この章はルイネのヒロイン力が高いでぇ
楽しんでいただけると嬉しいです。
「なん……だって……?」
唖然としてんな。まっ、無理もないか。
愛する男が世界の秩序を守るどころか、反対にそのバランスを崩していたとなっちゃあ絶望もするだろう。
それでもまだ膝をつかないあたり、いい精神力をしている。流石はカインが人生で一人だけ愛した女だ。
「いくらバグを消したって、その分魂が増えてりゃ意味がない。人間ってのは破壊と創造を繰り返して発展する生物だ」
より力の強いもの、あるいは傲慢ゆえの自滅か。どちらにせよ、文明はいずれ崩壊し、新たなものが生まれる。
壊れ、生まれ、また壊れる。それを繰り返して世界は回る。ひたすら壊してた側の俺がいうのもなんだがな。
しかしこいつは、あまりにも人を守りすぎた。その結果が命は守れても世界の均衡が崩壊した未来だ。
「まったく、皮肉な話だねぇ」
「それじゃあ、全部無駄だったってことかよ……」
「そんな、酷い……!」
ハジメたちもいい具合に動揺している……っと、いつまでもオーディエンスのリアクションを楽しんでもいられねえな。
「その仮説を立ててから一年後。こいつはとうとう出会った。あいつにな」
「あいつ……?」
カインが幻覚を変える。今度はそこそこ広い裏路地の中、人間の身体と四肢を無理やり繋げたようなバカでかい百足とやっていた。
目玉の位置には人間の頭がついており、触覚の代わりに腸がゆらゆらと揺れている。SAN値チェック待った無しだ。
「生命バランスの維持が取れなくなり、増え続けた魂の分だけバグも増えた。つまり、溢れる悪意が強くなった」
結果こんな狂気の産物が生まれたんだが……まあ、カインがナイフを一閃するだけで細切れになって終わった。
だが、それで今回は終わりじゃない。〝抹消〟のナイフを消し、踵を返してカインは路地の中へ消えていく。
その道の最中、ふと足を止めた。右下に目を向けると、そこには自分を死んだ目で見上げるガキがいる。
「これは……マリス?」
「正解だ。そしてこいつこそが、世界の崩壊を確信させる何よりの証明だった」
「どういう……ことなの?」
これ以上のことがあるのかとでもいうように、雫が聞く。俺はあえて明るく笑い、その質問に答えた。
「〝世界の殺意〟は、次代の後継者となる最強の暗殺者にしかその存在を認識されない。そういう風になってるからな」
ありえないバグをなかったことにする世界の修正力、その力の一端は〝世界の殺意〟の存在の抹消。
どのような人間の記憶にも、記録にも残らない。それは暗殺者にとって最大のアドバンテージだ。
「だがこいつは、その〝世界の殺意〟であるカインを見ることができた。これは何を意味する?」
「もしかして……」
「そう。〝世界の殺意〟の存在抹消にまで手が届かなくなった証拠だよ」
「……見えないはずのものが見える、ってわけか」
システム内のいたるところに起きるエラーの処理が最優先となり、〝世界の殺意〟への恩恵が弱まった。
そのせいで、なんの変哲も無い子供とこいつは出会った……まあ、
「長い生の中で数度と言っていい驚愕をするこいつに、さらに世界から命令が下ったのさ」
「〝その子供を含め、これよりお前を認識するものを弟子とし、次の継承者に育てろ〟と」
一言一句違えることなく、カインがかつて自分に下された命令を復唱する。それは何を意味するのか。
通常、〝世界の殺意〟の生が最後に近くなった時、世界から次の後継者となる暗殺者が選ばれ、伝えられる。
しかし、崩壊が進む中で世界の秩序を一人で背負えるほどの強さを持つ暗殺者はおらず、世界意思は最終手段に出た。
「これまでたった一人に受け継がれてきた苦行、孤独の地獄を、それを否応なしにさせる絶対の権能を、
「なっ、では私たちは!」
「ようやく気づいたか……ああ、三人の中から選ぶんじゃない。お前ら全員、次の〝世界の殺意〟だった」
そうしなければならないほど、世界の危機は迫っていた。一人ではもう、次の千年は維持できなかった。
全てはたった一人の、一人でも多くの救済を望んだ男のせいでな。
「その素質ありと世界に運命を決められ、次々と後継者は選ばれていった。この女……マリスとその三年後に見つけた二人目。そして……」
一方向に見せていた幻覚が、ぐるりと周りを取り囲むように現れる。そこに映るのは、二人の子供。
一方は全身血と肉片に塗れた、獣というほかない少女。そう、クラスメイトどもと一緒にいたネルファだ。
(これが御堂さん……いいえ、ネルファさんの……ごめんなさい。勝手に見てしまったわ)
そしてもう一方は……土砂降りの中、血に伏しながらもカインのズボンの裾を握る泥と傷に塗れた少女。
