絶望鬼ごっこパロディ(アーカイブ) 作:絶望鬼ごっこパロディアーカイブ
介入――神崎士郎の場合
泥のような空気の質感。
一人の男が小さな手鏡を掌で弄んでいた。
部屋の中には他に人もなく、動くものはただ一つ、鏡の中の、蟹だけだった。
金色の蟹だ。珍しい。しかも金属質だ。それが人間のように二足歩行している。
男は無言でそれを見ていたが、唐突とも思えるほど不自然に胸に手をやり、懐から懐中時計を取り出した。その動作は、動くはずのない彫像が突然動き出したかのような違和感のあるもので、一言で言うのなら『不気味』である。なにかが違う。致命的に普通の人間ではない。異様だ。どこが、というわけではないがともかく、おかしい。
その男――神崎士郎が次に動いたのは、時計が二時を示した時のことだった。
02:01
「こっちにもペットボトルあったよ。」
「お茶請けが出てきました。」
(やっぱりこのまま立て籠る気か。)
依然として部屋に潜む草加雅人は、小さく聞こえてくるたえちゃんと関織子の会話に聞き耳を立てていた。
草加が選択したのは籠城であった。確かに今このときにも真理の身に危険が降り掛かっているのではないかという不安とそれから来る焦燥感があるのだが、しかしどこにいるかもわからないのに闇雲に走り出すことの愚は理解していた。この農協に入った際に地元の子供が描いたらしい絵をいくつか見たが、どうやらここは島らしい。そして学校名が二つあったことを考えると、それなりに人口の多い、あるいは面積の広い孤島なのだろう。そんな場所で宛もなく人探しなどできはしない。拡声器かなにかで呼びかけるのなら話は別だが、鬼ごっこでそんなことをすれば格好の標的になる。ここは我慢の場面だろう。
(? なんだ。)
背を棚に預け何とはなしに窓から見える赤い空を見ていると、ふと、視界の隅で何かが動いた気がした。もちろんこの場所には草加以外いない。服が風で靡いたというのも締め切ったここでは考えにくい。
草加は手に握る日本刀の鯉口をいつでも切れるように指を這わせた。今の草加の装備はこれ一つ、あとはデイパックとそれに入っていた謎のカードケースのみ。相手がオルフェノクのような超常の存在なら心許ないが、そういう存在だからこそ神出鬼没に襲いかかってくるかもしれないのだ、覚悟を決める。フェンシングの心得があるからといって太刀打ちできるとは思えないが、一発入れられるかどうかで対応も変わってくる。そうやってじぃと警戒していると、空気の流れの変化と共に強烈な殺気を感じた。
「折れた!?」
それは、蟹だった。とっさに抜き放った日本刀が直撃したもののまるで効いた様子はなく、半ばで折れて天井に突き刺さった。そしてその蟹の異常な点は、棚のガラス戸からハサミを伸ばしてきたところだ。棚に潜んでいたというわけではない、ガラスに写る部屋から身を乗り出すように襲い掛かってきたということだ。
「オルフェノクじゃないのか……鬼か!」
驚きながらも即座に体制を立て直し追撃に備える。相手の強さはまるでわからないが、オルフェノク並と仮定するのならばとてもではないが生身で勝てはしない。拳銃のような武器があっても苦しいだろう。そしてこちらの手札は実質的に謎のカードケース一つのみとなるとここは逃げる以外に道はない。そう考え脱出経路を探る草加の目の前で、蟹は『引っ込んだ』。
「ぐっ!?」
と思いきや後ろから突き飛ばされた。後方には、先と同じようにガラスから伸ばされたカニ爪。ガラスを行き来する、と直感的に勘づいた草加の行動は速かった。手首のスナップでポケットから抜いたカードケースを投げる。ガラスを叩き割ったそれは棚にぶつかり砕けたが、苦悶の声を挙げ蟹が引っ込んだことに比べれば些細なことだ。ガラスから伸ばしていた分の蟹の腕は綺麗にもげ、しかしその断面からは血が流れることもない。どうやらガラスというのが何か重要なのだろう。しかしいったいあれは何なのか。いや、もっと他に考えるべきことは――
