「晴れたわねー!」
「そうですね、今日はちょうど梅雨明けのようですから」
「私はアルクが居ればいつでも心は晴れ模様だけどね」
「フラン、ややこしくなるから黙ってて」
ちょっと待て
「私もアルクさんが居るからかサードアイの調子が良いです」
「ちょっとお姉ちゃんも黙ってよう?」
ちょっと待て
今日は待ちに待った温泉旅行の日。幻想郷の天気は晴れ晴れとし、絶好の旅行日和というところだろう。着替えや遊ぶための道具と期待を背中に背負い、さあ行こうと踏み出したところで俺はここに居ないはずの人達が居ることに今更になって気づく。
「いやあの」
「どうしたアルク?トイレか?」
いやそうじゃなくてですね妹紅さん。まあ、貴方は良いんですよ俺が呼んだし、この前のお返しの為に。
「そうじゃなくて、なんで姉様達とさとりさん達がここに?」
「ああー…私が呼んだのよ。呼ばなかったら後でややこしくなりそうだから仕方なく」
えぇ…なんか嫌な予感しかしないから凄く嫌なんですけど。正直に言うと帰って欲しい。絶対姉様達は旅行中も俺に頭おかしいくらい過保護に接してくるし。この際直接言うか?
「アルク、私達居ない方が良かったかな?かな?」
フラン姉様、その顔で俺に近づいてくるな。目にハイライトをダウンロードしてアップデートしてから来ようか。話はそれからだ。
「…私はアルクさんの友達ですから普通誘われる筈では?それとも友達と思っていたのは私だけだったんですか?ですか?」
さとりさんはブツブツ一人で呟くのやめて、妹さんがめちゃくちゃ冷たい目で見てるよ。こんなことになるならこいしさんだけで良かったよ。こいしさんはわりと常識人だしな。
「別に嫌な訳じゃないよ?ただ、理由というかなんでだろうって思ったから」
そう言ったら二人が元気良く手を挙げる。さながらそれはクラスの優等生。おー元気だね、そのまま寺子屋でも行ったらどうだい?と言いたくなるがぐっと堪えて言い分を聞く。
「はい!アルクが絶対そこの行き遅れクソBBAと発情キツネ&発情黒猫にマワされると思ったからです!」
「はい!私はアルクさんの友達だからです!友達は特別なんです!友達は絶対なんです!友達は不滅なんです!」
どっちもやべぇ。
そんなこんなで目的の温泉宿までの山道を登って行く一行。
え?スキマで一気に行かないのかって?
いや、それしたら旅行じゃないだろ。旅行というのは山あり谷ありで不確定な要素があればあるほどに楽しいんだよ。宿は汚くていい、景色は汚くていい、ただし飯と風呂だけは最高のものを。それが俺の旅行哲学。そう、だからトラブルさえも笑っていけるような…
「ねえアルク、八雲の奴らにいじめられてない?」
フラン姉様は最初から最大レベルのトラブル発生させすぎじゃない?そのせいでまるで永久凍土のように八雲の皆さん達の周りの空気が凍り付いたよ。やったね。
「フランドール、それはどういう意味だ?」
「いやー何か貴方みたいな性格キツそーだし胸もキツそーな人に任せて大丈夫だったかなーって」
藍さんのこめかみに青筋がぴきりと一瞬浮かび上がった。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。しかしその後、口を釣り上げふふん、と笑う藍さん。その姿に怪訝な顔をする姉様。
何か高度な情報戦をしている気がする。俺からしたらクソ程どうでもいいけど。
「アルクは私の尻尾でなければ寝られない程に私の尻尾に溺れているんだ。だからお前が心配することは無い。アルクはもう私無しでは生きられない身体になってしまったからな!」
「な、なん…だと…」
愕然とした表情で崩れ落ちるフラン姉様。できればそのまま自分の家に帰って。あとなんで藍さんも躍起になってるんですか。まあそう言うのもわからないでもないけど。尻尾でミノムシのように寝るのが好きなのは確かなことだし。いい匂いするしフワフワだから。
「ぐぅぅあ!!私に、私にも尻尾があれば!」
「ふっ、勝ったな…」
勝ちを確信したのかフラン姉様をほっぽって歩き始める藍さん。しかしまだフラン姉様の目に闘志は残っていた。いや諦めろよ。
「こうなったら温泉宿の卓球で決着をつける!どんな汚い手を使ってでも勝ってやるから!!」
「いいだろう」
良くねーよ、やめろ。
「ところで温泉宿って何処なんだ?」
「もうすぐよ。…ところで貴方は結局アルクとどんな関係なのかしら」
おい、妹紅さんにまで絡むなモンスターペアレント。お前は藍さんにどれだけ心労をかけたら気が済むんだ。
「一緒に寝た」
「あ?」
妹紅さん、言い方ァ!!
それを聞いたレミリア姉様が妹紅さんの胸倉を掴む。おい!やべーぞ!誰か止めろ!俺は無理!
小物臭を内心で撒き散らしながら誰かが妹紅さんを助けてくれるのを待つ。しかし誰も止めるものは居ない、それどころかもっとやれと言ってるようにも感じる。ちくしょう!まともなのは俺だけか!
そう思い止めに行こうとするが妹紅さんが気だるげな表情でレミリア姉様を見て一言。
「部屋を出ようとしたらアルクが引き止めてきたんだよ、私からは何もやってない」
「え?」
だから言い方ァ!
俺は酔っていたので記憶に無いが何やら俺が妹紅さんを引き止めてベッドに引きずりこんだらしい。おい!何やってんだよ俺!
