん。約束、覚えてる?」

「……ああ」

「言ってみて」

「『死んでもいいと思えるほどの思い出をください』だろ」

 七深は嬉しそうに笑いかけ、頷く。

 その姿は遊びに行く約束をした子供のように無邪気だ。

 死を受け入れた人間って、どうしてこんなに綺麗に笑えるんだろう?

 胸の奥がきしむような悲しみを感じながら、表に出さないように心がける。自分の事で俺が悲しんでるなんて、七深にとって良い思い出じゃ、ないもんな。

 

 

 

「出てこいエセ神~~っ!」

「誰がエセ神か~~っ!」

 賽銭箱から幽霊みたいに出現した自称神様。歯を剥き出し、目を吊り上げる姿は神というより妖怪だな。

「毎度の事ながら奇天烈な呼び出し方をするでない!」

 俺がこの神社に通うのも、そろそろ一月になろうとしていた。毎日毎日、神社に通いつめて、七深を助けられるかどうか問い詰めているのだ。

「もうすぐ手術の日取りが近付いているんだ。いい加減助けてくれてもいいだろ」

「そう言われてもな~」

 神様は面倒そうに俺を見つめると溜息を吐きやがった。

「全っ然、代価が足りない。もうこれでもかってくらい足りない」

「んな………っ!? なんなんだよ! 代価って結局なんだよ!」

「だから言ってるだろ。彼女のためにお前が出来ることしろ」

「わけ分かんねえんだよ!」

 まどろっこしい言い方に腹が立ってきた。

 結局コイツは俺に何をやらせたいんだ? 本気で代価が足りないとでも言ってやがるのか? いや、そんなはずは無い。もしそうなら、俺が七深に対する想いが足りなってことだろ? そんなはずは無い。基準なんてわかんねえけど、これだけは違うって言える。俺は七深のために全力を尽くしてるんだ。

 そもそもコイツは本当に願いを叶えられるのか? それ以前に叶える気があるのか?

 浮かび始めた疑い。元々信憑性の薄かった相手だけに、その感情は俺の中で冷たく広がっていく。

「お前、本当は何も出来ないんじゃないのか?」

「物事には隔てりという物があって、それを壊すには相応の力が必要なんだよ」

 こっちがイライラしているのに対して、神はウザイほどに冷静だった。まるで詐欺に引っかかっている相手を内心で笑っているような気がしてくる。

 こっちが本気で怒っているのに、まったく相手にしていないかのようだ。

「俺は七深にしてやれる事は全部してる! お前の計算がおかしいんだよ!」

「物差しを知らん奴が勝手な理屈を………? そもそも、因果応報っと言ってな? 過去によって積み重ねてきた物が―――」

「お前の言ってる事がそもそも信憑性が無いんだよ!」

 アイツは、もう話すのも面倒くさいと言いたげに眉間に皺を寄せると、視線を逸らす。

「いい加減にしろ! 何が神様だよ!」

 やり場の無い感情を何処にぶつけて良いのか分からず、無駄に腕を払った。

「結局、お前に助ける力なんて無いんだろ! 尤もらしい事言って、神様面して、気取りたいだけなんじゃないのか!」

 アイツは何も言わない。俺がこれだけ言葉を投げても視線を逸らしたまま冷ややかな表情をするだけ。それがまた癇に障る。

「なにが……っ!」

 人の命と、想いを踏みにじるような態度。こんな相手に感情を我慢する必要なんてない。どうしようもないほど溜まっていた感情が、この瞬間に一気に爆発した。

「誰かを助けられない。助ける力があってもなにもしない。そんなのが神様だって言うなら……っ!」

 気付いたら内臓に溜まった毒を吐き出すように、あらん限りの声で叫んでいた。

「人を助けられない神様なんていらないっ!」

「お前が欲しいのは神で無く悪魔だろ」

 途端、アイツの目が鋭く細められた。

「求められるままに願いを叶えるのがお前の言う神なら。悪魔を尊重すればいい。分かりやすい代価で、簡単に願いを叶えてくれるだろうよ」

「ただの逆切れじゃねえかっ! 本当に救ってくれるなら、俺は悪魔にだって尊重してやるっ!」

「……感情や心を捨てれば、人ではなく動物だ」

「それで七深が救えるなら―――!」

「そうやってお前は彼女に対する想いも捨てるのか?」

「っ!?」

「捨てられる、切り捨てられる想いは、強くも何ともない。お前が伝えたかった想いは、ゴミ箱に捨てられた紙屑と同じなのか?」

 思わず言葉が詰まった。そんなわけあるか! と、言い返したかった。だけど、それを否定したら『七深を助けるためならなんだってする』という自分の言葉に嘘をついている様で、何も言えなくなってしまった。

 だから、俺は走る事にした。ただ我武者羅に走って、この場から少しでも遠ざかりたかった。頭に『逃げる』と言う言葉が過ぎったが、それでも足は止まらない。

 

 

 

 

