真剣で人生楽しんでますか?   作:アミ

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第三話 咳と共に去りぬ

 

異臭騒ぎによってF組は一時間目の体育は中止となり、代わりに教室にぶちまけられたかわいそうな元弁当の掃除に充てられた。

たかが弁当箱一つ分の残飯だったが、直撃弾を受けたクリスが意識を失うと同時に床に放り出してしまったのだ。

最大の被害者である彼女を責めるつもりはさらさらないが、結果として教室中を掃除する羽目になってしまった。

もう五十分以上換気しているのだが、まだ教室には悪臭が漂っている。

 

最近暖かかったこともあり、弁当箱の中には黒カビを始めとして・・・・・・詳細な説明は省こう。

そんな自然の脅威が詰まった箱を四重にしたビニール袋に詰めてガムテープで封印。

もったいないが、洗ったとしてもう一度使う気にはならない。

中身も箱もゴミとして処分することとなった。

 

 

「ちょっとぉ・・・・・・涙が止まらないんですけど?」

 

 

目に染みる、と小笠原が教室入り口付近から遠巻きに訴える。

確かに教室に漂っていた刺激臭は、目と言わず鼻と言わず、喉の奥に突き刺さるようだった。

 

とはいえ、彼女は教室の掃除に参加していない。

参加したのは俺を含めて自分の机が汚れた数名だけだった。

小笠原の非難が自分に向けられているような気がしたので、一応言いたいことは言っておく。

 

 

「何よりもまず言っておきたいんだが、俺は悪くねえ。全面的に羽黒が悪い」

 

「アタイだって悪くねーし! 元はと言えば弁当パチってきたの島津だっつーの」

 

「待て待て!オレはパスしただけで、ヨンパチが・・・・・・!」

 

 

言いたいことを言った結果、醜い責任の擦り付け合いが始まってしまった。

悪臭爆弾の直撃を受け、保健室に搬送されたクリスがクラスメイトたちの醜態を見ずに済んだのは幸か不幸か。

それ以前に、この顛末が親御さんに知れたら先ほどのゲルマンジョークが真実になりそうだ。

 

ともかく、早いところ弁当箱を処分せねばなるまい。

責任の擦り付け合いに背を向け逃走、廊下へ脱出。

階段脇のゴミバケツに厳重に封印した弁当箱を叩き込んだ。

ガムテープとビニールで完全密封してあるので、昼過ぎの回収までに匂いはもれまい。

 

 

「大丈夫か? 大丈夫だよな、多分・・・・・・」

 

 

誰にともなくひとりごちて体を軽くゆすると、首や腰がぱきぱきと音を立てた。

なんだか、朝っぱらから妙に疲れてしまった。次の授業は昼寝ができないだろうか、と時間割を思い浮かべる。

すると、視界の隅に見慣れぬ金糸が。

見やると、クリスと甘粕が階段をあがってくるところだった。

 

 

「おっ、二人とも大丈夫か?」

 

「まだ少しだけふらふらします・・・・・・」

 

「うぅ・・・・・・ひどい目にあった。これが川神式のカンゲイ、なのか・・・・・・?」

 

 

悪臭爆弾の直撃を受けたクリスと、至近弾を受けた甘粕はいの一番に保健室に搬送されていた。

今の今までくたばっていたのだろうが、ようやく回復してきたらしい。

 

 

「違う、ただの事故だ。まあ、いつもこんな感じだけど、歓迎するぜ」

 

「いっ、いつもこうなのか?!」

 

「だ、大丈夫ですよクリスちゃん! こういうことは、と、時々ですから!」

 

 

額に冷や汗を浮かべるクリスを必死にフォローしているつもりの甘粕が健気だった。

まあ、そんなことよりも、今現在もっと重大な問題が発生している。

それは、眼前のF組教室前の状況だ。

ほんの数分離れていただけなのに、戻ってきた時には既に人だかりが出来ていた。

 

 

「いつにも増して山猿の巣がくさいのじゃ!」

 

「お前ら、どれだけ俺たちに迷惑かければ済むわけ?」

 

「ぎゃあぎゃあうるさい奴らだな・・・・・・こっちはオータムマラソンで徹夜明けなんだよ。騒音公害だ、喚くな」

 

「わざわざその臭いところにまでやって来て因縁つけてこないで欲しいんですけど?」

 

 

