――もう、どうしたらいいのか分からない。
スキマ妖怪、八雲紫。
幻想郷という、この世全ての幻想が最終的に行き着く楽園の創始者の一人で、数千年の長い時を生きる大妖怪だ。
『境界を操る程度の能力』という、この世全ての境界を自由自在に操る強力な力を宿し、ありとあらゆる事象の境界を操作し、幾通りもの策謀を巡らす賢者である。
そんな彼女は、絶望の中に立たされていた。
原因は、彼女自身が創り出した幻想郷にあった。
幻想郷。ありとあらゆる幻想が最終的に行き着く楽園である。外の世界の常識から弾かれた非常識な存在達が、自動的に流れ着いてしまう幻想達の最後の楽園。
幻想郷は、その特性上、善悪問わず様々な神魔霊獣が集まる場所である。人、妖怪、神、ありとあらゆる種族がひしめき合って暮らしている。
その混沌とした特性であるが故に、幻想郷ではトラブルが絶えない。妖怪は自分勝手に悪行をし、神もまた自分勝手に己の権能を行使する。人間は虐げられ、遊びで命を奪われるのも日常茶飯事だ。
それ故に幻想郷は荒れ果てていた。秩序と呼べるものなど無く、力を持った者のみが全てを手に入れ、力を持たないものは全てを奪われる。
共存とは、平和とは程遠い、楽園と呼ぶのもおこがましい世紀末のような場所だった。
本来、幻想郷とは、紫の目的、人間と人外が共存する夢のような理想的な楽園となる筈だった。
人間と妖怪が襲われ、退治されの理想的な関係を維持しつつ、むやみたらに命が奪われることのない、平和で優しい世界、それこそが幻想郷。幻想達の最後の楽園にして、幸福そのものの楽園となる筈だったのだ。
しかし、紫の想いとは裏腹に、幻想郷は今、世紀末も真っ青の無法地帯と化してしまっていた。命の価値が低い、毎日大量の命が消えていく場所になっていた。これでは楽園などとは口が裂けても言えない。
「私が目指したのは、こんな場所なんかじゃない」
自分が目指したのは楽園だ。本当の意味での他種族全てが共存する理想的な楽園。こんなめちゃくちゃに荒れ果てた秩序のない、混沌とした場所ではない。
「どうしたら、どうしたらいいの?」
紫とてただ黙って手をこまねいていたわけではない。当然、様々な手を打った。
自分と志を同じくする者を集めて、幻想郷の荒くれ者共を鎮めようと尽力した。幻想郷全域に紫自身の声を届けてみたり、時に力で相手を屈服させたりなど、様々な、本当に様々な事をやった。
しかし、どれもそれほど大きな効果を発揮することはなく失敗に終わってしまう。紫が発した声はただの雑音として切って捨てられ、それどころか小馬鹿にされる始末で、力で屈服させようにも、相手の中には紫と同等以上の実力を持った妖怪やら、神やらが山ほどいたのである。軽々しく手を出せるわけもなかった。
「止めて、止めてよ」
――これ以上、私の幻想郷を汚さないで。
愛する幻想郷が、自分の夢を理想を叶える場所が、どんどん他者の手によって汚されていく。
真っ白いキャンパスに、綺麗な絵を書こうと張り切っていたら、心無い輩にドス黒いペンキをぶちまけられてしまったように。
愛する土地を、自分の手で守ることが出来ない自分の不甲斐なさに絶望していた。
紫の心は、底の見えない闇の中に囚われようとしていた。
――そんな時だった。
「かーごーめー、かーごーめー」
――あの娘に出会ったのは。
思い通りにならない現実に打ちのめされ、一人になりたくなってやって来た博麗神社。
神社と言っても形だけで、そこには誰にもいない。元々、博麗の巫女という、力を持った人間が代々管理していたのだが、今代の巫女は、つい先日妖怪同士の争いを止めようとし、力及ばずその命を散らしてしまったのである。
だから、この場所には誰もいない筈だった。
「かーごのなーかの……誰?」
それは可愛らしい少女だった。
人間なのに、人間じゃない様に見える神秘的な美しさを持った幻想のような少女。幻想という言葉が姿を得たならば、きっとこの少女の様な姿になるに違いない。そう、断言できるほどの愛らしく、美しい少女だった。
「お姉さん、誰?」
気がつけば少女がすぐ近くに来ており、下から紫の顔を覗き込んでいた。……吸い込まれてしまいそうな、深い深い色合いの瞳。
「わ、私は紫、八雲紫よ。……貴女の名前は?」
「霊夢。……ただの霊夢」
「……霊、夢」
何度か少女の名前を反芻した。確かめるように、噛みしめるように何度も何度も繰り返し、己の記憶に刻み込むように。
紫は初めて会ったこの少女に、確信にも似た強い予感を感じていた。この娘が全てを変えてくれるという強い確信を、そして、少女が自分にとって最も大事な存在になる、そんな確信を。
「霊夢、貴女一人なの? 親は?」
「親? 私は、ずっと一人」
一人? 親がいない、ということなのだろうか?
周囲には霊夢以外に人間の気配は微塵も感じない。それはつまり、霊夢は何一つ嘘を言っていないということだろう。
「気付いたら此処にいた。その前は分からない」
前……此処に来る前の記憶ということなのだろうか? 記憶喪失? それとも嘘を吐いている? いや、こんな少女が嘘を吐いたとして何のメリットが有るというのだろうか? そもそも、そんな事を考えるだけの考えを巡らせているとも思えない。
霊夢は一人ぼっち、記憶すらもない、本当の意味での一人ぼっち、という事なのだろう。
ただ無言で、無表情に虚空を見つめている霊夢の姿に、紫は少し胸を痛めた。……だからなのだろうか?
