埃漂う寂れた厩舎の中、ジャイロ•ツェペリが駆け出した。
「今に見てろッ」
歯噛みしながらその一言と共にそばに転がる用具入れを盾にして一歩ずつ運び屋と呼ばれた男へと近づいていく。
運び屋、またの名を“フランク”とは程遠く、一度締結した契約を厳守し元に動く男はその挙動に注目していた。
(こりゃまたーーー随分とまあ跳ねっ返りに育って、
懐から拳銃を取り出し、今現在ジャイロが潜んでいる用具箱と未だ動きを見せないガソリンの方へと命中させる。
「どうしたーーー鉄球は使ってこないのか!!?」
「ーーーお望みとあらばッ今すぐにでもくれてやるよ!」
走り出してから5歩目の、事前に決めていた仕掛ける合図。
そうして投擲される緑と黒2対の鉄球。
銃弾より速度は劣る。だが、この仄暗い厩舎の中でも耳に届く風切り音がその威力が生半可でない事を示している。運が良ければ打撲で済むが、悪ければどうなるかは分からない。
しかし、そのような凶器が目の前に立ち塞がってもなお“運び屋”は後退する素振りすら見せず。
傍に脱ぎ捨てたシャツをタオルのように掴みとると、ぶんぶんと回転させていく。
長年ネアポリスという鉄球使いが多く存在している国で“運び屋”として仕事を果たしていた彼だからこそ熟知している鉄球への対処法。
鉄球での攻撃は回転を軸とした投擲であり、真っ向から立ち塞がるモノに対してはめっぽう強い。しかしながら回転という風などの自然の力を利用しているからこそ、側面からの流れに逆らわない力に対しては弱く、抵抗しにくいという特徴がある。
故に運び屋はシャツをコマ回しの紐の如く犠牲にする事で回転の力を掻き乱そうとした訳で、そしてその対処法は極めて有効な手段であるのは間違いないのだが、あくまでそれが適用されるのは通常の鉄球にのみである。
運び屋が振り回すタオルに緑の鉄球より僅かに先行していた黒色鉄球が触れた途端、タオルはその形を接触面から失い、消失させていく。
「ほォ」
だが彼も伊達に経験は重ねているようで、生まれた隙に着弾する鉄球に対して脇を絞め、腕と体の隙間で威力を殺して受け止めようとするも弱まる事はなく。
間に合わないと運び屋が判断した時にはすでに遅く、緑色の鉄球が男の身体に減り込んでいた。
運び屋はうめき声をあげる時間すらもなく、馬が逃げないように設置された柵ごと厩舎の奥へと吹き飛ばされていく。
経験を重ねて、自らの体験が最優先に先行する人間だからこその誤算。
「まだだぜーーーッ!」
ジャイロの声を皮切りに、その視線の先ーーー緑色の鉄球が運び屋を吹き飛ばしたのと同時にトランポリンへ着地したかのように反発の力で鉄球は空中へ舞い上がる。
かと思えば、今度は建物の支柱へ巻きつけられていたロープを絡め取るとそのまま運び屋の体を縛り上げた。
肉弾戦を主とし、おそらくその片鱗すら見せない事からスタンド使いではないと判断した上での捕縛方法。
ジャイロは元々祖国で法務官であったそうだから手慣れているだろうとの事での作戦ではあったが、やはり心配はいらなかったらしい。過去に先生が語っていたように、こと鉄球に関しての小技でツェペリ家の横に出る者は早々いないというのは確からしい。
大の人間が吹き飛ばされた事で空中に土煙が舞う。
「ーーーどうやら、うまく行ったみたいだな」
砂を手で払いながら次第に晴れていくその先に見えた男の反応はようやく止まっていた。
「ガソリン、お前意外とやるじゃあねェーか。ーーーその黒い鉄球といい、一体誰からその技術を教わった? 到底一年やそこらでマスターしたものじゃねえだろ」
「詮索はなしだーーーお互い、知ってていいものとよくないものがあるだろ。それより話を聞くなら早くしろ。直ぐに“ババヤガ”が来るぞ」
「ーーーさっきの奴のことか?
