屍人フレンズ   作:ドラ麦茶

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8・しびとのす

 海送り海還りが行われていないなら別に走る必要は無かったんじゃないかという気持ちを押し殺し、あたしと安野さんは赤い海を後にして、北へ向かって進んだ。いよいよ最終目的地である、上粗戸兼大字粗戸地区だ。安野さんの話によると、二〇〇三年の上粗戸地区と、一九七六年の大字粗戸地区が融合した地域らしい。この地区の中央交差点という場所に、現世へ戻るためのゲートのようなものがあるそうだ。時間は朝の八時を少し過ぎたくらい。蛇ノ首谷の事務所を出たのは、確か深夜の二時頃だった。所要時間は半日から丸一日という話だったが、この分だとかなり早く着きそうだ。

 

「宮崎さん。『この分だと早く着きそうだ』と思っていませんか?」安野さんがあたしの心を読んだかのように言った。

 

「え? まあ、そうですね。意外と早く帰れそうなので、安心しました」

 

 安野さんは、人差し指を顔の前に立て、ちっちっちと振った。「宮崎さん。甘い考えは捨ててください。あたしが最初に『所要時間半日から丸一日』と言ったのは、大げさではありません。距離的に言えば目的地はここから二・三キロと言ったところですが、ここからが大問題なんです。――見えてきました」

 

 安野さんは、道の先を指さした。

 

 それを見て、あたしは言葉を失う。なんじゃ、あれは?

 

 道の先にあったものは、一言でいえば、ガラクタの塊だ。

 

 ただ、その規模がハンパない。見渡す限りのガラクタ。山のような高さのガラクタと、湖のような広さのガラクタ。集落ひとつが丸々ガラクタで覆われている、と、言っていい。

 

「異界最大の名所・屍人の巣です」安野さんが説明を始めた。「上粗戸および大字粗戸は、村の商業地区でした。飲食店や服飾店、車の整備店など、多くのお店があり、村では最もにぎわっていた地区です。とはいえ、所詮は田舎なので、ほとんどの建物が二階建て、二〇〇三年に異界に取り込まれた上粗戸も、最も高い建物で四階建てです。それが今や、五階六階建ては当たり前。中には一〇階以上の建物も存在します」

 

「なぜ、そんなことになってるのでしょう?」

 

「この数年の間、屍人さんが増築に増築を重ねた結果です。なにせ彼らは、二日足らずで商店街一帯を覆ってしまうほどの建築能力を持っていますから」

 

 安野さんの説明を受け、改めてガラクタの集落を見てみると、確かに、一階二階部分はしっかりとした家屋だが、三階以上がかなりデタラメな造りだ。木の板やトタンなどを寄せ集め、適当にクギを打ちつけただけのように見える。

 

「ひょっとして、あの中を進むんでしょうか?」あたしは訊いた。

 

「その通りです。中は巨大迷路なんて言葉じゃ足りないほど凶悪な迷宮なので、覚悟しておいてください。正直言って、あたしも中の構造は把握できていません。と、言うより、マッピングはほぼ無意味です。数日で中の構造が大きく変わりますからね。もう、コズミックキューブも真っ青ですよ」

 

「それ以前に、あれ、入って大丈夫なものなんでしょうか? 絶対耐震基準を満たしていないでしょう? 今にも崩壊しそうなんですけど」

 

「その点は安心してください。ああ見えて、結構頑丈な作りです。予告なくダムを爆破する無茶な求導師様がいない限り、崩れることは無いでしょう。たぶん」

 

 何とも頼りない言葉だが、中に入らない限り現世に戻れないならば行くしかない。あたしは覚悟を決め、屍人の巣に入った。

 

 安野さんの言う通り、中は巨大迷路なんてモノじゃなかった。細い通路がいくつも枝分かれし、右に左にいくつも折れ曲がり、階段を上っては下り、それらを繰り返した末に、行き止まりにたどり着く。それを何十回と繰り返し、結局元の場所に戻って来る。そんなことが、数時間続く。

 

「……安野さん」

 

「……はい」

 

「屍人は、なぜこんな巨大迷路を作ったんですか」

 

