真剣で人生楽しんでますか?   作:アミ

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可能な限り一人称視点で話を進めます


第一話 落第(ギリギリ)野郎!Fチーム!

「おっはよー!」

 

「あ、ワン子。おはよー」

 

 

机上に、ぐでー、とあごも肘も、肩すらのっけてだらけモードで挨拶を交わすクラスメイトを眺める。

もう四月も末だ。そろそろこのF組のたるんだゴム紐のような空気にも慣れた。

古巣の張り詰めたような空気も嫌いではなかったが、一度この泥濘につかると最早這い上がる気力など湧かない。

 

 

・・・・・・昨年度の学年末テストの結果、281人中、280位。

昨年、常に一桁上位だったのだが、ひどい結果だ。

末路、とでも言おうか。零落のきわみ、とでも。

テスト勉強を怠ったのが原因ではない。

そもそも、ここは進学校とはいえ、落ちこぼれと成績優秀者が混在する程度の偏差値の学校でしかない。

さほど難しくもなし、授業を聞いていれば当たり前に解けるような問題ばかりで、見返してみれば悩むような問題など一題もなかった。

ならば、なぜ?

 

うっかりテスト中に寝てしまったからだ。

ぼんやりしてテスト一日目の一時限目にテスト用紙を唾液でふやかして、それ以降はほとんど名前だけ書いて提出した。

要は、やる気がないからだった。より正確をきすならば、なくしてしまった。

進学校を受験して、他者を蹴落としてまで一年もの間特進クラスに居座っておいてなんだが、正直なところ、理由はそれだけでしかなかった。

その結果、F組に移動させられたわけだが、さほど居心地は悪くないし、後悔もしていない。

F組の彼らにはS組生徒への恨み言を何度か言われたが、直接の恨みも無し、コミュニティへの恨みを個人にぶつけることのむなしさでも知ったのか、すぐに止んだ。

 

 

「ふぁーあっ」

 

 

いかん。そう思ったが、あくびは止まらなかった。

やる気をなくしても、最低限シャンとしようとは思っているのだが、どうにも。

このどうしようもなく、どうでもいい気持ちはなんとかならんものか。

こんなことでは新しい担任教師に怒られてしまう。美人だが、あれは鞭を振るうのだ。

教鞭ではない。インディージョーンズが持っていそうな、あれだ。

そんな、あれ、でしばかれて大喜びしているクラスメイトもいるにはいるが、プレイにしてももうちょっとソフトなところから始めて欲しい。

冷たい水で顔を洗えばいくらかマシになるだろう。そんなわけで、顔を洗いにトイレへ向かう。

 

 

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

 

 

「ヒュッホ、S落ちした久世ではないか。猿山では馴染んでおるのか?」

 

「・・・・・・」

 

 

廊下に出たところでかつてのクラスメイトとエンカウントした。

不死川心という、いつも着物姿の変わりものだ。

親のカネだかコネだかで私服通学を認めさせているらしい。

顔は可愛いが、根性悪いせいで友達はいないようだった。

ちなみに、S落ちというのは、特進クラスのS組から落ちること。テストで50位以下になるとそうなる。

それを恥じ、成績が伸び悩んでいるものはS落ちになる前に自主的にS組を去ることが多いので、あまりいない。

 

 

「何か用か?」

 

「落伍者を笑いにきたのじゃ。2位から280位じゃったか? ヒュホホホ!」

 

 

彼女がF組の生徒を馬鹿にしていることは知っている。

一年の時分からたびたびやっていた。返り討ちにあって泣かされても懲りないあたり、相当ハマっているらしい。

趣味なのか。ライフなのか。それがお前の人生なのか。楽しそうでなによりだ。

とはいえ、皮肉だか挑発だかの内容はともかく、やられたらやり返したくなるのが人情と言うもの。

 

 

「前からずっと思ってたんだけど、お前の笑い声ってなんか変だよな」

 

「へ、変ではないわ! これは高貴なる高笑いであって・・・・・・って、去るなー!」

 

 

言うだけ言って逃亡。顔を赤くして怒っていても、トイレまでは追ってこれまい。

いつも成績があれの上だったから、目の上のたんこぶだと思われていたらしい。

それで、今回俺がアホみたいな成績をとったから追い打ちに来たらしい。

悲しむべきことに、S組の連中にはああいった手合いが多い。といっても、大多数の連中はそのうち飽きるだろう。

益体もないことに情熱を燃やすかつてのクラスメイトの顔を思い浮かべつつ、洗面所で顔を洗う。

日中の気温は上がってきていても、朝の水は冷たくて気持ちがいい。

 

 

「あぁ、冷てー」

 

「おや、久世君。あなたでしたか」

 

「そういう君は・・・・・・なんだ、葵と、井上か」

 

 

背後から声をかけられ、振り返れば中性的かつエキゾチックな雰囲気の美男子と、長身痩躯の坊主頭が。

 

美形のほうは葵冬馬。川神市でも評判の総合病院、葵紋病院の院長の一人息子。

ハーフだそうで日本人離れした容貌を持っており、川神学園でも有名な美形四天王の一人なのだそうだ。

ちなみに、成績一位。

元クラスメイトということ以外、大した関わり合いは無い。

 

