黄金長方形を夢見て(改)   作:パッパパスタ

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Nowhere to run

 

 ブンブーン一家を倒し、再びジャイロ達一行との距離を広げながらそのまま道なりに突き進む事数刻。

 

 足場の悪い砂丘を越え、山道を越えた先。登り切った坂道の頂上付近にはそこにあるはずもない“街”が存在していた。

 

 横に建てられた看板には「2ndSTAGE中継所」の文字。

 馬から降りると、ホットパンツに教わった通りに体から白い湯気を立てる馬の首元を優しく撫でてやる。すると、街の奥から背の小さな男が1人こちらへ向かってきているのが目に入った。

 

 「どうやら、私達が一着のようだな」

 「……よく分からん記念品もあるみたいだぞ」

 

 奥からやってくる背の小さな男、じっくり見ればレース受付を担当していた男に非常によく似ている。その係員は何やら背丈より大きな物を引き摺りながらこちらへ向かっているようだった。

 

 ありゃむしろレース妨害だろう・・・

 そうしたレース開催委員への不平が口に溢れると、隠し事でも話すようにホットパンツがこちらへ距離を詰めてきた。

 

 「いいかーーこの先何があっても動揺するな。まるで生まれた時からそうでしたと言わんばかりのフリをしろ」

 「なんだそりゃ」

 「ーーーいいからッ、協力するつもりがあるなら従え。失格処分になるよりマシだろう」

 

 急に語気を強めるせいで、反射的に頷いてしまう。

 

 すると、詳細を聞くよりも早くこちらへ辿り着いた背の小さな係員は何やらペチャクチャと話し出した。

 男が謎に興奮して早口になっているせいで内容が絶妙に聞き取りづらいのは、この係員のご愛嬌なのかもしれない。

 

 「ーーーはい!ですからッーーー“ご夫婦”同時に中継地点といえど1着2着掻っ攫うのは本当にスゴいんです!お2人が協力していなければ成し得なかった事ですから…その、あの〜、あわよくばサインなんか頂けたりしないですか?」

 「ええ、よろこんで。あなたもいいでしょうーーー?」

 「はーーーーーゴベッ」

 

 途端に喰らう容赦のない肘打ち。

 鯖折りになった様子は承諾と見られ、係員は満面の笑みになった。

 

 そして何事も無かったように振る舞うホットパンツは1着の記念品を係員から受け取ると、心配そうな顔をして腹部を抱える俺を覗き込んでくる。

 

 「あら。ごめんなさい、どうやら夫の体調が悪いみたいでーーサインは後でよろしいかしら?」

 「ええッ、それは大変です!! お部屋は2着の方までは特大サイズになってます。幸い、別ルートのサンドマンやDioの集団にも一日以上差をつけているとの情報ですのでーーー中でゆっくりお休み下さい。」

 「ありがとう」

 

 礼を言うと、ホットパンツは馬を係員に任せ休憩所に向けて肩を貸すふりをしながら俺を引きずっていく。

 協力っていうより連行じゃねーか。

 図らずもこぼれたその一言はうめき声となって砂埃と共に消えていった。

 

 「……お前んとこの教えはどうなってんだ、教えはーーッ」

 「ああでもしないとボロ出してたろ!」

 「ぐーーーッ、だが、さっきのには答えてもらうぞ……。“あれ”はどういうつもりだ」

 「ーーーーッ」

 

 急に言葉を詰まらせた彼女に対して、余計疑心さが生まれる。

 あれというのはもちろん、先ほどの係員が言って退けた“夫婦”とやら。

 生憎自分は結婚もしてなければ、誰かと付き合った経験すらない。ーーー大体何が悲しくてこんな事考えなけりゃあならないんだと悲しみさえ覚えるが、逆にそれが無ければさっきみたいな無様は晒さなくて済んだのだ。

 

 「あれはッーーー、その方が効果的だからだ!」

 「ーーー何がだよ」

 

 少しぶっきらぼうに返事をしてしまった気がするが、勝手に婚約されていた側であり、かつ名前を変えられた側からすればごく自然な質問である。

 そして、主語のない言葉。言葉尻を捉えるじゃないが、そうした言葉を話す相手は大概の場合感情的になっているケースがほとんどだ。

 

 「ーーーただレースの順位が近いというだけの相手が共に行動しているとなれば、好奇心を持って何かを勘繰られるのが当たり前だ。そしてお前の出場記録は偽造されたものと入れ替えられている。そうした他所からの厄介も含めて、元からそういう関係だとすれば一気に跳ね除けられる。夫婦ともなれば隣に居るのは当たり前だからな」

 「……ほお〜」

 「……なんだ」

 「何も。なんか言い訳みたいだなとーー」

 「ーーーそれ以上言うと、これで縛り上げるぞ」

 

