宇宙艦パイオニアのルートとニーナは、脱出、探索用パワードスーツの行動距離を延長するための実験を始めようとしていた。
背部のワープ・インパルスウイングを展開。
「フル・インパルス」
加速が始まり、すぐに光速の25%に達する。
「…速いな」
こんな速度を、せいぜい人より大きな程度のパワードスーツが出しているのは、どうにもオーバーに過ぎる。
「フル・インパルスはやめたほうがいいんじゃないか?」
ニーナへ通信する。
「個人用としてはオーバースペックだけどね。脱出スーツとして考えるならフル・インパルスとワープドライブは必須だよ」
「だからと言って、なぁ」
この速度でさえ気分はよろしくないわけで。ワープなどあまりしたくはない。
「実験だから、そんなに無理はさせないよ。無人でも何度も試してるんだから」
「あいあい。で?ワープはどうするんだ」
「事前に言った通り」
「ワープ1に加速、10秒間維持してから減速、1/10000インパルス、だな」
「そうだよ。このまま直進して実験宙域へ向かうからね」
「それにしたって、なぁ…」
左を見る。フル・インパルスで並走する母艦のパイオニア。
「そっちは快適宇宙航行、こちとらスーツで超高速宇宙遊泳ときたもんだ。差がありすぎる」
「それの動力はバサードコレクト無しでも5年は持つんだから、まず漂流して死ぬことはないよ。安心して」
「お前も試せよ、後で。気分がわかるから」
「勿論」
「言ったな」
泣いても慰めてなどやらんぞ、こいつめ。
「予定宙域到達。10秒後に減速、ゼロインパルス。マーク」
視界にタイマーが出る。オートに任せる。
タイマーゼロと同時に減速が始まり、直ぐに止まる。
「くらくらする。宇宙だから動いてるんだか止まってるんだか」
「止まってるよ。わかるでしょ?」
「ああ」
「ワープ・ドライブ試験を始めるよ。ここには無人探査機を残しておいてデータ収集する。先に行ってるよ」
「へいへい」
この広大な宇宙に一人になるんだからな、まったく。
パイオニアがAクラス探査機を射出してから、離れて行く。ある程度離れてから止まる。ワープナセルから光を発し、ワープインの残光を残していった。
「……」
孤独。それを強く感じる。
周りを見渡しても、探査機の他は、漂うデブリと、上下左右全方向に瞬く、遥か遠くの星。
「いかんな」
平衡感覚などこの中では持つはずもない。
スペースジャイロで姿勢を戻す。方向は事前の通り。
「寂しい?」
300万キロの彼方から、通信。
「ああ。とても、な」
「珍しく弱音を吐くんだね」
「それはそうだろう。宇宙船から、窓越しに眺めるんじゃない。センサー越しとはいえ、全天周が宇宙なんだからな」
「データリンクでこっちの方向はわかるんだから、ズームしてみたら?」
それは考え付かなかった。言われた通り、ズームして母艦を探す。
見えた。小さいが、確かにパイオニアだ。
「……安心した」
「そう?なら、始めよっか。早く終わらせよう」
「了解」
再び向きを補正する。パイオニアに当たらず、近くにワープアウトするために。
「向きの補正よし。実験開始、30秒前。マーク」
再びタイマー表示。エネルギーが背部の小型ワープナセルに配分される。
「チェック、異常なし」
機能モニターはオールグリーン。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」
「ワープイン」
視界が加速する。センサー補正によって亜空間バブルの発生を視認。見渡すと、星が光の線に見える。
タイマーの数字が瞬く間に減って行き、ゼロ。
ワープアウト。視界が元に戻る。計画通りなら正面左にパイオニアが見えるはず。
「ああ、見えた。見えたぞ」
「うん、こっちも見えてる」
しかし、近づくのは遅い。1/10000インパルスなど、宇宙では止まっているようなものだ。
「さっさと戻りたい。加速するぞ」
「ベイ1を開けて待ってるよ」
加速して、パイオニアに近づく。ベイ1から出るガイドビーコンを視認して、減速。さらに接近して、さらに減速。ゆっくりと、ベイ1のエアロックフォースフィールドを通り抜ける。
床の固定具にスーツの足を固定して、やっと一息。
『ベイ1、ハッチ閉鎖完了、エアロック問題なし』
スーツの頭部を展開して、スーツからのではなく、艦内の空気を吸う。
「すぅーーー、はぁーーー…」
深く、深呼吸。
スーツを完全に展開して、降りられるようにする。
降りて、自分の左足を床に置く。右足も。
「う」
くらっ、と視界が揺らぐ気がしたが、瞬間的なものだ。自分の足で立ち、軽く体を動かす。
「………ふ、ぅ……」
こんなのは、もう嫌だな。