昼休みのグラウンドには観客が詰め寄せていた。
三学年七クラスの学園だけあって、生徒総数は八百を超える。
見渡すだけでもうち半数は見物に来ているのではなかろうかというほどの盛況ぶりだ。
どいつもこいつも余程物見高いと見える。
それともそんなに血が見たいのか。
「お昼にー、おにぎりー、サンドイッチはーいかがッスかー。冷えた飲み物もどうぞー」
「鮭とツナマヨと明太子と炊き込みと・・・・・・」
「まいどありー!」
購買部や料理部が見物客相手にファーストフードやらドリンクやらを販売している。
そう、結果として、二時間目がつぶれることはなかった。
生徒個人の問題であれば、その場合本人の自己責任で即時決闘が認められる場合が多い。
だが、今回の場合は個人の問題ではないと判断され、川神戦役と呼ばれる団体決闘を行うこととなったのだ。
取り決めた学園長先生いわく、険悪化した二年F組とS組の関係を一度リセットする為らしい。
確かに今回のトラブルは表面化したほんの一部のものであり、常日頃からいがみ合っているのは事実だった。
ただ、こんなことをしたところで本当の意味で関係改善されるとはとても思えないが。
「ミックスサンドと・・・・・・牛乳あります?」
「ありますよ」
「どうも」
代金と引き換えに品物を受け取る。
本来ならば学食で定食でも食べている時間だが、あと十分もしたら最初の競技が開始される。
二時間目がつぶれずに済んだのはいいのだが、これじゃあゆっくり食事もとれやしない。
「えー、クゼ君それで足りるの?」
牛乳パックにストローを差し込みながら座る場所を探して視線を巡らせていると、背後から声がかけられた。
聞き覚えのある声に振り返ると、最近見慣れたポニーテールの少女が。
今さっき、購買部の列で前に並んでいた少女だ。
「後で食いなおすからいいんだ」
「エネルギー補給しないと体が動かないわよ?」
「これで十分だ。運動前に食いすぎると気持ち悪くなるぞ」
「もしかして減量? 骨くっついてまだ半月なんだからちゃんと食べなきゃ」
「人の話を聞けない子です、って通知表に書かれたことあるだろ」
話半ばに手にしたビニールからおにぎりを取り出した彼女の名は川神一子。
クラスメイトにして、ここ神奈川は川神で最も有名な武術寺、川神院の総代の孫娘でもある。
二年F組においては、ワン子、というあだ名のほうが通りがいい。
犬のように人懐っこいこととか、一の英語読みが由来だとか。
年頃の少女にあるまじき立ち食い姿に目をそらすと、視界の隅に金髪が揺らめいた。
誰あろう、クリスだ。一子と同じようにビニール袋を提げている。
非日常的な外見の美少女が所帯じみたグッズを携帯している様はなかなかにミスマッチだが、ありだ。
相手もこちらに気付いたようで、軽く手を挙げて声をかけてくる。
「久世殿・・・・・・と、犬じゃないか」
「クリじゃない」
「なんだ、その犬とか栗とかってのは」
「クリスだからクリ! アタシが考えたあだ名よ」
「犬は自分がつけたあだ名だ! ワン子と呼ばれているのだろう? 似合いじゃないか」
「なによっ! 喧嘩売ってんの!?」
「そっちこそ! 勝負ならいつでも受けるぞ!」
あっという間にヒートアップした。いつの間にそんなに仲良く、もとい、悪くなったのだろう。
休み時間に彼女たちが話しているのは見かけたが、ほとんど初対面の相手につけるあだ名だろうか。
このまま立ち去ろうか、と数秒悩んでから、水を差すことにする。
「・・・・・・二人とも、何買ったんだ?」
「え? アタシはシャケとツナマヨと明太子と炊き込みのおにぎり・・・・・・あと牛乳だけど」
「これから勝負だというのに、そんなに大量に買い込んで・・・・・・」
「あげないわよ!」
「欲しいとは一言も言ってない。自分にはこれがあるからな!」