黒色鉄球を手元に戻し、幾許か重くなった鉄球へ先とは逆の回転をかける。するとその中心から巻き戻されるようにシワシワになったシャツが姿を現す。
ほらよとジャイロへ放り投げると、彼は何も躊躇う事なくそのシャツのポケットから裏地の隙間まで弄りだす。
ジャイロが手を返すたびにティッシュやら飴の包み紙、服の元の持ち主だろう身分証やらが次々と取り出されていくがどうやら目当てのモノではないようで。
「腐ってもその運び屋は一般社会の人間じゃあないんだろ? そんな奴が身分をひけらかすリスクがある物を持っている訳がないだろーーー」
「い〜や違うね。こういう奴は自分のは無いにしろ何より契約を重んじるタイプだからなーーー俺が欲しいのは・・・あったぞ」
そうしてジャイロが裏地のポケットから取り出したのはどこか薄汚れた手帳。
おそらく相当年季が入ってるのだろう、ページ自体は入れ替えられているらしく新めにみえるが、表紙の文字が掠れている。
「何なんだその汚いのは…」
「人名に…金額、通貨はバラバラだがこりゃあ契約書みたいなもんだろーな」
表紙ごと手帳を破いてしまわないようにゆっくりと手帳が開かれていくのを後ろから眺める。ラッキーな事かは分からないが、今のところ開かれているページには知り合いの名前は記されていなかった。
「なるほどーーーじゃあつまりそれを見れば」
「ああ、俺達を狙ったクソ野郎・・・いやクソ女かも知れねえがソレを見つける事が出来るーーがスゲェなこりゃ。ネアポリスの高官がうじゃうじゃいやがる。道理でいつまで経ってもこいつの尻尾が掴まれねえ訳だ」
「国のお抱えってとこかーーーだが、実際ソレを見つけれたとして一体どうする。依頼主がネアポリスに居るんだったら今からでもお国に戻るか? その場合はレースアウトって事だが、ツェペリ“法務官”様」
それを言い放った途端、ジャイロの動きがビタと止まった。
一応ある程度の状況を把握している事を暗に伝えたつもりであったが、思ったよりも嫌味たらしかったか。少し踏み込みすぎたなと内心で僅かながらに反省の気持ちが湧き上がる寸前で、ジャイロにしっしっと手で追い払われた。
「うるせぇーー国の事はお前は関係ないだろ……いや、狙われてるんだからまったくの無関係では無えのか。だが、人のベッドに土足で上がる奴は容赦しねぇぞ」
「ーーーそりゃいいベッドをお持ちで結構」
そうしてギロリと向けられた視線をそっぽを向く事で受け流す。
なるほど。ジャイロの事情は彼の心の余程深い所まで根を張っているのは間違いないのだろう。
ホットパンツが言っていたーーージャイロが果たそうとしている目的。確か、無実の罪で投獄された少年を助ける恩赦を手に入れる事だったか。こいつもこいつで俺と同じく多くの人間に狙われる立場なんだろうが、それでもレース優勝で恩赦を狙い続ける意思はジャイロ•ツェペリという人間の美徳という部分なのだろう。
決していい出会い方ではなかったが、ここまで数日という僅かながらの付き合いでも彼自身の芯の強さは感じ取れた。
国の決定に異を唱えるという点では確かに法務官という役職には向いてないのかも知れないが、善悪という属性から見ればどちらにも偏り難い中立であり、立場的には法務官に向いている人間ということか。
そんな事を考えながら運び屋が目を覚ましていない事を確認しつつ、再びジャイロの方を見るが未だ手帳を調べ終わる気配はない。
(ーーーこりゃ長くなるな)
列に従って几帳面に書き記された名前を一つずつ丁寧に確認しているジャイロを見ると法務官然と見えなくも無いかとかどうでもいい事が頭を過ぎる。
だが、いかんせん時間に余裕があるわけではない。
ジャイロを焦らせるつもりは微塵もないが、時間をかけていられないのも確かだ。
肉を自由に操るという能力の特性上、死にさえしなければ大怪我であっても治す事ができるとホットパンツは話していた事もあって、その言葉通り彼女の継続戦闘能力は高い方なのだろう。
だが、それを聞いたとしても心配する気持ちが無くなるなんてことはないのが人の性というものである。
ジャイロと同じく、数日前に会ったばかりの関係とは言えども既に死線を幾つも潜り抜けてきた同行者であり、情が移っていない訳がないのだ。それは想像以上に絆されている自分に対して笑いが込み上げてくるほどであり、あれがもしハニートラップだったとしたら完全にお手上げなのは言うまでもない。
上着を着直し、紛らわすようにフーッと気合いを入れ直す。
連戦に続く連戦でのため息とも言われるかもしれないが、要は気の持ちようだと自分に言い聞かせようとする。するとふと、視界の隅に映るジャイロが何やら手間取っているのが見えた。
「何やってんだこんな時にーーー」
「その目やめろ・・・こっちだって必死にやってんだよ! あ〜クソッ、なーんか指が冷たくてよぉーーーこのちっこいページを掴めねぇ。おいガソリン! そんなに言うならお前がめくってみやがれ」
「ああーー寒けりゃ上着着りゃいいだけだろ? 確かにさっきからそんな気もするが・・・まぁいいこっちに貸してみろ」
しゃがんでいたジャイロが立ち上がり、古ぼけた手帳をこちらに渡そうとして近付く。ふぅっとため息を吐いた瞬間、不意に自分の口から漏れた息が白く染まっていた事に気づく。
「こんな寒かったっけかーーーまだここはロッキー山脈の麓ですらないし、第一砂漠から離れて間もねぇってのに・・・」
「いやーーー違うジャイロこれはまさかッ」
咄嗟に振り向いた方向の壁の先から殺気のような寒々とした空気を肌に感じたかと思えば、外に続く厩舎の床から白い半透明の膜が瞬時に広がっていく。
ジャイロの首根っこを掴んで積まれた藁の塊の上へ乗り上げると、先まで自分等がいた付近でちょうど〝氷”の侵食が止まった。
「これはッーーー氷か?」
「そういう“能力”だ! あの言葉が嘘だったんなら一度倒した筈だったんだがな……」
「ーーー? 一体どう言う事かは分からんが、どうやらまたお前を追ってる奴に巻き込まれたってのだけ分かった!」
「毎度申し訳ないねーーーッと!?」
手招きしながら氷の現象に怖がっている馬を逃がしてやっていると、冷気が差し込んで来ている壁が突如として真っ白に凍りついた。
それは次第にミシミシと音を立てだすとその形が崩壊し、砂で作った城のように粉々に砕け落ちる。
そして宙に舞った木片の塵の奥から、夢現の列車の中で見た白いスーツを纏った男が姿を現す。
