黄金長方形を夢見て(改)   作:パッパパスタ

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虫喰い

 

 

 

 無職宣言をしてから数週間後、酒場にて。

 

 昼間の酒場というのは中々居心地がいい。というのも、一番良いのは人の少なさだ。夜になんて来てしまえば、そこは酒場の最高潮の時間帯で、一時の安らぎを得たいバカ共でごった返しているし、それを予想して朝に来てみると昨晩の飲んだくれ共が床に寝そべっており、足の踏み場が無くなっている。その点、昼間には酒飲み共は全員酒場から放り出されているし、店内も元に戻っている事が多く、かつ人も少ない。

 

 ーーーーだから昼間の酒場が好きだったというのに。

 

 その気分を全てぶち壊す男が目の前に1人。

 

 「ヨォヨォ旦那ぁ、そんなしけたツラしてどうした?」

 「ーーーーお前のせいだよ」

 「んだよ、今日は旦那のツキの日かァ?」

 「そうよぉ? カワイイ顔が台無しよ」

 「訂正する、“お前ら”のせいだ」

 

 最早、素手より威力が出るだろう義手側で殴る気力も湧かない。そしてタイミングよくチャチャを入れるサングラスの女で相乗効果。

 今日、初めてウザいやつが2人いたら足し算じゃなくて掛け算になることを知った。

 

 そして何故俺がここにいるのかというと、話は2日前に遡る。

 

 それは、久しぶりに酒に潰れて、気分良く新しくなった家に帰ろうとしていた夜のことだった。

 

 『君がそうかーーー』

 

 誰かに呼ばれた気がして、辺りを一通り見渡してみたが周りには誰もいない。

 だが、気配は感じる。

 

 既に一般人へと華麗に転職したとはいえ、まだ足を洗ってからそんなに日は経っていない。

 それに、身についた感覚というものは年月が経てど早々忘れる事はない。それを感じるのは、路地の壁側。月明かりの影響もあって、ちょうどこちらからは見えなくなっていた。

 

 夜ではあるがいつもなら普通に人気のある道とはいえ、慣れたヒットマンなら場所は選ばない事はこれまでの経験で分かっている。

 無意識のうちに、左の腰元にかけてある鉄球に手が伸びていた。

 

 仕留める前に声をかけてくるやつなんぞ間抜けの3文字でしかないが、自分を誇示したい奴で稀にそういうのがいる。一分もかからずに終わるだろう、そう頭で考えたが、壁の先からは思ってもみなかった答えが帰ってきた。

 

 『君に、依頼をしたい』

 

 依頼ーーーといえば、酒場で良く頼まれていたーー人を殺すだとか、邪魔者を排除するだとかの依頼の事を指すのだろう。だが、自分は既に足を洗った身であり、その事も、多くの伝手を使って情報を通達させている。だからこそ、その申し出には違和感を覚えた。

 

 『ああ、ただの害獣駆除だ。ただ、諸事情によりこちらの身分は明かせない』

 

 害獣駆除だーー? ハクビシンか、イタチか、どちらにせよ自分に頼むようなものでもない。イノシシならまだしも、そういうものは専門の業者に頼むべきだろう。ただの噂を聞きつけただけの冷やかしだ。

 そう結論づけて踵を返そうとしたが、何も話の全容を聞く前に断るのは相手方に失礼に当たると思い、詳しく話を聞いてみることにしたーーーが、それが相手に隙を生んでしまった。

 

 『報酬は好きなだけーーー、と言っても限度はあるがな。相場の数倍ーーー普段君がもらう以上の金額を渡そう』

 『ーーー。』

 

 たかが害獣駆除ごときで、か。

 何かがきな臭い。極東の諺ではあるが、触らぬ神には祟りなしともいう。計画のない勝つ見込みが薄い作戦には乗らないのと同様に触れたところで無駄なヤケドを負うだけ。何より、自分は既に足を洗った身でもある。あいにくだが断らせてもらう、そう伝えようと口を動かし始めた途端男は捲し立てるように詳細を告げる

 

 『場所はここから東に三つ目のブロック。a地区の四つめの道路の真ん中あたりの家だ。緑の屋根でわかりやすい。パートナーも用意させてもらった』

 『まて、俺はもう仕事はーー』

 『2日後の朝、またここで』

 

