変態の兄貴と、その彼女さん   作:おかぴ1129

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8. 兄貴を少し見直した日

「そうして、私と雄二さんは、お付き合いをすることになりました……」

「……」

「確かに大声で怒られた時はびっくりしましたけど、今ではとてもよい思い出です。なんせ、私のおっぱいを『何よりも美しい』と言ってくれたのですから……」

「……」

「? どうしました?」

「……」

 

 二人にとっての記念日を思い出し、小春さんは目を閉じて、その時の幸せを思い出しているようだった。

 

 小春さんにとっては、そらぁ幸せな思い出だろう。愛する兄貴と付き合うことになった日のことなのだから。

 

 ……だが、あえて言わせていただきたい。

 

「……最低だ」

「へ?」

 

 この世界の一体どこに『キミのおっぱいは俺のおっぱいだ』なんて告白をする男がいるだろう? 本人にとっては最高の告白かもしれないが、聞いてる私達からしてみれば、ドン引き以外の何者でもない。なんだその欲望丸出しの告白は。いや告白と呼ぶのも憚られる。

 

 これ、相手が懐の深い小春さんで、しかもその小春さんがコンプレックスを抱えていたから成立した告白であって、もし相手が普通の女の子だったら、絶対振られてたぞ。100年の恋も冷めるわそんな告白。

 

 兄貴の告白を聞いた他の客も、きっとドン引きだっただろう。小春さんが『みんな感激して言葉も出なかった』と勘違いしていることが救いか。本当のことを教えたら、小春さんのことだからきっと卒倒する。真実は黙っておこう。

 

 海が見える喫茶店で夕焼けが眩しい店内という、最高にクサいシチュエーションだったにもかかわらず、ロマンチックのかけらもない最低の告白……兄貴……私は妹として情けないぞ……。

 

 ……とはいえ、一つわかったことがある。

 

 小春さんは、兄貴と同じ変態というわけでは、なかったようだ。

 

 この人が、なぜ兄貴に惹かれたのか、少しわかった気がした。

 

 兄貴は、長年小春さんが苦しめられていたコンプレックスを解消する、その手伝いをしたんだ。

 

「小春さん」

「はい?」

 

 少し落ち着いたらしく、小春さんのほっぺたは、真っ赤から薄桃色になりつつある。でもその目はやっぱりうるうるしてて、兄貴との思い出を思い出して、幸せな気分に浸っているようだ。

 

 さっき小春さんは、自分のおっぱいを凝視してくる私に向かって『はっきり小さいといってくれて結構ですよ』と言っていた。自分のおっぱいにコンプレックスを持っている人は、とてもじゃないがそんなセリフを口にはできないだろう。

 

 でも小春さんは、笑顔でそう言い切った。これはつまり、小春さんは自分のコンプレックスをすっかり解消できたということだ。

 

 そして、そのきっかけは恐らく、兄貴のあの血迷った告白……。

 

「……小春さんが、あの変態兄貴のどこに惹かれたのか、少し分かりました」

「よかったです。素敵な方ですよね」

「いや、それでもただの変態ですが」

「真琴さん……」

 

 こらぁ、こんな素敵な小春さんも兄貴に惚れるわ。

 

 素直に認めよう。変態であることに変わりはないが、小春さんと兄貴はお似合いだ。

 

 と、私が兄貴のことを見直していたらである。唐突に部屋のドアノブがガチャリとまわり、ドアが開いた。

 

「……ぁあ!」

「すまない。遅くなった……」

「雄二さん!!」

「おかえり兄貴」

 

 ドアの向こうにいたのは、渦中の変態兄貴だ。急須とお椀が3つ乗ったお盆を片手に部屋に入ってきた兄貴に、小春さんが花開いたような、ふわっとした笑顔を向ける。

 

 どうやら兄貴は、自分が納得いくお茶菓子を見つけてきたようだ。お盆に乗ったお椀とスプーンを、私達の目の前に一つずつおいていく。中に入っているのは、純白の白玉団子が眩しい、冷やしおしるこ。