「見つけたぜぇ〜やっとこさな。手間ァ取らせやがってこんのまぐれ野郎ーーー」
「勘弁してくれーーー負けた事どんだけ根に持ってやがる・・・」
「ーーーおいおいおいお前まさかこいつに追われてやがんのかッ!??」
しょうがなく仕舞ったばかりのホルダーに手をかけ直そうとすると、隣に居たはずのジャイロがいつの間にか後方に下がっていた。
「なんだ、知り合いか?」
「知り合いなんてもんじゃあねぇッ、欧州マフィアの中でもこいつ含めた“三兄弟”は顔も見たくねぇんだ! 鉄球使いの衛兵が何人やられたと思ってるーーーだがオヤジが捕らえていたはずだ! それが一体何がどうやってこんなとこにいるッ!!」
「解説どうも! だがそれは俺が知りたいねーーーお前の親父は牢に捕まえた奴をやすやすと逃がしちまう奴なのか?」
「俺が知る限りは情から最も離れた人間だーーー逃す訳がねぇ筈だ!」
「ーーーー仲良くお喋りしてる場合かァ〜? 安心してろ、ツェペリ家の恨みも纏めて2人共あの世に送ってやるからよ」
「ーーーーゲッ、俺がツェペリだってばれてら」
「お前から話したんだろうが……」
未だ減らず口の絶えないジャイロに冷たい目線を送る。
見えないように背後で黒色鉄球を握り直すと、全身白いスーツを身に纏った男の腕がぴくりと動いた。
「モノならなんでも凍らせる能力ーーー速度は早すぎるとまでは言わないが、掴まれたら終わりだぞ。名前は確か、ギアッチョといったか」
「ネアポリスでの異様な痕跡ーーーなるほどな、スタンド使いだったって考えれば想像に易い。ガソリン、こいつに追われるなんぞ碌な事してねぇだろ」
「言いか、よく聞け。“こいつら”が勝手に追ってきたんだ!。俺はなんもしてねえーーーこいつらはハナから鉄球狙いで来やがったんだよ!!」
「チッーーーいつまで喋ってん、ーーーーだッ!!!」
痺れを切らしたようにギアッチョが腕を振るう。キラキラとした何かが反射したのが目に入ったとほぼ同時に、一粒一粒が鋭く尖った氷の礫がしゃがんだ頭上を通過していった。
「ッてめ何しやがる!」
「助けたんだよーーーこれで貸し2だぞ!」
鉄球も持たないまま突っ立ってるから蹴飛ばしてやったのに、ジャイロからはなんていいようだと睨み返されてしまった。
横で転がり返ったジャイロは咄嗟に姿勢を立て直すとすぐさま鉄球を拾い上げ、回転した勢いを利用しそのままギアッチョに対して投擲した。
「しゃらくせぇぞーーーッ!!!」
が、一般人には極めて有効な攻撃手段である鉄球はなんのその、氷に覆われた床を滑りながら纏った氷を鉄球の回転の向きに合わせて楕円にする事でギアッチョはその凶弾を滑らせ容易く潜り抜けてくる。
「うそだろッ」
「ーーーそれがスタンドって奴なんだろ。どうやら負けたら強くなれるタイプみたいだな、しっかり対策貼ってきやがって」
「なんだぁーーーチクチクチクチク、俺の教師かてめぇはよォッ!!」
「うおッ」
まさに猪突猛進、ギアッチョは氷の推進力を利用して前進しながらジャイロとガソリンを分断するように中心へ躍り出る。
2人の意識を回避へ向かせるのと同じくして、スーツで覆われた両手を開いた瞬間、ギアッチョの体表から鋭く尖った氷の針が飛び出した。
前回は見なかった新たな攻撃方法ーーーここが前の戦いの舞台と違って列車という限られた空間でない事は分かっているつもりではあったが、完全に反応がワンテンポ遅れた。
その生まれた完璧な隙を一級のヒットマンであるギアッチョのような男が見逃してくれるはずもなく。
無防備な自分に対して1cmずつハリがこちらに近づいてくる。その瞬間が妙にスローモーションに感じる世界で目の前に唐突に現れたのはーーー緑色をした鉄球だった。
「ちょっと痛ェが我慢しろよな」
「ーーーぐぅッ!!?」
咄嗟に出した左手で顔面へ受けるはずだった衝撃を緩和しようとするも威力を殺す事までは出来ず、摩擦で煙を上げる鉄球ごと1mほど後ろへと押し戻された。
「クソッーーーあと少しの所を邪魔しやがって・・・」
「ガソリン、これで貸しは0だぞ」
「ッーーー計算もできねえのかよ!!」
反動により体に走る痛みを無視して無理矢理動かし、自らの鉄球を投げ飛ばす。
宙に舞うチリを掻き分け鉄球が放り出されたのはーーーちょうどギアッチョの頭上。
「ハッーーーどこへ投げてやがる」
その余りの苦し紛れにも思える行動にギアッチョは頭上に投擲された鉄球に目もくれず、すぐさまこちらへの次の攻撃態勢へ移ろうとするが、そのどれもが彼が今とるべき適切な行動ではない。
投げられた先の空中で最高到達地点で止まってもなお回転による摩擦音は次第に増していく。
その音は決して一つではなく、二つ以上の回転と回転が重なる音を奏で出す。
機織り機に携わる歯車が一つ一つ噛み合っていくように、中心の鉄球は大きく回転する事で
そして蓄えられた力が限界を超え、摩擦と回転によるエネルギーが爆発する時に生み出される『護衛鉄球』の力。
極小ではあるものの、その限界以上の力を発散する事で生じる余りにも強い衝撃波は対象に一時的な脳の障害を引き起こし、左半身の感覚を失わせる。
前回接触した時は場の狭さから最悪自分もその衝撃波を喰らう可能性があったため使う事はなかったが、今回はそれが功を奏した。
コンマ1秒、鉄球同士が反発し合って弾ける。
「こいつはーーー」
大きい鉄球に弾き出された幾つもの極小鉄球は雨のように無防備の敵へ降り注いでいく。
仮に氷のスーツを貫通しなかったといえども表面上に伝わる衝撃波は確実に相手の意識を阻害するという確信が心の内に湧いたその瞬間に、降り注ぐ鉄の雨に対してギアッチョは右腕を翳した。
「ホワイトアルバムーーージェントリーウィープス」
それと同時に、ギアッチョの目の前に無数の半透明な何かが意思を持ったように空中へ浮かび始める。
すぐさま極小鉄球は氷の群れの中で通過していこうとするもビリヤードで球同士が乱反射していくように、そこを通過しようとした途端に極小鉄球は軌道を変え一つ、また一つとこちらへ反射を始める。
「グブーーッ、ぐ・・・ぁ」
計算されていたのか、それともただの偶然なのか。軌道を変えた鉄球は加速度を増してガソリンの肩、脇腹を掠っていく。身体の損傷としてはただその程度ではあったがそれでも威力は決して低いとは言い切れず、次第に左半身の感覚は失われていく。
(当たった直後はーーー喋る事すら、できないのか・・・ッ!)
