そして祝!100話達成!これも毎回暖かいコメントをくださる皆様のおかげです!これからもよろしくお願いします!
ネルファ「ネルファですわ。前回は愚種が悩んでいるところに話しかけましたわね」
シュウジ「おう、せいぜい叱ってやれ。ていうか檜山相変わらず気持ち悪いな」
ハジメ「じゃなきゃあんなことはしねえだろ。俺も割と自分勝手な自覚はあるが、あれはベクトルが違う」
エボルト「単純にキショいってやつだな。ま、せいぜい利用してやるさ……さて、今回はネルファの話だ。それじゃあせーの、」
四人「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」
「その少女は、とある国の貴族の娘として生まれましたわ」
両親は王国の中でもひときわ有名なおしどり夫婦、加えて貴族の中では珍しい大恋愛をした後の結婚をした公爵家の主人とその妻。
生まれた瞬間から幸福にして優雅なる生活を約束された少女は、見目麗しい父と母の遺伝子を受け継ぎ、赤子ながらにとても美しく。
さらには多くの才能を持っていることが魔法使いの従者によってわかり、心優しき公爵と夫人は可能な限りの教育をしようと思った。
そこに手を貸したのはその国の王。国を愛し、民を愛す王は旧友たる公爵の娘を己の娘と同じように愛し、様々なものを与えた。
あらん限りの英才教育を受け、彼女は育っていく。その凄まじい才気を遺憾なく発揮し、誰より聡明に、そして力強く。
与えられるもの全てを難なく吸収し、何より彼女自身が向上心の塊であったが故にあらゆる期待に応え続け、成長していった。
己を高める最中、いつしか彼女は自分に定める。〝常に優雅たれ〟、と。
与えられた以上に優秀に。他の誰より美しく。何者にもくじけぬ気高さを。心技体全てにおいて最高になり、己という存在を証明する。
その姿勢を人々は褒め称えた。両親は誇りとし、国王や他の貴族でさえも、幼い彼女に国の未来を見るほどであった。
その裏にある、
「少女は生まれつき、人を人として見れなかったのです。それは、才能の格差などという可愛い言葉では収まらないもの」
少女の目には、全ての人間が彼らの食べる動物と同じに見えたのだ。あるいは、それらより遥かに美味しそうに。
パンを皿に置くメイドの腕を見ると、大口を開けてかぶりつきたくなった。
社交パーティーでダンスを踊ると、相手の首筋を喰い千切りたくなった。
この才能に嫉妬して泣き叫ぶ人間を見ると、眼球をえぐり出して噛み砕きたくなった。
両親も、王も、一番の友人である姫殿下でさえも、あらゆる人間が食糧にしか見えない。それも特上のご馳走に。
当然、自分が人とはかけ離れた感性の持ち主であると理解し、それを心の奥深くに隠した。自分は人間であると、そう言い聞かせて。
「天より遍くを授けられた
舞台で踊る女優が如く、大仰な身振り手振りで水面の上を歩き、手を胸に添える。
白い月光がスポットライトのように照らす中、実に様になる光景に光輝はいつの間にか見惚れつつ、彼女の話に引き続き耳を傾ける。
「そうしてひた隠しにしてきたその秘密は、10歳の時に牙を剥きましたわ」
始まりは軍事国家である隣国が、賊に見せかけて秘密部隊に彼女を拉致させようとした事件。
山道で襲われたが、彼女の護衛についていた者たちの立つ瀬がないほど瞬く間に少女は秘密部隊を蹴散らした。
しかし隊長の抵抗が激しく、本来生きたまま捕縛するはずが、勢い余って半殺しのところをそのまま殺してしまった。
そして、彼女は死体からこぼれ落ちる鮮血を見た瞬間──その衝動が、突然爆発した。
「その血を飲んだ瞬間、
それはどんな果実よりも甘くて、お気にりのスープよりも味わい深く。これまで我慢していたのがバカらしくなるほどに、美味だった。
