黄金長方形を夢見て(改)   作:パッパパスタ

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ホワイト・アルバム&ザ・グレイトフル・デッド ②

 

 

 能力発動後僅か数十分、座席や手すり、戦闘で舞い上がったほこりも含めて、車内の全てが透明な薄氷に包まれた。

 

 極地ですら見ることのできないだろう、生命が限りなく死へと近づく“奇妙”な光景の中、立っていたのはイタリアからの刺客ーーーギアッチョただ1人。

 

 彼は自らの足元で凍ったまま動かなくなった女、ホットパンツへ目を向けると、氷の奥の肩部分に入った刺繍に目を止める。

 

 (ーーーやはり聖十字の紋章。コイツらまで出張るとは、かったるいな…)

 

 ネアポリス王国ーーーここから遠く離れた祖国に存在する、遺体を信奉する集団がこぞって衣服の何処かに刻む十字架の形をした紋章。

 ギアッチョ自身ほとんどの仕事を同国でこなしている事もあって、当団体とは幾度も関わった経験がある。しかしながらそのどれもが一癖も二癖もある人間であったために、初回以降関わらなくて良い道があるのならば必ずそちらを選んでいたほどであった。

 それはただその組織が面倒くさい奴らの集まりだからと言う理由もあるが、その根本には、ギアッチョに“最後に頼れるのは自分しかいない”という持論があるためであり、その信条は当人を含めて、彼ら“三兄弟”を強く結びつける根底ともなっている。

 

 注射器と、薄汚れた子供で溢れ返っていた故郷で彼らに手を差し伸べてくれた人種は誰1人としていなかった。

 

 いつだって、最後に助けてくれるのは自分の能力だった。

 

 ーーーホワイトアルバム、自分の意のままに空気も、生命も全てを凍結させる呪い。

 常人が手足を扱うように彼は全てを停止させる事ができ、やろうと思えば大地を走るこの列車すらも止められるという自負があった。

 

 そしてその力で氷を纏ってしまえば生半可な攻撃すら通さぬ鉄壁となる、攻守どちらも兼ね備えた最強の能力。

 

 だが、一体どんな人間であろうとも弱点は存在する。

 そしてギアッチョの弱点は逆上しやすく、過信をしやすいという性格にある。

 しかしながら、その二つともがギアッチョが生まれつき圧倒的な力をその身に宿していた事が影響している事はいうまでもない。

 逆上しやすいのは彼のその絶対に負けないというプライドから、過信は一度も負けた事がないという経験から。

 

 しかし、彼は変わった。それは三兄弟の一番下の弟、つまりギアッチョの唯一無二の存在である弟が捕らわれるという有事が発生したためである。その出来事は、それまで自分の強さを疑いもしなかったギアッチョの価値観を変えるほどに、それほどまでに彼の内に影響を与えた。

 三兄弟の中でギアッチョは真ん中に位置しており、唯一兄と弟の双方の気持ちを理解できる立場にいた。

 兄は先陣を切って、弟のために歩く道を作っていく。そうして弟は兄の道を見て、正しい道を選ぶ事が出来る。

 

 ギアッチョの脳内は今、自分が守らねばならない弟が捕まり、何もできなかった自分に対する無力さで埋め尽くされている。

 

 自分達が助けなければ、自分達しか弟を助ける事はできない。今度こそーーー弟の信頼を裏切るようなマネをするわけにはいかないのだ。

 だから、これまでのような自分の能力に対する慢心はしない。過信もしない。

 自分の目でしっかりと息の根を止めるところまで見届けてやると心に決めていた。

 

 その心情に従い、ギアッチョは自身が既に生殺与奪の権利を握っている事を確認すると、凍ったまま動かないホットパンツをようやく視界から外した。

 

 (こいつから先にトドメを刺してやってもいいが〜、目当てはこいつじゃねぇ。先の闘いを思い出しても、この女はオレをいなしながら明らかに何かを庇っている様子だった。おそらくはーーーー)

 

 突然、ギアッチョが右手で何もない空間を掴み取る。

 すると空気が圧縮されていく音ともに、瞬く間に右手へ氷のハンマーが携わった。そして、一席、二席と振り上げた勢いそのまま辺りの座席を蹴散らすーーーと、そこにうつ伏せのまま氷漬けになっている人間が1人。

 その腰元には、鈍色に輝く黒い鉄球が巻きつけられていた。

 

 (ーーービンゴだッ!)

