黄金長方形を夢見て(改)   作:パッパパスタ

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第23代大統領

 

 

 

 「あんたもっ、いい加減諦めたらどうだーーーー!」

 

 おそらく、レース開始以来初めて出した自分でも驚くような大声。そして、そのような声を出させた元凶、ゼッケン『B−636』のジャイロ・ツェペリにそう呼びかける。

 

 しかし、なおもジャイロの妨害の手は緩む気配は無い。

 

 現在、1.stレースも残り3分の1ほど、最後の直線へ向け自らをより有利にするためには、他の参加者とさらなる距離を離すことが重要となる。

 

 そして、このスティール・ボール・ランには大まかなルートは決められてはいるものの、1レースごとに細かに指定されたルートというものは存在しない。

 

 要するに『ショートカット』は反則ではないということである。

 

 その1000mほどの距離を浮かせる事となるショートカット、『林越え』をするという選択。同じ鉄球使いという点においてなにか通じる所があるのだろうか、この林の中に躊躇なく入った時点でツェペリと自分はどうやら同じ思惑だったようだ。

 

 だがその選択肢はリターンが大きい分、リスクも孕んでいる。

 このレースにおいて命の次に大切となる馬。

 鋭い棘を生やした林に突っ込むということは、自らの『足』に傷を負わせる危険性があるということだ。

 そうした中で臆する事無く、我先にと突入した林越えの中で、なおも続く鉄の球同士の鍔競り合い。

 それは雑木林で監視員から姿が隠れた事で、より一層激しさを増すものとなった。

 

 ジャイロが回転をかけた鉄球を投げると、その鉄球の着弾点とその周りの雑木林は形を変え襲いかかってくる。

 それに対抗するために衛星を親指で打ち出し、進路を妨害する木の根本を撃ち落とすという応酬が続く。

 

 「ジョッキーに対する攻撃はーー、禁止されてるはずだろうよーーッ!」

 「 ーーーおたくが黙ァ〜って1位の座を明け渡すっつぅーんなら、俺はやめたってかまわないぜ」

 

 まるで、先程の問いかけに返事をするかのように投げられたツェペリの鉄球を顔面衝突する寸前で避け、『回転』で向きを変えられた雑木林を乗り越え難無く回避する。

 

 「ぐえッーー」

 「おっと、怒るなら俺の球を避けたやつに言ってくれよなァーー」

 

 背後でカエルが潰れたような断末魔が聞こえた。おそらく、2馬身ほどの僅かな距離まで詰めてきていた別の参加者が巻き込まれたのだろう。

 枝に直撃して馬の背の上から騎手が消えたことで、パニックに陥り暴走した馬だけが後方から抜け出て横に逸れていった。

 

 当たってたら一発アウトだったなーーー

 

 舌打ちするのと同時に、即座に残り2つとなった衛星を手綱を握っているのとは逆の手で構え、発射する。

 狙いはツェペリの回転で生まれた木々はもちろんのこと、ツェペリが近道をするために一時的に開けていた雑木林の抜け道を再度固定し、尚且つその軌道を変えてただの雑木林の『通り道』ではない、馬が加速する『キッカケ』へと形を変える。

  

 陸上世界では「スターティングブロック」というものが存在している。

 

 それは主に競技の中で人間が使うものではあるのだが、100mリレーやハードル走のスタート時に用いられ「加速度0」の状態の選手を、スタートと同時に即座にその選手自身の最高到達スピードへと押し上げることができるという優れものであった。

 

 じゃあもしも。もしも、だ。

 

 偶然にその段差に気づくことになってしまうと転けてしまうかもしれないが、もしも走っている最中に意図的に「スターティングブロックに匹敵するなにか」を作ることができて、それを利用できるとしたら。

 

 もしも使用者が最高時速17kmのマラソン選手ではなく、最高時速72kmの馬だとするならば。

 この行動が“正しい行動”であるならば、おそらく5馬身ほどの先にいるツェペリを追い越すことなど容易だろう。

 

 

 