「そう……霊夢、私と一緒に来ない?」
ついそんな事を言ってしまったのは。
殆ど無意識だった。無意識のうちに、紫は霊夢に手を差し伸べていた。
どうして自分がこんな行動を取ったのかは分からない。気付けば身体が勝手に動いていた。
やってしまった、と紫は思う。自分で言うことではないが、かなり胡散臭い。初対面の怪しい女に付いてくる者がいるわけがないだろう。人拐いでも、もっとマシな方法を思いつく。
絶望し過ぎて、ついに頭がおかしくなったのかもしれない。いよいよ焼きが回ったか、八雲紫、と内心で自分自身を叱責する。
「うん……紫と一緒に行く」
「っ!?」
紫の思考を他所に、マイペースに霊夢は紫の手を握り締めた。
幼い少女の小さく柔らかい手が、紫の手、というか指を可愛らしくちょこっとだけ握る。
半ば不意打ち気味のそれに、驚いたのは紫である。背筋をピンっと伸ばし、一瞬だけ、石化したように固まってしまう。……反応が生まれて初めて女の子と手を繋いだ童貞のそれと同じであった。
「えへへ」
紫の手をにぎにぎっと何度か確かめるように握り、にへらっと笑う霊夢。
――何なのだろう、この可愛らしい生き物。
紫のハートが射抜かれた瞬間である。
「か、かわいい」
「紫、どうしたの?」
「な、ななな何でもないわよ!?……さ、さぁ、それでは行きましょう」
「?……変な紫」
紫と霊夢はそのまま並んで、博麗神社の中へと入っていった。此処に他に誰かがいたならば、その者の目には、並んで歩く二人の姿は親子のように映っていただろう。
――そう、全ては此処から、此処から始まったのだ。
紫が夢描いた幻想の理想郷は、此処から始まったのだ。
ーーー
自慢するわけではないが、紫に育児経験というものは一切ない。そもそも男性経験なんてものもないし、それに伴い家事経験自体が皆無だ。
家事などは基本的に自分の式である、八雲藍に任せっきりで、自分から家事などを行ったことはない。料理だって作ったことはないし、おにぎりすらも握ったことはない。掃除もしたことないし、箒だって持った試しもない。
「藍、お願い。私に家事を教えてちょうだい」
「はい?」
だからこそ、自分の従者に土下座してでも頼み込む、情けない主の姿がそこに晒されていた。
「ちょっ、紫様!? いきなりどうしたんですか!?」
「ちょっと人間の女の子を拾っちゃったから、育てないといけないのよ」
「……育てて食べるんですか? 紫様、人食い妖怪でしたよね?」
「結構失礼よね、貴女。……次代の博麗の巫女として育てるのよ。後任の巫女は誰もいなかったし。……それに、拾ってきたあの娘、霊夢にはその素質があったから」
紫の言っている事は本当の事である。紫自身が霊夢の事を気に入ったというのも一つの理由であるが、もう一つだけ理由があった。それは、霊夢に博麗の巫女としての素質があったという事。
紫の見立てでは、歴代でも類を見ないほどの才能が霊夢には眠っている。もしも、それを完全に開花させることが出来れば、自分すらも超えて強くなると考えていた。
「成る程。……それでその娘は何処に?」
「ほら、霊夢。私の従者の藍よ、挨拶をしなさい」
「霊夢。藍、よろしく」
「うむ、中々礼儀が良いな。紫様にも紹介されたが八雲藍という。紫様の式で従者をしている。これからよろしく頼むぞ、霊夢」
「うん」
紫の後ろに隠れながら、ちょこんと顔を少しだけ出して藍に挨拶をする霊夢。
藍は、その霊夢の可愛らしい姿に満足そうに笑うと、膝を折り、霊夢と視線を合わせながら手を差し出し、丁寧な挨拶を返す。
会ったばかりであるが、早くも藍は霊夢の事を気に入っていた。元々、自分の式である猫又の橙にも甘々の藍である。可愛らしい霊夢の姿に内心ほっこりとしていた。
藍の優しげな様子に霊夢も警戒心が解けたのか、おずおずと紫の背後から出てきて、差し出された藍の手を取ってしっかりと握手する。
「狐?」
「ん? この尻尾が気になるのか?……触ってみるか?」
「いいの?」
「お前は紫様の庇護を受ける身だからな。つまり、私にとっての庇護対象も同然だ。遠慮なく触っていいぞ」
「わぁ、もふもふだぁ」
藍の許可も有って、遠慮なく藍の九つのモフモフとした尻尾に抱き着く霊夢。尻尾の毛に顔を埋めて全身でギュッとしがみついている。
「紫様、この娘。私にくれませんか?」
「ダメよ、藍」
「可愛い従者に対する褒美だと思って」
「貴女には橙がいるじゃないの」
「それはそれ、これはこれというやつです」
というか橙と並べてみたい、というのが藍の本音である。
まるで自分の本当の娘のように可愛らしい己の式神と、主である紫が連れてきた愛らしい少女。二人を並べたらどれだけ微笑ましい光景になるのだろうか。
表面上は真面目で冷静を装っているが、藍は内心かなり荒ぶっていた。母性本能全開である。
「と・に・か・く! 先ずは私に家事を教えなさい! 教えている間は霊夢を貸してあげるから!」
「本当ですね紫様? 言質は取りましたよ?」
「隙間妖怪に二言はないわ」
尻尾に夢中になっている本人を差し置いて、何やらヒートアップしている八雲主従である。
「さて、紫様はどの程度まで家事が分かりますか? 炊事洗濯から、掃除に色々とやることはありますが……」
「全部よ」
「はい?」
「全部教えなさい。今の今まで貴女に任せっきりだったからまともに家事をしたことは一切ないのよ」
「そんな情けない事を自信満々に言わないで下さい。……分かりました。家事全般、一から十まで全部お教えします」
――何で自分はこの人の式になったんだろう?
教えてもらえると聞いて、よっしゃーと喜びを露わにしている主の姿を見て、死んだ目でそう思わずにいられない藍であった。
ーーー
紫が家事を覚えるのは困難を極めた。
料理をすれば……。
「……お、美味し、い」
「こら霊夢! 飲み込むな! ペッするんだ!」
「あ、あら? おかしいわね?」
真っ黒に焦げた得体のしれないナニか。不気味に振動し、触手を振り上げ、うめき声のような者を上げている謎の物体Xである。……これが、元は玉子焼きだと誰が想像できるだろう?
紫の料理の腕は壊滅的だった。どんなに正しい手順を踏んでも、どういうわけか最終的には、名伏しがたいク◯ゥルフ的で冒涜的な、おぞましいナニかが出来てしまう。
「いぐな……いぐな……とぅふるとぅkもがもが」
「待て霊夢、何を言おうとしているのかは分からんが、それ以上は言うな、な?」
藍は必死になって事態の収拾に努めた。
紫が生み出した物体X的な得体の知れないナニかを食した霊夢が、何やら不味いことになりそうな呪文を全力で阻止。
ただでさえSAN値が削られているのに、これ以上混沌とされて堪るか、と全力で阻止に掛かった。
「あ、塩じゃなくて砂糖を入れてたのね」
「もう、そんな次元の話じゃないですよ!?」
塩と砂糖間違えたくらいで、こんな事になるんだったら、とっくの昔に世界は滅びてるでしょう!?
世界滅亡の原因が、ク◯ゥルフクッキングの結果だとしたら余りにも救われない。ましてや自分の主にこんな欠点があるだなんて知りたくなかった。
何言ってるんだこの馬鹿主! と、藍は無駄にキレッキレッの突っ込みを入れたのは言うまでもない事だろう。
洗濯をすれば……。
「……ぱねぇ」
「ちゃっ、ちゃうねん」
「何がちゃうねんですか! どうするんですかこれ!?」
幻想郷での洗濯とは、現代でいうところの洗濯機に洋服を突っ込んで、洗剤を投入して終わり、というような方式ではない。昔懐かしの洗濯板を使って洋服などをゴシゴシこする作業である。
そのため、入れる洗剤を間違えて大変な事になる、という事もなく。ただただ単純に洗濯板で服を擦り続ければ良い作業をするだけ。……その筈、なのだ。
