無事とは言えないが弟を解放することに成功した紅魔館のメンバー達は今、一つの部屋に集まりその顔を歪ませていた。理由は言わずとも分かるだろう、アルクの精神状態についてだ。
上の部屋に連れていった後も何かに怯えるようにブルブルと震えており、レミリア達はアルクが心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥っている可能性が高いとみていた。
自分達がもっと早くあのゴミ虫達を殺せていれば、力を制御出来ていれば、もっと仲間を集められていれば。後悔は次々と脳内に駆け巡っていく、しかしそれは考えていてもしょうがないことなのだ。当の本人はかなり快適に地下室暮らしをしていたし、震えていたのはボロが出ないようにするタダの演技なのだから。
「レミリア、これからどうするの」
「どうもこうもないわ、アルクの住みやすい環境をこの紅魔館に作ることが最優先事項よ。何かお世話をしてあげるときは咲夜、貴方に頼んだわよ」
レミリアは鎮痛な表情を浮かべるが一瞬で紅魔館の主としての顔になり指示を飛ばした。
「はっ!私の命に変えても!」
「フランは、何が出来るかな」
不安げな表情を浮かべる妹に対しては優しい口調で語り掛ける、妹もまた弟と同じように自分の大切なものだと思っているから。
「貴方はあの子の話相手をしてあげて?私では威圧感を与えてしまうかもしれないから」
「うん、でもお姉様も来てね?絶対アルクもその方が嬉しいと思うから」
「わかったわ」
肯定しながら思考を巡らす、まだなにか出来ることがある筈だと。
「私は何かやることはある?」
「パチュリーは精神を安定させるマジックアイテムを作ってあげて、その場しのぎにしかならないけど無いよりマシだから」
「それぐらいならお安い御用よ」
そこまで指示を出した後にレミリアは一息着いた、長年の悲願を達成出来た喜びと、この紅魔館の一番の宝を壊された怒りで目に見えて疲労していた。それに気づかない他のメンバー達では無い。
しかしレミリアならば自分を気遣うくらいならその分アルクに優しくしてあげろと言うのは明白だったので何も言わなかった。
全てを振り払うように大きく息を吐いたレミリアは考え始める。まずはこの幻想郷で何か精神的な傷の治療に詳しいやつを探すことを決めた。心を治すという行為は生半可な気持ちでは到底不可能だ。優しくされてしまうと逆に自分を責める者まで居ると聞く。
アルクは今何をするときが一番癒されるのだろうか、その為ならなんだって叶えてやる、外で走り回りたいというのなら太陽すら堕としてみせようではないか。それ程までに私達スカーレット姉妹はアルクを愛しているのだ。
「レミリアお嬢様、弟君の様子を見てまいります」
「ええ、分かっているとは思うけど刺激しないようにね」
「はっ!」
固くなる従者に対して心配をしつつ、適任はこの従者しか居ないとも考えていた。
「あのさ…私も行っていいかな」
「フラン、いきなり無理をしなくてもいいのよ?話し相手になるのはもう少し先でも…」
そうだ、妹がそんな無理をする必要は無い。一番上である姉が本来する仕事なのだそれは。
「アルクに伝えておきたいことがあるんだ、だからお願い」
「…ふう、わかったわ」
そんな真っ直ぐに目を見られると折れてしまう、私の悪い癖を見抜いているよく出来た妹だ。
「ありがとう」
「ただし、アルクが何を言ったとしてもちゃんと受け止めてあげなさい。約束よ?」
「わかった!」
決心したような顔でフランは了承した、この子も少し落ち着きは無いけど、優しい子に育ってくれて嬉しい。本当に、あんなコウモリ以下のクソ雑魚共に似ないで良かったと姉妹共々思っている。
