黄金長方形を夢見て(改)   作:パッパパスタ

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悪魔の手のひら

 

 

「奴らはギアッチョにプロシュート、ーーーどちらもネアポリス出身のヒットマンだ」

 

 聞き覚えのない名を唐突に呼ぶと、ホットパンツは厚めの手帳を掲げ該当ページを指す。

 

 夢か現実か定かではにないぶっ飛んだ夢から意識を取り戻してすぐ。気づくと倒れ込んでいたーー2ndステージが始まって以来の最後の記憶では辿り着いていなかった筈の、“隠れた水飲み場”とやらで彼女が語ったのは、未だ記憶に新しい襲撃者についてだった。 

 あの時襲ってきた者の正体、それはいずれまた襲撃してくる事を考えれば知っておかなければならない。

 彼女の言葉を信じるならば、炎すら瞬時に凍結させるメガネーーーがギアッチョで、もう片方はいずれ知能すらも奪うだろう老化の力を持つプロシュート。もしも奴らが様子見を兼ねて1人ずつの戦闘になっていなかったら、ここに立っていたのは俺じゃあ無い事は確かだ。

 それは今、目の前にいる“護衛”がいなかった場合も同じ結果に繋がっていただろう事は想像に易く。

 だから、感謝はしている。目の前のこいつがいなければ、それより早く死んでしまっていただろう事も分かっているつもりだ。

 

 だがーーー助けてもらった事と“隠していた事”は別である。

   

 「名前なんてどうでもいいーーー問題はお前はそれを“予期”していたのかという事だ」

 

 仕事を辞めてからというもの、妙に起こる事柄全てにスタンド使いが影響している自覚はあった。

 

 第一、あの金髪の男が言っていた“リセット”とやらがなければというか、確実にあの時自分は負けていた。

 

 無敵のマジェントや体に入り込むイレズミの男達、毒針ネズミにーーーあのストーカーはまた別口だろうが、これまでに出会った能力者達は俺に対して明確な目的はなかった。

 

 だが、奴らは違う。

 俺達を始末するという明確な“意思”と、鉄球を奪うという明確な“目的”を持っていた。

 ーーーとある遺体が材料にされている。

 老化のスタンドを携えていた金髪の男はそう言っていた。

 

 遺体、つまりは聖なる遺体ーーーそれが指すのは大統領が語っていたものと同一なのだろう。だが、その口振は大統領は幸福を、かたや老化のスタンド使いは災禍とで大きく異なる。

 そして、ホットパンツが護衛を申し出た時期を考えれば彼女が何かを知っていることは間違いない。

 

 確実にいつ来るとまでは断言できなかったと前置きしながら、ホットパンツは徐々に話出した。

 

 「それは簒奪の上に元の姿すらなくしてしまった鉄球の、遺体の元へ帰ろうとする意思があるーーー狙われているのはその機能故に、だろう」

 

 遺体の元へ帰る、それはまさしく怒りという意思を持っているかの如くと彼女は語る。

 

 だが、初めて鉄球を持ちだしてから思い当たる全ての出来事を探してみるも引っ掛かりの一つも思い出せない。もしそういった機能があるとするならば、所持し始めた当初に何かしら起こってもいいハズだ。

 その不可解さに、無意識のまま自分の言葉に熱がこもり始める。

 

 「この鉄球は何も今に持ち始めたんじゃあない。俺が“こうなって”から十数年、だが、今までの間そんな事は一度もなかったーーーッ!」

 「何か、そうなるキッカケがあったんだろう。遺体が使われているモノとはいえ遺髪で、微弱な力だ。それが目覚めるキッカケがあったと考えるのが自然だーーーそう、例えば合衆国大統領に会った時なんてな」

 

 何でそれを、そう言うよりも早く差し出された水筒代わりの皮袋には“小さな耳”がついていた。

 

 「お前ーーー」

 

 今度こそ喉の奥から声が出た。

 覚えもなく、こんなモノいつ仕掛けたのか。

 その言葉が湧くのと同時にレース開始直後、ホットパンツとぶつかった記憶が頭を過ぎった。

 

 「あの時か……」

 「ああ、“あの時から”だ」

 

 申し訳ないという気持ちの一つも感じ取れない表情に、先ほどまで心の内にあった毒気がフッと抜ける。

 

 今に自分の間抜けさと来たら、仕事をしていた頃のあの恥ずかしい異名のような物とは程遠い。あれは今考えても、“サングラスの女”の暴走でしか無かったし、周囲に目を付けられたキッカケになったのは間違いない。

 

 「そうか? あれはあれでカッコいいと思うがーーー」

 「それはどうかと思うぞ」

 「フン……」

 そう言い切ると、ホットパンツは急に機嫌が悪くなった様に背中を向けた。

 

 俺が皮袋を受け取らなかった事への当てつけのように水を貯めるその後ろ姿が、不意に誰かに重なる。

 

 こちらが何かを言えば反発し、かたや何もしないとなるとまたそれでも感情的になる。

 ーーーこれじゃあまるでこっちが機嫌取りの護衛みたいだなとそう言いかけた寸前で口をつぐんだ。

 それにもどこか懐かしさを感じて、思わず笑みが溢れた。

 

 たんたんと水を汲む彼女の横に腰掛けると、自分用に持っていた皮袋に彼女と同じ様に水を入れる。

 一瞬、彼女の視線を感じるも見返した時には既にそっぽを向かれていた。

 

 「ふッ」

 「ーーー何がおかしい」

 

 吹き出した自分にぎろりとした彼女の目線が刺さる。

 

 「いーや。お前護衛ってナリじゃあ無いだろうなってさ。ただそう思っただけだ」

 

 これ以上はいけない、そう思って咄嗟に考え出した言い訳が口から飛び出した。

 

