屍人フレンズ   作:ドラ麦茶

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※安野依子が屍人と仲良くなり、現世と異界を自由に行き来できるようになった理由は、『Continue to NEXT LOOP.../SIREN(サイレン)/SS』をお読みください。

簡単に説明すると、異界入り十日で屍人語をマスターして屍人と休戦協定を結び、四十四日でいんふぇるのに渡って堕辰子の肉を食べ八尾比沙子と同じ状態になりました。



2・ちゅういじこー

 眼鏡の女に案内されたのは、事務所とは名ばかりの、今にも崩れ落ちそうな木造の建物だった。中は、トロッコにレール、ベルトコンベアーや大きな機械などがたくさんある。眼鏡の女によると、かつてこの山には錫が採れる鉱山があり、そこから運ばれてきた錫を選鉱するための場所なのだそうだ。鉱山はもう何十年も前に鉱量枯渇で閉鎖され、同時にこの選鉱所も閉鎖された。今では廃墟同然の場所である。

 

 その、最も奥まった部屋に案内されたあたし。中に入ると、木の板を並べた床がギシギシと音をたてた。今にも踏み抜いてしまいそうなほど古い。よく見ると、木の板にはところどころ大きな隙間があり、気を付けないと足を取られそうだ。部屋の中央には古ぼけた机と椅子がある。そのそばにホワイトボード、後は棚がひとつあるだけの殺風景な部屋だ。棚には、雑誌が一冊だけ無造作に置かれている。

 

「週刊粕取(カストリ)の第66号です」あたしが棚を見ていることに気が付いた眼鏡の女が言う。「羽生蛇村で起こったと一部でウワサされている、村人三十三人殺し事件が特集されています。読みますか?」

 

「いえ、結構です」

 

「そうですか。ちなみに床下には、配電ボックスの鍵も置いてあります。火掻き棒があれば取れますけど、チャレンジしてみますか?」

 

「結構ですってば。それより、ここが何なのか、あなたは誰なのか、早く説明してください」

 

「そうですか。粕取はともかく、鍵は取っておかないと後で困ると思いますけど、まあ、いいでしょう。どうぞおかけください」

 

 眼鏡の女に促され、あたしは手前の椅子に座る。女も向かい側に座った。

 

「――では、改めまして。羽生蛇異界パークへようこそ! あたしは、当パークの最高経営責任者にして東京で大学生をしている、安野依子です」ぺこりと頭を下げる眼鏡の女。

 

「え? 学生さんなんですか?」

 

「そうです。大学生で経営者って、カッコいいでしょ?」

 

「そうでなくて、普通の人間なんですか?」

 

「当たり前じゃないですか。化物だとでも思ったんですか」

 

「ええ。さっきの化物……屍人でしたっけ? あいつらと普通に会話していたので、仲間だと思ってました」

 

「違いますよ。彼らは従業員ですので仕事仲間ではありますけど、種族は全然違います」

 

「そうでしたか。それは、大変失礼しました」素直に謝るあたし。

 

「ホントですよ。あんな化物と一緒にしないでください」安野さんは頬を膨らませた。「まあ、今はちょっとした事情により、死ねない身体になってますけどね」

 

「……やっぱりあいつらの仲間なんじゃないですか」

 

「違いますってば。あたしは死ねないだけでちゃんと生きている。屍人さんは死なないけどちゃんと死んでいる。このふたつは、全然違います」

 

「全然意味が判りませんけど、まあ、それはイイです。それより、ここがどういう場所なのか、早く説明してください」

 

「判りました。でもその前に――」安野さんは机の下をがさごそし、書類を一枚取り出した。「会員登録を行いますので、こちらにご記入をお願いします」

 

「はい? 会員登録ですか?」

 

「そうです。当パークでは安心安全にお客様にお楽しみいただけることをモットーとしていますが、ケガをして帰れなくなったり、死んだり赤い水を摂取しすぎて屍人さんの仲間入りをしてしまうケースもありますから」

 

「……全然安心安全だと思えないんですけど」

 

「こればっかりは仕方ありません。どう気を付けても、不測の事態というのは起こり得ます。なんせ、転んでちょっとケガをしただけでもアウトですから」

 

「そうなんですか? じゃあ、さっき屍人に追いかけられて転ばなかったのは、運が良かったです」

 

「そうですね。まあ、そういった理由で、なんらかの事故が起こった場合、すみやかにご自宅や勤務先・学校等に連絡できるよう、事前の会員登録が必須となっています」

 