奇襲ととりあえずの撃退。草加は冷静に対処しながらも、決して混乱していないわけではなかった。なんだかよくわからないものをなんだかよくわからないもの方法でひとまず撃退したが、それがどの程度のものなのか、どのような意味を持つのかははかりかねていた。
「ね、ねえ。今の音って……」
「しまったな、気づかれたか。」
扉の外から聞こえてきた少女たちの声に草加は渋い顔をした。剣を抜いてから僅か五秒ほどで一旦ケリがついた戦闘であったが、その戦いの音は同じ建物にいる人物に異変を知らせるには充分にすぎるものだったようだ。さすがにそんなことにまで気を払う余裕は無かったが、これで予定が崩れてしまった。
(まずはそれらしい説明を考えないとな。)
草加は依然ガラスに気を張りながらも頭の片隅で少女たちへの対応策を練り始める。こうなってしまっては接触は避けられない。なんとか丸め込めるようにしなければ。
そう考える草加を蟹は窓ガラスの隅で見ていたが、いつの間にか消えていた。
神崎士郎が砕けたライアのデッキに向ける目は見るものが見れば厳しいとわかるものであった。この二時間で既にシザースとライア、二つのデッキが戦わずに失われている。更にミラーモンスターであるボルキャンサーも片腕を持って行かれた。
とはいえ、これで一つ状況は動いた。この鬼ごっこ、ライダーバトルと違い戦うことは必須ではなくなっている。もとより鬼ごっことはそういうものだが、しかしこの男にそれを受け入れる気はなかった。だからこそ、野良のミラーモンスターと化したボルキャンサーに草加を襲撃させたのだ。まさかライダーに変身しないどころがデッキを失うとは思わなかったようだが、凪いだ場所に波紋を拡げられたので最低限の目的は果たせたようである。
ではなぜそんなことをしたのか、彼は何をしたいのか、神崎士郎という人物がこの鬼ごっこに協力している理由とは。それを誰かに明かしたことはない。自分から話すことはなかったし鬼達に聞かれても答えはしなかった。
彼はある鬼からこの鬼ごっこの説明を受け、ただこの鬼ごっこの参加者にデッキを支給することだけを求めた。ミラーワールドの構築による会場の設営などに手を貸しもしたが、それは彼にとってはどうでもいいことのようであった。ただデッキとミラーワールドがあれば良い、鬼たちは神崎についてそう考えていた。
十三のライダーのデッキのうち元から浅倉威が持っていた王蛇のデッキを本人に、それ以外は適当に配られるようにし、鬼側は特に強力と思われるオーディンのデッキ以外の支給を認めた。そして今現在、会場には十のデッキが現存していて、失われたものを除けばゾルダ・王蛇のデッキが既に使用されている。『鬼』への対抗手段としてはちょうどいいおもちゃだと鬼側も考えており、今までデッキは単なる強力な支給品の一つとして扱われてきた。
「これで前に進む。」
だが話が変わった。当たり前だが、神崎のこの行動は越権行為である。いくら主催の一人といっても、彼に独断専行で参加者に干渉する権限は無い。たしかに鬼ごっこでは主催側がルールを守る気は一切ないが、だからといって他の主催に通達もなしに勝手な行動をとってもいいわけではない。そこを許せば主催同士でのバトルロワイアルになってしまう。ツノウサギなどの幹部の鬼はそのあたりは最低限心得ていた。
つまり今回の神崎の行動は、鬼としても見過ごせないものである。鬼ごっこに毛ほども興味のないにも関わらず意味不明な干渉をした、発覚すればそう思われるだろう。そしてそうなっても構わないと思うほどの何かがある。
「そうだ……戦え。」
神崎は一人呟く。
彼が何を目的としているのか、それを知る者は会場にはいない。四体の幹部の鬼も同じだ。その行動の意図は不明である。
デッキ所有者が最後の一人になるよう仕向けるために戦いを加速させようとしているという神崎の行動は、この時点ではゲームの盤上にいる誰もが知ることのないものであった。