そして、坊主のほうは井上準。

葵紋病院の関係者、冬馬の父の腹心、No.2、その息子。だから冬馬を若と呼ぶ。

人付き合いよく性格も温和だが、その一方で少女趣味を隠す気もない変人でもある。

本人は父性だと言って聞かないが、年端もいかぬ女児を見つめて息を荒げる姿は控えめに言っても変質者のそれだ。

そのうち新聞の三面あたりに載るかもしれない。

 

 

「なんだとはご挨拶だな」

 

「すまない。まだ頭がしゃきっとしてないんだ」

 

 

冗談めかして言った井上に言い訳しながら、チェックのハンカチで乱雑に顔を拭う。

首周りに水がついてしまったが、すぐに乾くだろう。

 

 

「不死川さんが外で投げ技のイメージトレーニングをしていましたよ」

 

「しつこい女だ・・・・・・男子トイレの前で待ち伏せだなんて、淫乱め」

 

「そういうことを言うから喧嘩になるってわかってるかー?」

 

「・・・・・・わかってて言ってるんだろうなー」

 

 

少し考えてから、諦め混じりの口調で井上は付け足した。

 

 

「なんだ、朝から疲れているのか。早めの五月病で生活リズムでも崩したか」

 

「お前が言うか。というか、早すぎる五月病はお前だろ?」

 

 

本当に疲れたように肩を下げて井上はため息を吐いた。

まるで非人道的なサービス・ザンギョー・ワークを課せられている公立学校教諭のようだ。

背が高く、大人びているからなおさらそう見える。

 

 

「・・・・・・まあ、どうにもやる気がな。なんか楽しいことないかな」

 

「この写真でも見て心を和ませたらどうだ?」

 

 

懐から滑らかな動きで取り出したのは、幼稚園児だか小学生だか、とにかくまだいたいけな子供の写真だった。

かわいらしいとは思うが、永久歯も生え揃っていないようなティーン未満ではなんとも。

 

 

「流石にもうちょい育ってからのほうが、こう」

 

「かーっ、この良さがわからないとは可哀想なヤツだねー。邪念を一度横にどかしてから見つめてみろよ。心洗われるようだろ?」

 

「邪念に塗れているのはお前だ」

 

 

NO THANK YOU とジェスチャーで示して小児児童の写真をつき返した。

ロリコン趣味は結構だが、人目があるところではグレーゾーンに留めておいてほしい。

 

 

「楽しいこと、ですか・・・・・・」

 

「こう・・・・・・希望とやる気が湧いてくる感じのイベントはなかろうか」

 

「では、私と夜景の見えるホテルでディナーでも」

 

「それは結構だ」

 

 

冗談なのか、本気なのか興味はないが、彼はバイを公言している。

確かに彼の骨相は中性的で、肌はそこらの女よりもきめ細かい。

控えめに言っても整った美しい容貌と言えるだろう。

だが、生憎そういったソドミーな趣味はないし、開拓する気もない。

 

 

「まあ、若の悪い癖は置いておくとして・・・・・・今日は転校生が来るんじゃなかったか。F組だろ?」

 

「ん・・・・・・そうだっけ?」

 

 

いつかホームルームで担任教師が話していたような、話していなかったような。

最近本当に注意力が散漫になっている。

このままでは通知表の内申点は悲惨なことになるだろう。

しかし、悲惨なことになるだろう、とわかっているのだが危機感がわかない。

 

 

「ドイツからの留学生のことですね。噂では男性だと聞きましたよ。本当かどうかは知りませんが」

 

「というか、廊下でF組の生徒が賭けやってたしな。男か女かって・・・・・・というか、噂流したのも多分あいつらなんじゃないか?」

 

 

率先して賭け事をやろうとするタイプの、F組の顔ぶれが頭にぱっと浮かんだ。

葵冬馬と同じく美形四天王に名を連ねていて、いつも落ち着きのない風間翔一。

風間の幼馴染で軍師とかいうあだ名の、いつも携帯いじっている直江大和。

そして同じく風間の幼馴染で、いつもうるさい島津岳人だった。

彼らは幼馴染の七、八人で風間ファミリーという集団をつくり、よくつるんでいる。

 

 

「噂は男だったな・・・・・・それじゃあ来るのは女か。有り金全部賭けてこよう」

 

「おいおい、女だって確証はないぞ?」

 

「いいんだよ、あんまり入ってないしな」

 

「確証を得る方法が無いわけではありませんけどね」

 

「調べて無いのか?」

 

「どちらでも構いませんから」

 

「・・・・・・」

 

 

柔和な笑みを浮かべる葵はどこからどう見ても爽やかな美少年だが、近寄る気にはならない。

言葉を無視するように窓に歩み寄り、視線を外へとめぐらせた。

 

 

「オッサンだ」

 

「はぁ?」

 

 

