変態の兄貴と、その彼女さん   作:おかぴ1129

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6. 小春さんのコンプレックス

「その後私は、食堂を出ていく雄二さんを必死に追いかけ、話しかけて、連絡先を交換しました……」

「……」

「ひ、秘密にしてくださいね……」

 

 小春さんはそう言った後、真っ赤な顔でうつむいた。兄貴との馴れ初めを話してしまったことが、恥ずかしいのだろうか。

 

 正直なところこのエピソードは、ある一点を除いて、特筆すべきところはない。大学の学食で、たまたま近い席にいた二人の男女。それがきっかけで、やがて二人は付き合うことになる……テレビドラマや映画、漫画やアニメなんかでよく見るワンシーンだと思うし、実際にこういうきっかけから付き合い出す二人ってのは、実際によく聞く話だ。

 

 ……だが、私は疑問に思う。

 

「ねぇ小春さん」

「はい?」

「えっと……兄貴の言葉に胸がときめいたんですよね?」

「はい……」

「兄貴の言葉、もっと聞きたいと思ったんですよね?」

「は、はい……」

「兄貴と仲良くなりたいと思ったんですよね?」

「そ、そうです……けど……?」

「……」

「……ま、真琴さん?」

 

 ……今のエピソードで、兄貴に惚れるきっかけになりうるシーンって、あったか?

 

 小春さんの証言、どう思い返しても、アホな男三人が、周囲の目を気にせず、女の人のおっぱい品評会みたいな話で盛り上がっていただけではないか。そのどこに、小春さんの心をつかむシーンがあった?

 

「えーと……」

「は、はい」

「ちょっと申し訳ないんですが……えーと……」

「……?」

「具体的に、兄貴の、どこに惹かれたんですかね……?」

 

 率直な疑問を、そのままストレートに小春さんにぶつけてみた。その途端に小春さんは、顔をさらに真っ赤にして、口をとがらせながら自分の胸の前で両手の人差し指を突き合わせ……

 

「……」

「え、えーと……」

「……」

「……『それが愛する女性のおっぱいであれば、そのおっぱいを無条件で愛するのが、真のおっぱい好きではないのか』ってところ、でしょうか……」

「……」

「やだ! わ、私……は、恥ずかしい……っ」

 

 ぽそりと私の質問に答えた後、真っ赤な顔を両手で覆い隠し、顔を左右に小さくイヤイヤと振っていた。

 

 その様子を眺める、私の確信が告げる。この人、やはりおかしい。

 

 そのセリフの一体どこに、恋に落ちる要因があるのだろうか。

 

 そんなことを話す男性が、もし私のそばでランチを食べていたら……きっと私は、こう思うだろう。『キモい』。

 

 だって考えてみろ。公衆の面前で臆面もなく『大きい方が良い』『形がキレイな方が良い』『おっぱい好き!』と大騒ぎする男性なぞ、軽蔑以外の感情はわかないではないか。想像するだけでも悍ましい……

 

「えっと……」

「ふぇ……?」

「小春さん、兄貴のこと……」

「は、はい……?」

「ホントに、好き……なんですよね……?」

「!? ……は、はい……好き……です……」

「……」

「は、恥ずかしいですっ……」

 

 まぁ『蓼食う虫も好き好き』という言葉もあるし、人の趣味は人それぞれだ。

 

 だが、あえて言わせていただこう。この人、ホントに大丈夫か……?

 

 あんな生理的嫌悪感しか沸かない言葉を聞いて、なぜこの人の胸はときめくのだ? 世界七不思議の一つに数えられてもおかしくない、極めて不可解な現象だ……。

 

 小春さんは今、やっと気持ちが落ち着いてきて、両手で顔を抑えるのをやめた。だが顔はまだまだまっかっかで、今度は右手をパタパタと控えめにあおっている。恥ずかしさはまだ収まらないらしい。

 

「ふぅ……顔が熱いです……」

「……」

「えっと……真琴さん?」

「……」

 

 一方で、私は再び頭が痛くなってきた。

 

 私は、この人は懐の広い、神様みたいな人なんだと思っていた。

 

 ……だが現実はそう甘くない。兄貴の血迷ったセリフに運命を感じるあたり、やはりこの人も兄貴と同類なのかもしれない。

 

 こんな清楚なお嬢様に、兄貴と同類の可能性が再浮上……その事実は私に、社会に対する不信感のようなものを植え付けた。

 

 もうこの世の中、全員が兄貴のようなおっぱい大魔神なのか……正常なのは、私の家族と友人だけ……いや友人も信用できない。だって、小春さんのような清楚な人でも、兄貴の言葉に共感して、恋に落ちてしまうのだから。