 

 ギアッチョは懐から写真を取り出すとターゲットと見比べる。

 ーーープロシュートからはあのレースでの出場名簿に改ざんの痕跡があった事を聞いている。

 明らかにこちらに気付いた上での、素人ではないその行動の数々。鉄球保持者という面から見ても一般人ではない事は確かで、護衛も含めて協力者の存在も幾つか見受けられた。謎なのはターゲットのバックに聖教会がついている事で、何故遠く離れた地のこいつなのかはーーーまぁいい、これ以上時間をかけて聖教会の増援が来ても厄介だ。

 

 ーーーまずは仕事にカタをつける。

 

 「ブチ・・割れな・・・・」

 

 うつ伏せのままの男の背に足を置き、そのまま力をこめていけば、パキャッと枯葉を踏み締めるような音が車内に響いた。

 

 そうしてギアッチョと戦闘が始まるまでもなく、ターゲットはあっけなくその人生に終わりを迎えた。

 

 こうして出来上がった死体は急速冷凍によって表面から各種内臓、血液中の赤血球すらもその動きを止めており、中を砕いてしまっても血液が吹きこぼれてくる事はない。

 こうなってしまえば、人間と無機物の区別もなくなり、そこに転がるただのモノとなる。 

 飛び散ったターゲットの身体の一部であっただろうカケラが踏み潰され砂埃のように空気中に舞い上がり、ギアッチョの視界を覆った。

 

 「いつもよりひでぇな、出力を上げすぎたかーーーうざってェ……」

 

 ギアッチョはどちらかと言えば感情が表に出やすいタイプである。相手が自分の境界線に触れ、ムカッ腹がたてばたとえその相手が警官だったとしても容赦なく罵倒し、張り倒す。故に、こうして他人によって自分が行動させられた事に対して苛立ちを覚えるのは良くある。けれども、此度のように人を殺した事に関してはギアッチョの心は1ミリたりとも揺れ動く事はない。

 それはその日命を繋げる事が出来るのかどうかも定かではなかった場所で生き抜いてきた彼らにとって、ターゲットに対する情というものは不必要なものでしかなかったからで、いわば生存上の取捨選択の結果であった。

 しかし、それこそがギアッチョの強みである躊躇いの無さを形作ったとも言える。

 

 目当ての仕事にはカタをつけた。あとは蘇る恐れのある護衛の女を始末すれば、全てが終わる。

 

 (これでーーー弟も解放される。

 オレ達の唯一の弟。気が弱くて酒が飲めねぇから酒場で牛乳を頼むような情けねぇ弟。だが、それでもだ。ーーーそれでも、他の何にも変える事のできない弟が、これで解放される。

 3人揃えばよォ〜、“アイツら”だって目じゃねえ! 必ず、この落とし前はつけさせてやるーーッ! 弟が捕らわれた時、プロシュートと共に誓った事は忘れねェーーッ!)

 

 通路を塞ぐターゲットだったモノを蹴飛ばし、最後にカタをつけようとホットパンツの元へ歩みを進めるーーーが、これまで幾多の死線を乗り越えた事で身につけた生物の第六感ともいえる直感がギアッチョの足を寸前で止めた。

 

 (気持ち悪ぃ……)

 

 まるで、上演し尽くされた名作劇の内容がいつも同じ結末を迎えるように、自分の行動全てがレールに敷かれている感覚。

 

 ーーー小賢しい聖教会の女は止めた。プロシュートの老化も刻まれ、その上にホワイトアルバムの凍結。もう動く事はできねぇだろう。

 ターゲットの動きも止めた。

 男は女より老化の効きが早ェ事はもう何度も見てきた、だからこそ十数分間も老化ガスを浴びりゃあ身動きすら取れなくなって、ああなるのは当然だ。

 

 完璧だ。なにもない、慢心も、過信も、何一つないハズだってのに。

 ターゲットは始末したーーッ! 邪魔な奴も消したッ、ーーーなのに、なんなんだーーーーこの違和感はッ!!?

