温泉、このワードを思い浮かべた時、あなたは、どんな情景を思い出すだろうか。家族と、友人と、恋人と。様々な繋がりを、より強固なものにする、一種のコミュニケーションの場のようなものではないかと俺は思う。
日常と乖離した場、いつもとは違う会話。聞けないことや、言えなかったことを、この場でさらけ出す。心も体も裸にすることこそ、温泉の目的。
「まあ、男女別だけどね」
いろいろつらつらと言っていたが、俺は男一人で入る。脱衣所で服を脱ぎ、腰にタオルを巻く。必要な物を桶に入れ、スタスタと洗い場に向かう。まずは、体を洗わなければならない。
「シャワー…幻想郷にもちゃんとあるんだよな…」
チグハグな生活文化だが、まあ幻想郷だし、そんなこともあるか。
「よっ…と」
やはり風呂は良いな、そういえば風呂の起源はメソポタミアらしいけど本当だろうか?
なんかその後に、キリスト教の男女で裸を見せ合うという文化が忌避されて一旦廃れたらしいけど。
「何はともあれ、メソポタミアに感謝…」
心の中で拝みつつシャワーを浴びる。あと、ようやく椅子が暖かくなったので、お尻を椅子に置く。
目の前の鏡で自分の顔を確認するのも忘れない。うん、目の下のクマが凄いね。目を離すと消えてしまうような雰囲気のショタだ。
「結構明るい顔は出来るんだけど、この目の仕様だけは直らないなぁ」
元々のアルクとの差別化を図っている、と考えれば一応納得はいくかな。
「相変わらずくびれが凄い、お尻もキュッとなってる。本当に男の子か迷走するな」
最近、変な色気がムンムン出てる気がする。吸血鬼といっても一応体の成長はあるので、たまにびっくりする。
「てへっ♡……ヴォエっ!!」
鏡の前でぶりっ子を決め込んでみたが、気持ち悪すぎて吐きそうになった。やっぱり、これは慣れないな。
いやでも、ぶりっ子してた方が受け良さそうだから、こういうのも大事になってくるかもしれないし。
「…やめようやめよう、これは俺には向いてない」
結局いつも通りにすることにする。そろそろ体が洗えたので風呂に浸かる。露天風呂…こっち行くか…。ガラガラ、と露天風呂に続く扉を開けた。
「ふぅ…」
「ブクブクブク」
「ゴボゴボゴボ」
「俺、覗きとかする人大嫌いなんだよね」
何かが水しぶきをあげて、男湯の露天風呂から女湯に飛んでいった。どんだけ俺の裸見たかったんだよ。見覚えのある金髪と紫髪の残光を、少し呆れた目で見ながら、俺は少しお湯の減った露天風呂に浸かるのだった。
「あひゅぅ…気持ちいい…」
「エッッッッッッ」
「いやらしい声ですね、けしからんですよこれは」
「お姉ちゃん達?覗きに聞き耳、もう見逃せないよ」
「アッッッッシヌ」
「死にましたね、死にましたよこれは」
ドスッ、ドスッ、という重い音が二回立て続けに鳴ったかと思ったらズルズルと引きずられる音もその後に続いた。そこで、俺は思考を放棄する。
「アルク君、その、ちょっとそういう声はお姉ちゃん達に刺激が強いから…私もドキッとしたし…」
「あっ、すいません。気をつけます…」
「全然責めてるわけじゃないよ、全面的にお姉ちゃん達が悪いしね。けど、私はアルク君がこの二人に襲われないか心配で仕方なくて」
「ほんと気をつけます…」
竹の柵の先から声を上げてくるこいしさん。おっさんの時だったらおっさん臭いな、の一言で終わってたというのに、えらい変わりようである。
「チョロそう、を具現化したような存在だしね…」
「え?」
「なんにもないよ。私達は上がるけど、ごゆっくりね」
まあ、聞き取れなかったしいいか。それよりも今は温泉を楽しもう。
しかし、いくら幻想郷が男性少数だからといって、流石にこれは耐性無さすぎだな。
「初めてエロ本見た時の中学生みたいな反応するもんな…」
獲物を狩る虎のような目をしながらも、本気で襲いかかっては来ない辺りその例えが一番最適だろう。
「しかし、温泉で月が見えてるのはなんか良いな」
今日はたまたま満月のようで、妖怪として、中々力が湧いてくる期間でもある。まあ、俺が強くなったところでって感じだけど。
「魔法、創造、『鳥』」
魔法で編んだ糸で鳥を形作る。それを露天風呂に浮かべ、アヒルちゃんの代わりにぷかぷかさせておく。やっぱり、風呂といえばアヒルちゃんだよな。俺は満足げに、アヒルちゃんに魔力を使い、ホバー移動させる。ぶぅーん。
うん、なんかテンション上がってきたから、他にも作るか。何にしよう、猿とか温泉っぽいかな。そう思い、小猿の形に魔力を変化させる。
「これが、戦闘でも使えたらな。言うことないのに」
ただの魔力糸なので攻撃を受けたら直ぐに解ける、それに俺が動かさないとただの人形だ。