 

 もはや誰も信用できない……頭に激痛が走る。私は眉間を押さえ、うつむいて途方に暮れた……。

 

「と、どうかされたんですか!?」

 

 そんな私の様子を心配してか、さっきまで真っ赤な顔をしていた小春さんが、そんな風に私に声をかけ、私の肩に手を添えてくれた。こんなに素敵な人が、兄貴と同類だなんて……私の心が、人間社会への不信で満たされていく……。

 

「す、すみません小春さん……なんでも、ないです」

「ホッ……よかったです」

 

 いけない。たとえ相手が隠れフリークスかもしれない小春さんであっても、心配をかけてしまうのは、私の本意ではない。気を持ち直し、彼女へのインタビューを続行せねばならぬ……この人の人となりを知るのは、今の私の使命なのだから。

 

 私は気を持ち直し、顔を上げてお茶をすする。口の中を湿らせた後、まっすぐに小春さんに向き直った。

 

「えっと、小春さん」

「あ、もう大丈夫ですか?」

「はい。おかげさまで」

「よかったです。安心しました」

 

 ……クソッ。こんなに柔らかい、そよそよと心地よくそよぐ春風みたいな微笑みなのに、兄貴と同類だとは、思いたくない……ッ!!

 

「それでは質問のつづきですが……」

「え……まだ続くんですか?」

「はい。その初めての出会いのあと、告白はどちらからしたんですか?」

「えっと……私から、です……」

「小春さんから……」

「ええ。雄二さんと二人で映画鑑賞に出かけた帰りに、ついポロッと……」

「ポロッと……て?」

「ええ。……だって私、仲良くしてくれるだけでよかったんです。思いの丈を打ち明けるだなんて、とても……」

 

 ジーザス……こんなにも純情で清楚な小春さんなのに……それなのに男を見る目だけが……それだけが残念……ッ!!

 

 しかし、告白する気がなかったとは一体どういうことか。想っている相手なら、もっと一緒にいたいとか、手をつなぎたいとか、もっと触れ合いたいとか、そういう風に自然に思うものではないのか。

 

 少なくとも、私は愛しのトシくんと付き合いたいと思ってる。手をつなぎたいと思ってるし、もっとイチャイチャしたい。ドキドキすることしたいしウッハァー。

 

「じゅるり……」

「真琴さん?」

「あ、いや失礼……」

 

 しまった。自分でも気付かないうちにトシくんとイチャイチャしてるとこ妄想して、ニヘニヘ笑いながらよだれ垂らしてた……。

 

 話をもとに戻すが、小春さんは『仲良くしてくれるだけでよかった』と言っている。なぜだ? 告白する勇気を振り絞るかどうかは別にして、愛する兄貴ともっと触れ合いたいとか、イチャイチャしたいとか、思わなかったのだろうか……?

 

「えーと、小春さん?」

「はい?」

「『仲良くしてくれるだけでよかった』って、どういうことですか?」

「……」

「好きな男の人がいたら……私なら、その人と手をつなぎたいとか、イチャイチャしたいとか……付き合いたいなぁって思いますけど」

 

 私は、再度直球の質問を小春さんにぶつけてみた。こんな話、遠まわしに聞くよりも、直接ストレートで質問してみたほうが、話が早い。そう思ったからだ。

 

 小春さんがそう思っていた理由……それは、小春さんの胸に理由があったようで……。

 

「えっと、さっきも言ったんですけど」

「はい」

「私、自分の胸に自信がなくて……ずっとコンプレックスだったんです」

 

 そう言って小春さんは、自分の胸へと視線を落とした。私もつられて、小春さんの胸元あたりを見つめてしまう。

 

「……」

「……」

 

 『小さい』それが、率直な感想だ。初めてお目にかかったその時から思っていたが、小春さんは、色々と小さい。胸も、決して大きいとはいえない。ふんわりした服にも原因はあるだろうが、おっぱいの起伏はそう大きくなく、とてもゆるやかな曲線があるだけだ。見る人によっては『ぺったんこ』にも見えるだろう。

 

「えっと……」

「……」

「……確かに、ち……あ、いや、シンデレラバストですよね」

 

 以前に雑誌か何かで見かけた、『小さいおっぱい』に対する、ポジティブな呼び名を奇跡的に思い出し、そうコメントしたのだが……

 

「くすっ……」

「!?」

「気を使ってくださってありがとうございます。でも、はっきり『小さい』って言ってくれて、結構ですよ?」

「は、はい……」

 

