狂気、という概念は余りにも広いもので、それはいく重にも人生を折り重ねて積み上げた人間性の中から見える少しの違和感でしかない。何が言いたいかというと生まれた時から狂っている者など居ないということだ。
友人や両親などの周りの環境が否が応でも変えてしまう、望んでなどいない、臨んでなどいない。いくら心の中で繰り返そうとも変わっていく自分を変えられない。そうして怪物が出来上がる。
二人の姉妹の話をしよう、その姉妹には弟が居た、賢く優しく愛しい大事な大事な弟が。愛せど愛せど溢れる愛情を持て余しつつも、幸せな生活を送っていた。──自らの親が弟を見限るまでは。
悔しくて情けなくて、何よりも自分達の命よりも大切な物を取り上げられたことに対して怒り狂った。だから殺した、不甲斐ない大人を、自分達の手で。
後悔など微塵もないと言った、むしろ清々しいとまで。いくら姉といえど弟に対してそんな過保護になるのだろうか。
そういえば話は変わるが妹の方は『破壊する程度の能力』とかいう能力を持っていたと聞く、それさえあれば何でもし放題だ。
勿論姉の方も凶悪な能力がある、『運命を操る程度の能力』というものが。
あの二人は実の親を殺し、弟を救った。しかし何故か釈然としない、何か見落としてる気がする。
パチュリーはそこまで考え、筆を止めた後にバカバカしい、と頭を振る。そしてすっかりぬるくなった紅茶を口に含んだ。
「あの姉妹でミステリー小説風の出だしを考えてみたのだけど、とんだ駄作ね、いっそ笑えてくるわ」
だが何故だろうか、パチュリーはその文を見て全く笑えなかった。
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今日も一日簡単な書類整理をした、その後は自室に戻り本を読んでいる。
しかしどうしてだろうか、全く文が入ってこない。理由はわかっている、あの時の胸騒ぎのせいだ。何故か今もずっとずっと続いている。そのせいで全然読書を楽しむことが出来ない。そんなとき
「アルク、入るけど…大丈夫?」
「私も居るよ!」
姉様達が二人揃って訪ねてきた。珍しいな、というか初めてだ。いつもは姉妹別々に現れるのでそういうふうにそっちの方で決めてるのかなぁ…って思っていたがどうやら違ったようだ。
「あら、本を読んでいたのね」
「また難しそうな本だね〜…って、この作家凄い社会不適合者だった気がする…」
「知ってるの?」
「一応新聞取ってた時期もあるから、なんとなくこの作家の死亡記事を覚えてただけだよ〜」
へぇ〜、どれぐらい前の作家なのだろうか。俺が監禁されていた時か?それともそれより前か?まあ特に気になる話題の話でも無いのでスルーしておく。とりあえず今は何故俺の部屋に二人揃って来たかが凄く気になって仕方がない。
「それよりなんで俺の部屋に来たの?」
「いや、特別なことは無いのよ?ただ元気かどうか確認しに来ただけ」
「うんうん、お姉ちゃん達はアルクが心配だからね!」
「そっか、ありがとう」
「アルクー!今日も来たわよー!」
嫌な予感が何を指していたのか今明らかになった。そして、姉様達の顔がまるで能面のように変化した様はこれまで生きてきた中で一番恐怖を感じた瞬間だった。
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『一触即発』
今の様子を表すならこの言葉が一番だろう、姉妹は人食い妖怪であっても一睨みだけで殺せそうな眼力で紫を見つめていた。
「遺言はあるかしら」
「お姉様、そんなの良いからもうやっちゃおうよ」
「アルクー!貴方のお姉ちゃん達が私を虐めるのー!」
「ゆ、紫さん…抱きつかないで…」
「「殺す」」
その豊満な胸をアルクに押し付けながら泣いた振りをする紫を見て二重の意味で殺意を抱く姉妹、吸血鬼は発育が遅い種族なので仕方ないと自分で理解はしていてもムカつくものはムカつくのだ。とりあえずあの胸は最初に削ぎ落とそうと槍を突き出す姉、しかし。
「ね、姉様、やめて」