 「ーーー私の本職はシスターだ」

 「アマさんなのかよ!」

 

 想像の2倍は越した彼女の正体に意図せず喉から声が出た。

 シスター、それは神に祈り自分の全てを捧げる敬虔な人間。知り合ったばかりだが武闘派である事を彼女からは感じていたから余計に衝撃を受けた。

 だが、それも嘘なのかもしれないという余地は未だ存在しているが、ここで突っ込んだところで解答はしてくれないだろう。

 それに、聞きたい事はまだある。

 

 「道理でーーーとは思わないが、それが何で護衛なんぞするハメになったんだ」

  

 口から出たのは次いで彼女に聞きたかった目的と経緯。

 ホットパンツは膨らんだ皮袋を懐に仕舞い、ふてくされながら呟き出す。

 

 「悪かったな。だがそれを語るにはネアポリス聖教会の内情から説明せねばならん。大きく分けて遺体の使われた鉄球の使い手を含む保護を掲げる穏健派と、それ以外の処分を掲げる派閥の存在。話せば長くなるがーー」

 「ーーーああ、もう分かった」

 

 頭痛が発生するだろう事を予期して、やんわりと手で制止する。

 自分で聞いた手前の申し訳なさと彼女のにわかに不満げな表情が指の隙間から見えたが、見なかった事にした。

 

 「ひとまずだーーー襲ってきた奴はぶっ飛ばす。そんで、レースに勝つ、それでいいんだろう?」

 「チッ。だからそういう簡単な話では無いとーークソッ、もう、そう言う事でいい…」

 

 ホットパンツは項垂れながら愛馬の元へ戻っていく。

 少し、やり過ぎたかーーー感じた若干の罪悪感はしかし、護衛するなどと言っておいて詳しい説明を後回しにしていた事へのあてつけとして飲み込んだ。

 

 皮袋をポケットに仕舞い、身支度をする振りをしながら彼女の様子を遠目で伺う。

 誤魔化しているつもりはないのだろうが、ホットパンツの本当の目的はおそらく、俺の護衛以外にもある事は薄々ではあるが感じ取れた。

 それこそこのレースに優勝する事さえも射程の上で、だ。

 もしかしたら勝てるのならば勝ってやるという考えからなのかもしれないが、1stステージの様子から見ても、どこか執念を感じさせられた。

 それすらもブラフというのならば敵う気がしない。だが、ストーカーや列車の時も自分を守ってくれたのは確かだ。

 情報源は分からない。彼女の話した派閥の味方側なのかもしれないし、それ以外なのかもしれない。ただ最初に敵の名前をすぐ言い当てられたのも、大体の敵勢力を把握しているからこそ出来た芸当である。しかし、誰がいつ襲ってくるかまでは分からないといったところか。

 

 ーーーひとまずは、大筋の把握はこれくらいでいいだろう。

 そう判断して胸ポケットから懐中時計を取り出すと、ラットのパーシーがへばりついて共に出てきた。肩に置いてやりながら時計の針を確認すると、針は列車に誘われる前に記憶していた時と大差ない。

 

 「時間経過もなしときた、完全犯罪だなこりゃ」

 「敵が分散されていなければ私達は負けていただろう。だがそれもーーーこの調子では再び立ち塞がってくる事はないな」

 

 馬上からホットパンツが見下ろす先、その泉の辺りには男が1人紐で雁字搦めにされた状態で伸びていた。

 仕舞っていただろうビンゴブックを再び取り出すと、ペラペラと捲り途中で止めた。

 

 「こいつは確か…ジョージとかいう、過去に集団催眠を起こし捕まったと書いてあるがーーーその後脱走。まさかヤツらの小間使いになっていたとはな」

 「ヤツらってのは、」

 「おそらく、鉄球を狙う派閥だ」

 「ーーーまさか、こいつが俺達をあの列車へ誘った奴なのか?」

 「だろうな。お前の話を聞く限りでは、途中で誰かしらにでも襲撃されたんだろうよ」

 

 ビンゴブックを閉じたホットパンツが親指で指す方を見れば、目視で見えるギリギリの後方にこちらへ手を振るあのストーカー女が見えた。

 一見すると和やかに見えるかもしれないが、あの夜に襲われた記憶が相まって恐怖映像にしか見えない。

 

 「ーーーな、言っただろ。生かしてた方が良かったって」

 「……声が震えてるぞ」

 

 なわけあるか。

 そう否定したかった気持ちを肯定するためにわざと大振りで荷物を背負い込む。 

 

 地図を広げて確認すると目的地は此処からさらに上の方。順位的にも区間のランキングポイントは1ポイントも逃せない。

 

 俺たち以外の参加者は近くにいるのか、それとも距離を離されてしまっているのか。

 もう一度後方へ視線を向けると、今度はジャイロツェペリ&ジョニィジョースターらしき二人組が見えた。

 

 「一体どう言う原理かは分からんが、どうやら私達の方が優勢のようだな」

 「だな。このまま夜間も走って距離を広げて、一気に1位と2位をかっさらっちまうかーーーッと」

 

 その時、腰当たりーーーちょうど鉄球をかけているバックル付近で何かを感じた。

 砂漠に住む虫でも入り込んだか。そう思いながら弄るも、伸ばした手に当たるものは鉄球以外に何も無い。

 

 「ーーーー?」

 

 熱いような冷たいような、感じたことの無い奇妙な感覚。だがそこを見ても特に何らおかしい所はない。

 

 「ーーーどうした」

 「いや、何も無いーーーみたいだな。行くか」

 

 身体中に傷を負って、腕も失った。自分の唯一の居場所にも戻れなくなった。おそらく大怪我を負った事で損傷した当時の記憶は完全には取り戻せていないのだろう、未だ思い出そうとすれば頭が痛む。

 

 全てを失い、絶望の淵にいた自分とここまで共にやってきたというのに、今まで鉄球に意志があるなんて事は考えた事すら無かった。

 先生は何故、何も語らずに自分に鉄球を託し姿を消したのか。

 聖なる遺体に準ずる遺髪が元であるとして、鉄球は一体何を考えている。

 遺体の元へ戻りたいのか、それとも自分を蔑ろにした人間に対しての復讐なんて事を考えていたりするのだろうか。

 

 誰かに利用されるのはうんざりだと、鉄球自身が意思を持ち、もし前者を望むのならば俺はどうするべきなのか。

 そうなれば、方法によっては大統領を筆頭とした組織と対立する羽目になる可能性もいつかはでてくるのだろう。

 

 お前は何を感じて、何を考えているーーー?

