星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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また長くなったぜ。そしてシリアスはこれで終わりだぜ。

というか、いつもやってる前書きの下りいるだろうか?


老狼

 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 

 引き金が引かれ、空が裂ける。

 

 撃鉄が弾かれると同時に、宙を飛ぶのは二十の弾丸。しかして発砲音はわずか四発。

 

 そも7発しか装填できないはずのタイプである銃から放たれた音速の緋弾は、アベルに向けて牙を剥く。

 

「ふっ──」

 

 アベルもまた、一振りで何重もの斬撃を放ちそれらを切り裂いた。

 

 全てが二つに分かたれた弾丸の切断面は非常に滑らかで、なるほど最強の剣士だったアベルにふさわしい。

 

 

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 

 だが、それが仇となった。

 

 続けて放たれた第二陣は、アベルの急所ではなく既に切られ、失速した弾丸へと突き進んでいく。

 

 進む弾丸の軌道を音で読んだアベルが懐疑を抱いた途端──全ての弾丸が突然何かにぶつかった。

 

 弾丸が接触したのは、切れた弾の断面。綺麗にアベルが斬ったそれに()()()()跳ね返ってきたのだ。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にライオットを呼び出し、全身を守るように六枚の盾を形成する。

 

 四方と上下を覆ったその盾に激しい衝撃が伝わった。それが終わるとアベルはすぐさま盾を退ける。

 

 盲目たるアベルにとって、周囲の空間との隔絶は唯一と言ってもいい隙だ。なにせ何も感じられないのだから。

 

「そら、もたもたしてると輪切りになるぞ?」

 

 男とてそれは承知の上、だからこそあらかじめタイミングを見計らっておいておいたものを起動する。

 

 ライオットの盾すれすれで止まっていたそれ……不自然に停止した弾丸が突如動き出し、アベルを襲った。

 

「グゥガァアアアアアア!!!」

 

 全身各部、出血の多い場所を狙ったそれらにアベルは瞬時にライオットを全身から放射して弾く。

 

 またそれは、ライオットを使い飛べる自分と違って男を落とすために足場を狙ったが……またも銃撃音が響く。

 

 正確に足場を狙う棘状の触手ばかりを狙い撃ちしたそれはカッターのようになっており、硬質化した触手を切りとばす。

 

 哀れ、宙を舞った棘の先端は……しかしアベルの思い描いた通り、一瞬男の気を引いてくれた。

 

「──消歩」

 

 細剣の宝石がきらめき、一瞬でアベルの姿が消える。

 

 次の瞬間、男に一番近かった棘の先端の場所へと現れた。

 

 そして〝抹消〟の力で自分が移動したという時間を()()()ため、ただ目の前にいたという事実のみが残る。

 

 故に、男にアベルの存在は知覚できない。

 

「シッ!」

 

 30センチほどの距離で放たれるのは神速の刺突。アベルが消した僅か0.3秒時間のズレが生まれ、その間男は動けない。

 

 先ほどシュウジを背後から襲ったのもこの技だ。自分が後ろにいるという事実を消して悟らせないようにした。

 

 それよりも圧倒的に老いているこの男は、確実に殺せるという計算がアベルの頭の中で弾き出された。

 

「おっと、いきなり近づいてくるとはな」

 

 だからこそ、黒銃に取り付けられたブレードで防がれたことに少なからず驚いた。

 

「どうやら時間を消したようだが、あいにくその分野は俺の専売特許だ。穴が開けばわかるさ」

「……どこまでも食えない男だ」

「そりゃどうも」

 

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 超至近距離で、防ぐのに使ったのとは反対の白銃がアベルの腹部めがけて火を吹く。

 

 アベルはそれを手甲で防いだ。これは彼やカインがいた世界で絶対の強度を誇る金属で作られた盾でもあるのだ。

 

 そして今度は、ごく近い距離での攻防が繰り広げられる。

 

 男が二丁拳銃の引き金を引けばアベルは、それを手甲か細剣の腹で防いだ。

 

 

 パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 ギンッ! ガンッ! ゴンッ!