 

 あまりにあっけなさすぎる手応え、上手くいきすぎた事への嫌悪感ともいうべき感情、ギアッチョの疑問は明確な音となって現実世界に表出する。

 

 車内に響くキリキリと金属同士が擦り合う音。

 

 (ーーーなんでターゲットの皮膚に老化の跡がねェッ!?)

 

 てっきり“冷やされたから”だと思っていた。だが、あの様子からしてオレがこの車両へ乗り込むよりも先に、既に老化で行き絶えていたハズだ。そうなりゃその後から幾ら氷で冷やされようが、生体反応のない死体に刻まれたシワは回復することはないーーー

 

 つまりシワの全くない死体、ーーーあれは“作られた死体”だったからかッーーー!!!

 

 刹那、風を切る音がギアッチョの意識に飛び込む。

 瞬時に音の方向へと振り向けば、意識がソレを認識するよりも早く、2本の銀色に光る棒状のものが目と鼻の先まで迫っていた。

 

 それを寸前で避ける、ことはしない。

 

 「これしきぃーーーッ、止められねえわけッ、ねえだろうが!」

 

 これまでホワイトアルバムがギアッチョの自尊心を作り上げたのは何も、氷のスーツが頑強だけである事が所以ではない。

 その真骨頂は、空気中の水分を固定する事によって相手の攻撃を受け止める、まさしく空気の壁を生成できる事にある。

 

 (抗争相手のガトリングガンすら全弾止めたんだ!勢いを殺しさえすりゃあこんな鉄棒わけねェーーーッ!!!)

 

 ギアッチョが能力を発動したと同時に、飛翔する鉄棒は接近と同時に減速していき、空中で止まったーーーーかのように見えた。

 

 けれども鉄棒はゴボゴボと水が沸騰した音を立てながら、その勢いを加速させる。

 ギアッチョの意識が回避に向いた時には既に手遅れだった。

 

 (バカな、先が赤いーーーーいや、熱ッ……!?)

 

 再び本能が、ギアッチョにそれを認識させ体を逸らせる。が、それよりも”早く鉄球との摩擦”により赤熱化した鉄棒がギアッチョの右肩と腹部を貫いた。

 

 「ぎーーッ…..」

 (たかが鉄の棒が何でオレの氷の装甲を貫けるッ!? いやそれよりもだッ! なんでまだーーー生きてやがるッ!)

 

 しかしながら、その2つの疑問は脳内で湧いたと同じくして、肩から突き刺さった鉄棒を抜こうとした事で解消される。

 

 ギアッチョが肩に突き刺さった鉄棒に触れようとした途端、触れた左手の部分が僅かに弾かれる。その鉄棒にかけられたのは、総数六個にも及ぶ極小鉄球による“回転”

 

 「摩擦ーーーつまりそういうことかよーーーーッチィ!!!」

 

 常人であれば紛うことなき致命傷ーーーだがギアッチョはあくまで冷静に状況を俯瞰すると、躊躇う事なく右肩に刺さった鉄棒を引き抜き投げ捨てる。すると、転がっていく鉄棒からいくつもの小さな球体が、床の木材を削っていきながら拡散していった。

 

 (腹に刺さった方は深すぎて抜けねぇ、ッーーー焼け爛れた傷口に、絶えず”回転”し続ける鉄棒。そうかい、だてに鉄球使いってか。タネは分かった。だが、それだけじゃあーーー)

 「ーーー俺の命には1mmだって届かねえ」

 

 ギアッチョが肩に手を置くと、そこには薄い氷の膜が生まれ、ぽっかりとその後ろの光景すらも覗けた大穴は跡形もなく消失した。

 

 そして、ギアッチョの視界の隅の車窓が破られる。

 凍ったガラスは一面に飛び散り、そこからは、先に自らの足で粉微塵にしたはずのターゲットが侵入してきた。

 

 身につけている衣服は写真に映るものとは異なる、おそらく上着はダミーに被せていたのだろう。手に持っている鉄球も黒ではない、それもダミーに付けてあるからか。

 

 ガソリンは服にまとわりついたガラス片を冷静に払いながら、ギアッチョの様子を見て落胆する。

 