 気付いたら七深の病室前に立っていた。ここまでどうやってきたのか全然覚えてない。ちゃんと受付け通ったか不安だ。

 アイツのことが脳裏を過ぎる。

『代価が足りない』

 どんなに我を忘れても、俺は結局ここに来た。それだけの想いがあっても、あいつの言う量には達さないらしい。まったく、怒りを通り越して泣けてきそうだ。

 ガラリと音を立てて扉が開く。

 自分で開けた事に一瞬気付けなかった。

 白かった病室は、今は窓から差す光で茜色に染まっている。

 窓辺には、ベットから出てカーディガンを羽織った七深が佇んでいる。

 俺に気付いたらしく振り返ると、柔らかい笑みをやんわりとたたえる。

「どうしたの? 顔、強張ってる」

 ああ、やっぱり七深は可愛い。そして優しい。

 どうして世界は上手くいかねえんだろ? どうして世界はこんなに残酷なんだろ?

 なんでコイツが、こんな可愛い笑顔をする人が死ななきゃならないんだ?

「藤堂くん?」

 後一日。明日には手術が始まる。

 ほぼ百パーセントの死。

 死。いなくなる。見れなくなる? この笑顔を? 何でだよ? このまま俺は何もできずに、何も伝えられずに、何にもないまま終わるのかよ?

 

 そんなの嫌だ!

 

「七深」

 『気付いたら』なんて言葉はない。これは勢いじゃない。俺は俺の意思で、七深の腰に手を回していた。

 服の上からでも感じる柔らかさ、僅かに香るミルクティーの香り。

 胸の中の七深の表情は分からないけど、体が強張ってるから、たぶん緊張してる。

 不思議とこっちは緊張していなかった。ただ胸の奥がじわじわと熱くなって、自然とその言葉を口に出来た。

「好きだよ」

 安っぽい言葉。でも、想いを伝えるのに、とっても便利で簡潔な言葉。その一言で、自分の想い全部を伝えられる。

「この先何があっても、俺は七深が好きだ。例えどんな隔てりがあったって、この気持ちだけは変わらない」

 強く抱きしめながら、言葉を漏らした。

 あの神様が言っていた。『お前が伝えたかった想いは、ゴミ箱に捨てられた紙屑と同じなのか?』って、そんなわけないだろ。俺が七深を想う気持ちは、そんな簡単に切り捨てられるもんじゃない。ちゃんと本人に伝える為の想いなんだよ。

 見たかっ! エセ神野郎!

 胸の辺りに硬い感触と一緒に、熱く湿った物を感じて、しばらく、七深は蚊の鳴くような声で呟いた。

「藤堂くんの嘘吐き……。生きたく、なっちゃった、よ……」

 

 

 

 

 人間って言うのは面倒な生き物だよ。せっかく『感情で生きる』なんて目的を持って生まれたのに、余計なこと考えて『平和』とか『相手の想いの尊重』とか作っちゃってさ。

 人間は神様から奇跡を分けてもらうことの出来る唯一の存在なのに、その特権も自分で捨てる。なのに困った時には神頼み。仕方なく方法を教えてやれば文句ばかり。悪魔や邪神が儲かるわけだ。

「七深」

 両開きの二つ扉。中肉中背の馬鹿男が立ち上がった。

 広くて白い廊下。視線の先には移動用ベットに乗せられて、向かってくる一人の女に向けられているようだ。

 お~お~、目が潤んどる潤んどる。情けない面だな。

「藤堂くん」

 ベットが勝の前で止まる。寝ていた女は表情を綻ばせる。

「また、約束してくれる?」

「何を?」

「私、頑張るから、もし、――――、だったら恋人さんになってくれる?」

「そんなことなら、こっちから約束するよ」

 二人は小指を絡めて人と気の別れを迎える。

 女は扉の奥に運ばれ、男は赤いランプの灯った部屋を眺めている。

 手術が始まる。手術室の中は整然として、とても清潔感が溢れている。

 女を見下ろす。少し悲しげな目。でも、諦めの色じゃない。希望を望む者の懇願の目。

(終わりたく、ないな……)

(終わらせたく、ない)

 思念が流れた。私の中で、心から願う言霊が響く。

(ねえ神様。諦めておいて、おかしいかも知れないけど……)

(なあ神様。あんなこと言っといて、図々しいかも知れねえが……)

(叶うなら……)

(許されるなら……)

((ああ、どうか神様、この幸せを過去にしないで))

 ああ……、この奇跡の身に響く、久しき感情……。

 神と唯一交易を許された品。

 純粋なる人の願いと祈り。奇跡の代価。

 喜びが込み上げる中、手を翳す。きっと鏡があれば不敵に笑っている神が見られるだろう。

「我が名は玉依姫ノ命(たまよりひめのみこと)。神として纏いし、この奇跡、愛すべき我が子に捧ぐ」

 人には見えぬ光。奇跡の光。この身を削り、奇跡は遂行される。

 

 

 

 