心の壁は一気に崩壊した。一瞬のうちに快楽に囚われた少女は、護衛たちの目もはばからず男の四肢をもぎ、臓物を食い荒らした。
それらを恍惚の表情で語るネルファに光輝はこれまでにない恐怖と、同時にわずかな胸の高鳴りを覚えつつ話に没頭していく。
「私兵たちに連れ帰られ、様々な者たちによって調べられた結果わかったのは──少女が、《悪魔返り》であること」
《悪魔返り》。それは、人と悪魔族の戦争時代王国に数多く跋扈し、封印された悪魔たちの血をごく稀に色濃く発現させる人間のこと。
生まれつき通常の人間とはかけ離れた思考を持ち、強大な力を持つ危険な存在であることから捕縛、あるいは討伐令が出されている。
しかし時代が進むにつれその血は薄れ、今では数十年に一度現れるかどうかという、もはや伝説の中の存在になっていたのだが……
両親は絶望した。まさか、自分たちの子供が《悪魔返り》だとは夢にも思わなかったのだ。そして本人は悪くない故に嘆いた。
《悪魔返り》は、本当に超低確率で偶然に起こる現象なのだ。言うなれば天災と同じ、人の手でどうやっても操れないもの。
それは彼らだけではない。王は自分の死後、国の行く末を担っていくと期待していた子供が
三日三晩、議論が続いた。人情家ゆえに娘を擁護する両親と、王として責務を果たさねばならない国王は特にぶつかり合った。
「その間少女は城の一番深い場所に軟禁され、徹底的に身動きを取れなくされました。誰かと接することも、話せることもなく」
「……それで、最後はどうなったんだ?」
「結局彼らは、その事実を隠蔽しましたわ。《悪魔返り》とはいえ、この逸材を失うのは惜しいと思ったのでしょう──それが最大の間違いであると気付かずに」
ほどなくして、彼女は元の生活に戻った。けれど、それはただ生活環境が戻っただけだった。
屋敷の誰もが、恐れを宿す目で少女を見た。両親は優しすぎて、逆に腫れ物に触るような接し方をするようになった。
王は一切の優しい顔を捨て、彼女に厳しく接し、身の安全のために姫とは決して会うことができないようにされた。
それはこれまで華やかな人生を送り、欲しいものは手に入るか、自分の手でつかんできた彼女にとって、初めての喪失。
「誰もが恐れ、離れていく。成功を続け、色々なものを手に入れすぎた少女は突然何もかもを失った。まるで黒一色に染まったような世界の中で絶望し、恐怖に震え、怯えて……そう、まるで痛い目を見て現実を突きつけられた誰かさんのように、ね」
「…………」
痛いところを突かれて苦い顔をする光輝。女魔族にコテンパンにやられ、あまつさえ逡巡して殺されかけた事実は変わらない。
「投げかけられる恐怖と差別の視線に、少しずつ少女は狂っていき……最後に、してはいけない行いをした」
周囲の視線と孤独感に耐えきれなくなった少女は、あの時感じた最高の快楽に逃げることにしたのだ。そう、人喰いに。
それはいけないと自分を抑えようとすればするほど、記憶に強くこびりついた血の味が、肉の柔らかさが理性を溶かした。
ついにある日、少女はこっそり王都の屋敷を抜け出した。そうすると治安の悪い地区に行って〝獲物〟を探し求める。
幸か不幸か、それはすぐに向こうからやってきた。身代金目的か、あるいは異常な趣味を持つ下衆たちが。
少女は歓喜した。
だからその本能の赴くままに、蹂躙し、命乞いを踏みにじり、狂笑をあげながら彼らを貪り、喰らい尽くした。
「一口食べるごとに、体を駆け巡る幸福感。これほどの享楽がこの世にあったのかと叫び、謳い、やがて止め処を失った少女は食べ続けた。彼女は自らの手で、わずかに残った居場所を破壊したのです。原型をとどめないほど木っ端微塵に、ね」