掃除を終えて地獄のような悪臭から逃れた俺を待っていたのは、また地獄だった。

F組の教室前では、扉を塞ぐようにしてF組とS組の連中で口論になっているではないか。

どうやら、一時間目の移動教室から戻ってきてこの惨状に出くわしたようだ。

 

 

S組とF組、この二クラスの揉め事は珍しいことではなかった。

そして、二学年に進級する際にクラス替えを行ったにも関わらず、揉める面子は昨年とあまり変わり映えしていない。

これは、F組とS組という特異なクラスの性質故のことだ。

 

S組は学年テストでの順位が五十位以内の成績優良者かつ、希望したもののみが入れる特進クラスだ。

一部の授業内容がより高度なものである、という他に別に特権があるわけではない。

だが、S組に在籍しているということ自体が自分自身の価値になると信じているようで、彼らの多くは高慢で自信過剰だ。

他者を必要以上に見下し、自分の能力を誇示しようとする傾向にある。

かくいう俺も、S組に在籍することに以前は価値を見出していた。

 

そして、直截に言えばF組は問題児の受け皿だ。

素行的な意味でも、成績的な意味でも。

監視が必要なモンキーは一纏めにしておこう、という腹積もりだろうか。

前者は入学時に本性を見抜かれなければ他のクラスに割り振られることもあるが、後者は入学する端からF組行きだ。

ちなみに、よくもめ事を起こす者達は大体前者と後者のハイブリッドである。

その為、一学年時からS組とは多くトラブルを抱えていた。

 

 

「こんなんじゃ授業に集中できないよ・・・・・・悪臭まで撒き散らすなんてF組の連中は本当に最悪だな。存在自体が公害だよ」

 

 

悪意を正論で粉飾するのが所謂デキるS組スタイル。

F組生徒の素行によって他クラスに実害が出ている事は紛れもない事実だった。

下手に反論したところで揚げ足取られて煽られるのがオチだ。

 

第一、弁当箱を台無しにされ、腐った生ゴミ掃除をしなければならなくなっただけでもうんざりしているのだ。

この上、トラブルに巻き込まれてはストレスで死んでしまう。

そう思って気配を消して人ごみに混じろうとする。

 

 

「大体アタイらのせいじゃねーし! オメーらのとこからきたクゼのせいだし!」

 

「そうだ! これは元はと言えばクゼのせい! ひいては教育不行き届きのS組のせいだ! オレのせいじゃねー!」

 

「おいコラ」

 

 

しかし、流れ弾が飛んできては流石に無関心でいられない。

黙ってこの場を去った場合、一切合財責任を擦り付けられかねなかった。

声の主は羽黒黒子と、先ほど醜い責任の擦り付け合いを行っていたうちの一人、福本育郎だった。

広報部に所属する小柄な猿顔の男だ。

クラスメイトの男子たちには、ヨンパチ、というあだ名で呼ばれている。

いつも携帯しているカメラで見目良い少女を狙って、プライバシーとか肖像権とか侵害しまくっている男だ。

当然のごとく、女子の大半からは蛇蝎のように嫌われているが、男子の一部からは妙に人気がある。

隠し撮り写真を売りさばいているという噂もあるが、真偽は定かではない。

こいつはF組以前によく退学にならないもんだ。

俺は二人の後ろ首を掴んでS組生徒たちの前に引きずり出す。

 

 

「このチンパンジーどもが主犯だから、煮るなり焼くなり好きにしていいぞ」

 

「あっ、てめえっクゼ! お前クラスメイトを売るとか仲間意識ってもんがねーのか!」

 

「そーそー、仲間を売るゲス野郎の言うこととか気にしなくていい系だしー?」

 

「誰か、数秒前のこいつらをビデオで撮ってないか? チンパンジーが日本語喋ってる貴重なシーンだぞ」

 

 

品性や責任感を問われたとして、こいつらはそんなものはゴミだと鼻糞をほじるだろう。

問題児だらけのF組生徒の中でも特に最底辺に位置する二人だった。

半ば無意識にため息をつくと、S組の集団の中から着物姿のアレが例の変な笑い声を発しながら近づいてくる。

 

 

「ヒュホホホ・・・・・・仲間の山猿にも見限られるとは哀れなやつじゃのう」

 

「こいつらが仲間に見えるのか? お前友達いないからって閾値下げすぎだろ」

 

「とっ、友達ぐらいおるわ! お、おおお前ふざけるなよ! 友達ぐらいめっちゃおるわー!」

 

「・・・・・・なんか悪いこと言ったか? 謝るよ、ごめんな」

 