「小学校で説明しましたが、これは、屍人さんが神様を迎えるための準備です。この村の神様は太陽の光を極端に嫌うのです。この屍人の巣の中央には、水鏡という、常世への入口があります。神様はそこに降臨するので、この辺一帯を覆って、内部に絶対陽の光が差さないようにしたのです」

 

「でも、もう神様は死んじゃったんでしょ? こんな作業、必要ないじゃないですか?」

 

「そうなんですけど、いくらそのことを説明しても、やめようとしないんですよ。どうも、一部の屍人さんには、この作業が生き甲斐になっているようでして」

 

「死んでるのに生き甲斐も何も無いでしょう。即刻やめさせるべきです」

 

「しかし、生きている人間の都合で屍人さんの仕事や趣味をムリヤリ取り上げるというのも、良くないと思うんです」

 

「それはそうかもしれませんが、屍人が作業を続けているということは、この迷路、今もリアルタイムで更新されているんですよね? このままではあたしたち、一生出られないかもしれないじゃないですか」

 

「まあ、安心してください。少しずつですが、確実に進んではいます」

 

「本当でしょうね?」

 

「はい。もうすぐ、第一チェックポイントです」

 

「第一チェックポイント?」

 

「イベントを用意していますので、楽しんで行ってください」

 

 この上イベントも消化しないといけないのかよ。はぁ。気が重い。

 

 それからも右へ曲がって左へ曲がって階段を上っては下りを繰り返し、たどり着いたのは、商店街の裏路地だった。ここが第一チェックポイントのようである。道端になぜか木の机があり、その上に、たくさんのクギが無造作に置かれていた。その先は道がY字型に分かれている。分かれ道の所には電柱とマンホールがあり、電柱にはひし形の看板が貼りつけられている。洋品店の場所を示すもので、左の道を矢印で示していた。その先はここからは見えないが、なにやらとんかんとんかんと金槌でクギを打つような音が聞こえて来る。しばらくすると金槌の音が止まった。そして、左側の道から金槌を持った屍人が姿を現した。屍人はこちらに向かって歩いてくる。気付かれる前に物陰に身を隠すあたしたち。幸い、屍人は机の前で止まり、クギを数本手に取ると、来た道を戻り始めた。Y字路の前で止まり、じっと、電柱の看板を見る。看板の矢印は左を向いている、屍人はその矢印に従い道を左に曲がると、またとんかんとんかんとクギを打ち始めた。

 

「DIY屍人さんです」安野さんが解説する。「半屍人の一種で、ひたすらハンマーを振るって建物を増築したり、窓を封鎖したり、無意味に板を張り付けたりを繰り返す屍人さんです。作業に集中しているので比較的やり過ごしやすい屍人さんですが、この超巨大迷宮を造り上げた元凶とも言えるので、そういう意味ではかなり悪質なヤツです」

 

「それで、イベントはなんですか?」

 

「はい。目的地へ行くにはこの先の分かれ道を左へ曲がらないといけないんですが、ご覧いただいた通り、屍人さんが作業をしているので、そのままでは通れません。これを、なんとかして通れるようにしてください。と、言っても、宮崎さんのことですから、もう答えは判っているんじゃないですか?」

 

「はい。あのいかにも怪しい矢印の看板を、ひっくり返せばいいんじゃないでしょうか?」

 

「さすがは宮崎さん。その通りです。看板をひっくり返せば矢印が右側を向きますから、屍人さんは右側の通路で作業を始めます」

 

「案外適当なんですね」

 

「まあ、所詮は屍人さんですからね。では、お願いします」

 

 あたしは屍人が左の通路でクギを打っている間に、看板をひっくり返すため電柱まで進もうとした。しかし、途中で足を止める。少し考え、何もせずそのまま安野さんの元に戻った。

 

「どうしました? 何か、問題でもありましたか?」安野さんが首を傾けた。

 

「いえ、ふと思ったんですけど、あの看板、ひっくり返すんじゃなくて、新たに右向きの矢印を書き加えて、左右両方の矢印にしたら、屍人はどうするんでしょうか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……宮崎さんも、なかなか面白いことを仰る」

 

「いえ、それほどでも」

 

「どうなるのか、正直、あたしにも予想がつきません。知的好奇心を満たすことは、研究者として何よりの喜びです。やってみましょう」安野さんはポケットをごそごそして、マジックペンを取り出した。蛇ノ首谷の事務所でホワイトボードに図を書いた時に使ったヤツだろう。「良かったら、お使いください」

 

 あたしはマジックを受け取ると、屍人の隙を突いて電柱まで進み、看板に書き加えて左右両方の矢印にした。安野さんの元に戻る。さあ、どうなる?