庇うように前に出る弟、予想もしていなかった横槍で攻撃をやめるしかなくなった姉。何故ここで庇うのか、理解が出来ない。私達は弟に擦り寄る蛆虫を駆除しようとしただけなのに。そんな思いが脳を支配する。
「やっぱり…うまく押しとどめてるみたいだけど、もうそろそろ解放されるわね…」
先程までのお巫山戯がなりを潜め、そこには妖怪の賢者としての八雲紫がいた。
「え…?」
「緊急避難よ、これ以上は流石にヤバいから、掴まってアルク」
「は、はい…!?」
困惑する。なにがなんだかわからない、アルクの顔にはそう書いていた。
「アルク、後でどれだけ私のことを責めてもいいわ、けどこれだけはわかってちょうだい、私は貴方を絶対に助ける存在だということを」
「………わかりました、紫さんの言葉なら…信じます…」
させてたまるか!弟を連れ去ろうとしていく紫に対してレミリアは必中の槍を放つ、その間にフランは紫の破壊の目を右手に集めていた。しかし紫は普段いい加減な態度を見せてはいても大妖怪、瞬時にアルクを腕に抱きスキマに飛び込んだ。
──必中の槍と共に
「くっそがぁァァァ!!!あの腐れスキマ妖怪ィイイイ!!!」
「お姉様、今は叫んでいる暇は無いよ」
「わかっている!!!今すぐ戦力を集めあの蛆虫の根城にアルクを助けに行くぞ!!」
「言わずもがな、だね」
アルクがその場面を見ていたなら、こう思っただろう。
────誰?この人達?、と
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「グッ!!やってくれたわね…あの吸血鬼…」
「そんな…あぁ、紫さん…ごめんなさい…ごめんなさい…俺が弱かったせいで…!」
完全にお腹貫通してるわね、これ。治療しにくいように御丁寧に魔法まで付与されてる、しかも能力のせいで避けるという認識すら無くなったとこに追尾してくる槍だ、いくら私の能力が強くてもアルクを守りながらあれを避けるのは不可能だった。
涙を浮かべながらこちらに謝罪してくるアルク、しかし私が聞きたかった言葉はそれじゃないのよ。私は謝られたいからこんなことしたんじゃないんだもの。
「ア、ルク、こういう時はね…ありがとうって言われた方が、嬉しいのよぉ…?」
「ありがとうございます…!ありがどうございまず!!なんだって言います…!なんだってやります…!だから起きててください…!今助けを呼びますから…!」
私は聞き逃さなかった。その言葉を。
「ん?今何でもするって言ったわよね」
「え」
「言質取ったわよぉ!」
槍を腹から引き抜き狂喜乱舞する私を呆然と見るアルク、そしてその顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「さ、最低ですよ…!騙してたなんて…!」
「あら〜、でも私のお腹に風穴空いてたのは本当のことだし〜?」
「うぅ…心配して損しました…」
「でも嬉しかったわ、ありがとうアルク」
「ど、どういたしまして…」
可愛い、圧倒的可愛さだ。会った時の捨てられた子犬のような顔もあれはあれで可愛かったけど、やっぱり元気にしてるアルクの方が私は好きね。
「そ、それで聞きたいことがあるんですけど…」
「何故貴方をここに連れてきたか…よね?」
真っ当な疑問だ、誰だってそう聞くだろう。
「はい…」
「それについてはこっちで説明するわ、藍!」
「はい、紫様」
すぐに現れる藍、待機しといてくれたみたいね。
「流石にやばいと思ったから連れて来たわ、お茶とお菓子を出してあげて」
「了解いたしました」
「あ、あの…」
「ああ、君の話は紫様から聞いている。私の名前は八雲藍だ、よろしく頼む」
「あ、はい…よろしく、お願いします…」
とりあえずどこから説明しようかと考える、アルクが傷つかないように最低限配慮しないとね。
そう思い紫は居間に入っていった、時間は有限だ、急がなければならない。なぜなら、もうすぐそこまで狂気が迫ってきているのだから。
※このやり取りの間もアルクは思考を巡らせて自己保身を考えてます