星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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どうも、双王子前までたどり着いた作者です。いよいよ終わりが見えてきました。

シュウジ「うーっす、シュウジだ。前の章は色々残して終わったな」

雫「ねえ、その……大丈夫、なの?」

ルイネ「マスター、私たちはあなたの身が心配だ」

シュウジ「……ま、心配しなさんな。悪いことにゃならねえよ。なっ、作者?」


作者(全力で目そらし


シュウジ「おうこらこっち向けや」

ハジメ「今半したってどうにもならんだろ、ネタバレ的意味で。それより今回からは火山編
だ、それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる真実編!」」」」


【第5章】真実
不穏な影


 

 

 

 

 

 

 

 空を、見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男はたった一人(独り)で、ただ夜空に静謐とともに輝く月を、見ていた。

 

 赤く染まったその瞳に浮かぶのは、哀愁か、それとも懐古か。あるいはもっと別の何かだったのかもしれない。

 

 一つ確かなのは、男にとって月がとても美しいものだということ。何より大切なものとそっくりなそれは、男にとっての特別なのか。

 

 答えを知る者は、誰もいない。深夜11時を超え、さらに半分の刻を超えた今、広々とした公園には人がいようはずもないの。

 

 だから男のこれまで歩んできた人生を想起させる皺の刻まれた顔も、その口元に浮かぶ淡い微笑みも……

 

 ……時折思い出したように撫でる、膝に置いた古ぼけた帽子だって、知らないのだ。

 

 

 

 ──カチ、カチ、カチ、カチ。

 

 

 

「……そろそろ時間か」

 

 懐から懐中時計を取り出し、蓋を開く。掠れた、今にも途切れそうな音を鳴らすそれは11時35分を示していた。

 

 男は名残惜しいような、待ち遠しかったような、そんな矛盾めいた色を持つため息をこぼすと立ち上がる。

 

 時計を止めると無数の傷の入った手で帽子を掴んで、ベンチからゆっくりとした動きで立ち上がる。

 

 そうするとおもむろに、目の前に広がる静かな野原に向けて手をかざした。

 

 

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………!

 

 

 

 

 

 

 

 静寂を破り、凄まじい轟音を立てて公園全体が振動に包まれる。それは時間を追うごとに、どんどん激しさを増していく。

 

 やがて、男の視界の端に地面の内側から何かの突起が突き出てくるのが見えた。一つではなく、規則的な間隔でいくつもだ。

 

 近くで見れば見上げるようなそれは、しかし〝それ〟の一端でしかない。それは数秒置いて現れたものが表してくれた。

 

 

 

 

 

ドガンッ!!!

 

 

 

 

 

 まるで砲弾が着弾したような音を立て、突起が全容を表す。それは黄金の旗を掲げる、巨大な尖塔だったのだ。

 

 全部で二十の尖塔に続いて、地面の全てを盛大に吹き飛ばして本体が姿を表す。あらん限りの装飾を施された、超巨大な城が。

 

 二、三分ほどで城は完全に地上にせり上がった。ほんの半日前まで人々が朗らかに笑っていた公園はもはやない。

 

「……少し、大きくしすぎたか?」

 

 月を覆い隠さんばかりの黒と金、そして燃えるような赤で彩られている巨大城に、男は自嘲気味にこぼす。

 

 苦笑もそこそこに、男は丘を降りて齢七十へ届こうかという年齢を感じさせない、力強い足取りで城へ歩いていく。

 

 伸びた背筋に皺一つないシャツ、ワインレッドのベスト、黒いズボンとブーツ、紫色に縁取られたコート。

 

 全てが一級品といって差し支えない衣服を着こなす彼を人が見れば、まさしく王者の風格だと言うかもしれない。

 

 あるいは、()()()()()()()()と。

 

 

 

 

 

 ……閑話休題。

 

 

 

 

 

 その巨大さゆえに、丘と城の距離はさほど離れていなかった。男が近づくと地鳴りのような音を立て、絶壁のごとき城門が開く。

 

 たとえ巨人が通ってもそう問題ない大きさの門をくぐり、男はすぐにでた階段を上っていった。一段一段、しっかりと。

 