 

 その問いかけに対し、鉄球は夕日を反射し、一際明るく輝く。

 

 物言わぬ鉄球をしばらく見つめるも、そこからはもう何も感じ取れなくなっていた。

 

 

 「ーーーいや、やっぱりこのまま此処で少し休んでから行こう」

 

 鉄球を握りしめた俺を横目に、先ほどまで出発の体勢でいたホットパンツが唐突に馬上から降りた。

 

 もしかして夜道を歩くのが怖くなったのか?

 そんな失礼な事を一瞬考えてしまったがそれはすぐさま一蹴される。

 

 「砂漠の夜は一気に冷え込む。私達が大丈夫でも、“足”がダメになってしまえばレース脱落だ。ジャイロ達もおそらくここいらで休憩するだろうーーーそれに何より、鉄球がナニカを感じとったのかもしれない」

 「勘違いじゃあなかったかーーーちょっとだけ鉄球が動いた気がしたんだ」

 「ああ、僅かにだがな。バックルが揺れ動いていた」

 

 そう言うとホットパンツが馬上の俺に手を差し出す。

 またさっきみたいにビビらせるつもりか、そう邪な考えが過ぎるも今度は素直に手を取る。

 すると、引っ張られ地面へと降ろされた。

 

 馬上での無理な行動は馬を怒らせる。そう認識していたからこそ、一瞬馬の暴走に身構えたが、想像とは反対に馬は何一つ暴れる事なくホットパンツの行動の手助けをした。

 

 「何回か見ていて思ったが、ガソリン。お前下馬の仕方が下手だな」

 

 薄々自分でも考えていた事を指摘されるのは中々に響くものがある。

 

 「……仕方ないだろプロのジョッキーでもあるまいし」

 「馬はな、此処を軽く撫でてやると自然に足を下げるし、乗り降りをさせてくれる。お前の馬のように調教されたものなら尚更だ」

 「ーーーじゃあもっと早く教えてくれ」

 

 フッと口を隠しながら彼女は笑った。

 

 羞恥心を隠すように口から自然と出た愚痴からはどこか、遠い記憶の中に埋まってしまった故郷の匂いを感じた。

 

 

 

 

 先の水飲み場が“隠された”と前置きがされていたのは、ホットパンツの組織が予め用意していたもので、本来は地図に乗っていない場所だそうだ。他の参加者にバレて足がつく前に少しだけ位置を変えようと申し出たホットパンツに従い、暫くの休憩の後に夜道を駆け上がっていく。

 ただし、馬が暗闇の中で障害物に当たらない速度でという事は言うまでも無い。

 

 初めはちらほら会話を交わしていたものの、今やホットパンツの愛馬である“ゲッツ・アップ”と、かつての仕事で関わった牧場主から譲ってもらった自身の“ヘイ!ヤア!”の足音だけが耳に届く。

 都会と比べて辺りの光源が殆どないことから多少は夜道を歩きやすいといっても限度はある。だが、道を照らす光源は手元の方位磁針を目に見えやすくする程度に抑える。

 何故かといえば、暗闇の世界ではターゲットというものは格好の獲物であり、最も狙いやすいタイミングであるからだ。

 辺りが見えないからといって、無闇矢鱈に明かりをつけて歩きまくっているとそれこそ死を早めるだけである。

 

 脅威となるのは何もホットパンツが語る鉄球を狙う派閥だけではない。

 大統領が遺体収集を目論み企てたこのスティールボールランレースが仕組まれたものなのは間違いない。そうした中で遺体を狙う各勢力は勿論のこと、賞金が桁違いなだけあって、他の参加者の脱落を目的としての略奪や襲撃等も横行している。

 遺体の話を聞いていた間の出来事だったので自分には知る由も無かったが、ホットパンツが言うには1stステージ一位を飾ったあのジャイロ・ツェペリもサンドマンーーー直接話した覚えはないが馬無しでレースに挑む化け物に鉄球を投擲した事で降格処分にされたそうだ。

 

 見えないようにやりゃあいいものをーーー手が早くて若いな、ジャイロツェペリは。

 隠居ぐらしのジジイのように心の中で悪態をつく。

 寒い暗いしかない夜の砂漠で喋らないでいたら、頭の中は誰かに対する悪口の悪循環しかない。

 

 そんな氷点下を下回る極寒の砂漠の中で最初に静寂を破ったのはホットパンツだった。

 

 「おい」

 「ああ、分かってる。後ろだろ」

 

 彼女がチラチラと暗がりの中で脇見をする先ーーーさっきから一定の距離で俺達を2人をつけまわしている奴ら。

 

 レースなんだから先頭について行くのは当たり前だと言われればそこまでだが、砂を踏み締める音からしておそらく二人組。

 可能性としてはジャイロと下半身麻痺の妙にジャイロが入れ知恵しているーーージョニィ・ジョースターだと思われるが、先ほどから妙に距離が縮まっている気がする。

 