 使い込まれた跡のあるロープをぎらりと見せつけられると、もうそれ以上話す気は無くなった。

 

 お手上げだと、貸された肩に掴まった方でない逆の腕を上に上げると、係員から逃げ帰るようにしてそのままホットパンツに休憩所へ連れて行かれる。

 

 そこまでの短い道のりを歩く間ではあったが、途中では観光客向けのログハウスだけでなく、酒場や屋台など多くの臨時施設が目に入る。

 事前の地図には確か、この辺りには街なんてなかったはずだ。おそらくはこのレースのためだけに急遽建てられた簡易的な街なのだろうが、それにしても資金の使い方がまさにアメリカンである。それはつまり多くのスポンサーがついている事を証明しているのだが、レース自体に世界の期待がどれほどかかっているのかと想像すると寒気すら感じるほどだ。

 

 そんなこんなでしばらく歩いて辿り着いたのは、“レース参加者特別休憩所”と銘打たれた木造の建物。

 入り口に立てかけられた館内の簡易マップに従い、長い廊下を渡り奥にある一位二位専用の特大個室へと進んでいくと、窓からちょうどゴールしたばかりのジャイロ達三人が見えた。

 遠目からでも何やら騒いでいる様子が見て取れる。

 

 「着いたばっかりで降りもせず、よくあんなに騒いでいられるな」

 「自分こそが1着だと考えていたのにも関わらず、襲撃のターゲットになった事に加え必死こいて撃退したら私達に先を越されたーーー気持ちは分からんでもない」

 「なんだーーーやはり奴等の目的は俺達じゃあなく、ジャイロ達だったのか」

 

 その言葉が指すのは、自分達が成り行きで巻き込まれることとなった明朝のブンブーン一家との戦闘。

 そいつらに襲われた順番はジャイロ達が先であり、自分達が射程範囲に入ったのは後での事。あくまで俺達が狙いなのを隠していたのかもしれないが、それにしては鉄球を警戒する素振りはあれど“黒色鉄球”に関心を示していなかった事が印象にある。

 戦闘が終わって以降、考え事をしながらここまで来る中でもその一点は引っ掛かっていた。

 唯の偶然紛れ込んだスタンド使いの参加者落としが目的の家族にしては明らかな殺意と執念だった。

 

 「幸い先の戦闘でジャイロ達には“耳”を付けれたからな。 ブンブーン一家の狙いは私達じゃあない。ジャイロ•ツェペリ“法務官”だ」

 「法務官ーーー? 奴が由緒正しい鉄球使いの一族出身って事は知ってたが」

 

 過去に、ある程度の鉄球技術の歴史として先生から教わった事はあるがその時にはとある国で鉄球技術を最大限に扱える由緒正しい一族である等としか伝えられていなかった。

 それにしても、1stSTAGE開催当初から鉄球を投げつけてくるような奴が処刑を担当するなんてのは自分だったらご遠慮願いたい。

 鉄球使いが法務官なんてのは向こうではそれが当たり前なのかと疑問を抱くも、それはすぐに訂正される。

 

 「まず、鉄球技術を編み出したのがツェペリ一族だ。ーーーどうやら奴はとある判決を覆すための恩赦を得るために参加しているみたいだが、ブンブーン一家はそれを良く思わない派閥の犬、つまり雇われ軍隊だったようだな」

 「それで俺達が巻き込まれたワケ、と。マウンテンティムしかり運が悪いな。これじゃあおちおち休む暇すらねぇぞ」

 「マウンテンティムの方は元々参加者狩りをしていたブンブーン一家を追っていたようだから巻き込まれたの当然と言える。ーーーツイてないのは私達の方だけだ」

 

 ストーカー野郎も含めて、SBRが始まってまだ数日だというのにも関わらず既に襲撃されたのは三回目だ。

 そして襲ってくる奴等はもれなくスタンド使いという点。ここまで来ると何らかの運命の渦に巻き込まれてしまっているのではないかとまで考えてしまうほどだが、スタンド使いを引き寄せるフェロモンのようなモノが自分から出ているのだろうか。

 

 大人しくジャイロを視線から外して自分の匂いを嗅いでみるも、特に変わった匂いはしない。ーーーいや、自分では気づけないだけでしてるのでは。

 

 すんすんと廊下を歩きながらそんなふざけた事をしていると、急に貸してもらっていた肩がなくなった。

 

 「ここまで来れば後はお前1人で歩けるだろう」

 

 ホットパンツはそう言うと背を向け逆方向へ歩き出していく。

 行き先を聞けば「伝令を受け取りに行ってくる」とだけ言い残し、入ってきた扉へ向かっていった。

 

 「護衛ってのも忙しいもんだな……」

 

 離れていくホットパンツの背中を見送りながら扉の前に立ち尽くしていると、胸ポケットが何やらモゾモゾと動き出す。見れば、ネズミのパーシーが餌を求めて顔を出していた。

   

