怒り狂って暴れ回るなぽりん屍人から何とか逃げ切ったあたしたち。小学校を後にし、折部地区の南にある田堀地区にやって来た。
「申し訳ありません」と、安野さんが謝罪した。「うちの従業員のせいで、イベントをすべて消化することができなくて。本当なら、春海ちゃんの絵の観賞や、羽生蛇村民話集の朗読会、星を見る会の疑似体験とかも準備していたんですけど」
「いえ、謝罪には及びません。あたしも、イベントを楽しむことにしましたが、早く現世に戻りたいという気持ちに変わりはありませんから」
「次のイベントはちゃんと最後までやりますので、期待してください――ここです」
安野さんは道端の家に手のひらを向けた。古いが、かなり大きな日本家屋である。
「では、行きましょう」門をくぐる安野さん。できれば寄り道せずにまっすぐ目的地に行きたいのだが、安野さんにはいろいろと恩がある。あたしは仕方なく後に続く。
門をくぐって飛び石を進んだ先には玄関があり、その前に半屍人が立っていた。農作業着を着た男性の屍人だが、その手にはなんと拳銃が握られている。
「拳銃屍人さんです」安野さんが説明する。「半屍人さんの一種で、武器として拳銃を装備しています。近距離から中距離での戦闘を得意とし、こんな状態でも狙いは正確です。戦闘する場合はこちらも銃器を用意するのが無難ですが、火掻き棒やラチェットスパナ装備の場合でも容赦なく登場するから困ったものです。ただ、そういった場合は正面から戦うのではなく、何らかの手段で陽動し、隙を突いて倒すか逃げるかするのが一般的です」
「と、いうことは、この拳銃屍人はワリと村のあちこちに居るんでしょうか?」
「そうですね。遭遇率は、かなり高いと思います」
「見たところ、生前は農家の人だったと思うんですけど、なぜ拳銃なんか持ってるんでしょう?」
「いいところに気が付きましたね。この村には、拳銃などの銃器が溢れているんですよ。それには、戦時中の話が絡んでくるんですが……まあ、詳しいことは、この先の『波羅宿』という地区で説明します。まずは、この地区のイベントをやりましょう」
「お願いします」
「田堀地区では、この廃屋内を探索していただき、この家が誰の家なのかを当ててもらいます」
「誰の家かを当てるんですか。だいぶ興味の無いイベントですが、まあ、イベントは楽しむと決めたので、やってみましょう」
さっそく探索を開始する。まずは家の中に入ってみよう。拳銃屍人の脇を通り、玄関の引き戸を開けようとした。が、鍵がかかっており、開かない。鍵を見つけなければいけないのだろうか。あるいは、他に入口があるのか。昔懐かしい日本家屋なので、最近はあまり見なくなった勝手口があるかもしれない。あたしは、裏に回ってみることにした。庭を右回りで進む。角を曲がったところで、犬小屋と小さな池があった。家の中に入るのには関係が無さそうなのでそのまま素通りしようとしたが、ふと足を止める。池のそばに赤い花が咲いていた。花弁が放射状に広がった彼岸花のような花だ。
「月下奇人の花ですね」安野さんが言った。「この羽生蛇村にしか咲かない特殊な花です。深夜に花を咲かせ、夜にはしぼんでしまうのが特徴です。咲いている所を見られたのは、ラッキーですよ」
花のそばには掘れと言わんばかりに園芸用の小さなスコップが刺さっている。あまりにあからさまなのでミスリードの可能性が高いが、とりあえず掘ってみなければ始まらない。あたしはスコップを取り、花の根元を掘り返してみた。三度、土を掘ると、中からメダルが出てきた。表面に、漢字の『生』の字をひっくり返したようなマークがある。
「マナ字架のメダルですね」と、安野さん。「羽生蛇村で信仰されている宗教・眞魚教のシンボルマークがあしらわれたメダルです。教会が子供に配布している物です」
メダルに付いている土を払うと、マナ字架の下にアルファベットの文字があった。『TAKEUCHI』と読める。タケウチ……竹内、あるいは、武内だろうか。
安野さんがさらに説明する。「竹内は、一九七六年の八月まで村に住んでいた家族です。夫婦と息子一人の三人家族でしたが、父親と母親は七十六年の土砂災害に巻き込まれています。息子さんは、その土砂災害の数少ない生き残りですね。そのメダルは、その竹内家の息子さんの物と思われます。ちなみにうちの大学の講師なんですけどね」
