「馬鹿となんたらは高いところが好きなんて言うが、地下に引き篭もっている連中はなんなのかねぇ…」
ひたすら長い階段を下り、ガウェルフは教会の地下、最下層にやってきていた。
ここは地下だというのに非常に明るい。陰の存在を微塵と許さないように松明が焚かれているのだ。物々しい大扉の前には無表情な門番が立っている。
「なあ?どう思うよ、門番殿」
声を掛けても彼は何も答えない。変わらず無表情でガウェルフの方を見てすらいない。それこそが己の役目だと言わんばかりに直立不動だ。
「少しは愛想良くできないのかよ…。ま、こんな陰気臭い場所に年がら年中立ってりゃそうもなるか」
元より会話など期待していない。そもそもできるはずがないのだ。何故なら彼らは舌を持たない。
生まれながらにして門番の名と力だけが与えられ、他は全て奪われる。朽ち果てるまでその役割として生きる。門番とはそういう存在なのだ。何も望まない、何も望めない。機械としか生きることができない。
彼らを見ているとガウェルフは黒教会の狩人を思い出す。あの無情な巨漢を。
「ほら、通してくれ」
いつまでもこうしているわけにはいかない。留まり続ければこちらまで気が滅入る。付け加えるのであれば、上層部の者たちとも会いたくない足がより重くなる。
ガウェルフは召集令状を門番の眼前に突き出した。同じ手に干し肉を持っていたせいか、よれよれだが問題はないだろう。
令状に目を通した門番が扉に手を触れた。その瞬間、扉は独りでに開き始める。
この扉は特殊だ。その施錠は呪術によるものであり、門番以外では誰も解錠することができない。強度も極めて高く並みの方法では傷一つ付けることはできない。防音も完璧だ。
大袈裟なほど厳重な警備と言うべきか。この扉の先にもまったく同じ部屋があり、その先に上層部の者たちは集まっている。一体何が彼らをここまで臆病にさせるのだろうか。
ガウェルフは手を振り、扉の先に。瞬間、彼の背中を掠るようにして扉は勢いよく閉まった。
「…ご丁寧にどうも」
扉の先もやはり同じ光景だ。松明が焚かれ、大扉があり、門番が立っている。唯一違う点を挙げるのであれば、見知らぬ少女が立っている点か。彼女はガウェルフは視認した途端、ただでさえ姿勢のよかった背をさらに伸ばした。
「お、おはようございます!」
緊張気味に声を発した彼女は小柄だった。小麦色の髪を後ろで束ねており、ガウェルフと同じ白いコートを乱れなく身に纏っている。
つまりだ。ここに居ることも合わせ、彼女が狩人であることは間違いないだろう。
「こりゃいいや、最高だ。お前の女かよ」
痛む頭を手で押さえながらガウェルフは門番に話しかけた。やはりと言うべきか、彼はまるで反応を示さなかった。
門番のように少女を無視したいところだが、そういうわけもいかないのだろう。律儀にも姿勢を崩さない彼女は主人の指示を待つ犬のような目をしていた。
「はぁ…早速面倒な仕事じゃねぇか…」
ジョージはこれを知っていたようだ。あの意地の悪い笑みはこういう意味だったのだろう。
「……名前は?」
渋々ではあるが、ガウェルフは少女に話しかけた。
「は、はい!アンナ・ジルヒルデと申します!ご一緒できて光栄です!ガウェルフ・レイズ様!」
「…そりゃよかった」
少女『アンナ・ジルヒルデ』にガウェルフは押される。狩人にしては珍しい性格、どうにも彼女のような人間は苦手だった。
「俺の方は知ってんなら話は早いな。さっさと行くぞ」
「えぇ!?そんな!」
「面倒事は嫌いなんだよ」
ガウェルフは先の部屋と同じように門番に令状を見せる。アンナも慌てて続く。
両方を確認してから門番は扉に手を当てた。
このように多人数が扉の前にいる場合は全員が令状を示す必要がある。誰か一人でも令状を示さない場合は門番は動かない。やはり呆れかえるほど大袈裟な警備だ。
「あぁそうだ。おい、耳貸せ」
「…?はい」
ガウェルフはアンナの耳に口を近づけ、一応小声で続ける。
「何を言われてもお前は黙っとけよ?面倒なことになるからな」
「わかりました?」
アンナはいまいちピンと来ていないようだ。理解する日はいずれ来るだろう。
開いた扉の先はやはり松明が焚かれ異常なほど明るい。部屋の中央には円状の机が設置され、五人の男が席についていた。彼らが上層部の者たち。白教会の統率者だ。
「気が滅入るな…ったく」
ガウェルフは遠慮なく足を踏み入れ、アンナは緊張した足取りでその後ろに続いた。二人が部屋に入るや早、扉は閉まる。
挨拶もなしに中央の男が口を開いた。錆びた車輪が軋むような声が嫌に部屋に響く。
「ガウェルフ・レイズ並びにアンナ・ジルヒルデ。お前たちに任務がある」
全員に共通していることだが、彼らは死者のように顔色が悪く、長年放置された石像のようだった。骨が浮かび上がったその体は力を込めずとも少し触れれば砕け散りそうだ。
「南東の町『ベルン』にて先行した同志たちと合流し、人狼を討伐せよ」
人狼…人間と狼の面を持つ怪物。怪物の中でも上位の存在であり、人間のように群で動く知能のある厄介な存在だ。各々の身体能力も非常に高く、多くの狩人が返り討ちに合い喰い殺されている。
「人狼の規模は?」
「不明だ」
「…先行した同志の数は?」
「不明だ。情報はただ一人帰還した伝令からのものだ。多くを語る前に事切れた故、知れた情報は人狼の存在と生き残りがいることだけだ」
「俺たち以外には誰が?」
「お前たちだけだ。これ以上は割けない」
やはり面倒な仕事だったとガウェルフは内心毒突く。人狼狩りの経験があるガウェルフは人狼の厄介さをよく知っている。それも何人の生き残りがいるかもわからない場所にこの手の仕事に明らかに不慣れな少女と共に向かえという。彼女の実力がどれほどのものかは知らないが、冗談ではなかった。
「お前たちの腕を見込んでの判断だ。我々の信頼を裏切ってくれるな」
「……承知した」
それ以上は何も言わず、ガウェルフは踵を返す。同時に顔をこわばらせたアンナの肩を叩く。
文句を言ったところで無意味なのはよく知っている。逆らえば命はない。正解はただ淡々と話を流し、どうしても必要な情報だけ尋ねる。これが気の毒な新人に伝わっているかはわからないが、関わってしまった以上面倒ではあるが、ある程度は導くのが先達としての義務だろう。
「面倒なぁ…おい」