『影』は、君を探してる
………
………
………
「…状況は最悪です…
この方は次の遠征の関係者ですよね?
それなのに、手も足も出なかったというのは」
「けど、本気で殺しには来てないみたいじゃない?
ほら、麻痺の痕跡がある
それって痛み止めとか、抵抗させないようにとか、そういうのを含めてじゃないかな」
………
「殺す気は無いのにって、すでに半殺し状態ですけど…
本来この地帯の管轄をしている部隊もいなくなってるみたいですし…
この報告も『匿名』からのものなのでしょう?」
「そうだね、罠かと思ったけど…
現にレフェル君が倒れていた
これだけでも十分来たかいあったよ」
「救護…しているのは私だけですけど
貴方は技術科の方でしょ?」
「まあね、でもほら…興味がある」
「はぁ…もういいです
容体だけみるとね
この子、喉元思いっきりやられてるのよ」
「あー…裂かれちゃった感じ?
可哀想だね」
「これ、喋れなくなっちゃうかも…」
「あ、まじで?」
「余りにも綺麗に切れてるから、例え骨があっても関係ないかも…」
「骨までとか…
…ん? ちょっと待って」
「何?」
「この子…まだ生きてるんだよな?」
「生きてるね、それで?」
「なんでこの子、無事なの?」
普段から、何もしなかったから
僕の中にある記憶は過去のことばかり
探索メンバーに選ばれるために武器の扱いを習ったし、その他にも生きていくためのことは大抵は出来る
けど、僕だけの何かにまだ、僕は気づけなかった
何も無い
何も無い
だからこそ、なんにでもなれると、僕はずっと思ってた
だけど、何も無かったんだね
強さばかり求めて、他のものなんて後回しにしていた
ねぇ、また…また、僕はやり直せるかな…
「………」
「………っ」
「………」
海底都市とは違うこの質素な空間を
僕は知ってる
探索メンバーの休憩所だ
天井が見えるから、僕は寝かされているらしい
…という事は、僕は地上に戻ってこれた?
けど、僕はあそこで…
「………」
声が、出ない
そっと首元に手を当てる
ぞくっ、として僅かな痛みがある
『あれ』は、現実だったんだ
なんて思ってたら、扉が開く音がした
「…反応があったから来てみたけど
起きたのね、レフェルくん」
「………」
見た目は20代の女性
白衣を来ていて、看護師なんだろう
診察の書類らしきものを持っていた
「そう…やっぱり喋れないのね
あなた、防壁地帯で何があったのか教えてくれる?
ここに書いてくれていいから」
手渡された紙とペン
けれど、僕には何もあげられる情報は無い
『…僕がついた時には誰もいなくなっていました』
「あなた、確か第三部隊の案内をしてた子よね?
直接ついてはいかなかったの?」
『僕の仕事はE地点で来る部隊に方向を知らせるだけの仕事でした
けれど、少し胸騒ぎがして後を負いましたが、すでに跡形もなくきえていて…そこで』
「あ、少し待って…」
「………?」
「連絡があったの…
ねぇ、あなた、第5階級よね?」
第5階級…第1から第15まである戦力、非戦力の階級分けで与えられる称号
「………」
『そうです』
僕はその中で5番目
「そのあなたがあの浅いE地点で、今まで苦戦したことがある?」
『ない』
「…あなたが成すすべもなく負けた相手は」
「………っ」
声に揺さぶられて、記憶が蘇る
影…そう、あれは影だった
ちくり、と首元が痛む
巨大な腕に、鋭い爪…滴る血
僕は脳裏に浮かんだその記憶を振り払えず、頭を抑える
「……っ」
「相手は…『誰』なの?」
その言葉と共に、急に息が苦しくなって、頭を抱えた
…いやだ
どうしてなのか分からない
これは恐怖?
…恐怖なんだ、きっと
『…それは』
片方の手でぺんを持って
震える手で紙に書いた
『……影』
「…生きタイ?」
「………っ」
どうしてあんな事を聞いたのか
あの時、返事をする暇さえなかった
もちろん、応戦する予定だったから
答えは媚びてはならないけど
「………そう、それは本当なのね?」
「………」
「なにも、見ていないと」
「………?」
え…
手元の紙を見た
確かに僕は影と書いたはずなのに…
「………っ」
頭が痛い
痛い…
僕は、どうしてしまったのだろう
ありふれた街のありふれた人間
僕はそんな国が好きだった
けれど、両親は消え
引き取られた先で、僕の未来は決まった
『あの都市に行くのよ』
僕は黙って従った
怒ると怖いけれど、逆らわなければ親切な人だった
僕は、幻でいい、ただ、毎日が明るい、そんな家庭が訪れればいいなと
…きっと、そんなつまらない夢を見た
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