 そう告げると男の気配が消える。声を掛けようとするも、声の発生源であったであろう位置には既に誰もいなかった。

 

 

 

 

  「ーーー合ってるよな?」

 

 助っ人に待ち合わせ場所として指定された場所、10番通りのBARの右にある薄暗い路地の3つ目の曲がり角を左に曲がった先。その先の緑の屋根の方に彼はいるらしい。

 近くの住人に道を尋ねようとノックしてみたものの応答がない所か、家の中から人の動いている気配はしない。ホームレスに話を聞いてみるものの皆『緑の屋根』という単語を聞くと怯えて話をしてくれなくなってしまう。

 

 それらしい情報も得ることが出来ず途方にくれた所、家には絶対入らないという条件付きで道案内をしてやるというホームレスが現れた。

 そのホームレスも当然『緑の屋根』に恐怖を抱いてはいたが、他に比べればマシのようにも見える。

 

 「あれだ」

 

 数分歩いた後、彼が指さす方には確かに名前にふさわしい緑色の屋根を持つ家があった。しかしどこを見てみても彼らホームレスが恐怖をする理由が見当たらない。窓から見える蜘蛛の巣から、長い間放置されていることが分かるが、特にこれと言って特別な所は無いだろう。割れた窓の様子からは人影の気配はしない。

 

 「奴らは素早い。尚且つ人の気配に敏感で姿を見つけることは難しい、まぁ1番はあの家には近づかないことなんだがよ..」

 

 そう言い残し去っていった彼の額には冷や汗が浮かんでいた。

 『奴ら』から考察するにホームレス達の恐怖の対象は少なくとも2人もしくは2匹以上、そして人の気配に敏感ということときた。人間ではなく害獣の類の可能性が高い。

 何が出るかーーーー化け物か、人か。

 

 玄関のドアに手をかけると、カチャリと音が響いた。

 鍵はかかっていないようだ。恐る恐る玄関を開けてみると、案の定長い間誰も住んでいないようで廊下の先は真っ暗で明かりという明かりは存在していなかった。

 

 手持ちのオイルランプにマッチで火をつけ廊下を照らすと、所々穴が空いた床には小さな黒いものが点々と落ちているのが目に入る。手袋を付けてその黒い物体を拾い上げるも、オイルランプの光だけでは判別することは難しく、触った感触はなにやら柔らかいような硬いような柔らかい粘土のようなもの。

 

 ひとまず観察することを諦め先に進むと、奥の部屋から湿気とともにある匂いが鼻についた。

 刺激臭のようなツンとした臭い。その中に果物を腐らせたような甘い匂いが混じり、先に進むにつれワンワンと虫がたかる音が聞こえだす。

 その時点で自分の職業柄というのもあり、部屋の奥にあるかはおおよそ想像がついた。

 腰のバックルに手をかけながら、その異臭の発生源へと足を進める。本来であるならば自分も動揺することは無かっただろう。

 

 数歩先の闇に存在していたのは自分の予想通りのもの。『死体』から発せられたものであった。

 

 しかし、その死体の姿というものが異様であったのだ。

 

 ブジュル、ブジューーー・・・・・・

 

 四角いゼリー状のような、比べるのは大変失礼だが、例えるならお高い料理店などで見る肉の煮こごり。

 

 通常の死体というのは時期にもよるが夏場では1週間辺り、冬場では1ヶ月ほど経ったら白骨化してしまう。

 加えて、玄関で覗いたポストボックスに積み重なっていた新聞から予想するに、おおよそ一、二ヶ月ほど前からこの家の家主は何らかの理由で回収しなくなったのだろう。そこから考えるとこの家の住人がなんらかに巻き込まれたのはその辺りのはずだ。

 

 「なんだありゃーーー」

 

 そして、「それ」が目に入る時、自分の肌が栗立つとともに激しい嘔吐感を覚えた。確かにそれは煮こごりのように四角いゼリー状だった。が、しかし前世でのそれとは大きな違いがある。

 

