Nightmare Hunt   作:探索者

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 悪夢に呪われた街『ロド』より少し離れた場所にそれはある。

 白く染まった建物。広大な敷地にそびえ立つ教会。鐘はなく、讃える主もない異端の白い教会。あるいは魔窟。

 ここが白教会の本拠地。狩人たちの多くが集う場所。狩人たちの唯一の帰る場所。

 後片付けを終えた狩人たちが次々と帰還する。

 教会には様々なものがある。それこそ一つの町と言っても過言ではないほどに。

 だが、それも当たり前だろう。

 狩人になった時点で教会に縛られる。ここから出ることは許されない。そんな彼らに対する慰めが施設の充実。精神崩壊を起こさないための仮初の自由だ。

 この酒場もその一つだ。昼夜問わずに多くの狩人がここで酒を浴びている。今も陽が昇ってからそう経っていないというのに空席がまるで見当たらない。

 

「はぁー…」

 

 派手な音を立て、ガウェルフはカウンターテーブルの椅子に腰を下ろした。気だるげな表情を浮かべる彼の前に一杯の酒が注がれる。

 

「お疲れか?狩人(小間使い)殿」

「ぶち殺すぞじじい」

 

 ガウェルフは注がれた酒を一気に飲み干す。喉を焼く刺激がこの体に心地よい。

 空のコップを半ば叩き付けるように置き、テーブルを挟んだ向かいの老いた男を睨み付ける。白いひげと髪を蓄えた男はガウェルフの恐ろしい眼光を前にしても肩を竦めるだけで特に気にしてはいなかった。まるで我儘な子供を相手にするそれだ。

 再び酒が注がれる。

 

「ベテラン様のお前がわざわざ掃除に駆り出されるとはな」

「…あぁ?」

「機嫌悪いな」

 

 クク…と男は笑う。

 この男はいつもそうだ。狩人をからかうのが老後の楽しだという悪趣味な男『ジョージ・マーティン』。彼もかつては狩人だった。その証拠に老いた身でありながら引き締まった体は服の上からでもよくわかる。鋭い眼光もまるで衰えていない。なお老いを理由に引退できた数少ない狩人でもある。

 

「あの手の簡単で怠い仕事は新入りにでもやらせとけきゃいいんだよ」

「その新入りがいないんだろうよ」

「チッ…あー……こないだの…何人残ってんの?団体で入ってきてただろ?」

「二人…いや、一人だな」

「そんなもんか」

 

 ガウェルフは呆れたように酒を仰いだ。

 狩人の世界は過酷だ。人ならざるものを内に宿す過程で脱落する者も多く、無事狩人となっても初陣でさらに死ぬ。生き残っても残酷な狩場を目の当たりにし気が狂う者も。おかげで効率は最悪でありながら勝手に優秀な人材だけが集まる。使える狩人だけが残る。だが、同時に白教会は常に人手不足に苛まれている。にもかかわらず白教会はそれを是としているのだから狩人一人一人の負担だけが重くなるのだ。

 

「大体黒の連中がお行儀よくお片付けしてくれりゃあこんな面倒な真似をしなくて済むのによ…」

「天と地がひっくり返っても無理な話だろうな。あれは根からの探求者だ。目的以外はどうなろうと関係あるまいよ」

「はん…随分なご身分だことで」

 

 黒教会は血筋の狩人だ。全員がエリートであり、実力があることは確かだ。そのせいで所属している狩人は傲慢であり、己ら以外を見下している。人も化け物も等しく視界を飛び回る羽虫程度にしか思っていないだろう。

 

「つーか探求者って…そんな御大層なもんかよ、あの鉄仮面連中が。いいとこ片付けができないクソガキだぜ。いや、それも過大だな…」

 

 ガウェルフは彼らが嫌いだった。いや、彼らを好ましく思う者はそういないだろう。

 常に無表情、声一つ出さない、統一された動きは微塵と乱れない。機械のようで人間味がまるで感じられない。人を喰らう怪物の方がまだ人間らしくある。

 それ以外にもガウェルフが彼らを嫌う理由はある。

 

「あいつらのおかげで風評被害が酷い」

 