「こんにゃろーーッ!!」
遠くから聞こえてくるジャイロの声が妙に頭の中に響く。
ジャイロは極小鉄球を反射した見えないバリアをよりサイズの大きい鉄球で砕こうとギアッチョの背後から投擲を行うがーーしかし。
「反射はまだ終わってねェーーぞッ!!!」
鉄を叩いたような甲高い音が鳴り響いたのと同タイミングで、未だギアッチョが敷いた結界内を残留していた極小鉄球が向かってくるジャイロの鉄球目掛け突進し始めると、軌道はすぐさまズレて行き、ジャイロの攻撃が届く事はなかった。
「この野郎ーーーなんでもありか」
「ぐッーーーよけろジャイロッッ、近付くんじゃあない!!」
「ーーーその程度の入れ知恵をした所でどうにかなると思ってんじゃあねェーぞッ!!!」
どうにか絞り出した声でジャイロへ逃亡しろと叫ぶ。
元はと言えば唯の利害の一致でしかなかった。ジャイロを襲った敵は初めの戦いで既に決着がつき、残るババヤガとギアッチョに関しては俺の不始末の結果であり、ジャイロは1mm足りとも関係はない。こいつを前回仕留める結果に繋げれなかったのも、今回の戦いに巻き込んでしまったのも全て俺の“責任”だ。
そこで命を張らせてしまうほど意味もなければ俺にそんな価値もない。
だからこそ、もう無駄な事はしなくても良いとジャイロへ言い放ったにも関わらず、スケートの要領で迫るギアッチョを前にしてジャイロは“あえて正面”を向いた。
「なにをーーー」
「これで終わりだッッッ!!!」
周囲に鈍い音が響く。
拳を腹に正面から受けたジャイロの体は次第に鯖折りになっていく。
「ーーーーッ!!!」
勢いそのまま支柱に叩きつけられたジャイロは息も絶え絶えの意識の中、拳で堅く握りしめた鉄球を地面へ投下しようと指を開く。
が、殴られた腹部を起点としてジャイロの四肢を覆うように纏わり付く氷が、最後の足掻きすらも停止させた。
「気持ちのわりぃ感触だーーー表皮を回転で硬化させかつ急所をずらす事で威力を弱めたつもりなんだろーが、それだけで対策できるほどホワイトアルバムは弱くねェ・・・足掻きだろうが何だろうが、隙は1ミリ足りとも与える事はしない」
「ジャイ、ロ・・・」
衝撃波で体を思うように動かす事すらままならず、残った半分の視界では凍ってしまったままのジャイロの体の半分すら見る事ができない。力を振り絞ろうとするも、足早にこちらへ向かってきたギアッチョに蹴り飛ばされ、半ばで中断される。
「ぐ・・・」
「まぁ待てよ、焦らずとも手を下すのはどっちみちお前からなんだ。さっきのツェペリしかり、てめえら鉄球使いは揃いも揃って死に急ぐ癖でもあんのか? それとも唯の自殺願望持ちなのかーーー俺には関係ない事だがな」
「ハッーーー随分と口が回るじゃないか。聞きたい話でも、ッーーーあんのか? 丁寧に対策までしてきやがって・・・前はあんなの使ってなかったろ」
「ーーー追い詰められたピンチの状況や死の淵、精神の高揚は人を一段上へと押し上げるのさ」
「チッーーーじゃあ俺の責任、ってわけか・・・」
血が溢れる傷口を押さえながら見上げると、僅かに見える敵の目線は床に転がる黒色鉄球へと向かっている。最後の足掻きと言わんばかりに義手の中に埋め込まれた火薬に火をつけようとするも、義手の根本から踏み抜かれる事で阻止されてしまった。
「あまり俺をイラつかせるなよーーーお前は既に出来上がっているんだ、この先お前がどういう行動を取ろうと、どうしようもなくな」
「フンーーーカルシウムでも取ったらどうだ。そんなんだから兄に見捨てられるのさ。ここに来た時から思っていたが・・・大方ここには1人で来たんだろう」
口元の血を拭いながらあくまでも余裕である様を醸し出す。
前回の戦闘でも分かっていた事だがこいつはキレやすく熱されるのが早いタイプだ。
唯の経験からくる勘であるが、そういう奴は総じて感情的になりすぎるあまり周りの事が見えなくなってしまうきらいがある。
故にーーー今は挑発し続ける。し続けて、隙を作る。相手が周りを見なくなる完全な隙が生まれるまで。幸いな事に腕を破壊した事でギアッチョ自身は俺の手札全てを封じたと勘違いしている筈だ。
自分の不始末は自分でつける。ジャイロやホットパンツにまで迷惑はかけていられない。
前回とは異なって何故かこちらの投げかけにも言葉を返してくれる事が影響して、お陰で完全ではないが半身に広がる麻痺が改善し不十分ではあるが動かす事が出来るようになった。
「もういいーーー鉄球の出所や継承者とか聞きたい話もあったが、お前からは聞かねェことにした。後は野となれ山となれだ・・・始末しさえすりゃ、俺はハナからどうだっていい。お前をこの手で終わらせる事が出来るならな」
「そうかよ、じゃあ早く終わらせてくれーーー」
1cm、2cmと白いスーツ状のスタンドを身に纏ったギアッチョの腕が首目掛け近づいてくる。
まだ、まだだ。
極限まで、肌が触れる一歩手前だ。薄皮一枚、表皮に触れこいつのスタンド能力が発揮するコンマ1秒前を狙う。