 ーーーまぁそれも、「自分」が利用できればの話である。

 

 

 「悪いがーーー私にも()()がある」

 

 まるでこうなることがわかっていたかのように飛び込み、俺の「キッカケ」を利用しツェペリへに迫っていったのは、まさに流星が如く。

 ()()の髪を揺らしながら、1ミリも悪いと思っていないように手綱を振り回したその女は、レースの受付でぶつかった名も知らぬジョッキーだった。

 

 「賞金も私が頂く」

 

  こいつ、こんなに早かったのかーーーというより今どこから出てきた、そんな思いが一瞬湧いたもののその考えは即座に頭の片隅に追いやられた。

 視界の隅に、ひときわ輝きながら摩擦音をたてる“モノ”

 それはーーー木漏れ日に当たって輝きを放つツェペリの鉄球だった。

 ギロリ、とツェペリへと恨みの目線を向けるも、帰ってきたのは彼の金色に光る歯がちらつく微笑みだった。

 そして、背後から抜け出してきた女がこちらへ振り向く。

 

 「お前の背はいい傘になったーー」

 「ーーーああ、そういうことか」

 「仲良くお喋りすんならよぉ〜、馬から降りてバーにでも洒落込んどいた方がいいんじゃあないかーー?」

 

 赤紫の髪の女が争いに参入してもなおやめない彼の闘争心は、最早ゼッケン番号「635」と「636」の1位争いどころではなく、もはや『鉄球使い』としてのツェペリと自らの意地の張り合いだ。

 

 そしてツェペリは、どうしても負けるわけにはいかないとまたも鉄球で枝を操作し、次は先にリードをしようとしたホットパンツへ狙いを定めた。

 

 回転がぶつかり、鋭い枝を携えた木はまるでゴムで出来たようにその体をしならせる。ある一定まで枝先を捻ると、逆側から手で弾かれたようにその身を凶器へと変えた。

 

 「はい、1人脱落ゥ〜」

 「ーーー舐めるな」

 

 だが、彼女は手綱を振り直し馬をいきり立たせると、その勢いに身を任せなんなく枝をすり抜ける。

 ーーーが、ツェペリはニヒルな笑みを浮かべたままだ。 

 

 「おっとォーー、ある程度はやるみたいだが、回転は持続するし、()()()()()()()()()()()()んだぜ」

 「ーーーー!?」

 

 彼女がすり抜けた道の先には、体を捻らせた木の群れが大口を開けて待ち構えていた。

 その大群は、彼女が突っ切ろうとするやいなや、とてつもない勢いでその道を閉ざし始める。

 

 彼女が枝にぶつかるコンマ数秒、加速しながら彼女に近づき、咄嗟に胸元に隠し持っていた予備の鉄球を右前方に投げ込む。

 少し右の軌道からそれたそれは、空中でその身からまた新たな小型の鉄球を打ち出すと、それぞれが襲いかかる木の根元から植物全体を元の形に戻していく。

 

 「あんだよ知り合いかーー?」

 「ーーーなんのマネだ」

 「拾ってくれた借りだ」

 

 自分でも助けようとはまったく思っていなかった。だが気づけば体勝手に鉄球を投げていた。普通に考えればライバルが一人減るのにも関わらず、だ。

 

 「だがーーー」

 「おいおいおい、前を見ろーーッ!」

 

 続け様に何かを言おうとする彼女の3馬身先には、先ほどの枝の背後に隠れていた大木が倒れていた。明らかに気づいていない様子の彼女に声を掛けながら再度鉄球を投げようとするが、この距離では間に合うわけもない。何とかして彼女を動かさなければ衝突すること間違いなしだ。しかしーー

 

 「私をただの女だと見くびると痛い目を見るぞ」

 

 次の瞬間には衝突すると思われた木を前にして、彼女は避ける予備動作すら見せない。その顔に、動揺の色は見えなかった。

 

 「少し、肉を動かす」

 

 そして、冷静に胸元から”何か”を取り出すと、普通の人間ではありえない方向に肉体が動き、衝突を免れた。

 