 段数を登り終えた時、そこにあったのは──ポツンと置かれた、一つの玉座だった。それ以外は何もない。

 

 やはり大仰すぎたか、と思いつつコートの裏ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する男。

 

「……時間がないな」

 

 11時45分を示す懐中時計をしまう。次に、中指にはまった鈍い光を放つ指輪に意識を向けた。

 

 指輪は主人の意思を察知して、望みのものを己の中から取り出す。程なくして、それは目の前に現れた。

 

 全てが黄金色の、豪奢なベルト。左右対称の形をしている飾りには小さな赤い宝玉がはめ込まれ、中央の窪みは沈黙している。

 

 男はそれを手に取ると、躊躇なく自分の腰に押し当てる。

 

 

オウマドライバー!

 

 

 男と同じ声で自分の存在を叫び、ドライバーはベルトを伸ばして男と一つになる。すぐに、時計が音を奏で始めた。

 

 

 

カチ、カチ、カチ……

 

 

 

ゴーン…………ゴーン…………ゴーン…………

 

 

 

チッ、チッ、チッ、チッ

 

 

 

 全てに独特な紋章の刻まれた、形も大きさも何もかも違う二十の時計が男の周りを囲い、その時を待つ。

 

 まるで目覚めを待っているかのようなその音色に、男は一度目を閉じた。全身から力を抜き、自然体になる。

 

 三十秒か、あるいはもっと長い間か。最後の覚悟を決めた男は、開口するとその言葉をはっきりと、されど儚く口にした。

 

 

 

「──変身」

 

 

 

 そして、時は動き出す。

 

 

 

 

 

TWILIGHT TIME !

 

 

 

 

 

 一人でにベルトが周り、時計が出現してから不気味に赤く輝いていた窪み……否、文字盤に声と同じ言葉が並ぶ。

 

 同時に、時計が全て止まった。かと思えば浮かび上がっていた紋章に飲み込まれ、男の体の周りに円環が現れて。

 

 

 

 

キングオブライダーズ! 祝え! 仮面ライダー! オーマジオウ!

 

 

 

 

 紋章は円環に飲み込まれ、そして円環は男の体に黒頭巾に輝く鎧を纏わせていく。

 

 鎧が実態と化した瞬間、円環は勢いよく弾け飛ぶ。そのまま一つの黄金のベルトとなって、鎧の左肩に収まった。

 

 最後にベルトから飛び出した文字が顔の空虚に収まって、完了。ライダーの文字は真紅に輝く。

 

「……ふぅ。さて」

 

 王の装束をまとった男は、腕を勢いよく振り上げる。すると城に見立てた()()()()()()は起動を始めた。

 

 使役者の存在を認証。時の力を確認。全システムオールグリーン。これよりエネルギー供給を開始する。

 

 全ての機構が、装置が、力が次々と目覚めていき、準備を始める。それを感じながら、男は玉座に座った。

 

 

 

 

 

「……ここまで、長かった」

 

 

 

 

 

 また、誰に聞かせるでもなく男は呟く。二重に聞こえるその声は、さらに重厚さを増していた。

 

 ずっと、耐えてきた。この胸にくすぶる後悔に、悲しみに、怒りに、屈辱に、ありとあらゆる苦しみに耐え抜いた。

 

「だが、それも今日までの話だ」

 

 これから始めるのは全てを取り戻し、同時に世界(いま)を破壊するための遥かな旅。決して許されない究極の大罪。

 

 それがどうした、と男は魔王の仮面の下で笑う。今更その程度のことをしたって、誰も自分を止めやしない。

 

 何より、そんなことは俺自身が許さない。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これまでずっと、そうしてきたように。

 

 

 

 キィィイィィィィィイイイイイイイ!

