ある日の事である。
「ねぇ、曙ちゃん」
同室の潮が話しかけてきた。
私は読んでいた本から顔を上げずに応じる。
「なによ」
「前から気になってたんだけど、曙ちゃんここに来た頃ってその鈴なかったよね」
「そうね」
「どうして付けるようになったのか聞かせて欲しいなぁ、って」
潮に顔を向けると、期待の眼差しを送られていた。
「そんなに面白い話じゃないわよ」
「いいよ、それでも。……あ、無理に言わなくても良いよ?」
潮は俯いて、ゴニョゴニョと言った。
「話すわよ。しょうがないわね……」
私は本を閉じ、話し始める。
「あれは、着任してからしばらくしての事よ……」
─────────────────────
「クソ提督が付いてくるぅ〜!?」
その日、秘書艦から小物の買い出しを頼まれていた私は、その次の言葉で驚いた。
クソ提督。
初めて会った時に、思わずクソを付けて呼んでしまった。以来、引っ込みが付かなくなりずっとクソと呼んでいる。そんなんだから、提督との距離も微妙である。いや、私が避けているだけなのかもしれない……
「そうよ。ここでアンタの心の中にある提督との距離を埋めて来なさい。それと、そのクソ呼ばわりも直してきなさい。」
「アンタだって提督に対してアンタとか呼んでるでしょーが!!」
「私たちは付き合いが長いんだからいいのよ!!」
こんなやり取りをしながら予定していた出発時間を迎えた。提督は既に正門で待っていた、……のだが。
「って、クソ提督、なんて格好よ」
提督は私服だった。
「言ってなかったか?今日は午後休だぞ」
「それは知ってるけど……」
「まあせっかくだし、着替えてきな」
「……持ってない」
「……わかった。じゃあ行くか」
提督が歩きだし、私はそれを追いかけていった。
近くのバス停からバスに乗り込み、ショッピングモールに向かう途中、提督が話しかけてきた。
「なあ曙」
「なによ」
「私服持ってないって言ってたけど」
「それが何よ」
「休日何してんだ?」
「……特に何も」
実際そんな趣味もないので、鎮守府図書室で借りた本を読んでいたりする位だった。
だが提督は、それを聞くと考えだした。
ややあって、提督がまた話しかけてきた。
「なあ曙」
「なによ」
「今日、私に少し付き合ってもらっていいかい?」
「……まあ、いいわよ」
ショッピングモールに到着して、早速提督は私を連れ回しはじめた。
「クソ提督、どこいくのよ」
「付いてくればわかるさ」
そう言ってしばらく歩いた先にあったのは、
「服……屋?」
「そう。さっき、私服持ってないって言ってただろ。それじゃ不便だからな。私服はあった方がいい。」
そう言って入っていった。
提督はしばらく見て回っていたが、しばらくして、
「おっ、これいいんじゃないか」
提督が手に取ったのは桜色のワンピースとベージュのコート。
「覗いたらコロス」
「わかってるわかってる」
数分後、試着室から出てきた私をみて、提督は
「可愛いじゃないか。よく似合ってる」
…………結局買ってもらってしまった。
「せっかくだしコイツに着替えたらどうだ」
なんだか上手く誘導されてる気がする。
モール内を散策していたら、
『これより、噴水広場にて、NKC48のライブを行います』
所謂ご当地アイドルだろうか。こんなのもあるのかと思っていたら、人の流れが速くなってきた。
どんどん流れていく。付いていくのが精一杯だ。
「曙!離れるんじゃないぞ!」
「わかっているわよ!」
そんな事言いながらついて行っていたが、とうとう
「あっ!!」
転んでしまった。その瞬間、提督の手が離れていく。
「曙!!」
あっという間に、視界から提督が消えていった。
しばらくして人の流れは収まったが、提督はどこにいるのかわからなくなった。更に、ここがどこなのかもわからなくなってしまった。要するに迷子である。
「うっ……ぐすっ……」
広いモール内、行くあてもなく歩いていると、自然と涙が出てきた。
「どこ……行ったのよぉ……クソ提督ぅ……」
よそ見をしていたせいか、通行人とぶつかってしまった。物凄い形相で睨まれる。
「前見て歩け、クソガキ!!」
足が動かない。普段はこんな奴より100倍怖いはずの深海棲艦を相手にしてるのに、いざこうなると足がすくんで動けない。情けなさで更に涙が出てくる。
