アンカジ公国、監視塔。そこは今騒然となっていた。
「急げ!もうすぐ着くぞ!」
隊長兼監視塔の責任者である男が、槍や魔法の触媒の準備を部下に急がせる。その顔は焦燥に駆られていた。
今から十分前、このアンカジに未知の魔物が接近していることがわかった。それは空を飛び、高速で近づいてきている。
それに気づいた監視塔はすぐさま警戒態勢を敷き、その魔物との戦闘、撃退に備えようと駆け回っているのである。
「隊長!もう既に目視できる距離まで接近しています!」
「チィ!」
隣の部下から遠眼鏡をひったくり、前方の蜃気楼、その向こうに揺らめく小さな黒い点を覗き込んだ。
それは、
今病で混乱中のこの国に、魔物の……それも伝説のドラゴンの襲撃などあってはたまったものではない。
「くっ、なぜこんな時に!」
「た、隊長!」
「今度はどうした!もう一匹ドラゴンでも出たか!?」
「いえ、黒竜が旋回……入場門の方へ回りました!」
「なにぃ!」
部下の報告に慌てて遠眼鏡を構え直す隊長。すると言ったとおり、黒竜は進路を変えて入場門の方へ向かった。
まるで知性があるような動きに困惑しつつも、隊長はすぐに部下へ新たな命令を伝え、伝達させる。
2分後には全ての兵士が入場門の前に集まり、黒竜の襲来を待ち構えていた。流石に優秀だ。
「来たぞ……!」
いよいよ、あと数十メートルのところまで黒竜が迫ってきた。隊長……否、その場にいる全員の額に一筋の汗が流れる。
兵士たちの視線が真っ直ぐに見据える黒竜は、いよいよ入場門に近づいてきて……しかし、途中で降下を始めた。
ズドォオオオオン!
そのまま少し離れた場所に墜落し、地響きを起こして兵士たちは危うく転げかけてなんとか踏みとどまる。
黒竜の落ちた場所にはもうもうと土煙が立ち込め、姿が見えない。隊長は兵士たちに目配せし、隊列を組んで黒竜に近づいていく。
城壁から弩や魔法部隊も構える中、槍や剣を構えながら徐々に進行していき……ついに土煙の目前まで来た。
「はぁ、はぁ……」
やがて風にさらわれ、砂埃が消えた時……そこにいたのは黒竜ではなく、何やら疲弊した様子の黒髪金眼の美女。
おまけに、背中に怪我人と思しき誰かを背負っている。先ほど以上の困惑が、兵士たちの間に広がった。
「すみません、ちょっと通してください!」
互いの顔を見合わせる兵士たちの間をくぐり抜け、一人の少女が美女の前までやってくる。香織だ。
「ティオ! 平気!?」
「おお、香織か。案外、の」
兵士が怪我をした時のために呼ばれていた香織は、全身傷だらけの美女……ティオに走り寄って検診をする。
確認してみたところ、どうやら魔力の激しい損耗と外傷のみのようだ。ひとまずホッとし、魔法で治療を開始した。
しかし、回復魔法の光が降り注ぐ香織の手を取ってティオは首を横に降る。不思議そうに首をかしげる香織。
「ティオ?一体どうしたの?」
「妾は良い、じき回復する。それよりもこやつを、一刻も早く治してくれ」
言いながら、ティオが背負っている人物に目線を促す。
香織は言われた通りにそちらを見て……彼女が背負っていた人物が誰か認識して目を見開いた。
「ルイネさん!?」
彼女の背でぐったりとしていたのは、ルイネだった。目は固く閉ざされ、くすんだ赤髪が、軽く火傷を負った頬に張り付いている。
明らかに重症、これまで一度も見たことのない弱った姿に驚くも、香織は連れてきた医療班に叫ぶように指示を出す。
「誰か、担架を!重傷人です!」
「は、はい!」
香織の切羽詰まった声に、医療班は慌てて念のため幾つか持ってきた担架を組み立てて持っていった。
医療班も手伝い、刺激しないよう全員でルイネを担架に寝かせる。すぐに運び出そうとした、その時。
「ゲコッ、ゲコッ」
「ぬわっ!」
「な、なんだこのカエルは!?」
「ぐおおっ?」
兵士たちの兜を足場にぴょんぴょんと飛び、カエルが現れた。
「ゲコッ、ゲコッ」
カエルは担架の周りを飛び回って、ルイネに呼びかける。しかし目を覚まさない。
高い知能を持つカエルは危険と判断し、舌を伸ばすと担架ごとルイネを飲み込んでしまった。ひっ、と誰かが息を飲む。
「カエル、手伝ってくれるの?」
「ゲコッ!」
「ありがとう。それじゃあ、医療院までお願い。そこに美空がいるから」
「ゲコッ、ゲコッ!」
任せろ、とでも言うように鳴いたカエルは踵を返し、医療班の方へ飛んで行った。それを医療班が追いかけていく。