 その「肉」は「人の死体」からできており、出汁は「肉から滲み出る肉汁」は「人の肉から溢れ出る膿み、腐った体液」という事だ。

 

 「ーーけて、助けーーー」

 

 しかし、このような状態になって溶かされているのにも関わらず、煮凝りとなった人物はまだ意識があるようだ。

 そしてこのように溶かした目的も人間が使う冷蔵システムのように肉を『保存』し少しずつ、少しずつ食べていくためなのだろうか。 

 しかしそんな事は二の次で、吐き気を催すのと同時に、どこかそれに既視感があったのだ。

 

 ーーーーそれこそ、超能力じゃあないとね。

 

 その既視感が記憶と結びつく。

 

 これが奴の言っていた新手のスタンド使いってやつかーーーッ!

 今ほどあの女の相変わらずな遠回りの言い方を恨めしく思ったことは無い。 

 よく考えればヒントはいくらでもあった。ただの家に隠れ潜む害獣の駆除を、大金を払ってまで俺に依頼した事。

 それに、ホームレスたちのあの恐れ様、サバンナの草食動物が天敵の肉食動物を恐れるような、人間の普通の獣に対する恐れ方じゃなかった。

 

 そして、その煮凝りの足元には、薄汚れた黒色の小さな獣がそれに齧り付いていた。

 

 

 「ーーチュウ」

 

 

 絶世の料理に辿り着けたかの如く、こちらに脇目をふることもなく夢中で煮凝りにしゃぶりついている。

 野生動物にしてはまったく警戒心のないその姿とは裏腹に、額からは汗が伝う。

 

 こいつがコレを生み出したとは到底思えない。人間ですらここまで残虐なーーーー、いや人間ほど知能がないからこそなのか。だが、自分の本能がこいつが根源だと直感させている。

 

 こいつはここで仕留めなければならないーーー!

 実際に、先ほどの溶けた煮凝りを見れば誰もが同じことを思うだろう。

 加えて、動物駆除をする際に何より気をつけなければならない点が一つ。 

 野生動物に逃げられた場合、仕留めることは『不可能』に近いという事。

 

 こうした小さな獣は用心深い性格をしていることがほとんどだ。氷河時代から生き抜いてきた生物だからこそなのか、体に生存本能が染み付いている。だからこそ、最初の対面で自らが優位に立っているこの瞬間こそが、唯一こいつを仕留めることができるタイミングだ。逆にいえば、ここを逃せば、こいつは二度と俺の前に姿は現さない。

 

 結局依頼主が言っていたパートナーとやらはくることはなかったが、先の惨状をみる限り、おそらく一発でもくらったら即終了でお陀仏だ。

 

 ここで作戦その1、まだ見ぬ害獣を一撃で仕留める。

 

 なにもスタンド使いーー確定ではないがーーといえどもサイズもそうだし肉体的な優位性はこちらにある。おそらく鉄球なら一発でも当たれば一撃で倒すことが出来るだろう。

 

 しかしその作戦は、以前にマジェントが言っていたある大きな前提条件にぶつかる。

 

 『スタンドはスタンド使いにしか見ることはできず、スタンドはスタンドでしか傷を与えられない』

 

 

 チーーーー

 

 遠距離で戦うのならば、とにかくなにか毒針を遮ることができる遮蔽物に隠れながら、尚且つ一撃で本体を倒さなければ勝機はないと言っても良いだろう。作戦としてはどうにかして近づいて、ゼロ距離で鉄球を叩きつける。または射程が長い武器で決定的な一打で仕留める。

 

 チ、チ、チーーーー

 

 そしてさらにもうひとつ。辺りを見渡しながら気づいたことがある。それは、煮凝りについていた噛み口が二つあったことだった。

 

 一つは左から、もう一つは右からチーズを食べるように綺麗に食べていた。そして、床に回転した鉄球を押しつけることである程度の周囲の反応を探ることが出来る。反応からは、目の前の大きな反応ひとつと、それより少し離れた位置に中ぐらいの反応ひとつ。

 

 スタンドを使うのは一体どちらなのか…、だが前に戦った体に潜む用心棒を見るに、どちらも同じスタンド使いの可能性がある。それが一番最悪の可能性。

 

 だから、どちらもスタンド使いだった場合は先手を打って、どちらか片方を始末しなければこちらに勝ち目はないだろう。

 

 ネズミなどの野生動物は言葉を交わすことは無くとも巧みなコンビネーションを見せることがあるという。スタンドを持つやつらなら言わずもがな、だ。

 ーーーーチチチチチチチッ

 

 

 回転した鉄球は接している地面から目標の動きで起こる振動を感知することができる。 

 反応は目の前の一匹とーーー机の足元か! 

