黄金長方形を夢見て(改)   作:パッパパスタ

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1stSTAGE
1890年9月25日


 

 

 レース開催数日前。

 いつもの閑静としたビーチの雰囲気はどこへ行ったのか、レースが始まるのはまだ数日後だと言うのにも関わらず、軽く3000はいるだろうと思えるほどの人だかりがビーチにできていた。

 

 今ビーチに来ている人達の目的は言うまでもなくスティール・ボール・ラン・レースへ参加するためか、レースを見に来た観客である。

 『スティール・ボール・ラン・レース』ーーー通称SBRは当初予定されていた参加者500人を優に超え、レースのスタートのために用意されていたビーチには参加者の数によりそのスタート自体が潰れかねないほど溢れかえっていた。

 

 レース参加者の多くはプロやアマチュアのジョッキー。中には遊牧民やカウボーイなどもおり、優勝候補と呼ばれる者達は皆、そのような肩書きをもっていた。

 

 第1候補は毎年3000頭の牛を連れて長い牧草地を旅するワイオミングのカウボーイ『マウンテン・ティム』

 

 第2候補、サハラ砂漠を年に3回の横断をこなし今大会ではラクダでの参加となる『ウルムド・アブドゥル』

 

 第3候補、東洋からやって来たモンゴルの遊牧民でチンギス・ハンの子孫であり馬術の名人『ドット・ハーン』

 

 そして第4候補。イギリスの下層階級の出ではあったが、イギリス競馬界で才能を認められ力を伸ばしていった短距離トラックの天才ジョッキー『ディエゴ・ブランドー』通称ディオ。

 

 そのような名前が列挙する前代未聞の総距離約6000kmのレースは、歴史上初の試みとなったことから当然の如くプロモーター「スティーブン・スティール」には多くの新聞社の記者が詰め寄った。まさに、このレースの駆け出しを決める大事な場面。

 彼が『このレースには失敗なぞ存在しない、存在するのは冒険者だけだ』と語ると記者の多くは賛辞の声と拍手をあげた。

 

 そうして幕が上がったレースに世界各国からの強豪達がこぞって参加者表明をし集まってくる中、素人に近い乗馬技術で当たり前のようにこの過酷なレースの優勝を目論む男がいた。

 

 馬術経験なし、レース出場記録なし。

 その男は今、2日後のレーススタートに備え受付の係員と思われる小柄な男に参加料を払っていた。

 

 「参加者料ひとり1200ドルは一度払ったら個人的理由による返金は一切できません、悪天候や災害に関係なく開催されます。承諾されるならここにサインしてください」

 

 小柄な係員が少し背伸びをしながら渡してきた書類をまじまじと見る。

 

 これってーーいわゆるあれか、誓約書、とかいうやつ。あなたがもし死んだとしてもこちらは責任取れませんとか書くーー確か以前にも何度も書かされた覚えがある。それこそ、一人で働くようになってからだ。 

 今考えれば確実にサインしていいものではなかったのだろうが、結局のところは死んでないし、今となっては笑い話だ。それに、あの時はそれ以外にどうしようもなかった。

 

 それにしてもーーー久しぶりに名前を書く。これまではマイクやらマイケルやら、何処にでもいるような偽名を使い回していたばかりであったから、正真正銘の自分の名前を書くのは何年ぶりだろう。

 思わずペンを握る手に力が篭るも、スラスラと続きを描いていく。

 

 「ーーーはい、受け取りました。これが選手証とゼッケンB-635です!スタート当日に出場する馬の鼻紋を採取するので、忘れないでくださいね」

 

 これ一体何人出場するんだろうなと、自分のゼッケン635と、後ろに広がる人の行列を見渡す、がもはや数える気力すら出てこないほどだった。

 そんな事を考えながらゼッケンをバッグに入れようとするが、ゼッケンについてきたレース出場記念メダルとバッヂが引っかかる。 

 正直捨ててしまってもいいのだが、多分100年後とかにはこれ一個で数十万になる事を考えれば手が止まる。仕事を辞めてから金銭に困ったという事態には陥っていないが、いつそうなるかは分からない。

 

 「おいーーーはやくどいてくれ」

 

 すると、自分でも気づかぬ内に考え込んでしまっていたのか、受付の前を陣取ってしまっていた自分の後ろに並んでいた男に注意をされた。

 

 「ニョホ、ホ、ホ」

 