残ったのは立て続けに奇妙なものを見て困惑する兵士たちと、ホッとするティオ、そんな彼女に手を差し伸べる香織。
「ほら、捕まって」
「かたじけない。妾としたことが、もうすっからかんじゃ」
「仕方ないよ。でも、どうしてルイネさんがあんなことに?火山が噴火するし、それにハジメくん達は……」
「後で全て説明する。それより、今はこの状況をなんとかしてくれると助かるのじゃが」
未だに警戒する様子の兵士たちに、苦笑気味にティオはそう言う。流石に今は興奮するような状況ではない。
香織は兵士たちに危険がないことを伝え、武装状態の解除を頼んだ。香織の頼みなら、と武器を下ろす兵士たち。
「ありがとうございます……さあ、行こうティオ」
「うむ」
監視塔に戻っていく兵士たちを見送り、二人は程なくして駆けつけてきた領主やビィズとともに場所を移す。
領主館まで移動し、そこにある一室に通されたティオは、香織の治療を受けながらしばらくその場で待った。
「悪い、遅れたわ。ちょっと患者のケツにネギ刺してネギ畑作ってた」
「こら、そう言う冗談言わない……いや、本当にやってたけど」
やがて、伝令の兵士から知らせを受けた美空とエボルトがやってくる。
「お疲れ様、美空、エボルト。ルイネさんの様子は?」
「……なんとか持ち直したよ。でも、油断はできない」
そう、と声を暗くする香織。美空は神妙な顔をして頷く。
あれからカエルの手……舌?で医療院に運び込まれたルイネは、すぐに美空とエボルトの治療を受けた。
幸い、先んじてハジメが神水を飲ませておいたおかげで全身の怪我と臓器へのダメージ回復だけで済んだのだが……
「ありゃ人外や魔物を滅ぼす力を秘めた何かを受けたな。一体何があった?」
問いかけるエボルトに、美空と香織はティオを見る。ずっと暗い表情だったティオは顔を上げ、三人を見た。
「……わかった。一から話そう」
ティオは男が現れた時のことを思い返しながら、迷宮であったことを最初から話し出した。
●◯●
「脱出する方法、だと?」
「ああ、そうさ」
懐疑的な顔をするハジメに、男は鷹揚に頷く。
「こんなところで全員お陀仏は勘弁だろう?」
「それはそうだが……」
「なら、ちんたら質問してるか、すぐにでもここを出るか。どっちが賢明だ?」
からかうように聞く男に口をつぐむハジメ。ユエたちと顔を見合わせ、彼の言うことはもっともだと頷きあう。
実際、一分一秒を争う状況だ。マグマの水位は相当高く、数分もしないうちにこの空間がマグマに沈むのは確実。
それに……
「シュー、ルイネさん……」
雫が、寝かされた二人を心配そうに見つめる。ユエたちも顔を伏し、男も帽子を少し下げて目元を隠す。
そんな様子を見て、ハジメは頭の中で男の提案を受け入れるメリットとデメリットについて思考を巡らせた。
ルイネは昏倒、シュウジは男の手で沈静化されたが謎の暴走。ハジメは大ダメージを受け、ユエたちも消耗している。
こんな状態で、マグマの上をバイクで走ったり、弾丸一発でシュウジの暴走を止めるような相手とは戦えない。
(何より、こいつは……)
男は、シュウジの命を助けた。ただ暴走を止めるなら撃ち殺せばいいのに、わざわざ力を封じたのだ。
どのような思惑があるにせよ、今の所敵意はないと見ていいだろう。先ほどかすかに聞こえた、友という言葉も気にかかる。
それに、何故だろうか。ハジメは目の前の男が、他人でないように思えてならない。
「……疑ってる場合じゃない、か」
色々と疑問は尽きないが、猫の手も借りたい状況だ。今はこの正体不明の男の言葉を信じるしかないのだろう。
覚悟を決めたハジメは、ユエたちの方に振り返る。そして、端的にこう彼女たちに問いかけた。
「お前ら、いいか?」
それは、相談の内容のない質問。
このもう一つの家族になら通じると、ハジメはユエたちの目をじっと見つめる。
「んっ!」
「……一刻を争う状況、仕方ない」
「はいですぅ」
「うむ」
「……ええ」
その信頼に、いつも通りユエたちは答えた。よし、とハジメは不敵に笑う。
「てわけだ。手を貸すなら貸しやがれ」
「……上等。それくらいでないと張り合いがない」
いつも通り傲岸不遜な態度で、遠慮ない言葉で、ハジメは言い放った。男のコートの裾に、淡い笑みが見え隠れする。
ドッガァアアアアアン!