 

 

 夜空にけたたましい金属音がこだまし、まるで永遠に続くのではないかというやりとりが行われた。

 

「ふっ!」

 

 男は銃の角度、引き金を引くタイミング、体の向き、アベルと銃口の距離、全てを一発ごとに変えて撃っている。

 

 しかし適当に撃っているわけではなく、アベルに射撃タイミングを決して読ませないための術だった。

 

 しかしそうしては、威力にばらつきが生まれる。距離が近ければ反動は大きくなるし、遠ければ威力が落ちる。

 

 だからこそ男は、何百パターンとある銃撃に合わせて最も被弾した際に威力の出る箇所を狙い撃ちしていた。

 

 それは全ての銃撃に均一な威力を与えている。一発でも被弾すれば確実に重傷を与える力を、だ。

 

「──ッ!」

 

 だが、アベルとて決して負けているわけではなかった。

 

 あまりに理不尽かつ不規則な死の弾丸を、尽く視覚の欠けた五感と身のこなしで防ぎ切っている。

 

 実の所、アベルの武器はそう多くない。

 

 その手に持つ剣と〝抹消〟への歴代最高の相性、体術、ライオット。以上である。

 

 シュウジはそれしか知らぬと焦ったが、それが全てである。カインが多様な手札による最強ならばアベルは究極の一なのだ。

 

 故に、その技量は絶対。普通ならばとっくの昔に蜂の巣になっている男の猛攻を凌げている。

 

 更には防御と同時に時折攻撃も混ぜており、隙あらば男を殺そうとしている。しかし男の銃撃の嵐がそれを許さない。

 

 つまり、互いに互いを攻撃し合い、また防ぎ合っているのが今の状態だった。

 

(……この男、なんという意志の強さだ)

 

 同時に、そのテクニックと目の前で行われる刹那の作業から感じる男の凄まじい執念に内心舌を巻いていた。

 

 撃ち方に合わせてコンマ数秒で最適な箇所を的確に撃つなど、なんという膨大な修練と情報処理だろうか。

 

 おまけにそれを成すには、目まぐるしく動きまわり、毎秒変わっている互いの体勢や反応速度まで計算する必要がある。

 

 到底人間にはできない緻密な作業は、まともな精神をしていればすぐに脳の処理が限界を迎えるのは必須。

 

 それこそ()()()()()()()()()()()()()実現できない戦闘方法だった。

 

「これほどの技量と力。どうやら君の復讐心は本物のようだね」

「当たり前だ、これに一生を賭けたんだからな。五十年の準備舐めるなよ」

 

 言葉を交わしながらも、決して互いを殺そうとする手は止まらない。

 

(このまま距離取るのは下策。ならば──)

 

「俺の体力が切れるまで待って殺そう、ってか?」

「その状態でも頭が回るのか」

「物を考えるのは得意なんだ。まあ、確かにその案は悪くない。見ての通り俺はジジイだ、体力は若い頃より落ちてるな」

 

 だが、と男は不敵に笑って。

 

「その分知恵が回るもんさ」

 

 突如、男は攻撃および防御に使っていた二丁のうち一丁を攻防から外す。

 

 

 パンッ!

 

 

 そして、あらぬ方向へと引き金を引いた。

 

 アベルは訝しむが、絶好の機会と男の胸に細剣を突き込み……しかしその切っ先は空を切った。

 

 驚きは一瞬のこと。一体どこへ行ったのかとその気配を探り……遥か遠くまで離れた男を捉える。

 

「逃げるのも得意のようだね」

「ああ、何せ目的のために他の全てから逃げ出した男だからな。腰抜け具合は一級品だぞ?」

 

 足場の端に立つ男は、見せつけるように銃を構えながら笑う。

 

 〝跳躍弾〟。それが男の使ったものだ。豆鉄砲のような飛距離の代わりに、弾丸が飛んだ方向へ一瞬で移動できる。

 

 弾に()()()()が付与されたそれは、アベルの消歩と同等の瞬間的な移動を可能としていた。

 

「なるほど、一筋縄ではいかないようだ……では少し()()を出すとしよう」

 

 そう言ったアベルの姿が、突如搔き消える。

 

 男の目に時間の穴は観測されない。では単なる知覚できる以上の速度かとすぐさま弾丸をばらまいた。

 

 銃口から飛び出した弾たちは、それぞれの表面に掘られた六角形の窪みを起点として互いを赤い線で繋ぎ合わせる。

 

 即席の赤外線レーザー擬きであるそれは足場全体を埋め尽くし、一切の逃げ場をなくした。

 

 

 ズパンッ!