「……それからみど………………その子の人生は、一気に転落を始めた、ってことか……?」
「あら、なかなか理解が早いですわね。それと今更言い直さなくても、これは私の話ですから問題なくってよ」
「そ、そうか」
「それでこそ話し甲斐があります」と不敵に笑んだネルファは、魔法で水から椅子を作り出して腰掛け話しを続ける。
「満腹になって動けなくなったところで、私は脱走に気づいた屋敷の者に見つかってしまった。全身血と肉片まみれの姿を見たときの私兵の顔は、さぞ滑稽だったことでしょう」
念の為と連れてきていた魔法使いの魔法で拘束され……満腹感に酔っていた彼女は抵抗しなかった……屋敷に連れて行かれ。
「そして、次に目が覚めたときにはどこかの路地にいた」
周りには誰もいなかった。あるのは腐りかけの人の死体と、鼻が曲がるような悪臭、そして叩きつけるような雨だけ。
「そのとき理解したのです。自分は捨てられたのだ、と」
持っていたものの一切を失った少女は狂ったように笑い、絶望し、破綻した。
全てを失った彼女に待っていたのは、見るも無残な生活。ゴミだめの中で眠り、人を喰い殺し、逃げることの繰り返し。
いつの日か己に課した優雅さなどもはやない。文字降り悪魔と同じように本能の赴くままに人を殺して、喰って、狂気に酔った。
「人食いを続けるうちに、この体はどんどん人間からかけ離れていきました。尋常ではない再生能力に食欲……さらに、このようなものまで」
その言葉とともに片目が赤く染まり、さらにするりと尾骶骨の辺りから出てきたのは、昼間も見た鮮やかな紫の触手。おおよそ人の体にはないもの。
変化する体にいよいよ自分でも自分が何者なのかわからなくなっていき、何も信じられなくなり……最後には理性を失った。
「悍ましく、醜い、矮小な獣。それがそのときの私を表現するのにふさわしい言葉でしょう。堕ちきった怪物にはふさわしい末路ですわ」
「そんな……!」
そんなことない、君は悪くないじゃないか。いつものようにそんなことを言おうとして、寸前で思いとどまった。
(忘れたのか。その結果聞いた、あの苦しみを)
何も知らないくせに、勝手にわかった気になって、強引に当てはめて、それを相手に押し付ける。今日それで痛い目を見たばかりだ。
浮きかけた腰を元の位置に戻す光輝を見て、ネルファは薄く笑う。思ったより、師の言葉はこの愚かな若者に効いたようである。
「ああ、けれど。私はまだ完全に天に見放されたわけではありませんでしたわ」
獣となって一年か、二年か。故郷を離れ別の国にいた彼女は、いつものように路地で殺した獲物を食らっていた。
『そんなに美味しいですか?』
そこに、一人の男が現れた。
まるで最初からそこにいたようにいつの間に佇んでいた男は、冷たい、けれどどこか慈愛を含んだ目で獣を見下ろす。
即座に察知した少女は、とっくの昔に忘れた言葉を交わすこともなく、殺すために襲い掛かったが……
「一蹴でしたわ。何もすることができず押さえつけられました」
男は一見して、強そうには見えなかった。古びた黒いローブに革のブーツとズボン、冴えない顔と……眼鏡の奥に隠れた、怜悧な瞳。
だがいくら暴れてもその腕は微動だにせず、わずかに残っていた知性で放った魔法もあっさりと無効化された。
まさに圧倒的。かつて誰より優秀だった獣が、それまで一度も出会ったことがないような絶対強者。
「その男こそがあの御方──あなた方が北野シュウジと呼ぶ、世界最強の暗殺者」
「世界、最強の……」
「決して勝てないことを本能で悟った獣は、死を覚悟しました。ですが……」
予想に反して、男は獣を殺さなかった。それどころか連れ帰って介抱し、小綺麗な服を与え、食事をさせた。
