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「シュー!」
ようやく無事が確認できた恋人に、雫が真っ先に反応して身を乗り出した。
「待て、何かがおかしい」
「え?」
それを制したのはハジメ。半ば蕩けた左腕を飛び出そうとした雫の前に差し込んで、進行を阻む。
まるで敵を見るときと同じように、鋭い隻眼でシュウジを睨みつけるハジメを見て、雫はもう一度様子を見た。
「………………」
シュウジは、無言で穴の出口に佇んでいる。両腕は垂れ下がり、帽子と前髪に隠れて目は見えない。
纏う雰囲気は異常なほどに静かで……まるで、無機質な
「シュー……?」
「………………ぁ」
雫の呟くような呼び声に、シュウジがピクリと、体を揺らした。
そして、それまでうつむかせていた顔を上げて──ようやく露わになった目に、ハジメたちは息を呑む。
「あいつ、目が……っ!?」
「何、あれ……!?」
シュウジの瞳には、無数の亀裂が入っていた。そこにステンドグラスのごとく、様々な色が同居している。
錆色、金色、赤色、黒、白、灰色……不気味に、されど鮮烈に輝く七色の目を歪めて、シュウジはハジメたちに手を伸ばした。
「し…………ズく……………………ハじ……メ………………」
「……っ!」
「シュー!」
「ダメだ!今彼に近づいてはいけない!」
あまりに悲痛な声に、一瞬体の痛みを忘れたハジメと、無意識に刀を取り落とした雫が一歩踏み出した。
思わずといった様子の少年と少女に、それまでずっとシュウジから目線を離さなかったランダが叫んだ──その時。
「がっ!?」
先ほどより強く、シュウジが激しく体を震わせた。一歩後ろに後退し、その場で崩れ落ちて膝をつく。
そうすると伸ばしていた手と、もう一方の手で頭を抱えた。頭が痛むのか、低く唸り声を漏らし始める。
「シュー!?どうしたの、シュー!」
「おい、お前ら!シュウジに何をしたッ!」
金切り声をあげる雫に、ハジメが怒りと殺意が混ざった目をランダたちに向ける。
その疑問にランダが答える前に──シュウジが、決壊した。
「あ、あああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
カッ!!!
天に向けて吼えた瞬間、シュウジの額が光り輝く。そこから青白い雷光が発生し、洞窟中に解き放たれた。
それは絶大な力を持って壁にや天井に大きな穴を開け、本来それ以上の力を持つマグマをも焼き焦がしていく。
「くっ!一体なんだというのだ!」
「チッ、また……!」
「こいつは敵わねえ!」
全てを破壊せんと駆け巡る雷光にフリードは白竜に命じて旋回し、獣たちは岩から飛び退って避ける。
無論、ハジメたちも例外ではない。雷光の一筋が結界維持装置に当たって破壊し、広場の上に遠慮なく降り注いだ。
「これっ、私の雷龍以上の……!」
「ぬう……!?」
ユエが〝リヒト〟を、ティオが風の壁を作るもまったく効果はない。全力で魔力を使い、何度も結界を張り直す。
「きゃぁああぁあ!」
「シア!」
特大の雷光が眼前に落ち、広場から吹き飛びかけたシアの足をウサギが掴んで引き戻す。あと少し遅かったら死んでいただろう。
「あ…………」
「雫っ!」
ショックで動けない雫の前に雷光の一本が迫り、ルイネが瞬間移動して前に立った。そしてその身を呈して庇う。
背中に直撃した雷光は、マントを一瞬で焼き焦がし、ブラッドの装甲などお構い無しにルイネの全身を痛めつけた。
「ぐぁあああぁあああああっ!!???」
悲鳴をあげるルイネ。やがて雷光が消え、限界を超えたダメージが蓄積されたため自動的に変身が解除される。