その時。
「曙!!」
この声は。
「くそ……てい…とく」
来てくれた。
提督が。
「申し訳ない、連れが迷惑をかけた」
「……おう、気をつけろ」
私がなんにも出来なかった相手を、あっという間に宥めてしまった。
脇道に入ったら、提督が頭を下げてきた。
「悪かった。見つけるのに手間取って、曙に怖い思いをさせたな」
その瞬間。私の中でなにかが切れた。
「うぅっ……うゎ……うわぁぁぁん!!」
堰を切ったように涙が出てくる。情けなさ、恐怖、助けてくれた嬉しさ。様々な感情が混ざりあい、涙となって溢れてくる。
「ずっと、一人で」
「クソ提督を探してて」
「でも見つからなくて」
「それで、あの人にぶつかって」
「私はなんにも出来なくて」
「普段色々言ってるのに、こんな時なんにも出来なくて」
「そしたらクソ提督が助けに来てくれて」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
提督は何も言わなかった。黙って私を抱きしめて、私の話ともつかない言葉の束を聞いていた……
落ち着いてから、ショッピング再開……とはならず、自然と帰る方向で話が進んでいった。そうして、バス停に向かっていたのだが、ふと提督が足を止めた。
「どうしたのよ」
「曙、あと一軒だけ行って良いかな」
「……まあ良いけど」
そこは雑貨屋。所狭しと商品が並べられていた。
提督はどんどん奥へ入っていく。そしてすぐに袋を持って出てきた。
「おまたせ」
提督は小さな鈴を買っていた。
「鈴?」
「ああ。また迷子になっても、すぐ見つけられる様にな」
「そ、そんなに!何度も……迷子に……ならないわ……よ……」
強く否定しようとしたが、先程の事を思い出し、言葉尻が弱々しくなってしまった……
「まあまあ、とりあえず付けて欲しい」
「まぁ……いいわよ」
チリ……ン
軽やかな鈴の音が響いた。綺麗な音色だった。
花の髪飾りの横に付けたら、「うん、似合ってる」と言われた。
一瞬イラッと来たのでとりあえず沈黙で返した。
バスの中で、ずっと思っていた事、言いたかった事を、ぽつりぽつりと話し始める。
「クソ提督…」
「ん?どうした曙」
「いつも……いつもクソ提督って言ってごめんなさい……
初めて会った時、思わずクソ提督って言っちゃって、なんか引っ込みがつかなくて。
でも普通に接したくて、ずっと提督と普通に話したくて、でも顔を合わせるとクソ提督って言っちゃって。
でも本当は、本当は……」
段々自分が俯いていく。
ふと影が差した。顔を上げたら、提督が私の事を撫でていた。
「そんな風に思ってくれていたんだな、嬉しい。
でも、あまり無理しなくてもいい、自分が呼びたいように呼ぶといい。でもいつか、普通に、自然に、提督って呼んでくれる、そんな日がくるのを待っているよ。ゆっくりでいい。今日は、曙からそんな言葉が出ただけで良かったよ。曙を連れ出した甲斐があった。」
撫でられているのが心地好く。段々眠くなってきた。
「ありがとう、提督……」
そして、意識が暗転した。
─────────────────────
眠ったか……
無理もない。今日一日でだいぶ精神をすり減らしただろう。きっと疲れも溜まっていたのだ。
曙があんな風に思っていたとはな。やはり見立て通り、決して悪い子ではなかったのだ。ただ、自己表現が苦手なだけであって……
ゆっくり待とう。「いつか」を……
─────────────────────
「で、曙。頼んでおいたものは買ってくれたかしら?」
「あっ」
ご覧頂き、ありがとうございます。
えー、新シリーズと銘打ってはや4ヶ月となって、まだ2作目とかいう状況で本当にすみません……
今回は曙の過去編ということになります。曙の鈴のストーリーですね。ただ、それ以外のネタも少し入れてあったりします。
以下謝辞になります。
原案を頂きました、とい。様(@toy_Re_bel)、この様な場を提供して頂きました、はまけん。様(@twdshamano)、深夜の妄言にお付き合い頂きました、はまけん放送。コミュニティの皆様、この場を借りて、御礼申し上げます。
次回がいつになるかは全く決めていませんが、気長にお待ち頂けると幸いです。
それでは、また次でお会いしましょう