 

 咄嗟に鉄球を床にめり込ませ、床板をまとめて回転の力で目の前に巻き上げると同時に木片を前方へ弾き飛ばしながら、跳弾で至近距離のネズミを仕留める。

 「ギィッ!」

 

 おそらくコンマ1秒でも遅れていたら自分も先程の煮こごりのようなものになっていただろう。

 甲高い声を発しながら、至近距離にいた一匹の胴体が弾け飛んだ。

 

 そして、もう一匹から発射されたであろう弾は先程巻き上げた床板を難なく突き刺さっていた。その部分はドロドロに溶け、もはや盾としての意味をなくしていた。

 

 「弾ーーーというより針か」

 「ギィィ・・・」

 

 もう一匹の奴が逃げた先の天井には、暗闇で姿ははっきりとは見えないが、やはり想像していた通りのもう一対が存在している事が見なくともわかる

 何か上擦った人間ではない鳴き声とともに『単眼を備えた小型ロボットが緑のオーラを纏い暗闇の中で一際輝いていた』

 

 ーーーーやはりスタンドは視認できるか…

 

 頭に湧いた考えを振り払うかのように、次第に動き出し反転し出したその機体はロングバレルの砲身をこちらに向けその瞬間次々とその砲身から毒針が発射された。 

 

 一見どこを狙っているのかと言いたくなるほど見当違いの方向へ飛んでいくその毒針はしかし、油断してはならない。高速で飛ぶ軌道を見るに、跳弾を利用しているように感じる。

 

 まさかとは思うがーーー、先ほどの俺の鉄球から学習したのか….?

 

 想像していた以上の知能の高さだ。いや、知能というよりも、生存本能とでも呼ぶべきか。どうすればスタンドを有効に扱えるのか、自らに流れる古代から脈々と受け継がれてきた本能が、ネズミにスタンドの使い方を理解させている。

 一発でも食らえば退場は間違いなし、だがしかし焦る必要は1つもない。

 もしここにいるのが自分ではなく、先生ならこの状況をどう思うのか。

 

 『鉄球に敬意を払え』

 初めはワケも分からなかった言葉を心に留めながら、慌てることも騒ぐことも無くただの一投で全てのネズミを仕留める。自分は鉄球の動きに従うだけ。心は平常に、波打ち際の静けさのように穏やかでなくてはならない。

 ーーー次の1投で仕留める。

 

 通常のネズミよりも数倍賢いだろうこいつは絶対に人前に出るようなことはしない。彼らは人間達は自分たちのような精密な遠距離攻撃ができないと確信しているからだ。だからこそ障害物に隠れ自分達は安全圏からターゲットを狙う。だからこそ、だからこそこのネズミ達は生き残ってきたし、近隣の人々も恐れているのだろう。

 

 しかし相手が悪かった。俺は所謂『スナイパー側の人間』だったようだ。

 

 ーーーそう、この瞬間俺は自分の勝利を確信していた。

 

 「ギィー!!」

 

 『2匹』だと思っていたネズミはもう一匹。俺がこの家に入ってきた事に気づいていてどこかに身を潜めていたのだろう。反応では2匹だった奴らは『3匹』いたのだった。

 

 その3匹目から発射された毒針が飛んできたのは足元。おそらくこいつらの常套手段としては、まず獲物の足を再起不能にさせてから、体をどんどんと溶かしてゆき先の煮凝りにするのだろう。正確無比に飛ばされる毒針を護身用ナイフではじき返すものの、その毒針は視界を照らしていたランプに当たり、辺りを暗闇に包んだ。

 

 そしてその瞬間ーー、砲台から毒針が射出された音が聞こえた。

 

 「痛いが、やるしかないか・・・」

 

