Nightmare Hunt   作:探索者

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 怪物は…獣は陰に潜む。元来、あれらは闇に生きる。狩りも無論陽の光がない夜に行う。

 理由は不明だ。ただ悍ましい化け物は夜に現れるという人々の恐れの認識がそうさせているのかもしれない。もっともあの化け物たちは暗闇にしか生きられないわけでもなく、狩りをしないわけでもないのだが。

 何にしろ、それが人々にとっては僅かな希望ではある。常に家の隅で震えて喰われないことを祈りながら過ごす人生に一体何の価値があるというのか。

 

 

 

 悪夢は終わらない。残滓は残り続ける。

 故に狩人は片付ける。それは何も動かなくなった肉塊だけではない。いや、むしろ動く残滓を狩ることこそが彼らの本来の役目だ。何よりも多くがそれを望んでいる。その瞬間を歓喜する。

 ガウェルフはあまりそうは思っていない。狩りこそが狩人の本懐だとは思っているが、歓喜するほどでもない。すぐにこの片付けを終わらせたいとだけ願っている。

 剣を抜いた彼の視線の先は暗闇が広がっている。建物に阻まれ陽の光がまるで当たらない路地裏の陰。

 しかし、どうだろうか。はたして陽の光が当たらないとはいえ、先がまるで見えないほど暗くなるものか。

 その先から蠢く音をガウェルフは聞く。狩人である彼だからこそ聞き取れた小さな音。粘着質の何かが這いずるような音、無数の鳴き声。そして、死体から発せられる以上に冒涜的で強烈な腐臭。

 いまだに悪夢が蔓延る陰にガウェルフは躊躇なく足を踏み入れた。

 暗闇に広がっていたのは卒倒しそうな光景だった。

 壁が蠢いている。粘着質の物体が這いずる音と小動物の甲高い鳴き声の合奏は聞くに堪えない。一歩踏み出せば、無数の赤い光がギョロっとガウェルフを睨み付ける。

 ガウェルフはそれらを無視する。この程度は日常茶飯事。今更大袈裟な反応をすることも、怯むこともない。さらに言うのであれば、こんな千切れカスのような端くれをわざわざ相手にしていられないといったところか。

 しばらく進むと、ドス…ドス…と低く重い足音が不快な合奏に加わる。その音にガウェルフは足を止める。

 

「…」

 

 静止して数秒、それは姿を現した。

 体中が泥のように蠢く四本足の巨獣。胸の辺りは心臓とでも言いたげに赤く光っている。のそのそと四足で歩く姿は知性の欠片も見い出せない。強いてこの未知の獣に近い生物を上げるのであれば人間か。

 目を凝らせば理解できる。その体の正体に。

 

「…おいおい」

 

 それは鼠の集合体。壁一面に蠢く赤い光も鼠のものだ。その数は百、二百と済む数ではない。

 

「呆れたもんだな。悪食が過ぎんだよ、ネズ公どもが」

 

 これが悪夢に汚染された末路。小動物であろうが、虫であろうが、関係なく飲み込まれる。思考を乗っ取られ、体も醜く変異する。

 その例がこの鼠の群れだ。四肢を失い、ナメクジのように這いずり回り、毛が抜け落ちた全身は泥色の肉が露出している。口の中の歯はより鋭利に、血走った目は赤く染まっている。

 赤い目は全てガウェルフに向いている。感じられるのは飽くなき飢えを満たそうとする欲求のみ。

 合図はなく、狩りは唐突に始まった。

 巨獣がガウェルフに飛びかかる。とても複数の鼠の塊とは思えない速度。一瞬にしてガウェルフの体を潰そうとすぐ真上に現れる。ただの人間では到底反応できない。しかし、狩人は違う。

 ガウェルフは恐るべき俊敏な動きで壁に跳んだ。壁に張り付いた鼠ごと蹴り飛ばし、巨獣の上を取る。

 

殺った(とった)!」

 

 剣を背中に突き立てる。そのまま地面に叩き付ける。嫌な音を立てながら巨獣の体を組織する鼠が潰れた。

 そうなるとガウェルフは思っていた。

 

「げっ!?」

 

 ガウェルフは顔を顰める。

 確かに巨獣の体に剣は突き刺さった。祝福が施された武器によって焼かれる獣の音と臭いがあった。

 しかし、巨獣の体は数匹刺し殺した程度で崩壊した。体を組織していた鼠がばらばらと地面に落ち、集結し再び形をつくる。

 

「チッ!」

 

 その様子に悪態をつきつつガウェルフはコートの中に手を入れる。

 

「…マジか」

 

 着地と同時にガウェルフは後ろに跳ぶ。直後に彼が降り立った場所を巨獣の足が踏み荒らす。

 

