21話
夜になり漆黒に包まれた幻想郷、月明かりだけが道を照らしていた。そんななか一人の青年が酒に酔い、千鳥足で歩いている。もちろんと言うべきか、ここは妖怪から何から何までの怪異が跋扈する土地だ、余りにも無防備すぎた。
案の定、その青年は石につまずき転んでしまう。持っていた土産の寿司を地面に撒き散らしながら。もしアルクがその場を見ていたら「寿司を粗末にするな!!」と心中で罵倒し続けただろう。人の心配もせずに罵倒するとはなんとも性根が腐り切っている。
「あ〜?んだよ、クソッタレ…」
悪態をつきながらも必死に立ち上がろうとする青年、しかし中々上手くいかない。
そんな時、草履が目の端に少しチラつくことに気づいた。そして、目の前に人がいることも同時に気づく。
「そこに居るんだったらよ〜、ちょっと助けてくれねぇか?」
そう言いつつ、パッと上を見上げる。その瞬間、その青年から声にならない悲鳴が出た。
そこには、顔全体を包帯でグルグル巻きにして、ボロボロの着物を着ており、その包帯の隙間から赤い目を覗かせて、その目と同じように、赤く赤く染まった刀を片手に携えた人間がいたからだ。
それを見た瞬間、青年は酔いが一気に醒め、そこから全速力で逃げた。
そして、転びながらも走って、走って、やっと少し向こうに人里があるのが見えた。
しかし、その青年は新たな絶望を味わうことになる。
何故なら、青年を赤く赤く染まった刀が貫いていたからだった。
「な…んで…だよ…」
「私の剣術に距離など関係ない…逃げるならばその先に行くだけの事…」
「お前は殺さないでおいてやる…この恐怖を、絶望を、この幻想郷に広めるがいい…」
そう言い、男は青年の
「ここで私はさらに強くなる…覚悟しろ…幻想郷の強者達よ…」
「いやー、楽しかったですねぇ。温泉旅行」
幻想郷、八雲家の客間に当然のように古明地さとりの姿があった。何故ここに来ているか。何故お茶を飲み、茶菓子を喰らい、好き勝手しているのか。アルクはそんな思いに支配され「早く帰ってくれないかな…」と考えていた。
「何故お前がここに居る、帰れ」
「いや、開幕早々酷くないですか?私一応アルクさんの友達ですよ?」
「普通は友人の風呂を覗こうとしたりはしない、ましてや我が八雲家の大事な長男の裸を見ようとしたお前に慈悲はない。正直に言うと死んで欲しいと思ってる」
さとりさん、残念ながら当たり前だ、死んでください。あと藍さん…俺を守ってくれてるのは嬉しいけど、俺ただの居候だよ?何勝手に家族の一員にプラスしてんの?
「あ、アルクさんはそんなこと思ってないですよね…?」
「は、ハハ…」
「なんですかその乾いた笑いはァ!!」
「ヒィッ」
目をガン開きにしてこっちをめっちゃ見てくるさとりさんに思わず素の怯えが出てしまった俺。いやさすがに怖いだろこれ。誰か助けてくれ。
「おい、アルクを怯えさせているのはこの目と口か?」
「あっ、すいませんすいません。謝りますからその指と溢れ出る妖力しまってください。死んでしまいます」
目で追えないレベルのスピードで藍さんの指が目の下に突き刺さり、悶絶するさとりさん。なんでだろう、全くもって気の毒だと思わないのは。
「私の扱い酷くないですか?これでも私、地底の主ですよ?」
なろう主人公のような発言をしながらも、ヨロヨロと立ち上がるさとりさん。藍さんの攻撃を受けてまだ立ち上がれる辺り、この人も化け物だなと思った。俺の周り魔境過ぎないか?全員流星街出身とかだったりする?