 悪夢の片付けはしない。それだけではなく、黒教会はただの人間であろうと化け物同様に殺す。視界に入れば、進行先にいれば、容赦なく殺す。

 故に人々は狩人に恐怖を懐く。黒も白も関係なくだ。彼らからすれば違いなどわからないのだろう。等しく人を容易く肉片にできる化け物を狩る狩人だ。

 

「そうだな。だが、存外白教会(俺たち)もそう変わらんさ」

「じじい、それあんまり大きな声で言うなよ?馬鹿どもに火が付く」

 

 黒教会を嫌う者の中には過激な者たちもいる。凄まじい敵意、過剰な殺意。今はまだ大きな問題にこそなってなけれど、両者の衝突はすでに両手を使っても足りないほどだ。さらに黒教会を庇う、もしくは黒と白を同一視しようものならたとえ味方であれど、ただの人間であれど彼らは噛み付く。故に教会内でも厄介者扱いとされている。

 

「気にするな。所詮は小童の癇癪、仮に暴れても取るに足らん」

「仲介する身にもなれよ…」

 

 ため息を吐きガウェルフはコップを揺らす。小さな力で音を立てぶつかり合う氷が自分たちと重なり皮肉めいて見えた。

 白教会は仲間意識が強くはない。お互いを同業者あるいは体の良い道具程度にしか思っていないだろう。狩人になった経緯も人それぞれであり、そこから対立することも多々ある。理想を求め、現実を知った者たちの堕ちる様はよく見る光景だ。中には狂った元犯罪者もおり、死刑と引き換えに狩人となった者もいる。そんな狩人たちを力で抑えつけているような組織だ。仲間意識などあるはずもない。だが、恐怖で統率された烏合の衆にしては纏まっている方だろう。

 

「あぁ、そうだ。小童で思い出したが、ほら」

「ん?」

 

 ジョージは一枚の紙をガウェルフの前に置いた。目をやれば最初に飛び込んできた単語にガウェルフは頭痛がした。

 

「冗談だろ…」

「まさか。本物だよ」

「最悪だ…日が悪いとこうも面倒事が続くのかよ…」

 

 基本的に狩人は伝令と呼ばれる者たちを介して仕事内容を伝えられる。報酬も仕事の達成を確認した彼らから受け渡される。

 だが、例外もある。

 それが召集令状。所謂白教会の上層部とされる者たちから直接仕事内容を伝えられるといったもの。無論、彼らが狩人に伝えに来るわけもなく、召集の文字と名前が書かれた紙を渡された狩人が自ら向かう必要がある。

 ガウェルフが…いや、多くの狩人がこれを嫌がるのはそういった理由もあるが、最も大きな理由としては他のものが挙げられる。それは仕事の内容だ。上層部から直接伝えられる仕事はそのどれもが非常に重要なもの。ある時は異常な強さを誇る化け物の討伐、ある時は要人の護衛。故に駆り出されるのはよほど信頼された実力のある狩人だけだ。

 要は面倒なのだ。一度や二度の経験ではないからこそガウェルフは強くそう思う気持ちがあった。

 

「信頼の証だ。嬉しいだろ?」

「それこそ冗談。これで喜ぶのは初体験もまだのチェリーボーイかあの犬だけだって…」

 

 そこまで言ってガウェルフはジョージの口にしたある単語が妙に引っかかった。

 

「ちょっと待て。アンタ、小童で思い出したって…そりゃどういう…」

「行ってからのお楽しみだな」

「クソじじいが…!」

 

 これだから趣味の悪い年寄は…―――。

 ガウェルフは乱暴にコップを置いた。勢いで氷が飛び出したそれに再び酒が注がれる。さらに二枚の干し肉が入った皿が差し出される。仕事終わりの酒しか入っていない空き腹には安く固いそれがご馳走に見えた。

 

「餞別だ」

 

 ジョージは意地の悪い笑みを浮かべた。ガウェルフも邪悪な笑みを浮かべて見せる。

 

「そりゃどうも。こんなにも上等なものをいただいて。やる気に満ち溢れてきたわ」

「悪いなベテラン様にこんな安物でやる気満々になってもらって」

「死に腐れジジイ」

 

 肉を一枚酒で腹に流し込んだガウェルフは残りの干し肉と召集令状を片手に首切りのジェスチャーをしてみせ、酒場を後にした。

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