 「ーーーおいおい、もう治ってんのかよ」

 「ーーー騙し討ちのチャンスはさっきので終わりだ。真正面じゃ勝てねぇって悟っちまったんだろ? 」

 「話聞けよ。勝てると思ったから出てきてんだろうが、脳みそお花畑か?」

 「ーーーー威勢だけのヤツはいくらでも見てきた、それだけじゃあ氷は溶けねぇぞぉ」

 

 ギアッチョは目を凝らし、ガソリンの身体中を覆うシワを確認する。

 ーーーなるほど、さっきの死体は座席か何かで作った即席のダミー人形ってワケか。どおりで他の車両より広さを感じたわけだ、座席かなんかをチョコチョコ削って作りやがったんだろう。つくづく鉄球使いっつぅ〜のは姑息な真似をしやがる。

 

 そう考えながら、ものの数秒でギアッチョはガソリンの持つ情報を冷静に推測していく。

 

 シワは老化が効いている証拠、しかし、窓ガラスを蹴破るほどの体力を残している点から見ても、自らのターゲットがその対処法に気づいているだろう事までも。

 

 

 「「ーーーー」」

 

 

 空気が張り詰める。

 どこかの水滴が一滴でも落ちれば開戦の狼煙になるだろう、緊迫の瞬間。

 

 ガソリンは1人、急速な老化によって集中力すら掻き乱される中で辺りの状況を冷静に確認していた。

 

 (凍結の能力ーーー理屈は簡単だが、スタンド能力だとはいえ自然そのもの、人が気軽に扱っていいもんじゃあねえだろッ!!)

 

 ーーーだが、おかげで道は見えた。

 

 車内で目が覚めて以降、休む間もなく状況を把握し続けていた事によってガソリンは既に老化の対処法が“温度”である事を看破していた。

 

 目が覚めると突然の列車にいるという状況。拉致ーーーにしては護衛のホットパンツも含めて、という部分に引っかかりながら、その拉致した方法は最初に思考から外していた。

 最後に頭の中にある記憶を辿りながら、物理的な方法では不可能であると断定、そして

おそらくはスタンド能力によるものだと仮定し、優先順位を周囲の状況観察に変えた。

 敵の存在を鉄球での探知で試みるが列車の振動によって上手くいかない。だから、そこからのガソリンの行動は全て、憶測に基づくものだった。殺さずに生かしたまま列車へ拉致した事、殺害が目的ではないのか、つまりは“何かを手に入れようとしている”ーーーーだが、目的を探ろうにもいかんせん、時間が足りなかった。

 

 密室というのはそれがどんな目的にしろ、その有利さは部屋が閉じられている事にある。大抵の場合、捕らわれた人間は辺りの状況を確認しようとするのと恐怖心の余り、外に出る選択肢を掴み取るのに時間をかけがちになる。

 そうした中では最も敵が思いもしない行動にでるのが得策、つまりーーーガソリンは窓を伝って車外へと飛び出した。

 

 騙すなら味方からーーー師から受け継いだその信条を元に、薄情ではあるがガソリンはあえてホットパンツを車内に放置していた。 

 その思惑には勿論、自分と共に大人しく拉致されているという認識をいるだろう敵に認識させるため。

 

 ホットパンツを殺させない為にも、ガソリンは衝撃だけを伝える鉄球で目覚めを催促しーーーおかげで攻略の糸口を掴んだ。

 

 既にガソリンも車外へ出た時の倦怠感で違和感を覚えていたが、それはおそらく目の前の敵とは異なるスタンドによるものーーー密室であるから毒ガスとも推測したが、車外へ出た自分からそうではないと断定した。

 

 ホットパンツが攻撃をしかけ、息を切らすほどにその身に刻まれていく老化。対して、同じくらいの動きにも関わらず、息を切らさず老化すらしない相手。加えて、その中でホットパンツの動きのキレは氷を操る敵に近づくほど元に戻っており、逆に距離を取れば取るほどに、膝をつくような倦怠感に襲われている。

 もしかして、そうして仮説通りに窓の外に漏れる氷を触れると、指に走っていたシワが一時的に和らいだ。

 

 圧倒的な力を持つ相手には、相手の決定的なスキをつかなければならない。

 ガソリンはひたすらその時を待った。相手が決定的な“思い違い”をしている事を確信しながらーーー

 

 

