あ、ごめん。ちょっとダンジョンしてくる。 作:トウキキュウギョウ
以後お見知りおきを。
プロローグ 通勤先がダンジョンに
突然、世界中でダンジョンが乱立したとき、もちろん日本でも混乱が起こった。日本は初期発見段階で100万のダンジョン報告が上がり、その殆どが大阪、東京の大都市に集中した。
自宅から出たとき、曲がり角を曲がったとき、ペットボトルのふたを開けたとき、気付けば別の世界だったと訴える人が多数でたのだ。
最初は日本政府も集団催眠や精神に作用するウイルスが流行ったのだろうと考えていたが、訴えていた人たちからは、脳にも身体にも異常は見られなかった。
何より決定的だったのは、別の世界で手に入れたという物質を解析したところ、地球の物質では無いことが判明したのだ。
これにより、世界各国が別の世界の存在を認め、首脳たちの間で会談が行われた。
世界中の首脳が話し合った末に決められた別の世界の名前は
『ダンジョン』
であった。
しかし、ダンジョンの存在を確認したものの、とれる対策はあまりにも少なかった。
なにしろ、ダンジョンが現れる条件に全くもって一貫性というものが無いのだ。
そこで政府はダンジョン攻略を目的とした自衛隊を派遣し、一般人にもダンジョンを攻略した際に情報を提供した人に賞金を与えることにした。
それにより分かったことは以下のことである。
・ダンジョンから出る方法は出口を探し、そこに入ることである。他の方法は未だ見つかっていない。
・ダンジョン内で死亡した場合、全快状態で初期地点に戻る。なお、持病、先天性の部位欠損は治らない。
・ダンジョンに入った際、初期地点(最初に入った部屋)にチェスト等の容れ物が置いてあり、何かが入っている。なお、入っているものの種類、数に一貫性は無く、入っていない場合もある。
・容れ物の容量に限りは無く、何であろうといくらでも入る場合が多い(何も入らない場合、見た目通りの容量、また、逆に見た目より容量が少ない場合もある)。
・ダンジョンに入ることができるのは一人のみ(同時に複数人入った場合ランダムに一人)で、この人を『ダンジョンの所有者』と呼ぶ。
・ダンジョンの所有者は、最初にダンジョンに入ったときと同じ条件でダンジョンが何度も出現し、入るたびに内容は変わる。
・ダンジョンにはそのダンジョンを管理するもの(ダンジョン主)が存在する。
・ダンジョンは一定回数、もしくは一定期間クリアすることにより出現しなくなる(回数、期間はダンジョンによって変わる)。なお、これを『踏破』と呼ぶ。
・ダンジョンを踏破したものは願いが叶うという情報もあるが…その情報を証明できるものが無く、また、願いが叶ったという報告があまりに少ないのでその情報の真偽は定かでは無い。
また、ダンジョンはダンジョンごとにより性質が大きく違うため、これらの情報があてにならない場合もある。
そして、ダンジョンに入った人はほとんどの場合自分の意志で入るわけではないので、ダンジョンを攻略することで、仕事や学校に遅れるなど、時間にロスが生じてしまったり、ダンジョンを攻略したものの、二度と入りたくないという人もいる。
「えー、これらを解決するために、政府は各市役所に『ダンジョン課』を設立しました。ダンジョン課の主な仕事はダンジョンの所有者となった人の生活、ダンジョン攻略の手助け、ダンジョン内で手に入れたものの解析、鑑定、換金となっていて………今日はここまでにするか。」
ホワイトボードから目を離し、今年の春からこの『ダンジョン課』に入ってきた新入社員たちを見ると半数以上が机に突っ伏していた。
ふと時計を見ると、講義を始めた時から3時間も経っている。ちょうど退勤の時間だ。
新人研修の講義を担当するのは初めてだったから張り切っていたのだが………どうやら喋りすぎてしまったらしい…
まぁ、3時間も座りっぱなしでずっとダンジョンの歴史の講義などを聞いていたら疲れて当然だ。
寝てしまっていても責めるようなことでは無いだろう。
「すまん、喋りすぎてしまったな。明日はもっと短くなるようにするよ。今日はもう帰っていいぞ。」
そう伝えると新入社員たちはそれぞれタイムカードを切り、そそくさと退勤して行った。
自分もタイムカードを切ると、新入社員が皆帰ったことを確認し、帰路についた。
今年からダンジョン課の課長にめでたく出世したのだが、新人教育というのは未だに慣れない。
人にものを教えるのは苦手だし、不器用なのでついつい無愛想になり、堅苦しくなってしまうのだ。
部下からも仕事の面では信頼はされているようだが、怖がられているように感じる。
今年の目標は部下に優しくすることだったのだが…あまり幸先のいいスタートとは言えないだろう。
そんなことを考えながら帰りの駅に向かっている途中、職場に定期券を忘れてしまったことに気付いた。今ならまだ残業している社員も多いので鍵は閉まっていないはずだ。
職場からまだ遠くないので、来た道を戻り、定期券を取りに行くことにした。
ちなみに私の通う市役所には入口が3つある。
1つは、市役所の正面玄関。一般開放されている唯一の入口だ。
2つ目は、職員用玄関。こちらは、去年の工事で新しくできた入口で、正面玄関に近く、前からあった入口よりも便利なのだ。
そして職員用玄関ができる前からあった入口が3つ目の、『旧』職員用玄関である。こちらの玄関を使っている人は今はほとんどいないが、自分は愛用している。
現在の職員用玄関より遠回りで不便だが、長い間市役所に通っていたことで、こちらの入口に慣れてしまっているし、自分だけが使っている玄関という特別感もあり結構気に入っている。
俺は旧職員用玄関のドアノブに手をかけ、ドアを開けた。
…今思えばこれが運命の分かれ目だったのだろう。
その先には見慣れた光景は無く、代わりに目に飛び込んできた光景は、辺り一面に草木が生い茂る森だった。
慌てて後ろを振り返るが、そこに今通って来た道は無く、代わりに同じく鬱蒼とした森が広がっていた。
いったい何が起こっているんだ…?
こういう時はまず落ち着くために自分の記憶を整理するのが一番だ。
先ずは身近なことから思い出していこう。
名前は新藤 浩二(しんどう こうじ)。
年齢は32歳。結婚はしていない。したい。
好きな食べ物はメロンパン。
嫌いな食べ物は辛いもの。
趣味は筋トレ、読書、スイーツの食べ歩きだ。
仕事からの帰宅途中に定期を忘れたことを思い出し、職場に取りに行くため旧職員用玄関のドアを開けたところ、現在に至る。
よし、記憶に混濁は無いな。
次に周りの状況を整理しよう。
周りは一面鬱蒼とした草木に覆われている。森というよりジャングルと言った方が正しいのかも知れない。森とジャングルの明確な違いは分からんが。
空を見ると、真上に太陽が照っているのが見えた。
…さっきまで夕日が沈みかけていたのに真上に太陽があることに違和感を感じる。
ドアノブを開けてからここに至るまでの記憶が全部抜けている…というのは現実的では無いだろう。
しかし、前を見ると、3mほどの大きな扉と1辺1mほどの立方体の箱が置いてあったことから全てを察した。
ダンジョン課に相談に来る人は決まってこう言うのだ。
気付けば全く知らない場所にいて、目の前には大きな扉と箱があった、と。
…おそらく間違いないのだろう。
俺はダンジョンに入ってしまったのだ。
THE・説明回(´・ω・)