Nightmare Hunt   作:探索者

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「あークソ!クソッタレが!」

 

 朝の街に男の叫びが響く。

 

「ほんとクソだなぁ…おい!せめてマスクぐらい支給しろよ!」

 

 誰に語るわけでもない言葉は虚しく、汚らしい道を駆け抜けていく。仮に僅かにでも家から顔を出すようなものがいれば、彼に向けるのは目ははたして。もっともこの状況で出てくるものなどいないだろう。

 暖かな朝焼けに包まれても、この街の朝は気持ちの良いものではない。街中は悪夢が確かに起こっていたことを証明するように大量の血肉で濡れている。さらにその悍ましい塊から発せられるのは冒涜的な腐臭だけではない。人の精神を蝕む瘴気。まともに吸えばただの生命体では一瞬で呑み込まれる。

 悪夢の影響力はひと時の目覚めでは到底褪せない。恐怖は消えない。

 故に片付ける必要がある。清掃しなければこの街は永遠と悪夢に支配される場所になるだろ。それが終わるまで人々が家を出ることはない。

 不幸にも…あるいは光栄にも彼もその役を担う一人だった。

 悪夢の残滓を無造作に燃え盛る炎に投げ入れる。水をぶちまけ洗い流す。

 異形の獣は死しても普通の手段では排除できない。ただの炎ではその死骸は灰にならない。ただの水ではその血は落ちない。

 では、この炎と水の正体は何なのか。紙切れ一枚で猛る炎は、意思を持つように汚れに集まる水は、一体何なのか。

 それは人類が扱う獣殺しの祝福。施されたものは異形の獣に対し、怪物に対し、悪夢に対し、凄まじいほどの効果を示す。

 

「黒教会の連中はどいつもこいつもやりたい放題かよ」

 

 ぼやく男は死骸を炎の中に投げ込む。一つ、また一つと次々と手際よく炎で浄化する。

 異常な光景だろう。痩せ細っているとはいえ、人の丈をゆうに超す獣を軽々と、それも片手で投げ飛ばす。それ以前に彼はこの瘴気の中で平然としている。この悪臭に顔を顰めてはいるものの、瘴気の影響はまるで受けていない。

 だが、それも当然だろう。彼は狩人。異形の獣を狩る以上、その身体能力はただの人では収まれない。正気でありながら狂気に侵されていなければならない。

 故に異端、白と黒の狩人は共に異常。共に狂っている。

 二色の違いは人をやめながら人に留まったか…人でありながら人を失ったか…。その程度のもの。もはや両者の違いは誤差と言っても過言ではない。力無きただの人々にとっては獣と同じく共に恐れるべき…化け物だ。

 彼は前者。つまり白教会の狩人『ガウェルフ・レイズ』は純粋な人とは呼べない。銀髪の狩人、刃物が如き目つきの狩人はその身に人ならざるものを宿す。

 

 

 

 そして、教会。この世界には強大な二つの教会が存在する。源を同じに、道を違えた教会が。

 一つは、白を名に持つ教会。多くはここに、狩人を志す者はこの教会の門を叩く。そして、怪物を狩るために人であろうと人ならざるものをその身に宿す。

 一つは、黒の名に持つ教会。白と違い、ここを目指す者はいない。何故なら彼らは己らだけで完結している。異常なほどに排他的であり、純血以外を認めない。元から力がある者しか存在しない以上、体に異物を宿す必要はなく、その術を忌み嫌う。探求こそを一とし、是とする。

 白と黒は手を取り合わない。始まりは同じでも、歩む道も、その果てに辿り着く場所も違う。その過程で両者は獣を狩るだけ。表面上はぶつかることはなけれど、少し、たとえ僅かでも今の在り方がズレた場合は……。

 だが、共通点もある。それは人類の救済に関心が薄いところだ。黒教会は言わずもがな、白教会ですらだ。

 悪夢の片付けも彼らの多くにとっては救済のためではなく、悪夢を終わらせるため。己らの活動の邪魔をされないように、面倒な批判を受け動き辛くならないように。そのためにまるで人々を守るために活動しているように見せかけているのだ。

 もっともガウェルフの愚痴通り、黒教会にいたっては取り繕うことすらしないが。元来、探求者とはそういうものだろう。

 

 

 

「………け…た……た…す……て…」

 

 ガウェルフの耳に蚊の鳴くような声が届いた。目をやれば体を半ば貪られた男が倒れていた。すでに目に光はなく、陸に打ち上げられた魚のように弱弱しく口を開閉させている。

 

「…随分としぶといな、負け犬(市民殿)

 

 片付けを行う手を一度止め、ガウェルフは瀕死の男に足を向ける。その目は少なくとも慈愛に満ちてはいなかった。

 

「運がいいのか…悪いのか……いや、悪いんだろうな」

 

 ガウェルフは腰に差した剣を抜く。

 彼の言葉通り瀕死の男は運が悪いだろう。獣に襲われた以上、その運は尽きたと言っていい。あるいはこの状況でガウェルフのような狩人に発見されたのは運が良かったと言える。

 彼はまだ心ある狩人。故にこれ以上苦しまずに人として死ねるのだから。

 一閃。恐るべき速度で振るわれた剣は寸分違わず男の首を捉えた。容易く肉を、骨を断ち、首を飛ばす。

 

「こういう時はなんて言うんだったか……あーそうだ…」

 

 祝福された刃が獣に浸食された箇所を燃やす。

 そう…人は獣に浸食される。貪られるのは体だけではなく、精神も。その末路は獣への変化。死に、悪夢に飲み込まれ自我を失い、獣になり人を襲い始める。

 故に心ある狩人は下手な手当などせず、一思いに殺す。

 だが、獣を殺すことに執着する者たちはそんな生温いことはしない。苦しませ、苦しませ、最期の最後まで苦痛で埋め尽くしようやく、獣化した者を狩る。憎しみと愉悦と…彼らには様々な感情が渦巻いているのだ。

 

Rest in peace (おやすみ)ってな」

 

 死者の安眠を祈る言葉には一切の心が籠っていない。顔色一つ変えない。言葉にするだけ。

 それを示すように、ガウェルフは悼む素振りを一切見せずすぐに片付けに戻る。今しがた自分が死体にしたものを淡々と炎にくべる。

 

「はぁ…終わんね」

 

 狩人は陽の当らない陰に唾を吐き捨て剣を再び抜いた。

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