 部屋に着いたらなと頭を人差し指で撫でてやると、パーシーはその小さな目を細めながら体を捩らせる。

 こいつの世話にも慣れてきたとポケットから出してやり肩に乗せて部屋で休もうとするも、パーシーはドアノブに手をかけたタイミングで逃げ帰るようにポケットへと戻っていってしまった。

 

 ーーー前言撤回。

 ドアノブに手をかけたならば後は最後まで回し切り、後は扉を押すだけ。

 

 しかし、その瞬間何処かで嗅いだことのあるニオイが妙に鼻についた。

 

 鼻の奥がツーンとして、眠気が来るように思わず目を閉じてしまうーーー“火薬”の香り。

 

 それを理解するよりも先に、扉を押す腕の力が徐々に増していくがそこでも感じる異様な扉の重さ。

 

 

 扉が開き始めるその瞬間、まずいーーーと脳が全身へと危機信号を発信して体が強張る。

 

 

 目の前で、とてつもない光が瞬いた。

 

 

ーーーー

 

side ジャイロ•ツェペリ

 

 

 休憩所の水飲み場にて、ジャイロ•ツェペリは思案する。

 

 ゼッケン番号B-636を背負い、大陸横断という前人未踏のレース参加者の1人にしてーーー欧州ネアポリス王国における処刑を代々受け継いできた鉄球の一族の末裔。

 

 彼はツェペリ家の長男としていっぱしの男になった歳に、父から『苦痛を限りなくゼロにした上での処刑技術』をすべて受け継いだ。それは罪人とはいえ、人としての尊厳を与えた上で苦痛を取り除いてやらねばならないといった考えの元、肉体を平静の状態にあるように生み出された鉄球の技術。

 

 だが、彼は自分の最初の仕事ととなる処刑に対して“納得”ができなかった。

 

 ある時、国王の暗殺を企てたとして数人がネアポリス王国の牢屋にぶち込まれたのだ。

 国王の暗殺は国家への反逆。即刻処刑であるのは誰もが疑うことのない事実だった。

 

 だが、その国王暗殺を企てたとして捕えられた内の1人を見てジャイロ•ツェペリはレースへと参加することとなる。

 

 国王暗殺を企てたとして逮捕されたのは数人。それは美容室での出来事であり、“聞き耳”を立てていたのにも関わらず、それを誰に密告するわけでもなく口を閉ざしていた少年、マルコもそのうちの1人であった。

 

 彼はただ、聞き耳を立てていただけだった。暗殺を企てた訳でもなく、集会に参加していた訳でもなく、ただそばで靴を磨いていただけだった。

 

 処刑を自らに託した父に対して、ジャイロは問い詰めた。

 何故、あの少年を殺さねばならない。ただ偶然あの場にいただけの罪のない少年を、死後も尊厳が認められなくなる処刑という方法によって何故殺さなければならないのだと。

 

 ジャイロ•ツェペリの父、グレゴリオ•ツェペリーーー寡黙かつ、家族に対して感傷という気持ちの一欠片も持ち合わせない冷徹な男は、その時だけ、本当に深い失望と怒りの表情をジャイロに見せてこう言った。

 

 『処刑は納得などという個人の感情を越えている、もはやそういう次元ではないのだ』

 

 だが、ジャイロ•ツェペリは、父のその言葉には決して“納得”しなかった。

 

 彼はただ自分自身が納得できる理由を求めていた。

 

 納得という気持ち、それは人が踏ん切りをつける時に用いるキッカケであり、どんな人間においても尊重されるべきである“誇り”である。

 

 彼は父から引き継いだ仕事に誇りを持っていた。勿論、王国で代々ツェペリ一族が引き継ぐべき宿命であると認識していたし、今も昔も処刑というモノの必要性は把握していた。だが、だからこそジャイロ•ツェペリは自分の“納得”を優先した。

 

 国から引き継いだ、父から引き継いだ仕事を誇りとしたい。少年マルコが有罪か無罪かーーー“納得”は必要である、“納得”は誇りであると。

 

 その“納得”を一点とし少年マルコを救う方法を模索する中で、彼は唯一の道筋を見出した。

 

 SBRーーースティール•ボール•ラン•レース。

 

 全世界が注目するアメリカ大陸での、戦争に匹敵するほどの世界的出来事。

 そこで優勝すれば、国民誰もが認める祝い事として国王は“恩赦”を出さなければならない。

 恩赦とは、罪人の刑を軽くする特例。

 

 自らの持つ鉄球の技術があれば、もし世界の国々が国家の威信の勝利に匹敵するとして注目するそのレースに優勝する事だけが少年を救う唯一の手段と信じ、ジャイロは今ここにいる。

 

