スカーレット家長男の憂鬱   作:社畜マークII

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16話

前のことがあってから紫様の過保護具合がますます加速していってる気がする。というのも家にいるときは横にビッタリくっついてきて終いにはトイレまで入ってくる始末だ。その時は流石に藍さんに助けて貰ったが、次にあんなことがあれば俺の尊厳が確実に破壊されてしまうだろう。きゅっとしてドカーンだ。

 

「アルクアルク!久しぶりにまたおままごとしよ!」

「えっ」

 

そしてまた俺の尊厳を破壊しに来ようとするものが一人、その名前は橙。普通の人間にとっては満面の笑みで俺に向かって歩いてきてるその姿はさぞかし可愛く映るのだろう。

 

しかし俺にはまるで悪魔のように感じる。悪魔である吸血鬼自身が何かを悪魔のようだと比喩するのは違和感を感じるが、そうとしか感じないのだからしょうがない。

 

「次のアルクの役はねぇ…」

「いやちょっと待って」

「なんで?」

 

ハイライトの無い目でそう言ってくる橙に恐怖しか抱かないが、ここを乗り越えなければ俺は一生こいつに尻に敷かれ続ける気がする。他人に姉ヅラされてそいつの言うことを聞き続ける人生など俺は絶対に嫌だ。

 

「あ、ペットが嫌なの?じゃあお父さん役ね!私お母さん役するから!」

「そういう訳じゃ…」

 

こいつと夫婦とかおままごとでも嫌だ。しかし拒否したらどうなるか分からない。二律背反、葛藤が俺を苦しめる。だがそうしてる間にも一人演技を始める橙、哀愁漂う顔で俯く。また未亡人か…?いや今回は夫生きてるし…。

 

「ごめんなさい…もうこの家にお金は無いの…」

「ちょっと待って」

 

ほんと待て、今度はどういう設定だ。俺のことをどうしたいんだお前は。え、俺ってそんな奴だと思われてたの?家の金使い込んで破綻させるようなクズ男に?

 

「ん?」

「いや、おかしいよ。俺の配役おかしい」

「絶対こっちの方が楽しいと思って」

 

そういう快楽主義なところもいい加減にしようか橙。

 

「とりあえずちょっと変えてよ」

「わかった!」

 

本当にわかったのかこいつ。返事だけは大きい姉貴分に戦々恐々としつつじっと待つ。

 

「貴方、もう限界なの私…今すぐ別れて欲しいの…」

「場面を変えろって言ったわけじゃないよ、根本的にいろいろ変えて?」

「えー?」

 

えー?じゃないよ全く。あとニヤニヤと俺の反応を見て楽しんでるのバレバレだからな。この歳で人格破綻者である橙に恐怖しながらとりあえずこいつのサディズム精神をどうにかする為に何か出来ないか考える。

 

「そんなにお父さん役が嫌ならやっぱりペットしか無いね。あ、今回は本格的な感じにする為に実はあるものを持ってきたんだー」

 

そう言ってさっきからチラチラ見えていた麻袋をガサゴソと探る橙。嫌な予感しかしない。

 

「ほら!首輪!リードもあるよ!」

 

おい嘘だろ。お前普通に超えちゃダメなライン超えてきたな。俺は戦慄しながらもその首輪を見る。こんなゴツイ首輪何処から持ってきたんだよ…。怖ぇよ…。

 

「いや流石にそれは…」

「えー?でもリアリティって大事だし…」

 

おままごとにリアリティを求めるなよ…おままごとにぐらい理想を見させろよ…。

 

「とりあえず着けてよ」

「藍さんに言うよ」

 

そう言うと怯んだような表情を見せる橙、これは効くようだな。まあ俺も藍さんには叱られたくないしな。橙も藍さんの怖さはわかっているのでこれは効果的だ。

 

「だってぇ…着けたら絶対似合うもん…」

 

そう言ってぶーたれる橙、頬を膨らませて年相応の顔を見せるがやっている事はただの行き過ぎたサディストだ。この歳で流石に業が深過ぎる。

 

「そんなオシャレみたいに言われても…」

「オシャレだよ、これは凄くオシャレ」

 

すかさず洗脳しようとするな、俺はそんなことには絶対屈しないからな。

 

「じゃあアルクはどこまでだったら妥協してくれるの?」

「どこまでも無理だよ」

「いやー!そんなのいやー!」

 

ジタバタとゴネ始める橙、それを冷たく見ながらどうするか考える。このままだと隙を見せたら絶対に首輪をはめられる。寝てる時とかヤバそう。ほんとどうすんだこれ。俺は悩みに悩む、何か二人にとって妥協できる終着点は無いかと。

 

しかし、しばらくして橙がゴネるのをやめてムクリと起き上がる。

 

「仕方ない、か…」

 

お、諦めてくれたか。

 