 レースの中継地点はまだ先で、ここで争ったところで無駄な体力を消費するだけ。いくら向こう見ずなジャイロだとはいえ、そんな意味もないマネをするだろうとは思えない。それに、ツーマンセルと言うことからも、知恵がないわけじゃないその2人が団結して俺達に襲撃を仕掛けるとは到底思えない。

 

 ホットパンツに手で合図をし、相手の声が自分達の足音で掻き消されないよう速度を緩める。

 

 「お……リンに…な…ぞーー!」

 「……ッ、んなーーーきかッ!!」

 

 距離と奴らの足音で上手く聞き取れないが、声の大きさからしてどこか焦っている気配は感じ取れる。

 砂漠で陥る危険要素など、レース参加者を除けば砂丘に空いた空洞か生き物の限られる。もしやサソリにでも噛まれたのかとも考えたが、それにしてはどちらも止まる気配がない。

 声を聞いて追って来ているのがジャイロとジョニィなのは確信できた。だが、それにしては声をかけるまでもなく距離を詰めてくる狙いが分からない。

 ジョニィはないにしろ、ジャイロの方は喋った事が無いわけではない。此処はいっそこちらから声をかけてみるべきか。

 

 しかし、そう判断を下すよりも早く並走していたホットパンツは握っているたずなを急に引っ張った。同時に、後方への圧力を感じた“ゲッツアップ”のいななきが響き渡り、加速が始まる。

 

 「待てホットパンツ! 後ろのはジャイロ・ツェペリとジョニィ・ジョースターだーーー何かあったのかもしれない!」

 「甘いな、奴等も追手かもしれないんだぞ。今は私以外不用意に近づくべきじゃあない」

 「ーーー少なくとも! 1stステージでみたジョニィ=ジョースターはただの人間のはずだ!」

 「さぁ、どうだかな。ただの人間じゃあないかもしれんぞ? ーーーなんせここは厄介な場所だからな」

 

 なんなんだその意味深な言葉は。

 また何か妙な隠し事をしやがってと文句を言いたくなるが、後方の2人を見捨てて加速を続ける今の彼女に言ってる暇はない。

 

 「よく分からんがッ、後ろで野垂れ死なれるのも後味悪いだろ!」

 「どうしてそこまで善人ぶるーーーそれでも殺し屋か」

 

 1stステージさながら後ろからどんどんと距離を詰めてくる2人。

 暗闇の中でも目立つ特徴的な形をした帽子のジャイロに、それに追随する相方であるジョニィ=ジョースター。一体何故俺たちを追いかける。助けを求めているのか、()()()()()()()()()()()()()()焦る事態に追い込まれているのかだがーーー、生憎構ってやれるほどの余裕は確かに今の俺達にない。

 もし奴らが敵だったとして後方を取られているこの体制で、障害物も何もない砂漠で鉄球使いに狙われるとなると勝機は薄い。

 助けてやりたい気持ちもない事はないが、ジョニィはただの一般人だろうがジャイロは違う。何しろ、先生が過去に語っていた“最強の回転”を司るあの“ツェペリ”一族。それをジャイロが使えるのかどうかは知らないが、鉄球使いである以上自分で道を切り開ける人種であるのは間違いない筈だ。

 

 「ーーーもう足洗ってんだよクソッ!どうなっても知らんからなッ!」

 

 ホットパンツ同様、手綱を強く引っ張ると“ヘイ!ヤア!”のいななきが響き渡り、即座にホットパンツの横へと並んだ。そして前方に現れる砂丘で作り上げられた上り坂で、先程まで狭まっていたジャイロとジョニィとの差を広げていく。

 

 そして、このまま引き離すーーーその確信が心の内へ広がった瞬間、背後から銃声が響き渡った。

 加えて、服に何かが付着した感触。おそらく銃弾が掠りでもしたのだろう。

 

 「ーーやはり私の言う通り実力行使に出て来たようだな、ガソリン」

 

 敵ではないだろうと言った自分に対して、よほど予測が当たった事が嬉しいのか、並走するホットパンツからニヤリとした笑みが向けられる。

 ーーーシスターっていうのは存外性格が悪い奴もいるみたいだな。

 

  「ハイハイ俺が悪うございましたとーー」

 

 胸ポケットを軽く叩くと、ラットの“パーシー”が顔をのぞかせた。そしてポケットから肩に飛び移り視線を後ろに向けると、その小さな体から次第に緑色をした“幻影”が滲み出る。

 

 先に距離を詰めたのは向こうの2人であり、加えて坂道という事もあってスタミナ切れから先に失速するだろう事は目に見えていた。

 数少ない同じ鉄球使いというよしみもあり、理由も聞かずにパーシーの一撃で仕留めるというのもどこか物悲しさを感じる。

 声が届くかは分からんが、一度理由を聞いてやるべきか。

 

 パーシーへの合図を下すよりも先に、意を決して後ろへ振り向く。再度の発砲、もしくは投擲というのならば、そのまま毒で溶かし切る。

 

 だがその時初めて気がつく、自分達とジャイロ達との距離に対する違和感。

 加速は数分前から始まっている。走り出してからのスタミナ、そして足を取られやすい砂場に加えての急勾配な坂道。それも中腹まで来たのにーーーー()()()()()()()()()()()()()()

 

 「ッーーーホットパンツ、何かがおかしい!!」

 「ハーーーッ、どうした。ネズミを向けただけで奴ら落馬でもしたか?」

 「違う!!奴ら、さっきより“近く”にいやがるッ!」

 「バカなーーー坂道だぞッ、ありえないはずだ!!」

 

 ホットパンツは背後に目を一瞬向けると、再び手綱を力強く引き寄せた。

 

 「もっと走れ!!! 奴ら追い上げて来てるぞ!!」

 「馬に薬でも決めやがったのかあの野郎ーーーッ」

 