血が繋がっていることすら忌み嫌っているというのに思い出すだけで虫唾が走る。最後は断末魔をあげさせ死ぬ限界まで痛めつけ放置し、衰弱死させた、最後まで往生際の悪い奴等だ。さっさと死んでいれば苦しまずに済んだものを。
二人を送り出しパチュリーと二人っきりになる、美鈴はいつもより真面目に門番をしてくれているのでここには居ない。とりあえず落ち着くために紅茶を飲んでいるとパチュリーがこっちをじっと見つめてきた。無言の圧力のようなものを感じて居心地が悪くなる。一体どうしたというのだろうか。
「別に馬鹿にするつもりはないのだけれど」
「なに?」
馬鹿にするつもりはないという前置きが気になるが話を聞く体勢を整えた。
「貴方があの弟にあんなに固執する理由とかはあるのかしら」
「大切な家族だからよ」
即答だった、まるで準備でもしていたかのようにすっと答えが出てきた。
「食い気味に答えるのやめて、ちょっとびっくりしたじゃない」
「あの子は、いつも私達を励ましてくれたのよ。スカーレット家に生まれたことによる重責や使命を忘れさせてくれる唯一の存在だった。いつも笑って、泣いて、怒って。精一杯生きていた」
そう、まるでスカーレット家の吸血鬼では無いんじゃないかと考える程に。
「ふーん、私には家族なんてもの居なかったからその気持ちはわからないわね」
「あら、この紅魔館に住んでいるものは皆家族よ?」
「そう」
そう言うとそっぽ向くパチュリー、しかし耳が少し赤くなっている、いつも冷静なこの子が自分の感情を出すところを見るとたまらなく愛おしい気持ちになる。友人のような双子の妹のような、お互いに遠慮もしないこの関係は何にも変え難いものだとレミリアは思った。
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いきなり連れてこられためちゃくちゃ豪華な部屋で俺は落ち着きが無くなっていた、旅行先や家がデカい友達の家に行った時にソワソワするあの感じだ。誰しもが一度は体験するソワソワ感を押し殺しつつ俺はこれからのことを考える。
姉二人はまだわかるが他の人達はほぼわからなかった。ほぼ、というのは偶に地下から魔法で館を覗き見したりするからチラッと見たことあった。特にメイド服のあの人は個人的にご奉仕して欲しいと下世話なことを考えたりしていた。最低だ…俺…(自己嫌悪)
そんな俺だがこれからはトラウマを持ったか弱い少年を演じなければならない、バレたら確実にタコ殴りにされて日光に晒されて灰になってしまう。自分の未来予想図に絶望しつつ現状把握をし始める。とりあえず震えて黙っておこう、そうすればなんとかなる。…心を読む奴とか居ないよね?居たら俺死んじゃう。
「メイド長の十六夜咲夜と申します。アルク様、入ってもよろしいでしょうか」
扉の向こうの声に心臓が跳ね上がった、噂をすればなんとやらだな、本当に心読んでんじゃないのか?とりあえず今は無言を決め込む、身体の震えもセットで発動させて完璧な備えで出迎えるとしよう。
「大丈夫ですか?入りますね…」
「……」
「っ、怯えなくても大丈夫ですよ…私は今日からアルク様のお世話係に任命されました。どうぞ咲夜とお呼びください」
「……ヒッ」
「アルク様、私は貴方を傷つけたりしません、大丈夫、大丈夫ですよ…」
「近…寄ら…ないで…ください…」
「っ!…かしこまりました、御用があれば私の名前を呼んでください」
「……」
メイド長は落ち込んだ様子で姿を消した。こんな具合でどうだろうか?
