「オラァッ!」
まず最初に、猛進してきた紅煉の爪が迫る。
鈍く光るそれは、まともに当たれば紙装甲な俺じゃあ一撃で切り刻まれそうだ。
「フッ!」
魔力を纏わせたステッキを使って外側にいなし、同時に左手にナイフを4本カーネイジで作って脇腹に突き刺す。
が、紅煉は不自然な軌道できりもみ回転して回避すると首めがけて旋風を伴う回し蹴りを放ってきた。
帽子を抑えながら膝を下り、ステッキを三又の鞭に変えて紅煉を打ち据える。しかしこれも両手でガードされた。
「ハッハァ!効かねえなぁ!」
「まだ終わりじゃないぜ?」
発勁で空気を叩く。それは衝撃波となって紅煉を襲い、その動きを止める。
コンマ数秒、しかし暗殺者にはそれで十分。特殊な歩法を使い、懐に潜り込んで──
「私がいることを忘れていないかい?」
「ぐっ!?」
が、失敗。元からそこにいたように割り込んだランダの掌底に突き出したナイフは木っ端微塵に。
すぐさま手を引っ込めたのが功を奏し、一拍遅れて体を襲った真空波から手首チョンパを免れた。
その力に任せて後ろに飛び、着地。けれど瞬きをした目が開いた時には、すでにランダがそこにいた。
「覇ッ!!!」
まずい、そう本能が警告して半身を斜めに向けると、左胸のあった場所を拳が通過していった。
バカァンッ!!!
拳はそのまま地面に向かい、岩盤を粉砕。十数メートルに渡って放射状にヒビが入り、マグマが飛び散った。
「フッ!ハッ!セイッ!」
「チィッ!」
目を剥く暇もなく、ランダの猛攻が始まる。どれもが一撃必殺、一度当たりゃあその時点でゲームオーバーだ。
八割回避、後のどうしても友人である以上、避ける軌道を読まれている部分はステッキでそらす。
ブラックホールフォームの装甲で作ったといえど、亜神のランダの猛攻にステッキは呆気なく歪んでいった。
「くっ、こいつは、少し、やりすぎじゃ、ねえの!?」
「言ったはずだ、君を殺すと!」
叫び、固く握った拳によってステッキがものの見事に粉砕される。
やばいと思った瞬間、目にも留まらぬスピードで姿勢を低くしたランダの手刀が腹部に迫った。
「〝チェンジ〟!」
念の為、最初に飛び出した地点に潜ませておいた魔力の人形と自分の位置を魔法で入れ替える。
変わった視界の先で、人形の背中にランダの手が貫通して爆発四散した。あれにはやられた時、暴発する仕掛けにしといたが……
「まあ、そう上手くはいかないよな」
煙が晴れた時、そこには無傷で佇むランダがいた。効き目は涙が出るほどなし、か。
以前、ランダは俺を相手にしたら秒で刻まれる、なんて言ってた。けどそいつは無防備ならの話だ。
あいつが本気の時は、どんな攻撃も効かない。常に意識のうちにある限り、どれだけ殺そうが決して死にはしない。
つまり、ほぼゼロの確率だが意識外からの攻撃か……あるいは、全てを消す〝抹消〟でもないと、ランダは絶対に倒せない。
「………………」
ちらりと、自分の掌を見る。
そこには普段は魔法で隠している、〝抹消〟の刻印が黒々と浮かんでいる。今も俺を蝕む力が、そこに。
……たとえ敵になったとしても、これだけは絶対に使いたくはない。この力を使うのは、悪辣な悪にだけだ。
「……使わないんだね」
「おっと、視線でバレたか?」
「いいや、見なくてもわかるよ……だって君は、〝彼〟なんだから」
「……?」
さっきから、こいつの言葉の意味がわからない。意味を考えようとすると、頭の中に靄がかかったみたいになる。
でもその辛そうに伏せる目から、きっといい事じゃないんだろう。そもそもこの状況がワーストオブワーストなんだが。
「っかー、見つめあって気持ち悪ぃ。てめぇ何やってんだ?」
「紅煉」
その傍に、初撃以降完全に徹していた紅煉が舞い降りる。
「キレてるねぇ。そんなにてめぇがあいつを殺りてえってか?」
「……黙れ。君の声は虫唾が走る」
「そいつぁ失礼。だがこいつはエヒトからの命令だ、俺も一つ手助けしてやらぁ」
「勝手にしたらいい」
無常の顔ながらも、不機嫌そうな声音で言うランダに紅煉は裂けた口をさらに歪めた。口裂け女ならぬ口裂け獅子ってとこか?