 

 

 だが次の瞬間、白銃の銃身が半ばから前触れもなく切断される。

 

 実のところずっとアベルは細剣に〝抹消〟の力をまとわせていたのだが、対策されていた銃が破壊されたのは初めてだった。

 

 くるくると宙を舞う銃身に男が目を見開き、あまりの早技に初めて驚きを露わにする。

 

「くっ!」

 

 あらゆる手段を用いてアベルの姿を探すが、男の探知には引っかからない。いつの間にか弾も全て破壊されている。

 

 そうしている間に、今度は半壊した白銃を握っていた左腕そのものに深い切れ込みが入った。

 

 並みの金属より遥かに強度のあるコートが斬撃を阻み、半ばまで切れるだけで済んだが……あと少しで切断されていた。

 

「──なるほど。どうやら君は相当にしぶといようだ」

 

 男の額に冷や汗が流れた時、アベルが現れ細剣を振る。

 

 血は飛ばない。それどころかどのような体液、肉片の一つすらも細剣には付着していなかった。

 

 普通ならば、それは強靭な筋肉組織の塊であるライオットを使うことで獲得した超スピードによるものである。

 

 アベルの斬撃は、一切の痕跡を残さずにあらゆるものを断ち切るが……しかし男の腕はまだ繋がっている。

 

 であれば、理由は男にあるが……

 

「よもや本当に機械とはね」

 

 断ち切った感触から、アベルは驚きと納得の入り混じったような声で言う。

 

 男の切り裂かれたコートの裾、その中にある左腕は……パチパチと火花を立てる黒い義手だった。

 

 超高密度の外装と付与された様々な力によって高い硬度を誇るそれだからこそ、アベルの斬撃は途中で止められたのだ。

 

「まあ良い。次はしっかりと切り落とそう。今度は首だ」

「やれやれ、直すのも面倒なんだがな。まあいいさ」

 

 男が壊れかけた義手を赤い波紋に突っ込むと、次に出した時にはすっかり元通りになっていた。

 

 傷ひとつないコートと手袋で覆われた左腕には、白銃の代わりに別のものが握られている。

 

「お前さんがそう来るなら、俺も出し惜しみはなしでいこう」

 

 時計のようなそれの正面につけられた赤いカバーを捻り、男は上部のスイッチを押す。

 

 

《カブト!》

 

 

 静かな声で宣言されたその言葉は、アベルにとっては不可解なものだった。

 

 故にこそ気にかけることなく、再び加速する。男の感知範囲からまたしてもその姿が消えた。

 

 自らのずば抜けた身体機能とライオットによる強化で超速の世界に入ったアベルは、今度は男の首を狙う。

 

 そうして類稀なる研鑽と経験の元に振るわれた斬撃は、首筋に向けて完璧な軌道を描いていた。

 

 今度こそ獲った。アベルはそう確信した。完全なるこの一撃は、確実にこの男の首を刈り取るだろうと。

 

 

 

 ガゴンッ!

 

 

 

 だが、吸い込まれるように放たれた斬撃は防がれた。

 

「っと、危ねえな」

「なっ……」

 

 ごく冷静な様子の男に、アベルは初めて自分が驚いたことを自覚した。

 

 今、男は完全にアベルの動きに合わせて防御した。直感やまぐれなどではなく、()()()()()()で対応したのだ。

 

 アベルにとってそれは驚くべきことだった。全盛期のカインでさえもアベルの動きにはついて来れなかった。 

 

「ありえない。僕と同じ速度で動ける存在など、この世界には存在しないはずだ」

「ああ、そうだろうな。こいつは()()()()()()()()()()()()代物だ」

 

 たっぷりと殺意を込めた声で呟いた男は、アベルと同じようなスピードで攻撃を仕掛ける。

 

 当然それに応戦するアベルだが、初めて自分の速度に対応されたことへの困惑でわずかに押し負ける。

 

 

 ドパンッ!