 仕留めるために投げる体勢で手に持っていた鉄球を、あえて体の上で回転させる。

 

 回転は何も、攻撃するだけが能力じゃない。これこそが、()()()()の真髄の一つ。

 回転は皮膚から水分を吸い取り、なおも回転を続ける。肌の色も彩度を失っていき、黒ずんでいくがその変わり、()()を得る。

 そして、肌全体が岩石の様な硬さを得たのと同時に、体に毒針が着弾した衝撃が走る。

 

 だが、皮膚一枚で針の侵食が止まろうが、毒の侵食は止まらない。

 

 ウジュウジュと、皮膚が焼け爛れていく音が暗闇の中で聞こえる。

 

 「ギギギぃーーッ!!」

 

 トドメをささんばかりに、砲台をこちらへ向け、雄叫びを放つ最後の一匹。

 

 諦めたくはないが、万事休すーーーか。

 

  

 諦めかけた静寂の中で、聞き覚えのある声が聞こえた。

 聞きたい声ではなかったが、今この瞬間だけは勝利の女神がいることを感じた。

 

 「ーーヨォヨォ旦那、なんか死にそうになってんなァ?」

 「来るのが遅いーーーが、」

 

 とてつもない速度で発射されたドブネズミの毒針はしかし、俺とネズミとの間に割り込んだマジェントに直撃ーーーしなかった。

 

 「20th century boy——-」

 

 マジェントの言葉と共に現れたコスプレをしたような服を纏った背後霊が、マジェントの体を包む。この状態の彼は無敵だ。列車にぶつかられようと、チェンソーの回転ノコが体に突き立てられようとも、その体はあらゆる衝撃を弾く。

 

 「ギギギーーーッ!!!」

 「流石に、今回は助かったーーーッ」

 

 狙いは外さない。必ず仕留めてやる。

 小型のターゲットにもあたるように、小さめの衛星が備え付けられた鉄球が寸分の狂いもなくネズミへと直撃した。

 

 「ーーーぎ、ぎ」 

 

 最後の一匹が断末魔を上げたのを聞いた後に、鉄球で再度あたりの気配を確認する。

 

 感じる気配はーーー、マジェントのみ。

 

 

 「ふぅ、終わった、かーーーー」

 「お、おい旦那ァッーー!」

 

 

 そこからどうやって帰ったのか、記憶はない。

 

 

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 辞めたからといって、重荷から完全に解放された、という訳では無い。これからは今度は自分が先生の代わりにこの技術をさらなる後継者へと受け継いでいくという自覚を持っていかなければならない。

 自分は果たして後継者となるような人間を見つけることが出来るのだろうか。ていうかその前に人を殺したことのある自分に結婚できるのか。付き合って結婚して子供が産まれてその子供が育ってゆく。できれば自分の息子的な存在に後継者になってもらいたいという気持ちもゼロではないが、それ以前の問題になりそうだ。まぁ、今こんな事を考えた所で何にもならないがな。

 

 とりあえず今の自分には休むことが重要だ。

 ひとまず先生から自分へと引き継ぐ事はできたんだ。自分で言うのもなんだが、運がいい事にまだ俺は若い。これからの旅の中でしっかり探していけばいい。

 

 そんな考えの元、つかの間の休日の中で自分はあることにハマった。

 それは始発の蒸気機関車の汽笛の音で目を覚まし、行きつけの店でコーヒーを楽しみ夜早くに眠る。修行の時では考えることもできなかった前世でも味わったことのないような健康的な1日の過ごし方。

 特に人気の少ない朝の酒場でひっそりとコーヒーの旨みを体全体で受け止める事。ーーーなんて美味さ、いや幸せなんだ。

 

 その生活はとても穏やかで、大きな驚きや出来事もなくこれまでの人生で荒れた心を癒してくれる、最高のものだった。

 

 

 

 

 もの『だった』

 

 

 

 「ぺーッ!あんたブラックなんて飲んでのか──ッ」 

 

 辺りに響くしゃがれた男の声が俺を現実に戻す。目の前の男は室内だというのに相も変わらずシルクハットと厚手のコートを脱ごうとしない。 

 

 「苦いのが舌についちまったぜ、チクショォ.....」

 