 縦筋の穴が空いた変な帽子に気の抜ける笑い方。ニョホと笑いながら開く口から見える歯には『GO!GO!ZEPPELI』となんとも自己主張が激しい文字が光り輝いていた。

 

 腰あたりには自分と似たようなバックルが下げられていた。

 ツェペリ、どこかで聞き覚えがあると思ったがーーー確か“外のヤツら”か。バックルで太陽光を反射している緑色の鉄球を見れば分かるように、例の鉄球を用いるツェペリ一族ーーー先生からは今もなお王が治める国の処刑を担う一族と聞いているが、遠く離れた勢力がどうしてこんな所に。国家技術に塊を持つ彼らが国外へ出る事自体、殆どないだろうに。

 ーーーなるほど、どうして中々複雑そうなレースになりそうだ。

 それに、マジェントの言う某国が絡んでいる可能性もある。もしくは王国が狙う何かがこのレースにあるのか。流石に賞金欲しさに刺客を送りこむなんて馬鹿なことはしないだろう。なにか裏の理由があるはずだが、皆目見当がつかない。

 

 ひとまず、すまないと一言告げその場から立ち去る。人混みを掻き分けながら自分の馬を置いてきた場所に戻ろうとするが無理やり人混みに入ったせいか、人にぶつかりバックルの鉄球を落としてしまった。

 拾いあげようとするも周りの人だかりが邪魔をし手を伸ばすことが出来ない。転がっていく鉄球を見失うよりはマシか、と考えながらもう片方の鉄球に手をかけようとすると、先程ぶつかった人が親切にも拾い上げてくれた。

 

 「ああ、すまん」

 「いや、先にぶつかったのは私だ。これは君にーーー」

 

 手に渡してくれると思って伸ばした手はしかし、鉄球をにぎりしめたままその人はじっと自分の顔を見つめている。

 その親切な人の自分を見つめる目は驚いたように感じたが、次に自分を見つめた時はどこか優しい目をしていた気がした。

 

 「いや、すまない。君に似た顔の知り合いがいてね。この鉄球は君に返そう」

 

 そう言い綺麗な『赤紫色』の髪をした彼、いや中性的な顔をしているから彼女かもしれないが、彼は鉄球を俺の手に渡した。

 

 「いるはずがないんだーーーー」 

 

 そう呟き、布のような何かを大事そうに抱え人混みの中へと消えていった。

 その横顔が、何故か少し泣いている様にも見えて。

 思わず追いかけようとするも、その動作は途中で遮られる。

 

 後方から、先程聞いた男の声が自分を引き止めた。

 

 「おい、待て。さっきのゼッケン635」

 

 声の方に振り向くと、そこにいたのは俺の後ろに並んでいたツェペリ一族の男。

 彼は先程の力が抜けるようなおちゃらけた態度ではなく、その顔は真剣そのもの、バックルにかけられている手を見れば分かる。

 

 「その腰のバックル。あっちからの()()か? 国じゃあ見たこともねえツラだが一体なにもんだてめぇは」

 

 ちょっと何言ってるか分からない。

 思わず思考が一時停止するも、見当違いも甚だしい。まず第一に、こいつに因縁をふっかけられるほど関係がない。確かに怪しい風貌をしてると言えばそうなんだろうが。何かこいつ自身もワケアリのようだが、ツェペリ一族ってのはみんなこんなもんなのか?

 

 「とぼけても無駄だ。俺が知る限り国外へと追放されたウェカピポは例外だが国内にいる鉄球使いの顔は大体把握している」

 

 ウェカピポーーーという人物は誰だかよく知らないが、鉄球使いの顔を把握しているという所からどうやらこのツェペリ一族の男は相当高い役職か何かそれに通じるものに就いていたことに違いない。そして、そういうやつは鉄球の知識にも精通しているだろう。

 「あいにく俺はーーーあの結果には納得してねェし、このレースを諦めるつもりもない」

 

 ジャイロがホルダーのボタンを外す。

 

 「祖国に帰って“上”にしっかりとそう言っとくんだな」

 

 捨て台詞とともにこちらへと投げつけられた鉄球。その鉄球は吸い込まれるように、無抵抗の俺の肩に直撃するーーかと思いきや、その寸前で鉄球の軌道が逸れる。

 

 「チュウ」

 「んなーーーっ!?」

 「パーシー、そこにいたのか」

 