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、どうやら終わったようだ。

 

 男は表情を引き締めて、最後の許しを呼びかける城に命令を下す。受け取った城は速やかに職務を全うした。

 

 根こそぎ吸い上げて貯めたエネルギーを使い、扉を開く。たったそれだけのために作られた自分の存在意義を、全力で証明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ──反撃を始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよトリガーが光れたその瞬間──男の小さな言葉とともに、城は消え失せた。

 

 この日、この瞬間。世界中のエネルギー機関が動きを止め、全ての人間が闇の中に囚われた。

 

 次の日には全て元どおりになったが、この事件は地球最大の不可思議現象として()()歴史に残り続けることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その真実を知るものは、もういない。

 

 

 ●◯●

 

 

 マリス SIDE

 

 

 ウルの街の騒動から、しばらくして。

 

「それで、先生に会ったそうですね」

「ええ」

 

 私──マリスであり畑山愛子である女は、王宮の一室でネルファと対面していた。

 

 現在私は一度地方での農耕活動を切り上げ、王都へと帰還している。理由は主にクラスメイトたちの休息と報告だ。

 

 畑山愛子の責務として定期的にやっていることではあるが、今回は偶然にも迷宮攻略をしていた生徒たちの帰還と重なった。

 

 意気消沈といった様子で帰ってきたら彼らから聞いたのは、魔人族の強襲。まあ予想できたことではある。

 

 そして、偶然ホルアドに居合わせた先生たちによる救出劇。一連の事件を聞き、ネルファにコンタクトをとった。

 

「全くグズばかりで困りますわ。あれでは、一部を除いて戦争が始まった途端即死もいいとこですわよ」

 

 どうしようもない、という様子で首を振る別のベクトルでどうしようもない妹分に苦笑する。

 

 どうやら彼女は色々と会ったようで、肉体を成熟した状態にしている。まったく、いつかやるとは思っていたが本当にやるとは。

 

 あちらに帰った時のことを考えなかったのですか、なんて畑山愛子の部分が言おうとするのをとどめて話を続ける。

 

「それで、全員で助けに来たと?」

「ええ、南雲ハジメたちもいましたわ」

「……そう、ですか」

 

 聞けば南雲くんは、相当暴れたらしい先生の代わりにクラスメイトたちを守っていたという。幼い子供を保護しているとも。

 

 少し、嬉しくなった。教師として、あの少年に少しでも影響を与えられて。できればこのまま柔軟になってくれるといいのだが……

 

「しかし、心配なのはあの御方ですわ」

「そうですね」

 

 怒りに任せて、魔人族を徹底的に殺戮。必要以上の苦しみを与えない先生にしては、驚くべき話だ。

 

 弟子として諌めるべきか、あるいは〝北野シュウジ〟という個人として怒れるようになったことを喜ぶべきか。

 

 ……まあ、そのことは今はいい。問題なのは、天之河光輝に対してこれまでにないほどの怒りを見せたこと。

 

 話を聞けば、それは然るべき怒りだった。同時に未だに苦しみの中にいることに沈鬱な気持ちになる。

 

「変わらないですね、先生は」

「不器用な方。いっそ全て割り切ってしまえばいいのに」

「それができないから先生は先生なのですよ。あなたもよく知っているでしょう?目の前で絶望を打ち砕かれ、死した者たちに涙を流す姿を見たあなたなら」

 

 そう言うと、ネルファは口をつぐむ。それから視線を数ミリ右往左往させて、最後に面白くなさそうに毛先をいじった。

 

 その性格ゆえに皮肉めいた言い方をする、素直ではない家族にクスリと笑う。まったく私たちは皆不器用ばかりだ。

 

「……はぁ。まあ、あの方の悪癖は置いておくとして。アレのお陰でグズたちがやる気になったのは重畳ですわ」

「今までも彼らなりに頑張っていたでしょうけどね」

「死なない程度の鍛錬など、所詮怠慢を肥やすための間食にすぎませんわ」

 

 厳しい意見だ、と畑山愛子(わたし)は思った。でもマリス()としてはその通りだ、と思った。

 

 王都に帰ってきてから、天之河光輝を筆頭に騎士団主導のもと熱心に対人訓練を行っているという。

 

 

 

 今更か、と思った。

 

 

 

 戦争のために喚ばれたというのなら、それは最初にすべきだったことだ。まあ、畑山愛子としてはしてほしくないが。

 

 人は命の危機に直面してようやく、己の理想と現実の差を実感する。彼らは痛感し、ようやく自分たちが力不足だと気づいたのだ。

 