 

 クギを打ち終えた屍人が机の所までやって来た。クギを数本取り、分かれ道の所まで進んで、電柱の看板を見る。矢印は左右両方を指している。じっと看板を見つめる屍人。そのまま立ち尽くして動かない。一分が経ち、五分が過ぎ、一〇分が経過しても、そのまま動かず、じっと看板を見つめている。

 

「完全に固まっちゃいましたね」と、安野さん。「どうやら、屍人さんの処理能力を超えちゃったようです」

 

「どうするんですか? あそこに立たれたままじゃ、通れないじゃないですか」

 

「あたしのせいみたいに言わないでください。宮崎さんがやったことでしょうが」

 

「仕方ありません。そっと後ろから忍び寄って、頭にクギを刺しましょう」

 

「やめてください。屍人さんは、パークの大事な従業員なんです。責任者として、暴力行為は許しません」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

 

「だから、宮崎さんがやったことなんですから、宮崎さんが考えてください」

 

 などと言い合いをしていると、屍人が、おおーん、と、犬の遠吠えのような叫び声を上げた。

 

「あ、動いた」あたしはケンカをやめ、屍人を見る。

 

「あれは、屍人さんが仲間を呼ぶ合図です。気を付けてください。どこから現れるか判りませんよ」

 

 周囲を警戒しながら見ていると、電柱そばの塀を乗り越え、金槌を持った屍人がもう一体現れた。二人の屍人が看板を見る。そして、それぞれ右と左に分かれ、そこでクギを打ち始めた。

 

「そう来ましたか。屍人さんも、なかなか賢い所がありますね」感心した様子の安野さん。

 

「感心してる場合じゃないでしょう。両方の道を塞がれたんじゃ、結局何の解決にもなってないじゃないですか」

 

「ですから、宮崎さんが招いた事態なんですから、宮崎さんが解決してください」

 

「そうだ。看板に書いた矢印を消せばいいんでした。その上で、最初の予定通りひっくり返しましょう」

 

「ダメです。このマジックは油性です。簡単には消えません」

 

「どうしてホワイトボード用のマジックに油性を使うんですか!」

 

「そんなのはあたしの勝手です。さあ、どうするか考えてください」

 

 困ったな。矢印は左右を指している。あれでは、ひっくり返しても同じだ。背後からそっと忍び寄って殴り殺すことも禁じられている。いったい、どうすればいいのか。

 

 …………。

 

 あたしは屍人が作業している間に電柱に近づき、看板を九十度傾けた。左右を指していた矢印は、上下を指す形になる。あたしは安野さんの元に戻った。

 

「宮崎さん。あたしは、あなたを現世に戻すのが惜しくなってきました。どうです? 本気で異界に残ることを検討してくれませんか」

 

「本気でお断りします。こんな所、一分一秒だっていたくないんですから」

 

 しばらくすると二体の屍人はまたまた机の上のクギを取り、そして、看板の所まで進んだ。看板は上下を指している。しばらく看板を眺めていた二体の屍人は、一体はマンホールのフタを外して下水道に下り、もう一体は電柱を登り始める。しかし、てっぺん近くで足を滑らせ、地面に落下してぐしゃりと潰れた。あたしは電柱の所まで行くと、マンホールにフタをし、Y字路を左に曲がった。

 

 安野さんが拍手をした。「最初の予定と大きく違いましたが、どうにかクリアできましたね。おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。しかし、マンホールに閉じ込められた屍人はともかく、落下死した屍人には、なんだか悪い事をしました」

 