「判りました。そういう理由なら、仕方ありません」

 

 あたしは書類を受け取ると、名前、住所、連絡先等を記入し、安野さんに渡した。

 

「では、本人確認のため運転免許証や学生証などの身分証明書をご提示いただきたいのですが、お持ちでしょうか? まさか、もう落としたりしてないでしょうね?」

 

「はい?」あたしはポケットを探り、運転免許証の入ったパスケースを取り出した。「いえ、ちゃんと持ってます」

 

「そうですか。それは良かった」免許証を受け取った安野さんは、書類の項目と照らし合わせて行った。「……OKです。では、この運転免許証は、お返しします」

 

「はい」あたしは、免許証を受け取った。

 

「返しましたからね」

 

「ええ」

 

「今、あたしは確かに、あなたに免許証をお返ししましたよ?」

 

「判りました」

 

「あたしはあなたに免許証を渡して、あなたはあたしから免許証を受け取った。これで間違いないですからね」

 

「しつこいですね。確かに受け取りましたよ。なんなんですか?」

 

「いえ、多いんですよ。身分証を無くした人と、返した返してないで、もめることが」

 

「そうなんですか? でも、どうしてそんなに無くす人が多いんですか?」

 

「さあ? 因果律で定められているのか、先代美耶子ちゃんの導きか、まだ詳しいことは判っていません」

 

「はあ」

 

「もし、この先身分証を無くすことがあれば……まあ、間違いなく無くすと思いますが、その時は、道端の(ほこら)の中とか、神社裏の倉庫のバケツの中とかを探してみてください」

 

「はい?」

 

「大体、そういうところに落ちています」

 

「はあ」

 

「ただ、自分で自分の身分証を見つけた例は無いんですけどね」

 

 なんだかよく判らないが、免許証を落としたら大変だ。あたしは、パスケースをしっかりとポケットに入れた。

 

「えーっと、お名前は……」安野さんは書類を見ながら言った。「宮崎(みやざき)結衣(ゆい)さん。二十一歳の大学生。出身は、H県堀北市……ここって羽生蛇村並におかしな事件が多発している所じゃないですか?」

 

「そうです。よくご存知じですね」

 

「と、いうことは、羽生蛇村に来たのも、やはり、オカルト関係に興味があったからですか?」

 

「いえ、そういうワケじゃないです。えーっと、ちょっと待ってください。今、思い出します」

 

 あたしは改めて記憶を探った。幸い、今度は頭痛は起こらなかった。「……あ、そうだ。思い出しました。あたしではなく、あたしの友達に、オカルト好きの()がいまして」

 

「ほうほう」

 

「その娘が、ネットで羽生蛇村のことを知ったらしく、一度行ってみようってことになって、無理矢理連れて来られたんです。で、いろいろ村を回っているうちに、気が付いたら、ここに居ました」

 

「あらら、それは災難でしたね」

 

「はい。ところで、そろそろ話を戻したいんですけど、ここは、どういう所なんですか? 異界と仰いましたが」

 

「そうです。では、この世界について、ご説明させていただきます」

 

「よろしくお願いします」

 

「ただし、これからする話は、あくまでも、あたしが独自に調査し、提唱している説にすぎません。証明はされていませんので、真相とは異なる可能性もあります。要するに、まだ仮説の段階です。その点は、ご了承ください」

 

「判りました」

 

 安野さんはホワイトボードの横に立つと、マジックをキュポンと抜き、ボードに図を描きながら説明し始めた。「まず、宮崎さんや元あたしがいた場所、生きている人間が暮らしている世界を、『現世』と言います」

 

「はい」

 

「そして、人間が死んだら行く場所――宗教によって呼び方は様々ですが、一般的に、天国や地獄やあの世と呼ばれている場所――を、羽生蛇村では、『常世』と、呼んでいます」

 

「はい」

 

「ただし、羽生蛇村の人は、死んだらすぐに常世に行けるわけではありません。死んだ後、常世に行くための準備をしなければいけないんです。その、準備をするための場所、それが、この『異界』です」

 

「死んだ後にあの世に行くための準備をするんですか? なんだか、めんどくさそうですね」

 

「そうなんですよ。こんなことになったのにも、深い理由がありまして」

 

「どんな理由でしょうか?」

 

「この地に神様が降臨したのは、今から一三〇〇年ほど昔の天武十二年なんですが、間の悪い事に、その年、村は過去経験したことがないほどの大飢饉に見舞われてまして、村人みんな、ものすごおぉぉく、お腹が空いていたんですよ」