 悪いとは言わない。本来彼らにはいらない覚悟だし、私たちが理不尽なほどに早かったからそう思うだけ。

 

「彼らには今回がそのチャンスだったということです」

「ぬるま湯から引き上げられた子豚たちは、さてどうなるのかしら」

「所詮遅いか早いかの違いです、ぜひ頑張って欲しいです……それにしても」

 

 一つ、彼女から聞いたことで予想の範疇を超えたものがあった。あの天之河くんが、一番精力的だというのだ。

 

 死にかけたのだから当然、という話ではない。今の彼はきっと、もっと迷ってからようやく剣をとると思っていたのだ。

 

 予想に反して彼のやる気は凄まじいもので、まるで何かを探し求めているようだとネルファは言っていた。

 

「是の故に聖は益々聖に、愚は益々愚なり」

「師の説ですか」

「彼は、愚者ではなかったということです」

 

 きっと今、彼は答えを探しているのだろう。自分の中にある、自分にしかわからない答えを。

 

「どうだか。天之河光輝がバカなのは明白ですわ」

「そう言いつつ、名前を呼ぶのは何故かしら?」

 

 また沈黙するネルファ。今度は毛先をいじるどころかぷいとそっぽを向いてしまう。ああ、本当に素直じゃない子。

 

「彼だけでなく、他の皆にもちゃんと考えて進んでほしいです」

「それを導くのがあなたの仕事でなくて?」

「そうですね、今からやる気十分です」

 

 魔人族が迷宮にいた以上、もはや戦争の幕開けは秒読みだ。今更彼らを戦わせないことはできない。

 

 だからせめて、寄り添おう。血で血を洗い、狂気で正気を保つ地獄の中で、あちらに帰っても暮らせるように。

 

「……で。一番の問題は、教会の傀儡になっているこの間抜けの園の判断ですわね」

「まさか、こうもあっさり異端認定をするとは……」

 

 私が戻ってほどなく、先生たちは異端認定を受けた。これで教会が神敵と定め、いつでも討伐の命令を下せる。

 

 浅慮だ。愚鈍だ。弟子や娘というそれ以前の問題で、ろくに実力の差を認識できていないこの世界の人間たちに呆れを覚えた。

 

 遠回しに取り消すように促したのだが、いっそ強引なまでに取り合わなかった。まるでそうだと誰かに信じ込まされてるように。

 

「そしてその尖兵となるのは、あのグズども。まるで誰かが面白がって駒を手で弄んでいるよう」

「十中八九、神エヒトが絡んでいるのでしょうね」

 

 説得の際その場にいた国王やその家臣たちには、神気の気配をわずかに感じた。一種の洗脳がされていたのだろう。

 

 ちなみに、話を始める際すでに先生に聞いた話はネルファに伝えてある。案の定、「あらそう」で終わったが。

 

「加えて、神の使徒と思われる男ですか……」

「認めたくありませんが、アレは強いですわ。いくら雫さんをかばった上に未成熟な私とはいえ、一度殺したんですもの」

 

 

 

(それに、雫さんから聞いた謎の存在の警告……そして奴が戦闘中こぼしていた《強欲の獣》という言葉。どうやら一筋縄ではいかなそうですわ)

 

 

 

「ふむ……」

 

 神の思惑から生徒たちを守り、情報を集めながらあのネルファをも殺した存在に用心する……やることは多いですね。

 

 先生たちについていった雫さんたちのことについては、心配いらないだろう。私は私にできることをしなくては。

 

「まあ、やることは変わりません。全力を尽くし、目的を果たすだけ」

「ええ。全ては……」

「あの人のために」

 

 この戦いの先に、私たちの……何よりお父さんの、平穏があると信じて。

 

 

 ●◯●

 

 

 それからしばらく話して、解散した後。

 

「すっかり遅くなってしまいましたね」

 

 気がつけば時は夕刻、規則的にガラスのはめ込まれた窓から、廊下に夕暮れ色の光が差し込んで濃い影を作る。

 

 今日はこれから、生徒たちと夕食を食べることになっている。久しぶりの教え子たちとの交流に、少し心が踊っていた。

 