 「気持ちわりぃーーなんだその動き……」

 「後ろを見るとはーーずいぶん余裕があるようだな、ジャイロ・ツェペリ」

 「チィーーッ!」

 

 彼女はそのまま加速度を上げていくと、自分とツェペリの間まで馬体を差し込む。

 だが、ここで引き下がっているようじゃあこのレースで一位を取るなんぞ夢のまた夢だ。最初は全くやる気を持っていなかったとはいえ、どうせ出るなら一位を掴む。それに、ここまでちょっかい出されてツェペリに負けるのは癪だ。 

 そうして、そのまま三匹の馬がもつれ合いながら我先にと林の中を突き進んでいく。

 

 そんな中でもツェペリは鉄球を投げ続けるのを止めない。それに負けじと自分も鉄球を投げ返す、そうした応酬が幾度も続いた後、突如前方の暗闇の先から一筋の明かりが差した。

 

 視界一面を覆う光ともに、同時に再び耳に入ってくるスタート開始時に聞いた覚えのある拡声器からの声。

 

 『───1頭だけ!見えたッ見えて来ましたッ!!

 林越えを1位で抜け出てきたのはーーーー!!』

 

 

 

 

 

 『──────ジャイロ・ツェペリだ───ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 「元気ないねェ〜」

 「うるさい」

 「ッかぁ〜! 相変わらず冷たいねぇあんたはよォ、まだなんもいってねえじゃねえかあ」

 

 各ステージごとにおかれてある選手のための休憩所、もとい記者から詰め寄られる会見場である食事用のテラスでゆっくりと体を休めていたのにもかかわらず、その世界各地のワインや名産品が集まっている休憩所、すなわち自らの聖域は見覚えのある季節外れの格好をした男に汚されてしまった。

 

 「いや〜、あれはしょうがねェよ。誰も()()()()()()()()なんてことは思いつかないぜ。だがあれってアリなのか?」

 

 最後の───残り数十mといったあたりだったはずだ。

 メンバーは赤紫の彼女に、いつの間にか後方から追いついていたディエゴ、半身不随のジョニィにあの憎きツェペリ、それに加えて何故か大陸横断レースというのにもかかわらず一人だけ自分の身一つで参加しているというイカれ野郎。のちに聞いた話ではインディアンであるそうだが、それにしてもあの身体能力はおかしいだろう。

 

 そこまでほぼ全員がゴールから同じ距離で並んでいたが、最後の数m。そこで初めに動いたのはスタート目前で既に満身創痍となっていたジョニィ・ジョースターだった。

 あんまり『奇跡』や『運命』だとかいう陳腐な言葉は好きじゃないんだが、あれはまさにそれに該当するものといってもいいほどだった。

 いくら彼にやる気があるとはいえ、偶然ゴール手前に埋もれていた木をバネのようにしてトップに躍り出すなどわざと起こすことができるだろうか。

 

 だが、それよりも驚いたのはあのジャイロ・ツェペリだ。

 序盤にスピードを上げすぎたことが影響したのか、林越えを一位で通過した後は前に乗り出すこともなく他の参加者と同じペースで横並びになっていたのにも関わらず、ゴール手前でぐんぐんとトップに躍り出していった。どうやらある程度まで馬の脚が回復するのを待っていたようだが、それにしても序盤に走り抜けた馬が出せるスピードではなかった。だが、現実は確かにツェペリがリードし、ライバルたちと距離をうんと放していく。

 まるで風が彼だけを援護しているように見えたが、そのトリックは彼が羽織っていたマントと、そこで回転し続ける鉄球にあった。

 そのままでは風に吹かれてたなびくだけのマントは、鉄球の回転によって先が固定され、マントがヨットの帆の形になり風をその身に受けていく。そうしてその風は彼の体を押し、船である馬の速度をさらに上へと押し上げていく。

 

 全くもって認めたくはないものの、あれは戦略として彼のほうが優れていたと認めざるを得ない。

 だからこそ、負けた自分が悔しく、久しぶりに機嫌があまり良くなかった。

 