そしてハジメが男と話をしようとした瞬間、一際大きい火柱がマグマの底から吹き上がり、フィーラーの腹に直撃した。
オォオオオオオオオ!?
いかにフィーラーとはいえ、突然腹部に衝撃を受け、大きく体を揺らす。突然上にいる人間たちはバランスを崩した。
「うぉっ!?」
「っとと。やれやれ、いいとこなのに空気が読めないな」
男が、左手を振りかざす。右目が鮮烈に輝き、ほんの一瞬左手に幾何学的な赤いラインが走った。
カチッ。
その瞬間──〝波〟が洞窟全体に広がった。それは上昇するマグマを、崩れかける壁を、全てを〝停止〟させる。
唯一〝波〟の対象外にいるフィーラーの上で、全てが押さえつけられた洞窟を見渡してハジメたちは驚いた。
「これは、時間が止まってる……!?」
「いいか、よく聞け小僧ども。時間がないから手短に済ませるぞ」
雫の声を遮り、わずかに眉を潜めている男は淡々と脱出の段取りを話し始める。
「まず、着物の嬢ちゃん」
「妾か?」
「ああ。お前は……」
右手をシュウジに向ける男。するとシュウジのすぐ側に黒い穴……異空間が開き、そこから静因石入りの袋が出てきた。
男は謎の力で袋を浮かせたまま、懐から赤い宝石の嵌った指輪を出して袋に投げる。すると一瞬で袋が消えた。
戻ってきた指輪を男はキャッチし、すぐにティオに放る。慌てて手を伸ばし指輪を受け取るティオ。
「そいつを持ってアンカジに戻れ。ああ、ついでにそこの美人さんも連れてきな。早めに治療しないとやばいぜ」
「……何故それを妾に?」
「なに、
当たり前のように何気なく男が放った言葉に、全員に衝撃が走った。
この男は、ティオが竜人族であることを知っている。それは現状、ハジメたちとマリス達しか知らないはずだ。
ますます男の正体に謎が深まる。シュウジのことも知っている様子であったが、いよいよ怪しさが増した。
「ん、なんだそんな顔して。間違っていたか?」
「……いや、なんでもない。ティオ、頼めるか?」
「それは良いが……ご主人様達は平気なのかの?」
自分とルイネだけ先に脱出して、ハジメ達をここに置いていくことに後ろめたさを感じるティオ。
そこには、特にハジメの身を案じる色も含まれていた。ハジメが傷つくを見て、ティオの中のある感情が刺激されたのだ。
「ったく、何いらん心配してんだこの駄竜は」
「あいたっ」
そんなティオにデコピンして笑ったハジメは、そのまま言葉を続ける。
「いいか、俺は生きるのを諦めるつもりはない。ここの神代魔法も、アンカジのことも、フリードにまた一発くれてやるのも、あのランダとやらに話を聞くのもな」
「ご主人様……」
「だが、それを全部やるには一人じゃ無理だ。だから、今この状況で誰より頼りになるお前に頼りたい。いいか?」
「……っ!」
主人と慕う男にそこまで言われて迷うようでは、女が廃る。
「うむ!任された!」
ティオは頬を紅潮させながら、大きく頷いた。よし、とハジメは笑う。
「本格的にライバルに……?」
「ええっ、本当ですかぁ?」
「……てっきり取るに足らない変態かと」
「あなた達ね……」
ヒソヒソとするユエたちはともかく、これでティオの役目は決まった。
ティオは残り少ない魔力で竜化するとルイネを背に乗せ、ハジメに向き直る。そして鼻先を頬に擦り付けた。
ハジメも珍しく優しい表情で、ティオの顔を撫でる。ちょっといい雰囲気に、さらにユエたちの懐疑的な目が強まる。
「頼むぞ、ティオ」
〝任せよ!〟
「……む、そろそろ限界か」
そこで、男の瞳から赤い輝きが消える。途端にノイズのように世界を静止させていた〝波〟が消え、また動き出した。