「全部使っちまってたか…教会も景気の悪い連中だ」

 

 コートから抜いた手には何もない。うんざりだと言わんばかりにその手を振る。本来なら祝福による術が仕込まれた紙を取り出していたはずだった。術を発動させ獣を燃やし尽くす予定だったのだが、彼の言葉通り掃除に使い過ぎていたようだ。

 巨獣がガウェルフに迫る。ゆっくりと今度こそ仕留めてやろうというように。

 一方のガウェルフも巨獣に向かう。

 

「一匹残らず殺してやるよ、害獣が」

 

 弾かれるように両者は地面を蹴り飛ばして距離を詰める。

 いよいよ衝突する。巨獣の腕が振り下ろされた。耳の痛くなるような風切り音と共にその腕は、

 

「ハハッ!」

 

 宙を舞った。さらに腕を組織する鼠は一匹残らず切り刻まれ燃え果てる。

 巨獣はその場にとどまらず、壁に飛びついた。鼠を集め、腕を構築する。鼠がいる限り再生し続ける。その鼠もまるで減る様子がない。次から次へと現れる。これではきりがないだろう。

 しかし、そんなことなど知ったことではないとガウェルフは剣を右から左手に受け渡し、逆手に持ち替える。そのまま壁に深く突き刺し駆け出す。凄まじい音と共に壁が、鼠が砕ける。

 巨獣も迎撃にと腕を伸ばすが、すでに遅い。壁を抉りながら振るわれた剣は巨腕もろとも胴体を引き裂いた。大量の鼠が細切れに、形を保てなくなった巨獣は再びバラバラになる。

 その際にガウェルフは見つけた。一匹だけ他の個体と比べて一回りも大きな赤い鼠を。その個体を中心に巨獣の体をつくっているところを。

 

「こりゃいいや」

 

 統率している個体がいるならそれを潰してしまえばいい。基本はそれで崩れる。とはいえ相手は知性を持たぬ獣。その結果がどう転がるかはガウェルフにもわからなかった。

 ものは試し。ガウェルフは強引に体を捻る。巨獣に向き直り、いまだ殺しきれていない速度をさらに加速させ肉薄する。

 巨獣の迎撃はまるで間に合わない。その腕を振るう素振りを見せた時点で斬り落とされ、容易く背中を取られた。ガウェルフの一撃が巨獣を背中から破壊する。崩壊する体からガウェルフの予想通りだったと言わんばかりに赤い鼠がいち早く飛び出してきた。その体にすぐに他の鼠が群がる。

 勘が当たりニヤリと笑っていたガウェルフに、しかし予想外のことが起きる。

 

「!」

 

 ワンパターンの行動しかできないと思っていた鼠が新たな形をつくる。四本足の巨獣の体から、頭の無い大蛇の体へとつくり替わった。滑り動くその速さは以前の比ではない。

 一瞬にして詰められた距離。ガウェルフは咄嗟に剣で大蛇を受け止めた。流すことなく全ての力をその腕で止めた。

 がちがちと鼠の歯と剣がぶつかり合い、地面は踏ん張る足の犠牲に削れる。少しずつガウェルフが押され始めていた。剣が上に押し流され始め、今にもガウェルフの体を貪ろうと鼠の口が大きく開かれている。

 しかし、ガウェルフの顔には焦りの色が一切見えない。それどころか勝ちを確信しているようにさえ見えた。

 そうとも勝ちだ。悪鬼じみた笑みを浮かべ、ガウェルフは剣を握る手にさらに力を込めた。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 一瞬で天秤が傾く。重い踏み込み、ガウェルフの剣は大蛇の体を両断した。大蛇の体が崩壊を始める。

 尾まで切り裂いたガウェルフは体を捻ると同時に腰から銃を抜いた。祝福が施された銃弾が込められ、それ自体にも術が施された特殊な銃。狩人が扱う猟銃。その威力は通常のそれとは比べ物にならない。

 銃口は今しがた飛び出してきた赤い鼠をすでに捉えている。

 

「くたばれ」

 

 引き金を引き、銃口が火を噴いた。凄まじい速度で放たれた銃弾は吸い込まれるように赤い鼠に命中し、その体を破壊した。飛び散った残骸が祝福によって燃える。

 さらに司令塔を失ったせいか、他の鼠も光を失い糸の切れた人形のように動かなくなった。

 

「はぁー終わった終わった」

 

 ガウェルフは転がる鼠を踏み潰しながら路地裏を出る。本来ならばこの後片付けもやるべきなのだが、今の手持ちでは到底やってられるものではない。

 

「大体こういうのは新入りにでもやらせときゃいいんだよ」

 

 彼のぼやきはやはり誰にも届かなかった。

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