  うわッ汚ぇ。こいつ店内に唾吐きやがった。

 あまりの汚さに見ていられず新聞紙でマジェントを隠してしまう。

 

 「どうした?」 

 

 なにがどうしただコノヤロー。俺が世界で嫌いな事のナンバー2を平然とやってのけた奴に非常に腹が立った。ちなみにナンバー1は食べてる時にくちゃくちゃ音を立てるヤツだ。

 そして何を隠そう、この俺の平穏をぶち壊したこの男は、先のネズミを倒した後でさえ、何故かずっと俺の後を着いてくる。なんでも俺とのコンビはどうたら赤い糸がどうたらこうたら俺にはもうわけわかめ。

 男色家なのかとも思ったが、酒場の女をたまに目で追うところからも、そっちも普通に“ある”らしいが、正直どうでもいい。

 

 「でも、良かったわねぇ私がいて」

 

 今も俺の左腕を持ちながら、ネズミの毒針に射抜かれた部分を治しているサングラスの女。

 こいつもまた、もう二度と会うことはないのだろうと思っていたのにも関わらず、なぜかまた目の前に現れていた。

 

 「お前にもまた会うことになるとはな」

 「なーによお前なんてカッコつけちゃってさぁ〜、私がいなけりゃこっちの腕も無くなっちゃってたのよ?」

 

 そういう彼女の横には、少し透けている、青い体をした女性体のスタンドが立っていた。

 

 「あんたもーー持ってたのか」

 「そうよ、私にかかればどんな傷だって治せる。数日体は動かしにくくなっちゃうけどね」

 「一度も聞いたことがなかった」

 「あら、だって聞かれないから言わなかっただけよ」

 

 別に何を気にするわけでもなくそう言い切る彼女には何もかける言葉はなかった。というより言う気を無くした。

 

 「ま、時間が経っちゃったケガとかは無理なんだけどね」

 

 黙って緑の光に包まれる左腕から目を離し、先ほどから黙っているマジェントへ目を向けると、何やら小さな布切れに苦戦していた。

 

 「ギャアッ! 痛ェ、こいつ!!」

 

 たかが布切れ一枚に何をはしゃぐ事があるのかと呆れながら見つめた先には、白い布切れに包まれたネズミが一匹。

 先のネズミの家に遺されていた彼らの形見。マジェントが言うには、最後の一匹の死体の下にうずくまる形で倒れていたらしい。 

 

 マジェントに触られ、険しい顔をしていたネズミの顔に手を伸ばすと、ぺろぺろと親指を舐めてきた。

 

 「おいッ! なんで旦那には噛み付かねぇんだよこいつ!」

 「そりゃあ私に似て優しい目をしてるからよねーーーって痛い! こんのォーッ、ドブネズミが!」

 

 ギャアギャアと騒ぎながら今にも小ネズミの息の根を止めようとする2人から咄嗟に布切れごと回収する。

 すると小ネズミは小さく鳴き声を上げながら、親指へと頬擦りをしてきた。

 

 初めは、禍根を残すことになると思い始末しようと思ったものの、これを見るとそんな身も失せてしまった。

 それに、彼らは彼らなりに生きていくための方法として人を襲っていたのだ。それを悪だと認識するのは人間側からの一面的な判断にすぎないのだろう。

 

 だからこそ、小ネズミの責任は俺にあるーーーのかもしれない。 

 

 「まぁ、飼ってもいいかもーー」

 「ぁあっとーー、思い出した!」

 

 すると何を思い立ったか、マジェントは話を唐突に遮った。

 なんだこいつ、と冷ややかな目線を送るも全く気にすることなく、彼は紙切れで口を綺麗に拭いてから、ある事を言い出した。 

 

 「なぁ、スティール・ボール・ランって聞いたことあるか?」

 

 スティール・ボール・ラン?

 聞いたことあるようなないような。どっかで見た気がしないでもないんだが。

 

 「なぁんかどっかで聞いたことあるわね〜」

 「ほら、旦那が持ってるその新聞の裏だよ」 

 

 言われた通りに新聞を裏返す。

 するとデカデカと特設ページと書かれた枠があり、その中央には大きな文字でこう書かれてあった。

 

 ────『スティール・ボール・ラン・レース』

    優勝賞金5000万ドル!!!!!───

  

 「おー」

 「反応薄いなァ〜、5000万ドルだぜ5000万ドルッ!