 

 

「ぐっ!?」

 

 瞬間、その背中に衝撃が走った。

 

 目が見えないため、その痛みだけで何かが突然炸裂したことを察したアベルは新たな攻撃を警戒する。

 

「それ以上は下がらないことをお勧めするぞ」

「言われずとも!」

 

 その間も超高速での戦闘は継続しており、先ほどよりもずっと激しい打ち合いが行われていた。

 

 アベルが百の刺突を繰り出せば、男が黒銃と金属のように硬いブーツで弾き返して同じだけの攻撃を出す。

 

(同じ速度で動いているわけではない……先ほど何かの道具を使った時から、まるで彼自身の時間が加速したようだ)

 

 アベルは努めて冷静に、自分と男の状態を分析して打開策を見つけようとする。

 

 アベルの持つ権能〝裁定〟は、最初に定めた執行対象を粛清するまで他の対象を設定できないという弱点がある。

 

 そのために、アベルは本来自分が全幅の信頼を寄せてきた聴覚で、触覚で、嗅覚で、男の加速の原理を探り出す。

 

(こりゃすぐにタネが割れるな。早めに次の段階へ進めるか)

 

 それを予測している男は起動していたウォッチを手放し、代わりに赤い波紋から別のウォッチを取り出す。

 

 あっさりと解析しようとしていたものが手放され、急激に男の速度が落ちたことでアベルの動きがコンマ1秒止まった。

 

 

《ダブル!》

 

 

 ウォッチを起動するにはそれで十分。男の体を中心に強風が吹き荒れ、アベルの体が数度ほど傾く。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 そしてまたあの音が炸裂した。今度は太ももに食らい、ガクンとアベルの機動力が半減する。

 

(この空間全体に何かが潜んでいるのか──!)

 

 ここでようやく、現行で行われている攻撃ではなくあらかじめ設置された何かであると気がつくアベル。

 

「こんなものもあるぞ?」

 

 

《キバ!》

 

 

 三つ目のウォッチが起動され、黄色く輝く外装から無数のコウモリ型のエネルギーが溢れ出す。

 

 甲高い鳴き声をあげて飛び立っとそれは、片足の肉を抉られたことで一瞬動くのが遅れたアベルの体を押す。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 3度目の炸裂。

 

 並の金属鎧よりも遥かに優れた耐久性を誇るローブを食い破り、肩の肉が削れたアベルは歯を食いしばった。

 

「これで、最後の一歩だ」

 

 

 パンッ!

 

 

 そんなアベルに無慈悲に放たれる、二条の赤い閃光。

 

 それまでの銃撃と変わらない速度で迫るそれの一発目を、アベルは痛みを無視して切り捨てた。

 

 そして、一発目と同じ軌道で迫った二発目の弾丸に備え──た瞬間に脇腹を貫通するような痛みが襲った。

 

「な──」

 

 息を呑むアベルの体を傷つけたのは、先ほどの跳躍弾に酷似した弾丸。

 

 空間魔法を付与され、一発目の通った空間を圧縮して、続く二発目を一発目の弾丸が止まった地点に転移させる弾である。

 

 それによって最後の一押しをされたアベルの体は──足場の中央、男の仕掛けた〝罠〟の中に入った。

 

 

 ピシュッ!

 

 

 まず最初に、地面に転がっていた弾丸のうち結界の弾から赤い魔力の糸が伸びてアベルの体を拘束する。

 

 それは規格外なアベルの能力を押さえ込む強度と同時に、概念魔法によって〝抹消〟をも抑えた。

 

「く……!」

 

 次に、ライオットを使って無理やり抜け出そうとしたアベルに呼応するように残りの転がった弾が振動を始めた。

 

 

 キィィィィィン!!!