「って、こんなことを話に来た訳じゃ無いんですよ」
「ならさっさと用件を済ませて帰れ」
「くっ、何回も邪険にされて平気なほど、メンタル強固じゃないんですよ私は!」
閑話休題
気を取り直し、さとりさんはコホン、と咳をつき話を始めた。そんな前置きはいいから早く話せやと思わないでもなかったが、特に顔に出すこともしない。
「最近人里で噂の
そんな物騒な単語が飛び出し俺は全身が縮こまり真っ青になる、ほんとに勘弁してくれ。
「知っている」
「流石藍さんですね」
藍さん知ってたんかい、俺に言ってよ。俺が買い物に行く時にそいつに会ったらどうすんのさ。
「アルクにはしばらく家のことをしてもらうつもりだ、その方が安心して過ごせるしな。居候という形を取ってはいるが、アルクはまだ心の傷の治療中なんだ、そんなやつに万が一会ってしまったら一大事だ」
まあ、心もそうなんだけど俺そいつに会ったら殺される気しかしないんですけど。藍さん、まさか俺が人間よりは強いとでも勘違いしてる?
俺は一応色んな格闘技やら魔法やらを修めてはいるけど、人を傷つけることが出来ないんだよ?
これは別に俺が優しいとかそういう事ではなく、単純に
攻撃した人間が逆上して襲い掛かってきたりでもしたら、俺は漏らす自信がある。
傘のおばけ?知らん、あいつは咄嗟の条件反射だ。
「それはそれは、安心しました」
「お前はこの話だけをしにきたのか?」
「いえ、まぁ、もしアルクさんに対して何か人斬りに対しての対策をしていなかった場合…」
さとりさんはにっこりと目は笑わせずに藍さんを指さして言った。
「貴方のことを
怖い怖い怖い、え?何この人こういう人だっけ?もっとなんかこう、コミュ障でクズで変態なバカじゃなかった?
「余計なお世話だ、帰れ」
「辛辣ゥ!!…でもあの人斬りは厄介みたいですよ、だからわざわざ忠告しに来ました。地底の鬼も何人かやられているようで、こちらも後処理で大変なのですよ」
鬼がやられるとかそれヤバいじゃん、俺勝てるわけないじゃん、5秒でやられる自信しかないじゃん。
「あ、でも不可解なことに一人も死んでないそうですよ。…ってこれも藍さんなら知ってましたか」
最後にさとりさんはそう言い残し八雲家を去っていった。
「彼奴、お茶だけ飲んで帰って行ったな…許せん…」
藍さんはそう言いながら、恨みがましい目でさとりさんが去っていった方を睨みつけるのだった。
閑話休題
「妹紅、何か分かったか?」
「いや、あの男が何者かに斬られたこと以外全く痕跡がない。異常な程にな」
「少しも証拠を残していないところを見ると、人型の妖怪の仕業か?」
「それにしては妖力が感じられない。人間ではあると思う、人間離れしてはいるが」
妹紅と慧音は思案していた。警備は万全に行ってはいるが、いつ何時突破されるか分からない。人里の人間達も多くの不安と恐怖を抱えていた。
「寺子屋の子供達も、今の状況では気軽に遊ぶこともままならないからな、早く何とかしなければ…」
「そもそも目的はなんだ?実力の誇示か?それともただの快楽目的か?」
「わからん、だが私は
「宣戦布告?」
慧音はああ、と頷き酷く渋い顔をしながらも説明をしようとする。認めたくはない、しかし何となく犯人の動機がわかるとでも言いたげな表情で。
「この幻想郷もパワーバランスがようやく安定し、強いものが定まりつつある」
「八雲紫、風見幽香、古明地さとり、レミリア・スカーレット…」
「だが、そのバランスを崩しその上に立とうとする者が虎視眈々と狙いを定めているんだ」
「その結果が今回の事件だと?」
予想に過ぎないがな、と慧音は話を締める。妹紅はその姿を見て、何故か一抹の不安を感じていた。
「なんか私不安だから、森の方見回り行ってくるわ」
「ああ、いつもありがとう助かるよ」
「いいよ別に、また酒奢ってくれれば」
「ちゃっかりしてるな…」
慧音は嘆息し苦笑いを浮かべるが、けして不快な感情は感じられず、そこには確かな信頼と親愛の情があった。