「メダルが埋まっていたということは、その竹内という人の家……というワケではないんでしょうね、きっと」
「さすがです。仰る通り、ここは竹内家ではありません。一九七六年当時、竹内家は大字粗戸にあったことが確認されています」
やはり違ったか。まあ、家に入る前から謎が解けるとは思っていない。次の手掛かりを探そう。あたしは庭を進む。さらに角を曲がり、玄関の反対側にやって来ると、予想通り勝手口があった。鍵はかかっていない。中に入ると台所だった。家の奥からは屍人たちが楽しげに笑っている声が聞こえて来るが、それはひとまず放っておき、台所内を探索する。床下に怪しげな石碑を発見したものの、手掛かりになりそうなものは無かった。
あたしは台所を後にし、廊下に出た。すぐそばにお風呂、その先に汲み取り式の臭いトイレ、さらに先に二階へ上がる階段がある。それらをスルーし廊下を曲がると居間があった。屍人の楽しげな笑い声は、この中から聞こえて来る。あたしは、居間のフスマを開けた。中では、夫婦と思われる男女の屍人と、娘と思われる中学生くらいの屍人が、テレビを見て大笑いしていた。そんなに面白い番組をやっているのかとテレビ画面を見てみたが、砂嵐のノイズが流れているだけだった。
「前田家屍人さんですね」安野さんが説明する。「お父さんの隆信さんは村役場で働く公務員、お母さんの真由美さんは専業主婦、娘さんの知子ちゃんは村の中学校に通っています。二〇〇三年八月、娘の成績が下がっていることを心配したお母さんは、娘さんの日記を盗み見しました。それが娘さんにバレて大げんか。娘さんは両親を困らせてやろうとイチゴの便せんに書き置きをして家出をします。その後、家族全員異界入り。両親も娘さんもお互いを探して村中走り回りますがなかなか会えず、ようやく会えたと思ったら娘さんはすでに屍人と化していました。その後、両親も屍人と化し、今は仲直りして家族幸せに暮らしています」
「それにしても、テレビの砂嵐って、ずいぶん懐かしいですね。久しぶりに見ました」
「そうですね。最近のテレビは、砂嵐になると自動でブルーバックを表示しますから」
「それも古い話ですよ。地デジになってから、そもそもテレビに砂嵐という概念が無くなりました。最近の若い人は、砂嵐自体知らないんじゃないでしょうか?」
「そうなんですか? あたしも異界に閉じこもって長いので、最近の現世のことはよく知らないんですよ。へぇ。テレビの砂嵐って、今は無いんですね」
あたしたちはしばらく懐かしの砂嵐を眺めていたが、運命の人も自分の姿も公共放送の料金未払い者の名前も現れない。爆笑していた前田家屍人もさすがに飽きたのか、テレビを消し、居間から出て行った。幻視の能力でそれぞれの行動を観察する。父親は客間に行ってタバコを吸い始めた。母親は台所で料理を始める。娘は階段を上がって子供部屋に入り、勉強を始めた。
あたしは幻視をやめ、安野さんを見た。「ずいぶんとこの家に馴染んでいるようなので、普通に前田さんの家ではないでしょうか?」
「残念、ハズレです。この田堀地区は一九七六年に異界に飲み込まれています。二〇〇三年の八月三日、最初にこの家を発見した恩田理沙さんも、『さっきまでこんな家は無かった』と証言しています。つまり、二〇〇三年には存在しない家なんです。前田一家は二〇〇三年の村人なので、この家は前田家ではありません。彼らは、勝手に住みついているだけです」
ふうむ。なかなか難しいな。あたしはさらに探索をしようとして。
バタン、ゴトン、と、トイレの方で大きな物音がした。うん? 前田家の父親は居間、母親は台所、娘は二階の子供部屋にいる。トイレに居るのは、一体誰だ。
安野さんが焦ったような表情になる。「ヤバイヤツが来ました。宮崎さん。申し訳ありませんが、このイベントは中止です。早々に立ち去りましょう」
「なぜです?」
「あれは、ウ○コ屍人さんです。玄関や裏口が開いているのに、わざわざ汲み取り式トイレに潜って出入りするヤツがいるんですよ」