紅煉が、パチンと指を鳴らす。すると近くの暗がりから、先ほど襲撃してきた黒い獣がわんさか出てきた。
「いきなりどっから出てきたかと思えば、そいつらお前のペットか」
「おう、〝黒炎〟ってえんだ……さあ、殺っちまいな」
「「「ガァアアアァア!」」」
紅煉の命令を聞き、一斉に殺到してくる黒い獣改め、黒炎。さらにランダも殺気を鋭くして走り出した。
「おいおい、毎回迷宮は俺だけハードモードだな!」
生存率ルナティックじゃんと思いつつ、アクノロギアのナイフとカーネイジで作ったナイフを両手に携えた。
最初に飛んできた三体の黒炎を、まとめて伸びるカーネイジナイフで両断する。すると、その切断面から光が見えた。
ピュン!
それは後ろにいた黒炎のバイザーから。甲高い音を立て、赤いレーザーが胸めがけて飛んでくる。
瞬時に異空間からコブラボトルが装填済みのトランスチームガンを装備、ビームに向けて引き金を引く。
《STEAM BREAK! COBRA!》
紫色のエネルギー蛇はビームを相殺し、黒鉛のバイザーを脳みそごと食いちぎって爆散した。
爆死した仲間を踏み潰し、黒炎はなおも群がってくる。どうやら仲間意識なんてのナッシングみたいだ。
「チッ、この数じゃあチマチマやってもジリ貧か!」
トランスチームガンとカーネイジナイフを放り投げる。そして胸の前で腕を組み、力を溜めた。
「「「ガァアアアァアァアアア!!!」」」
そして、全ての黒炎が射程に入った瞬間──全方位に向けて、体内からカーネイジを放出した。
先端の尖った矢尻のごときカーネイジの破片は、黒炎をまとめて屠っていく。結果、一回で半分以上を落とせた。
「セーフ、なんてな」
「本当にそう思うかい?」
「まさかまさか!」
落ちる黒炎らの隙間を縫うようにして、傍に現れたランダの掌底をルインエボルバーで受け止める。
絶対不壊の概念をかけられた女神の剣は、ステッキと違い確かに拳を受け止めた。至近距離で睨み合う俺たち。
「ちょうどいい、なんで神の使徒なんぞになったのか聞こうか?」
「それを聞く前に、君は死ぬよ。私に殺されてね」
「へえ、ならやってみてくれよ!」
ルインエボルバーの切っ先を足でかち上げる。頸動脈を狙い突きを繰り出すが、剣の腹を肘で弾かれた。
手の中から飛んでいくルインエボルバー、残るのは痺れる右手。構わずランダの回し蹴りが迫る。
足のブーツに魔力を回して超硬化させ、ハイキックを繰り出して打ち払った。でも、一度で諦めるランダじゃない。
「シィィイー一!」
ドンッ!
一回転して地に着いた右足が踏み込まれる。その衝撃でまた地面が大きく陥没し、部屋全体が揺れた。
震脚の如き踏み込みから繋がるのは、怒涛の拳の乱舞。超速で繰り出されるそれは、まるで壁だ。
瞬間移動で近づいてくるランダに同じ瞬間移動で逃げつつ、手首から力を抜いて、流水のような動きでそれを捌いていく。
ゴッ! ガッ! ドゴァッ!
「セァッ!」
「っ……!」
でも残念なことに、いくら前世と同じ鍛え方にネビュラガスの力があれど、俺の紙耐久じゃいつまでもは持たない。
なんとか自己再生で耐えてるものの、この数秒の攻防だけで6回くらい肘から先が粉砕骨折してる。
反撃なんてできやしない。蹴りを出る前に払うのがせいぜい、つか黒炎の殲滅に使う百鬼夜行の制御でそれどころじゃねえし!
「「キャハハハ!
黒炎たちを狩るのは双子姉妹。小さな身に釣り合わない巨大な包丁でどんどんバラバラにしていく。
ほとんどの黒炎がそれで止められるが、いかんせん数が違いすぎるので何体かはこっちに抜けてきた。
「「「 ガァアアアァア!」」」
「邪魔だ!」
カーネイジを鎌にして靴裏に装備し、バレリーナのように一回転する。
それは黒炎の放つ電撃をそらし、ついでにランダの肩口に振り下ろした。が、あっさりと素手で掴まれる。
「捕まえたよ」
「そいつはどうかな?」
「……なに?」
掴まれていた鎌が、グニャリと軟化する。次の瞬間、針の筵となってランダの手を貫いた。
「ぐ……!」
「捕まえたぜ?」
体の向きを変えて取り付き、首に両足を絡めて異空間から出した鋼糸で両腕を動かない形に縛る。
「吹き飛びな!」
鋼糸を握る手を大きく振り、全身運動でランダを遥か遠くに投げ飛ばす!
