黄金長方形を夢見て(改)   作:パッパパスタ

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拾い子

 

 

 

  その日、運命と出会った。

 

 「先生、もうでてっちゃうの〜?」

 「こら、わがまま言わないの! お医者様はね、と〜っても忙しいんだから」

 「フフ、縁があればまた会えるさ。そろそろ時間だーーーそれではな」

 「本当にありがとうございました……!!」

 

 後ろを向かずにひらひらと手を振りながら、親子の声から遠ざかってゆく。

 名前を覚えられない様に寂れた田舎町を転々と生活する。

 

 揉め事を起こさぬ様ひっそりと暮らしながら、ある程度時が経てば村を離れてまた新たな村へと渡り歩く。ある程度の身分を持ち合わせている者がある程度の技術を持っていれば、それを疑う者なんぞそういない。

 そんな中で医者というのは存外自分に向いていたらしくーーー中でも生まれ故郷で身につけた“技術”は大きく貢献する事となった。

 そこで栄える鉄球の技術、一見すれば球体を回し続けるだけの一辺倒であるものの、その活用先は医療から捕縛、殺人までと何でもござれ。

 だが、医者の真似事をしながら()()に見つからないようたかが寂れた田舎町を転々と生活するのには限界があった。 

 自分がするのはあくまでも自然治癒の促進であり、完璧な医療技術に特化した技術を持ち合わせていない状況では金をせびるなどできるはずもなかった。

 しかしながらいくら金が無かろうとも、人は喰っていかなければ死んでしまう。健康には人一倍気をつけるべきである医者が飢餓で倒れるなど皮肉にすらならない。そんなわけでその日もいつもと同じように野山の動物を狩ろうと思っていた矢先、ひとりの子供を見つけた。

 

 ぬかるんだ坂道を登り切れば、山から流れる川の下流が流木に堰き止められ、溜池になっている場所。おそらく前日に降り注いでいた大雨の影響だろう。ここから都市へ繋ぐ橋も流れ落ちてきた土石流によって一つ崩壊していた。

 そして、そこには土色に濁った水とともに、水が赤色に広がっている部分があった。

 

 その子供は、大木に引っかかる形でそこに流れ着いていた。

 

 唇は土色に変色していた。一目見るだけで分かる。

 既に、手遅れだった。身体中ズタボロで片方の腕が抉れるようにして欠損している。

 

 

 思わず、顔が歪んだ。

 余りの惨さに、喉の奥から言葉が出なかった。大方、先日の大雨で流された子供の死体を動物が食い荒らしたといったところか。

 この世界に平和や平等などといったものは存在しない。誰しも、必ず老衰で死ぬまで健康に生きれるとは限らない。

 

 「チッーーー」

 

 逸らした視界の隅に、小さな体が映っていた。

 こんな生まれて数年しか経っていないような子供にさえ、世界は等しく牙を剥く。

 

 せめて、弔いだけはしてやろう。

 

 何故そう思ったのか、同情か、感傷に浸りたかっただけなのか、分からない。自分とはまったく無関係の子供だったものだ。

 ただ、自然と体が動いていた。

 

 「何やってんだ俺は……」

 

 体に子供の血がつくことも躊躇わず、その体を川から引き上げた。

 肌に感じるのは冷たさだけだった。子供の体は冷えきっていた。 

 

 「クソッ、嫌なもん見ちまったーーー」

 

 一体、どれほど水に浸かっていたのだろうか。

 子供を背中で担ぎ、ひとまず川から這い出る。そうして彼の腹を支えながら持ち上げた瞬間ーーー

 

 「ーーーゲボッ」

 

 子供が口から水を吐いた。そして、続け様にえずく。

 

 ーーーーー生きてるのか、この状態で?

 

 急いで彼の体を返し、胸元へ耳を押し付ける。

 すると、非常に小さな音ではあるが微かに鼓動が聞こえる。

 

 「ーーーーウソだろ、ウソだろおいおいオイ……」

 

 目元を開けば、まだ瞳孔は開いていなかった。

 だが、体は欠損している。最初に見つけた状態から考えても、彼の体から血液は大量に流れ出てしまっているだろう。加えて体が冷え切っていたことからも、長時間水に浸かっていたことが推測できる。

 人間ならば確実に死んでいる。それも、こんな小さな子供ならなおさら。

 

 ならばなぜーーー。

 