 だのに、目で彼を、目の前にいるマジェントを睨みつけながら早く帰ってくれというオーラを全力で出しているのに、そんなもの彼は1ミリたりとも気にしていなかった。

 よく見ると先程まで手元に置いていた自分のワインが消え失せ、変わりに彼の手元に、自分用に入れていた海外製高級ワインが残り一口となって存在していた。

 

 「おいおいおいおい───、そんなに怒るなってよぉ。また後で新しいの入れてきてやるって、な?」

 

 そういう問題ではない、と言いたいが疲れが溜まっていたこともあり言葉が口から出なかった。気分転換にワインを飲んで忘れようとしていたのに、これじゃあ気分転換の気の字すらできていない。

 だが、ここでイライラしていても何にも繋がらないことは確かだ。ここはマジェントと会話するのも悪いことではないのかもしれないと思い、何故ここにいるのかと尋ねた。

 

 「ーーーあんたに会わせたい奴がいるんだ」

 

 すると突然、神妙な面持ちでそう言い出した彼に、いつもと違う雰囲気を感じた。

 が、こちらも疲れている。今は誰とも会いたくないと拒否したものの、それをマジェントが更に拒む。そこまで会ってほしいのなら譲歩してやろうと、少し休んで夜はダメなのかと聞いてみたが、彼が今すぐにと急かしてきた。珍しく、何やら重要な話らしい。

 

 「というよりも、会ってもらわなきゃ困る。命令されてるしな」

 「誰なんだーー相手は」 

 「それは会ってからのお楽しみだな」

 

 鬼が出るか蛇がでるかーーー、マジェントから誘ってくるというのはどちらにせよ碌なことではないだろう。しかし、マジェントに借りがあるのも確かだ。ここは大人しく従っておこう。

 

 「これで借しはチャラだぞ」

 「さぁーーーどうだか」

 

ーーー

 

 

 休憩所から抜け出し、車に揺られながら場所を何度か変えられること数分。生では一度もみたことのなかった、見るだけで分かる豪華な場所へ連れてこられた。

 

 辺りには何十人もの警備兵がそこを囲っている。

 

 国の中心人物───いわゆる首相や総統など国によって呼び方が変わるが、ここ“アメリカ”のと言えば、それは大統領である。

 そしてそのアメリカでは大統領と呼ばれる立ち位置のものだけが居住を許される『ホワイトハウス』というものがある。

 白を基調とした美しい建物で、およそ一世紀も存在しているのにもかかわらず近年の鉄道やら蒸気やらのどちらの影響も受けていない、真っ白な壁を携え、それはそこに存在していた。

 

 警備兵に連れられ、その中の一際重要な、というよりはプライベートとなる部分───大統領本人だけでなく大統領の家族も住んでいるのだから当たり前なのだが───レジデンスの名がついた、まさしく大統領一家が居住する区域の一室。

 アンティークやらピアノがひしめく中で、一際存在感を出している男が奥で待っていた。

 見事にカールした艶のある美しい髪を携え、高級なソファに一人の男が腰掛けていた。

 

 「君がーーそうか…」

 

 彼とは初対面ではあるが、自分は彼を一方的に知っていた。

 

「私の名はファニー・ヴァレンタイン。 ーーー第23代アメリカ大統領と言った方がわかりやすいかね?」

 

 そりゃあ自分の住んでいる国の最高権力者なんて誰だって知っていると答えるだろう。

 だが、記憶にある姿とは全く異なっていた。髪型は、イギリス貴族のような巻いた髪をそのまま伸ばしたような、高貴なものであることは変わりない。けれど顔つきが、というのはもちろん、そもそも骨格からして全てが過去に州の党大会で見かけた際の記憶と似ても似つかない。

 