 私の困惑と気遣いに、小春さんも気付いていたようだ。小春さん特有のふんわりとした柔らかいほほ笑みを浮かべ、小春さんは私を見つめてくれた。

 

「話をもとに戻しますけど、私、胸が小さいのがずっとコンプレックスだったんですよ」

「確かに、胸の大きさって気になりますもんね」

「ええ。さらに言うと、雄二さんって、あの通り女性のおっぱいが大好きでしょ?」

「はい。我が兄ながら恥ずかしい話ですが……」

「ですから、そんな人を前にして、余計にコンプレックスが大きくなったんです」

「? でも兄貴、小春さんの前で『大きさは関係ない』って断言したんですよね?」

「確かにそうですけど、それと私本人の心持ちって、まるっきり別じゃないですか」

「……あ」

「確かに、雄二さんは小さいおっぱいも愛していると思います。あの人は、おっぱいに関しては嘘は言わない人ですから」

「……」

「でも……それでも……いや、だからこそ私は、おっぱいが小さい自分に、自信が持てなかったんです。あんな素敵な人を前にして、『私みたいなおっぱいが小さい人が、この人と付き合うだなんておこがましい』『この人と話が出来るだけで、私は幸せなんだ』『これ以上を望んではいけない』そう思っていたんです」

「……」

「『私は、この人と話が出来るだけで幸せ』『おっぱいが大好きな雄二さんに、おっぱいが小さい私を愛してもらおうだなんて、おこがましい』」

「……」

「……そう、思っていました」

 

 なんという健気でいじらしいセリフ……小春さんを消極的にしていたのは、その小さい胸へのコンプレックスだからか……

 

 ホント、なんと控えめで健気で素敵なお嬢さんなんだ。……すべての基点がおっぱいなのがなんとも悲しい。この人には、もっと素敵でお似合いな男性がいるんじゃないかと思う。兄貴ではなく、もっと素敵で変態ではない、真人間と結ばれてほしい。ホントに。

 

 ……ともあれ、(正直言うと不本意だが)小春さんと兄貴は、晴れて結ばれている。小春さんによれば、小春さんがついポロッと告白してしまい、二人は付き合いだしたんだそうだが……。

 

「ちなみに、小春さんは何て言ったんですか?」

「えっと……“好きです”って、ポロッと……」

「ポロッと告白しちゃったとき、兄貴は何て言ってOKしたんですか?」

 

 もうここまで来たら、全部聞いてしまえ。私はもののついでに、告白したときのエピソードも聞いてみることにした。

 

「えっと……怒られました」

「怒られた!?」

「ええ。それはもう、ものすごい剣幕で怒鳴られまして……」

 

 これは予想外だ……告白されるって、相手のことをどう思っているかはさておいて、男女関係なくうれしいものではないのか……私だって、たとえ憧れのトシくんがいるとしても、他の男子から告白されればうれしく……いや、ないな。

 

 しかし、うれしくはないとしても、『告白したら怒られた』ってのは聞いたことがない。それも、ものすごい剣幕で怒鳴られるだなんて……

 

 しかも相手は小春さんだぞ? 『もぅまぢむり……兄貴のことすき……リスカしょ……』的な人生のことを舐めてかかってるタイプのギャルじゃないんだぞ? ふんわり笑顔が美しい、春風のように暖かい小春さんだぞ? その小春さんに怒鳴るって、どんだけ容赦がないんだ兄貴は!?

 

「……ッ」

「?」

「兄貴のアホ……ッ!!」

 

 なんか、この小春さんが兄貴に怒鳴られてるとこ想像してたら腹立ってきた。こんな素敵な小春さんに対して怒鳴るってどういうことやねん。

 

「どうしたんですか?」

「なんか兄貴に腹立ってきました……小春さんに怒鳴り散らすだなんて信じらんない……ッ!!」

 

 ところが、小春さんは小春さんで、何か言い分があるらしく。

 

「えっと、真琴さん」

「なんすか!? ったくあのクソ兄貴……ッ」

「いいんです……あの日悪かったのは、私なんです」

「へ?」

「今思い返せば、悪いのは完全に私でした。それに……」

「それに?」

「雄二さんが怒ってくれたからこそ、私は今、胸を張って、雄二さんとお付き合いが出来ている……」

「!?」

「……そう思っていますから」

 

 憤る私の隣で小春さんは、そう言って私に微笑んでくれる。

 

 小春さんの意味不明な言葉の一つ一つに私が困惑していたら、小春さんが、告白したときのことを、これまたぽつりぽつりと、私に話してくれた。

 

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