 単純な生への執着か、愛する者への想いか、やり遂げねばならなかったことへの執念なのか。

 どちらにせよ、天が彼を生かしたことに変わりはない。

 であるならば、拾い上げねばならん。

 

 急ぎ、怪我が怪我ということもあり気休めでしかないが手持ちにある布切れで傷口を圧迫し、出血を止める。

 痛むのか、締め上げた時に彼の口からうめき声が聞こえたが、気にしている場合ではない。

 そして持ってきていた替えの衣服を着させ、体温を確保する。

 

 幸いなことに、医薬品の蓄えなら心当たりがあった。ひとまず、家ならば手当ができる。

 

 連れてきていた馬車に戻り毛布を敷き、その上に乗せる。

 ぐるぐる巻きにした彼に目をやると、未だ意識を失っていた。

 全身は泥だらけで、よく見ないと顔の判別もつかない。もはや捨てるしかないほどに汚れたタオルで顔についた泥を拭き取ってやると、ようやく少年の顔を見ることができた。

 

 そしてーーー言葉を失った。

 

 似ていたのだ。

 記憶の奥底にしまっていた、二度と思い出さないように隠していた記憶の中のーーーーー。

 

 彼も生きていれば、この少年と同じほどの年齢だっただろう。

 彼女も、彼の成長を目に涙を浮かべながら喜んでいただろう。

 

 だが、そのどちらももう叶わぬことだ。

 

 『流れに逆らうんじゃあない。任せるべきだったのだ。運命という大きな海流に身を任せるべきだったのだーーー』

 

 あの激しい雨の中、失われていく手の中の温度に嘆く自分に言い放った“あの男”の言葉が反芻する。

 

 ーーーー頭が痛む。

 

 ……グレゴリオ・ツェペリめ、遠い記憶を引っ張り出しやがって。

 

 

 「ーーーーー」

 

 

 黙って彼の顔から目を逸らし、背中に手を回しながら持ち上げる。

 

 

 そうして、彼を家へと連れ帰った。

 次はーー必ず守る。

 

 そう、心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 「起きろ」

 

 

 顔に冷たい水の感触を感じたと同時に、今自分が揺れる馬車の中にいるということに気がついた。

 

 「─────」

 

 ほぼ無意識のまま顔についた水滴を拭うことなく、未だ夢と現実の区別がついておらず重くなっている瞼を開く。

 

 視界一面にはところどころボロボロになっている小さな屋根が広がっていて、そこには辺りを飛び交うコバエが数匹飛び交っていた。

 そして、そのまま視界の外へ飛び出すコバエを目で追いかけると、その先にはなにやら茶色の、強烈な臭いを放っているなにかが無造作に転がっていた。

 

 「目ェ覚めたみたいだな。ほらよ」

 

 奥にいる御者の男性は手綱を握り直し、こちらへ濡れた布を投げた。

 先程の刺激臭のするなにかの隣に落ちた布を拾おうとすると、その瞬間、体中に痛みが走り、床に倒れ込んだ。

 

 「まだ痛むかーー、そりゃそうだろうな」 

 

 男の声が耳から入るが、自分に何が起こったのか分からず事態を把握できていない。

 とりあえずその場から立ち上がろうとすると、先程の異臭を放つ“なにか”が視界に入った。

 それと同時に刺激臭のするなにかと、自分を殺そうとしていた『熊』の後ろ姿がフラッシュバックする。 

 人のそれより数倍大きい口から垂れる唾液に、そこから漂う猛烈な獣の匂い、そしてはりさかれんとばかりに開かれた大きな目。まるで数秒前起きた事かと思うほどに体に染み付いたその体験は、今もなお体を震え上がらせる。

 

 頭を振って、その恐ろしさを紛らわすように投げ出された布を拾おうと“肩”を伸ばすと、『先』がなかった。

 急いで傷だらけの自らの身体へ目をやる。腰や右足と左太腿辺り、肩や頭にも包帯の代わりと思わしき少し古汚い布が巻かれてあったが、包帯の上からでは大惨事といえるほどの大傷のようには見えなかった。がしかし、

 

 「は────」

 

 ()()()()()、というわけではなかった。

 命はある。声も出る。だが、多くの人間が通常何かをつかむときに動かす部位の『右腕』は、肘のあたりから元からそこには何もなかったかのように消失していた。

 “それ”が元あった場所には幾重にも包帯が巻かれていて、いつもの何となく握るという簡単な行為の感触でさえ掴めなくなってしまっていた。

 そして、一見無事に見えた足も、肌に触る感触が分かるほどだけで、ぴくりとも動かなくなってしまっていた。

 