それは人を忘れた獣にとって、新しい恐怖だった。なぜこのようなことをするのか、目的がわからない。
しかし良い匂いのする料理に手をつけた瞬間……自然と、涙がこぼれた。
「久しく口にしたまともな料理は、獣を少女に戻しましたわ。人に劣ると思っていたそれは、血たった一口で視界がひらけたような感覚がするほどにとても美味しかった」
人間性を取り戻した少女に、男は優しく微笑んだ。
それはかつての母のように柔らかいもので、少女は何かが決壊したように泣き続けた。
「それから、あの方は私を自分のもとに置きましたわ。信じられる?いつ襲いかかるとも知れぬ人喰いの怪物を、あろうことか側にいさせたんですのよ」
「それは……可哀想だと思ったんじゃないのか?」
「ええ、あるいは憐憫からの行動だったのかもしれません。ただ、それによって私の心が戻っていったのは事実ですわ」
男と、男の娘のような幼い子供。彼らは家族のように少女に接し、その結果彼女は人としての自分を思い出していった。
「やがて、心を開いた頃。男は自分の正体を明かしましたわ。世界の意思に選ばれ、千年に渡って秩序を崩壊させる存在を抹殺する〝世界の殺意〟だと」
「千年……」
そこでようやく、光輝はシュウジの言葉の意味を正しく理解する。シュウジは前世のことを話していたのだ。
「そしてその対象の一つには──私の母国も入っていましたわ」
「……どういうことだ?」
「悪魔です。この身に流れる血に引き寄せられた悪魔によって、国は支配されていました」
悪魔は悪魔を呼び寄せる。ネルファたちの世界で古くから言われている言葉だ。それが、実現してしまった。
最初に悪魔に呑まれたのは、ネルファを捨てたことで心が壊れた公爵夫妻だった。あっさりと心の闇に付け込まれ、魂を売った。
次に毒牙にかかったのは国王。国を誰より案じる賢王は、公爵の皮を被った悪魔に言葉巧みに誘導され、まんまと食われた。
それから瞬く間に悪魔は魔の手を伸ばしていき、最後には王都に住まうすべての人間の魂を代償として魔界より己を召喚させた。
「もはや悪魔の傀儡と化したかつての賢王は、狂った思考の中でこうそそのかされました。〝すべての国を支配すれば永遠の平和が訪れる〟、とね。その言葉に従い、王は隣国と戦争を始めた」
「なっ、そんなの嘘に決まってる!ただの侵略じゃないか!」
「あら、それはあなた方も同じでしてよ?人間族が勝利した時、魔族達の土地の略奪の側面がないとでも?」
「そ、それは……」
「まあ、それは今はいいですわ……あの方は世界意思からの命と傲慢なる私の願いを聞き、世界を脅かす悪魔を討伐しました。悪魔の操る100万を超える民の傀儡もろとも、一夜のうちに」
光輝は目を剥いた。いくら頑固という言葉が染み付いた頭でも、それがどれだけぶっ飛んだ話かくらいはわかる。
国一つ支配するほどの強大な力を持つ悪魔と、100万の人間の軍勢。とてもじゃないが一人では……いや、何人いようと倒せない。
それをたった一晩でやってのけた前世のシュウジに、自分が喧嘩を売ろうとしたことがどれだけ無謀か自覚して乾いた笑いを浮かべる。
「あの夜、御方は私を傷つけないために連れてゆきませんでした」
不器用な殺戮兵器は、傷だらけの少女をこれ以上壊すまいと置いていった。だが彼女はその聡明さゆえにそれを察知し、追いかけ……そして、見た。
「ああ、その様はまるで悪魔よりも悪魔のよう! 瞬く間に切り裂かれる無数の傀儡!一撃のもとに葬り去られた悪魔! なんと力強いことでしょう!無慈悲なことでしょう! 私はあの夜、まさしく伝説を目にしたのです!」
「そ、そんなにすごかったんだな……」
「ええ、ええ!そうですとも!………………
子供のように目を輝かせる様子から一転、自分の言葉をバッサリと切り捨てたネルファに困惑する。