 確かに、あの頃も見かけよりはだいぶ軽快に歩き、その重さを感じさせないようなオーラを身に纏ってはいたが、ここまで痩せてはいなかった。

 何より、彼の肉体から感じるオーラが違った。服の上からも分かるほどに生命力に溢れ、気品を感じさせながらも、どこか野生味の危うさを醸し出していた。

 骨格はがっしりとし、背丈は有に180は越えているだろう。彼とは少し離れているとは言え、同じ部屋にいるだけで圧迫感を感じるほどだった。

 

 彼が片手を上げ、そばに立っていたお付きの大男二人を外へ出すと、手に持ったティーカップを目の前へだした。

 

 「ほら、わざわざ先遣隊まで送って採らせた───そんじょそこらのバリスタじゃあ味わえない代物だ、うまいぞ? 」

 「───」

 「まぁ、そう身構えるな」

 

  確かに、道中が思ったよりも時間がかかったせいで口は水分を欲しているが、飲んでいる場合ではない。

 毒か、何かーーーだが彼が私を毒殺して一つもメリットはないということはわかっている。しかし、彼が本来持っているのだろう威圧感がその動作を受け付けさせない。

 

 「──────」

 「………」

 

 飲むべきか、飲まざるべきか。

 いつ使うかすら分からなかったが、かつて読んだマナー本ではこういう時に出されたモノは飲まない方が良いとあったはずだが──────しかし、彼のじっとした視線に勝てるはずもなく、出された飲み物を音を立てないように慎重に飲む。

 

 「どうだ ? 」

 「とても───」

 「そうだろう、そうだろう……。“ここ”ではあまり感じられない味だからな。いわゆる高級、というやつだ」

 

 彼が私を呼んだ理由がわからない。それこそ、マジェントがここに連れてきた意味も含めだ。何故マジェントは大統領と繋がりがある。何故大統領は俺をここに呼び出した、一体何の目的なのかーー考えれば考えるほど疑問は尽きない。

 

 すると彼は手に持っていたティーカップを更にゆっくりと乗せると、大統領のみが腰掛けることを許された椅子に腰をかけた。

 

 「君も驚いているだろう。たかが、一介のヒットマンに過ぎないマジェントと、私が繋がっていること、そして“引退した”らしい君が呼ばれた意味に」

 

 窓の外を眺めながら、午後のティータイムであるかのように悠々自適と話し始めた大統領。すぐ横に突っ立っているマジェントを横目に入れると、彼は未だに手に持ったコーヒーをゆっくりと飲んでいた。そういえばこいつ猫舌だったなーーー。

 

 「ーー勘違いして欲しくないのだが、何も私はマジェントとだけ繋がりがあるわけではない。その他にも、私の協力者は多くいる。だが、その中で君とコンタクトが取れる者はマジェントだった、ただそれだけだ」

 

 そう断りを入れながら、彼は目の前にある椅子を指差し、そこに座るように前へ差し出してきた。

 

「先に言っておくが、この話を聞いた瞬間に、否応なく君は私の協力者となる」

「ーーーどちらにせよ、断ることは出来ないんでしょう」

「それは君の態度次第だ」

 

 これは最早我が国だけの問題ではないのだから、そう言いながら、彼はことの発端を話し始めた。

 

 まず初めに、彼自身が大統領であることの目的からだった。始まりは彼が大統領になる前に、ある遺体を手に入れたことから全てが始まったと言う。

 

 それは『聖なる遺体』と呼ばれる遺物だそうで、持つものに幸福を得るための権利を与えてくれるのだと、そう彼は語った。

 話を聞いたときは、遺体と言うには何かの隠語なのだろうと推測していたが、それは実際に”人の”という意味での遺体なのだそうで、文字通りかつての聖人が死んだ後にバラバラとなった死体であることが告げられた。

 

 聖人といえどただの遺体だろうと思いながらも、彼が途中で話を止める気もない様子であったのを見て、その場はそういうものがあるのだと流す。

 

 続けて彼は言う。それを全て集めた時、この国は誰に負けることもない、史上最強の国へと成長するのだと。

 