 だが、先まで彼は気づいていなかった。

 ジャイロ•ツェペリがレースで先に進めば進むほど、国家の勝利をよく思わない「叛逆者」達が彼の邪魔をするという事を。

 

 明朝に起きたブンブーン一家による襲撃。ガソリン、ホットパンツが離脱した後、ただ1人生き残ったブンブーン一家の1人、L.Aは自分を殺せば20万ドルと言われたから狙ったのだと今際の際で叫んでいた。

 

 (めんどくさい事になったなーーー)

 

 ジャイロは内心で呟きながら、爪を噛む。

 

 予想はしていた事だ。世界中が注目しているこのレースには様々な勢力が渦巻いている。ミセス•ロビンソンに襲われた時点である程度の推測はしていたが、周りの参加者なんぞ気にする事なくただ目的を果たすためだけに襲いかかってくるとまでは考えていなかった。

 

 マウンテンティムに、ガソリン達、そして何よりジョニィがいなければ確実に殺されていた。

 

 スタンド能力ーーーマウンテンティムは技術と異なる人の未知の領域部分と言っていた。

 又聞きではあるがガソリンと婚姻関係にあるらしいホットパンツの体の肉を操る力に、マウンテンティムはロープを意のままに動かすなど、明らかに人間の範疇から飛び出た力だった。

 

 だが、それよりも気がかりだったのはガソリンの“黒色の鉄球”だ。

 

 ガソリンが岩場へ投擲すると、それは奴の身体を飲み込みながら伸縮させ、かつ身体機能には何も影響は及ぼしていなかった。

 ツェペリ家の“騎馬”から考案された回転と、強すぎる衝撃で左半身失調を巻き起こす王族特務護衛隊の持つ護衛鉄球とも異なる技術。

 あれはもはや技術じゃあない、あの黒い鉄球の持つ“能力”だ。

 

 過去に父から一度だけ聞いた覚えがある。鉄球技術が生み出されてすぐの頃に特殊な素材を用いて作られたいわくつきの鉄球であり、数十年前国庫に収められていたのが盗まれた品であると言っていたはず。詳しくは語ってはくれなかったが、外国人の鉄球使いなど、国外追放になったケースを除けば聞いた事も見た事もなかった。

 

 ガソリンは外見年齢から見てもおそらく誰かから鉄球技術を継承したのだろう。投球フォームや護衛鉄球を操る技術から考えても、ネアポリス王国から追放された者から引き継いだのは間違いない。

 

 奴が敵なのか味方なのかーーー2ndSTAGE開始前に国王の使者と名乗る者から持ちかけられた“黒色鉄球保持者の抹殺と処分”。その対価はオレが求めた少年マルコの無罪処分だった。

 レースで関わった中で言えば十中八九あのガソリンの事だろうが、正直なところ全くの悪党とは思えなかった。勿論護衛鉄球を投げてきた恨みはあるが、それじゃあ“納得”できない。

 ブンブーン一家の時はただ利害が一致しただけなのかもしれないが、こちらを襲う様なそぶりは見せてこなかった。

 

 それはある種、貸されたのにも等しく。

 つまり、黒色鉄球保持者の抹殺と処分はオレの信念に反する。納得は信念であり、誇りであるからだ。

 

 “納得は全てに優先する”

 

 だからこそ、提案を申し出た使者とやらには面と向かって断ってやった。ツバを吐きかけるのを忘れずにな。

 オレは、オレの納得するやり方で道を通し、マルコを救う。

 

 それこそがオレがやるべき事であると、ジャイロ•ツェペリは認識した。 

 

 その後、係員から中継地点だから着順でポイントはないと説明を受け大人しく休憩所には向かったジョニィの後を追いかけていると、視界の隅に郵便受取所にある手紙に近づく男が1人。

 

 顔を格子状の幕のような者で覆い、体に時計の墨が入った奇抜な姿で。

 

 男が手に取ろうとする手紙の封にはロウ出来た赤い判がついている。それが示すのはーーー国王の使いから伝言。

 

 「お前はーーー!」

 「久しぶりだなーーージャイロ…ツェペリ……」

  

 男の名はオエコモバ。

 真っ青な薄気味悪い顔でニタリと微笑むその姿を見て、記憶の中にある脱獄したまま行方知れずとなったテロリストとすぐに結びついた。

 

 二年前、国王の馬車を爆破しようとし、子供2人を含む5人を殺した最悪のテロリスト。王は死ぬ事はなかったが、捕まった後即処刑を喰らう予定だった。だが、牢に持ち込んでいた僅かな火薬を使って脱獄したという話だった筈。

 

 「一体何してやがるーーーー人のモノを勝手に見てもいいって生まれた時に乳の飲み方と一緒に教えられたのか?」

 「お前のオヤジさんは元気か? まぁ、俺の脱獄の責任を取って処刑人の任務を辞めてなければだがよォ……」

 