その反応は予定調和だと言わんばかりに口元を三日月に歪めたネルファは、突然手を組むと水面の上で片膝をついた。
まるで黙祷する聖女のように月光の下で俯くその姿は、まさしく名画のよう。まあ、内面は真逆であるが。
「私があの方の本当の慈悲を知ったのは、そのあとのこと。夜が明け、あらゆる命の消えた都の中で…………あの方は墓を作り始めたのです」
「墓を…………?」
「ええ、それも普通にではありません。ひとりひとり丁寧に死体を処理し、墓石を削り、祈りを捧げる。それを、殺した数だけ繰り返しました。一人きりで、最後まで」
「ッ!!?」
今度は全身を打ち付けたような衝撃に見舞われる光輝。先ほど彼女は、傀儡の数は100万を超えると言っていなかっただろうか。
そんな気の遠くなるような、もはや想像することすらバカらしいほどの数の人を弔ったと、そう言うのか。
「そんなこと、できるものなのか……?」
「事実、あの方はそれを成し遂げました。それどころか全ての人間を埋葬した後に、彼らの墓の前で懺悔し続けたのです」
救えなくてすまなかった。
気付けなくてすまなかった。
声がかすれ、涙が枯れ果ててもなお、繰り返し繰り返しそう言っていた。
「謝り続けていたのです、五日間も。あの方は、何も悪くないというのに」
「…………………………」
「それを見たとき、私は確信しました──ああ、この方こそがたった一人の救い主であると」
立ち尽くして、歓喜に震えた。これほどまでに強い敬愛を抱いたのは、生まれて初めてといっても良かった。
その背中に、強さを感じたから。苦しみながらその刃を握ることができる強さ。責任から逃げずに向き合う強さを。
そのどちらも、口にするのは誰にでもできて。だが実際に持つことは、決して誰にでもできることではない。
「……………………そっか。そういう、ことだったのか」
相手を救いたいと思うに決まっている。
シュウジが返してきたその言葉を、実のところ光輝は今の今まで信じていなかったのだ。
どうせ自分を貶めるために嘘をついたのだ、と。いつもの都合の良い解釈で決めつけて、自己完結していた。
それこそが、思い込みでしかなかった。これまで見たことがないようなネルファの優しげな微笑みに、それをすぐに理解した。
「勝てないな」
ふ、と息が漏れる。実力でも、心でも、自分は遠くあの憎たらしい男に及ばないようだ。
それを悟って、光輝は月を見上げて自嘲気味に笑った。そして自分は本当にバカだったと一度も考えたことのない思考がよぎる。
「でも、悲しきかな。その行いは誰にも賞賛されないのです」
「……っ!?」
だが、まだネルファの話は終わっていなかった。
「そんなのおかしいだろ!だって、そんなに頑張って、それなのに……!」
「そう、頑張りました。苦しみました。でも誰の記憶にも残りもしなければ、その事実すら世界の修正力でなかったことになる。そういう存在だったのです、〝
「っ!ふざけるなっ!」
ガンッ!と橋に拳を打ち付ける光輝。その顔には怒りが浮かんでいた。
「全部なかったことになるっていうのか!死んだ人たちのことも、それを背負ったあいつの心も、全部!」
「あら、ようやく理解しましたね?あの方が
光輝はハッとして口元を押さえた。自分口から無意識に出た言葉に今日何度目かもわからない驚愕で顔を染める。
いつの間にか、自分は少しだけ知れていたのだ。今日1日ずっと追い求めていた、シュウジの強さの……決意の真実に。
そうして改めて、シュウジの言葉が心の隅々まで広がっていく。するとどうだろう、今度は悲しみが浮かんできた。
「誰も覚えていない、だから一人で背負うしかない。痛みを共有することもできなければ、忘れることもできない」