 奇跡だ。そう医者は言った。自分達が治療しておいて、その驚きようは過ぎるんじゃないかと思ったが、七深の回復力を見れば当然かもしれない。

「勝くん。置いて行っちゃうよ」

 手術が無事に成功して三日後、七深は無事に退院した。医者でなくとも驚く回復力に俺も腰が抜ける思いだった。

「後ろからその台詞を言う奴を初めて見たぞ」

「それじゃあ、進路変更。あっちに行こう」

「わざわざ行使中の場所を指差さないでください」

 リハビリも兼ねた散歩。町中の歩道。公園や神社が近い場所のおかげか、歩道には人は少ない。病み上がりで、ゆっくりしか歩けない七深には丁度いい散歩道だ。ガードレールが設置されているとは言え、すぐ隣は車道。町中にしては車の数は少ないが油断しないに越したことはない。

 四歩ほど離れていた七深に手をさし伸ばす。七深は笑みを浮かべると懐いたネコのように飛びついてきた。

「よ~し、それじゃあ、神社に行こう」

「なんで神社なんだ?」

「修行って言ったらやっぱり滝だから」

「修行じゃなくてリハビリだろ。病み上がりなのに滝に打たれて何をするつもりなんだ? そもそも神社だからって必ず滝の流れてる場所があるわけじゃない」

 たった一言にここまで突っ込む場所があるとは、さすがは私めの恋人で御座います。末恐ろしや……。

 神社の石段を登りきる頃には七深も疲れてしまったようだった。

 近くのベンチに座らせて、休ませることにした。

 それにしても、と思う。

「俺はよくよくこの神社に縁があるのか?」

「どうしたの?」

「いや、ただな、七深が入院中に願掛けで何度もきてたから」

「そっか、じゃあ、きっとここの神様に勝くんのお願いが届いたんだね」

「……それはどうか?」

「え?」

「あのエセ神が願いを叶えたのか甚だ疑問だ」

 言ってることが理解できないだろう七深は、可愛らしく小首を傾げる。

 まさか自称神様と会って話したなんて言っても信じられるわけもないよな。自嘲なんじゃないかと思える笑みを向けた後、俺は七深のためにジュースでも買ってくると言ってその場を離れる。

 自販機が七深の見える範囲に存在するのは、ありがたかった。何かあってもすぐに七深の元に駆けつけることが出来る。コイン挿入口に金を入れて、さてどれが良いかと選んでいた時、

「御盛んだな」

 不意に声をかけられ横を向くと、黒髪を後ろで纏めた巫女さんが箒片手に佇んでいた。

 その巫女さんの顔、俺はかなり見覚えがあった。

「何してやがる自称神様。女装か?」

「誰が男と言った。私は一度も自分の事を男などと言った覚えなどない」

 軽蔑するように目を細められ、睨まれる。

 少したじろぎそうになるが、こいつに負けるのは、なんか癪なので負けずと言葉を浴びせる。

「神様は廃業か?」

「うん……」

 とっても悲しそうに俯いて肯定された。

 畜生! マジかよっ! なんか俺が苛めてるみたいになっちゃったじゃないか!

「驚くことじゃない。私は玉依姫ノ命。神であり、同時に巫女であるもの。神はその存在そのものが奇跡の塊。願いを叶え、奇跡を起せば神としての存在を削る事に繋がる」

「え? なんだ? じゃあ、お前俺の願いを叶えてくれたのか? 代価の話は?」

 困惑する俺を上目遣いに眺め、元神様は不適な笑みを浮かべる。

「奇跡とは過去の行いから紡がれる物。奇跡を起したければ、そのためにどれだけ努力したかで決まる。だが、それだけでは僅かに足らない時がある。その最後の最後に神に願った時、神は奇跡を人に分け与える権利を持つ」

 一度口を止めた元神が、持ってた箒の柄を俺の鼻先に向けると片目を瞑って言う。

「お前達二人の想いが最後に重なったからこそ、私は軌跡を与えることが出来た。この奇跡は間違いなく、勝、お前が引き起こした物だぞ」

 胸が熱くなった。顔が熱くなった。目頭が熱くなった。

 俺、何か出来たのか? 七深のために、ちゃんと出来たのか?

 俺のやってたことは、無駄じゃなかったんだな?

「誇って、良い事だぞ」

 元神はそう言って背を向ける。箒事、手を頭の後ろにやると「あ~あ、また修行を一からやり直さないと。せっかく神様になれてたのにさ~」と独り言を愚痴っている。

 こいつ、悔しいが俺より大人だ。

 熱い物が流れそうになった時、背中の方から七深の声が聞こえた。袖で目の辺りを拭い、自販機から適当なジュースを取り出し、七深の元に向かおうとした時、元神が声をかけてきた。

「勝」

 振り返ると指の形を鉄砲にした元神が見えた。

「因果応報、良き因果には幸福の未来を」

 言って、指を上に弾く。

 撃たれた。俺はそう思った。飛んできた弾は何か解らない。でも多分、それは幸福な未来に繋がる、とっても素晴らしいもだと思う。俺は神様と元神様から、二つの物を貰った。そんな気がした。




暇つぶしに楽しめたのなら幸いです。
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