 数秒か数分か、張り詰めた空気が時間感覚を喪失させる中で、ギアッチョの左手が微かに動くーーーが、それよりも先にガソリンがホルスターから鉄球を取り出した。

 

 その一歩出遅れた状態、それは一瞬が決着をつける世界では覆せないアドバンテージであり、その焦りはより2人の差を広げるものである。しかしながらギアッチョは、その状況下に直面したのにも関わらずニヤリと笑みを浮かべた。

 

 それはギアッチョのこれまでの戦いの経験が教えてくれた事であり、彼の自尊心を鍛え上げてきたーーー敵の弱点を即座に掴むという戦闘センスによってである。

 鉄球使いを問わず、何か強力な遠距離武器を持つ者というのは総じて直線的な攻撃方法になる。鉄砲であったり、ボウガンであったり、それこそ彼にとって未知である黒色の鉄球でもない限り、ギアッチョにとっては全てが脅威にならない。

 

 そして、狭い車内というコースが定められるこの環境。もしそれを避けて斜面にどう鉄球を転がそうとしても、壁を覆うホワイトアルバムの氷がそれを拒む。

 

 (つまり、どう足掻こうがここでは鉄球の強みはーーー死ぬ!)

 

 風切り音と共にギアッチョの予測通りのコースへ吸い込まれた鉄球は、瞬時に生成された氷の壁に阻まれる。

 それは鉄球を取り込んだかと思えばそのまま大きな氷塊を作り上げる。

 

 “三兄弟”の中でもギアッチョは特に秀でた戦闘センスを持つ。故に、彼はターゲットが自分の肩を貫いた方法を即座に見抜いた。

 

 (あれはーーー摩擦だった。 ホワイトアルバムの表皮は銃弾すら通さないが、それはあくまで弾が絶えず熱を発していないからだ。だからこその摩擦、それ自体が熱を発しているから装甲を貫いたんだろう)

 

 であるならばッーーーー圧縮し続けて回転を殺し、熱をも殺す!!!

 

 ホワイトアルバムの出力が更に上がると、鉄球を包む氷塊からは湯気が立ちのぼりだす。

 意味するのは、回転の停止。

 

 しかしーーーそれは確かに、ギアッチョのその行動は鉄球の動きを止めた。

 かつ相手の武器を奪う事にも繋がる、彼が取れる選択肢の中では最善のものだった。

 

 だが、ギアッチョのした氷壁を生み出すその選択が、ガソリンを視界から消したその行動が彼の運命を分けることとなる。

 

 武器の奪取。勝ったという確信がギアッチョの内心に広がる。

 ーーー攻めるなら今だ。

 氷塊を盾にして距離を詰めた彼の目の前に現れたのは、衛星ではない極小の鉄球。

 

 それが1つ、2つ。

 

 (いくら摩擦で熱があろうとこの程度の大きさで俺如きがーーーーッ!!!?)

 

 それは3つであり、4つでありーーー5つ。6、10、30、50、150ーーーその数総勢、数百はくだらない。ギアッチョの身体を埋め尽くす数のそれは一つ一つが回転をしており、そのすべてが津波の如く氷塊の裏から一斉に殺到した。

 

 黒色の極小鉄球。

 それがいくら高温であろうとも、一つだけではホワイトアルバムの装甲を貫通する事ができない。

 

 ーーーしかしガソリンは知っていた。彼の師が指し示した、鉄球使いは自然からその技を生み出してきた事。自然という、元来世界が備えている美というべき力ーーー“熱殺蜂球”

 ミツバチが自分の数倍の大きさを誇るスズメバチを、高熱の体をもって囲み命を奪う弱者の術。

 ガソリンは数百にも及ぶ極小の鉄球でそれを再現した。

 

 (熱と、物量をもっての圧殺がねらいかッ! クッ、装甲を破ると見せかけてのーーーだがこの勝負、乗ってやる)

 「甘いって言ってんだろうがあよォーーーッ!!!」

 

 距離から氷壁を作る事は間に合わないと判断、ギアッチョは即座に自分ごと着弾した鉄球を氷塊で包む。

 

 氷の表層が一枚、また一枚と増えていくたびにあたりには水蒸気が立ち上ってゆく。

 それが意味するのは、鉄球の回転で生まれた摩擦熱の消滅。

 

 (まずいーーー想像よりも敵スタンドの出力が高いッ!)