自然を操る圧倒的なスタンド能力に加え、ネアポリスで生き抜いてきた上で体に染みついたその圧倒的な戦闘センス、ここで仕留めないと後々道を塞がれるのは間違いない。“こいつら”は、何故ここまでして黒色鉄球を狙おうとするのかは分からない。だが一つだけ分かるとするならば、こいつらは死ぬまで目的を果たすまで行動し続けるだろうという事だ。
俺は、このレースで一位を取ってみせる。ジャイロ含めレースに参加している人間は何かしら叶えたい夢だったりがあるのだろう。だが、このレースで勝つのは自分であり、勝って賞金を手に入れて村へ戻らなければならない。賞金を使って村を大きなモノにし、自分を救ってくれた人々に対して恩を返す。初めから何も無かった自分に出来ることなどハナからその程度しかない。
だからこそ、だからこそ道を塞ぐ障害は何があっても払うと心に決めたのだ。
普段は祈らない神に誓っても、必ず一位を取ってみせる。そして、邪魔者は排除する。それが例え鉄球を狙う輩であろうとなんだろうと。
それが師から鉄球を継承した者の務めであり、“責任”であるからだ。
ギアッチョの指が視界に入り、表皮に触れる寸前。
集中で呼吸さえも止まる。
糸が端同士から引っ張られピンと限界まで引き伸ばされるような緊張感に包まれる中で。
後数mmで指が触れるその瞬間にーーー聞き覚えのない音が耳に届く。
そして、続け様に響く壁を突き破ったのような轟音。
それを前にして漸く手を止めたギアッチョの前に現れたのは、見たことのない〝鉄の塊”だった。
「なんーーーー」
突如として目の前に現れた鉄の塊に2人して言葉を止める。
列車などとは違う、確か時代の最先端を行くとか如何とかで金持ちのレース参加者の1人が馬の代わりに乗り込んでいた“自動車”とかいうやつに似ている。
横幅は大の男1人が腕を広げたほど、縦幅に対してはそれよりも長く、そのような大質量を持った鉄の塊が壁を破って、上に跨るギアッチョを目掛けて前進を始めた。
運転席には先に係員に化けていた運び屋の姿が何ともピンピンした姿でこちらを睨みつけておりーーー巻き込まれると目を瞑りかける寸前でタイヤがぐん、と下に弾むとギアッチョだけを狙うように車体が
この、鉄道などより小回りが利き、かつスピードとパワー、そして宙を舞う事さえできる自動車という機械の骨組みを下から見る事などおそらく人生でもうないだろう。というか、見たくもない。そう心から感じながら綺麗に自分の頭上を通過していく様が妙にゆっくり見えた。
力は重さと速さ、圧倒的な質量では流石のスタンド使いといえども鉄の塊に対処することはできず、車輪がギリギリと巻き込む音を出して再び壁に突撃していくーーーかに思われた目前で、突如として車両が急停止する。
「ここまでいくとーーー本気にバケモンだな」
タイヤの摩擦音が上がり、地面との摩擦熱で上がる蒸気がもくもくと車両を包み始めているのと比例して、額から冷たい汗が伝ってくるのが分かる。
「ご、、こ゛な゛く゛そ゛・・・ッ!! 」
幽鬼のようにプルプルと体を震わし、氷で作ったマスクの中を赤く染めながら尚もギアッチョは立ち上がる。その背後には、自然に出来たとは到底思えない量の氷柱が蜘蛛の巣上に厩舎の壁を撃ち抜く形で伸びており、一本だけでは脆い氷の糸を幾つも手繰り合わせながら形成された防御壁はまさに女郎蜘蛛の巣の如き様相を呈していた。
おそらく、生への執着心が成し得たその現象。車が衝突するより以前のギアッチョであれば防ぐ事は出来なかったであろうその芸当はその本人が話していた精神の高揚による成長を何よりも強く示していた。
埒が開かないと思ったのか、運転席に座したまま運び屋は窓ガラスごとギアッチョ撃ち抜こうと拳銃の引き金を引こうとするも、すでに銃身ごと運び屋の右手は凍り始めていた。
(どこにまだそんなバカ力が残ってんだ・・・一度のしてやった運び屋がここへ戻ってきた事実も謎だが、運良く状況が好転したのは事実・・・チャンスはここしかーーーーッ)
「ざぜる゛がーーーッホ゛ケッ!!!」
「がっーーーーッくそ、」
本体まで届かずとも、車輪が動いてしまえばいい。その一点だけを考えて鉄球を投擲しようと立ち上がるも、ギアッチョが目線をこちらに動かした途端にすぐさま目の前に鉄球の軌道を阻害する氷壁が形成され後方へ押し出される。
何でもいいーーー何か奴を支える氷柱を打ち崩せる物を投擲さえすれば奴を車両の下敷きにする事ができる。
ここだ、ここで奴を倒さなければ今後このような絶対的な瞬間が来るとは到底思えない。先までジャイロと共に交戦していた筈の運び屋が何故俺を助けるような真似をしているのかは想像すらできない。だが、
2投目をすぐに準備しようと咄嗟にバックルから作り出した鉄球を放り投げようと氷壁のない別の位置へ移動する。しかし、体に思うように力が入らずに、手元にしっかりと握りしめていた筈の鉄球はこぼれ落ちてしまった。
(護衛鉄球の反動がーーーここで、か・・・ッ!)