「990年目、ついに最後の後継者とカインが出会った」
「私、か……」
三人の後継者が揃い、十年間絶えずカインの頭の中に響いていた命令は消えた。それで準備は整った。
あとは全員を育て上げ、バグに対する抑止力を3倍にすることで世界の崩壊を抑える。それで万事解決だ。
「めでたしめでたし……なはずだった」
「はずだった?」
「もう一つあったんだよ、方法がな」
俺はカインに視線をよこし、答えを促す。頷いたあいつは話し始めた。
「一つだけ、彼女たちが〝世界の殺意〟と抹消を継がずに世界を正常に戻す手段があったのです」
その手段は……
「私という存在を、なかったことにする」
その言葉に、ハジメたちは全員瞠目した。さて、今日このリアクションを見るのも何回目かねぇ。
「そうか、貴方は……!」
「ええ。世界の記憶から完全に抹消されてしまえば、私の守り、そして破壊した千年はなかったことになり、新たな千年が生まれる」
そうすれば元からバグである〝世界の殺意〟の抹殺対象は復活せず、力を使わずにカインが〝殺した〟事実はリセット。
まるで桐生戦兎とその仲間たちが、かつて白いパンドラパネルと俺を使って新世界を作ったように、こいつは新しい歴史を作った。
「複数の継承者?世界の破滅を押し付ける?ふざけるな。そんなことは世界が判断しようと私自身が許さない。これは私の責任だ、私が清算すべき大罪だ。誰だろうと、私以外にこの行いの始末はつけさせない」
「おっ、初めて感情的になったねえ」
「………………失礼」
これまでは単なる事実確認をしてたって感じだが、流石にこれに関しては怒りを禁じざるを得ないらしい。
その言葉にあるやつは衝撃を受け、またあるやつはホルアドでのシュウジの独白からやはりかという顔をする。
だが、こいつらは単に話を聞くだけの案山子でいるほど鈍くはないだろうな。おっ、早速何か聞き出そうな顔のやつが……
「疑問って顔だな。ハジメ」
「……仮にカインが消えたとしてだ。そうしたら破滅は免れるかもしれないが、代わりに救った人間が消えた影響も出るんじゃないか?」
「貴方のおっしゃる通り。そのままでは大きすぎる矛盾で、どちらにしろ世界は滅んでいました」
歴史を書き換えカインをなかったことにするということは、それで救われた人間と、そいつらが生んだ人間も消すということだ。
増え過ぎても問題だが、それだけの数が一気に消えて世界の記憶を書き換えるってのも大きな負荷がかかるんだろうな。
「そらを回避するために〝世界の殺意〟に与えられる報酬を使いました」
「報酬?」
「〝世界の殺意〟がその任務を完遂した時、世界意思は一つだけ報酬を与える。それは千年に渡る、幸福な人生の確約だ」
「そもそも、世界意思とは何か。これまで話に何度も出しましたが、そこを説明していませんでしたね」
世界意思。
輪廻転生を司り、世界の巡りを管理するその存在の正体は……抹消に対するシステムα。世界創造の力。
あまねくを生み出せる膨大な力の集合体、それが世界意思だ。その対極にして破壊の力こそが、〝抹消〟。
「そりゃまた……なんともすごい存在だな」
「世界意思は公正だ。存在を消してまで使役する我々に、その見返りとして良き未来の可能性を創造して与える」
「だからこいつは、それを逆手に取ったのさ」
「──ッ! そうか、それが私たちの記憶の真実か!」
おっと、ルイネが反応したか。まあ好きに言わせておこう。長々説明するのも飽きてきたし。
「貴方は歴史が大きく書き換わる負荷を、自分の未来を捧げることで補完した!その反動で、貴方の記憶を誰より多く持つ私たちは貴方を忘れてしまった!」
「正解です。さすがはルイネ、頭の回転が昔から早い」
「だがあと一歩足りねえな」
どういうことだって顔で睨んでくるルイネ。怒りと悲しみがないまぜになったひでえ顔してやがる。
「それでもまだ不安だったこいつは、世界意思と交渉して自分をシステムの一部に組み込んだんだよ」
「排出されたものを処理するのが間に合わないなら、内側から消してしまえばいい。実に簡単なロジックです」
「そんな……じゃあ貴方は、最初からそのつもりで……」
これまでで最大のショックを受けた様子のルイネ。雫が悲しげに目を伏せてるが……
今度こそ今にも膝をつきそうなルイネを、カインは見る。するとどうだ、片手をルイネの頬に添えたじゃねえか。
「貴方たちを育てる中、心の中で常に苦悩していました。私の行いが招いた悲劇を、貴方たちに押し付けていいのか」
「マス、ター……」
一方であれ救いたいという願いは世界を蝕む呪いに変わり、秩序を正す刃は己の業を斬るエゴになった。