『腹ガ減ッタゾ、早ク飯ヲ食イニイコウ』

 

 早速空腹を訴えかけてくるヴェノムにいつも通りに応じようとして──立ち止まった。

 

 

 

「……何かご用ですか?」

 

 

 

 廊下の先、窓がない暗がりの場所にまるで亡霊か何かのごとく美しい姿勢で佇む女にそう問いかける。

 

 修道服からして、聖教教会のシスターか。しかし今まで見た修道女たちとは違う異様な雰囲気に、ヴェノムを使うため身構えた。

 

「はじめまして、畑山愛子。あなたを迎えに来ました」

「あいにく、エスコートは求めていません。一人で食事にくらい行けますよ」

「それは困ります。あなたの行き先は本山なのですから」

 

 一歩前に進み出て、薄い闇から姿を表す修道女。あらわになったその姿に、少しだけ目を細める。

 

 女は、とても美しい容姿をしていた。透き通る銀髪に大きな碧眼、幼くも大人びても見える顔立ち。白磁の肌に、均整のとれた体。

 

 さらに無の表情に至るまで、いっそ精巧な人形と言えるほどに、全てが完璧に整った女。

 

 でも私は、すぐに()()だと思った。あの妹分に比べれば、あまりにも人形じみている。全身から作られた感が満載だ。

 

「主はあなたの存在を危険に感じています。あなたの生徒の方が面白そうだとも。そのため、一度舞台から降りてもらいます」

「あら、人形に登山デートに誘われるのは初めてです」

 

 ゆっくりとこちらに歩み寄っていた女は、ピタリと立ち止まる。そうすると翡翠の瞳でまっすぐこちらを射抜いてきた。

 

 瞬間、瞳が輝く。魅了魔法の気配に即座に拒絶(レジスト)して、女の数センチ前に向かって刃と化したヴェノムを振るう。

 

 

ズパンッ!

 

 

「……これも弾きますか」

「私にその類は効きませんよ。それ以上は近づかないことをお勧めします」

 

 次はその首を落とす。殺意と喜びの入り混じった声音をあげるヴェノムをくゆらせ、女を牽制する。

 

 

 

 

 

「………………一つ、あなたたちの世界の言葉で気になるものがあります」

 

 

 

 

 

 不意に、人形はそんなことを言った。

 

 突然の言葉に一瞬面食らい、すぐに警戒を張り巡らせる。その間にも女は淡々と言葉を続けていた。

 

「目には目を。歯には歯を。実に良い言葉だと思いませんか?」

「……ええ、ですがそれが何か?」

 

 そう聞けば、女は一度口をつぐみ。

 

 

「こういウコトデス」

 

 

 そして次の瞬間、限界まで口角を上げて嗤った。

 

『下ダッ!!』

「っ!!!」

 

 

 ドォッ!!!

 

 

 即座に全身にヴェノムを纏い、その場から飛びのく。すると勢いよく床から鈍色の暴流が飛び出してきた!

 

 着地と同時に追いかけてきた鈍色の物体を衝撃を伝える技で粉砕し、十分な距離をとってから女の方を見る。

 

「オヤ、今ノデ沈ンデクレレバヨカッタモノヲ」

 

 あいも変わらず口が裂けた……いや、体の内側から出てきた何かの口は、不規則に並んだ歯の間から耳障りな声をだす。

 

 

グチュ……グリュ……バキョッ……!

 

 

 おぞましい音を立てて、私たちの目の前で女の全身から染み出すように鈍色の物体が出現し、体を覆っていく。

 

 不定形だったそれはやがて形を成していき、程なくして元の女の面影が全くない巨大な鈍色の怪物へと変貌した。

 

『「貴様ハ……!?」』

『俺ハ、ライオット』

 

 ライオット、ですって!?

 

 その名前は、いつか先生に聞いたことがある。かの世界の殺意、その中で最も《抹消》を自在に操ったという男の……!