「擬似ブラックホールフィニッシュ、なんつって……ま、どうせ効かないんだろうがな」
着地して、足先に発生させた小型のブラックホールを消滅させてからランダを投げ飛ばした方を見る。
ゴゴゴゴ……
瓦礫とマグマ、そしてそのマグマから吹き出る蒸気で、よく見えない。一体あいつはどうなって──
──ゾッ。
「っ!」
突如、背中に悪寒。
ほぼ反射的に体を捩った瞬間、ズドン! と衝撃が走った。
「がっ!?」
「残念。もう少しで心臓を潰せたのに」
聞き覚えのある声に、自分の胸を見る。すると、血の滴り落ちる美しい手が剥き出しの肺を握りしめていた。
「ぐ、う、らぁっ!」
「っと」
アクノロギアのナイフを振るうと、ランダはきっちり俺の片肺を潰してから一瞬で姿を消した。
そしてすぐ目の前に空気から滲み出すように現れて、腰の後ろで手を組んで膝をついた俺を見下ろす。
「はぁっ、はぁっ……」
「どうだい? 私の毒は」
「ケッ、相変わらず、厄介だ、な……」
まずい。欠損した肺と傷は治ったが、さっき爪先から毒を盛られた。全身を内側から蝕まれてるみたいだ。
治癒魔法は効かない。こいつのは全ての毒の中で最上位のもの、それこそ
……わからなかった。並大抵の気配遮断なんてすぐに看破できるが、さっきのは本当に存在が消えたみたいだった。
「〝希釈〟。周囲の空間にある魔力に自分の魔力を浸透させることで存在を薄めさせる……私が使徒になった時、手に入れた力だよ」
「おいおい、教えちまっていいのか?」
「いいさ。どうせ君は、ここで殺すから」
二度敵対する必要が、ないように。長く友人であったためか、言葉の裏に言外の意図を感じた。
戦いを望んでるわけじゃない、か。なら何故……と言いたいところだが、そんなことを聞いて答えるほどこいつはバカじゃない。
「それじゃあ、終わりだ」
血濡れた手が、振り上げられる。それは俺の首を狙う角度で、一撃で刈り取ろうとしているのがわかった。
「何も知らぬまま……安らかに死ぬといい」
その言葉とともに、ランダは手を振り下ろした。
「そいつは困ったな……まだショーは終わってないってのに」
パチン。
バギャッ!!
「……なんだと?」
「おや、どうかしたか?」
顔を上げ、凄まじい音を立てて滅茶苦茶に折れ曲がった自分の手に眉をひそめるランダに笑いかける。
ランダがこちらを見て何かを言おうとした瞬間、地面を突き破って腐りかけの腕が咲き乱れ、足を掴んで動きを封じた。
「これは……!」
「さあ、ショータイムといこうか」
パチン、と再び指を鳴らす。
今度はもう片方の手が膨れ上がり、内側から破裂した。これにはランダも苦悶の声を漏らす。
動きを止めた一瞬をついて、トランスチームガンを乱射。ランダは残った腕で弾をはじき返し、腕を引きちぎって飛び退いた。
「おっと、降りる場所には気をつけたほうがいいぜ?」
ランダが着地したその時、重さを感じたマグマ爆弾が起動して地面ごと吹っ飛ばす。よろけてたたらを踏むランダ。
だが、そこにも爆弾はある。呪いのこもった俺の血が内蔵された散弾が、ランダの白い肌を切り裂いた。
「くっ!」
「ほら、まだまだ行くぞ」
両手で指を鳴らして、爆弾を危惧したランダが跳躍した空中に置いた重力の渦が落下。地面に叩きつけた。
接触の瞬間に、腕を挟んで直撃を避けたランダ。が、落ちた地面が陥没したのと同時に極太の極光が天井に向けて吹き出した。
「ぐぁ……!?」
「巻き巻きしましょうねー」
立とうとするランダを、鎖、鋼糸、魔物の皮を数種類合成して作った帯、計十個ほどの拘束具で動きを封じる。
膝をあげて、重力球を支えるランダ歩み寄った。俺が見下ろし、ランダが見上げる。先程と反対だ。
「俺の手品はお気に召したかな?」
「……嫌という程、ね」
「いやー悪いね、この場所どこもかしこも罠だらけなんだわ。具体的にはあと20個くらい」
話しながらも、拘束具や未だ見せぬ罠の制御は怠らない。油断すれば一瞬で脱出される。
「流石、だよ。戦いながら、ずっと準備、していたのか」
「俺の十八番は卑怯不意打ちだまし討ち、ってね」
「その様子だと、毒も、効いてないみたい、だね」
「この世界に来てから、もうちっと毒に詳しくなったんだよ」
エボルト様々だ。あいつのおかげで獲得した技能で、ランダの毒の効果も話してる間に消すことができた。