「それが、それがっ! どうして全部いかがわしい服に変わっているんですか!?」
「……ヒモ?」
「私も知らないわよ! 普通に洗濯していたんだもの!」
練習のために洗っていた八雲家の衣服の数々。中華風の道士服や、ドアノブキャップの様な特徴的な帽子、下着などである。……それらが全ていかがわしい服に変わってしまっていたのだ。
道士服などは、露出過多のバニーガールや、スリットが腰まで入ったチャイナ服へ。帽子は荒縄やロウソクなどのアッチ系の道具へ。下着は面積が恐ろしく少なくなり、最早ヒモにしか見えない様なもの、隠すべき大事な部分が露出したものなどにすり替わっていたのである。
異性が見てもドン引き間違い無しのとんでもなく変態的な代物の数々がその場に散乱していた。
「まっまさかそれを私達に着せるつもりじゃ」
「そっ、そそそんな馬鹿な事をするわけないじゃないの! 私が信用できないの藍!」
「近寄らないで下さい!」
「ぶふっ!?」
誤解を解こうと近づく紫に、洗濯物をぶつけて距離を取る藍。
近づかれたら何をされるか分かったものじゃない。死んでもこんな恥ずかしい服なんて着たくない。前々から自分や橙の事をイヤらしい目(誤解)で見ていたのは知っていたが、まさか本当に変態だったなんて!……藍の誤解が秒で加速していく。
「うわー……すっけすっけだぁ」
霊夢は霊夢で、騒がしい八雲主従を放っておいて、マイペースに下着などを漁っていた。何が楽しいのか、左右を引っ張って伸ばしてみたり、丸めてみたりして遊んでいる。……食べるのは止めたまえ。
「うっふーん」
挙句、その場で自分の衣服を脱ぎ捨て、自分の体格にあったバニー服などに着替えて、一人ファッションショーをする始末である。本来色っぽい服装である筈のバニーガールであるが、幼女が着れば可愛らしいものである。色気のいの字も感じられず、若干微笑ましい。……藍の誤解を解きながら、横目でその霊夢の光景をしっかりと目に焼き付けようとしているスキマ妖怪さんは、そろそろ自重するべきだろう。
無論、その後、怒り心頭の藍に叱り飛ばされ、強制的に服を着替えさせられた。破廉恥はダメなのである。そして、この事態を引き起こした張本人である紫は、これ以上ない素晴らしい笑顔で親指を立てていた。……鼻から真っ赤な液体を滴らせながら。
掃除をすれば……。
「此処……何処?」
「博麗神社の中……の筈だ」
「ちゃんと掃除したのにねぇ?」
何がどうしてこうなった。
辺り一面が真っ暗闇に包まれ、そこらかしこに不気味な目玉が浮かび上がっている。その上、空中には電車やら、お地蔵様やら、紫色の巨大な人型決戦兵器やら、勇者王やらが無秩序に放置され、そして、上を見上げれば、滅茶苦茶な威圧感を醸し出す最終にして原初の魔神的存在と、惑星サイズも軽く越えるであろうデタラメな大きさを誇る進化の皇帝が飛んでいた。
紫の掃除が終わり、博麗神社の扉を開けた瞬間に目の前に飛び込んできたのが、この恐るべき光景だった。
「紫さま? 何をどうしたらこんな事に?」
「ごみを一気に掃除したくて、スキマを使ってあっちこっちに転送してみたのよ。そうしたらこうなっちゃたわ、てへぺろ」
「てへぺろ、じゃないですよ! 元に戻してください!」
闇の帝王も真っ青になって復活を放棄するレベルの光景である。
見る人が見れば、この状況が如何に拙い状況であるかが手に取るように分かるだろう。否、誰が見てもヤバイと一発で分かる。
何を何処にどう捨てたら、こんな意味不明かつ出鱈目で絶望的な状況になるのだろうか? 主だとかそんな事関係なく、この大馬鹿隙間ババァの頭を引っ叩いてやりたい、と藍は拳を固く握り締め、プルプルと怒りに震えた。
『ホウ? 我ラト似タヨウナ存在ガ他ニモイタトハナ』
「かっくいぃ」
『ハハッハハハハハッ! 我ノカッコ良サガ分カルカ小娘! コヤツ中々見所ガアルゾ! ゲッ◯ーノ!』
『……』
『フンッ相モ変ワラズ無口ナ奴メ』
「ふあぁ、おっきい」
『……ポッ』
『何ヲ照レテオルノダ? ゲッ◯ーノ』
紫の胸ぐらを引っ掴んで滅茶苦茶に振り回している藍を他所に、霊夢はマイペースに魔神さん、皇帝さんとお話していた。
男心と、一部の女心を擽るメタリックなボディに目を輝かせながら、ワッシワッシと撫でまくってみたり、バンッバンッと力一杯叩いてみたりしている。
恐いもの知らず此処に極まれり、好奇心の赴くままにやりたい放題である。
唯一の救いは、好奇心の対象となっている魔神と皇帝が、一切怒っていないという点である。むしろべた褒めされて上機嫌。……ちょろいとか言ってはいけないのである。
『デハナ、因果ノ果テデ楽シミニ待ッテイルゾ』
「……ばいばい、またね」
『……バイバイ、ヨウジョ!』
『ゲッ◯ーノッ!?』
最後の最後で、その巨体に似合わぬ頓珍漢な言葉を発したお茶目な皇帝さんと、その皇帝さんに無駄にコミカルに驚愕している仕草を取る魔神さんを見送る霊夢であった。
他にも色々と家事に類する事をやっていった紫であるが、その度に果てしなく面倒で、とんでもなく奇想天外かつ、出鱈目で理不尽で、意味不明な現象を引き起こし、藍の正気度をじわじわと削っていった。
そんなどうしようもない自身の主に対して藍が出した結論はーー
「紫様は家事をしないでください、お願いします」
――紫の家事全般禁止。
伏してお願い申しあげる。……当然と言えば、当然の結果であった。
「それって土下座してまで頼むことなのっ!?」
「紫様が家事をしないのなら、死ぬまで油揚げが食べられなくなっても良いです」
「酷いっ!」
貴女の家事スキルほどではありませんよ。
藍はにこやかな表情を浮かべたまま、ピキピキッと青筋を立てて密かにそう思った。
「はぁ……見ての通り、紫様の家事は異次元だ。紫様の代わりに霊夢、お前に家事を教えようと思うのだが」
「分かった。頑張る」
「ちょっと藍! 家事は私がやるっt」
「は? 何かおっしゃいましたか、紫様?」
「イイエナンデモナイデス、ゴメンナサイ」
表情はにこやかなのに、とんでもない殺気を感じた、よく見たら目が全然笑って無くてとっても恐かった、と後に隙間妖怪は語った。
取り敢えず、紫が家事をすることはもうない。否、藍が絶対にさせない。
「紫様は家事などと余計な事をせず、霊夢の教育や修行などをしっかりと見てあげれば良いんじゃないでしょうか? 仮にも賢者なのですから、誰かを教え導くのは得意でしょう? まさかそれすらも出来ないとはおっしゃいませんよね?」
「ちょっと藍? 私、貴女の主よ? もう少しちゃんとした態度というものがあるんじゃないかしら?」
「……はっ!」
「鼻で笑われたっ!?」
これ以上ないくらいに冷たい目で見下された紫の明日はどっちだ。
なんやかんやあって、家事が出来ない代わりに紫は霊夢の教育、修行全般を見る事にした。
本当であれば、家事もやりたかったが、それは仕方がない。従者から蔑みの視線を貰うより、大人しく身の丈に有った事をしていた方が、精神的に幸せになれる。
そんなわけで、取り敢えず霊夢の修行を見ることになった紫であるが……。
「……ていっ」
「……嘘でしょう?」
修行開始早々に紫は驚愕する事となった。
霊夢は天才を通り越して、鬼才とも呼ぶべき才能の塊だった。幼き身の上にして心・技・体、その全てに於いて、紫の想定を遥かに上回る結果を出したのである。
特に霊力を操るという一点においては、他者の追随すらも許さない圧倒的な天性の才能を有していた。
本来、霊力を操るという行為は、超常の力を操る術を持たぬ人の身では相当の修練を積まねばならない。己の内にある霊力を知覚し、それを動かし、体外へと放出し操る。それが出来て初めて、霊力を用いた術を使うことが出来るのだ。