 馬体で隠しながら、ジャイロにバレないように伸ばしていた手で回転させた鉄球を馬の後脚部分へ接触させる。起こすのは1stステージでスプリントの貴公子であるディエゴに見せた、回転促される脚力のリミッター解除。

 ホットパンツの後方に躍り出てながら、もう一球で“ゲッツアップ”の瞬時の加速を促すーーーだが、それでもジャイロ達とは距離は近づくばかり。

 

 その時、握りしめた手綱をさらに振り絞り“ヘイ!ヤア!”が加速を再開すると体に“重み”が生じた。

 

 それも、ただ体重が増えたようなものではない。まるで、誰かから後方に引っ張られるような“引力”だ。

 気を抜けば即座に馬上から引き摺り下ろされるのは間違いないーーーと、同時に一歩先で走るホットパンツからナニカが投擲される。

 距離はおよそ1メートル弱、その距離では圧倒的な反射神経を持っていようと敵と認識していなかった相手からの行動は避けられるはずもなくナイフはそのまま“右腕”に突き刺さった。

 

 「どこにナイフ投げてーー、義手じゃなかったら大惨事だぞッ!!」

 「私が投げたんじゃあない、ナイフが“引っ張られたんだ”!」

 「何…..、ッ!!!?」

 

まさかという想定もしていなかった言葉が脳内を埋め尽くす中で、再び右腕に、“義手”をはじめとした方がグイッと後ろへ引っ張られた。

 

 「ーーーおいバカ夫婦共ッ、俺達に近づくんじゃあない!死にてェーーのか!!!」」

 

 幾つかの襲撃を乗り越え、幾ばくかのブランクで鈍った直感が次第に戻って来ている。  

 加えて、違和感により冷静になった頭。

 

 そうして耳に届いた、ジャイロ達の声が疑惑を確信へと導き出す。

 

 「磁力だ! 僕達が近づけば、敵の親子が持つ“チカラ”でバリバリに引き裂かれてしまうんだーーーッ!! 後方にいるマウンテン・ティムもかかってる! 敵が他にいるんだッ!!」

 「ジョニィ・ジョースター….! なるほど、つまりこれがーーー」

 

 ーーー“スタンド攻撃”

 

 馬によって得意な地形があったとしても、山道で全力同士、前方の相手に追いつく事など早々できない。つまり、ジョニィがいう“親子”によってもたらされた磁力によるものと考えると辻褄が合う。 

 

 ただし、一つ問題なのはこいつらは別としてホットパンツと俺がどのタイミングで攻撃を受け始めたという点だがーーー何かキッカケがあるはずだ。それを見破らなければ俺達に勝機はない。

 

 ホットパンツと目を合わせ、彼女はスプレーへ、自身は黒色鉄球へと手を伸ばす。

 

 その間、わずか2秒。

 

 「ーーージョニィ!もうこれしか手がねぇ、あのカウボーイ野郎もスカした鉄球野郎も全員痛い目見るが我慢しろォーーーッ!!」

 「だ…だめだジャイロッ!既に強すぎる磁力で落馬させても空中を引きずられてくるぞーーーッ!!」

 

 俺達が走る側面の崖上へ何やら鉄球を投げこんでいる奴もいるが、そんなこと知ったこっちゃあない。

 

 具体的な仕組みはわからんが要するに俺達がくっついてしまえばナイフが突き刺さったように、俺達の中身ごと瞬時に潰される。

ならば各々で離れればいい。それさえ分かれば、後は行動に移すだけ。

 

 「ーーー左」

 「じゃあ俺は右だ」

 

 ホットパンツが肉スプレーによって“伸ばした体”で前半の岩場に巻き付くのを横目に、ガソリンが手に持った鉄球にかけるのは左回転。すると鉄球を中心に周囲の風景が歪み、身体がヒモ状にのびたかと思えばホットパンツの向かいにある岩場に辿り着く。

 これでひとまずは乗り切れたはず、そう認識し未だ見えない敵の姿を探せば、何やら見覚えのあるキザなカウボーイが一匹そこにいた。今の今までジャイロ達で見えていなかったマウンテンティムがより後方で“体をロープにすること”で岩場へ固定し、磁力を回避していた。

 

 「こいつらは一体、万国びっくり人間ショーじゃあないんだぞーーッ!」

 「一体何なんだお前らは!? 俺達を狙ったブンブーン一家もだが……1stステージもだが、人間なのかよ!?」

 

 それを皮切りに起こるジョニィ、そしてジャイロと続け様のスタンド能力による現象に対して初めて見たようなリアクション。

 そうかーーーこいつらは知らないのか。

 

 「なんだお前ら、これは鉄球の“技術”とは異なったスタンドって言ってだなーーー」

 「ーーーお前も最近知った口だろうが」

 

 横からの鋭い言葉で思わず口が止まる。

 こいつーーー最近扱いが雑になってきてないか?