  まぁ、そういう俺は馬に乗ったことないから迷ってるんだけどよォ〜」 

 

 5000万ドルかーー。俺からしたら想像もつかないような大金だが、正直もうある程度自由にできるほどには稼いでることもあって、金には大して興味が湧かない。足りなくなったらまた稼げばいいだけだしな。ーー裏で稼ぐ気はもうないが。

 

 「そんなこんだで俺は参加出来るか分かんねえが、肝心なのはそこじゃあねぇ。あんま詳しくは言えねェーがこのレースにはなんと───国が関わっているそうだ」 

 

 意気揚々と当たり前の事を言い出すマジェント。

 確かに5000万ドルなんて大金、いくら民間企業が集まったところで簡単に揃えることの出来る代物じゃないだろう。普通に考えれば誰もが思いつく話だ、そこまで意気揚々と自信げに話す事だろうか。まぁ、各国から参加するとも新聞には書いてあるし、政治パフォーマンスの一環になるだろうことは予想がつく。

 

 「で、だ。俺はそーいう関係の仕事を今回引き受けたんだが、あんた俺と一緒に組まないか?俺とあんたじゃ負けるこたぁねえぜ!」

 

 マジェントと一緒に、か。悪くはない。だが───

 

 「今回はパスだ」

 「なんでだよォ?」

 

 だってこいつすぐ調子乗るし。別に嫌いじゃないけど油断した隙にスパッっていかれそうだ。ネズミの時は感謝しているが、前後ろどっちにも顔がある男の時は運がよかっただけだ。あれであと3人ぐらい出てきたら負けは確定だった。

 

 「───どうしても無理か?流石に5000万ドルよりは少ないが、成功すりゃあ2位とどっこいどっこいぐらいは貰えるぜ」 

 

 何回言った所で気持ちを変えるつもりは毛頭ない。しかも正直あの国はそんな信用できない。任務が成功したところで結局国から裏切られてボコボコにされるのがオチだ。全身鉄砲の穴だらけになって死ぬなんてお断りだからな。

 

 「それに、悪いが俺は()退()した身だ。何度も言ってるだろ」 

 「エェ〜」

 

 丁寧に断りを入れ、新聞に目を通すとスティール・ボール・ランの特設ページが再び視界に入る。

 

 ーーー5000万ドルか。

 

 さっきまではいらないと思ってたが若干気が変わったかもしれない。5000万もありゃあネアポリスの方までいっても帰りの分のお釣りが来る。運が良ければあの村にも帰ることができるかもしれない。できるのなら、村の活性化だって夢じゃあーーー

 

 『人類史上初の乗馬による北米大陸横断レース、総距離約6,000km!!プロモーターMr.スティーブン・スティールを中心とした

今大会は全米中からーーーー』

 

 興味がない、と言えば嘘になる。

 マジェントの誘いには相変わらず気持ちが揺るがないが、スティール・ボール・ランに出場するとなるとここである一つの問題が発生する。別に馬に乗れないという問題では無い。修行の時に何故か乗馬の訓練させられたので乗ること自体は苦労はしないと思う。あるひとつの問題。

 

 

 それはーーー『馬をどこから調達するか』という点だ。

 

 

 あいにく愛馬は持っていないことに加え、そんな強い馬ならもう買い占められているだろう。仮に買えたとしても普段の移動はもっぱら徒歩ばっかだからあまり気が乗らない。

 マジェントに頼るのも癪だ、前の仕事関係の人にあたって見るしかないーーか。

 

 

  

 

 「馬ァ?悪いがウチのとこももうあんまいい馬はいねえぞ。今度あるレースで使えるような馬はもう売っぱらっちまったからなぁ」

 

 はい次。 

 

 

 「悪いわねぇ、私んとこも老馬か子供の馬しかいないわぁ」

 

 ............次。

 

 

 

 「レースで活躍できるような馬なんていねぇし、お前にやるつもりなんてねぇよ!」

 