「やれやれ、〝タイムジャック〟は長時間の使用ができないのが難点だな」
シュウジの体に手を回し、軽々と片手で担ぎ上げる男。そうするとバイクに乗り、エンジンをかけた。
「待て、シュウジをどこに連れてくつもりだ」
「俺はこのまま竜の嬢ちゃんと脱出して、湖畔の街エリセンに向かう。そこにいる海人族の娘っ子の母親んとこに預けとくから、迎えに来い」
この男、どうやらミュウのことまで知っているようだ。一体どこまで、ハジメたちのことを知っているのだろう。
「私たちはどうすれば?」
「この迷宮を作った解放者の住処は、こういう状況を想定して作られてる。そこに行って神代魔法を獲得して、あとはこのデカブツで脱出しろ」
「……わかった。エリセンでは色々と聞かせてもらうぞ」
「さて、お前らが着くまで俺がいるといいがな」
答える気があるのかないのか、カラカラと陽気に笑った男はハンドルを回してバイクを走らせた。
「adiós!また会おう、未来を勝ち取るため戦う若者たちよ!」
ハイスピードに発進したバイクはフィーラーの凸凹とした鱗を利用して飛び上がり、壁を走って穴の中へと消えていった。
最後の最後まで謎めいた男だった。もしもエリセンにいるのなら、絶対絞ってやろうとハジメは密かに決意する。
〝では、また会おう……一人も死ぬなよ〟
「当たり前だ」
「ん、任せて」
「
「ティオさんもお気をつけて!」
「ルイネさんを、お願いね」
確固たる生への執着のこもった目で見上げてくるハジメたちに頷き、ティオは上を見上げて飛び立つ。
そして強く、強く翼をはためかせ、地上に向けて穴の中を飛翔していくのだった。
●◯●
「……これが顛末じゃ」
全てを話し終えたティオは、やや遠慮がちに美空たちを見る。
二人とも、話を聞いて顔をうつむかせていた。やはり、恋人が危険だと知ってショックを……
「へえ。魔人族風情がまた私たちからハジメを引き離そうってんだ。いい度胸だし」
「……美空?」
「それはどこのどいつかなティオさん?あっやっぱりいいよ、個人情報集めるのは得意だから」
「か、香織……」
訂正。落ち込むどころか全力でブチ切れていた。二人の背後にそれぞれ黄金と青白い般若が見えて、ティオは頬をひきつらせる。
しばらくして二人が落ち着き、般若……スタンド?怒りの化身?……が消えたところで、話を再開する。
「話はわかったよティオ。伝えてくれてありがとう」
「私も。ありがとうティオ」
「……二人とも、落ち込んだりせんのか?」
ティオの言葉に二人は顔を見合わせ、微笑みを浮かべながら首を横に振った。
「まさか。だってハジメ、諦めないって言ったんでしょ?なら平気。だってハジメ、諦め悪いもん」
「私たちは、私たちの知ってるハジメくんを信じて待つ。それだけだよ」
美空は知っている。これだけはと思ったことは、変貌する前……ずっと幼い頃から、絶対に諦めなかったハジメを。
香織は知っている。あの日あの場所で、他の誰よりベヒモスに挑み、生き延びるのを諦めなかったハジメを。
故に。この程度のことで悩んではいられない。ハジメを愛しているというのなら、信じなくてどうするのだ。
それに、と内心美空は思う。今ハジメの側には、ユエたちが付いている。自分が知らないうちにいた、ハジメを愛する者たちが。
(ユエたちと一緒なら、きっとハジメは平気。だってハジメは、ちゃんと大切な女の子を守る私の誇りの彼氏だし)
「……そうか。いらぬ心配であったな」
「ふふ、そうだね」
「さっ、辛気臭い話はここでおしまい!私たちはやるべきことをやって、そのエリセン?でハジメ達と合流……って、エボルト?」