 

 一撃目の投擲は、奴の凍結速度を確かめるためだったーーーだったのに、目の前の敵は先より、明らかに凍結速度が上昇している!

 追い込まれる事での、土壇場の能力覚醒。本体の精神力に大きく影響されるスタンド能力者だからこその利点。

 ーーーガソリンに緊張が走る。 

 すぐさま脳内に浮かぶ、次にすべき幾つもの行動のシミュレーション。

 

 

 瞬間、車内中に光が瞬いた。

 

 

 それは、全くの偶然だった。

 ガソリンが鉄球を車両部分から削り出した事、そしてそれに“磁鉄”が含まれていた事が功を奏したものであり、“この時代”では知るはずも無い現象。

 

 ーーー感電反応。

 

 本来、氷は絶縁体とも呼ばれるほど電気抵抗率が高い。要するにちょっとやそっとの電流は通さないわけではあるが、ギアッチョの体には今、鉄棒が突き刺さっていた。

 

 鉄棒は放電を受け流す体表の避雷針となり、内部に電流を溜め込む。

 

 幾つもの偶然が重なった事で起こった現象。

 

 それはホワイトアルバムが鉄球の動きを止めるよりも早く、ギアッチョの意識を刈り取った。

 

 

 そしてしばらくーーー氷塊が崩壊する。

 

 

 中からはメガネをかけた男が1人、外見からもスタンドらしきスーツは既に解除されていた。

 

 それを横目に、ガソリンは片膝をついた。

 

 「ぐーーーッ」

 

 どれほどの時間能力を受けているのかは分からない。だが、まだ肉体を本格的に動かし出して数分、それでも能力の影響は最早隠しきれない状態にあった。 

 足を引き摺りながら、床に散らばった鉄球を回収する。

 

 (とにかく、成功して良かった。()()()()()()()()が、短時間でこの疲労感ーーー時間をかけてはいられないな。最低でも敵は後2人いる、とにかく態勢を整えてーーーー)

 

 能力発動者が倒れた後も、未だ氷に包まれたままであるホットパンツもまだ完全に安全になったとは言い切れず、解放しても逆に危険になるかも知れない。

 幾つもの考えが生まれては消えを繰り返す中、ふと隣の車両に続く扉の奥にーーー人影が映る。

 

 危機本能が警告を発するよりも前に、三発の銃声が鳴り響いた。

 

 瞬間、ガソリンの体を激痛が走る。

 

 「がぁぁあああーーーッ!!!」

 

 痛みで思考がままならず、ガソリンは飛び散ったガラスの上に倒れ込んだ。

 両足首、左胸の計3箇所、逃走と生命を司る、その全てがヒトにとって重要機関である。

 

 しかし、撃たれた3箇所の何処からも血液は一滴たり漏れ出てはいなかった。

 

 「ほぉ〜、体を“硬質化”させる事で老化を無理やり止めてるのかーーーだから銃弾も貫通しない。ーーー手間ァかけさせやがって」

 

 ガラスの割れた扉を蹴破り、奥から拳銃を握りしめた男が1人侵入してくる。

 ガソリンは床に散らばったガラスの反射で男の顔を盗み見た。

 

 (シワがないーーー冷気を纏った様子もない、おそらくこいつが老化のスタンド使い….! だが今は何もーーー)

 

 ガソリンは口内を噛み切る事で痛みを誤魔化し、無理やり頭を切り替える。

 自分と相手の位置関係、右手に握りしめたままの鉄球と相手の所持している武器、そして反撃の手段。

 やるしかないーーーしかし、ガソリンのその思考は腹部に受けた鈍痛で吹き飛んだ。

 

 「ぐふッーー」

 「弟の分だーーー、まだ小指の先ほども返しちゃねえがな」

 

 通路の奥で転がる自らの弟を見つめる。

 カタキは俺が取ってやるーーー“出されていた指示”に従うという判断を自分が選んだ事で弟を失う結果に繋がった。本来ならば弟よりも兄である俺が先でなければならないのにと、プロシュートは内心で自分を責める。  

 ーーーだが、それは今ではない。

 悔やむべきは目の前の仇を始末した後で、全てに片を付けてからである。

 

