というわけで大幅に遅れましたが、更新です。
あの男が登場。
楽しんでいただけると嬉しいです。
世界を渡る男
エリセンの一角、とある喫茶店のテラス席。
そこで静かに、ティータイムを楽しむ男が一人。知らぬものからすれば、どこぞの貴族かという上質な服に身を包んでいる。
紫色に縁取られた黒のロングコートとズボン、金縁の赤いベストに上等な革製の靴……そして膝の上に乗せた、少し古びた中折れ帽。
そこにいたのは、シュウジをこのエリセンに連れてきた男だった。
『ありがとう。これからまた……よろしく』
「……ふ。これでまずは一歩、か」
ひと口コーヒーを啜った男はそう呟き、淡い笑みを浮かべる。それは自らの目的の第一段階が達成された喜びから。
続けて騒がしい声が聞こえてくる、耳につけていたもの……補聴器のような形状をしたアーティファクトを取り外して机に置いた。
そして、アーティファクトを置いたその瞬間だった。不意に男の手が二重にブレたかと思うと、ノイズがかかって揺れ始める。
「……来たか」
男は自分の手を注視する。まるでずっと前からそれを待ち望んでいたかのように、熱心に見つめた。
ジ、ジジ…………
最初は激しかった揺らぎは、しかし小さくなっていき、やがて完全に消えてしまう。ふっ、とため息を漏らす男。
「期待外れ、ってとこか?」
そんな時だった。
頭上から透き通るような、どこか色気のある男特有の低い声が響く。それはこの世界において、男が数少ない聞き覚えのある声。
続けて、下げた視界に派手なワインレッドのシャツとジャケットが映り込む。わざわざ顔を見なくとも、誰か分かった。
「よう。せっかくだから一杯奢るぞ」
「なら、そうさせてもらおうか」
その言葉の通り、男がそう言った途端にその人物は対面の椅子を弾き、そこにどかりと無遠慮に座り込んだ。
またひと口コーヒーを飲んで、ソーサーに置く。そこでようやく、男は顔を上げその人物をしっかりと見る。
ひと目見てわかる端正な顔つき。切れ長の目には己への自信が、口元には不敵な笑みが浮かび、鼻筋は通っている。
洒落込んだセットの茶髪はそこに色気を持たせ、座高だけでも相当の高身長も相まって彼に男としての優位性を確立した。
そこに一風変わった空気を入れ込むのは、首から茶色い皮紐で吊り下げたマゼンタ色のトイカメラだろう。
「久しぶりだな、元気そうで何よりだよ──
「お前も元気そうだな、歳の割には」
まあな、と笑う男。確かに平均した68の老人にしては、自分はいささか元気すぎる部類に入るだろう。
まあ、それを言ったら五十年前の時点で人間かどうか疑わしいのだが。今に至っては、もはや半分は生き物ではない。
「で、新しい旅の方はどうだ。新時代の世界巡りは順調に進んでるか?」
「まあ、ボチボチってとこだ。どいつもこいつもクセの強い
「お前がそれを言うと、まるで鏡に向かって話しているようだよ」
それもそうか、と悪びれもせず肩を竦める士。そこでちょうど店員が通りがかり、コーヒーを頼む。
それからメニュー表をひょいと取ると、適当に見繕った料理まで頼んだ。本当に遠慮がないなと男は苦笑いを浮かべる。
「おいおい、俺は一杯奢るって言ったんだぞ」
「まあ、気にするな」
「お前がそう言う時は、大抵ろくな事が起きた試しがないな」
「同感だ」
フッと同じように笑い合う二人。
親しげな様子は、多く見積もっても三十代後半の士と、歳以上に引き締まっているといえ老年の男ではいささか面白い。
かと言って、彼らの親交に時間は関係ない。片や上下、果てはパラレルワールドまで旅をする男。片や未来から来た男なのだから。
ただ、物珍しそうに見ない客がいないはずもなく。また、見てくれの良い士と老人特有の余裕を醸し出す男に見惚れる女もいる。
「そういうお前こそ、計画は順調そうだな」
「ああ……とはいえ、やはりこの程度ではダメならしい」
先ほど揺らいだ、自分の手を見る男。これで完全に変わってくれれば御の字だったのだが、どうやら簡単にはいかないようだ。
事前に計算していた以上に、歴史の修正力は大きい。たった一人で立ち向かうには、やはり相当な困難のようである。
あるいは
「やれやれ、元はごく普通の一般人には大変だよ」
「普通、ね……俺たち
「いや、今もまだ旅を続けるお前には敵わんよ。俺は一つの世界で手一杯だ」
確かに男は見た。しかしそれはオーマジオウの力を真似るためにただ見ていただけ、介入することは一度もなかった。
それこそ、一番近く……それも特等席で見ていた観客、そこ止まりだろう。実際の所男としてもそれで十分だった。
「とはいえ、もともと五十年分の歴史を変えようとしているんだ。まだやりようはあるし、あてもある」
「ああ、《歴史の要》の話か」
《歴史の要》
それはタイムトラベルをするにあたって、男が五十年の研究の末導き出した時の流れの規則性のようなものだ。
例えば、ある人物がいるとする。その人物は正しい歴史上において必要不可欠な存在であり、もしいなくなれば未来が変わる。
それは人に限らない。物であったり、事象であったり、あるいは何てことない言葉一つなどということもある。
ある世界ではそれを特異点とも呼ぶ者もいれば、ターニングポイントと称するものもいる。男が適当にそう銘打っただけの話だ。
「なんてことはない、ジョン・コナーを一人ずつ殺していくだけの話さ」
「どちらかと言えば、お前は剪定事象の未来のジョンなんちゃらだがな」
「おっと、アレと違ってまだ人の感情はあるさ」