 ────。

 

 

 

 

 なんだ、揃いも揃ってこいつら。なんで聞くヤツ聞くヤツ全員馬貸してくれねえんだ。

 別にいいだろ、とって殺すなんて言ってないし。3番目の奴なんてちゃんと世話もするし大事に扱うって何回も説明しても無理の一点張りだし。段々レースに参加する気なくなってきたーーーおっと、少し口が滑った。

 もう宛らしい宛なんてどこにもない。でもなぁ、マジェントと一緒に仕事するのも嫌だ。本当にどうするか迷うが、全く当てが思いつかない。

 他に馬売ってる奴なんて他にいたっけ、

 馬、金持ち、牧場主、農家ーーー......。

 

 

 

 ーーーあぁ。1人、いたな。

  

 

 

 「お前はなにやってるんだ?」

 

 

 老けた男が声をかけた方には、穏やかな太陽の日差しに体を預け、新聞を頭の下に敷いて畑仕事の最中に寝ている男がいた。

 

 「だから何をやってるんだと聞いているんだ、ポコロコよ」

 「何やってるって、数えてんだよ。雲の数をよォ........」

 

 しかし、その彼の返事が気に食わなかったのか。老けた男は怪訝な顔をしている。

 

 「儂が聞きたいのは、なんで働きもしねえで一日中ゴロゴロしててんのかってことだ!」  

 

 しかし彼はそんな男の言葉にも耳を傾けようとはしなかった。

 

 「“天中殺”って知ってるか・・・じじい」

 「...............」

 「長い人生で最もドン底の時期を天中殺って言うらしい。だが、聞けよ。オレぁその逆!『最悪の逆』!!来月から2ヶ月人生最高の至福の時期がやってくるんだと!街でジプシーの女に占ってもらったんだ、ウキキ…」

 呆れた男は彼の言葉に呆れ、声もでない。

 

 「じゃあさっそくラッキーな事を紹介してやろう。と言ってお前に畑仕事を押し付けようと思ってたんだが、本当にラッキーな事があるぞ」

 「おいおい、まじかよォ!さっそく使っちまったぜ!!」

 「ほら、覚えてるか?前にここら近辺の獣退治をやってもらった事があるだろう」

 「んーーーー?」

 つい先月ほど前。この畑周辺に熊やイノシシなどが森の伐採などにより出没している事件があった。耕作作業がやむを得ず中止になり、困っているポコロコらは街の万事屋のような男に頼んだことがあったのを彼は思い出した。

 

 

 「あー、いたなぁ。そいつが一体どうしたんだっていうんだよ」

 「馬が欲しいそうだ」

 「馬ァ?」

 

 ポコロコはこの時はまだ馬をやるつもりは毛頭なかった。まだ何頭か馬はこの牧場にはいるが、元気な馬、なおかつ売れるような馬は自分の愛馬、ヘイ!ヤア!しかおらず大事にしてきた愛馬を売れる気はしなかった。しかし彼の意思は次の言葉で変わった。

 

 

 「きいて驚け、なんと1頭につき最高

 

             ーーー100000ドルも払うそうだ!」

 「ーーーー。」

 

 

 

 しばらく空を見上げ何かを考えていた彼は突然寝転んでいた体勢を崩し、広げていた新聞を放り出し、振り返った。

 

 

 

 「じじい・・・・・、馬の買取価格。いまいくらって言った?」

 

 

 

 

 

 




 
 
 本体:ネズミ
 能力名:ラット
 能力説明:毒針を発射する砲台型のスタンド能力。毒は薄い金属であれば容易く溶解させる程である。経緯は不明であるが能力を得た事で精神性を獲得し、知性が向上している。

 【破壊力:B/スピード:C/射程距離:D持続力:B/精密動作性:E/成長性:C】

 本体:サングラスの女
 能力名:Tako Tsubo
 能力説明:触れた物体の傷を治す。治った傷は()()()として治癒された者の体に数日間残る。怪我の度合いによって筋肉痛の度合いは異なる。また、ケガを移動させる事も可能である。

 【破壊力:A/スピード:E/射程距離:E/持続力:C/精密動作性:B/成長性:E】

 
 

 
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