 

「あらら」

 

「さらに不運なことが重なりました。この地に降臨した神様は、どことなーく、魚っぽいフォルムをしていたんです。どういうことになったか、ご想像がつくでしょう?」

 

「え? まさか、お腹を空かせた村人が、神様を食べちゃったんですか?」

 

「その通りです」

 

「それは、ずいぶんと罰当りなことをしましたね」

 

「そうなんです。でも、彼らのことを責めないでください。物に溢れた現代人には想像が難しいかもしれないですが、飢饉というのは、本当に苦しいのです。人は、死ぬ寸前までお腹が空くと、なんでも食べるんですよ。例えそれが、神様であっても。あたしに言わせれば、死ぬほどお腹が空いている人間の所へ魚っぽい格好してやって来る神様側にも問題があると思います」

 

「まあ、仰ることは判ります」

 

「しかし、いつの世も神様というのは身勝手なものです。下賤の身である人間に食べられたことで、プライドが大きく傷つけられたのでしょう。激怒した神様は、一人を残して村人全員をぶっ殺し、残った一人――女の人なんですが――に、永遠に死ねない呪いをかけたのです」

 

「永遠に死ねない呪い……それは、不老不死ってことですか?」

 

「そうです。人によっては嬉しくて小躍りしたくなる特殊能力ですが、それも、初めのうちだけでしょう。周りの人間が年老いて死んでいくのに、自分だけ死ねないのは、寂しいものです。人生は目標があるからこそ輝ける。しかし、何百年もの間、生きる目標を持ち続けることは、人間には難しいでしょう。目標も無く生き続けてしまうのは、想像以上に苦しいことだと思います」

 

「まあ、そうかもしれませんね」

 

「はい。で、その、不死の呪いを受けた女の人なんですけど、この呪いの恐ろしい所は、呪いは本人だけでなく、その子供、孫、さらにその子供、さらにさらにその先の子孫にまで、及んでしまったということです」

 

「え? 待ってください。神様を食べた時、その女の人以外の村人は、全員死んじゃったんですよね?」

 

「そうです」

 

「と、いうことは、今、羽生蛇村に住んでいる人はその女の人の子孫で、全員、不死の呪いを受けているということですか?」

 

「長い年月の間に村の外から来た人もいますから一概にそうとも言えませんが、まあ、ほとんどが女の子孫と言っていいでしょう」

 

「村人全員が不死なんて、それはまた、とんでもなく悪質な呪いですね」

 

「そうです。でも、さすがに神様も、それはやりすぎたと思ったのでしょう。神の身体を食べた女と、その直系の子孫以外の村人には、常世に行くチャンスを与えたんです。それが、屍人システムです」

 

「屍人システム?」

 

「はい。羽生蛇村の人が死ぬと――実際には不死ですので、現世を去るとでも言いましょうか――この『異界』に連れて来られます。この異界では、六時間おきに神様がサイレンを鳴らしています。そのサイレンを聞いた人は、無性に、南にある赤い海に飛び込んで泳ぎたくなるんです」

 

「はあ、赤い海、ですか」

 

「そうです。この異界にある水は全て神様の血が混じっていて、それで赤い色をしてるんです。で、その赤い水を体内に一定量取り入れると、人は屍人さんになります。赤い海に入りたくなるのは、神様の血を体内に取り入れるためです。この、赤い海に入ることを『海送り』と言います。羽生蛇村の言い伝えによると、常世へ向かうために現世の穢れを払う行為とされています。この、穢れをはらう行為は、一回で終わることはまず無いです。ほとんどの場合、まだ常世に来る資格なしとされ、追い返されます。これを、『海還り』と呼びます」

 

「なんとなく判ってきました。その、『海送り』と『海還り』を繰り返して、村人は現世の穢れを祓い、常世へ旅立つことができるんですね?」

 

「そういうことです。ちょっと話は逸れましたが、要するにこの『異界』は、『現世』を去った村人が、『常世』へ行くための準備をする場所なんです」

 

「ナルホド。判りました」

 

 そう言った後、あたしは少し考えて、とんでもないことに気が付いた。

 

「え? ちょっと待ってください。じゃあ、あたしがこの異界にいるということは、あたしは死んじゃったってことですか?」

 

 安野さんは首を振った。「いえ、そうではありません。ときどき、生きたまま異界に来てしまうケースがあるんです」

 