しかし、霊夢はそれを一瞬で体得してみせたのである。霊力の知覚は勿論、放出、操作、更には物質化、属性付与、およそ考えつく限りの全てを容易く使いこなした。
「私、すごい?」
「凄いわよ霊夢! よーしよしよしよし!」
抱き寄せてこれでもかと頭を撫でまくる紫である。出会って間もないのに既に親バカを発症していた。
確信した。霊夢はこれからの幻想郷を変える人間だと。この娘の才能を伸ばしていったら、自分の夢を、理想郷を、必ず実現してくれると、紫は確信したのである。
「霊夢、結界は……」
「霊夢、術はこうして……」
「霊夢、戦術っていうのはね……」
紫は自身が教えることが出来る事を全て霊夢に教え込んだ。
自身の得意とする結界や、術、戦い方など、基本的な事から応用、自分の全ての技術を事細かく、霊夢に伝授していった。
長い年月を生きたスキマ妖怪の全ての戦闘技術を、幼い人間の少女に覚えさせる。普通に考えるならば無茶無謀、ミミズに龍の真似事をさせるに等しい行為だ。
しかし、霊夢は紫の期待に応えた。否、紫の期待すらも上回っていったと言っても良い。その小さな実から溢れ出る才能を思う存分に発揮して、紫が伝えようとする技術の全てを、水にスポンジ、砂漠に水、と言わんばかりの驚異的な吸収力で取り込んでいったのである。
その上で、自分自身で技を編み出したり、独自の鍛錬方法を行っていたりと、強くなるために様々な事を率先ししていたのである。
霊夢は流星のごとく凄まじい速さで成長して、あっという間に紫の教えを全て体得した。僅か数年という短い期間で、霊夢は紫の全てを持っていったのである。技も、その心も……。
紫としてはそれを喜べば良いのやら、悲しめば良いのやら。自分の長い年月の修練の結果が、人間の少女の数年に満たないなんてと、悲しく思う気持ちもあれば、流石は自分の可愛い霊夢だと、誇らしく思う気持ちもあった。
そして、何よりも残念な気持ちが強かった。もう、自分が霊夢に教えられるものは何一つとしてない、という事実だけが紫の心に影を落とす。
確かに霊夢はこれ以上ないくらいに立派に成長してくれた。師匠として鼻が高いし、誇らしく思う。
だが師匠としては、いつまでも弟子の前に立ち続けたいものである。しかし、遠の昔に力関係は逆転し、こと戦闘行為では、真正面からでは全く以て相手にならなくなってしまった。辛うじて、チェスや将棋などのボードゲームなどでは勝ち越してはいるが、それも何時まで持つか分からない。
紫としては、霊夢に尊敬される存在でいたいのである。……家事の件で、とっくの昔に残念美人の印象を与えてしまっている、などという事実は当の本人は全く気付いていなかった。そういうところが残念だという悲しい現実である。
「れ・い・む♪」
「む、紫?」
「修行ばっかりは詰まらないわ。偶には師匠である私に構いなさい」
「やれやれ、しょうがないお師匠様だじぇぃ。ムギュ〜ッ」
「ふふっ、師匠である私に存分に甘えるといいわ!」
背後から覆いかぶさるようにして、
霊夢も、霊夢で、仕方がない奴めと、苦笑を浮かべながら紫に向き合い抱き着く。そんな霊夢の行動に、紫は満面の笑みを浮かべ、力一杯に抱き締め返す。
十になるかならないかくらいの少女と、妖艶な美女が抱き合っている、大変犯z……微笑ましく、百合百合しい光景がそこに広がっていた。そういう趣味の人が見たら、尊みでそのまま昇天するくらいの甘々っぷりである。
紫はすっかり霊夢に夢中だった。あっちへ行けば霊夢、こっちへ行けば霊夢。
何をするにも霊夢、霊夢、霊夢、霊夢と、頭が心配になる程度には霊夢に夢中になっていた。従者である狐も、この主の現状には辟易しており、余りにも酷いときには物理的に言うことを聞かせる始末である。
子離れできない親のように、大好きな彼氏に構ってもらいたい面倒な彼女のように、紫は霊夢に構いっぱなしになっていたのであった。
紫にとって、霊夢は特別な存在になっていた。
僅か数年で自分を超えてしまった天才であり、早くも幻想郷の名だたる実力者に匹敵しようとしている、紫の夢の体現者となっている存在である。
自分の育てた優秀な弟子が、幻想郷に平和を齎している。その事実が紫にとってどれだけ喜ばしく、嬉しい事か、無力だった自分が育て上げた最高傑作が、幻想郷を汚す輩を完膚なきまでに叩き潰す姿を見るのが、どれほど愉快で痛快な事か。
そして、何よりも紫は霊夢を自分の娘のように思っていた。霊夢という少女。何処からとも無く現れ、紫の心を救った希望そのもの。
霊夢と過ごしたこの僅か数年の時間が、自分が今まで歩んできた長い年月と比べたら余りにも短い霊夢との時間が、これ以上無く甘く、穏やかで幸せな時間だったから。
霊夢から向けられている無条件の好意が、触れてくれる小さな温かさが、この心に負った深い傷跡さえも癒やしてくれたから。
紫はもう霊夢がいない生活など考えられなかった。霊夢がいるから頑張れる。霊夢と一緒なら、きっと幻想郷はかつて夢描いた理想郷へと生まれ変わることが出来る。
分かりやすく言えば、紫は浮かれていたのである。霊夢という清涼剤を得た反動で、今までの緊張感が無くなり、致命的な隙を晒してしまったのである。
これが原因で、まさかあの様な事態になってしまうなど、この時の紫も、まして当時まだまだ実力不足で発展途上の霊夢には思いもしない事だった。
ーーー
ことが起こったのは、霊夢が齢十を超えた辺りの頃である。
毎日の日課である修行を行い、八雲一家と楽しく過ごすいつもの光景。
紫が霊夢を構い倒し、それを藍がしばき倒し、橙が霊夢にじゃれつき、霊夢が三人と戯れる。そんな団欒とした光景である。
「見つけたぞ、八雲のガキ」
そんな光景に水を指すように現れたのは一体の異形。
幻想郷でも高名で残虐な妖怪である。強力極まりない力を私利私欲のためだけに使い、ありとあらゆる悪逆非道を行ってきた幻想郷の汚点、唾棄すべき邪悪そのもの。
そいつは全身から妖気を溢れ立たせ、その視線には殺意が満ち満ちていた。
「暫く現れなんだと思うたら、何やら面白い事をやっておるな」
異形の隣に更に何者かが現れる。
怜悧な視線でほのぼのとしている八雲一家を睨みつけるのは、この幻想郷の中でも特に強力な部類に入る神の一柱である。人に試練という名の理不尽を課し、己の楽しみのためだけに人々の人生を弄ぶ、自分勝手な災害。
その神は神剣を携え、押し潰さんばかりの神威を全身から迸らせている。
「クククッ」
「フハハハッ」
「「ハハハハハッ!」」
その二体の出現を皮切りに、八雲一家を囲むように妖怪が、神が現れる。
それもただの妖怪、神ではない。先に現れた二体ほどではないが、並みではない力を持った恐るべき存在たちである。
「一体、何の用かしら?」
「決まってんだろうが、いい加減、テメェが煩わしぃんだよ。人間どもを喰ってやろうと人里に降りても、テメェが邪魔をして隠しやがるから、最近は碌に喰えてねぇんだ。だからこの苛々の解消も兼ねて、ぶっ殺してやろうとな」
「左様、たかが妖怪風情が、我ら神々の道楽の邪魔をするなど不届き千万。天に唾を吐き捨てた、愚かなるお前を滅ぼすために、この我が態々足を運んでやったのだ、感謝するが良い」
「まぁテメェを確実にぶっ殺すために、こんなカトンボ見てぇなクソと手を組んだのは甚だ納得いかねぇんだけどよ」
「阿呆、それはこちらの台詞というものだ。貴様らごとき矮小で愚劣なる蛆虫と手を組む羽目になるという我らの屈辱が分かるか? 何が悲しゅうて、この様な辱めを受けねばならぬというのだ」
「あぁ? テメェからぶっ殺してやろうか?」