 

「これどこの?」

「チンジュフショクドウの冷やしおしるこだ。『をだや』のどら焼きが買えなくてな。慌ててチンジュフショクドウに行ったら、運良くテイクアウトで3つだけ残ってた」

「大変だったでしょう……お疲れ様でした」

「構わん。小春のおっぱいをもてなすためなら、これぐらいの労力、どうってことない」

「雄二さん……」

 

 キリリとしたイケメンな顔にあるまじき迷言に感動したのか、小春さんは兄貴をうっとりと見つめる。確かに兄貴を見直したのは事実だが、やはり兄貴は変態兄貴……その変態性は相変わらずか……だがしかし。

 

「なぁ兄貴?」

「ん? なんだ?」

「全部聞いたよ」

「何をだ」

 

 私の視界のすみっこで、小春さんが『ぇえッ!?』と声を上げて、白玉団子をスプーンからぽろりと落とした。しまった。そういえばこれは内緒の約束だった……まぁいいか。

 

「でもさー兄貴ー」

「いやえっと! 真琴さんっ!?」

「なんだ気持ち悪い……」

「告白を小春さんにさせるなよー。やっぱ兄貴から言わなきゃ」

「……ん」

「そ、それは! 言わない約束だったじゃないですかっ!!」

「そ、そうか……」

「今度、改めて告白し直したら? 兄貴の方から」

「んー……」

「い、いや! 私は別に、今のままで満足ですからっ!」

 

 兄貴に言いたいことを言うだけ言って、私は二人をほっといて冷やしおしるこを食す。ひんやりとしたあんこはとてもこってりすっきりとした甘さで、白玉団子はキンキンに冷えているのに、とてももっちもち。私はチンジュフショクドウというお店の冷やしおしるこは初めて食べたが、さすが兄貴が小春さんのために妥協せず選んだ逸品だけあって、とても美味しい。

 

 一方で……

 

「「……」」

「? ふたりともどしたの?」

「「……」」

「早く食べないと、ぬるくなっちゃうよ?」

 

 兄貴と小春さんは、ふたりとも顔を真っ赤にして、俯いていた。これは一体どういうことだ。冷やしおしるこなんだから、冷えてるうちに食べないと美味しくないだろうに。

 

「小春さん食べないんですか?」

「い、いやあの……」

「兄貴、食べないの?」

「え、えーとだな……」

 

 変な二人だ。普段なら『食べないならもらうぜ』と兄貴の冷やしおしるこを強奪する私だが……

 

「……」

 

 今日は小春さんを見習って、私もおしとやかにしてみることに決めた。兄貴たちの冷やしおしるこは、強奪せずにおいてやることにした。

 

 

 その後、私達が冷やしおしるこを食べ終わった頃に、私たちの両親が帰宅。私達家族に小春さんを交えた、にぎやかな昼食が幕を開けた。

 

「はじめましてお父様とお母様。雄二さんとお付き合いさせていただいております、桜沢小春と申します」

「あー! こらはじめまして! 雄二の父です!」

「はじめまして小春さん。雄二の母です」

 

 今日のお昼ご飯は、親父が気を利かせてお寿司の出前を取っておいてくれたそうな。五人で握り寿司がぎゅうぎゅうに詰まった寿司桶を取り囲み、あーだこーだと話をしながら寿司を堪能する。

 

 やはり、小春さんの清楚さは親父とお母さんには受けがよく、親父は終始鼻の下を伸ばし(信じらんない……)、お母さんも嬉しそうな笑顔が絶えなかった。

 

 特にお母さんなんかは……

 

「お母様。今度、お母様の手料理を食べさせていただきたいのですが、よろしいですか?」

「いいけど、どうして?」

「今日のお寿司も大変美味しいですが……雄二さんが慣れ親しんだお母様のお料理を、私も食べてみたいのです」

「あらそう? んじゃまたいつでもいらっしゃい」

「はい。その時には、色々とレシピも教えていただきたく」

「いいわよ」

「ありがとうございます!」

 

 とこんな感じで、嫁入り前の嫁みたいなことを小春さんから言われ、上機嫌で話を進めていた。隣で話を聞いていたが、小春さん、来週の日曜日にまたうちでご飯を食べるそうだ。お母さん、小春さんに何のメニューを教えるんだろう?

