そろそろ動き始めようと思う、何日か経ちこの紅魔館で俺という存在も馴染んできた筈だ、前から言っていたようにここから前の自分に戻していく。
どう足掻いても俺はアルク・スカーレットの偽物でしかないので慎重に動かざるを得ない、姉様達に比べると平凡で、凡才で、凡愚でしかない己が嫌になり始めるが、最初からこの精神状態ではいつか破綻してしまうので空元気を出しつつ自分を鼓舞していかなければならない、辛い。
「…なーんてことがあったのよねー」
「ゆ、紫さんは俺なんかに拘らなくても良いのでは…?」
これは本心からの一言だ。俺にこだわる必要無いだろ。
「私は式にする相手は誰でもいいわけじゃないのよ。どれだけ醜くても、その根が宝石のように輝いているものこそ八雲の名に相応しいと思っているわ」
根が宝石ねぇ…腐ったみかんと見間違えてません?
「そ、それが…俺…というわけですか…?」
「そうね、藍を見つけた時と同じ高揚感よ、貴方は自分の事をもっと誇っていいわ」
この人はどうやら目が節穴のようなので俺をしつこく勧誘してくる。魔力も腕力も並以下だというのに俺の何処に惹かれたのだろうか。妖怪の賢者という重要な役職についてるからこそ力というのは重要なファクターではないのか。力の無い妖怪など八雲紫にとってはタレの付いていない納豆みたいなものではないかと思うんだがな、いやそれはちょっと違うか。
八雲紫さんの話を聞く限り姉様達は俺をこの人に渡す気は無いということがわかった、ならばついて行かない方が良いだろう。その方が自然だ、まあ初めからこの人について行く気は微塵もないが。
何故ついて行きたくないかというのも理由がある、この人の能力は『境界を操る程度の能力』というものだ。
「式にする相手には教えるのは当然よ」とか言い出して勝手に教えてきたが、よくよく考えてみるとこれは咲夜さんクラスのチート能力なのだ。自分と世界の境界を希薄にしてしまえばどんな力もこの人には届かない、そして俺の心と紫さんの心の境界を密接にされたら考えていることがバレてしまう。
腹の探り合いや戦闘においてこの人に勝てるものは幻想郷に殆ど居ないと考えている。姉様二人がかりなら普通に戦えそうだけど。
「あの…何度も勧誘して貰って嬉しいんですけど、僕は式にはなれません」
だから早くおかえりください。
「…いつもの事だけど何でなのか聞かせてもらえるかしら」
「僕は…力も能力もなくて…もし式になったとしてもそちらの迷惑にしかなりません、だから…申し訳ないです」
迷惑かけたらかけただけ失望の目で見られるんだ。俺は詳しいからよく知ってる。
「アルク、力だけで式が決まるわけじゃないのよ、私は式のことを家族だと考えているわ、私は貴方を愛すべき家族として迎え入れたいだけなの」
「…でも」
仮にあんたが認めても周りは絶対に認めないだろうな。世間っていうのはそういうふうに出来てる。
「答えにくいことを言ってごめんなさいね…でもこんなこと言ってしまうほど貴方が魅力的なの。あっそうだ、何か欲しいものは無い?何か貰ったとしてもそれをダシに迫ったりはしないから言ってみて?お詫びのプレゼントみたいなものよ」
…こんな問いを家族以外にされたならばどう答えるだろうか。アルクは愛に飢えていた。親に愛されたくて認められたくて、何より暖かさを求めていた。母に抱きしめて欲しくて、父に遊んで欲しかった。普通の子供なら普通に甘受して当然の幸せが欲しかったのだ。アルク・スカーレットは。
しかし姉には求められない。アルクにとって本当の家族という存在は自分の心の楔の一つだから。今優しくされていてもいつか見放されるのではないかと、裏切られるのでは無いかと考えてしまう。
ならば家族以外になら?それは須らく偽物でしかない、しかし心の拠り所にはなる、偽物が本物の代わりにならないということは無いのだから。だから
「抱きしめて…くれませんか…」
「っ!!」
「やっぱり駄目…ですか…」
「そんなこと無いわ、大丈夫よ」
ふわりと正面から抱き締められる、花の香りがする、母の温もりなど感じたこともないのにこれは確かにそれそのものだと思った。
他人に母性を求めるなど正気の沙汰では無いが俺が居た環境もまた普通では無い、ならばこれはアルク・スカーレットにとって正常なのだろう。
俺なりにアルク・スカーレットを分析して行動してみたがボロが出てないだろうか、俺はきちんと演じられているだろうか。不安な気持ちが去来する。
「貴方は─ここに居たい?」
「分かりません…ここに居ていいのか…という気持ちならありますけど…」
「なら、考えておいて?私達八雲家は貴方を歓迎するわ」
「わかり、ました…」
「ふふ…やっぱり貴方はいい子ね…」
抱き締められながら頭を撫でられる、頭が暖かくなってきてボーッとなってくるが頭の回転を止めると何が起こるかわからないので自分に喝を入れる、具体的には魔法で体内を活性化させて常時脳みそフル回転状態だ、後で死にそう。
「もう…大丈夫です」
「あら、もう良いの?」
これ以上は俺が死ぬ。
「これ以上やるともっと甘えてしまいそうなので…」
「もっと甘えてくれていいのよ!」
「ふふ…もう十分元気を貰ったので大丈夫です…」