 白く不健康なオエコモバの手が動きだすのと同時に、バックルから鉄球を取り出す。

 

 「アリゾナ砂漠の通過は神の御業だったッ、お陰で俺の爆弾の特技は能力として身についた。神から与えられた使命と受け取ったぜ!」

 

 その口振から予測する、オエコモバがブンブーン一家のような特殊能力を開花した事実。

 

 (スタンド能力といったかーーーくそ、超能力者はサーカスにでも出とけってんだ……)

 

 まずはオエコモバの出方を見る。視線を合わせながら奴の動きに注意して背後に逃げるスペースを作っていると、先程まで物陰で見えなかった場所が視界に映り、そこでは人間がバラバラになりながらもぴくぴくと動いていた。

 

 「ーーーージャ…イロ、ぐっーー逃げろッ!絶対に触られるんじゃあない!!!」

 「まだ生きてたのかーーー、一体どういう体の作りしてんだか」

 

 バラバラになっていたのは“ロープで繋がれた体を分散させる”事で衝撃を散らばせていたマウンテン•ティムであった。

 各部位からは溢れるように血が漏れており、ロープを引き寄せる事で再び体の結合をしようとするも吹き飛んでしまった部分のせいで上手くいっていない。

 痛みで震える体を抑えながらこちらへ近づこうとしていたが、無情にもオエコモバに蹴飛ばされてしまった。

 

 「マウンテン•ティムーーーッ、 何があった!!」

 「ーーーッ奴が触ったものには、絶対に触れるな!! ピンがついた箇所を落とすと物がなんであれ爆発する、それが奴の能力だーーーッ!」

 「なんだよ、教えてんのかよ……まあだからって対処できるもんでもないがな」

 

 同時にオエコモバの白い手が手に持っていた手紙をこちらへ投げ捨てる。それは極東で見られる紙を折ることで作られる玩具の様な形でこちらへ飛んでくる。

 

 「読みたいなら読ませてやる、それッーー紙ヒコーキだ」

 「ジャイロッ、避けろ!!近づくんじゃあない、触れれば俺の時みたいに爆発するぞーー!!」

 

 スッという風切り音と共にこちらへ迫るヒコーキ。経緯は不明だが先に襲われたのだろうマウンテン•ティムの言う通りならば、おそらくコレは爆発物ーーー鉄球をぶつけて冷静に対処すりゃあ怖いもんじゃあねえが、あの手紙は国王からの伝言だ。良い知らせか与太話か、どちらにせよ“知らせ”は読んでおいて損はない。

 

 力を込め過ぎず、あくまで体の回転の力だけが鉄球に伝わる様に体を、腕をしならせるように投擲する。

 そうして投げられた鉄球は楕円状の形にカーブし、左前方に位置する屋台のネットをひっかける。すると“何かの部品”がついた紙ヒコーキは封が切れ、中から手紙が一枚飛び出した。

 

 (ーーーゾンビ馬を手に入れろ、だと?)

 

 刹那、視界一面に眩い光と爆音が広がる。

 

 「ーーーッ」

 

 向かいの屋台にある客席に吹き飛ばされた衝撃で口から酸素が漏れる。

 

 だが、見境なく中継地点で爆発を起こすあのテロリストがこのぐらいで手を止めるわけがない。

 その思考の元、急いで起き上がり、肩をグルグルと回す。

 

 (よし、腕はいってねェーな。ーーーしかし相手はスタンド使いだ、大人しくジョニィを呼ぶべきか?)

 

 辺りを見渡しながら星の柄が散りばめられている特徴的なバンダナを探すも、爆煙が辺りを包んでいるせいで数メートル先さえ見渡せない。

 

 オエコモバは、奴は次に何をする。

 

 感情を動かさず、いつだって冷静に行動する。それがツェペリ家の鉄球使いとしての心得であるとあの冷徹な父はいつも言っていた。いつだって相手の思考の先を読むべきと。だが、俺にはそんなまどろっこしいやり方は向いてないね。

 

 手元に返ってきた鉄球を迷いなく地面へ叩き込むと、周囲の空気を含めて回転が煙を晴らしていく。

 

 敵は何処だ、次第に見通しが良くなる周囲へセンサーを働かせながら気配に意識を向けると奥から小さな何かが猛スピードでこちらに来ているのが見えた。

 

 「ネズミから離れるんだジャイロッーーー、爆弾になっているぞ!!!」

 

 マウンテン•ティムの声が耳に届いた時には既に、煙の中から“部品”のついた数匹のネズミが足元まで来ていた。

 

 そして目の前で再び瞬く閃光。

 

 「ぐ、おおおーーーッ」

 

 ネズミの肉片と辺りの木片が爆発でジャイロの体に飛び掛かる。

 咄嗟に目を瞑りながら手で防ごうとするが、強すぎる爆発に抵抗出来るわけもなく破片と共に奥にあるログハウスまで吹き飛ばされた。

 

 あまりの衝撃で揺れる意識の中、ジャイロは敢えて頭を叩く事で意識を平常に戻す。

 

 (くそ……どうにかして奴を倒さねえと、だがゾンビ馬は“疲れ”と“キズ”を癒してくれる。てことはだーーーある程度の怪我は無視していいってことだ、ジャイロ•ツェペリ!)