そういってクリスは手から提げていたビニール袋からいなりずしのパックを取り出した。
貼られている値札シールから察するに、今さっき一子が購入したおにぎりと同じ製造元だろう。
あれをちゃんと作るのは意外と面倒くさいのだが、いつの間に仕込んでおいたのだろうか。
「どれどれ・・・・・・? うん、おいしいじゃない」
「うぉわー!? 自分のおいなりさんが!」
「一つぐらいいいでしょ」
「よくない!・・・・・・ならば、こうだ!」
「ぎゃー! なにすんのよ!」
「お前が先にやったことだろう!」
犬と栗というよりは、犬と猿というべきか。
いや、この二年F組に猿はもういるし、仮にも外国からやってきた令嬢にその形容は似合わない。
ひったくったツナマヨおにぎりをハムスターのように頬張る姿に令嬢らしさは欠片も見えないが。
「むぐっ・・・・・・!」
「ほら」
「・・・・・・っ!」
急いで食べたせいで喉を詰まらせたクリスに牛乳を渡した。
渡してから飲みさしだということを思い出したが、既に牛乳パックは萎んでいる。
クレイジーな父兄に怯えるわけではないが、余計なことは言わない。
「・・・・・・す、すまない。助かった」
「ああ、どういたしまして」
「よく噛んで食べないからそうなるのよ。修業が足りないわね!」
「ぐぬぬっ」
喉に詰まらせずに相手から奪った食べ物を貪る競争をやっていた訳では無かった筈だが。
なんにせよ、よくわからないが決着はついたらしく、歯噛みしつつもこれ以上揉める様子はなかった。
「・・・・・・水飲みに行ってくるか。サンドイッチいるか?」
「えっ、いいの?」
牛乳が無くてはサンドイッチも食べづらいし、食欲も無くなってしまった。
代わりを買うにも財布の中にはあまり入っていない。
ここから三十メートルほどの運動部部室棟の前にある手水場の水は昼間でも冷たい。
あそこで水でも飲もうか。
《・・・・・・これより二年F組対二年S組の川神戦役を開始する 両クラス共にグラウンドの・・・・・・》
しかし、その時間もないようだ。
気合を入れなおすつもりでかぶりを振り、俺は指示されたF組陣地へと向かうことにした。
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
《一年生は知らん者もおおかろう・・・・・・ワシ、説明しちゃおうかな。
川神戦役とは五つのテーマごとに抽選で競技を決め、総合力を競う決着システムじゃ。
決闘システムの組対抗版、と言ったらわかりやすいかのう。
種目ごとに勝者は相手クラスから一名指名して自クラスに編入させることが出来る。
五勝すれば五人奪い、五敗すれば五人奪われる、というわけじゃ。もちろん奪い返すこともできるぞい。
なお、今回は特別ルールとして、時間の都合で三戦のみとする。
また、決闘の趣旨を考え、すべての競技に同じ生徒が出るようなことは禁止。一人一種目までじゃ》
進行役の学長先生のとてもわかりやすい説明に、なるほどなー、と一子が頷いている。
かくいう俺も概要は大まかに知っていたが、実際参加したことはなかったので再確認できた。
しかし、勝利したとして誰を奪うというのだろう。
自分のクラスに引き入れたいと思うような、そんなめぼしい生徒が相手のクラスにいるだろうか。
ちらり、と自クラスのメンツに視線をやる。
「よっしゃ、綺麗どころ纏めてかっさらってやるぜ!」
「まずは榊原指名しよーぜ!」
「え、トーマ君がうちのクラスにくれば二年のエレガンテ・クアットロが揃うってこと?」
・・・・・・逆にS組の生徒としては自分のクラスに欲しいと思うような生徒がF組にいるのだろうか。
ちらり、とS組陣地に視線をやる。
「勝利は当然としても、高貴なるSに無礼で下品な山猿なぞ不要なのじゃ!」