 「右腕はどうしようもなかった。一応血は止めておいたが、『コレ』がなけりゃあ逃げ延びることが出来たとしてもそこらで野垂れ死んでたぜ、お前」

 

 “コレ”と呼ばれた彼がさす手の上の物体は、なにか特殊な器具なのだろうか。

 視線の先の物体は、とても綺麗な球の形をしていた。それも、生まれてこの方、これほどまでのきれいな球体は月や太陽といったもの以外で初めて見たといってもいい。

 それは、少し黒っぽい色をしていて、幾何学模様のような今まで見たことのない模様が刻まれていた。

 

 思わず見惚れてしまうほどの造形のそれから目線を外し、ゆっくりと左腕で布を拾い顔を拭きながら再び右腕があった場所へ視線を向けるも、それがなくなったという事実が変わることはなかった。しかし、意外なことに自らの肉体の一部がなくなった『喪失感』というよりも『早く左腕に慣れなければ』という危機感のほうを強く感じる。

 やはり、一度死にかけたから自らの生命が危機感を鈍らせているのだろうか。以前ならば軽く泣き叫ぶ自信すらある。

 

 すると、馭者台に乗っている彼はそんな自分の様子を見て、何やら子供が面白いおもちゃを見つけたように笑っていた。

 

 「ほぉ、お前ぐらいのなら泣き喚くかと思って耳栓の準備してたんだがなぁ」

 

 はぁ、と一言返事をして目覚めたてのあやふやな意識で彼を見やる。と、彼の特異な格好が目に入った。腰に小さいナイフ、そして丸みを帯びた『ナニカ』が入ったバックルが腰からぶら下げられている。

 

 おそらく先程の話から推測するに自分を助けてくれたのは彼。そして死にかけていた自分をここまで運び、最早モノとなってしまった熊を運んだのも彼のようだが、いかんせんあの大きさの生き物を仕留めるには彼は軽装備すぎる。

 見たところ彼が身に着けているものであの熊を仕留めれるものは銃しかないだろうが、彼の腰についたその銃はいくら銃といっても子供用のレプリカほどの大きさしかない。

 

 「いやなぁ、最初は銃で眉間を撃ち抜いてやろうと思ったんだが俺を見かけた途端、気絶したお前に目も向けずにこちらに突っ込んで来やがったからよ。コレ”で熊の野郎の顎ねらってパーンッってよォ」

 

 やってやったんだぜ、彼は再び握った鉄球を見せびらかした。熊を殺したモノで人を治療ができるなど、村で伝わるお伽噺ですら聞いた事がない。ひとまず感謝の言葉を言い、自分はどうなっていたんだと詳細を訊ねた。

 

 「流れ着いてたよ、溜池になってた下流でな。全身血と泥まみれで、死んでると思ってたぜ」

 

 ほぼゾンビだゾンビ、分かるか? と少し小馬鹿にしたように彼は言った。

 それに対して少し思うことがないわけではないが、腐っても自分の命を救ってくれた恩人だ。そう思う事で困惑しかけた自分の気持ちに無理矢理踏ん切りをつけた。

 

 「それでも数日間お前は眠ってたがな。よく生きてたよ、そんなちっこい体でよ」

 

 笑う彼を尻目に、思わず、はぁとため息が口から漏れる。

 

 最後の瞬間、ほんの少しではあるが多少の意識は残っていた。自分はもうここで終わりだと、このまま熊の腹に収まって消化されるのだと、そう思っていた。だからこそ、命があったことに安堵はするものの、この身動きの取れない体では死人とほぼ変わりはない。

 

 だが、このまま意気消沈していても、せっかく命を繋いでくれた彼に対して申し訳ない。

 

 ひとまず気を晴らそうと身を起こして馬車の窓を覗くと、あたりには見た事のないような草原が一面に広がっていた。

 

 ゆっくりと移り変わっていく景色を横目に、ふと頭に名も知らぬ少女の顔がよぎった。

 今にも泣きそうになっているーー、薄紫の髪をした少女。

 何かーーー大事なことを忘れている気がする。

 決して忘れてはいけない、守らなければならない何か。それが今、頭をよぎった少女が関係しているのかーーー?