 

 

 綿密な計算のもとに配置されたそれらは互いの音を増幅しあい、巨大な音の結界となってライオットを押さえ込む。

 

「ぐっ」うめき声をあげながら、鋭い聴覚に突き刺さるような音の放出に顔を顰めて硬直するアベル。

 

「これで……チェックメイト」

 

 

 ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

 

 そして、男が呟いた途端──アベルの周りで、あの炸裂する何かが一斉に連鎖爆発を引き起こした。

 

 アベルの目には見えていないが、それは空間に固定された透明の弾丸だ。〝接触炸裂弾〟という触れると爆発する弾である。

 

 全身を拘束されたアベルは避けることもできず、またライオットで盾を作ることもできず、モロに直撃を受けた。

 

「がはっ……」

 

 全身を打ちのめされ、さしもの《獣》といえど膝をつく。

 

 特別威力が高く作られた接触炸裂弾は、アベルに大きなダメージを与えていた。

 

 少ない量の血が流れ、全身に火傷と裂傷を負っている。まともな頭ならば気が狂ってもおかしくないほどの痛みだ。

 

 だが、アベルは強靭な意志で苦悶の声一つ上げることなく、自分の身に起きたことを分析する。

 

「……ここまで、君の計算通りか」

「ご明察。正確には、最初の攻防のあたりだな」

 

 最初にアベルが接近し、男が応戦した時。その時から作戦は始まっていた。

 

 あの時、男は銃撃を当てるつもりがなかったのだ。無論当ればいいという考えはあったが、本命は別にある。

 

 全てはこの罠を完成させるための布石。無駄に銃弾をばら撒いたのも、わざわざアベルの土俵で勝負したのも。

 

 冷徹に、狡猾に全てを自分の手中で進める。その様は、まるで歳を重ね、老獪となった狼のようだった。

 

「老いてなお狩人というわけか」

「ああそうさ、俺はずっとこのために時間を費やしてきた。愛するの者も、自分の人生も投げ捨ててな」

 

 アベルの目の前まで進み、未だに残っている炸裂弾に牽制させながら銃口を頭に定める男。

 

 その瞳には隠しきれない怒りと、僅かな達成感が滲んでいた。その証拠にグリップを握る手は力んでいる。

 

「……質問する。君は未来から僕を殺しに来たようだが、僕は君の知る時間軸で何をした」

「何をした、か……まあお前にとっては、多分なんでもないことさ」

 

 興味本位かそれとも別の何かなのか、問いかけてきたアベルに男は少し過去の記憶を遡る。

 

 何十年経とうと忘れない、この老狼の原点。かつて目の前で見せつけられた忌まわしい行い。

 

「お前は……俺の親友の正体を暴いた。あいつを叩きのめして、な」

 

 記憶にこびりついているのは、自分と仲間たちをたった一人で叩き伏せたアベルの姿。

 

 無様に倒れ伏した自分たちの目の前で、アベルは親友の頭を踏みつけて淡々と語っていた。

 

 その身が器であることを。ある男の自覚を持たせることで、本人を目覚めさせるための人格だったことを。

 

「どうやら俺が介入したようで色々と()()()みたいだが、それでも俺の記憶も、お前がしたことも変わらない。おかげであいつは壊れて……一人で死んだ」

 

 涙を流し、やがて狂ったように笑い出して、何もかもに絶望して光を失ったあの瞳をよく覚えている。

 

 唐突に告げられた事実に正気を失った親友に寄り添うことすらできず、孤独に命を落とす様を見ていた。

 

 最後まで、彼は無力だったのだ。

 

「だから俺は過去を変えることに決めた。お前という敵を殺すことを誓った。そうすると、この帽子に約束した」

 

 銃を持っているのとは反対の手の指で、自分の被った帽子の縁を摘む。

 

 コートと同じような黒いそれは生地の色ではない。補修こそされているものの、焼け焦げた〝黒〟だ。

 

 たった一つ、これだけが男の手元に戻った親友の形見。支えてくれた最愛の仲間さえも捨てた代わりに残ったもの。

 

