あれからわけもわからず走り続け、ある程度アタランテから距離をとったあと、その場に腰を落ち着かせた。そして深呼吸した後、あの状況について少し考える。
「何でイライラしたんだ?割とマジで」
あんなに不快になったのは最近どころか、生まれて一度もなかったかもしれない。自分がエゴイストなんて分かっていたことだし、今までそれを指摘されたことがなかったわけじゃない。けどその時は全然イライラしなかった。じゃあなんであの時はあんなに不快で、悔しくて、苦しくて、妬ましくて、悲しい想いを……
「ちょっと待て。妬ましい?悲しい?」
生まれてこのかた、何かを妬ましく思ったり、悲しく思ったことがあっただろうか?
家は裕福で、俺自身は運動も頭のほうも割と才能に恵まれて、むしろ嫉妬を向けられる側だった。
悲しむ、何をだ?悲しい映画を見てもそれはあくまで二次元の話だ。多少心は動くが、そこまで感情移入しない。現実でも、俺は他者を愛することがなかった。向こうも俺を愛さなかったし、俺もそれでよかった。そんな奴らがどうなろうと、俺は悲しくならなかった。
じゃあ、何が原因であんなに感情が溢れたんだ?
そのあと数時間くらい、俺は自分の感情と向き合い続けた。
~アタランテSide~
「いったいなんなんだ!?あのおとこは!?」
性格は最悪だし、本当のことを言っただけなのに勝手に怒って勝手に消えた。意味が分からない。
あの手の人間は、自分の悪い部分も開き直って人の言葉を無視するはずだ。集落の悪い大人もそんな感じだった。
なのに何で……?
「なんであのおとこは……あんなになきそうだったのだ?」
あの男は明らかに怒っていた。イラついていた。けど、それ以上に、妬んでいた、そして何よりも、悲しんでいた。少なくとも、去り際に顔に現れる程度には。
「……それではまるで、わたしがかなしませたようではないか」
それはなんとなく目覚めが悪い。それになぜか、直観のようなものだが、どうしてもあの男を放っておけない。
「まだとおくにはいっていないはずだ。かりうどからにげられるとおもうなよ」
そして私は、あの男の後を追いかけ始めた。
~アタランテSideout~
~オリ主Side~
「ああ、そうか。そういうことか」
全部理解した。何でアタランテに言われた言葉があんなに深く心に刺さったのか。
俺は、アタランテに…………
「おい!」
急に声が聞こえたので、後ろを振り返る。
そこには、息を切らしたアタランテが立っていた。
「ハァ、ハァ、さがしたぞ。ゆうれいだからあしあとをおうこともできないし、なんのこんせきもみつからなかったから、ハァ、くろうしたぞ」
つまりしらみつぶしに探しまくったということか。それにしては早かったな。多分まだ二十分位しか経っていないぞ。
「なんじとわたしのつながり。それがわたしをここまでみちびいた」
繋がり?ああ、パスのことか。
そして俺は、今まで必要なかったからあまり意識を向けたかった俺とアタランテをつなぐパスに、初めて意識を向けた。
……どうやらこのパスには、互いの位置を知らせる効果と、互いをあまり離れられなくする効果があるらしい。どおりであまり遠くに行きたくないと思った。これのせいであまり離れたくないと思ったのか。どうやら俺は、具体的に言うとアタランテの半径三キロ以内しか移動できないらしい。それでも二十分は早いと思う。さすが敏捷特化の英霊。子供の時からその身体能力は異常だったのか。
「……きかせてくれ。なぜなんじは、あのときかなしそうだったのだ?」
「……やっぱ傍から見ても悲しそうだったか?」
「わたしのせいなのか?」
「いいや。自分のせいだよ。全部俺の自業自得。勝手に憧れて、勝手に望んで、勝手に裏切られた気になって、勝手に苦しんで、うん。全部俺が悪い」
「あこがれ?のぞんだ?うらぎられた?」
「そうだよ。俺が勝手にそう思ってるだけ。お前が気にすることはないよ」
さすがにこれは、自分でも引くくらい最低だ。でもしょうがない。この感情は自分でも制御できそうにないから。
「少し、俺の話をしてもいいか?」
「かまわない」
「……俺はさ、親に愛されなかったんだ」
「!?」
「母親には愛されてたと……思う。ただ、体が弱かった母親は俺を生んだ後すぐ死んじゃったから、愛されてたって実感がないんだ」
「……」
「父親はそれで俺を恨んで、親戚に俺を預けたんだ。ただ、その親戚は愛で俺を引き取ったわけじゃなかった。養育費目当てで俺を引き取った」
「……」
「義務教育でもない幼稚園に金払って通わせられるかって理由で幼稚園行けなかったから、六歳までは殆ど家にいてな、そこで養育費の配分について喧嘩する義理の両親の会話をずっと聞かされた。あいつら子供が目の前にいないからって恥じらいもなく大声で喧嘩しやがって、聞こえてんだよこっちは」
「……」
「そんな義理の両親の影響で俺は金にがめつくなって、そんなクズの俺に近づくのは、それなりに裕福な俺の家の金目当てで近づく奴ばっかだったよ。何が友達になろうだ。テメェがほしいのは友情じゃなくて金だろうが」
「……なんで」
「ん?」
「なんでそんなことをたんたんとはなせるのだ!?そんなむひょうじょうで!」
どうやらもっと悲しそうな、苦しそうな表情で話すことを想像したらしい。まあ、普通はそういう表情で話すんだろうな。けど俺は……