「なっ、なんじゃー! いると言っておる! って、申し訳なさそうに頭を下げるなー! 殺すぞお前!」

 

「落ち着けって、俺だってあんまり友達多くないから気にすんなよ。

 ああ、そういえば、榊原あたりとよく喋ってたな。お前も友達がいないわけじゃないだろ」

 

「そっ・・・・・・そうなのじゃ! コユキとは今朝も喋ったし、紙芝居もよく見てやっておる。そう、いわば親ゆ「えー、僕ってこころと友達だったの?」・・・・・・う」

 

「・・・・・・」

 

「朝喋ったって、おはよーって言っただけなのだー」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・んん、んんっ、ごほんごほんっ・・・・・・ああっ、なんだか喉の調子が悪いのじゃっ・・・・・・そっ、そろそろ教室に戻ろうかの・・・・・・」

 

 

むごい。

 

不死川は背中から撃たれた痛みを誤魔化すかの様に、不自然な咳払いをしながらこの場を立ち去った。

周囲の黒山から投げこまれた言葉は、能天気な声音と反比例して残酷なものだった。

気まずさで掌がじっとりと滲む。

うっかり友人関係の話を振ったのが本当に申し訳ないぐらいだ。

罪滅ぼしと言っては何だが、今度蟹でも奢ってやろう。

 

 

「・・・・・・」

 

「おい、待てよ」

 

 

気まずさといたたまれなさに耐えかねて教室に入ろうとすると、S組の男子生徒が喧嘩腰で肩を掴んできた。

誰だったか思い出そうと顔をじいっと見つめるが、どうにも思い出せない。

確かに俺は人の名前を覚えるのが得意ではないが、二か月前までクラスメイトだった者の名前を忘れるほどではない筈だ。

ということはクラス替え前はS組じゃなかったのだろう。

 

 

「なんだ?」

 

「謝れよ。FがS組に迷惑かけたんだぞ?」

 

 

悪臭騒ぎやトラブルの原因を作ったことの謝罪を求めているらしい。

高圧的な物言いだが、迷惑かけたことは事実なので謝罪も必要だろう。

 

 

「謝る? ・・・・・・ああ、悪いことしたな。すまない、二度は無いように気を付ける」

 

「S組の皆さんに迷惑をお掛けしてすみませんでした、と付け足せよ! クズ!」

 

 

唐突な罵倒に怒るよりも面喰ってしまう。

ひょっとしたら、俺は本当にクラスメイトの名前も覚えられないほどの盆暗で、彼はもとからS組にいたのかもしれない。

それとも、新学期からひと月もたたないうちに凄まじい速度で“かぶれ”たのだろうか。

エリートというよりも、チンピラの恫喝のようだが。

 

 

「おっと、間違えた。クゼ、だったか。すまないな?」

 

「・・・・・・ああ、小学三年生レベルのとっても難しい漢字だからな。読み間違えたって仕方ないさ」

 

 

つい、口が滑ってしまった。

早いところこの癖が直さなければ、俺は将来口で身を滅ぼすことになるだろう。

 

 

「っ・・・・・・お前、思い上がるなよ。S落ちのくせに」

 

「二百八十位の奴がいつまでも二位気取りでデカい顔してんじゃね―よ久世・・・・・・じゃなかった。クズ!」

 

「ブービーとって恥じいるそぶりも見せないんだから、ほんとクズよねー」

 

 

もはやF組へ攻撃する口実ではなく、個人攻撃の様相を呈してきた。

ほかのクラスメイト達も参加しているあたり、俺はよほど嫌われていたと見える。

・・・・・・確かに俺はよく性格が悪いと言われる。無駄に刺々しくて皮肉屋で傲慢だとも。

だが、ここまで嫌われるようなことを何かしただろうか。

気づいていないだけかもしれないが、身に覚えがない。

 

 

「言いたいことはそれで全部か?」

 

「く、久世ちゃん、落ち着いて! S組のみなさんもそんなに悪く言わないでください! 喧嘩は止めましょう!」

 

 

俺が目を細めたのを爆発の前兆と見て取ったか、甘粕が割って入ってきた。

実際のところ怒っているわけではない。羽黒の煽りに比べたらそよ風のようなものだ。

だが、心配してくれているようなので頷いて一歩下がることにする。

仲裁してくれるというのならば、それはそれでありがたい。

彼女はF組生徒ではあるが、成績的にも人格的にも普通なら攻撃の的になるようなものはない。

 