いや悪意は無いから、生き残る為に仕方なくやっている事だから、この演技やめたら即バレて殺されちゃうからね俺は。正直俺だってめちゃくちゃ心痛いよ、あのメイド長の胸に飛び込みそうになったもん。けどしょうがないよね、死にたくないし。
そうだ、俺は
「アルク…入っても…いいかな」
フラン姉様ー!もう疲れたので帰ってもらっていいですか!かなり失礼なことを言っている気がするが仕方ない。色々あり過ぎて疲労マシマシなのだ。
前世ならばラーメンを食べに行くことでその渇きを潤していたがもちろんこの世界にはラーメンなど無い、自力で何とかするしかない。世知辛い、世知辛いのじゃ…
「入るね…」
「……」
ど、どうする…どう動く…
「あの、私謝りたくて…今までアルクに我慢させてきたから…」
「……」
あの生活に我慢もクソも無かったけどな
「これからは何も考えなくていい、私達がアルクを守るから、だから」
「な…んで」
なんか喋らなきゃ不自然だから頑張ろうと動き始める。
「え?」
「なん…で…僕は…あの部屋に…入れられたの…?」
「っ!!」
うわぁ、ごめんなさい。俺は罪悪感が芽生えるがすぐに抑える。これは仕方ない事なんだから。
「暗く…て…寂しくて…怖かった…!」
「アルクは悪くないの…悪いのはアイツらだから」
そうだな、俺全然悪くないな。
「僕は悪くないのに…あの部屋に…」
「アルク…」
「…出ていって…1人にして…」
「うん…ごめんなさい…」
ふうー!疲れたー!ひと仕事終えたあとのような達成感を抱きつつ、ベッドにゴロンと横になる。
しかし自分に演技の才能があったとは驚きだな、スラスラと思ってもないことが口から出ていく、前世でも詐欺師とかの方が向いてたかもしれない。まあ出来たとしても小悪党みたいなちっぽけな詐欺ぐらいだろうが。
ゴロゴロとベッドを転がりつつポケットから指輪型の魔法道具を取り出す、これは中にかなり大きい空間を作り出し、物をしまっておけるという便利なものだ。
転生者風に言うとアイテムボックスだ、しかしそんな便利なものにも不便な点もある、中の時間は止まってないので食べ物を入れると腐るし、一度に出せるものは一つだけだ。どこかの雑種王のように武器を飛ばしたりはできない。ちょっとデカめのカバンを指輪サイズに縮めたと思ってくれたらいい。
そこから本を取り出す、もう紙が擦り切れるほど読んだものだが素晴らしい物語は何度読んでも素晴らしいものだ。ストーリーがお粗末でも文体で、文体がぐちゃぐちゃでも表現で、作家というのは様々な自らの経験に基づく描写を書く。人それぞれ好みはあれど人が魂を込めて作り上げた作品というのは種族や年齢に関わらず心を揺らし人を動かす。これは前世からの自分の考えだ、特に趣味の無い自分だったが読書だけは好きで休みの日は図書館に通っていた。
今回読んでいるのはある王様の話、その王はなんの才能も無いのにも関わらず王に選ばれてしまった。もちろん自分に務まらないと辞退しようかと考えるが時すでに遅し、民は期待の目で己を見ている、そして家臣達は何故か自分に全幅の信頼を置いている、そんな袋小路の状況で王がとった行動は、いかに自分を賢王のように見せるか、という破綻するのが目に見えているようなものだった。しかしその王は運だけは良く、戦に勝ち続ける、そしてその過程で様々なことを学び本当に賢王となりその国は末永く発展していく、という結末だ。
他の本もあったはずなのにこれを選んでしまった、何か学べることでもあるかと考えたがこの王は元より賢王となる才能があったからこの結末が有り得たのだ、俺には今を誤魔化すことで精一杯、しかも俺はひ弱な少年を演じなければならない、何を学べというのだ。
俺は少し嫌な気持ちになったので本をしまい眠りに着いた、明日のことは明日の自分に任せる。どこまでも他人任せだ、いや、この場合は自分任せか?
アルクは特に気にもしなかった、何故あの本を無意識に手に取ったのか。しかし、ここで深く考えようとも気づかなかっただろう。あまりに自然に身体がその本を選んだのだから。
紅魔館組で天下一品のラーメン食べに行く話を書きたい(唐突)