 ただのお伽話に聞こえたものの、おそらく彼は本気で語っているのだろう。途中から白熱し、口からは唾が飛び散りながらも、その金色の髪を揺らしながら熱弁していた。

 

 「もしかして君は今ーーー私がそれを悪用しないかどうか考えたか?」

 「いやーーー、そういう扱いもできるとは考えましたが・・・」

 「ああーーいや、敬語はなしでいい。正直者は好きだ。だが、実際それは可能だといっておこう」

 

 ツカツカと、モデルの様に目の前を歩き始めると、壁に掲げてあった地図を指し示した。

 

 「だから、それが起きる前にこのアメリカ各地に散らばるその遺体を私が集めねばならない。私こそが有効活用できるからだ」

 「有効活用ーーーか」

 「そして、その遺体集めを実行するためにふさわしいのが、このSBRであり、協力者を集めているのだ」

 「だから()()()()()()()()()()というわけか?」

 「その通り。だが、それは始まりにすぎないーー」

 

 どんな作戦にも準備をすることに越したことはない、それは俺も同じ考えで、実際に大統領もどこかで話を聞きつけた他国のスパイや、私利私欲のためだけに遺体を奪おうとする輩が出ることは予想しており、それに対する対策も全て抜かりはなかったそうだ。

 だが、レースが始まる数日前にそれは起こったという。

 

 「先じてルート確保のために遺体を取りに行かせた隊が、丸ごと消えたのだ。50人のうち、1人を残して”49人”全てが、だ」

 

 そして、徐に彼が机の上に紙束を並べ始める。

 

 「これがそれをまとめた資料だ。これから共有する事柄は他言無用だぞ」

 

 目線をやると、その資料とやらは日付が黒塗りで、正確にいつの出来事なのかは隠されていた。

 そこからして、明らかにやばい代物だということが分かり読む気がまったく湧かない。

 けれどこちらを見つめる大統領の様子からして、読まない訳にはいかないだろう。

 意を決して数十ページにも及ぶ調査記録に目を通し始めた。

 

 

----------

 『×年×月×日ーー調査記録』

 

 その日はとても天気の良い、山登りの訓練をするのには絶好の日だった。

 二、三時間かけて山を登り、頂上を経由してから麓まで戻るというなんでもない年に数度ある恒例のイベントだった。

 

 皆で協力しあいながら山を登り、野営地を立て、少し時間が経ち、皆がようやく一息をついた頃にーーーーソレは現れた。

 

 皆が着込むほど高地だというのにもかかわらず、服一枚すら着ていない女が、気がつくと野営地のど真ん中に立っていた。

 

 その女は誰しもが一度は夢見るほど美しく、可憐で、儚く、気品すら纏っていた。

 一見すると相反する特徴を持っていたのかも知れないが、それは実際に目で見たらわかる。そうではない、そうではなかったのだ。

 

 確かに、彼女は全てを兼ね備えていた。顔も、スタイルも、髪も、古代ギリシアの作品群から飛び出したと言われても信じれるほどだった。

 そして同時に、明らかに普通の人間ではなかった。服一枚すら着ていないのだから当たり前であるが、そいつが持つ独特の雰囲気、それがその女の正体を表していた。

 

 そこから少しして、そこから女が動こうとしないことが分かったことで隊の男が一人、その女に近づいた。

 そいつは確か、女好きだったか、とにかくだらしないやつと隊でも有名だったが、おそらく体を触ろうとしたのだろう。

 

 すると、バランスを崩したのかその男は女の胸元に飛び込んだ。数秒体に埋まり、モゴモゴとしたと思ったら、だらんと体を垂らした。 

 そうすると野次馬がわらわらと集まりだし、盛るなだの、俺も混ぜろだの、場が盛り上がり出した。

 だがその男は女の胸元に顔をうずめるばかりで、そこから一ミリも動こうとしなかった。

 何してんだーーー日記を書きながら横目でそれを見つめていたが、女が一歩動き出したことで、ようやくその女の狂気が見えた。

 