「まあ、気にしないでください。屍人さんはマンホールだろうと下水道だろうと特に気にしませんし、落下したヤツもすぐによみがえりますから」

 

「それなら安心です」

 

 その後も迷路を進みながら、笑い袋を使って屍人を誘導したり、『生き返り頭脳ゲーム』というボードゲームで対戦したり、「トップアメリカ!」と叫んで配電盤を壊したりするイベントを消化し、なんとか最終チェックポイントである肉屋の前までたどり着いた。

 

 肉屋の前では、屍人が一人、地べたに這いつくばっていた。犬屍人か蜘蛛屍人かと思ったが、近づいてみると、額からタコのような触手が何本も生えた顔をしている。どうやら頭脳屍人のようだ。

 

「名越校長屍人です」と、安野さん。「その名の通り、小学校の校長をしていた方です。ロリコンで変態だと思われていますが、本当は子供思いの良い先生なんです。その証拠に、屍人になった後も、児童である四方田春海ちゃんを心配して、金属バットを持ってずっと追いかけてました」

 

「それじゃ、子供は怖がるんじゃないでしょうか?」

 

「もちろんです。春海ちゃんも怖がって逃げまくりました。最終的に捕まえようとしたところで、春海ちゃんの担任である高遠先生に止められ、崩れてきた瓦礫に埋もれました。その後、春海ちゃんは無事、現世に戻ることができました」

 

「じゃあ、その高遠先生という方は、屍人になってもなお、教え子を守ったんですか?」

 

「そうですね」

 

「それに引き替え、怖がっている子供を追い回すなんて、名越校長は酷い先生ですね」

 

「そうですね。ただし、それはあくまでも、我々生きている人間から見た場合です。ここで、チェス盤をひっくり返してみましょう」

 

「チェス盤をひっくり返したら、駒がバラバラになるんじゃないでしょうか?」

 

「裏表をひっくり返してどうするんですか。違います。相手の気持ちになって考えてみましょうということです」

 

「つまり、屍人の立場から物事を見るんですね」

 

「そうです。屍人が生きている人間を襲うのは、なにも獲って食おうというワケではありません。屍人にとっては、生きている人間の方が化物に見えるんです。それは、一度屍人になってみると判ります」

 

「なりたくありません」

 

「まあ、そうでしょうね。で、屍人になってしまった名越校長からは、生きている春海ちゃんの方が化物に見えるわけです。校長としては、可愛い教え子である春海ちゃんを、なんとしても救わなければいけない、と、思うわけです。そして、春海ちゃんを化物から救う方法は、ひとつしかありません。ぶっ殺すことです」

 

「何とも酷い方法ですが、言いたいことは判ります。人は死ねば屍人になるんですから、屍人の立場からすれば、化物は、ぶっ殺せば仲間になる」

 

「その通りです。ですから名越校長は、心を鬼にして、逃げまどう春海ちゃんを追いかけ、ぶっ殺そうとしたのです」

 

「と、言うことは、屍人の視点から見れば、春海ちゃんを助けようとしてたのは名越校長の方で、高遠先生という方は、むしろ化物になった春海ちゃんを見捨てようとした、ということになりますね。名越校長、素晴らしい先生じゃないですか」

 

「その通りです。判っていただけましたか」

 

「判りました。でも、あれは、なにをしているんでしょうか?」

 

 あたしは名越校長屍人を指さした。蜘蛛屍人でもないのに地面に這いつくばり、犬屍人でもないのに鼻をひくひくさせている。

 

「春海ちゃんの臭いをかいでいるんだと思います」安野さんが言った。「ここは春海ちゃんが通った場所なので、残り香があるんでしょう」

 

「前言を撤回します。良い先生なんてとんでもない。ただのロリコンじゃないですか」

 

「そうですね。彼がロリコンなのは、否定のしようがありません。まあ、春海ちゃんは異界から脱出しましたので、校長の魔の手にかかることは無いです。ほっといて行きましょう。ゴールはもうすぐです」

 

「はい」

 

 あたしたちは春海ちゃんの匂いを嗅ぐことに没頭している名越校長を放置し、先へ進んだ。

 

 

 

 

 

 

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