「まあ首輪は流石に目立つしねー、私も藍様に怒られたくないし」

 

そう言って肩をすくめる橙、いやにあっけないな。俺は少し不安に思いながらも諦めてくれたことに嬉しさを抱いていた。しかし

 

「だ・か・ら♡首輪が無理ならアルクにはこれをつけて欲しいって思って」

 

麻袋からまたゴソゴソと何かを取り出した橙、よく見ると何やら中央にハートの装飾のされた紐のようなものだ。なんだこれ。

 

「チョーカーだよ、ただの首飾り。そういえばこの八雲家で歓迎パーティーを開いたけど私個人からは何も無かったからそれあげる!」

 

ええ、これ渡す為にさっきまで茶番をしてたのか?なんかめんどくさい奴だな。まあ貰えるものは貰おう、首輪じゃなけりゃもう何でもいいや。

 

「あ、ありがとう」

「うん。あ、つけてあげるね、貸してみて」

 

そう言って背後に回り手を回される。あれ、こいつに背後取られるのってこんな怖かったんだ、知らなかった。また新たな情報を手に入れながら、されるがままにする俺。

 

「コレ見た時ピーンと来てさぁ、絶対アルクに似合うと思って」

「へ、へぇー」

 

なんか声がねっとりしてるぅ!怖いよぉ!

 

「ずぅーっと着けた時のアルクを想像してゾクゾクしてたんだぁ…」

「な、なんか情熱的だね…」

 

もうそれしか言えなかった。真に怖いのは生きているものだとはまさにこの事。俺は橙のことが怖くて仕方なかった。

 

「はい、つけ終わったよ」

「うん、ありがと」

 

まあお礼ぐらいは言おう、一応貰ったもんは貰ったし。俺は自らにつけられたチョーカーを少し手で弄る。お、このチョーカー結構良いやつじゃないか?布地で凄い肌触りが良いしお洒落だし。橙に貰ったものだということを除けばいい貰い物だと思う。

 

「高かったんじゃないのこれ?」

「私はアルクのお姉ちゃんみたいなもんだからね!そんなことアルクは気にしなくて良いの!」

 

いや弟分に首輪着けようとしてましたよね君。殴りたくなる笑顔を振り撒きながらコロコロと態度を変える目の前のサディストにため息を吐きたくなる。

 

「アルク似合ってるよ、ほんとにね…」

 

うっとりとした表情で俺のチョーカーを見るその姿にはまるで娼婦のような色気を孕んでいた。いやこいつ何歳だよ。

 

「またお返しするね」

「あ、じゃあ今度は首輪を…」

「それはダメ」

 

いや諦めて無かったんかい!じゃああれは茶番じゃなくてマジだったのか。こいつマジで俺に首輪着けようとしてたのか。

 

「ぶー…。…ま、いいか、そのうち自分から着けてくださいって言うようになるから…」

 

なんか不穏な囁きをキャッチしたぞ今。

 

「と、とりあえず紫様達に見せてくるね」

「うん!」

 

笑顔で手を振ってくる橙、しかし何処か嘘っぽい。やっぱりこいつは信用ならないと再認識したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーん!めちゃくちゃ似合ってるわよー!ハートが可愛いわ!」

「橙も中々お洒落な贈り物をしたのだな」

 

絶賛の嵐だった。特に紫様からの感想は恐怖を感じる程の熱量を持っていた。あとカメラ連写し過ぎだろ、カシャカシャうるせぇ。

 

「しかもこれ人里で人気のやつよ、売り出されたらすぐに完売するし。凄く運が良かったのねー」

 

へぇ、そんなに良いやつだったのか。俺は中々にそのチョーカーを気に入りながら真ん中のハートの装飾を指で弾く。

 

「しかし橙の言う通りだな」

「そうね」

 

ん?どゆこと?

 

俺は話についていけずに頭の上にクエスチョンマークを浮かばせる。

 

「たしかに八雲家で歓迎会を開いたが個人では祝いの品をあげていなかった」

「ええ、私としたことが…」

 

いやそんな無理しなくても、俺ただの居候だから。そうは思いつつも紫様達は何を送ろうか思案している様子なので声もかけられない。

そうやってまごついていると紫様がいきなり顔を上げて喜色に満ちた顔で声を上げる。

 

「そうよ!」

「どうしましたか?」

 

ほんとどうしたんだ、とうとうボケたか。

 

 

「旅行に行きましょう!温泉とか!」

 

 

りょ…こう?旅行って旅のことか?おお、やったね。俺結構旅行好きなんだよ、落ち着いて休めるし。

 

 

しかし、そんな温泉旅行が波乱の幕開けになるとはこの時は思いもしなかった。この時止めていれば、無理にでも断っていればあんな修羅場には会わなかったのに。俺は無事なまま休日を過ごせたのに。

 

 

そんな温泉旅行が今、始まる。

 

 

 

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