霞む視界の中で、蒸気を上げながら尚もタイヤを回転させている車両がじりじりと次第に後退していく。
「5秒やるからその醜い足掻きを止めろーーーじゃないとみっともなくあの世に行く事になるぞ」
「ギギギーーー運び屋“フランク”、か。お゛前の目的がハナから俺達兄弟だって゛のは分゛か゛ってた。この質量にパワー、国の御用達になるのはなるほどだが、ーーぐぶ、俺があえてお前達の前に出てきたってのは
「クソーーーグレゴリオの野郎に後でたんまりと請求してやる…」
ギアッチョが叫ぶと、それに呼応する形でギアッチョのスーツが更に氷の表皮を重ね巨大化していく。
それに伴い先までギアッチョを押し潰そうとしていた車両は押し戻るどころか次第にミシミシと持ち上げられていく。
タイヤの回転数からおそらく運び屋も最高速度で車輪を回しているのだろうが、なすすべなく1ミリ、2ミリと車体は持ち上げられる。
それを尻目にして未だに自分は体の主導権を完全に戻せてはいない。何とか奴の防御壁を壊そうと抵抗の一つでも取ってやりたいが、いかんせん半身失調の副作用がぶり返し体が全くと言っていいほど動かない。こんな時にーーー何て頼りにならない人間なのだと自分に対して嫌気がさす。
自分は肝心な時にいつも何も出来ないのだ。いつもは余裕風を吹かせながら何でも出来るような口振でどっしりと構えている癖に、本当は振りをしているだけでアクシデントに直面すれば何をする事もできない。
“あの時でさえ”もーーー背後に隠れる幼い少女に恐怖心を植え付けてしまったあの日でさえも自分はただ盾になる事しか出来なかったのだ。
「おいおいおいーーーそんなデカくなっちまって、俺の車で轢き甲斐があるようになったじゃねえか」
「減らず口をーーーッ、だが慌てるんじゃあねぇ。1人ずつ、こうして巨大化した体で踏み殺してやるからよォ!! そんで鉄球も奪って、てめえら全員血祭りにあげてやッーーーーー」
「ーーーアレを打ち崩せばいいのか?」
その時、ギアッチョの体が大きき揺らぐ。
瞬間ギアッチョの背後を支える氷柱が一本、また一本と唐突に崩壊を始める。
「ってめぇーーー一体誰だッ、つぁーーおい!!」
正面から鉄の塊が突っ込んでくる衝撃をも受け止める氷の力を支えていた氷柱が壊れ始めた事で、次第に優勢だったギアッチョのバランスが揺らいでいく。
一歩、また一歩と急速に肥大化していた足は少しずつ後退していき、ギアッチョの背中と厩舎の壁がくっついたそのタイミングを見計らい、車両のタイヤが再び回転を始める。
「あッーーーーがががか゛か゛か゛ッッ」
アイスピックで削られる氷のように、摩擦でホワイトアルバムの表皮が剥がされていく。
擦れていくたびにびくびくとギアッチョは体を振るわせながらーーーどういう原理で氷を操る事ができて、それがなんであんな硬度を保っているかはわからないが、一つだけ分かる事がある。それはあの殺され方だけはされたくないって事だ。
知らぬ内に体を張っていた氷の破片を取り除きながら、命からからがら厩舎まで逃げ込む理由を作った男へ目線を向ける。
「何だお前もーーー揃いも揃って命を狙ってきた奴らが一体どういう風の吹き回しだ」
「なに、ただの利害の一致だ。元より俺はーーーお前の様子を見にきただけだったがな」
この場に見合わぬスーツを着直すババヤガの手には、未だ硝煙が掻き消えてはいない拳銃が握られていた。
「様子をって言ったって、マジに爆殺しかけにきやがったやつが何言ってんだ……」
「アレはただのブラフーーーというよりも偶然だ。ジャイロとかいう、お前のツレと接敵していたやつがおおかた設置してたんだろう」
「ーーーじゃあこっちに向かって撃ってきたのは何だったんだ、あん時は確実にやっちまう目してたろ」
「人生に演技ってもんはつきもんだ。それに、お前を狙う奴を誘き出すためには今のこの状態が一番好ましいと思ったからな」
目の前の男は特に悪びれる素振りも見せず、淡々とこちらの問いかけに答える。
こいつーーー仕事をしてた時からある程度タガが外れているのは認識していたが、まさか此処までとは考えていなかった。
「本当は、誰に頼まれた」
無言のまま真っ黒なサングラスをかけられた。
ただそれだけで誰から頼まれたか分かった俺も相当あの女に絆されてるのだろう。
呆れとピンチを乗り切った安堵感で思わず足の力が抜けて倒れそうになるも、ババヤガの腕を借りる事で何とか体勢を立て直した。
「って事はだ、つまりホットパンツはーーー」