装甲が粒子化し、全身にやけどを負ったルイネは倒れた。そこでやっと我を取り戻して、雫が受け止める。
「かはっ……まさか、私ですら耐えられないほどの、力……げぼっ……!」
「ルイネさん!」
悲鳴に近い声をあげる雫は、なるべく傷を刺激しないようにルイネを寝かせる。
「ルイネさん!しっかりして!」
「こふっ……無事か…………雫殿…………」
「ごめんなさいっ、私が、私がしっかりしてないから!」
「いいさ…………同じ人を愛する仲だ…………守るのは……とう……ぜん…………………………」
「……ルイネ、さん? ルイネさん、ルイネさんっ!」
そこで、ルイネの意識は途切れた。雫は目を見開いて何度も呼びかけるが、ルイネが意識を取り戻す気配はない。
その様を見て、必死にローリングして雷光をかわしていたハジメは盛大に舌打ちすると、シュウジの方を振り向く。
「ちくしょう、なにがどうなってんだよ、シュウジぃ!」
「あぁああああああああああぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」
ハジメの疑問に、シュウジは答えない。ただ絶叫して、雷光を敵味方問わず無差別に放つだけだ。
「紅煉、ここは一旦引くよ!」
「そいつぁ良い案だ!」
「あっ、おい、待ちやがれ!」
地獄といって差し支えない状況の中、元凶と思しきランダと紅煉は虚空に開いた歪みのようなものに飛び込んでいった。
ハジメがドンナーを撃つが、コンマ数秒の差で歪みは閉じてしまった。そのまま飛ぶ弾丸は雷光に当たって消し炭になる。
もう一度大きく舌打ちをしたハジメはドンナーをホルスターに叩きつけるように入れ、なんとか雫たちに近づく。
「ルイネさん!ルイネさん!」
「八重樫、どけ!」
縋り付くように泣き腫らす雫を押しのけて、ルイネの頭を傾けて残り少ない神水を飲ませる。
さすがは龍人と言うべきか、気絶してなおルイネはしっかりと薬を飲んだ。すぐに効果が発揮され、みるみるうちに傷が癒える。
「これでなんとか大丈夫なはずだ」
「よ、よかった……」
「ええい、鬱陶しい!」
二人がホッとしたのも束の間、いまいましげなフリードの声が響く。
上空を見ると、必死に雷光から逃げていたフリードがシュウジを睨み下ろして殺気を発していた。
「何やら様子がおかしいようだが、ここで最重要人物の一人を始末するチャンス!やれ!」
オオォオン!
フリードの命令に従い、白竜が雷光を避けながら口元にエネルギーを貯め始めた。あの極光を吐くつもりだ。
不味いとハジメがシュウジの方に重力盤で向かおうとするが、宝物庫から取り出した瞬間タイミング悪く雷光が直撃した。
「ぐわっ!?」
「南雲くん!」
「平気だ!」
叫びかえしながら、何もできない自分を恨めしく思うハジメ。上空を飛び回るフリードに視線を戻し、突破口がないか探る。
しかし、ハジメが何かを思いつく前に白竜の準備が終わった。白竜はシュウジに急接近し、極光を解き放とうとする。
「消えるがいい!」
いよいよ、白竜の顎門からシュウジに向けて極光が吐き出され……
ズガンッ!!!
しかし、寸前でそれを止めたのはシュウジの後ろ腰から生えてきた、紫色の百足のような触手だった。
触手は白竜の頭に絡みつき、脈動しながら先ほどのハジメがそうしたように極光を瞬く間に喰らい尽くしてしまう。
「何ィ!?」
「あああああぁあぁああああああああああああああああぁっ!!!」
ネルファの赫子にも似たそれは、シュウジの叫びに呼応するように白竜の頭を掴んで地面に叩きつけた。
尋常でない力を持つ百足触手は何度も何度も白竜とフリードをそこら中に叩きつけると、遥か遠くに投げ飛ばした。
「ぐわぁあああああああ!」
オォオオオン!?