 よく見ないと分からないほどに、少しだけ膨れていた右ポケットから“ネズミ”が一匹顔を出した。

 

 その正体は、前にネズミ屋敷で拾ってから名前をつけるまで大事に育てていた彼らの遺した子供である。そして、気付いた時は驚いたが、測らずとも彼らと同じ様にこいつもスタンド能力を生まれつき持ち合わせていた。

 その能力も彼らと全く同じの、砲台を持つロボットの様な姿で、砲身から高速で毒針を放つ。

 スタンド能力が遺伝するーーー後日サングラスの女に話を聞いたが、人間においてもレアケースらしく、磨き上げられた“技術”からの発展でもない限りは起こらないそうだ。

 

 それに、未だに何故かは分からないがこのネズミは不思議と自分の側を離れようとしない。きっかけは何なのか知らないが、今だって、自分が良しというまでポケットに入れっぱなしにしていたから、思わず忘れてしまうところだった。

 だから、いつのまにか名前をつけてしまっていた。ちなみに由来は素早く走るから、“パーシー”。

 そして、そのパーシーは今ツェペリの攻撃を気配で探知し、自らに矛先が向けられていると勘違いしたのか、瞬時にポケットの中からスタンドを発動させるとその毒針をやつの鉄球へと直撃させた。

 その証拠にポケットには小さな穴が開き、地面へと落下しているやつの鉄球はドロドロに溶けていた。

 

 「オレの鉄球がぁーーー」 

 

 先の一触即発ムードは欠片もなくなり、項垂れる彼を必死にフォローする。余りの使っていない鉄球を渡し、パーシーにも謝らせようとするが、彼は全くと言っていいほどポケットから出たがろうとしなかった。

 ある程度落ち着いてから必死に事情を話した所、少しだけ納得してくれたようだ。

 それが分かるように今彼は手に掛けていたもう一つの鉄球から手を放している。

 冷静なようにも見えたが、意外と見た目通りのお調子者なのかこいつーーー。

 

 「あー、そういやウチの親父が国外に逃げた一族がどうたらこうたらって言ってたような気がするぜ」

 

 帽子を被り直しながら砂埃を落とす彼に、鉄球を投げた事を悪びれる素振りはひとつも見えない。あまり言いたくはないが、どう見ても彼は先生が言っていたような尊敬に値する由緒正しい“鉄球の”一族には見えなかった。

 

 「聞いた感じ、俺とあんたはどうやら関係が無いようだな。だがあんたはレース参加者でもある」

 

 拾い上げた鉄球をバックルへ仕舞い、再度帽子を深くかぶり直した。

 

 「同じ鉄球使いとしておたくには興味が湧いた。だが1位は俺のもんだぜ?」

 

 そして再び気の抜けるような笑い方をしながら彼は馬に跨ったまま去っていった。

 

 

 

 そしてレースが始まる三時間前。

 

 馬の鼻紋の件で再度レース運営の方に向かっていた道中、厩舎の柵にもたれかかっている2人組の会話が耳に入った。

 「おい、見ろよあいつだ……。車椅子を捨てて昨日から夜中ずっとか?」

 「あの体でレースに出るつもりらしいな」

 

 彼らの視線の向こう。

 そこには老馬に引きずられ、蹴り倒されている男がいた。

 

 傍らに捨てられた車椅子から分かるようにその男は足が不自由なのだろう、馬に乗ろうとするも下半身に力が入らず立つことができずに馬に乗ることができていない。

 何故諦めることができないのだろうか、何が彼をそこまで動かしているのか。何度も乗ろうとして馬に引きずられた事で体からは血を流し、壊れた柵の木の破片が彼の右足を貫いていた。

 

 「誰かやめさせろよォ~~~!見てて痛々しいぜ!!」

 「無駄だ。馬に乗るのを止めさせようとすると自殺すると叫んでいやがる。キレちゃってるのさ」

 

 野次馬が騒いでいるのには目もくれず、なおも乗ることを諦めようとしない彼に対して老馬はうっとおしくなったのか足で彼をふみつける。足が動かず逃げることもままならない彼は蹴られ続けるしかない。

 

 するとやはり踏み殺されると思ったのか、痺れを切らした野次馬の片方が俺に止めさせた方がいいと思うよなと同意を求めてきた。

 