「あ、アルク。嘘、よね…?だって、そんな筈。ハジメテはお姉ちゃんにって…」
いくらなんでもその理屈はおかしい。童貞を姉に捧げる義務があるとか俺の人生ハード過ぎんだろ。まあまだ童貞だけどね。
「レミリア姉様、よく聞いてね」
「嫌ぁぁあ!!!可愛い可愛い弟の他人とのハジメテの情事の様子を聞くぐらいなら鼓膜破いて心臓貫いて死ぬ!!」
「今までありがとう、さようなら。こいし、介錯は頼んだよ」
「うん、任せて」
おい!後ろで死のうとしてる奴いるぞ!誰か止めろ!!
「アルク、旅行中にこいつらに何かされたら私に言えよ?」
妹紅さん、凄くありがたいんですけどこの事態引き起こしたの貴方ですからね?
そろそろ着く頃かなと期待をしつつ山を登っていく。少々疲れてきたがこの後に入る温泉というのも格別なものだろうと思う。しかもその後にご飯を食べたら…想像するだけで有頂天になる。しかしそんな俺の平穏を邪魔してくる奴が一人。
「…ねえ♡アルク」
「な、なに?橙」
いきなり耳元で囁くのやめろよぅ!ゾクゾクするだろうがよぅ!
「温泉宿、貸し切りらしいよ?」
「そ、そうなんだ。良かったね」
貸し切りとはまた太っ腹だなぁ…まあ、こんなメンバーと一緒の宿で泊まる一般の方とか気の毒過ぎるのでそれは良かっただろう。絶対なんか起こるしな。そんなことを考えてたら橙がグイッと俺の耳に顔を近づけて
「深夜に二人で温泉入ろっか♡」
「え」
待て、それはいろいろとヤバいわ。あいにくロリには興味は…まあ無い。無いったら無い。精神的にはとうに成人してるんだぞ俺は。中身がおっさんだとバレたら犯罪になってしまう。
「だ、ダメだよ」
「なんで?子供が二人で温泉に入るのってそんなおかしなことなの?」
ニヤニヤといつもの顔でこちらを見る橙。思わず「こ、このガキ!舐めやがって…」と言ってしまいそうになるほどのこちらを舐め切った顔だ。
そんな顔を見て、俺は反撃をしたくなってしまった。らしくなかったと思う。けどそれぐらいイラッとする顔だったのだ。しゃーない。
俺はすかさずその体勢のまま身体を横に向けて、橙の耳に口がつくのではないかとおもうぐらいに近づきこう呟いた。
「…ダメ、だよ?」
吐きそう、俺がこれをやっているという事実に拒否反応を起こしながら橙の反応を待つ。何やら俯いているようだ、やったか!?
「…ふぅー…ふぅー…」
あれ…?なんか鼻息荒いような気がする。犬歯むき出しだしめっちゃ怖い。
「お、あれじゃないか?」
妹紅さんが言う。たしかにめちゃくちゃ広い旅館が少し先に見える。森の静謐な雰囲気に包まれて何か神聖なものを感じる場所だ。
ぶっちゃけめちゃくちゃ好みな旅館だな。前世でこんなとこがあれば通いつめていただろう。
「そうね、あそこよ。私も初めて来るところだからどんな感じか全然わからないけどね」
へぇー、紫様がわからないなんて珍しいな。いつもは鬱陶しいまでに自分の知識をひけらかしてくるのに。
「あ、もう着いたわね」
近くで見れば見るほどかなりの大きさの屋敷のようだ。枯山水の庭園でしんと鎮まったような雰囲気がますますこの旅館の外界との乖離を教えてくれる。まるで幻想郷から切り離されたようなところだ。
「はぇー、凄いねー」
「こいし、あんまりキョロキョロしては駄目よ」
こいしさん、大いに気持ちが分かるぞ。これには俺も驚いている。そんなふうに呆気に取られていると開いていた玄関の奥から女将と思われる人が出てきた。
「ようこそおいでくださいました、この度はこの宿を選んでいただきありがとうございます」
そう言って優雅に頭を下げる女将さん。これはプロだな。
「ええ、今日はお願いね」
「はい、ではお荷物はこちらの方に」
そう言うと男の人が何人か出てくる。どうやら部屋まで荷物を運んでくれるようだ。ちょっと重かったから助かる。
「ありがとね」
「いえいえ、昼食はまだですよね?どう致しましょうか?お部屋でお休みになられますか?」
「皆はどうするの?」
紫様が皆に聞くが、まだお昼というには少し早いので部屋で休むことになった。そして女将さんに案内されテクテクと歩くがふと気がついた。
俺どこの部屋だ。
「なあ」
「ん?どうしたのかしら」
「アルクはどこの部屋なんだ?」
妹紅さん、よくぞ聞いてくれた。俺からはなんか聞きづらいし。
「もちろん」
「「「私達の部屋(です)よ」」」
三人の声が被さった。一人は紫様、一人はレミリア姉様、一人はさとりさん。
「ん?」
「お?」
「は?」
お互いを威嚇し合う、これは何処の部屋にも入りたくないな。どうしようか。
「俺は一人部屋で」
「ダメだよ」
フラン姉様がすかさず拒否してくる。まだ頭の中が狂気に支配されているようだ。可哀想に。
「妹紅さんは一人部屋だし俺も一人部屋でも…」
「ダメですよ」
次はさとりさんが拒否してくる。この人は元々狂ってるみたいだ。可哀想に。
「なら、アルクは私のとこに来るか?」
「あ、じゃあそうします」
即決だった。周りがギャーギャーうるさかったが全て無視し俺は妹紅さんの部屋で休むことになった。