…そう思ったらなんか虚しくなってきた。
いい年こいて人形遊びとか、恥ずかしくないんですかねぇ…。そんな自問自答をする。いやでも、テンション上がってたから、仕方ない仕方ない。
「そろそろ上がるか…」
俺は岩の上に置いてたタオルを腰に巻き直し、脱衣場に戻った。
「アルク、温泉はどうだった?」
「気持ち良かったですよ。なんか、変な二人組居ましたけど」
和服に着替え、さっぱりとした皆が温泉の前で待機している。どうやら俺が最後だったみたいだな。あ、フラン姉様がなんか飲んでる。いいな、俺も欲しい。
「アルク、欲しいの?」
「うん、そういうの何処にあったの?」
「…私の飲みかけでいいなら、これ飲みなよ。間接キスだよ、ホラホラ」
「フラン姉様、酔ってる?」
明らかに顔が赤い。こいつ、アルコール摂取したのか。タダでさえ素面でも厄介なのに、酔っ払ったら手に負えない。
「あ、口移しとか、する?」
「しません」
なんで俺が口移ししたそうに見えた、みたいな言い方してんだこいつ。りんごのように顔が赤くなってるフラン姉様を見て、これ以上は近づかないように心掛ける。
「えー、しようよ」
「やだよ」
「ダメか…」
「いける可能性があった、みたいな感じ出すのやめて」
顔が良くても、幼女な上に姉という二重の意味でダメな人だから。そこをちゃんと自覚して欲しい。
「フラン、これから晩御飯なんだから飲み過ぎはダメよ」
「馬に念仏ってやつだよ、お姉様」
「それは
そっかー、とフラン姉様が残念そうに言う。本当に分かっているのか?
「そもそもお酒というのは、ゆったりと飲むものなの。どこの酒豪よ貴方」
「アルクの裸見れなかったし、飲まずにはいられないってやつだよ」
お前は吸血鬼の王か何かか?そうなると、早めに波紋を流して無力化させた方が、俺の危険が無くなるのではないかと思わずにはいられない。
「またそうやってアルクを困らせてたのか」
「乳でかキツキツ狐さんは少し黙っててね、お酒が不味くなっちゃう」
青筋がぴきりと額に浮かぶ藍さん、煽り耐性が意外に無いなと思う。まあ、フラン姉様が余計なこと言わなきゃ、こんなことになってないんだけどね。
「ないよりマシだ、この無乳が」
「…いま、なんつった?マジで殺すぞ」
あっ、藍さんがフラン姉様のデリケートな部分を踏み抜いた。
「絶壁、まな板、痛々しい、三拍子揃ったお前では、アルクの姉を名乗れないということだ」
「上等だよ、お前の生皮剥いでコート作って捨ててやるから」
フラン姉様、酒癖悪ぅ!口調が180度変わってるし、目つきも悪い。酒はその人の本性を暴くとは、まさにこの事だな。
「いい加減にしなさい、フラン」
「だってこいつが…」
「今のはお前が悪い、今すぐ謝りなさい」
「う、うぐぅ…」
カリスマを全開にしたレミリア姉様に逆らえるものは、八雲家ぐらいだ。フラン姉様でさえ、冷や汗を垂らして青ざめている。
「しゃーっす…」
「フラン、ふざけてるの?」
「…ごめんなさい」
「ま、まあ私もムキになってしまったし」
藍さんにそう言われるとムスッとした顔でどこかに行ってしまうフラン姉様。ん、なんかいつもと違うな、強者特有の余裕というものが無い?感じだ。それを見たレミリア姉様も、ついついため息をつく。
「なんか、最近焦ってるのよね…あの子。ごめんなさい、うちの妹が」
「さっきも言ったが、気にしてない」
レミリア姉様が藍さんに謝る。その姿は紅魔館の主では無く、一人の姉のように思えた。
「あの子も馬鹿じゃないし、晩御飯には戻ってくるでしょう。行きましょう?」
「ま、そうだね。今はほっといた方がいいかも。少なくともこいし達に出来ることはないね」
「ですね」
「…本当にそうなのか、な」
『今がダメでも、次は必ず幸せになってる。私が約束するから、それまで待ってて』
フラン姉様は昔、そんなことを言ってた。俺が親から虐待を受けていたときに。毎日毎日摩耗する精神の中、繰り返し言われた言葉だ。アルクは確かにその言葉に救われていた、と思う。
俺自身は、今のことはどうでもいい、という思いしかない。しかし、俺は例え自分に向けられていた言葉でも無くとも、救われた貸しをそのままにしておけるほど豪胆な奴でもない。
ならばやることはひとつ、フラン姉様のお悩み相談だ。
「俺、フラン姉様のとこ行ってくるから、先行ってて」
「アルク!?」
たとえ偽物でも、偽善者と呼ばれようとも、やらない善よりやる偽善。結局、実行に移した方が後悔しないことが多いのだ。だから、俺は迷わずフラン姉様を追い掛けた。
アルクをアンデルセン神父みたいな性格にしたら面白そう(狂気)
エェイメェエン!!