妹が泣きながら部屋に戻ってきたから何事かと思い話を聞くとどうやらアルクに拒絶されたようだ。絶対に起こり得た可能性だった、しかしそんなことフランにとっては慰めにもならないだろう。
「フラン、泣かないで?貴方は間違ってないから」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
うわ言のように呟くフラン、思わず目を逸らしそうになるが私はフランの頭を撫で続けた。これが姉として出来る最善の事だと信じているから。
「私も拒絶されてしまいました…申し訳ありません」
「問題無いわ、初めから上手くいくわけないもの、気長にあの子に寄り添ってあげましょう?」
「はい!」
やはり咲夜の方も上手くいかなかったようだ、だが触れ合い話しかけなければ進展はしない。向こうから来るのを待っていたら一生元の関係に戻るのは無理だろう。
「お姉様、フラン頑張る」
「ええ、頼りにしてるわ」
フランが泣きながらもこっちを見てくれたので少し安心した。まだ大丈夫そうね。
「精神安定のブレスレットが完成したわよ」
「ありがとうパチュリー、あとはこれをどうやってあの子に渡すかね…」
たとえ私達であろうとあの子は警戒して何も受け取らないだろう、何百年と孤独に苦しめられたあの子を救うことが出来るのは同じ孤独を背負ったものだけ。私が代わりに背負ってあげたい、苦しんであげたい、あの子を喜ばせてあげたい、家族として、あの子に愛を注いであげたい。
あの子はほかの吸血鬼と違って羽根が半分程しかない、吸血鬼にとって羽根というのは権威の象徴、フランも変わってはいるが宝石のように美しく大きいので受け入れられていた。羽根が小さいと吸血鬼特有の能力も満足に使えない、力も魔力もあの子には無かった。
けどあの子には誰にも負けない優しさがあった。それに何度救われただろう、恩を返したい、このままでは与えられてばっかりな自分が惨めだ。満足に恩返しもできないのか、私は。
「だからこそ…私は…」
「お姉様…」
私達には時間が無いというのに…かくなるうえは…
「…この紅魔館に居てはあの子にとって負担になるのかもしれない…」
「じゃあ…どうするの?」
「もっと安らげる場所にあの子だけ移ってもらう、とか…」
「折角また会えたのに…?」
フランが悲しそうな顔をする。そして、そんな表情をさせてしまう不甲斐ない自分を責めながら思考だけは巡らせておく。
「それは最終手段だけど…、そういうことも考えていかないといけないのも確かね」
距離感を間違えてしまえば即アウト、今のアルクは爆弾のような存在だ。不用意に扱いを間違えればもう取り返しのつかないことになってしまうのは言うまでもないだろう。
けどその重さを心地いいと感じてしまう、もっと弱音を吐いて欲しい、わがままを言って欲しい。それを叶えることが姉として私が出来る唯一のことだから。
さて、どうしようか、これからのことを思うとかなり憂鬱な気持ちにならざるを得ない。ただ震えているだけではいつかバレてしまうと考えている、それに徐々に徐々に前の自分に戻していかないとこの身体の持ち主の少年も浮かばれないだろうからな、まあ身体返す気は無いけど。
「頑張ろう、頑張ろう」
「アルク…どうしたの?」
「…っ!」
正直めっちゃびっくりした、変な事言ってたらやばかったな。とりあえず怯えた目でいつの間にか入ってきてたレミリアお姉様の方を見る、ガチ演技だ、ちょっと涙を浮かべておく。これぐらいしておかないと演技だとバレるからな。
「ヒィッ…」
「ご、ごめんなさい…」
ヒイッ…って言っておけば何とかなると思っている節はある。
「ど、どうしたの…なにか用…」
「特に用はないのだけど…大丈夫…?」
まあ完全防備のこの館でなにかあることなど万に一つも有り得ないだろう。
「うん…ちょっとだけ落ち着いた…」
「それは良かった…!でも無理をせずちょっとずつで良いのよ」
しかし用がないのに何をしに来たのだろうか?お姉様には悪いが逃げないように監視の目を光らせているようにしか見えない。ぷるぷる、僕は悪い吸血鬼じゃないよ。仲間になりたそうにお姉様を見たりはしないがとりあえず無難なことを言ってお帰り願おう。
「それで…アルクに質問があるんだけど」
「…なに?」
「何かして欲しいことや欲しいものは無い?何でも叶えてあげるから」
ん?今なんでもするって…というのは冗談だ。しかし何かして欲しいことねぇ…自由に本が読みたいな、いちいち欲しい本を書いた紙を食器と共に扉の前に置いておくのは面倒になっていた。
あとは…寝てたいな、寝ることこそ我が人生。就寝と俺は切っても切れない関係なのだ、好きな時間に寝て好きな時間に起きるのは最高に気持ちいい。
そうやって思案顔で固まっているとお姉様が口を金魚のように開けたり閉めたりしていた。いったいどうしたのだろうか、お腹でも減っているのか、あいにく俺は食べ物は持っていない、あのメイド長に頼むのが最良だろう。