 

 ネアポリスから遥か遠いアメリカ大陸までわざわざ来たんだ、今更引き返すわけには行かないと無理やり体を起こし気を引き締め直す。

 

 自分が吹き飛ばされた地点に目を向けると、大男数人が5分掘っても出来ないだろうクレーターと粉々になった屋台の骨組みが顕になっていた。 

 まともに食らったら腕だけでは済まない。そう認識すると鉄球に余計な力が籠る。

 

 吹き飛ばされたオレを品定めする様に、オエコモバは段々とこちらへ近づいて来ている。

 

 マウンテン•ティムはもう動ける体ではないし、どこへ行ったかわからないジョニィは未だ姿を現す気配がない。助力は期待できないと言う事ーーーつまりは1人で倒すしかない。

 

 再度鉄球を強く握りしめ、敵の戦力を瞬時に奪う選択肢を脳内で幾つもシミュレーションしーーー実行する。

 

 立ち上がりと共に鉄球を屋根に伝わらせる事で射程範囲外のオエコモバに当てるーーーそう決心した途端、急に真横にあるログハウスの壁が吹き飛んだ。

 

 パラパラと崩れた壁から飛び出してきたのは、ピンク色をした毛布のようなものに包まれたナニカと女。

 赤色の液体に塗れたブニブニとした毛布が弱々しく蠢き出すと、中から1人の男が出てくる。

 

 そしてそいつらが飛んできた先の崩れた壁の奥からも、拳銃を構えた真っ黒なスーツに包まれた長髪の、頬まで髭を生やした男が1人。

 

 ーーーいけすかない野郎だが、決して話が伝わらない相手じゃあねぇ。

 

 迷わず蠢くピンクのモノから出てきた方の男に声をかける。

 

 「おいガソリンーーー手を貸せ」 

 

 

ーーーー

 

 

 急に視界が黒く染まったかと思えば、それが晴れると屋内に居たはずがいつの間にか外に出ていた。

 

 先までポケットに収まっていたパーシーは自分から遠く離れた場所に転がっており、巻き込まれた衝撃の強さを物語っている。

 

 「うぅ…ぐーーー」

 

 背後から聞こえるうめき声の方へ振り向けば、そこには半身を血で赤黒く染めたホットパンツが倒れ込んでいた。

 

 俺の全身を覆っていたモノが突然波打つように動き出すと、体から離れ次第にホットパンツの肉体へと吸収されていく。

 

 「私の事は放っておけ…! それよりも、目の前の敵に対処しろーーーッ 」

 

 その声で前を向き直せば、おそらく爆発で俺と共に吹き飛んだであろうログハウスに空いた大きな風穴、そして煙を払おうともせずにこちらへ進んでくる男の姿。

 首元まである長髪を真ん中に分け、頬まで蓄えた髭。そして、トレードマークとも呼べる全身を包んだ真っ黒なスーツーーー冗談じゃねぇ。

 

 「火薬の匂いには気を付けろと昔言っただろうーーー辞めてから随分と鈍ったんじゃないか?」

 「仕事は大分前に辞めたんだーーー手加減してくれてもいいだろ」

 「それはできない。すまないが、仕事なんだ」

 

 肩についた瓦礫を払いながら徐に銃を取り出すその姿に、冷たい汗が首筋を伝う感触を覚える。

 側にあったデッサン用の鉛筆だけで敵を殺しただの、銃火器相手に素手で相手しただの与太話のような伝説が語られる事もあるが、関わった奴らは誰も彼も口を揃えて事実だという、サングラスの女が流した嘘の異名で塗りたくられた自分とは異なる本当の伝説。

 畏怖と共に、男の名はスラヴ民話に伝わる魔女の名でも呼ばれる。

 

 「俺と一緒であんたも随分前に辞めた筈だろうーーーブランクの後の復帰は大概続かねえぞ」

 「お前以外にもそう言われたーーー今の今まで上手く答えられなかったが、そうだな。今、俺は元の自分に戻る」

 

 ビシビシと肌に突き刺さってくる、今までの人生で感じた事のない威圧感に思わず後ずさる。

 すると、背中に誰かの感触が当たる。

 

 「ーーーガソリン、ここは共闘といくしかねえ」

 