「それは……」
それは、なんという苦行なのだろう。いったいどれほどの重荷なのだろう。
そこらの人間では到底、耐えられない。そんなことを何十回も繰り返すなんて、後悔に押しつぶされて壊れてしまう。
「それだけではありません。他にもあの方は、対象でないものも殺していました」
「……それは、どうしてだ?」
もはや、むやみにシュウジの存在を否定することはなくなった。
なぜなら今はもう、そこには理由が……苦しみがあると、知っているから。
「世界の脅威とはならずとも、放っておけば人々を不幸にするために」
「…………なるほど」
「たとえ本当は善人でも、どんな事情があっても殺しました。そうすれば大勢が助かるからと、自分の心を押し込んで。だって全ての悪をなくすには、
「大をとって小を切る、か」
きっとそれをするには、途方も無い葛藤があったのだろう。あの時、「救えるのなら救いたかった」と言っていたのを思い出す。
(ああ、甘かった。俺は本当に、甘かったんだな)
光輝は、今更自分が滑稽に思えてきた。たった十数年しか生きていない小僧が、それほど苦しみ抜いた男に何を粋がっていたのか。
きっと、同じだったのだ。自分がご大層に掲げていた妄想と、あの男が追い求め続けた叶わぬ願いは。それを認めない自分にあんなに怒った。
最も、それをこの場でネルファに言えば間違いなく殺されるだろうし、本人に言えばもっとひどいことになるだろうが……
「だから私はあの方の弟子になりました。その尊き意思を受け継ぎたいと、そう願いました。命を、悪魔に呑まれた皆の矜持を守ってくれたこの方のために、今一度優雅であろうと」
何よりも、とネルファは一度言葉を切り……
「〝世界の殺意〟を継ぐもの、その候補の一人ならばあの方を覚えていられるから。その悲しみを、少しでも分かち合えるから」
「……すごいな、御堂は」
きっとそれすら、自分にはできるかどうか怪しいところだ。何よりそれができるほどの強さは光輝にはない。
そうやって先ほどとは別の意味で俯く光輝にネルファは微笑んで立ち上がり、水面から飛び立った。
そうすると橋の上に着地して、現れた時と同じように光輝を見下ろす。
「さ、これで話はおしまい。私のあの方への想いはわかったかしら?」
「ああ、わかったよ。痛いほどにな」
どれだけ自分が自分自身に盲目的であったかを理解して、光輝は笑った。そこには無駄なキラキラや自信はない。
それを見て、ネルファは──ほんの少しの少しの、さらに少し。心の中で、この救いようがないと思っていた人間の評価を上方修正した。
「そ。ならあとは簡単ですわね、
「………………え? 今、名前……」
「あなたは理解した、たとえ一片のさらに切れ端だとしても、あの方のことを。ならばあとはひたすらに考え抜いて見極めるといいわ。自分にとっての譲れない思いを」
「俺にとっての、譲れない思い……」
「せいぜい悩むといいですわ。私の話が無駄にならないように、ね」
それでは御機嫌よう。
そう言い残してネルファは視界から消えた。目にも留まらぬ速さに、光輝は思わず苦笑する。
「譲れない想い、譲れない想い、ね……」
以前なら全ての人間を助けると、そう変わらずに言っていただろう。
それはできないと知った。強引なまでに思い知らされた。だからこそ、別の答えが必要なのだ。
あの男は答えを出した、その結果があの殺意だ。なら自分は、天之河光輝はどうする?一体何を求める?
「難しいな、人生ってのは」
これからどのような答えを出して、どう歩んでいくのか。
それは、光輝のみぞ知るところだ。
次回はシュウジサイドです。
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