「そうなんですか」

 

「その代表的な例が、儀式の失敗です。羽生蛇村では、数十年に一度の割合で、神様に花嫁を捧げる儀式を行っているんですが、その儀式に失敗すると、神様は大激怒して、村ごと異界に取りこんじゃうんです。二〇〇三年の土砂災害は、記憶に新しいでしょう?」

 

「あ、覚えています。何年か前、ニュースでやってましたね。あれは、神様が怒ったせいなんですか?」

 

「そうです。かくいうあたしも、その時の土砂災害に巻き込まれ、異界に取り込まれた一人です。その日は、大学の講師が村の調査をするとかで、助手としてムリヤリ連れて来られたんですよ」

 

「それは災難でしたね」

 

「まったく、迷惑な話です。まあ、今はそれなりに楽しくやってるので、別にいいんですけどね」

 

「ずいぶんポティシブですね」

 

「まあ、それがあたしの最大の取柄ですから」

 

「ポジティブすぎるのもどうかとは思いますが、でも、ネガティブすぎるよりはマシかもしれません。そうじゃないと、こんな異界で生きていこうなんて、思わないでしょうから」

 

「ありがとうございます。で、宮崎さんが異界に来てしまった理由なんですが、今は儀式を行う時期ではありませんので、神様が怒って異界に取り込んだのではないでしょう。原因は判りませんが、ときどき、生きたまま異界にやって来る人がいるんです。羽生蛇村で神隠し事件が多いのは、それが理由です」

 

「判りました。で、どうやって帰るんですか?」

 

「宮崎さんは幸運です。二〇〇三年までは、一度異界入りしたら最後、二度と現世には戻れないとされていましたが、数年に渡るあたしの徹底した調査と、修業で身に付けた新能力により、今は、比較的簡単に帰ることができます」

 

「それは良かった。じゃあ、さっそくお願いします」

 

「まあ、せっかく来たんですから、すぐ帰るなんて言わず、ゆっくりして行ってください。いろいろと観光スポットもありますので、よろしければご案内します」

 

「いえ、大丈夫です。今すぐ帰ります」

 

「そんな遠慮しなくてもいいじゃないですか。案内は無料です。最初にタダと謳っておいて、後でアイテム課金を煽るということもありませんから」

 

「結構です。だって、転んでケガをするだけで帰れなくなるんでしょ? そんな危険な場所、観光したくないです」

 

「そう邪険にしないで下さい。住んでみれば、意外といい所なんですよ? あたしも、同年代で屍人さんじゃないお友達が欲しかったんですよ」

 

「お断りします」

 

「そうですか。どうしても帰りたいですか」

 

「はい」

 

「判りました。お急ぎなら、仕方ありません。ただ、すぐ帰るのには、ちょっとした問題がありまして」

 

「なんでしょう?」

 

 安野さんはまた机の下をごそごそし、丸めた紙を取り出し、机の上に広げた。どうやら、地図のようである。

 

 安野さんは地図を示しながら話す。「これは、羽生蛇異界パークの地図です。」

 

「はい」

 

「あたしたちが今いる場所がココ――」安野さんは、地図の上部中央を示した。「蛇ノ首谷の選鉱所跡です。異界の、最も北に位置しています」

 

「はい」

 

「現世から異界に来るのはどこからでもできるみたいなんですが、残念ながら、異界から現世へ戻るには、特定の場所でしかできないんです」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんです。それがココ――」安野さんは、地図の中央よりやや下を示した。「上粗戸兼大字粗戸にある、中央交差点です」

 

「なぜ、その場所じゃないとダメなんでしょうか?」

 

「詳しいことはまだ判っていませんが、恐らく、異界と現世を繋ぐゲートのようなものがあるんでしょう。もしかしたら他の場所にも同じようなものがあるのかもしれませんが、今の所、見つかっていません」

 

「そうなんですか。そういうことなら、仕方ないですね。じゃあ、その中央交差点とやらに、早く案内してください」

 

「判りました。でも、その前に――」安野さんは、またまた机の下をごそごそし、書類を一枚取り出した。「パーク内での注意事項です。これを守ってもらわないと、現世に戻れなくなる可能性もあるので、よく聞いておいてください」

 

「判りました」

 

「まず、パーク内にある、川、海、池、泉、水たまり等での遊泳は、全面禁止です。理由はこれまでにも説明した通り、赤い水を体内に取り入れるほど現世に戻るのが困難になり、一定量を超えると屍人さんになってしまうからです」