そのせいで三人の少女に、本来背負わせるべきでない重すぎる責任を課すはめになる。ああ、全く人間らしい失敗だ。
「兵器と言っておきながら、私は自分の理想に走りすぎた。ただ一人、私だけが血に塗れればいいと願ったが……それは救いようのない間違いだったのです」
世界を守りたいのならば、下された命令にだけ従っていればよかった。人間同士の争いなど放っておけばよかったのだ。
だが、悪意あるものたちに善意あるものを守る兵器として作られたこいつは……それがどうしてもできなかった。
見て見ぬ振りで未来の繁栄を待つより、今殺せるものを殺して目に見える人間たちを守るのを優先した、報いだ。
「まあ、当たり前だよなぁ。それしか解決方法なんてなかったんだからよ」
「……っ、私は!」
自分の頬に添えられていた手を、ルイネが掴む。そして震える両手で包み込み、絞り出すように声を漏らす。
「私は、それでもよかった!貴方の残したものなら、どれだけの重荷でも受け入れた!」
「ルイネ、貴方は……」
「たとえ結末が残酷でも!それでも貴方は人を救おうとしたじゃないか!私たちを救ってくれたじゃないか!それは絶対に嘘じゃない!」
それもまた、事実だ。やりすぎたとはいえ、こいつが数億以上の人間を救ってきたことに変わりはない。
もしかしたら、ルイネとネルファの過去は、世界のバグのせいかもしれないが……しかしこいつは、確かに絶望から救ったのだ。
「だからっ、私は貴方を、貴方の理想が、間違っていたとはどうしても思えない!」
「……ありがとう。貴方はいつも私の味方をしてくれる。こんな罪深い私を」
そう言って、カインはルイネの手の上からもう一方の手を重ねた。ルイネは目を見開き、崩れ落ちる。
かなり激しかったので、慌てて美空たちが魔法で治療する。そんな中、またルイネはカインを見上げた。
「……なあ、教えてくれマスター。貴方の心にあった私たちへの想いは、後悔だけなのか……?」
「ルイネさん……」
「………………」
カインは答えない。だがルイネは懲りもせず問い続ける。
「私たちは確かに、貴方を愛していた。形に違いはあれ、けれど確かに貴方を慕っていた」
「…………」
「なのに貴方は、それだけなのか? あの優しさは、全て悔いの裏返しに過ぎなかったのか? 」
ただの、自分の行いを償うための偽物だったのか?
ルイネの言葉が、幻覚の消えたリビングに木霊した。
誰も、その悲痛な姿に声をかけられない。ハジメも、雫も、ユエたちも。流石に俺もダンマリだ。
「……そうではないからこそ、私は自らの消滅を決意したのだ」
「え?」
果たして数秒か、それとももっと長い時間か。静寂に包まれた中に、それまでにない〝熱〟を持つ言葉が響く。
呆然とするルイネの前に膝をつき、目線を合わせるカイン。先ほどのように頬に手を添えると……微笑んだ。
「確かに、後悔の十年でした。でもそれとは比べ物にならないほどに、幸福な時間だった」
「……本当なのか?」
「はい。貴女たちの……貴女との時間は、なによりも私にとって大事なものだった。到底世界などに捧げるには惜しいほどに」
だからこいつは、自分の責任を全うする意味以上に、ルイネたちを己という枷で縛らないために自分を消した。
「今ならば言えます……ルイネ。私は君を愛している」
「マスター……」
「ありがとう、私を愛してくれて。私に愛を教えてくれて。君からはたくさんのものをもらった」
そんな相手だからこそ、こいつは自分を覚えていて欲しくなかったんだろう。絶対にその責任を共に背負おうとするから。
これは殺戮兵器にたった一つだけ灯った、人間らしいプライド。以前の俺なら到底理解できない、譲れない思いってやつだ。
「っ……言うのが……遅すぎるぞ……」
「申し訳ありません。ですが言ってしまえば、未練が残ると思いました」
「この、馬鹿者っ……!」
「その通り、私は大馬鹿だ。そんな大馬鹿を愛してくれたこと、とても感謝します」
「う……あぁ……うわぁああああああああああああああああああああああ!!!」
「おっと……」
とうとう泣き出しちまったな。絶対に離さないと言わんばかりにカインに抱きついてやがる。
それまで沈鬱だったリビング内の雰囲気が、こいつらの愛の告白で少し生暖かいものに変わった。
だが、残念だったな。
「まっ、それで終わってりゃ美談で済んだよなぁ」
そこで綺麗に終われるほど、この話は美しくはない。
思ったより長引いてんな……感想書きたくなるような面白い文章ってどうやって書くんだろ。
次回、いよいよ核心へ。あ、違いますコアじゃないです(古い
思ったことをコメントしていただけたらなと。