 ジト目を向けてやろうと技術によるヒモ状を解除すると、ある程度の距離を取ったからか先まで体全体に行き渡っていた重力が弱まっている事を感じた。

 

 すると、ロープと一体化したマウンテンティムが口を開く。

 

 「砂漠に突如出現する、インディアンすら恐れる区域。通称“悪魔の手のひら”によって引き出された人間の未知のチカラーーー立ち向かうもの(スタンド)と、俺は呼んでいる」

 

 幾つかに分かれた彼の体がロープによって伸縮し、次第に元の形へと戻っていった。

 人間技では出来ない行為、明らかなスタンド能力保持者ーーー最早何人目かは数えていないが。

 

 「軍にいた頃、そこへ遭難した俺が得ていたのはロープと一体化するこの力。この磁力もブンブーン一家が“悪魔の手のひら”に踏み入ったからに違いないッ!」

 

 マウンテンティムはそう言い残し再びロープを手繰り寄せ距離を取っていく。その様子から見ても、確かに俺達を捉えていた磁力が確実に弱まっている事が分かった。

 だが、相手は磁力を自在に操る。列車で戦った老化と氷結の2人とは比べ物にならないほど鉄球が役に立つか分からない相手だ。

 

 「磁力となりゃあ相性最悪だな」

 「そのために護衛がいる。だがここを抜け出さん事には生き残る事はできん、まずはここを離脱した後にーーー」

 「ーーー行かせるわけェ、ガボッ。やっぱ俺もう死ぬのかなァ〜?」

 

 するとホットパンツの目の前に、物陰からヌッと血塗れの男が腹を抑えた様子で現れる。

 特徴的な顔立ちであったから、レース表の十位近くにいた彼の名前は記憶にあった。

 確か、アンドレ=ブンブーンといったか。その前後には同姓の参加者が並んでいた覚えがあるが、それはジョニィが敵の親子と言っていた事と紐付く。

 

 すると、自分でも気付ぬ間に目の前に立ち塞がる血塗れの男を前にして、黒色の鉄球へと手が伸びていた。

 

 磁力を操る、その点から見てもこいつらは俺にとっても天敵中の天敵。様々な勢力が蠢くSBRにおいては逃げずに立ち向かわなければならない壁の一つとして見るべきで。

 そしてそのプライドよりも大きな“好奇心”がガソリンの手を動かしたーーーが。

 

 刹那、再び砂漠の世界に空気を引き裂く銃声が響き渡る。

 

 「何で、今ッ確実に止めたはずーーーー」

 「球はな。だがそれに付随した肉までは止められない、呆気なかったな」

 

 その一言と共に倒れ伏すアンドレ・ブンブーン。すぐさま隣を見れば、ホットパンツが握る拳銃からは硝煙が立ち上っていた。

 

 「・・・容赦ねぇーな」

 「当たり前だ。それよりも、甘い考えをお持ちの殺し屋が心配すべきなのはあっちなんじゃあないか」

 

 冷静に拳銃を仕舞う様子には、こんなにも生死に無頓着なシスターもいるもんなんだなと最早感心するほどである。

 

 さて、ジャイロ達はどうなっているのかと登り坂を見下ろせば、ジャイロ達の目の前にも俺達と同じ様にブンブーン一家と思わしきゼッケンをつけた参加者が2人。

 

 その内の1人である厚手のゴーグルをかけた、未だ歳若く見える方はこちらを見て大声を上げた。

 

 「よよよよくも兄さんをををををーーーッ!!」

 

 男が涙を流しながら両手を上げると、アリクイの様に長細い口から舌を出した人型のスタンドが体から浮き出た。

 と、その瞬間に地響き音が鳴り響いたかと思えば、周囲の砂が巻き上げられる。

 

 「砂鉄かーーーッ!?」

 「おいこれ明らかにやばくねぇかッ!!」

 

 各々の生命危機が直感を伝え、距離を離そうと鉄球やスタンドを発現させる事で砂鉄の魔の手から逃れようとする。しかし兄の死を目の当たりにした事で精神力が揺らぎ、出力が向上したL.A.ブンブーンによる“トゥーム・オブ・ザ・ブーム”の手を防ぐ事はできずに1人、また1人と空中へ持ち上げられると砂地獄のように一点へと吸い込まれていく。

 

 「スタンド能力の優劣は持ち主の精神状態によって大きく変わる、兄の死によって暴走に近い力になっているのかーーーッ!」

 

 お得意だろう解説をしながら砂鉄の手に足を掴まれたマウンテンティムがロープを岩場に固定する事で対抗するが、その甲斐虚しくものの数秒で岩場を破壊される。

 対してジャイロもジャイロで鉄球で岩を反射させる事で防御不可の攻撃を仕掛けようとするも、顎に鉄のプレートを備えたもう1人のブンブーン一家の男に封されてしまった。

 プレートの男がニタニタとその光景を笑うと、ジャイロは苦虫を噛み潰した顔をしながら口を開ける。

 

 「ーーーじゃあつまりよぉ、急にぶっ殺したホットパンツのせいじゃねェーか! おいガソリン、お前が責任とって全員助けんだろうなァ!!」

 「何で俺が責任なんぞーーー」

 「婦人に対してなんて物言いッ、それでも紳士か!」

 「言ってる場合かーーー!! このままだと引き摺り込まれて全員お陀仏だぞ!」

 

 ホットパンツの声で全員に緊張が走る。だが磁力によって全員に吸い付いている砂鉄の手に掴まれた時点で四肢の動きは全て封じられてしまっている。

 鉄球は磁力によって投擲する事さえ不可能になっており、マウンテンティムやホットパンツのスタンド攻撃に至っては体の一部や物を伝っての発現になるため、距離を取るブンブーン一家の2人には届かない。

 

 ーーー人数有利が逆に仇となったか。

 ガソリンは四肢を封じられた状態で最善手を探しながら内心でぼやく。

 

 磁力を操る。おそらくスタンド本体がそれらを統括して操るのだろうが、ナニカをきっかけとする事でそれを他者に付与でき、更に操作する。磁力と磁力同士が引き寄せ合う力によって、付与された他者は最終的にミンチのようになる事は想像に容易い。

 

 その証拠に、砂鉄の手によって団子状に集められた俺達は接触してなお引力が増していき、今や皮膚から血が漏れ出てしまっている。

 試しに胸ポケットを軽く叩いてみるも、パーシーからの反応は何もない。人より体格のない小動物などは、総血液量などの関係から一度血を失えは貧血や失血死に陥る可能性が高い。

 

 まさに、万事休止。

 