 かつて、親友と仲間たちとの旅で取り戻した優しさをかなぐり捨てても、男は決めたのだ。

 

 必ず、今度こそ救うのだと。

 

「お前が消えることで、未来は分岐する。どうやらこの時間軸じゃあなんとか持ち直したらしいが、それでもお前は殺す」

 

 まだ男が消えていないということは、親友が死ぬ未来に可能性が大きく傾いているということ。

 

 つまり、アベルも、男のせいで出現した他の《獣》達も殺し尽くすまで、彼の願いは成就しない。

 

「お別れだ、我が怨敵よ」

「……なるほど。僕はここまでのようだ。だが他の《獣》が彼を粛清するだろう」

「何度だって狩ってやるさ。俺が消えるその時までな」

 

 最後の言葉を贈り、男はいよいよ引き金を引いてアベルの頭を吹き飛ばす。

 

 

 

 ──ゾッ。

 

 

 

 そして最後まで引き金が引かれる直前、背後に感じた殺気に思わず体を左に傾けた。

 

 

 ドパンッ!

 

 

 確実に殺せるように装填された〝圧殺弾〟は銃口がずれたことで軌道を変え、アベルの左腕を吹き飛ばす。

 

 肉と骨の欠片が飛び散り、さしものアベルも苦悶の声を漏らす。しかしその代わりに拘束具も壊れてしまった。

 

 

 

 

 

 ズザンッ!!!

 

 

 

 

 

 そして悪寒の正体は身を翻した男のすぐそばを通り過ぎ──その奥にあった【神山】を、細切れにした。

 

 壮絶な音と共に山が砕け、崩壊していく。

 

 それは土砂となり、教会の施設を飲み込みながらこちらに向かってきた。

 

「クソッ!」

 

 

 

 カチッ。

 

 

 

 このままではまだ下山中のシュウジ達も飲み込まれるため、男はやむなく消耗の大きい〝タイムジャック〟を使う。

 

 山の下……王都の方へと流れていく土砂が止まり、男はほっと安堵の息を吐く。

 

 それから背後を見ると……そこには片腕を失ったアベルを肩に担いだ、奇妙な鎧の人物がいた。

 

 返り血だらけの姿と片手に光るチェーンソーからは、その人物がどれだけ人を殺したのかが一目でわかる。

 

『それではご機嫌よう』

 

 静止したはずの世界の中で一言のみを残して、その鎧の人物は幻のように消えた。

 

「やれやれ、取り逃がしたか」

 

 仕方がないというように嘆息し、男は土砂に向き直る。

 

 赤い波紋から銃とよく似たデザインのランチャー砲を取り出し……土砂へ向けて引き金を引く。

 

 

 ドッゴォォォン!!!

 

 

 煙を引いて吐き出された四つのミサイルは、止まった世界の中で土砂に落ちていき、瞬時に爆発した。

 

 中に仕込まれていた風の魔法によって土砂は空へ舞い上がり、続けてたっぷりと詰め込まれたタールに引火して焼失する。

 

 それを何度か繰り返すうちに、全ての土砂が消えて【神山】だった小さな丘だけが残ることになった。

 

 その段階でようやくタイムジャックを解除して、ふうと大きく息を吐く。

 

「一応下の七大迷宮はそこまで壊してねえし、後で隠蔽しとくか……」

 

 後片付けの面倒さに苦笑いをこぼしつつ、男は足場に転がったアベルの腕に目をやる。

 

「仕留めることこそできなかったが、片腕を奪えただけでも重畳……っ」

 

 一歩踏み出そうとしたその時、男の体から急に力が抜けていく。

 

 思わず膝をついた男の体が、激しくブレ始めた。ノイズのように全身が歪み、今にも消えてしまいそうだ。

 

 だが、しばらくその状態で明滅しただけでやがて収まってしまった。

 

「……まだ未来は変わらない、か」

 

 大量の汗を額に浮かべた男は皮肉げに笑う。

 

 それから、ちょうど山を下りきったバイクの反応がある方向に目を向け……ぽつりと呟いた。

 

 

 

「……生き残れよ、シュウジ」

 

 

 




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