 ーーー男の顔の半分が削り取られていたのだ。

 巨人がスプーンで綺麗にすくい取ったかのごとく、女のボディラインに沿って、ちょうど顔がえぐられていた。体の支えがなくなったからか、男が地面に横たわると同時に、脳みそが床にぶちまけられた。

 

 皆、とっさに銃を構えた。軍の中でも持つものは少ないだろう、最新鋭の銃を構え、威嚇射撃もなく、居合わせた数十人が一斉に。

 

 そうして銃の雨が数秒続いた後。

 銃声がやみ、硝煙が晴れてあたりが見えるようになった頃にはーーー”隊”の半分以上が死んでいた。死体は穴だらけになっており、まるで自分たちが打った銃が全て跳ね返されたようだった。

 

 煙が晴れると、女は倒れることもなく、銃の雨に打たれる前と同じ位置から一歩も動いていなかった。

 

 ーーー化け物

 

 誰かがそう言った。その瞬間、女がまた別の隊員に近づいた。皆、動揺して体が動かなかった。

 

 そして、女が腕を振るった。

 血が空に舞い、顔をもぎ取られたその隊員は膝から崩れ落ちた。

 

 皆、再び銃を構える。またも銃弾の雨が女に降り注いだ。

 だが、私はその手助けすらせず一目散に逃げ出した。だって、そうだろう。全員とは言わずとも、半数以上が銃で一斉に撃ったのにもかかわらず傷一つつかない女にどうやって勝つというのだ。

 走り、走ってーー、背後からは銃声と共に、誰かの叫び声がずっと聞こえていた。

 

 しばらくして、麓にあった第一拠点に戻った。そして、応援を呼ぼうとした。だが、そこで気づいた。呼んでどうするーー、どうせ誰も勝てるわけがないのだ。私は受話器を投げ捨てると、急いで扉から飛び出そうとした。

 

 すると、何やら大型の鳥の羽音があたりに響いていた。トンビか鷹かーーーそれと同時に誰かの声がまたも耳に飛び込んだ。だが、その声は一度で響き終わることなく、少しずつこちらに近づいて来ているようだった。窓を覗くと、自分と同じように麓からおりて来ていたのか、隊員がこちらをのぞいていた。

 よく見るとその顔には見覚えがあり、隊の中で特に自分と仲が良い一人だった。少し汗をかいているように見えたが、特段いつもと変わらないように見えた。

 

 だが、窓越しにそいつに話しかけても、そいつは『よう』というばかりで、こちらの言葉には全く返答しようとしなかった。

 さすがに様子がおかしいと思い彼の肩に手をかけて体を揺さぶると、いとも簡単に落ちた。彼の、頭が。

 

 声が出なかった。体も、金縛りにあったように動かなくなり、ただ彼の首から少し突き出た脊髄で何かが蠢いていた。

 

 それが何か、確認しようとする気も起きず、震えた体を叩き起こしながら逃げ出そうとすると、屋根上から彼の声が聞こえた。

 

 あの、女がいた。

 

 一糸纏わぬ姿で、あれほど人を殺したのにもかかわらず体に血は一滴も付いていない。そして、その腕は巨大な鷹の羽のように変形していた。

 

 それが、彼の声で喋っていた。

 声も出なかった。友の死体すら気にする暇もなく、脇目も振らずに飛び出した。

 

 そこからは覚えていない。

 

ーーーーー

 

 「ーーーそのような奴をこの国に野放しにしておく訳にはいかない。彼がいうには、そいつは遺体と思わしき物を右手で持っていたらしい」

 「それでーーーそいつを始末しろと、そういうことか?」

 「そうだ、だがこれには人が必要だ。常人ではなく、卓越した戦力である人間何人もいる。だから、裏で名のある君に依頼したというわけだ」

 「ーーーーー。」

 「で、どうだね。ここまでの話を聞いて、君はどう思った」

 