 ガソリンの思考が相手が求める物を差し出す方向へシフトチェンジをする形へ一本化されていく中、ジャイロが何の力も持っていないはずのジョニィへ語りかけるのが耳に入った。

 

 「お前しかねぇッ、前にもコルクを回したって言ってたろ!! お前がそれを“回転”させるんだーーーーッ!!!」

 「あのコルクはッ…たっ、たまたまだ!」

 「やるしかねェジョニィ!!“Lesson3”だッ、飛ばせ!!!」

 

 ジャイロがジョニィジョースターへ差し向けているのは口振からして回転の技術。この土壇場でーーーだからこそなのか。

 レース開始前から妙にジョニィの奴に肩入れをしている印象があったが、いや、最初の様子から見ればジョニィ側から接触し出したと思われる。おそらくは回転の力による下半身不髄からの復活。

 

 結論から言ってしまえばそれは可能であり、その経験が一瞬でもあったからこそジョニィは回転に縋っているのだろう。

 

 鉄球には無限の可能性がある。だが、その力を扱う事が出来るのは真に鉄球を信じる者だけ。加えて、一日やそこらでマスターできる“技術”ではない。

 

 第一、封じられたジャイロの鉄球を含め今現在回転を用いて攻撃移せる鉄球などーーーとガソリンが自由の効く範囲で黒色鉄球へ視線を移すが、そこには“何も”なく。

 

 「遺体の意思ってやつかーーー?」

 

 たまたまか、それとも運命か、光を反射し黒く輝く鉄球は人知れずジョニィ・ジョースターの手元へ転がっていた。

 

 そして、ジョニィが言われるまま“自ら”彼の元へやってきた黒色鉄球に回転をかけ出した瞬間、

 

 「おっと、L.A。相手から最後まで目を離すんじゃあねぇ〜、俺みてぇに顎を飛ばされる羽目にあうぜ?」

 

 当然プレートの男がジョニィの腕を踏みつける事で鉄球の回転を止める。

 だが、その行動ーーーベンジャミン・ブンブーンの取った選択は既に何もかもが手遅れであり、結果的に彼ら親子の命運を分かつ事となった。

 

 突如彼が踏みつけた、ジョニィの手が接触している地面に大きな波紋が広がる。

 

 「父さんッ、何かおかしいーーーそこから早く離れて!!!」

 「はーーーーがッ」

 

 しかし、息子の注意も虚しく、ベンジャミン・ブンブーンが回避を脳内に思い浮かべ実践した時には既に“衝撃波”が彼を真っ二つにしていた。

 

 明らかな鉄球の技術の範囲外の現象ーーー俺の知らない新たな回転の可能性もあるが、見た感じそれとは毛色が全く異なる。

 

 「おそらく、悪魔の手のひらの影響だ。その“気配”はしていたがーーーまさか今影響される者が現れるとはな」 

 「ーーー彼女の言うとおりだ。知らぬ間に迷い込んでいた俺達は、過去の俺のように影響を受けたんだろう。だが、仮にもしそうなら早いとこ馬に乗らなければ。悪魔の手のひらは砂漠上を漂っている、今に地形が動いて出られなくなるぞッ!」

 「ーーーー誰1人、逃すわけねぇだろうが!!」

 

 マウンテンティムの言葉を遮るように再び奇声を発したL.Aと呼ばれたブンブーン一家の男は唯一攻撃手段のあるジョニィへ襲いかかる。

 が、しかし彼はその攻撃を不自由な足で飛び跳ねることで避けた。

 

 不髄にも関わらず、回転の力を制御できているとは言えないのに、だ。

 

 と同時に起こる二回目の衝撃波。

 

 それに巻き込まれたブンブーン一家の男の足は最も簡単にスパゲッティの如く細切れになった。

 

 そして再び反響するL.A.ブンブーンの奇声。

 彼が痛みで倒れ伏すと、途端に先程まで全員を縛り上げていた砂鉄の手が緩んだ。

 

 「あれもーーー回転の力か?」

 

 隣のホットパンツが訝しむように問いかけてくる。

 

 「いや、今分かった。あれはジョニィ・ジョースターのスタンド能力ーーー鉄球の回転の力だけじゃあ爪なんて回転しないさ」

 

 そう言いながら見つめた視線の先にいるジョニィは計らずとも動いた自らの足と、手の爪だけだが回転しながら浮かぶ異常現象に動揺している。

 それを見るまでは回転の新たな力かとも考えたが、もしそうだったとしたら自分の爪など既にどっかに飛んでしまっているだろう。

 

 回転する爪が起点となって衝撃を伝える。爪を致命傷を与える弾として相手を貫くというのが彼の能力の正体。

 

 気がつけば、無意識のうちに手が震えていた。

 リアルタイムでのスタンドの発現を目撃するのは初めてであり、正直言うと自らの興奮を抑えきれていない。

 

 新たな“技術”を超えた“能力”の覚醒。

 自分の知的好奇心が刺激される音を脳内で感じる。

 

 すると、水を差すように真横にいるホットパンツから突然腹の辺りを小突かれる。

 

 「ガソリン、手が緩んだ今がチャンスだ。マウンテンティムが話した通り、悪魔の手のひらでは断続的に地殻変動が起こっている。ここはもう片付いたーーー早くしないと抜け出せなくなるぞ」

 「だが、まだ鉄球をーーー」

 

 そう言いかけたタイミングで彼女の能力によって伸びた腕が、そのままこちらに戻ってくる。

 手の中にはジョニィの元へ転がっていった黒色鉄球があった。

 

 「いいから行くぞーーーそれに、“見つけた”んだ」

 「ーーーー?」

  

 勿体ぶるような言い方に、ブンブーン一家の磁力によって喰らった傷が影響して早く言えと催促しそうになるのをグッと抑える。

 