「それは、ちょっとお近づきになりたくないですね。判りました。早く逃げましょう」
廊下に出るあたしたち。しかし、少し行動が遅かった。ウ○コ屍人は、すでに廊下に出て来ていた。体中か滴り落ちるウ○コ。まだかなり離れているが、鼻が曲がりそうな悪臭が漂って来る。玄関も勝手口もトイレのそばにある。そこからは、もう脱出できない。
「奥へ行きましょう」と、安野さん。「廊下の突き当たりに納戸があります。そこの床が抜けているので、床下を通って出られるはずです」
あたしたちは急いで廊下の奥まで進んだ。安野さんの言う通り納戸があり、中の床が抜けている。だが、その穴は小さい。子供ならともかく、あたしたちが通るのはムリそうだ。
安野さんが舌打ちする。「しまった。この穴は、春海ちゃん専用でした。あたしたちは通れません。ああ、バールがあれば穴を広げられるのに」
「……バールを使って床板を外すのは反則じゃないんですか?」
「そんなのは時と場合によります。宮崎さん。どうしてバールを持ってこなかったんですか」
「なぜあたしが怒られるんですか。バールで床板を外してはいけないと言ったのは安野さんでしょう。そうだ。安野さん、確か、ネイルハンマー持ってましたよね? それを使って、ウ○コ屍人を撃退できませんか?」
「ナルホド。その手がありましたか」安野さんは懐をごそごそして、ネイルハンマーを取り出した。「では宮崎さん、お願いします」
「あたしがやるんですか? 安野さんがやってくださいよ」
「あんなヤツでも一応パークの一員なので、運営責任者であるあたしが殴るのは問題があります。それに、ここは体験型アトラクションなので、お客様である宮崎さんが殴るべきかと」
「イヤですよ。そんなリーチの短い武器で殴ったら、返り血ならぬ返りウ○コまみれになるじゃないですか」
などとケンカをしている間にも迫るウ○コ屍人。まさに危機一髪。
「仕方ありません。とっておきの技を使いましょう」
安野さんは廊下に出ると、迫るウ○コ屍人に手のひらを向けた。何をする気だろう? 息を飲んで見守る。次の瞬間、ウ○コ屍人は突然炎に包まれた。苦しそうな悲鳴を上げるウ○コ屍人。やがて倒れ、動かなくなった。
「スゴイ! 何ですか、今の技は?」手を叩くあたし。
「天界の修業で身に付けた技のひとつです。安野ファイアーとでも呼んでください」
「ネーミングのセンスはイマイチですね」
「まさに、ヤケクソなネーミングです」
「…………」
「…………」
「…………」
「宮崎さん、高度なダジャレに感心している場合じゃありません。今のは煉獄の炎ではないので、屍人さんを完全に殺すことはできません。ぐずぐずしていると復活します。早々に立ち去りましょう」
ということで、あたしたちは廊下にまき散らされたウ○コを踏まないよう注意しつつ外に出た。
「……やれやれ、どうにか難を逃れましたね」安野さんは額の汗を拭った。「しかし、申し訳ありません。本来なら、玄関の拳銃屍人を台所に誘導して脱出するイベントがあったんですが、省略することになってしまいました」
「それは別に構いませんが……それより、結局誰の家か判らなかったのが、少し残念です」
「さすが宮崎さん、正解です」
「……はい?」
「この家は、長年研究者が議論を続けているにもかかわらず、誰の家か判っていません。様々な物証が出ているのですが、どれも決め手に欠けるのです。今後も研究は続けられるでしょうが、新たな物証が出てこない限り、誰の家か確定することはできないでしょう。つまり、『判らない』が正解です」
「そんなのをクイズにしないでください。すごく時間をムダにした気分です。まあ、早く終わったからいいですけど。しかし、あのウ○コ屍人は、なぜわざわざ汲み取り式トイレを通って出入りするんでしょう?」
「詳しくは判りませんが、昔、汲み取り式トイレの中に入って女性が用を足すところを覗いたって実話もあるんで、その類の人が屍人になったんだと思います」
「どこの世界にも、変態っていうのはいるもんですね」
「そうですね。じゃあ、次の地区へ行きましょう」
あたしたちは、さらに南を目指して歩いた。