こうしてコーヒーも飲めるしな、と男はおどけて言う。確かにこの身は半ば鉄だが、心まで冷たくはなっていないのだ。
「まあ、俺の話はいい。今日はいったいどんな用件で来たんだ?」
「十年来の友に会いに来た、では不十分か?」
「お前は気まぐれだ、それもあり得るだろうが……今日はそうじゃないんだろ?」
かつて失った大切な男ほどではないが、士ともそれなりに長い付き合いだ。飄々とした顔の見分けはつく。
そうだな、と士は言う。そろそろ適当な歓談で良い雰囲気になった。そろそろ本題をと話しかけて……
「やめた。黙っていた方が面白そうだ」
「おお、ここで秘密主義を発動か。困ったな、これじゃあ集られに来ただけか」
「最後の食事かもしれないんだ、この程度はいいだろう?」
「ったく、昔から口が達者だよ」
この時間軸上の異物である男は、いつ弾き出されてもおかしくはない。無論、そんな事はされないよう充分以上の用意はしているが。
だが、それも今日で不確かなものになった。このまま計画を進めていくほどに、
恐怖はない。無論、躊躇も。むしろそれでいいのだ。なぜなら男が最終的に目指すのは、自分の
「顔馴染みが消える時ってのは、あっけなくて悲しいもんだ」
「おいおい、まだ早いぞ。それに、そういう事はお前のことが大好きなあの怪盗に言ってやれ」
「断る」
「だろうな」
初めて苦い顔を見せた士に、男はしてやったりという顔で面白そうに笑った。面白くなさそうに目をそらす士。
その脳裏にチラつくのは、自分以上に掴みどころのない男。今もどこかの世界でお宝とやらを集めているのだろう。
あの空気の読めない仲間……士は口では決して認めないが……は、こうして他所を向けば今にもそこに現れそうだ。
「なら、もう一つの仲間の方はどうだ。そっちにはいつでも会えるだろう?」
「……ナツミカンの説教はしばらくお断りだ」
「そう邪険にするな、いる間が一番最高だ。失くした後じゃあもう遅い」
「自分で切り捨てたお前がそれを言うか」
「それもそうなんだが、な」
ああ、確かに言う資格はないかもしれない。何も言わず、大切な彼女たちを完全に切り捨てた自分には。
だが、巻き込まないと決めた。ここから先は自分の諦めきれない未練の精算だ、そんなものにまで付き合わせられない。
ある歴史の、終末を望んだ男を真似るわけではないが……彼女たちは、美しい記憶のままで。目の前で消える様は、見たくない。
「俺に言う前に、自分が気をつけとけよ」
「はは、今更会うこともできないさ。俺もあいつらも、お前みたいに自由に時空を行き来はできない」
「……どうだか、な」
メモリーにある思い出という名の
「話を戻そう。あの男……北野シュウジだったか?あいつの存在証明については準備しているのか?」
「ああ、そいつはバッチリだよ……っと」
不意に男がロングコートの裾をずらし、ベストのポケットから胸元のチェーンで繋がっている懐中時計を取り出す。
カチリ、と音を立てて開かれた懐中時計は、しかし普通の盤面ではなく歯車がいくつも組み合わさった絵柄だった。
その十二の刻を示す線から一の刻に向かって、わずかに紫色の光が傾いている。どうやらうまく連動したようだ。
「見ての通り、上手くいってるようだ」
「そいつは良かったな」
士に時計を見せ、余裕という様子で言っているものの、男の内心には安堵が広がっていた。
この五十年で、計画を実行するために作り出した様々な道具。中でもシュウジの魂に
力をつける傍ら、半生をかけて探究を続けた時間と存在の研究の結晶だ。しかしその用心深さ故に、不安もあった。
「相変わらず凄まじい技術力だ。あのしつこいショッカーどもも驚くだろうな」
「その元首領様にそう言ってもらえるとは、感謝しておいた方がいいのかな?」
「さてな。今の俺はただの旅人、通りすがりの仮面ライダーだ」
「そうだったか」
流れるような会話を交わしたところで、士の頼んだ料理を海人族の店員が持ってきた。
「じゃあ、俺はもう行く」
しかし、それがテーブルに置かれる直前に士は立ち上がり、冷めたコーヒーを飲み干すと「じゃあな」と踵を返した。
「ああ、そうだ。一つだけ教えてやる」
数歩行ったところで、士はふと思い出したように振り返った。
「お前の敵は、〝あの男〟だけじゃない。お前がこの時代に来たことで時空が歪み、他にもいつくか厄介なのが入り込んだぞ」
それだけ言うと、本当に士は行ってしまった。後に残ったのは硬直するウェイトレスと、神妙な顔の男だけ。
とりあえず、ウェイトレスに持ってきた料理を自分の前に置かせ、男は士の残した言葉について考える。
自分の知っている歴史とは異なる、未知の可能性。
それは既に、今回のシュウジの件で普通に起こりうることは確信した。何度も言うが、タイムトラベルは非常に不可思議な部分が多い。
しかし、こうも大きな変化が立て続けに二度も起きたとなると男といえど少し予想外、と言うしかない。
「……やれやれ、イレギュラーは年寄りにはきついな」
とはいえ、自分が撒いた種だ。多少増えたところで、それごとまとめて叩き潰して仕舞えばいいだけの話。
そう思い直し、男は士が一口も口をつけずに残していった料理に舌鼓を打つのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。
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