 そう言いながら俺の感想を聞いてくる大統領に対して、外していた目線を合わせた。初めにここにマジェントと共に呼んだ時点で、もともと協力を拒否させる気はないだろう。 

 それに、SPを部屋から出し、2対1の状況ですら彼は動揺することなく、むしろ自分から積極的にその環境を作り上げた。

 ーーー明らかに舐められている。だが、これこそが彼の自信のあわられだろうことは肌で感じていた。それこそ、彼の持つ得体の知れないナニカも。故に、彼に与することで自分に何の利益があるかを聞いた。

 

 「ああーー何を成し遂げても、それに値する報酬はあるべきだ。それが資本主義の基本であり、守られるべき社会だ。それに関しては君が望む最上級をひとつ、用意しよう」

 「ーーーーなんだ、それは』

 「そうーーーー例えば、君の記憶の話ーーとかどうだい?」

 「ーーーーーッ」

 

 誰にも話した覚えはない。それこそ、先生にすら詳しく言った記憶はない。そして、その動揺は大統領にはいともたやすく見破られていた。

 

 

 「ーーーこれからよろしく頼むよ」

 

 

 

 

 

 そのまま、気づいたらレース参加者上位に各々支給されるコテージへと戻っていた。

 

 自分が完全に大統領のペースに飲まれていたことに嫌気がさす。

 

 ああいった、自分が思うように手の上で全てを動かし傍観するタイプは一番嫌いなんだ。何もかも見透かしているようなあの目、だが、実際に大統領は自分にしか知り得ない自らの記憶について知っていた。

 誰にも、一度も詳しく話した覚えはない。

 

 そうなれば、最早記憶を()()()()可能性を考えるしかないだろう。

 彼自身がスタンド能力者でーーー、記憶を覗くことのできる力を持っている、もしくは、彼の配下がそのような能力を持ち、それを又聞きして揺さぶってきたのか。だが、どちらにしてもこちらのことは筒抜けであると考えた方がいい。

 

 気がかりなのは、何故俺だったのかだ。多くのヒットマンを雇っているとは聞いたが、ーーーいや考えても無駄か、

 

 2ndレースは明日の10時からだ。

 

 彼の探している遺体とやらも、それを集めることが自分に正しいことなのか、悪であるのかは分からない。けれど、彼が国を語るときの熱意は、とてもじゃないが嘘とは思えなかった。

 

 存外、自分も甘い人間なのかもしれない。

 

 寝るにはまだ早いが、今日は疲れた。明日の朝に始まることも考えれば、早めに寝ておくべきなのだろう。

 

 「チュウ‥‥」

 

 枕元の隅に置いてある、小さなバスケットの中にネズミのパーシーを胸元のポケットから手を伝わせ渡らせた。

 

 「ツェペリの時は、助かった。ありがとな」

 

 そう彼に言いかけると、パーシーは満足そうに伸ばした親指へと頬擦りをした。

 そのまま、親指と人差し指で豆のような顔をワシワシすると、キュウと一鳴きした。

 

 伝わってるのか、伝わってないのか、こいつが言葉を喋ってみてくれないと実際のところはわからない。だが、それでいいのかもしれない。

 

 記憶も、未だ完全に思い出したわけじゃない。ただ、自分があの村に生まれ、育ち、そこに記憶の少女が共にいたような、その程度の薄い記憶だ。彼女は、賢い人間だったーーような気がする。今頃村では彼女はどこかの誰かと結婚し、子を成して、立て直しているのだろう。

 ーーこれじゃあただ責任を押し付けただけか。

 昔の自分がここにいれば、即自分をはっ倒していただろう。

 

 記憶も、もう思い出さなくともいいのかもしれない。 

 

 

 

 そうして、部屋に灯る蝋燭に蓋をかぶせた。

 

 

 

 

 

 

「ーーふふ」

 

 

 




 
 
 本体:ホットパンツ
 能力名:クリーム•スターター
 能力説明:スプレーを操作する事によって肉を自在に動かす事ができる。操作対象は自分だけでなく、他者にも可能。

 【破壊力 - D / スピード - C / 射程距離 - C / 持続力 - A / 精密動作性 - E / 成長性 - B】
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