「俺はそれが辛いと思ったことは一度もない。一度もないんだ」
「なぜだ!?いちどもあいされずすごしてきて、なぜそんなことがいえるのだ!?」
「まあ、慣れかな。確かに愛はなかったけど、金はあったから、自分の欲望は満たせた。それに、虐待されたわけじゃないから周りの大人を恨んだこともない。家でも学校でも毎日誰かと話すくらいには他人との交流もあったから、完全に孤独だったわけじゃない。だから俺は、愛がなくても満たされていたよ。たとえ俺と周りの関係が、どれだけ薄っぺらいものだとしても」
「そんな……」
「そんな感じの人生を送って、こんなクズの完成だ。笑いたきゃ笑え」
「わらえるか!わらえるものか!」
「まあ、そんな奴だよなお前は。母親は、こんな俺を見たらなんて思うかな?」
「え?」
「母親はさ、多分俺を愛してた。じゃなきゃ自分が死んでまで俺を生む理由がない。そして、俺はクズだからな。何で母親がそうまでして俺を生んだのかわからない。……それが辛かったんだ」
「……なんで、あいがなくてもつらくないおまえが、そこでつらくなる!?」
「だってよ、自分の命犠牲にしてまで産んだ子供がこんなクズだぞ?なんで自分が命犠牲にしてまで生んだのか理解できないほどの大馬鹿野郎だぞ!それじゃ母親が報われねぇだろ!?」
「……おまえは」
「俺のことを愛さない奴なんかどうなろうと知ったこっちゃない。どうでもいい。けど、俺のことを愛してくれたはずの母親には、ちゃんと報いたいんだ。だから……俺は愛が知りたい」
そう、それが……俺が愛を知りたい理由。
「誰かを愛したいわけじゃない。だって俺は、他人なんかに興味はない。誰かに愛されれたいわけでもない。だって俺は、愛がなくても満たされたんだから。だけど、俺は愛を理解したい。そして、母親の愛に報いたい」
「それが……おまえがかなしんだりゆうなのか?どうしてもあいをりかいできないから、じぶんがクズだといわれて、ふかいにかんじたのか?」
「いいや、それは違うよ」
「ん?」
それは違う。それにはもっと複雑な理由がある。
俺はアタランテに……
「俺はお前に憧れたんだ」
「……え?」
「お前も親の愛を知らない。俺と同じだ。なのに、俺はこんなクズになって、お前は周りを思いやる、慈愛の心を持つ英雄になる。そんなお前に、俺は憧れた。親の愛を受けていないのに他者を愛する心を、俺がもっとも理解したいものを知っているお前に、俺は憧れた」
「そう……なのか?わたしが、おまえのあこがれなのか?」
「ああ、ただ、そんな奴本当にいるわけない。二次元だけだって思ってたからな。ただ、実際に親の愛を知らないのにこんなクズにならないような奴がいて、俺の妄想は打ち砕かれた。裏切られたような気分だ。お前も同じなのに、なんでこんなに違うんだって」
「……」
「俺は、きっとお前に、何か俺を肯定してくれる言葉が欲しかった。無理だと理解していても、勝手に望んだ。それで、出てきたのは俺への罵倒で、自業自得なのに勝手に苦しんだ」
「それは……すまなかった」
「いいよ。言ったろ。俺の自業自得だって。お前が謝ることなんて何もない」
「いいや!おまえのことをなにもしらずに、わたしは、あんな……グスッ、ひどいことを……ヒック、いってしまって……」
「おい!なんで泣くんだよ。気にしなくていいって言ってるだろ」
なんで、俺のために泣いてくれるんだ?全部俺の自業自得。だから、泣くほど苦しまなくていい。
「ごめんな。俺はクズだから、お前がなんで泣くのかも理解できない。罪悪感からだってことまではわかるけど、なんで罪悪感を抱いているのかがわからない。でもまあ、気にするな。お前は何も悪くないんだから」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
アタランテは、それから五分くらい、泣きながら俺に謝り続けた。
~五分後~
「落ち着いたか?」
「うん」
良かった。あれじゃ俺が泣かせたみたいだからな。いくらなんでも理由なく幼児虐待なんてしない(暗に理由があればやると言っている)。
「じゃあ集落に戻れ。友達が心配してるから」
「……おまえはどうするのだ?」
いつの間にか呼び方が汝からお前に変わってるな。少しは親しくなったってことだろうか?まあいいか。
「いつも通りそこらへんで動物観察してますよ。お前の半径三キロ以内で」
「……一人でか?」
「そうだけど。ってちょっと!何考えこんでるの!?いやな予感しかしないんだけど」
だが、時すでに遅し。アタランテは何かスッキリした顔で、俺に説明を始める。
「わたしは、おまえのはなしをきいたときから、おまえになにかしたいとおもった。おまえはじぶんのじんせいをつらくないといったが、わたしからすれば、おまえはかなしくてほうっておけない」
「つまり、どういうこと?」
「ほうっておけないなら、そばにいるしかないだろう。そしてわたしは、ずっとおまえのそばにいて、おまえに――」
それは、俺がこの世で一番欲した言葉なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ただ、俺はこの言葉を聞いて、そして――――――
「あいをおしえてやる」
なぜか、泣きそうになった。