…鐘の音が鳴る
ー狩りの時間だー
…今宵も鐘の音が鳴る
ー獣狩りの時間だー
…今宵も不吉な鐘の音が鳴る
ー怪物狩りの時間だー
…今宵も
ー狩りだー
…鐘の音は止まらない
ー狩りだー
…鳴鳴鳴
ー殺せー
…鳴鳴今鐘鳴止宵鳴鳴吉鳴鳴不鳴鳴鳴
ー血だ血だ血だ血を浴びろ血を飲み干せ
…死死死死死死死
ー殺殺殺殺殺殺殺
《さあー今宵も悪夢を始めようー》
血をもって血を洗い流そう
この慟哭の連鎖を終わらせるために
ゴーン…ゴーン…
満月が照らす街『ロド』に鐘の音が響く。
それは不吉な音色。誰もが忌み嫌う不快な警鐘。鐘の音にしてはあまりにも低く悍ましいそれはいつしか最初の犠牲者の絶叫だと思われるようにもなった。
街は静まり返る。道を往き来する足音も、家族の談笑も、酔っ払いの笑い声も、機織りの音も、何も聞こえない。全てパタリと止み、ただひたすら鐘の音が鳴り響く。人っ子一人としてその姿はない。
立ち並ぶ建物は全て厳重に閉じられている。扉は固く閉ざされ、窓にも隙間ができないように板が張り巡らされている。誰も入ってこれないように、誰も外に出られないように、その様はまるで監獄のようだった。
彼らは恐れている。これからこの街で起こる惨劇を身に受けないように、目にしないように、部屋の隅でできる限り体を丸め音を立てないように震えている。
やがて冒涜的な臭いが街中に立ち込める。
血に塗れた獣の臭い。半開きの口から漏れる腐臭。まともに嗅ぎ続ければ気が狂ってしまうだろう。
そう…これからこの街で行われるのは狩り。人ならざるものたちが徘徊し、人を貪り喰う悪夢の夜。
「グルル…」
恐ろしく低い唸り声を上げる異形の者たち。彼らは餌を求め静寂の街を彷徨う。
二本足でユラユラと歩くその姿は人のそれに似ながら人ではない。異常なほど伸びた四肢、肉を削ぎ落してしまったかのように痩せこけた体は今にも骨が突き破ってしまいそうなほど皮が張っている。全身は汚らしい毛で覆われ、窪んだ双眸は鈍く赤い光を放っている。
彼らは獣。
悪夢の使途。
人を喰らう化け物。
知能はすでになく、ただ己の飽くなき飢えを満たすために彷徨う。空腹、空腹、空腹、常に付き纏う飢餓は決して終わらない。
故に彼らは喰らう。人を、無感情に。
鐘の音は彼らの到来を告げる不吉の音。人々はその警鐘を耳にし、身を隠す。己の匂いを誤魔化すために香を焚くう。
だが、その行為で悲劇を防ぎきることはできない。
「い…嫌だ!やめてくれ!助け…ああああああああああッ!!!」
凄惨な断末魔が木霊する。
彼らに知能はなけれど、本能が人を見つけ出す。さらに一度血の臭いを嗅ぎつければ彼らは群がる。見つかればただの人間に助かる術はない。四肢をもがれ、腹を貪られ、臓物を抉り取られる。あまりの痛みに意識を飛ばすことできず、死の間際、極限まで地獄の苦痛を味わうことになる。
これが人の街に巣食う悪夢。毎夜誰かが夢を見るようにこの悪夢は毎夜続く。
しかし、人の中にはこの理不尽な悪夢に抗う者もいる。
…いや、はたしてこの者たちを力無く怯える人々と同じものと扱ってよいものか。
チリーン…チリーン…
鐘の音に混ざり新たな鐘の音が重なり合う。乱れることなくまったく同じペースの足音がいくつも響く。
黒い隊列。
黒い僧衣を身に纏った巨漢。深く被った黒い丸帽子の下からは昏い目が覗く。彼らは小さな鐘を埋め込んだ巨大な十字架を掲げ、行進する。
表情はない。感情はない。まるで機械のように統率された一糸乱れぬ行進。
彼らは狩人。異形の獣を虐をもって打ち滅ぼす異端の狩人。
獣を…異形の化け物を忌避し、その存在を微塵と許さない。
「ガアアアアアアアアッ!!!!」
咆哮を上げ獣が狩人たちに飛びかかる。牙を剥き出しに、爪を伸ばし、冒涜的な腐臭を撒き散らす。
だが、狩人たちは動じない。隊列を乱すことなく、最小限の動きで迎え撃つ。その様子はまるで羽虫を払う様。彼らの視界には獣の姿はまともに入っていないだろう。
視界をちらつくものたちをその巨大な拳で叩き潰し、首を圧し折り、臓物を引き千切る。
彼らの行進は止められない。通り過ぎた道は赤く染まり無残な死骸が散らばる。前に立つものは全て潰される。
これは夜が終わるまで…ひと時の悪夢が終わるまで続く。ただひたすら歩き続け、探し続ける。この悪夢の根源を。
「相変わらず気味の悪い連中だ…」
陽が上り、夜が明ける。悪夢は鳴りを潜め、鐘の音が止んだ。生き残った人々は安堵し、ひと時の平和に戻る。
「しっかしまあ…後片付けぐらいしてけよな」
しかし、光が戻れば小さな影が生まれる。獣は消えたわけではない。影に潜むのだ。小さな影に餌が入り込むのを待っているのだ。