 手がかりはその記憶しか持ち得ていなかった。

 どうするーー、そう考えるよりも先に言葉が出ていた。

 

 「誰かーー俺以外に誰かいなかったか?」

 「ーーーいや、見てないな。お前を見つけた時、他にはだれもいなかったぞ」

 その言葉を聞いた瞬間何故か、まるで心臓にかけられていた重荷が解放されたようにホッとした。

 何に対してホッとしたのかは自分では分からないがーーー。

 

 一旦落ち着くと、次は疑問が湧いて出た。 

 それは目が覚めた時から気になっていること、この馬車は一体どこに向かってるのかというものだ。

 さきほど見えた景色から考えると、これほど平原が広がっていて何もない土地は見かけたことがない。まぁ、どちらにせよ見覚えのある場所などないに等しいが。

 

 「そうだなァ、お前を乗せて走りだしてから10日ぐらい経ってるからな。今いるとこは 、だいたい……ここらへんだと思うぞ」

 

 ぼんやり外を見つめていた俺を見兼ねたのから、彼は白い紙に地図のようなものが書かれたモノをこちらへ投げた。

 

 が、しかしそれはお世辞にも分かりやすいと言えるものではなく、あまりにも大雑把だった。それに加えて、正直を丸つけてもらった手前申し訳ないが、現在地すら分からない。

 そうして手をこまねいていると、彼が話しかけてきた。

 

 「なぁ、それでお前は一体どこで何してたやつなんだ」

 「俺はーーー」

 

 彼の問いかけに答えるために続きを口にしようとしたが、何も出なかった。というよりも、何も思い浮かばなかった。

 どこで生まれて、どんな生活をし、どんな環境にいたのかーー、思い出そうとしてもなぜか思考がまとまらない。

 

 かろうじて思い出すことができるのは、先の熊に蹂躙されたものや、見知らぬ少女の断片的な記憶、そして帰らなければならない場所の事だけ。

 

 「記憶喪失、っていったところか? その怪我だ、無理もない。一時的なものか、それともーー分からんな」

 

 彼は御者台からこちらに身を乗り出し、先ほど手放した地図へ何かを書き入れ出した。 

 

 「今いる場所がここでーーーお前を拾ったのが大体ここら辺のはずだ」

 

 しかし生まれてこの方、ど田舎に生まれ大した教養もなくこういった地形を描いたものは見たことがなかったので、正確な見方はわからない。だが、描かれたその二つの距離は遠く離れていた。

 

 「まぁ、どちらにせよそこには戻ることは出来ねぇ。居座ろうとしてた場所も、既に見つかっちまったからなーー」

 

 なにやら訳ありのようだが、未だぼんやりとしている頭では深く知ろうとも思えなかった。

 

 体を見たところ、男性の乱雑そうに見える口調とは裏腹に丁寧に包帯が巻かれていた。

 

 ここまで運んできてくれたのは彼なのだろう。現状を省みても世話になったことはわかる。だから、恩返しがしたいと申し出た。

 

 「身動き取れねえガキが一体何の役に立つってんだ。ーーーいいから今は世話されとけ、後のことは後で考えりゃあいい」

 

 そう言われると、返す言葉は何も思いつかなかった。

 何とかして人から受けた恩は返さなければならない。だが、彼が言うように満足に体を動かせない自分では足手まといにしかならないだろう。

 

 「お前の命は俺が救ったんだ。だから、俺の言うことは黙って聞かなきゃならねえ」

 

 その後、数分の沈黙がつづき、その後にやっと理解することが出来た。それは、彼の仕事はもしかすると“人身売買の役人”かもしれない、という事だ。確かに自分は彼に拾われていなければ熊から助かったとしても、結局はそのまま野垂れ死んでいただろう。だが、それとこれとは話が異なる。

 自分はこんな所で何も成さずにあの村から離れるわけにはいかない。

 そして、最悪の事態を想定しながら瞬時にここから逃げる術を頭で考える。

 

 その1,布を使って馭者台に乗って背中を見せている隙をついて首を絞める。

 その2, 一気に窓の外から飛び出して草むらに隠れながら逃げ延びる

 その3, 熊の毛皮を盾にここから飛び出す

 

 考えることのできるすべての対処法を考えたものの、いずれの策も最終的に熊を楽々と倒すだろう化け物が目の前に立ちはだかる時点で詰んでいる。それに、まずまず身動きを取ることができない時点で、何をされても自分に抵抗することはできない。

 この時点で逃げる事ができないのは確実だ。ここはもう諦めるしかーーーーー

 

 「待て待て、落ち着けよ。別に取って食おうだなんて考えちゃいねェよ」

 