「お前を命張って守った女の事なら無事だ。“あの能力”なら、もう時期此処にくるだろう、だが今はそれよりもーーー」
「チッ、ああもうーーーこっちは腹一杯だってのにッ!」
再び厩舎内に轟音が響き渡る。
音の方向へ振り向けば、ギアッチョを押し込みながら車両が迫り上がっている壁面が突如として逆側から爆発が起きたかのように吹き飛ばされた。
ホワイトアルバムの氷によって密閉されていた空間に風穴が開き、外から光と生ぬるい風が厩舎内に一気に流れ込む。
腕で風を抑えながら逆光の先へ目を凝らすと、車両よりも少し小さい、人間にしては巨大すぎる影が微かに見えた。
刹那、およそ人の腕ではならないような風切り音とドゴン、という鈍い音が鳴りいとも簡単に運び屋の乗る車両が数m跳ね除けられた。
そのまま影は傷だらけになったギアッチョを徐に担ぎ出すと、休む暇もなくこちらの視界を潰す目的で瓦礫をまるで石ころを投げるかのように連続で投擲し始めた。
「これは少し、手に余りそうだな」
「う、ぉぉおーーーーーッッ!」
ババヤガは早々に肩を貸すのを諦めると、瓦礫の雨をガソリンの首根っこを掴みながら厩舎中を駆け回る事で何とか避けていく。
出店でやるような射的やらのミニゲームとは比較にならない、球の大きさがターゲットである俺達と同等以上のサイズという破格の泥試合の中で未だに怪我一つ負っていないのは運がいいだけなのか。
首根っこを掴まれながらも、余波を喰らわない様に端で伸びていたジャイロを掴むとババヤガの移動するスピードが一段下がった。
「悪い、こいつは見捨てられない」
「全く、君は相変わらずお人好しだなーーーだがまぁいいだろうッ」
そのまま幾許か厩舎内を首根っこを掴まれながら地獄の様な射的ゲームを逃げ回っていると瓦礫の雨は止み、その代わりに野太い雄叫びが辺りを包んだ。
少し動いた事で逆光が晴れ、巨大な影の姿が映し出されていくとそこには毛むくじゃらの生命体が青筋を浮かべてそこに佇んでいた。
「あれもスタンド、なのかーーー?」
「いや、呼吸反応から見ても何らかの生命体だろう。グリズリーかビッグフットかーーー」
「ーーー奴の名は“フォーエバー”。ぐッーーー、どうやってこんな大陸まで引っ張ってきたんだか、あれは四肢を縛り上げた上で閉じ込められてた知性のある、ッ化け物だ」
苦悶混じりの声に意識を向ければ、片膝をつきながらも自分の力で立ちあがろうとしているジャイロがそこにいた。
「ジャイロ……! なんだ、生きてたのか」
「うるせぇ、それよりもーーーさっきまで殺し合ってた奴らと手組んでるっつーのはどういう状況だ」
「なに、最初からその状況自体が作り込まれていたものだったってことだ」
「なんだ、そりゃーーーどういう事だ?」
「それはあそこにいる運び屋だって同じ事ーーーつまりは互いが互いを試しあってたって事だ」
「んなッ」
「っておいーーー怪我人になにしやがるッ!」
会話の結末に辿り着く前に突然ジャイロ共々首根っこを掴まれる。大の男2人を易々と持ち上げる力も大概ではあるが、綺麗に空いていた厩舎の壁の穴からそのまま放り出される。
「此処は俺達に任せて、お前達はレースに迎え。各々が成し遂げなければならない事だけに集中しろ」
「どういうことだそりゃーーー」
「痛ッてぇーーーくそ、なんのつもりだ!」
ポカーンと空いた口を押さえつつも放り出された体勢からなんとか起きあがろうと這い上がる。しかし時すでに遅く、厩舎に空いた穴は氷の壁によって塞がれてしまっていた。
急いで中へ戻ろうと氷壁へ鉄球をぶつけるがキリキリと音を立てるだけで貫通する事は無かった。
「あの野郎、この短時間でもう意識を取り戻したってのか……」
「やっぱ、ネアポリスでも関わってなくてよかったぜーーー」
どこか安堵する様子を見せるジャイロをよそに、ガソリンは氷壁から鉄球を回収しながら物思いに耽る。
試されていたーーー? 俺が、というよりあの口振からするに俺とジャイロ両方なんだろうが……。いや、あいつらが試していたのか? 関係性とババヤガがジャイロの存在を知らなかった事からしておそらく彼は俺を、そして運び屋がジャイロをーーーなのだろうが生憎理由が分からなさすぎる。
サングラスは何故俺をババヤガに確認させた。特別仲が良かったとか、別に悪い訳でもないが切っても切り離せない関係かと言われるとそういう訳じゃあない。とするとババヤガというのは必須条項ではない事が分かるが、ただ俺を心配しただけなのか?