 聞いた覚えのある男の声に振り向けば、そこには明朝にあったばかりの、自分以外に初めて遭遇した鉄球使いであるジャイロ•ツェペリがいた。

 

 「それは助かるがジャイローーーそんな余裕本当にあるのか?」

 

 余裕そうな口振とは裏腹に体に幾つも木片が刺さっているジャイロの前方にも、奇抜な格好をした男が迫ってきていた。

 

 男の歩いてくる道の脇の店は爆発したようにクレーターができており、側には血溜まりの上で横たわるマウンテン•ティムの姿があった。

 

 「お生憎様、俺はスタンド使いとの戦いは前のが初めてでね。あのチカラを保持する妻を持つお前が適任と見たーーー銃を持ったあの長髪野郎は俺が相手してやるよ」

 

 その一言でジャイロのスイッチするためこちらへ振り向こうとする体を左手で押さえる。

 

 「おいーーー何でだよ!!」

 「それは駄目だジャイロ。確かに奴はスタンド等の不思議な力は持ち合わせていない筈だが、“ただ”の鉄球使いのお前じゃあ到底勝てない」

 「ああーーーッ!?」

 

 血を拭いながら声を荒げるジャイロを無理矢理前に向かせ、再び“魔女”と相対する。

 

 魔女ーーー男なんだがな。髭的にサンタとかの方が似合いそうだ、とかくだらない事を言っている場合じゃあないか。

 

 頬をかきながらこちらの会話が終わるのをまっている伝説の殺し屋の方へ向き直すと、男は銃のマガジンを入れ直していた。

 

 「もういいかーーー?」

 「いや、後ちょっとだけ」

 「早くしろ」

 

 ご丁寧にこちらの戦闘準備を待ってくれる殺し屋を見据えながら、背後のジャイロへ声をかける。

 

 「いいかーーー1、2の3だぞ」

 「いや、それだとリズム的にオレが乗れない。1、2、3、せーのでいこう」

 「ああもうそれでいいーー行くぞ!」

 

 足に力を入れ、自分の最高速度を出す準備を整える。

 

 「「1、2、3ーーーー

 

  せーのッッ!!!」

 

 

 掛け声と同時に前へ駆け出す。

 

 と、傾けた体が先程まであった場所へ数発の銃弾が通っていく。

 

 通常であれば背中合わせのタイミングで避けると背後の味方が凶弾で倒れる事となる禁じ手ではあるが、今回は事前にジャイロと打ち合わせをしていた。なので背後でもジャイロが同じ様に体を傾ける。

 

 そうして俺たちの背後を素通りしていく銃弾ーーーそれは一直線上に並んでいた事で気付く事が出来なかったオエコモバに向かっていき、肩に着弾した。

 

 後方から聞こえるオエコモバの情けない声が響く。

 だが、そこで気を休めずそのまま容赦なく次の銃弾を放つ男を視界に収めると、体を傾ける勢いそのまま“全身”を回転させる事で回避する。

 体を倒す勢いで生まれた『二つ』の鉄球の回転。

 

 2人の手を離れた緑色と黒色の鉄球は互いを邪魔する事なく、渦巻きを作りながら空気抵抗をものともせず豪速球で前進していく。

 

 対して拳銃を左手に持ち替えた男は、高くマガジンを空中に投げるやいなやシミひとつないスーツの裾をたくし上げると慌てる事なく鉄球を受け流す。そして、降りてきたマガジンを掴み瞬時に拳銃へ入れ直すと再び発砲し始めた。

 

 「おいおいおい全く効いてねえぞッ、どうなってんだあの男は!??」

 「だから言っただろーーーって、おいそっちは駄目だ!」

 

 咄嗟に岩場に隠れようとするジャイロの首根っこを掴んで止めると、その1cm先に跳弾で反射した銃弾が通過していく。

 埒が開かないと、尚も射撃を止める事のない男を尻目にジャイロを連れて屋台の方へと駆け出した。

 

 「ーーッ本当になんなんだあいつは! 鉄球をあんな簡単にいなせるスーツなんぞ見た事ねぇぞ!!」

 「あれはああいうもんなんだ。銃弾も跳ね返すーーーどういう素材かは知らんがな」

 「なんだ、知り合いか?」 

 「遠い友人だ」

 「友人に命は狙われねえだろ。外見、銃捌きから見ても明らかに素人じゃあなかった。お前は、何でそんな奴に狙われている」

 「そう言うなーーー大体知ってるんだろう?」

 

 疑心に満ちた目でこちらを見つめるジャイロにさりげなく黒色鉄球を見せつけると、すぐに押し黙った。

 

 事前にホットパンツから伝えられた、彼女自身のスタンド能力で得た情報では明らかにジャイロは黒色鉄球の事を認識していた。それがいつの時点知り得たのかは分からないが、レースの受付所で会った時はそんな雰囲気は感じられなかった。