最初は動揺してたが、それで戦闘中にいつもの冷静なパフォーマンスができないかと言われたら否だ。
「……私とした、ことが、少し、手を抜きすぎた、かな。情け、なんて、一番ひどい、のに」
「あーっはっはっは!してやられたなぁランダ!」
笑う声に、そちらを見る。
ずっと観戦に徹していた紅煉は、大口を開けて爆笑していた。いかにもおかしいといった感じだねぇ。
「うるさい」
「まあ、手ェ抜いたおめぇのせいだ。だがいーい見世物だったぜぇ?」
「おろ、見てるだけか?」
わかりやっすい挑発的に言う。すると紅煉は、もともと笑っていた口をさらに笑わせた。
「いいぜ、ちょうど気分が高まってきたとこだ」
「こちとらさっさとあいつらのとこ帰りたいんでね、早くしてくれると助かる」
「ハッハァ! 言うじゃねえか!」
一気に接近し、最初と同じように腕を振るう。俺もまた、アクノロギアのナイフでその鋭い爪を受けた。
そのまま、互いに獲物を押し込み合う。ランダとほぼ同等のパワー、カーネイジのパワーアシストがあってようやく同等か。
「俺のパワーに耐えるとは、やるじゃぁねえか!」
「鍛えてるんでね。退屈はさせないぜ?」
「面白え! 魂の方もさぞ喰い甲斐が──」
そこで、紅煉が言葉を止めた。
表情を狂笑で染めたまま、俺の顔を見下ろして赤い眼を見開いている。
「おいおい、いきなりだんまりとは感心しないな」
「……く、クククク、アーッハッハッハッハッハッハッハッ!」
また、笑い出した。それどころか爪を引き、自分の目元を追おうと天井を仰いで笑い声をあげる。
あまりにおかしいのか、笑いながら数歩分後ろによろけた。流石にこれには困惑しながらも、ナイフを構えて警戒する。
「何がそんなにおかしいってんだ?」
「何が? まさかテメェ、自分で気づいてねえのか? くっはははははは! こいつは傑作だぜぇ!」
「……気づいてない?」
俺が一体何に気づいていないというんだ?
ドクン、ドクン、ドクン…………
そう思いながらも、何故か鼓動が早まり始めた。これ以上、こいつの言葉を聞いてはいけない気がする。
なのに、目を離せない。どうしてか今すぐ耳を塞いでしまいたいのに、笑い狂う紅煉声が意識を捉えて離さない。
「まあいい、気づいてねえなら俺が教えてやる」
「紅煉ッ!」
ランダが叫ぶ。けれど紅煉は気にした様子もなく、その声を無視して顔を近づけてきた。
その時、ふとランダの言葉が脳裏によぎった。目覚めた力、本当の君、何も知らないまま──
──まさか。いや、そんなはずはないと、無意識にその浮かんだ記憶を、可能性を消す。
「一体何を教えるって──」
「お前は、人間じゃねえ」
………………………………………………は?
ああ、けれど。その予感は、悪くも当たってしまうのだ。
「何を、言っ、て…………」
カランと、ナイフが手からこぼれ落ちる音が、やけに明瞭に聞こえた。俺は呆けて、紅煉を見る。
「お前は色んな
こいつは、今、なんて言った。
俺が、人形?
誰かに作られた、ただの人形って、言ったのか?
そんなはず、ない。俺は、あの女神様に転生させられた、かつて世界の殺意と呼ばれた──
「ガッ!?」
頭が、割れるように痛い。自重を支える感覚が一瞬遠のいて、よろけてなんとか踏みとどまる。
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
なんだこれは、まるで、頭の中にあった、何かを塞きとめるものが壊れたみたいな……!
『救えるのなら、苦しむ人々全てを助けられないのかと……!』
「……え?」
誰かの声が、頭の中に響いた。
視界が一瞬、荒野に染まる。そこで一人、鉄を打つ男が……
これ、は、まるで、誰かの記憶が、流れ込んで──
『僕を、消さないで』
『俺は俺のやり方で、葛城拓海を超える!』
「あ、あ、ああ、ああああ」
溢れて、溢れて、溢れ出して。
そしてそれを
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!」
コワレタ。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回から火曜日、木曜日、日曜日の昼か夜の12時に投稿するようにします。
……さすがにこの回反応ないと心折れる。