 

『サア、来テモラオウカ』

『「断ルッ!」』

 

 両手の爪を大きく広げ、臨戦態勢をとる。すると、ライオットは待っていましたと言わんばかりに裂けた口角をさらに上げた。

 

『ナラバ……ココデ死ネ!』

 

 両手を変形し、勢いよく床に叩きつけるライオット。床を這うようにして剣山が廊下全体に広がり、串刺しにせんと迫ってきた。

 

 そのことごとくを魔法でヴェノムを強化して撃ち払い、ライオットに向けて爆進する。たった数秒で肉薄し、ストレートを放った。

 

 が、避けるでもなく胸で受け止められる。それどころか首に変形した腕を巻きつけられ、床に叩きつけられて盛大に石畳を粉砕した。

 

『「ガッ!!?」』

『オ前ノ拳ナド効カンワ!』

 

 拘束から逃れようと身をよじるが、逆に全身に腕が巻きついて身動きを封じられ、壁に柱にと様々な場所にぶつけられる。

 

 その度に全身に衝撃が走り、ヴェノムに緩和されているはずの痛みが臓腑の間を突き抜けて口から血を吐いた。

 

 おか、しい……魔法が、使えなくなっていく……ヴェノムとの結合も、不安定に……

 

『フンッ!!!』

『「カハッ……」』

 

 もはや抵抗する気も受けたところで腹部に強烈な蹴りをくらい、不様に見るも無残な有様になった床を転がっていく。

 

 ライオットによって砕かれた柱の残骸に当たったところで、限界がきて私たちの意思に関係なく結合が解けた。

 

「けほっ、こほっ、こほっ……」

 

 口内に溜まった血を吐き出して呼吸を確保し、残骸に手をかけて何とか体を起こすと前方に目をやる。

 

 あっさりと私たちをのしたライオットは、まるで見せつけるように堂々とした足取りでこちらに近づいてきていた。

 

 ……ヴェノム、聞こえますか。

 

『……アア。ドウスル、一度撤退スルカ?』

 

 そう、ですね。見たところ廊下に張り巡らされたライオットの一部から発せられる力のせいで、ろくに魔法も使えません。

 

 ここは一度撤退するのが良策でしょう。でも、貴方だけで行って。そして誰かに……先生に、このことを伝えて。

 

『………………ワカッタ。必ズ伝エヨウ』

 

 しぶしぶと行った様子で答えたヴェノムは、私の手を隠れ蓑にして体から出ると、床にあいた穴の中に消えていった。

 

「……お願いね」

『最後ノ祈リハ終ワッタカ?』

「ぐっ……!」

 

 胸倉を掴み上げられ、宙吊りにされる。もはや満身創痍な私は、その巨大な手を握って睨むことしかできなかった。

 

『ナニ、コイツノ命令二従ッテ今スグニ殺シハシナイ。セイゼイ大人シクシテイルンダナ』

 

 いうや否や、ライオットは胸の部分を変形させると、そこから自分の体内に私を取り込み始めた。

 

 ドロドロとヴェノムと似て非なる鈍色の海に沈み、全身から力が抜けていく。まるで眠りに落ちるような中で、私は最後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい、お父さん」

 

 そこでプツリと、私の記憶は途切れた。

 

 

 ●◯●

 

 

 マリスを取り込んだライオットは、その後すぐに女の姿に戻ると空気に解けるように消えていった。

 

 廊下には元の静寂が戻り、いっそ不気味なまでに無音となる。

 

「……もういいぞ」

「プハッ!!!」

 

 が、長くは続かなかった。廊下の先にあった客室のドアが開いて、二人の少年が勢いよく転がり出てきたのだ。

 

 両手をついて荒く息を吐いていた黒いローブの少年は、今一度徹底的に破壊された廊下を見て顔を青ざめさせる。

 

 そんなクラスメイトの様子に、さっきまで彼の口を塞いでいた少年は黒い仮面を外して悔しげに歯噛みした。

 

「先生っ……な、なあ!すぐに誰かに知らせないと!」

「……ああ。メルドさんのところへ行こう」

 

 言葉を交わした少年達は、踵を返して騎士団の建物の方へと走っていく。

 

 

 シュッ!

 

 

 その一方の背中に飛び込んで消えた、黒い塊に気づくことなく。




オーマジオウの変身音はオリジナルです。お気に召さない場合消しますので。
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