 

 脇見もする事なく、そのまま“ある地点”まで走る中、遠くから一発の銃声が聞こえた。

 

 「今のはーー」

 「おそらく、お前の敵にトドメでも刺したんだろう。仕事以外で敵意のない相手には危害は加えないからな」

 「やけに詳しいなーー奴さんと同じ仕事でもしてたのか?」

 「まぁ、そんなところだ」

 

先から妙に探ってくるジャイロの追求をよそに、やっとこさたどり着いた“厩舎”の扉を開く。

 若干の仄暗さが漂う厩舎内には既に中継地点についている参加者の愛馬が何頭も縄で繋がれていた。

 そしてその側にいたのはいつもの係員ではなく、ガタイのいい中背で頭を丸刈りにした係員で。いつもの奴じゃあないのかという謎の郷愁を感じていると、その係員はこちらに気付くと気さくに話しかけてくる。

 

 「お早いですね、まだ着いたばかりの筈でしたが。 出発するのでしたら本人確認と所持品確認をしますのでこちらに」

 

 そう言いながらさも当然と手を差し出してくる。これまでのステージではそんなものあったかと思う反面、確か1stステージではジャイロの様に武器を使った奴は大半が失格処分を受けていた。多分、それ対策にするんだろうと自分自身を納得させながら近づこうとするとーーー今度は自身がジャイロに首根っこを掴まれる。

 

 「下がれガソリンーーーこいつは“運び屋”だ!」

 

 掴まれた事で体がガクンと僅かに下がった。

 だがその叫び声になんだと言う暇はなく、1cm先の頭があった場所には先まで気さくそうにしていた係員の“拳”が通過していた。

 

 「こいつもかーーーよッ!」

 

 何処にいても追っ手がいる。その苛立ちを全て足に込め、敵の腹を蹴り込む事で一旦距離を離そうとする。

 が、苦し紛れで放った攻撃が見破られない訳もなく当然の様にクロスした腕で防がれてしまった。

 

 (ーーー壁みてぇな、本当に人間かこいつ……)

 

 男は蹴られた位置から1mmも後退していない。

 その様子に、本日何回目かも分からない冷たい嫌な感触を背中に覚えた。

 すると、ジャイロもそう感じたのか恐れを振り払うようにして叫ぶ。

 

 「ネアポリスのただの運び屋がーーー遠く離れたアメリカに一体何の用だ!」

 「仕事だよ、ジャイロ•ツェペリ法務官様」 

 

 そういうと男は静かに拳を構え、ファイティングポーズを取った。

 

 「ジャイロ•ツェペリ法務官並びに黒色鉄球の保持者、大人しく着いてきてもらおう」

 「チッーーー誰に頼まれた」

 

 ジャイロも同じように構えると、“運び屋”はニヤリと微笑んだ。

 

 「ルール2ーーー名前は言わない、だ」

 「げーーッ!?」

 

 そして合図があった訳でもなしに始まる肉弾戦。当然、鉄球を投げる暇もなくこちらも体術で応戦するも、ジャイロの口振からも相手はネアポリスで名を馳せているだろう人物には付け焼き刃にしかならない。

 

 距離を詰められての二発目の右ストレートは倒れ込んで躱わし、三発目のケリは何とか出した足でいなすも、今度は逆に足を掴まれて厩舎の隅にある干し草の上まで投げ飛ばされた。

 

 「この野郎ッ」

 「いかんせん、直線的すぎるな」

 

 俺を投げ飛ばして生まれた隙にジャイロが鉄球を投げ込むも、運び屋は着弾した箇所に生まれた回転を瞬時に服ごと脱ぐ事で易々と対処する。

 ジャイロも負けじと今度は地面に広がる餌の残骸を回転で巻き上げ相手の視界を奪おうとするが、それすら何も臆する事なく運び屋はそのまま突っ込んでいく。

 

 そして、気がつけば隣の干し草の上にジャイロが並んでいた。

 

 「ーーーあの“運び屋”とやらは何なんだ」

 「“お前”を追ってる奴とほぼ一緒だろ、ただしこっちのは殺しが主じゃないにしろーーー馬鹿力にも程がある」

 

 首だけ上げて、2人揃って干し草の上から運び屋を見やる。

 視線の先の男は右手でこちらに手招きをするような仕草をこれ見よがしに見せつけてきた。

 明らかな挑発ーーーこっちを完全におちょくってやがる。

 

 

 この野郎、盛大にぶっ飛ばしてやる。

 

 目を閉じ、深呼吸を何度か繰り返す。

 そして、ジャイロの方へと振り向いた。

 

 「ーーーおいジャイロ、アイツに一泡吹かせてやるぞ」

 「よしーーーのった」

 

 

 

 

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