 彼自身が過去より持つ、「ぶっ殺すと心の中で思ったのなら、その時スデに行動は終わっている」という信条が、自責の念に揺さぶられる迷いをかき消す。 

 

 プロシュートは発砲してからまもなく、熱が冷めきっていない銃口をガソリンの傷口へ押し当てる。

 

 「お前ーーー名前は」

 

 先程かき消した痛みの上からまた新たな痛みがガソリンの体を覆う。

 

 「ッーーーさぁ、なんだったかな。ガソリンとかいう名前ではない、とだけ言っておこう」

 

 嘘じゃないからな、とガソリンは心の内でひとりごつ。

 時間を稼ぐ、その一点を目的に相手が求める答えを濁す。体の痛みは誤魔化せる程度ではない。各種鉄球も、射程距離の関係から相手の行動を止める手段にはなり得ない。だがそれでもと、死に追い込まれた生物が足掻くように本能がガソリンの体を動かす。

 

 皮膚の上から走らせている鉄球を体をしならせる事で回収しようとするも、プロシュートの体から浮き出た“エイリアンのようなスタンド”がガソリンの四肢を固定した。

 

 「ーーーそうか、恨めそうなヤツで良かったよ」

 

 

 カチャ、と薬莢が回る音が耳を打った。

 

 (ピクりとも動かない!!! こんな、こんな所で負けるわけにはーーーッ!)

 

 瞬間、覆せる未来が見えないという圧倒的な死の予感がガソリンを襲う。

 

 恐怖、肉体と精神の疲労、そして、そこに残る僅かな反逆心ーーーーーー彼の“精神の顕現”に必要なピースが揃う。

 

 

 ガソリンの影が、揺らぎ始める。

 

 

 (こいつッ! まさかーーーッ!??)

 

 同時に、プロシュートの引き金を引く力が一層強まった。

 

 

 銃声が告げる戦いの終わり。

 

 しかしーーーー突如として世界に“亀裂”が走る。

 

 

 「「ーーーッ!??」」

 

 車窓から見える空、地面の全てが蜘蛛の巣上にひび割れ始める。

 それは世界全体が始めからガラスでできていたかのように、大地、空を含めてとてつもない速度で広がっていく。

 

 「これは一体ーーー」

 「クソッーーーしくじりやがったかーーッ!!」

 

 ガラスが割れ、地面が割れ、車内が、割れたガラスの奥に映る世界すらも歪んでいく。

 その衝撃は凄まじく、先ほどまで臨戦体勢であった2人の動きを完全に停止させた。

 現実世界ではあり得ない出来事の中で生まれた動揺ーーー先に動いたのは事態を把握していたプロシュートであった。

 

 天変地異の如く崩れゆく地面に対して、複数の脚を持つスタンドで離れゆく足場を固定する事でバランスを保っている。

 

 そして、“崩壊”によって外れた照準を合わせるためかーーー最早身動きの取れない相手に死刑宣告を告げるかの如く、その腕がゆっくりと動き出した。

 

 それに対処するべくガソリンも何とか鉄球を取り出そうとするも、崩れゆく足場を固定できない中では迎撃しようもなく、コンマ数秒が生死を分ける世界で生まれた隙を埋める事は出来なかった。

 

 刹那、ガソリンの脳内には圧倒的な死のイメージが走る。

 だがーーーいくら待っても終わりが訪れる事はなく。

 

 「チッーーーやめだ」

 「ーーーーーあ?」

 

 銃口を此方へ向けようとしていたはずのプロシュートは、何故か目の前で両腕を挙げていた。

 

 「ーーー意味がねぇって言ってんだ。()()()()()()()()()()()、この世界を形作った能力者が」

 「ーーーつまり、助かったという事でいいか?」

 「運の良いやつめーーー、だがそれも今だけだ」

 

 頭を掻きながら冷静に拳銃を懐を仕舞うプロシュートからは、向けられていた敵意が感じ取れなくなっていた。そして同時に、体にかかっていた老化の“重さ”が無くなっていた事に気がつく。

 

 (ブラフかとも思ったが、あの有利な状況をわざわざ手放したんだ。能力も解除されたという事は真意だと見ていい。ーーーだが、意味が無くなったというのは、この現象が関係していると見ていいのか……)