 

 そんなこんなで、私達と小春さんのはじめての会食は終了。私達の胸に素敵な余韻を残し、小春さんは兄貴と一緒に帰っていった。

 

「んじゃ小春さん。来週、お待ちしてますから」

「はい」

「兄貴ー、今日は帰ってくるのか?」

「当たり前だろう。小春を駅まで送り届けたら真っ直ぐ帰る」

「そのままどっか遊びにいけよ小春さんと一緒にいてやれよ。小春さんが泣くぞ」

「む……」

「クスっ……」

 

 別れ間際にそんな会話を交わし、私は玄関で小春さんと兄貴を見送った。小春さんは最後まで春風のような温かい微笑みを絶やすことなく、私達の家を後にした。

 

『素敵なご家族で……』

『小春のおっぱいには負け……』

『真琴さんとも良い友達になれそう……』

『いつかあいつともどこかへ……』

 

 私に背を向け、手をつないで歩いていく二人から、そんな素敵な会話が聞こえてくる。一部不穏な言葉が聞こえた気がしたが、今日だけは聞かなかったことにしてやろう。

 

 

 二人を見えなくなるまで見送った後、私は家に入り、自分の部屋の隣の、兄貴の部屋の前に立った。

 

 私の前には、年季の入ったふざけた立て看板が、これ見よがしにギラギラと、己の存在をアピールしている。

 

――おっぱい教極東支部

 

 相変わらずふざけた看板だ。兄貴の非常識さを一番端的に表したオブジェといえる。ぶち壊せるなら遠慮なくぶち壊したい。

 

 だが、そんな兄貴のフリークスな変態趣味が、小春さんという一人の女性のコンプレックスを解消するお手伝いになり、結果として救われたという側面もある。

 

 確かに兄貴は変態だ。小学生の頃の私の初ブラのサイズが合ってないことを看破したり、自分の部屋のドアにわけのわからない看板を立てかけたり……

 

 公衆の面前でおっぱいおっぱい言いまくって周囲から顰蹙を買ったり、『私、胸が小さいから……』と自分を卑下する小春さんに『キミのおっぱいは俺のおっぱいだ』と恥も臆面もためらいもなく、そう怒鳴り散らしたり……正直、相手が小春さんでなければ、兄貴の愛は成就しなかっただろう。

 

 今回、告白したのは小春さんの方だが……きっと兄貴も、小春さんのことが好きだったはずだ。でなければ、『私のおっぱいは小さい』と自分を卑下する小春さんに、そこまでブチギレなかったはずだ。

 

 大学の友人がやれ『おっぱいは巨乳が良い』とか、やれ『形がキレイなおっぱいがいい』とか、兄貴の逆鱗に触れるであろうことを口走っても、兄貴は制止こそすれ、決してブチギレはしなかった。

 

 にもかかわらず、小春さんにブチギレたということは、それだけ小春さんのことを大切に思っていたからではないか……と私は思う。

 

 大切に思っていたからこそ、自分のおっぱいを卑下する言葉に、兄貴は絶えられなかったのではなかろうか。変態兄貴の考えなどトレースしたくもないが、概ねそんな感じのはずだ。

 

 ともあれ、兄貴の度を超した変態おっぱい趣味が結果として小春さんのコンプレックスを払拭し、兄貴と小春さんを結ばせたのは、紛れもない事実。

 

 私は、兄貴を少し見誤っていたようだ。

 

 すまん兄貴。私、兄貴のことを見くびってたよ。ただの変態だと思ってた。まぁただの変態だが。

 

 でも、兄貴を見る小春さんの眼差し……ほんとに恋する乙女だったよな。

 

 兄貴。小春さんと末永くお幸せに。

 

 ……でも、おっぱい好きもほどほどにしとけよ。

 

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