Nightmare Hunt   作:探索者

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 遠出するとはいえ多くの荷物は必要ない。化け物を殺しきるだけの得物があればそれで狩人は十分だった。

 故にガウェルフの身は非常に軽々しかった。彼の手荷物と言えば一本の剣と猟銃、それとポケットに仕舞い切れるほどの道具。他には邪魔だと言わんばかりに丸められ頭の下になった白教会の装束である白いコートぐらいだ。

 これから強大な力を持つ人狼を狩りに行くというのに馬車の中で寝転がっているガウェルフの顔には緊張の色が欠片もない。ただ面倒だと、呑気に欠伸する彼はそう思っていた。

 一方、今回彼の相方となる少女アンナは不安そうな表情を浮かべていた。緊張は行動に表れ、己の得物の状態を何度も何度も確認する。

 なにせ彼女は人狼狩りの経験がない。狡猾な怪物と相対したことがない。故に先達の狩人、尊敬するガウェルフ・レイズの足を引っ張らないか、それが心配だった。

 

 

 

 彼らは馬車に揺られていた。

 二頭よりなる不気味な馬車。それは異常な速度で舗装された道を駆け抜けていく。だが、車両を引く二頭の何かをはたして馬と呼べるのか。

 その生き物の体は鋼鉄にも似た筋肉が隆起していた。爛々と輝く目は赤く、苦しげに開閉する口からは冒涜的な色の液体が撒き散らされる。

 これも教会の業。狩人に用いた術をより強力に、安定性を捨てたものがこれだ。自我は崩壊し、寿命は風前の灯火にも近い使い捨ての道具と化している。

 二頭の馬の手綱を握るのは無感情な運び屋。強風をその身に受けようと、激しい揺れを感じようと微動だにしない。ただ淡々と目的の場所まで馬を走らせる。

 運び屋はもちろんだが、荷物である彼らも大したものだろう。二人の狩人も揺れる車両に対し、どこ吹く風といった様子だ。

 

「…いい加減ケツが痛くなってきた」

 

 ガウェルフは上半身を起こす。小さな窓から見た景色が目的地でないことを確認した彼はうんざりとした様子で再び寝転がる。いまだ景色は木々だけが並び、建物の姿はない。

 チラッと横目で今回の相方の様子を窺う。緊張からか顔色はお世辞にも良いとは言えない。相も変わらず崩さない姿勢の良さは彼女の性格故か。

 次いでガウェルフの視線は彼女がひっきりなしに確認している武器に移る。

 鋭利な造形の弓。狩人の中で使う者を見るのは初めてかもしれない。

 狩人の相手は普通の生物じゃない。身体能力も気配を察知する能力も高い。そんな相手に矢を番え狙いをつけるような手間のかかる武器は、一瞬の隙が命取りになる狩場で使用するのは得策とは言えないだろう。

 だが、そんな武器を得物とするアンナ・ジルヒルデは上層部から信頼に値する狩人として認められている。それだけ高い力量を持つのか、単に面倒事を押し付けられただけか、はたまた…。

 

「なぁおい」

「わぇぃ!?は、はい!なんでしょうか!?」

 

 突如声をかけられたアンナは素っ頓狂な声を上げた。

 これで本当に狩人なのか。今にも吐き出しそうな疑問を飲み込んでガウェルフは続ける。

 

「人狼狩りの経験はあるのか?」

 

 質問に対しアンナは申し訳なさそうな表情を浮かべた。気が沈んでいるのが容易にわかる。

 

「申し訳ありません…今回が初めてです…」

 

 万に一つの可能性を期待してみたが、そう事は上手くはいかないらしい。

 

「レイズ様は…」

「何回かある。毎回誰かしら死んでるけどな」

 

 人狼は非常に厄介だ。狡猾であり常に群れで行動する。故に人狼狩りに駆り出される狩人は上層部から信頼された者たちだけ。それでも死人が出る。それほど強力な存在なのだ。

 

「やんちゃだからなあの犬公どもは。骨の一、二本じゃまるで満足しやがらねぇ」

「人狼を犬扱い…流石はレイズ様ですね!」

 

 ガウェルフに対し尊敬の眼差しを向けるアンナ。

 どうにも慣れない感情を向けられるガウェルフは肩を竦めるしかなかった。

 些か不思議だ。何故彼女はこうもガウェルフ・レイズという人間に対し尊敬の念を懐いているのか。気になるが、尋ねたところでむず痒くなるのは自分だろう。

 

「『様』付けはやめろ。むず痒くてしようがない。それと『レイズ』もだ」

 

 その名で呼ばれるたびに脳裏に火がちらつく。苛々が募る。

 

「ではどうお呼びすれば…」

「知るかよ。様を付けずにレイズと呼ばなきゃいいんだろうが」

 

 しばらく考える素振りを見せたアンナは意を決したように口を開いた。

 

「ではガウェルフさんと」

「……変わったやつだよ、お前さんは」

 

 やはり彼女は苦手なタイプだ。そう思うガウェルフは長いため息を吐いた。

 

 

 

 馬車は走り続ける。

 陽は沈みかけ、空が黒く染まり始めている。

 

「…」

 

 やがて冒涜的な悪臭が辺りに漂い始めた。

 得体の知れない気配に運び屋は無表情のまま目を細める。何かが彼の視界に入った。

 

 まもなく夜が来る。

 

 高速で駆け抜ける馬車に追従する影がある。一つではない。いくつもの影が馬車を追っている。

 

 まもなく狩りが始まる。

 

 運び屋の目がそれを確かに捉えた。その瞬間に彼の視界はグルグルと回る。

 馬車が制御を失う。車両が横転し、二頭の馬は地面で頭を潰し辺りに血肉を撒き散らした。

 

 悪夢が始まった。

 

 黒い影が咆哮を上げる。

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