「ははっ、同感だけど、奴隷としてなら使ってやってもいいんじゃない?」
「・・・・・・ふむ。確かに、上下関係を叩き込んでやるにはちょうど良い機会かもしれぬの。
あやつめ、首を洗って待っておれ・・・・・・!」
「勝てば一子殿を・・・・・・いや、困らせるのは我の本意ではない」
「海より深いお心遣いに感動ですぅ、英雄様っ☆」
「勝てば委員長を・・・・・・いや、困らせるのは俺の本意じゃない」
「それはもしかして英雄様の真似ですか? ぶっ殺しますよ☆」
「ひいっ、そんなつもりは毛頭無いです!」
「あ゛? 毛根無いの間違いだろハゲェ!」
俺個人としてはともかく、好みは人それぞれということで気炎を上げている者は多いようだ。
しかし、指名された上で奪還もされず終了した場合、本当に次回の定期テストまで相手のクラスで過ごさなければならないのか。
この川神学園の一学期には中間テストが存在せず、期末テストの一本勝負だ。
となると、特別な理由でもない限り、向こう三か月近く出先で授業を受けることになる。
すぐに馴染めるやつならいざ知らず、日ごろ相手のクラスを目の敵にしているような奴は俺が受けた程度の仕打ちでは済まない筈だ。
さらに言えば、授業内容も両方受けてみたところ、かなりレベルに隔たりがあると感じた。
犬が猿の群れに混じっても、猿が犬の群れに混じっても、どちらもストレスで死んでしまうだろう。
S落ちして出ていった俺を好き好んで連れ戻そうとする奴がいるとは思えないが、選ばれたものにとっては哀れな話だ。
《一回戦のテーマは身体能力じゃ!》
《決闘方法は・・・・・・野球!・・・・・・おい、放課後までかかるぞジジイ》
《安心せい、ツーストライクからはファールでもアウトで三回裏までの特別ルールじゃ。
さらに、男女比は五四、どちらが五でもええぞい、になるようにチームを編成せい。
編成の待ち時間は二分じゃ・・・・・・始め!》
スピーカー越しに聞こえてきた声に、無意識に背筋が伸びた。
どうやら一回戦の種目が決まったらしい。
いつも行事の際に設営されるパイプテントの観客席を見れば、進行役の学長先生こと川神鉄心の隣に女が座っている。
実況の、川神百代だった。
この学園では言わずと知れた有名人である。
三年F組在籍、川神院の次期総代であり、武神の異名をとる武道家だ。
言わずもがな、一子の姉である。
「野球、九人か・・・・・・軍師としてはあまり手札は切りたくないけど、下手に温存しても奪われちゃ意味ないしな・・・・・・
最悪ファミリーで四、五人経験者出せるけど、腕に覚えがあるやつは手を挙げてくれ」
「授業ぐらいでしかやったことないなあ・・・・・・」
「同じく」
「一応、授業以外にも代行業で経験はそれなりにある」
「それじゃゲンさんもお願い」
「しょうがねえな」
仕切り屋として直江が音頭をとると、あっという間に面子が埋まってグラウンドへと向かっていった。
三分の一がいつも彼とつるんでいる、所謂風間ファミリーのものたちだが、いつも携帯いじっているだけあって顔は広いらしい。
まあ、野球部員の一人もいないF組じゃ、誰が入っても大して変りはしないだろう。
俺も多くのクラスメイト達と同じで野球経験は授業でのもののみだ。
回数にして十を超えはしない。
このクラスになってからは体育の授業で一度だけ野球をしたが、捕球を何度もしくじってなじられた覚えがある。
「クゼちゃんスポーツ得意でしたよね?」
「いや、野球は苦手だ。フライなんかどこに落ちてくるのやら・・・・・・」
内申点に優がもらえたからといって、すべての種目で活躍できるわけではない。
甘粕の問いに答えながら、俺はF組陣地近くの石段に腰を下ろして観戦する。
他にも何人ものクラスメイトたちが思い思いに駄弁ったり、応援したりしていた。
「僕もそうなんだよね。体育の授業じゃいつも後ろにそらしちゃう」