「あっ…アルクが、初めて笑ってくれた…」
俺なんかの為にここまでしてくれたのだ、笑顔ぐらいは見せても罰は当たらないと思う。
アルクは優しいからこれぐらいするだろう、個人的な分析をしつつ今回の事で余り感傷的な気持ちにはならないでおこうと誓った。
ヤバかった、完全にアルクの方に意識が引っ張られてた、記憶を見ているからたまにリンクしたように感情が流れ込んでくることがある、これが今の一番の危険材料、冷静な判断力が完全に無くなってしまう、そうするといつもの俺とズレが生じるのでバレる。真に迫る演技をすればする程ちょっとヤバいので程々にしようと決心した。
「何かあったら呼びなさい、飛んでいくから」
「うん…ありがとう…紫さん」
「こちらこそ話を聞いてくれてありがとね、じゃあまた」
「さようなら…」
スキマから出ていった紫さんを見送った後ベッドに倒れ込んだ、さすがに疲れた、静かに本が読みたい、そう思った俺は新たに部屋に設置された本棚を見つつ本を物色した。
読み終わった本はメイド長に渡し新たな本に変えてもらっているので毎日ラインナップが違う、読書好きには堪らない環境だ。
「これ…かな」
そう思い手に取った本は、自分を普通の人間だと思って疑わない青年の話だ。
妻や子供は居なかったが毎日を平穏に過ごしていたその青年は、ある日自分の思考が普通の人間とはあまりに乖離したものであることに気づく、その異常な思考というのは青年が『変わらない』のだ。
どういうことかと説明するならば、ある日突然向かいの家が全焼してしまうとする、原因は放火魔でまだ捕まっていない。
普通の人間ならば恐怖し早く捕まって欲しいと願うことだろう、しかし彼は何一つ日常に波を立てることなく過ごす、その事を聞いて、考えたとしても何も感情の落差が無いのだ。ああ、そんなこともあったのか、で済ましてしまう。これだけ聞けば、冷たい人間だな、で終わるだろう。
だが彼は『両親が目の前で殺されても』変わらなかった。目の前に犯人が居て、両親を刺し続けていたとしても、微塵も恐怖も悲しみも怒りも浮かんでこなかった。その青年は運良く警察に助けられたが事情聴取を受けている時もいつもと変わらぬ声色で答えていた。
ここまでの話の進み方ならばこの小説はサイコホラーのようなものになると思うのが普通だ。しかし違った、その青年はその後厄介事に巻き込まれ続ける、それは銀行強盗や通り魔などの犯罪だ。
なんと青年はそれを淡々と解決していくのだ、何故ならば『変わらない』から、何が起きても冷静沈着に物事を見れるから。俺もこんな風になりたいものだ。
この小説はそんな青年の日常を描いた半分コメディーのようなもので中々面白かった。
「アルク…入ってもいい?」
フラン姉様の声がした、正直俺としては疲れたから余り相手をしたくない、しかしここで追い返すのも後で禍根を残しそうなので入れることにする。どちらにしても後日また来る可能性もあるしな。
「いいよ…入って…」
「うん、ありがとう」
何しに来たんだこの人。怖いから早く要件を言ってほしい。
「何か…あったの?」
「いや、元気にしてるかなーって思って」
すこぶる元気だから放っておいても大丈夫だよ。
「今日は元気だよ…」
「そっか!お姉ちゃん安心だよ」
「あの…フラン姉様、前はごめんね…追い出しちゃって」
「あれは私が悪いから大丈夫だよ!こっちこそ無神経な事言ってごめんね…」
「じゃあこれで仲直り…」
「うん!」
前の一方的に追い出したことを謝罪しておかなければいけないと思った俺は謝った、むしろこっちが謝られてしまったがうまいこと話を持っていけて満足だ。フラン姉様はわかりやすい、レミリア姉様に比べると圧が無く思っていることが表情にすぐ出るので、そこまで緊張せずに接することが出来る。
「そう言えば、もうそろそろ俺も…この紅魔館で働きたいって考えてるんだ…」
ブラック思想はそうやすやすと抜けるものじゃないんだ。働いてないと不安になるもんで。
「咲夜から話は聞いていたけど…大丈夫?無理してない…?ずっとこの部屋に居てもいいんだよ、お世話ちゃんとしてあげるから」
「もう決めた事だから…」
俺もずっと部屋に居たいけど必ず限界は来る、早めに自由に動けるようにしておいた方が賢い行動と言えるだろう。
「そっか…じゃあお姉ちゃんが言うことは何も無いね」
「心配してくれてありがとう…」
「ふふっ、どういたしまして!」
ころころと変わる表情を見ているとこの人の本来の性格が滲み出ていると言えるだろう、初めの方はかなりキツい感じの性格だったから感動ものだ。アルクの人柄に感化され今のフラン姉様が居ると言えるので余計に過保護になるのだろう。
その後は他愛のない話をしてフラン姉様は帰っていった、まあレミリア姉様よりかは緊張しないし良い話し相手だと言えるだろう、メイド長は…畏まり過ぎて世間話が出来ないからなぁ…。
平穏な時間だ、しかしこの時はまだ誰も気づかない、アルク自身も何も感じ得ない。少しの違和感、変化、狂気、本当に微量なものであったから気にも止めなかった。それが後々牙を向くことになる、他ならぬアルク自身に、そしてその周りにも。