 

「はい。判りました」

 

「また、雨が降ってきた場合は、すみやかに屋内に避難してください。週間天気予報によれば、しばらく雨が降る気配はありませんが、夏ですので、突然の夕立もあり得ます。多少は濡れても大丈夫ですが、長く雨に打たれるのは危険です」

 

「はい」

 

「パーク内での飲食は絶対厳禁です。これを破ると、現世に帰ることが著しく困難になります」

 

「そうなんですか。羽生蛇村名産の羽生蛇蕎麦というのを食べてみたかったんですが、残念です」

 

「それは、現世に戻ってからお食べ下さい。まあ、あまりオススメはしませんけど」

 

「なぜですか?」

 

「『どうあがいても絶望』だからです」

 

「はあ」

 

「続けます。すでに何度か説明しましたが、パーク内でケガをするのは厳禁です。むやみに走って転んだりしないように気を付けてください。また、パーク内では多数の屍人さんが暮らしています。最近は社員教育を徹底したので、屍人さんに襲われることはあまりないと思いますが、さっきみたいにビックリして思わず迎撃態勢を取ってしまう屍人さんもいるので、油断は禁物です」

 

「はい」

 

「パーク内では、ときどき、道端の石碑を倒したり、倉庫で見つけた手拭いをよその家の台所で濡らして冷凍庫に入れて凍らせたりといったワケのわからない行動を、なぜだか無性にやりたくなることがあると思います」

 

「はい?」

 

「そういう時は、遠慮せずにガンガンやってください。それで助かる人が、必ずいます」

 

「あたし、さっきからずっと、安野さんをぶん殴りたい衝動に駆られているんですけど」

 

「それはガマンしてください」

 

「そうですか。残念です」

 

「注意事項は、そんなところですね。続いて、コースを選んでいただきます」

 

「はい? コース?」

 

 安野さんは注意事項の書類をしまうと、再び机の上の地図を示した。

 

「ここから中央交差点まで行くコースは、主にふたつ――」地図の左半分を指でなぞる安野さん。「折部、田堀、刈割、波羅宿、大字粗戸と、西回りで行くコースと――」続いて、反対の右半分を指でなぞる。「合石岳、比良境、蛭ノ塚、波羅宿、大字粗戸と、東回りで行くコースです。どちらも、所要時間は半日から丸一日を予定しています」

 

「そんなにかかるんですか? 親が心配するんで、できればもっと早く帰りたいんですけど」

 

「こればかりは、どうしようもないですね。小さな村ですが、徒歩での移動となると、それくらいはかかります」

 

「車は無いんですか? もし安野さんが免許をお持ちでないのなら、あたしが運転しますけど」

 

「あるにはありますが、ほとんどの車道が、土砂で埋もれてたり、崩れて通れなかったり、屍人さんが作ったバリケードで封鎖されてたりするので、徒歩よりも時間がかかります。特に、屍人さんが作るバリケードがやっかいなんです。昨日まで普通に通れた場所が今日突然封鎖されたり、逆に、突然撤去されて通れるようになったりするんです。あれはもはや、移動する壁です」

 

「そうなんですか。でも、なにか他にルートは無いですか? 例えば……」

 

 あたしは地図を見た。真ん中の上から下、つまり村の中央の北から南にかけて、川が一本流れている。あれは、現世の羽生蛇村にもある眞魚川だろう。

 

 あたしは、眞魚川を指でなぞった。「この川を下って行くのはどうでしょう?」

 

「ドキドキ川下りコースですか? それだと所要時間は三時間ほどですけど、あまりオススメできません」

 

「なぜです? 三時間なら、ぜひそのコースでお願いしたいんですが」

 

「この異界には、三十年以上前に作られたボロッボロの舟しかありません。正直、いつ沈んでもおかしくないような舟です。それでもかまわないなら、そのコースで行きましょう。あたしは、川に落ちても平気ですから」

 

「そうでした。川での遊泳は禁止でした。やめておきます」

 

「そうですね。それが賢明です。では、西回りと東回り、どちらのコースにしますか?」

 

「どちらでも構わないんですが……じゃあ、西回りでお願いします」

 

「わっかりましたー。では、西回りコース、一名様ごあんなーい」

 

 と、いうことで、あたしは安野さんの案内により、現世に戻るために異界を歩くことになった。やれやれ、どうにも面倒なことになったもんだ。

 

 

 

 

 

 

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