 

「でしゃばるなよ」

 

「内申稼ぎなら教師のいるとこでやれっつーの」

 

「えっ、そ、その・・・・・・」

 

 

しかし、S組の生徒からしてみれば違うようだった。

自分達以上の成績で、そのうえ特待生でありながらF組に在籍する彼女は目障りな存在なのかもしれない。

去年の事を思い返せば、彼女は一目置かれながらも同時にやっかまれていた。

 

かくいう俺も入学時に特待生になり損ねて、彼ら彼女らが切実に羨ましかった覚えがある。

だから必死に勉強して成績向上に努めたのだが、まあ、それはいい。

そういうやっかみをひっくるめて特待税とでも言おうか・・・・・・

 

などとぼんやり考えていると、背後から怒号が響いた。

 

 

「アンタ達ねぇ!何マヨにまで因縁つけてんのよっ!」

 

「ち、チカちゃん・・・・・・」

 

 

振り返ると同時に顔を赤くした小笠原とすれ違う。

彼女は肩を縮める甘粕を庇うように背に隠し、敵意も露わにS組の生徒たちに食って掛かる。

この程度の嫌味はS組では日常茶飯事だったから聞き流してしまったのだが、俺の感覚は麻痺しているのかもしれない。

しかし、俺の受けていた罵倒よりいくらかマイルドだった筈だが、こっちは庇ってくれないのだな。

 

 

「変に勘ぐってサイッテー。性格赤点なアンタたちと一緒にしないでよね」

 

「ハッ、自分達の素行不良を棚に上げてよく言えたもんだな?」

 

「いーや! スイーツの言うとおりだ! ちょっと成績がいいからって人のこと見下しやがって! 人として最低だ!」

 

「・・・・・・一応言っておくが、福本。お前に関しては、見下してるのは成績が悪いからだけじゃないぞ」

 

「チンパンジーの盗撮魔とかキモすぎだし」

 

「それこそ人としてどうなんだよ、なぁ?」

 

「んだとぉテメーら!」

 

「アンタもう喋んないでよ!」

 

「味方してやってんだろがスイーツ!」

 

「逆効果だって言ってんの!」

 

「チカちゃん! ふくもっちゃんも! 落ち着いてください!」

 

 

必死に甘粕が制止するも、もはや焼け石に水だった。

一度派手に燃え上ってしまうと燃えるものが無くなるまで火は消えない。

二時間目まで潰れなければいいのだが、と考えていると、不意に袖を引かれた。

振り返ってみると思案顔のクリスがいた。

 

 

「久世殿はもともとS組にいたのか?」

 

「ん? ああ・・・・・・今年の二月末までね」

 

「こちらに来たばかりの自分にはよくわからないんだが、何故F組はこんなに悪しざまに言われるんだ?

 S組は特進クラスだと聞いているが・・・・・・」

 

「そりゃあ・・・・・・迷惑かけているから?」

 

「迷惑・・・・・・というと、今日のようなことだろうか」

 

「それもある。トラブル多いしな。授業中うるさくて、他の階まで響いていたり、他にも成績不振や素行不良で学校全体の評価を下げたり・・・・・・まあ、いろいろだ」

 

「そ、そうなのか・・・・・・? うむむ・・・・・・」

 

 

今日来たばかりのクリスには納得がいかないことだろう。

とはいえ、こちらはこちらで好き勝手やっているのだから、ある程度は何を言われても仕方がないことだ。

開き直るではないが、評価を改めさせたいなら勉強なり素行改善なりしてさっさとF組から出て行っている。

事実、F組に落ちてくるものもいれば努力して上がっていくものもいるのだ。

それをしないのはこちらの都合だ。

あちらに斟酌する義務も義理も存在しない。

 

 

「こういうのは聞き流すのが一番だ」

 

 

言って、顎をしゃくって騒動の中心を見やる。

先ほどの喧騒とは打って変わって、凪いだ海のように静かになっていた。

携帯電話を見ればもう予鈴まで三十秒を切っている。

さすがに続けて授業をつぶすのは彼らも本意ではなかろう。

 

 

「さて、戻っ「上等だ!」・・・・・・え?」

 

 

と、思っていたが、実際は凪どころかただの台風の目だったようだ。

彼らはどちらからともなくワッペンを床に投げつけ、再び廊下に雄叫びが響いた。

 

 

「決闘だ!」

 

 

どうやら、二時間目も潰れるらしい。

 

 

 

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