「死にたいなら掛かってくるが良いぞ?」
神と妖怪、光と闇、水と油と言っても良い関係性である二体の相性はお世辞にも良いとは言えず。反発するように、いがみ合う。
こうして、一つの目的を成すために、徒党を組んでいるという事実そのものが異常なのだ。
「……っ」
拙いことになった。
一体一体ならまだしも、これほどの実力者達が一度に集まり、その上自分を狙っているときた。いつもなら境界を敷いて、干渉できないようにしているのだが。……最近は些か気が緩んでいたようだ。まさか、補足されてしまうとは。
それに、ご丁寧なことに逃げられてしまわないように、重厚な結界まで張り巡らせている。妖力と神力、二つを混ぜ合わせて生み出された強力極まりない結界だ。反発し合う力を同程度の出力で上手く回して張り巡らされた結界は、想像だにしない力を発揮している。これでは、スキマを開いて逃亡を図ることも出来ない。
「紫様、如何しましょう?」
「結界のせいで逃げることも出来ないし、実戦経験が皆無な霊夢、そもそも力が足りていない橙を除けば実質的に戦力になるのは、私と貴女の二人だけ。……大変ね、完全に詰んでるわ」
「一体一体ならまだしも、これほど大勢が相手では流石に相手取るのは無理がありますからね」
「それでも、私と貴女なら霊夢と橙が逃げるための時間くらいは稼げるわ。そうでしょう?」
「無論です。これでも最強の妖獣として、その名を轟かせている妖怪ですよ? それにそんな私を従えている紫様も賢者と謳われた大妖怪です。勝てぬまでも、人と妖怪の二人を逃がすなど造作もありません」
「なら決まりね。……藍、覚悟を決めなさい。此処を死地と定めるわ」
「御意」
大切な者たちを守るために、八雲の主従が立つ。
「ハハハハハッ! たったの二人で、俺らに勝てるとでも思っているのか!」
「滑稽滑稽! 数の差も理解できぬ分際で、よくも賢者なぞと呼ばれたものよ!」
妖怪、神の軍勢の前に立った二人を見て、妖怪は、神は嘲笑う。その無謀を、その愚かしさを、ただただ嘲笑い、紫と藍を蔑み見下している。
「そのたった二人に対して、これだけ数を揃えないと碌に敵対することも出来ない弱虫さんの言葉なんて、全く響かないわ。……ねぇ藍、こんな哀れな方々を何と言ったかしら?」
「負け犬ですよ紫様。もっと言ってしまうならば、彼奴らの言っていることは負け犬の遠吠えと同じですね」
「クスクスクスッ、そうそう負け犬。負け犬なのよ貴方達。……よく見れば、皆一度私達に敗北した面々じゃないの、一回敗北しただけじゃ足りなくて、また負けにきたみたいねぇ」
有象無象の嘲笑を柳に風と言わんばかりに聞き流し、それ以上の嘲笑と侮辱を返す。
全ては自分たちに注意を引き付けるため、この場にいる全ての敵の注意を自分たちに向けさせるため、敢えて強い言葉を使って、相手を煽っているのだ。
「橙、戦いが始まったら、そのまま霊夢を連れて裏から逃げるんだ。決して振り返ったらいけないぞ?」
「だ、ダメです藍しゃま。殺されちゃう。死んじゃ嫌ですよぉ」
「私は死ににいくわけじゃないぞ? 今まで放置していた問題を片付けに行くだけさ。それに、私と紫様の二人が揃っているんだ。勝利はあっても負けはない」
「藍、しゃま」
「少しのお別れだ。また皆一緒に遊んだり出来るさ」
そう言いつつ、藍は自分が再び橙と会話できるとは思っていなかった。
自分と紫が如何に強かったとしても、相手もそれなりの手練が揃っている。その上、数では圧倒的にこちらが不利なのだ。
力も拮抗し、数で負けているとなれば、後はもう……。
「藍しゃま、絶対ッ、絶対ッ帰ってきて下さいね!」
「ああ、分かっている。……すまない橙、これでさよならだ」
別れの言葉を小さく溢し、走り出した橙を見送った藍。願わくば、あの娘の未来が幸あるものでありますように。
それが、これから死地に赴く狐の心からの願いであった。
「紫、私も戦う」
「ダメよ霊夢、いくら貴女のお願いでもこれだけはダメ」
「でも、私の方が紫よりも強い」
「そうね。確かに貴女は私よりも強いわ。真正面からの戦闘では、貴女に勝てる奴はこの場には一人もいないでしょうね」
「だったら!」
「調子に乗るな!」
「っ!?」
「霊夢、いくら強くても貴女は人間、人間なのよ。ちょっと病気になっただけで死にかけて、少しの怪我をするだけで死んでしまうかもしれない人間なの。私達妖怪みたいに頑丈じゃないの」
「……」
「貴女が死んだら、今度こそ私は耐えられない。だから、聞き分けて頂戴」
「……死んだら絶対許さない」
「ええ、分かったわ。絶対に貴女の元に帰ってくると約束する」
「ゆびきり」
「え?」
「ゆ・び・き・り!」
「あ、はい」
幼女の無表情滅茶苦茶恐い。霊夢の無言の圧力にあっさりと負けた情けない隙間妖怪さんである。
そして、行われる霊夢とのゆびきり。……ゆびきーりげんまーんうそついたら、紫の一生もーらう。指切った。
「ちょっと待って、今すっごい恐ろしい言葉が聞こえたんだけど!?」
「じゃあ、頑張って」
「待って! 待ちなさい霊夢! って、はやっ!?」
瞬く間に、霊夢はすたこらっさっさと駆けて行った。紫の手が虚しく宙をかく。……軽はずみでやべぇ約束取り付けちまった。
内容的に考えるならば、紫が約束を破ってしまった場合、その後の一生は全部霊夢のものになる、ということ。奴隷みたいに馬車馬のように働かせられたり、ちょっとえっちな辱めを受けたりするかもしれない。……あれ? 意外と有りかもしれない。霊夢馬鹿になりつつある紫からしてみたら、むしろご褒美かもしれない。
これから死んでしまうかもしれない激戦に身を投じる事になるというのに、何ともアホらしい事を考えている八雲紫であった。
「紫様、何をふざけているんですか?」
「ふざけてないもん! 霊夢がふざけたんだもん!」
「良い歳したおばさんが、そんなにもんもん言わないで下さい。控えめに言ってもかなり気持ち悪いです。吐きますよ?」
「おばさんじゃないわ! お姉さんよ!」
「はいはい、お姉さん(笑)でしたね。お・ね・え・さ・ん(笑)」
「アイツらの前に貴女から先にぶっ飛ばすわよ?」
「可愛い従者のちょっとしたお茶目じゃないですか、それにマジになる主ってすっごいカッコ悪いですよね。……霊夢が見たら幻滅するんじゃないですか?」
「さぁ藍、迎撃するわよ」
「……うわっ、何か急に真面目を装い始めた。引くわー」
「あ、貴女ねぇ」
従者が主を弄り、それに主が半ば本気で食って掛かる。ある意味で非常に息が合っている八雲のコンビである。
「まぁ、冗談はこれくらいにしておいて、そろそろあちらも痺れを切らす頃合いですね」
「ええ、ふざけて時間稼ぎをすれば、その分だけあの二人に対する注意が減るもの。冗談とは言ってもかなり失礼な貴女の態度も、これに免じて許してあげる」
「はい? あれは私の本心だったのですが?」
「……貴女の冗談はこれに免じて許してあげる。あげるからね。だからこれ以上意地悪しないで? 戦う前に私の心が折れちゃうから」
「……紫様って、泣いている時が一番可愛いですよね。以前、霊夢が紫様の泣き顔が一番好きって言ってた言葉の意味が理解できましたよ」
「え? 霊夢そんな事言ってたの? 普通にショックなのだけど」
「あ、これは言ってはいけないんでした。忘れて下さい」
「忘れられるわけないじゃないのぉぉぉ!」
いやぁぁぁっと髪を振り乱して頭を振るゆかりさんじゅうななさい(自称)である。
自分が娘のように可愛がっている存在が、まさか自分にそんな感情を抱いていただなんて。尊敬されるようなキャラを維持していた筈(思い込み)なのに、イジメたくなると思われていたなんて!