悲鳴を木霊させながら飛んでいったフリードたちは、遠くの壁にぶつかる粉砕音を最後に沈黙したのだった。
「何がしたかったんだあいつ……って、今はそれどころじゃねえ!おいシュウジ!やめろ!」
「シュー!私たちがわからないの!?」
「シュウジ!」
「シュウジさん!」
皆で呼びかけるが、シュウジは叫ぶのみ。タガが外れたように雷光を降らせ、さらに触手までも癇癪を起こしたように暴れさせた。
既にフリードとの戦闘で相当なダメージを受けているハジメたちは、シュウジの謎の力に防御体制を取るしかない。
オォオオオオオオオ……
唯一無傷のフィーラーも、暴走しているとはいえ主人に手を出すこともできず、溶岩の中で悲しげに鳴くだけだった。
「……っ! ハジメ、まずい!」
シュウジの暴走を耐えることしばらく、不意にあることに気づいてウサギが叫ぶ。
「どうしたウサギ!」
「今の雷光で、要石が!」
要石と聞いて、まさかとハジメは顔を強張らせた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!! ゴバッ!!! ズドォン!!
突如として、マグマの海が荒れ始めた。嵐の海のようにそこら中に大波が立ち、マグマの柱が吹き上がる。
このグリューエン大火山のマグマは、解放者の設置した要石で流れを操っていた。それが雷光の一つで壊れたのだ。
体内にムーンセルという超エネルギー機関を抱えるウサギは、いち早くマグマエネルギーの変動に気がついた。
「南雲くん、このままじゃマグマの海に沈むことになるわよ!」
「わかってる!ちくしょう、絶体絶命か!」
最悪フィーラーの口の中に入れば助かるが、あそこで暴走しているシュウジを置いていくわけにもいかない。
こんなとき頼りになるルイネは倒れ、ユエとティオの魔力もゴリゴリと削れていく中、ハジメはこれまでにないほど焦った。
「おのれ、この私にここまでの屈辱を味あわせるとは!」
危険極まっている状況の中、三度フリードと白竜が現れた。色々と勘弁してほしいと思いながら、ハジメたちは見上げる。
「南雲ハジメ、そしてその仲間たち!今日のところは撤退させてもらう!もしこの地獄から生き延びられれば、再び相見えることもあるだろう!」
そう言うと、フリードは首に下げたペンダントを天井に掲げた。すると天井に亀裂が走り、左右に開き始める。
数秒ほどして頂上までいくつかの扉が開いて、攻略の証を用いたショートカットが開通した。
フリードは最後にもう一度、ハジメ達を睥睨すると、踵を返して白竜と共に天井の通路へと消えていった。
「言いたいことだけ言って帰りやがったな、フリードのやつ……」
「あぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁあああぁあああぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!!!!」
ブォオン!
「くっ!」
突然降ってきた触手を避け、ハジメは一旦フリードのことを忘れて現状の打開に思考を戻そうとする。
ヴヴゥゥウゥゥ…………
そんな時だった。後方から、奇妙な音が聞こえてきたのは。
「……なんだ?」
「これ、どこかで……」
ハジメが、他のメンバーもその音に後ろを振り返る。そこにはここに入ってくる時に使った縦穴がある。
全員が注視する中、縦穴の中からと思しき音は大きくなっていき……やがて、上方から一筋の光がマグマに落ちた。
「今度はどんな厄介ごとだ!?これ以上は無理だぞ!」
「南雲くん、私の後ろに!」
かなり限界がきているハジメの前に刀を拾った雫が立ち、構えをとって謎の光に混乱した心を尖らせる。
ヴゥヴヴヴヴヴ!