 

 身体が動き易くなった事に加え、命が狙われるという極度の緊張状態が続いていた中で生まれた束の間の休戦状態に、ガソリンの気が緩む。

 未だに片腕はホルダーにかけたままではあるが、不利な状況から抜け出した事は事実であると判断し、ガソリンもまた戦闘態勢を解いた。

 そして、相手の敵意の喪失と先程からの世界の崩壊の速度が緩やかになった事を認識すると、ガソリンは半ば苛立ちを含めてプロシュートへ問いかけた。

 

 「ーーーそれにしても、良くあそこまで狙ってくれたじゃねぇーか。お陰様で体が傷だらけだ、レースに支障が出たら一生恨むからな」

 「ふん、じゃあ尚更良かったじゃねぇーか。この崩壊で全てはリセットされるーーーここで負った傷は無くなり、記憶以外の全てが夢に入る前の状態に戻るっつぅー事だ」

 「ほぉ〜、ご丁寧に答えてくれるんだな。意外と親切なこった」

 「ーーーこれが起きるのは“奴”が再起不能になったという事、タネがバレた所で“次”に影響はない」

 

 ヤツの言葉に嘘がなければだがなと一言加えられる。

 しかし、“世界の構築”ときたかーーー思わず頭痛がするほどの大きな壁を脳内で感じる。

 毒、絶対防御、肉スプレーに影、今回で加わった氷と老化。そこまでは生き物や環境に影響を与えるものであって、ヒトの範疇は超えているものの、頭の何処かでまだ納得できている部分があった。しかしながら、自分のいる“世界そのもの”がダミーであって、それが能力によるモノだとは常識が追いつかないし、言われたからといって容易に信じる事はできない。

 だが、世界が割れたこの現象に、相手が戦いを諦めた事実、それに第一、レースに参加していた筈の自分達が気付かぬ間に列車にいた事実がそれを物語っていた。

 

 「ーーー何故俺を狙う」

 「お前じゃあないーーー、正しく言えば鉄球を。ただ、それだけだ」

 「ーーー鉄球を? お前らが何処の誰かだかは知らんが、これは唯のーーーー」

 「その鉄球はーーーとあるヒトの“遺髪”から作り出されたそれは、存在する限り際限なく災禍を呼び寄せる」

 

 プロシュートの目線は、先にホルダーにしまった黒色の鉄球に向かっていた。

  

 「これがーーー」

 「俺達だけじゃあねえ、それを狙ってる奴らは大勢存在している。気になるなら、護衛の女にでも聞いてみたらどうだーーー?」

 

 問い詰めるため距離を詰めようとした足は、崩壊した地面と動揺によって止められた。

 これまで自分の命を救ってきた、片腕である武器によって今や逆に命を狙われる羽目になっている状況にガソリンは思わず溜息を吐く。

 遺髪ーーー誰のだ。災禍を呼ぶーーー先生からは一言も説明された事はない、というより聞くよりも前に姿を消していたか。

 受け継いだ鉄球は何も黒色の鉄球だけではない、衛星鉄球に通常の鉄球ーーー用途も色もそれぞれが異なるが、黒色だけが狙われるのは、それが原因だという。

 先生はそれを知っていて俺にーーー、ダメだ。推測するには情報が全く足りない。

 

 「ようやくお目覚めの時間かーーー」

 

 プロシュートの呟きで、意識が思考の海から飛び出す。

 見上げた先の”固形化した空”は既に殆どが崩壊しており、いつの間にか停滞していた偽物の世界の崩壊は再開していた。

 

 プロシュートは背中を向けると、暗闇が広がる崩れた世界の中でその輪郭が薄れてゆく。

 

 「次は必ず弟の仕返しをさせてもらうーーーそれまで、せいぜい気楽に生きているんだな」

 「おい待てーーッ! まだ続きをッ」

 

 

 ガソリンが次の言葉を発するよりも先に、足元の地面が割れていく。

 

 クソッ、聞きたい事がまだ山ほどーーー

 

 

 

 次第に、世界の輪郭が滲んでゆく。

 

 

 そうして、ガソリンは意識と共に、崩壊した大地の隙間に巻き込まれていった。

 

 

 

 

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