 確かにあのままなら決して馬を乗ることはできないだろうし、踏み殺されるのも時間の問題だろう。しかも馬の方は肌や髪質を見るからに明らかに年を重ねた馬だ。スタミナがどれほどあるかは分からないが、優勝候補の血統種の馬には勝つことはできないだろう。

 

 「ーーーあの馬の選択は間違っちゃいないさ」

 

 声の方向に振り向けば、そこには例のツェペリ一族のジャイロがいた。深く被った帽子の奥から、まっすぐに血だらけになっている男を見つめていた。

 

 「スタミナだけが取り柄の若い馬よりも、このようなレースの場合には経験がある老いた馬のほうが良い……」

 

 だが、傷だらけの男を見つめるジャイロの目は、もう諦めろという悲観な目をした野次馬とは異なり、何かに賭けている目をしていた。

 そのジャイロの真意は分からないがーーーなるほど、こういう奴は嫌いになれないタイプの男というわけか。

 

 「確かにあんたの言う通り、ヤツには決して乗れない......あれじゃあ乗れないね。だが言わしてもらおう。逆に言うなら────」

 

 

 

  

  ────あれに乗れたら人間を超えれるね。

 

 

 

 

-----

 

 

 時は変わって数十日前のどこかの浜辺

 

 夕日が沈みかけ、人気が少ない砂浜にーーーー『それ』はいた。

 

 何かが()()から落ちてきたのだろうか、そこの砂浜は黒ずんでおり、圧倒的な熱量を持つモノがそこにいたことを表していた。

 

 そして、そこには見物客が一組。

 

「隕石ーーーか? 初めて見たよ」

「だよねーーー、なんかちょっと人の顔に見えるよこの部分」

 

 ただの岩石、そう、この星に落ちてくるまでは、確かに成分上もただの岩石だった。しかし、この地球上の落ち、その地に触れた瞬間、生物へと昇華した。

 

 そして、瞬時に環境に適応し、体を再構築するために最初に確認したのはーーー生物学上の名前がホモ・サピエンス・サピエンスである、観光客の女だった。

 

 体は瞬時に星を理解する。

 この星はどこだーーーこの星に住む生き物は何かーーこの星で頂点に君臨するものは何かーーー。

 

 そして、観光客の女が岩石に手を触れたその瞬間、女の生命反応は消えた。

 

 「ぎゃばッ」

 「なあーーーッ!?」

 

 常人には何が起こったのか理解できない。

 相方の、おそらく恋人関係であったのだろう彼氏は、驚きの声をあげるも、その続きを発することは出来なかった。

 

 辺り一面には血が広がっていく。

 

 まるで打ち水をした様に彼氏の足元へと広がっていくと、男の脚は震え出した。

 

 「あ、あ、あ、」

 

 人というのは、真に恐怖を感じた時は何も行動ができなくなる。声をあげるだの、逃げ出すなど、何かしらのアクションを起こそうとしたとしても、脳がそれを阻害する。

 脳はそれを良しとしないのだ。

 

 だからこそ、彼も何も発することはなく、()()()()()()岩石にそのまま捕食された。

 

 そして、体は最適化され、感覚も、バランスも、まるで先ほど立ち上がることができる様になったとは思えないほどに。

 

 その立ち姿はミケランジェロのダヴィデ像のように黄金比率が保たれていた。

 

 体はただ細いだけでなく、そこに筋肉が詰まっていることが分かるほど健康体で、ヒップとバストは雄を誘惑するには申し分ない。 

 髪はツヤがあり、顔もどのモデル事務所に出しても即トップに躍り出るほどの美貌を兼ね備えていた。

 儚く、強く、優しく、美しく、どの要素をも有したそのフォルムは、まさしくこの地球上に存在するヒトにおける雌として、頂点に立っていた。

 

 そうして、岩石は完全に生物へと変貌した。

 

 

 「お、あ、たし、われ、わーーた、しはーー」

 

 

 透き通る声ではあったがしかし、脳はイキモノとして完璧ではなかった。

 脳は100%稼働しておらず、十分なパフォーマンスを発揮できていない。脳内のデータ上にある、いくつもの生物情報をロードすることができなくなっていた。

 

 体、動かない。エネルギー、足りないーーー足りな、いーーー。

 

 

 

 そうして、岩石は再び歩き出し、エネルギーを求め彷徨い出した。

 

 

 

 

 

 






 

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