どんどん音と光は強くなっていき、ついに〝それ〟は縦穴を下りきり──ハジメたちの前に、姿を現した。
「…………はっ?」
「…………え?」
その時のハジメたちのリアクションは、唖然と言うしかないだろう。ぽかんと口をあけ、〝それ〟を凝視する。
「ね、ねえ、南雲くん、私の見間違いじゃなければ、あれ、あれって」
狼狽して肩を揺する雫に、ハジメは止まりかけていた息を吸って、それから叫んだ。
「バイク、だとッ!?」
そう。
豪快にエンジン音を立てて、溶岩の上をこちらに向けて突っ走ってくるのは──バイクだった。
「ええぇぇえっ!?ちょ、なんですかあれぇ!?」
「バイクが、マグマの上を走ってる……!?」
「ユエ!冗談言っとらんでちゃんと結界を張ってくれ!シュウジ殿の雷光が強まってきた!」
「冗談、じゃない!見て!」
「うごっ!?ちょ、ウサギ、いきなり首捻るのはってなんじゃあれはっ!?」
あまりにも意外すぎる登場物に騒いでいるうちに、バイクは岩を使ってドリフト。足場に向けて跳躍した。
そのままドスン!と音を立てながら着地して、尚も勢いはとどまることを知らず、数周してから停止する。
「ふぅ……老いぼれには、火山でのツーリングは堪えるな」
呆然とするハジメたちの目の前で、バイクの上にいた男がそうひとりごちる。
「よっこらせ、と」
ハンドルを回転させてエンジンを切ると、スタンドを立ててバイクを停め、座席から降りた。
そして振り返る。そうすると順に帽子の下に光る鋭い赤眼でハジメたちの顔を見て、最後に叫ぶシュウジに目線を向ける。
「あぁあああああああああああああああぁぁああああああっ!」
「…………やはり、こうなったか」
暴走するシュウジに、男は呟く。そこには深い後悔と、やるせなさが込もっていた。
「待ってろ。今、楽にしてやる」
男がそういった瞬間、全員の視界の中で彼の姿がぶれた。それが収まった時、男の手には銃が一丁。
漆黒のボディに紫色のラインがあしらわれ、銃身の下部に赤い片刃の刃が装着されたそれは、デザートイーグルに酷似した拳銃。
最強の銃の名を冠するそれを叫ぶシュウジに向け、ガチャリとハンマーを下ろす。そして帽子を片手で抑え……
「……許せ、友よ」
漆黒の拳銃より、紫がかった赤い閃光が飛び出す。
それは真っ直ぐシュウジに向かって飛んでいき──心臓を貫いた。
「ああぁぁあああああああああ、ぁあ…………」
その瞬間、雷光が消える。次いで百足触手も空気に解けていき、シュウジはふらりと後ろ向きに倒れた。
また、男の姿がぶれる。先ほどの焼き直しのように男が現れた時には、シュウジを腕の中に抱えている。
「よし、なんとか沈静化できたか」
「「「シュウジッ!」」」
「シュー!」
「シュウジさん!」
「シュウジ殿!」
「おっとと」
そっと広場に下すと、ハジメたちはハッと我に返ってシュウジに駆け寄った。その勢いに後ずさる男。
魔法のエキスパートであるユエとティオが魔力の流れを確認し、知識を持たないシアとウサギはそれを見てハラハラとする。
ハジメと雫は穴が開いたシャツをあげ、真っ先に撃たれた箇所を確かめると……そこには小さな赤い装置が付いていた。
「なんだこれ、アーティファクトか?」
「安心しな。殺しちゃいねえよ」
男の言葉に、目線も鋭く顔を上げる二人。そんな彼らに見せつけるように、男は銃から弾を抜く。
「〝封力弾〟。こいつはどんな力でも一定時間抑えることができる。主に鎮圧用だ」
ピン、と弾かれ宙を舞う弾丸は、確かに先端が丸まっていた。まるでハジメがいつも使うゴム弾のようだ。
「んだよ、驚かせやがって……」
「良かった……!」
どっと安堵が押し寄せて、ハジメはその場に座り込んだ。雫は涙を流して、眠るシュウジに抱きつく。
そこでようやく、魔法使い組の方も安全を確認できた。シュウジの腕をそっと起き、二人はハジメに報告する。
「……ん、魔力の流れも正常。ちゃんと生きてる」
「これならば、平気じゃろう。全くなんだったのじゃ……」
「そうか…………で、だ」
緩みかけた気を引き締め直し、ハジメは男を見上げる。その目は鋭く細められ、男を警戒しているのは一目瞭然だ。
「あんた、いったい何者だ。どうしてここにきた?目的は神代魔法か?あのバイクと銃は?なんでこいつを助けてくれた?」
「待て待て、そんな矢継ぎ早に質問するな。若いお前らと違ってこちとらジジイなんだ、ゆっくりじゃないと答えられんこともある」
詰問を手で制する男。口調は穏やかながら、身に纏うえもいわれぬ雰囲気にハジメは口をつぐむ。
それを見て男は満足そうにニヒルな笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りでバイクに近づいて軽く腰かけた。
「さて。色々と質問があるだろうが……まずは、ここを脱出する方法について話し合いでもしようか?」
さて、男の正体は。