よくよく考えてみれば、霊夢は結構自分に対して意地悪な事をしていた気がする。
好物のお菓子を、眼の前で全部平らげたり、紫が構ってほしそうに霊夢に話しかけても無視したり、止めてと言っても擽ってくるのを止めてくれなかったり、といった意地悪を行い。
意地悪されて泣いている紫をこれ以上ないくらいにベタベタに甘やかし、膝枕したり、頭を抱き締めてあげたりして、あやしていたりしていた。
「し、師匠としての威厳ががが」
「何を今更、そんなもの最初からないじゃないですか。……そろそろ始まりますよ。構えて下さい」
「全く以て納得できないけど、仕方ないわね。……では、参りましょうか」
「御意」
冷静さを取り戻した紫は、何時もの様に胡散臭く余裕に満ち溢れた笑みを浮かべる。その身からは、先程の情けない様子からは考えられない程の膨大な妖力を漲らせており、周囲に恐ろしい圧力を加える。
その傍らにいる藍からも、紫が放出している妖力と同程度の妖力が溢れ出し、周囲の妖怪達を威圧する。
これこそが、これこそが幻想郷を守護し続けてきた八雲の主従の本気である。その威圧に当てられた妖怪、神は嘲笑を止め、固まるしか無い。
手を組んだ妖怪、神の軍勢は悟った。追い詰められている? 数の差も理解できない愚か者? そんな馬鹿げた事を誰が言ったか。
この二人にとって数の差など問題ではない。数で勝っているから? 実力で拮抗しているから? それを理由に油断をしたら、手を抜いたら、それこそ逆に返り討ちにされる。
「さぁ、掛かっていらっしゃい有象無象。美しく残酷に、
「我ら八雲の命、容易く取れると思うな!」
「舐めるなぁ! 八雲のゴミクズどもがァァァ!」
「神の威光、無知蒙昧なるそなたらに知らしめてくれようぞ!」
紫と藍の啖呵、妖怪共、神の怒号を引き金として、合戦の幕が切って落とされた!
ーーー
戦いは三日三晩もの間続いた。
八雲の主従のコンビの超絶たる連携は、妖怪も神も寄せ付けず。結界で押し潰し、境界で切断し、術を用いて燃やし、砕き、ぶっ飛ばす。
長い年月を共に過ごした主従であるからこその連携。主の考えを従者が読み、逆に従者の考えを主が読んで、互いに動き回り、攻撃を最大の防御に、防御を最大の攻撃へと転じ、数の差を覆したのである。
二人の獅子奮迅の働きにより、妖怪共も神もその数を徐々に減らしていった。そして遂に、奴らを率いていたリーダー格の妖怪と神の二体を残すのみ、となるまで敵を追い詰めることに成功した。
「う……あ、ぐぅ、ら、藍? ま、だ、生き、て、る?」
「ごふっ、げほっげほっ……。は、い」
だが、その代償は大きい。
いくら紫と藍の連携が優れていたとしても、相手の数が数であり、力が力だった。大妖怪、少なく見積もっても、中級妖怪の上位クラスの力を持った奴らが縦横無尽に攻め立ててくるのである。流石に無傷とはいかない。
紫と藍は妖力の殆どを使い果たし、身体はボロボロ、無事なところを探すのが難しい程にボロボロに傷付いていた。
対して、相手側に残っている二人は、あの集団を率いる者であるだけに、その実力も紫と同等かそれ以上、その上に戦闘に積極的に参加していなかったために、傷は殆ど無い。
「クッハッハッハッ! 流石は幻想郷の賢者を名乗るだけあるわ! 俺の部下共が一匹も残っていねぇ!」
「我の忠実なる部下も軒並みやられておるな。……全く情けない。これでは神の面汚しよ」
「だがまぁ、此処までだな。見たところテメェらには妖力はカス程も残っちゃいねぇ、立っているのもやっとってとこだろ?」
「今のそなたらならば、この指の一本でも容易く滅する事が出来るな」
妖怪共の首領と、神々を率いし長、その二人の手が紫と藍に向けられる。そして、その手に収束していく妖力。
万全の状態ならまだしも、傷付いている紫と藍にそれを防ぐ術はない。成す術もなく、自身に向けられる力の収束を眺めるしか無い。
「これまでの無礼を謝罪し、我らの軍門に下るのならば、その命だけは助けてやっても良いのだが? もっとも、その時は貴様らは我らの慰み物となっておろうがな、フッハッハッハッ!」
「何なら俺の女にでもしてやろうかぁ? テメェら見てくれだけは良いからよぉ、ヒャッハッハッハッ!」
勝ちを確信しているんだろう。紫達を見下して高笑う妖怪と神。水と油の関係並みに相性が悪い癖に、こんな時は息がぴったりである。下衆同士何か通じるものがあるのだろう。
「ぺっ、そん、な屈辱、受け、るくら、い、なら、死ん、だ方が、マシ、よ」
「死ね、クズど、も」
八雲の主従の返答は当然NOである。
この八雲紫、八雲藍のもっとも好きな事の一つは、テメェが勝利を確信している相手にNOと断ってやることだ、と言わんばかりにバッサリと切って捨てた。……二人共無駄にキメ顔で言ってのけている辺り、かなりノリノリである。
「じゃあテメェらを生かす理由はねぇな。……死ね」
「せいぜいあの世で後悔すれば良かろう。……滅」
妖怪の手から放たれたドス黒い光が、神の手から放たれた眩い閃光が、紫と藍の二人に向かって放たれた。
「ごめん、ね、霊夢」
迫る死を目前として紫の頭に思い浮かんだのは、あの愛しい少女の姿。
「約束、守れそうも、ないわ」
そして、少女との約束だった。
やがて閃光が紫を覆い尽くし、紫の意識は真っ白に染まり――
「――じゃあ、紫の一生貰った」
閃光が一瞬で弾け飛んだ。
「は、え?」
意味が分からなかった。どうしてあの娘が此処にいるのか?
逃げろと言った筈なのに、この場所から離れてくれたと思っていたのに、どうして此処にあの娘が、霊夢がいるのだ!?
「へーい、紫げんきぃ?」
「どうしてっ、どうして戻ってきたの!」
「……紫が死んだら、約束もクソもない。だから、私 が 来 た」
何処ぞのNo.1ヒーローばりの台詞をかます霊夢である。……一瞬だけ画風がアメコミ風に変わったのはきっと気のせいではない。
「霊夢、今からでも遅くないわ。私は大丈夫だから、此処を離れrもがっ!? にゃ、にゃにゅしゅりゅにょよぉ(な、何するのよ)!?」
「何かうざかったから黙らせた」
息も絶え絶えながら、霊夢の身を案じて言葉を紡ぐ紫を強制的に黙らせに掛かる霊夢。その小さな手を紫の口に直接突っ込んで、舌を押さえつけるという鬼畜の所業である。
幼い美少女が、ボロボロになっている美女の口に手を突っ込んでいるという、絵面だけを見ると、かなり倒錯的な光景である。
「取り敢えず黙って見てて。……返事は?」
「でぇきゅりゅわきぇにゃいぢぇしょ(出来るわけないでしょ)!」
シリアスが壊れ始めた。
「らんしゃま! 救援に来ましたよ!」
「橙!? どうして戻ってきたんだ!」
「霊夢が「最後の最後で絶体絶命なのは確定的に明らか、しょうがないから助けに行こう」って言ってたので!」
「あ、あの馬鹿者めぇ」
何故か頭に浮かび上がる無駄にイイ笑顔の霊夢がサムズアップしている光景。ご丁寧に歯までキラリと光らせる無駄に無駄を重ねた演出までしている。
そんな普通に見たら腹が立つ光景でも、うっかり可愛いと思ってしまうのは、藍が霊夢の事を橙と同じくらいに溺愛しているからだろうか?