立ち上がりかけて、美空はずっと黙しているエボルトを見る。こういう時、真っ先に冗談の一つでも言うのだが。
「………………」
「エボルト? ねえ、エボルトってば。一体どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
ようやく、彫像のようだった顔を動かして答えるエボルト。けれどすぐに元の表情になってしまう。
そこからはなんの感情もうかがえない。シュウジの暴走の話を聞いてからというもの、ずっとこの調子だった。
「た、大変です!」
美空が香織たちに肩をすくめていると、男が叫びながら扉を蹴破る勢いで入ってきた。
医療班の一人であるその男は、汗だくで荒い息を吐き、壁に手をつきながら美空たちを見る。
「どうしたの?静因石は先に届けたはずだけど」
「まさか、患者さんの誰かの様子が急変して……!」
「い、いえ、それが違うんです!」
要領を得ない言葉に首をかしげる三人。そんな彼女たちに、男は叫ぶ。
「さ、先ほど運ばれてきた香織様たちのお仲間が、暴れているのです!」
「「「!?」」」
その言葉に、三人が男を見ながら瞠目するのは必然だった。
そんなことはありえないからだ。知っての通り、彼女はシュウジの暴走の余波を受けて昏睡状態のはずなのだから。
「な、なんでそんなことに!」
「エボルト、瞬間移動で私と美空を運べる!?」
「……わかった」
俺はタクシーかよ、と茶化すわけでもなく、エボルトは立って二人の手を掴む。そこにティオがエボルトの腕に触れた。
「待て、妾も……ぐっ」
「まだ回復しきってないでしょ。いざとなれば、エボルトがいるから」
「あの、ティオをお願いします」
「しょ、承知しました」
ダメージの抜け切らないティオと何故か敬礼する男を残して、エボルトは無言で瞬間移動する。
次に二人の目に映ったのは、医療院の玄関扉だった。すると、すぐに中から騒がしい音が聞こえてくる。
二人の間に緊張が走り、先ほどの男のように勢いよく扉を開けると中に飛び込んだ。そしてルイネを寝かせた場所に走る。
「離せッ!私はマスターの元へ行くのだ!」
そこでは、10名以上の医療スタッフたちにおさえられ、なおも前に進もうとするルイネの姿があった。
半ば露わになっている全身には包帯と薬を染み込ませた布を貼っており、特に直撃した背中には色濃く血が滲んでいる。
「ちょっと、何やってんのっ!」
「ルイネさん、安静にしてなきゃ!」
「うるさい!私は、私はマスターを!」
極度のダメージによる混乱と、雷光に含まれていた毒素で錯乱状態のルイネは、二人の制止も聞かずに飛び出そうとする。
なんとか抑えようとするも、腕を振り回すルイネに二人がオロオロとしていると……おもむろにエボルトが手をかざす。
「──ぐっ!?」
それまで暴れに暴れていたルイネが、突然胸を押さえた。
スタッフたちは、恐る恐る離れる。その瞬間、支えを失ってルイネは倒れた。
「ルイネさん!」
「エボルト、何をしたの!」
「……少し、体内の毒素を刺激した。安静にしてれば問題ない。治療してやれ」
淡々と答えたエボルトに美空は一瞬顔をしかめるが、今はルイネが先決だとスタッフ達を手伝いはじめた。
血のように赤い瞳で無関心にその様子を眺めながら、エボルトは近くの手頃な柱に背を預け、腕を組む。
その表情は冷徹そのもの。感情という色を失ったようなエボルトの目には、誰も気づかないほど小さな……
(よくも
……明確な、殺意が宿っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。