「えっと、アルク…ここに居るのは嫌…?」
「……別に大丈夫」
むしろここに居なきゃ普通に野垂れ死にする。
「それなら良いんだけど…」
「…いきなり…どうしたの」
ほんといきなりだな、急なイベントとかに弱いんだよ俺は。
「もし、アルクがここに居て気が休まらないというのなら…私は他のもっと安らげる場所を探してあげるから」
「…俺のこと…ここから追い出したいの…?」
「違う!」
「…ヒッ…!」
こ、怖ぇ…素でビビっちまったじゃねぇかよ…
「あっ、ごめんなさい…」
「…大丈夫、だよ…あと俺が欲しいものは本だけだから…それだけ」
とりあえず早いとこ出ていって貰おう、怖いし。
「えっ、本当にそれだけでいいの?」
「うん…わざわざありがとう…お姉様…」
どこまで頼めばいいかわからないしそれでいいよ。
「何かもっと望んでくれてもいいのよ?」
「これ以上貰ったら…罰が当たりそうだから…」
強欲なことは悪いことだとは思わないけど人間謙虚じゃないとすぐに足を掬われるからね。
「っ!わかったわ、いっぱい面白い本持ってきてあげるから…」
「…うん、ありがと」
「いいのよ…私は、お姉ちゃんだから」
そう言ってお姉様は俺の頭を優しく撫でて部屋から出ていった、途中お姉様が凄い叫んだところで漏らしそうになった。しかし今回もいい具合に演技出来ていたのではないだろうか、やはり俺には演技の才能がある、表情まで自在に変えられるとは自分に恐れ入ったね。
でもどこまで元気になっていいかが分からない、心に傷が残った感じで今のままいくのか、最終的に治った感じでいくのか。どっちの方が自然なアルク・スカーレットを演じてるといえるのだろうか。まあケースバイケースでいけばなんとかなるだろう、俺は難しいことを考えるのをやめた。
俺は、アルク・スカーレットなのだから。
アルク作戦本部と化した部屋にレミリアが帰ってきた、椅子に座るなり大きなため息を吐き目を手で覆った、そしてアルクの話を始めた。
「アルクに会ってきたわ」
「どうだった?お姉様」
とりあえず現状のアルクを把握する為に足を運んだもののかなりレミリアは疲弊していた。
「なんとか気丈に見せようとしていたけど…正直何度目をそらそうと考えたかわからなかった」
「お姉様…」
そこで一息つき天井を仰ぐレミリア、それはまるで溢れそうな涙を我慢しているようだった。
「あの子に欲しいものを聞いたら本が欲しいと答えたわ、もっと凄いものだって用意出来ることだってあの子は知ってるのに」
「お嬢様…」
そこまで話をしたところで少し顔を明るくさせて紅魔館メンバーの顔を見渡す。
「けどそれを話してくれたという事実は一歩前進したと言える、とりあえず今はみんなで面白い本を掻き集めるわ、そしてその中でアルクが気に入りそうなものを厳選する。今夜は徹夜よ」
「うん!」
「分かりました!」
「私も司書として協力するわ」
「ありがとう、みんな」
紅魔館メンバーは図書館に向かった、全員の顔はやる気で満ちあふれ闘志でメラメラと目が燃えている、ここまでしてくれる家族が居るにも関わらず、当の本人は思考を放棄しベッドでうつ伏せになっていると考えるとあまりの情けなさに涙が流れるばかりである。
その頃、胡散臭いスキマ妖怪は自らの能力で、ある少年とその姉のやり取りを覗き見していた、ただの変態にしか見えないところが彼女の性根が表に出てきているといえる。
「ああ、助けだしちゃったのね…」
「どうかしたのですか、紫様」
「前言ってたあの子、もうちょっと遅れるかもしれない…」
「あの弟にすると言っていた?」
従者は主が前から話していたその人物を思い起こす。
「そう、元々監禁されていたから簡単についてくると思ったんだけど…」
「え、野良妖怪ではないのですか?」
ギョッとした顔で目を見開く従者、まさか…と自らの主を見る。
「一応家族は居るわよ、虐待されていたけど」
「……」
「けど今その子のお姉さんが助け出しちゃったのよねー」
「貴方は馬鹿ですか!」
ペシーン!とデコを叩かれる、従者の九尾が怒ることはめったに無いので焦るスキマ妖怪、半泣きになりふぇぇ…となっている、こうなってしまってはただのゲームのやりすぎが見つかった小学生のようである。
「人様の子に手は出さないのは常識です!」
「だってだって、可愛かったし可哀想だったもん!」
「それでもダメなものはダメです!」
「うぅ…わかったわよ…」
そう言ってスキマを閉じようとする紫、しかし次の瞬間ガバッと近づくようにしてその二人を見る。何があったのか分からない従者はとうとうボケが始まったかと思い、介護のしかたなどを頭に思い浮かべていた。
「『アルクがここに居て気が休まらないというのなら…私は他のもっと安らげる場所を探してあげるから』…これよ!!」
「紫様、とりあえずお布団しきますから一緒に行きましょうねー」
従者はいつもの三割増の優しい声で主を布団まで誘導しようとしている、後から帰ってきた式の黒猫が焦ってしまうのも無理は無い話であった。