 「おそらく、遺体を見つけた」

 「マジかーーー?」

 「大マジだ」

 

 悩みのタネが考えているよりも早く登場した事で立ち上がろうとしていた足が止まった。

 なら、回収するべきか。その判断が一時頭を過ぎるが、それはすぐに取りやめる事となった。

 遺体がどこにあるかによるが、何しろジャイロ達に遺体の存在を勘づかれてしまう可能性が高い。もしかしたら既に遺体について何か知ってしまっているのかもしれないが、それよりも第一に遺体がどんな形をしているのかは俺も知らない。

 自分の判断で動くよりは知識がある彼女に従うのが得策だろうと判断して大人しくその場から立ち去っていく。

 

 後方から届くジョニィ達の声は聞こえないふりをして先へ進んでいく。

 

 誰しもが動けない状態において、鉄球の使い手であるジャイロと俺が回転を使えない状態において黒色鉄球は迷わずジョニィ・ジョースターを選んだ。

 

 あの時、確かに鉄球は自らの意思で彼を選んだのだ。

 取捨選択ができるほどの知能が鉄球にあるのならば、自分にとって最善の方向を選ぶためにその場で唯一動けたジョニィを選んだのかもしれないが、自分にはそうは思えなかった。

 

 「ーーージョニィ・ジョースターだ」

 

 すると、急に飛び込んだホットパンツの言葉が内心で考えていたことと重なり思考が止まる。

 

 「奴が、遺体を持っていた。というよりはあの瞬間で宿ったと言ったほうが正しいのかも知れん」

 「そうかーーー」

 「ああ、そうだ。ひとまずは奴に全てを集めさせる。遺体は遺体同士を呼び寄せ合うらしいからな。その後どうするかはーーーお前が決めろ」

 

 いつもなら驚いていただろう彼女から伝えられた事実に、思った以上に喉の奥から言葉が出てこなかった。

 遺体はあたかも御伽話の妖精のようにヒトに宿るものなのか、そして遺体は黒色鉄球がそうであるように他の遺体を探すダウジングになり得るとかーーー正直な話、何も耳に入ってこなかった。

 

 先生から自分が鉄球を預かったのは、ただ先生に拾われたからだ。

 先生が鉄球の技術を自分に教えたのは、ただそこにいたからだ。

 

 何もかも、ただの偶然であり、その場にいたのが俺じゃあなかったら、黒色鉄球や技術でさえもその俺以外の誰かが先生から継承していたのだろう。

 

 先生は俺に技術や鉄球を渡してくれたが、経緯は教えてくれなかった。俺には不必要であると判断したからか、または教えられるほどの技量やセンスが無かったからか。

 

 それともーーー、“ジョニィ”のように選ばれるナニカを持っていなかったからなのか。

 

 俺は一体、どうすればいい。

 

 

 確実に鉄球には意思と言うものが存在していた。先生から託されたその鉄球の意思ーー鉄球を遺体の元へ戻し平穏に戻すという道へ沿うべきなのか。

 だが、“あの日”失くなってしまったであろう自身の記憶を取り戻すには大統領に協力するしか術はない。

 その記憶は何故か、覚えていないのにも関わらず重要な気がしてならない。おそらくはそれ無しで故郷へ戻ったとしても決定的な差が生まれると確信できるほどに。

 

 ホットパンツの言葉からも、遺体は各パーツに分裂し、一つではない事は分かっている。

 

 今回のでまずは一つ目。

 だがそれはこのSBRで潜む全ての勢力が本格的に動き出す事を指す。

 遺体収集を目的とする大統領に加え、それを一つ所持しているとされるバケモノ。

 そして、黒色鉄球を狙う奴らにさっき砂漠で襲いかかってきたような目的が分からない奴ら。

 誰がどの勢力に属して、いつ動いているのかなんて考えたらキリがない。

 だが、自分から動こうとしない限り、このレースで優勝する事なんざ夢のまた夢。

 

 とにかく自分がしなければならない事は、このレースに勝ち、得た賞金でどこにあるかも分からない故郷へ戻って俺の手で再興させる。それが自分を拾ってくれたあそこの人々にできる唯一の恩返しになる。

 

 

 ーーー例えば、君の記憶の話ーーとかどうだい? 

 

 頭の中で、大統領の記憶がフラッシュバックする。 

 

 「くそーーーッ」

 

 

 嫌な記憶を振り払うように黒色鉄球を強く握りしめるとバックルへと仕舞い、目を閉じる。

 

 瞼の裏には、ジョニィの元に黒色鉄球が転がっていった光景がやけにこびりついていた。

 

 

 

 





 本体:ジョージ
 能力名:ケアレス・ウィスパー
 能力説明:ある範囲を設定し、そこにいる任意の生き物を目的が達成されるまで異空間へ閉じ込める。デザインは自分で設定できるが、入れた人間に自ら手を下す事はできないし、自身が侵入する事はできない。能力発動中は無防備になり、中途で本体が意識を失えば“リセット”され、中に居たものの記憶以外全てが無かったことになる。

 【破壊力:ー/ スピード:ー / 持続力:A / 射程:A / 精密動作性:B/ 成長性:E】

 本体:ベンジャミン、アンドレ、L.A=ブンブーン
 能力名:トゥーム・オブ・ザ・ブーム ワン、ツー、スリー
 能力説明:鉄を操る能力。触れた相手に磁力付与し、方法としては物理的接触だけでなく、“血液”が付着した相手にも可能。3人で囲む事で最大効能を発揮する事ができ、最悪の場合囲まれた者は互いに引き合いミンチになってしまう。

 【破壊力:D/ スピード:C / 持続力:B / 射程:C/ 精密動作性:C/ 成長性:C】



 
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