 興奮状態にある自分に、落ち着かせるように前に出される男の大きな手。遠くから見るだけでも、彼の積んだ経験の数が見えるほどその皮は厚く、大きく見えた。そして、彼は自分を落ち着かせるように不思議なことを言い出した。

 

 「お前、俺を手伝え」

 それは、どういう言葉の意味だろうか。どちらにせよ、いい方向の言葉には思えない。  

 しかも、動くことのできない自分にできることなど高が知れている。自分はそう考える程まで疑心の気持ちが強くなっていた。

 

 「俺はある理由で追われてる。話せば長くなるがーーそうだな、まず昔話でもしてやろう」

 

 会話が一方通行気味なのが若干気になるが、相手は命を救ってくれた恩人だ。そこは我慢しようと一旦口を紡ぐ。

 

 彼はおもぬろに胸ポケットに指を突っ込むと、そこから先程の“鉄球”を取り出し人差し指と中指の間に挟んだ。

 

 「この鉄球はな、まァいわゆる見ての通りのただの鉄球だ。だが、俺の家系の技術をもって投げればただの鉄球じゃなくなる。なにも特殊能力じゃない、練習すれば誰でもできる“技術”だ」

 

 すると彼は両手で鉄球を包みこんだ。そして、しばらくすると彼は手のひらを開け、中身をこちらに見せてきた。開かれた手の中には鉄球がグルグルとまわり続けていた。

 

 「坊主、ちょっとさわってみろ」

 

 おそるおそる残ってる方の腕の人差し指で鉄球の上部分を撫でるとーーー指が飲み込まれた。

 何を言っているか分からないと思うが、もう一度言おう。「指」が飲み込まれたんだ。

 鉄球に巻き付くように指が飲み込まれ、次第に手全体が、腕までも巻き込まれそうになっていく。

 それはさながら、アリ地獄にアリが引きずりこまれるかの如く。

 

 「ちょ、まっ」

 「慌てるな慌てるな、ほれ」

 

 すると、先ほどまで全く動く気配のなかった足がーーー動いた。

 

 思わず言葉を失う。

 

 彼が再び鉄球を撫でると、引き込まれた腕と手が突き飛ばされるように元の位置へもどっていく。彼が言うには鉄球に逆の回転をかけたそうだ。

 

 「とある王国の、捕縛官が使ってた技術だ。逃げ出したヤツを鉄球の中に犯罪者ごと包み込んで捕まえてた」

 

 まぁ、ほんとかどうかは分からんがなと、彼は手で鉄球を弄びながら御者の席へと戻っていった。

 

 「詳しくは言えないがーー、お前には俺の後を継いでもらう。そうすりゃあ足も動くようになって、俺も安心でーーーwinwinだろ?」

 

 いきなりの情報量で頭がパンクしかけている。彼の言葉は、まるで宣教師の言葉のように右耳から左耳へと通り抜けていったかのように感じた。

 

 「死に体で悪いがなーーーもう修行ははじまってるぞ」

 「うぉッ!」

 

 いつまでも呆けている自分を見兼ねたのか、先程の鉄球とは別の回転している球をこちらへ投げ込んできた。

 先程起こったことを思い出し、身体がビクッとしたが今回は吸い込まれることは無かった。

 

 しかしながらこの鉄球、眺めれば眺めるほど不思議に思う。乗せた左の手のひらの上で回転しているのにも関わらず、球がまわっているという感触を感じられないのだ。人差し指でつついてみるも先程とは違い弾かれてしまう。

 

 「ちなみにそれ、次の街につくまでに止めとけよ。できなかったら飯抜きな」

 「……死に体ってさっき言ってたろ」

 「その程度じゃ死なねぇよ。あと、『先生』には敬語だろうよ」

 「ーーーー分かった」

 「分かりました、だ。ーーーせいぜい死なない程度にコキ使ってやるよ。ま、たしかに傷を癒すのが先だがな」

 

 こんなズタボロで、死に体と表現された自分にすら容赦がない。

 

 だが、どちらにせよこれまでの記憶が混濁している自分には頼るアテもない。安心と、同時に不安が心に浮かんだ。

 それは、こんな技術を身につけることが自分に果たしてできるのだろうかという未知の力への不安。

 そして、いつか帰ることを夢見る場所への想い。

 

 そうして幾つかの疑問を持ちながらも、こうして自分は彼について行くこととなった。

 

 

 ーーー不思議な球と、それから長い付き合いになるとは知らずに。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
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