すると、俺の返答に共感を覚えたのか、クラスでは二つ隣の席の熊飼満も会話に加わってきた。
背丈は百七十九の俺と大して変わらないだろうに、体重は百二十を優に超えていそうな巨漢だ。
温和な性格のようで、S落ちしてきた俺を気を遣ってくれているのか、何度か昼食に誘われたことがあった。
低血糖でもあるまいに、いつも何かしら口にしている。今現在も。
「本の知識であれだが、落下地点の予測は勘を練習で養うしかないそうだ。
後は、多めに下がって前でとるようにするとか・・・・・・あ、島津トンネル開通」
「わ、暴投だ」
「あれじゃランニングホームランだな・・・・・・ええと、それは・・・・・・何?」
すっぽ抜けてあらぬ方向へ転がっていくボールを必死に追う巨体から視線をうつし、隣の巨体が齧る物体に目をやる。
外側の一部は茶色くて、内側は黄色い、カステラのような見た目。
甘いものはあまり食べないが、おいしそうに食べているのでふと興味がわいた
「七浜駅前にある賀茂屋のパウンドケーキだよ。食べる?」
「いや、いいよ。ゆっくり食べてくれ・・・・・・七浜駅前の・・・・・・ああ、あそこのプリンをこの間買ったよ。評判良いから土産にしたんだ」
「プリンおいしいよね。あそこは毎日相模原から新鮮な卵を仕入れてるんだよ」
「詳しいな。バイトでもしてたのか?」
「実は何度も通って調べたんだ。どうしても気になって」
「料理が趣味なのか?」
「うん。食べるの好きだし、自分の作ったものを人に喜んでもらえたら自分も嬉しいよね」
「そうか・・・・・・そうだよな」
「あ、チェンジだって」
彼が指で示した方を見ると、確かに攻守が入れ替わってクラスメイト達がこちらの陣地に向かっていた。
しかし、三分にも満たない会話だったが、彼への印象が少し変わった。
おっとりした食いしん坊としか見ていなかったが、情熱をもって打ち込むものがあるらしい。
なんだか彼のことが少し好きになった。
「最後は三球三振で抑えましたよ! 椎名ちゃんすごいです! がんばれーっ!」
「おう、まだ一点だ。がんばれ。確かに椎名、結構いい球放るな。矢の様だ」
「弓道部ですからね」
「関係なくね?」
「お前の言う通り椎名いい体してるよな。ちっくしょう直江のヤロー羨ましいぜ!」
「俺そんなこと言ったっけ?」
「ワン子、ピッチャーに色仕掛けよ!」
「混乱させるだけだぞ」
「あ、でも打った!」
「おー・・・・・・あー・・・・・・」
「まだ逆転のチャンスはありますよ! みんながんばってーっ!」
「あ、打たれた。ホームランだ」
「が・・・・・・がんばってーっ!」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
残念ながら、声援や士気で実力差を切り崩すことはできなかった。
2対0で勝者S組。相手のピッチャーで四番の男、九鬼英雄の独壇場といっても過言ではない試合内容だ。
ホームランで一打点を上げた上に、三回までとはいえノーヒットノーランである。
彼の剛速球はヒットどころか一子以外は触れることさえできなかった。
葵に聞いた話によると、彼は何年も前に肩を痛めて野球への道を断念したそうな。
三回九人、三十球にも満たない投球だから投げられたのかもしれないが、後遺症など微塵も感じられない見事なピッチングだった。
何年も離れていれば手足も伸びて体格も変わるし、フォームも維持できないだろう。
下手をすれば、ストライクゾーンに入れることも叶わない。
もしかしたら、道を断念しても体に負担がかからない程度に練習をしていたのかもしれない。
「・・・・・・」
不意に、幼いころの記憶が蘇った。
葵達に連れていかれる自称軍師をよそに、俺の視線は次の試合内容を読み上げる川神百代に向かっていた。