「はぁ、来てしまったものは仕方がないか。……すまないな橙。危うく約束を破ってしまうところだった」
「間に合って良かったです!……まぁ、私まだ何もしてないんですけどね!」
「自信満々に言うんじゃない」
可愛いから許すけども。
先程までの殺伐とした雰囲気は何処へやら、藍と橙の主従はマイペースにほのぼのとした雰囲気を醸し出していた。
「何だぁ? 誰が来たかと思えば人間のガキじゃねぇか」
「人の子よ、我らの邪魔立てをするとは不遜なり」
いきなり現れたのが、人間と見て甘く見る妖怪と神である。
自分たちの放った力を防いだところから、それなりに力を持っているようだが、所詮は人間、妖怪、神である自分たちに敵う筈もない。
むしろ、妖怪は美味そうな人間がのこのことやって来たと、神は弄び甲斐のありそうな玩具がやって来たと、それぞれ笑みを深めた。
「紫、ねぇ聞いてるの? 返事は?」
「くちゅぎゃふしゃぎゃってはにゃしぇにゃいにょ(口が塞がってて話せないのよ)!」
「ん、紫。そんなに舐めちゃイヤ」
「しゅっしゅきゅでぇにゃめてにゃい(すっ好きで舐めてない)!」
「紫は変態さん、はっきり分かんだね」
「ちゅぎゃうにょよ(違うのよ)!」
しかし、そんな敵を無視して紫と戯れるのが博麗スタイルである。
紫の舌を強引に指でこねくり回して、思うように発言させない。涙目になって反論しようとし、意味不明な言葉を垂れ流す紫の姿を見て、恍惚とした笑みを浮かべるこの少女はきっとドSに違いない。
分かりやすく言えば、紫を弄るのに夢中で他の、ましてや敵対している輩の事など全く眼中に無かったのである。それどころか露ほどの興味どころから、認識すらしていない始末。
「おいテメェ、聞いているのか小娘ぇ!」
「説明しよう、霊夢ちゃんイヤーは、どうでもいい声は聞き流す、お利口さんなのだ」
「この我を無視するとは、余程死にたいと見えるな人間の子よ」
「あ、偉いんだぞ星人だ。……でも残念、私はお前のこと知らないから偉さが分からない。ででーん、アウト〜」
煽りは基本戦術。
幼い少女に馬鹿にされるのは、如何に煽り耐性に強い者でもそれなりに来るものがある。ましてや、今回煽られているのは、ただでさえプライドが高そうな、妖怪と神である。結果――
「殺してやるぞテメェェェ!」
「塵すら残さぬぞぉぉぉ小娘ェェェ!」
――当然のようにブチ切れる。
出し惜しみなどしない、全力の殺意を乗せて、たった一人の人間にムキになって襲いかかる妖怪の首領さんと、神の長さんである。絵面がとても見苦しい。
妖怪の刃の如き鉤爪が、神の薙刀が、霊夢に向かって振り下ろされる。普通に考えるならば、状況は絶望的を通り越して詰みゲー。逆転の手段なんて全く無く、このまま少女……霊夢は惨たらしく殺されてしまうだろう。
「残念、此処から先はいっぽーつーこーだったりぃ」
だが、霊夢は普通ではない。
五歳の頃より数年もの間、八雲紫直々に修行を課し、ありとあらゆる技術を叩き込まれ、更には、自分自身で力を探求し、ありとあらゆる技を身に付けるに至った鬼才とも言うべき存在なのだ。
「ば、馬鹿な!?」
「我の一撃を!?」
「軽くね? ちゃんとご飯食べてる? 私は食べてる。藍のご飯美味しい」
鉤爪を力任せに鷲掴んで握り潰し、薙刀を蹴りの一撃で蹴り砕いていた。ぅわっょぅj゛ょっぉぃって奴である。
「あっりぇ〜(あれ〜)?」
これに困惑したのは八雲紫である。
霊夢の実力が、前に見た時とは、三日前に見たときとは明らかに違うのである。
三日前までは、自分よりも少し上程度であり、やりようによっては、紫でも勝利出来る程度の力だった。
それが、どういうわけだろう。紫と同程度の実力を持っている筈の妖怪と神を相手にして、ふざけている余裕もある始末。……これは一体?
「りぇ、りぇいみゅ(れ、霊夢)? ぢょうにゅうきょちょにゃにょ(どういうことなの)?」
「三日間みっちり修行した、頑張った、まる」
続けて修行内容を語り出す霊夢。
先ずは座禅を組んで、自分との対話。自分の中にいるもう一人のボクと全力で殺し合い。討ち果たして屈服させて、力を得て、精神世界を修行場として、体感時間を現実の数十倍〜数百倍にまで引き伸ばして延々と思いついた修行を試し続けただけ、だという。
で、精神世界から現実に帰還したら、精神世界での修行分の経験値がボーナスポイント込みで自分の肉体に反映されて、霊力云々の力が大幅に上昇した。流石に肉体年齢は上がらなかったが、心なしか、身長が微妙に伸びた気がしないでもない。
意味が分からないよ。紫は霊夢が何を言っているのか理解できなかった。何だその謎理論。
要するに頭の中でイメージトレーニングして、滅茶苦茶修行している自分を想像したよ〜。で、妄想から帰ってきたら、何か身体がマッスルボディになっていたよぉ〜。……凄いね、人体、ということらしい。
「わ、わちゃしぃぎゃりぇいみゅをにゅぎゃしぃちゃいみゅってぇ(私、私が霊夢を逃した意味って)」
「修行時間の確保、テンクス。でも、ゆびきりは守れ、な?」
「あ、ひゃい(あ、はい)」
イイ笑顔で、紫の舌を弄りながら自分の要求を通す鬼畜少女。
「く、くそっ! たかが人間風情に、此処まで虚仮にされるだとぉ!」
「わ、我の面目丸潰れではないか!」
自分達の力が通用しない。
何だこの人間は? 意味が分からん、分からんぞ!
何故、人間ごときが、矮小な存在である人間ごときが、妖怪である、神である自分の攻撃を、あれほどまでに容易く受け止め、砕けるのだ!?
「ちぇーん、かもーん」
「呼んだ霊夢?」
「藍、無事だった?」
「応急処置もばっちりだよ!」
「おっけい、じゃあ後はアイツらボコれば終わり。……あれやるから。合わせて」
「らじゃー!」
その場で姿勢を前のめりに傾ける橙。そして、その橙の頭に手を置いて集中する霊夢。
「や、やっと解放された」
「凄い弄られてましたね紫さま」
「藍、どうやら無事みたいね」
「橙が手当てしてくれましてね。橙は回復系統の術なんて使えなかった筈なんですが……全く、霊夢の奴め、橙に色々と教え込んだようだな」
「そうらしいわね。……見てみなさい藍、回復術だけじゃなく、他にもとんでもない物を教え込んだみたいよ」
「っ!? これはっ、この場一帯の妖気が、橙に集中している?」
周囲に溢れている妖気。それら全てが橙という妖怪に収束していっている。
「妖気固定、潜在能力解放。……
「変化ぇ!」
――ボフンッ!