だが、それにしてもジャイロ自身は運び屋を知っていても直接的な関わりは無さそうだしーーーいや、今考えたところでわかるはずもない。
結局のところ、あの男が戦うという状況下においては逆に怪我を負った俺達は足手纏いにしかならないって事か。
ポリポリと頭を掻きつつ未だ轟音が鳴り響く厩舎に背を向けて、先ずどこかへ逃げたいであろうヘイヤアとジャイロの馬をどう回収しようかと思考を練っている内に、見覚えのある男が視界の外から目的の馬達を連れて入ってきた。
「ーーージョニィ=ジョースターか」
「ガソリンに、ジャイロ!? 一体どうしたんだそんな血だらけでーーーまさか、あのスタンドとかいう超能力者がまた現れたってのか!?」
「ジョニィ、てめぇ来るのが遅いんだよ! ったくーーーLesson1をクリアした程度でもう満足してたのかァ?」
「なーーーッ、君こそ厩舎にいた癖にみすみす自分の馬を逃すなんて人の事言えないだろ! それに僕は爆音を聞きつつけてやって来たっていうのになんていい草を……」
「ケッーーーそれはもう終わったのさ! まぁいい、敵から“手紙の内容”も奪い返したんだ。このままレースは続行! あばよガソリン、共同戦線はこれで終了だ。ジョニィッ、ヴァルキリーの手綱をこっちによこせ!」
「そんな血だらけのままレースに行ける訳ないだろ、おいちょっと待てジャイロ•ツェペリーーーー!!!」
ジョニィはそのまま背後から尚も聞こえる銃声に一度も意識を向ける事なく、血だらけで馬に飛び乗ったジャイロを追いかけていく。
(どこにあんな元気があるんだかーーータフってレベルじゃ無いだろ。ネアポリス育ちの鉄球使いってのはああも頑丈なのか……?)
俺も早いとこホットパンツを回収してから追いかけるとするべきか…。
後方のDio達とはまだ大分アドバンテージがあった筈だが、差があいていて越した事はない。
しかしながら、いかんせんダメージを負いすぎたなーーー。
身体中に走る痛みを無視しながら、手綱を手繰り寄せようとジョニィが回収してくれていた自らの愛馬に近付こうとするも、走ってないにも関わらずそこに至るまでの道のりで足がもつれかける。
「ーーー意外と薄情者だな、ヤツらは」
「借りは返してもらったしーーーこれはレースだからな。そうも言ってられんだろ」
急に軽くなった体に違和感を覚える事なく、その感覚に身を委ねると先まで思うように動かなかった体が急に前へ進み出した。
「すごいなーーーこっちは見ての通りボロボロだが、一眼見ただけだと傷一つ見えないな」
「そういう能力だからな」
「まぁ、とにかく無事で良かったよホットパンツ」
体が弱ってるからか、今ならいつもより素直に感謝の気持ちを伝えられる気がする。
貸された肩に掴まりながら“ヘイヤア”の元に連れられる数秒の間でも、赤紫の髪を揺らす彼女はどこか俯いているように見えた。
「なんだ、どうした。やっぱり傷は完全に治ってないかーーー?」
「いや、そうじゃない。唯今回の出来事は敵の行動と仕掛けた事に気付かなかった、私の不始末が原因だーーーすまなかった」
珍しく、というより今まで見た事のないほどにホットパンツにしては妙にしおらしい。いつもであれば次はないぞとか言ってきそうなものだが、此処最近は護衛という立場でありながら怪我を負って一時動けなくなってしまう事が重なっているからか。彼女自身も責任と悔しさというものをどこかで感じているのだろう。
もちろんその全てが推測であり実際に彼女が語った訳ではないのだが。
「謝る事はないーーーむしろ助けられたのはどう考えてもこっちだ。火薬の匂いは直前まで気づかなかったし、何よりお前がいなけりゃとっくに消し炭になってた」
「だとしても、護衛としてお前を守る事が出来なかったのは事実だ」
「ーーーだが、現に俺は今生きてる。それはお前があの時爆風から身を呈して守ってくれたという事実があるからだ」
そこまで言うと、ホットパンツはもう何も言わなくなった。
こいつには何を言っても無駄だと思われたか、それともまた別の事を思われたのかは知らない。
ホットパンツに身体を支えてもらいながら、ゆっくりと近づくとヘイヤアは察したようで首を下げこちらに乗せやすい体勢を取ってくれた。
「ーーーーー」
「なにか、言ったか?」
「何も」
「そうか、俺達も急ごう。モタモタしてると直ぐにジャイロ達に距離を取られるぞ。それに後ろの戦闘がいつ終わるかも分からない」
「ああーーー」
ホットパンツから荷物を受け取ると、彼女のポケットに押し込まれていた治療済みのパーシーもそのまま自分のポケットへ押し付けられた。
「何から何でもありがとよ」
「ーーーフン」
そっぽを向きながら自分の荷物を背負い出したホットパンツは、何処か先ほどよりも吹っ切れた表情に見えた。
本体:運び屋ーフランク•マーチン
能力名:ホウィール•オブ•フォーチュン
能力説明:発明されたばかりである車両という物体を媒介として発現した能力。車体を変形させる事からガソリンを弾にして攻撃することも可能。
【破壊力:B/スピード:D/射程距離:B/持続力:A/精密動作性:E/成長性:D】