ふと、視線の先の職員用昇降口に年配の男が入っていくのが見えた。

黒いジャケットは遠目にも派手に飾られていて、まるでどこかの軍隊の将校のようだ。

少なくとも、学校に用事があるような人間には見えないが、ひょっとしたら転校生の親御さんかもしれない。

嘘か本当か知らないが、どこかで聞いた話によると軍人の正装は軍服だとか。

 

 

「親御さんでしょうか?」

 

「どれどれ、洋ロリは・・・・・・」

 

「いないよ」

 

 

しかし、近くに転校生らしき少年少女の姿は無い。

既に昇降口を上がってしまったのか、それとも別々に来るのか。

ふと、どちらでもいいか、と白けてしまって教室に戻ることにした。

 

 

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

 

 

便所前では、葵が言っていたように出待ち状態の不死川が空気相手に投げ技の練習をしていた。

 

 

「むっ、ようやく観念したっ、むぎょわー!?」

 

 

向こうがこっちに気づくと同時に、ピッ、ピッ、と指先から飛沫を飛ばして攻撃。

 

 

「楽しいこと楽しいこと・・・・・・ううむ、お前をいじめるのはなかなか楽しいぜ」

 

「おっ、お前此方にそんな態度をとっていいと思っておるのかっ!」

 

 

顔についた水滴をハンカチで拭いながらも、半泣きになる不死川はなかなか可愛い。

たまには好きな子をいじめる男子小学生的なメンタルに戻るのもなかなかいいかもしれない。

・・・・・・いや、よくない。もうちょっとましな楽しみを見つけたほうがいいだろう。

ともかく、彼女はどうにも涙腺が緩いらしい。

誰彼構わず喧嘩を売って、返り討ちにあって半泣きになっているところをたびたび見る。

 

 

「泣くなよ子蟹ちゃん」

 

「泣いておらぬわっ! というか、此方のどこが蟹なのじゃ!」

 

「かに座っぽいよね」

 

「だったら何だというのじゃ! まったく・・・・・・S落ちしてからはまるで人が違ったようじゃな。バカクラスに毒されきっておる。えんがちょー、なのじゃ」

 

 

バカクラス呼ばわり自体に異論はないが、中にはお前より成績も人間性も上の人もいるんだぞ、と思ったり。

井上お気に入りの女子生徒、甘粕真与は前年度最後のテストで学年四位だった筈。

家業が傾いている上に、幼い弟妹も多いらしく、少しでも家族に楽をさせようと特待生待遇を求めて頑張っている。

新学期早々、弁当を盗まれたりセコい嫌がらせを受けていた俺を助けてくれたのも彼女だ。

井上が眺めていて心洗われる気持ちもわからぬではない。

 

 

「こなたわあ~、まえからこんなもんなのじゃあぁー」

 

「真似するなー! しかもバカっぽくアレンジするでないわー!」

 

「あれんじなんてぇー、してないのじゃあー。ふしかわこころわぁー、いっつもこんなかんじなのじゃあ~↑」

 

「うぬぬ・・・・・・バカにしおってえ。食らえっ高貴なる内股っ!」

 

 

下手糞な物まねがよっぽど腹に据えかねたのか、茹ったカニみたいに顔を真っ赤にして激怒する。

叫んだ技名どおり、なかなか高貴な所作での内股が炸裂。

いかにも動きづらそうな振袖なのにたいしたものだ。

くるり、と視界が回転して床へ腰と太ももから激突した。一応後頭部を打ったりしないように気を使って投げたらしい。

とはいえ、ポケットに入っていた鍵が肉にめり込んで疼痛をもたらしている。

 

 

「痛いぜよ・・・・・・」

 

「ふっ・・・・・・ふん!此方を馬鹿にした罰なのじゃ」

 

「いい技だ、なかなか鋭い内股だったぜ。確か、小さなカニにもハサミあり、ってことわざがあったな」

 

「無いわ! いい加減カニから離れぬか!」

 

 

無かったっけ?と言いつつ、立ち上がる。

制服が少し汚れてしまったかもしれないが、ここ数日脱いでも椅子にかけるだけでロクに吊るしもしなかったので、どうでもいい。

変えの制服がないわけでもなし、クリーニングの出し時かもしれない。

 

 

「そういや、転校生が来るって知ってる?」

 

「ホームルームの時にヒゲが言っておったな。独逸人じゃったか」

 

 

ヒゲ、というのはS組の担任教師、宇佐美巨人の愛称だ。

一応優秀らしいが、やる気とか清潔感とか紳士さとか真摯さとかいろいろ足りていないので付けられた、ある意味蔑称でもある。

・・・・・・とても他人事だと思えない。

 

 

「そうそう。その転校生が気になるからそろそろ俺教室に戻るわ」

 

「ふん、みいはあじゃのう。山猿らしいと言えばらしい・・・・・・」

 

 

言うが早いか、不死川に背を向けて教室へと歩き出した。

転校生転校生。遺跡に潜ったり十字キーで感情表現したりするのだろうか。

益体もないことを考えながら、ぎゃあぎゃあと背後でわめく不死川を無視して教室へ戻るのだった。

 

 

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