収束した妖気が一気に爆発し、辺り一面を煙が多い尽くす。
「こ、これはっ!?」
「ちぇ、橙?」
やがて、煙が晴れる。
「じゃーん、かんせーい」
「この格好、藍しゃまみたいでカッコイイです!」
無駄に決まっているドヤ顔を披露する霊夢。そして、その霊夢の前には一人の女性の姿があった。
頭には立派な猫耳を持ち、切れ長のクールな瞳に整った顔立ち、赤を強調した道士服を身に纏い、臀部の方から二本の黒い尻尾をゆらゆらと揺らしている。
冷静でクールな雰囲気を醸し出しているが、しかし、口を開けばその外見に似合わない気の抜けそうな暢気な発言である。
突如として現れたこの美女、その正体は……
「橙、もちつkげふんげふん、落ち着け」
「うわー、霊夢ちっちゃいなー、可愛いよぉ」
「抱き上げるな、下ろせ」
「にゃひぃっ!? 尻尾は強く握らにゃいでぇぇぇ!」
そう、この猫耳美女の正体こそ、何を隠そうあの橙なのである。
霊夢が三日間の修行で習得したとある術によって、強制的に覚醒させられた結果、肉体が変化したのである。
つるぺったんの幼女が、ボンキュッボンの爆発ボディを持った美女へと一瞬で華麗に変身した。その事実だけでも驚愕に値するというのに、変わったのはそれだけではない。
「見た目だけじゃなくて、その中身も前とは比べ物にならないわね」
見た目だけではないのだ。
橙の内包する妖力が、格段に上昇していた。紫や藍に匹敵、あるいは凌駕するほどのとんでもない量の力が、彼女の中に渦巻いていたのである。
これこそが、霊夢が開発した『覚醒』術。周囲に妖気が満ちている時にのみ発動可能な術であり、効果は至ってシンプル。霊夢が周囲の妖気を集めて、集まった妖気を橙に吸収させて、なんやかんや術を発動して、あれがこうして、身体が大人になっちゃうくらいに強制的に力を覚醒させるのである。
ちなみに、現在の橙のプロポーションは紫と藍を大きく超えている。……バインバインのボインボインである。素晴らしい。ディ・モールトベネ。
「ら、藍、さっきから固まってるけど大丈夫?」
「わ、私の可愛い橙が成長した成長した成長した成長したあばばば」
「あ、ダメねこれ」
藍にとって、可愛らしい橙が一気に可愛いというよりも綺麗だとか、美しいと評される姿に成長してしまった、という事実は、処理落ちを起こしてしまうくらいに辛い現実だったようだ。
「準備は整った。さぁ、小便は済ませたか? 神様へのお祈りは? あ、お前神様か、じゃあ祈らなくていいわ」
「そこら辺でガタガタふるえて、命乞いをする心の準備はおーけー?」
成長した橙に肩車して貰いながら霊夢は某死神執事の台詞を言っちゃう。教えてもらったのかどうか、定かではないが、橙も同じように台詞を言っちゃう。
この時、二人は全身から霊力を、妖力を放ちながら言っているため、ちょっとアホみたいな台詞でも十分威圧的に感じる。
現に二人と相対している妖怪と神は、地力の差を悟ったのか、何の発言も出来ずただただ震えて、自分たちの現状を嘆くしか無い。
だが、それも仕方のないことである。
自分たちが手も足も出ない、訳が分からない人間が現れたと思ったら、猫の小妖怪がいきなり自分たちでも勝てないかもしれない大妖怪に化けたのである。これに絶望しない者はいないだろう。
「それでは紳士諸君」
「任務ごくろー」
「「さ よ う な ら」」
後はもう酷いものだった。
成長した橙の放つただのひっかき攻撃で、大地が切り裂かれ、神が張った、結界諸共切断する。妖怪が力任せに殴り掛かろうとも、霊夢が適当に出した結界で容易く防がれ、吹き飛ばされ錐揉み回転。
ならばと、妖力で術を使おうとも、そもそもの地力が圧倒的に開いてしまっているために、ただの霊力の放出で、術が押し潰される始末。
逃げようとしても、橙の足の速さに敵わず、追いつかれ猫パンチでボコボコにされる。
妖怪と神は、その自信をバキバキに叩き折られて、二度と立ち上がることが出来ないくらいにボッコボッコにやられてしまったのである。
「勝った、第一部完」
「にゃっ!? 霊夢! 何してるの!? むずむずするんだけど!?」
「よいではにゃいかーよいではにゃいかー」
「あーにゃー!?」
ズタズタのボロボロにされてボロ雑巾状態の妖怪と神を放っておいて、橙を弄り出すドSな少女霊夢氏であった。
橙の育ちに育ちきった立派な山脈を小さな手でこれでもか、と蹂躙している。ノリノリで鷲掴んだり、揉んだり、摘んだり、ラジ◯ンダリー。
橙は橙で、自分の身体を襲っている未知の感覚に身体を悩ましげによじったりして何とも色っぽいことになっていた。
二人はそのままイチャイチャと戯れ合いながら、空を飛んで行き……やがて彼方へと見えなくなった。
「……え?」
「橙が、橙がぁ」
倒れている紫と藍を放置して(数時間後に回収に来ました)。
ーーー
「みたいな事もあったわねー」
「む、昔からぶっ飛んでたんだな、霊夢」
「いや、あの時は本当にびっくりした。心臓が止まるかと思ったぞ」
時は流れ、現在。
今日も今日とて、博麗神社には沢山の訪問客が来ていた。八雲一家と魔理沙である。一同、卓を囲んでのんびりとお菓子を食べながら、昔話に花を咲かせていた。
「フフフッ、それは大袈裟だぞ藍。なぁ、橙」
「そうですよ藍しゃま! 私の成長した姿を見たくらいで驚きすぎです!」
「橙は何時までも可愛い橙でいてくれ、霊夢が一気に成長したから、癒やしが足りないんだ」
「何だ藍、今の私では癒やしにならないのか?」
「い、いや、癒やしというより何というか、な。気恥ずかしいんだよ。今のお前と昔みたいなやり取りをするのは……」
小さい時のお前は何を言っても可愛いなぁで済ませたが、今のお前はいちいちカッコ良くて綺麗だから、変な気分になるんだ、という言葉は飲み込んだ。
「分かるぜその気持ち、霊夢は事ある毎に口説きやがるから、油断も隙もねぇんだよな」
「そうそう、この前なんて「紫、月が綺麗だな」って言って、キャーってなっちゃったもの」
「何それロマンチック。羨ましいな、おい」
「わ、私はこの前「藍、私のために毎日味噌汁を作ってくれないか?」って言われてしまった。……その後の記憶はない、気付いたら、居間の方で寝かされていた」
「耐性がないと精神持たないからな、仕方ない仕方ない」
女三人寄れば、姦しいとはよく言ったもので、わいわいがやがやと、やれ霊夢がああした、ああ言った、などと騒ぎ出す。
「別に口説いているつもりはないのだが……」
「私、知ってる。霊夢ってば天然ジゴロなんでしょ?」
「解せぬ」
膝に乗せている橙にまでそんな事を言われてしまった霊夢は、納得いかないと言った様子で、大人しく茶を啜っていた。
「ああ、楽しいわね」
紫はこの団欒とした光景を見て、独りごちる。
昔の自分では考えられなかったこの光景、愉快に楽しく、愛おしいあの娘と、周囲の仲間たちと毎日毎日どんちゃん騒ぎで、退屈とは無縁の尊い日常。
「ああ、平和ね」
幻想郷も生まれ変わった。
争いなど殆ど無く、あってもすぐに鎮圧する平和そのものの世界。妖怪と人間が、ありとあらゆる種族が共存し、仲良く暮らしている理想の楽園。
紫の夢と希望に満ち溢れた、幻想達が最後に行き着く優しい場所。
全てはあの娘。……霊夢との出会いから始まった。
――あの日、貴女と出会えて良かった。
貴女と出会えたから、私は希望を知ることが出来た。
――あの日、貴方と出会えて良かった。
貴女と出会えたから、私は愛を知ることが出来た。
「フフッ、霊夢。私の愛しい愛しい可愛い娘」
でも、ごめんなさい。何時までも親でいる事は出来そうにない。だって――
「私、貴女の事が大好きよ」
――貴女の事が、狂おしいほど好きなんですもの。
だから親ではいられない。
「それに、約束も守らないといけないし、ね」
いつぞやの約束はきっちりと守る。紫の一生は霊夢の物だ。だったら、約束を果たすためにずっと一緒にいる必要がある。……つまりはそういう事である。
八雲の賢者は恋をする。初恋の味は甘酸っぱく、心を掴んで離さない。愛しいあの娘の心を狙って、今日も静かに謀(なお、尽く失敗する模様)。
かくたのぉ(いつもの挨拶)!
地霊殿を楽しみにしている方々には申し訳ないが、何やかんやでこの話は入れたかったんや、済まないね。
結構、急ピッチで書いていた部分もあるから若干言い回しが汚いかもしれないけど、大きな懐で笑って許してつかぁさい。
年末年始忙しいけど、今年までに地霊殿書けたらいいなぁ(願望)。
と、いうわけで次の話からいよいよ待望の地霊殿を書き始める予定です。プロットは温まっているし、割りと面白く書けるのでは! と自信もあるので、是非とも楽しみにお待ちくださいね!
では、次回の更新まで、じゃあの。
8/20
サイレント修正完了