今回は勇者(笑)回。
オリジナル展開、楽しんでいただけると嬉しいです。
「せぁっ!」
「ぐぁっ!?」
剣を弾き飛ばし、その勢いでバランスを崩した兵士の人に聖剣を突きつける。
「そこまで!勇者殿、これで今日は最後です。お疲れ様でした」
「はい、ありがとうございます。立てますか?」
「あ、ああ」
俺の手を取った兵士の人は、ぽかんとした顔で立ち上がる。年齢は俺より少し上くらいだろうか。
それから審査官の騎士の人に連れていかれ、ようやく新騎士団のメンバー選抜試験は終わった。
「っと」
それを見送っていると、不意に視界が揺れて両足を踏ん張る。
ふう、危うく倒れるところだった。ここじゃあ日差しがあるし、端の方に移動して少し休憩しよう。
ここ数日まともに寝てないからな、そろそろ休むべきかもしれない。
『次は光輝くんをもらうよ』
「……っ」
頭の中に、ここ最近繰り返し、毎晩見る夢がよぎる。
それは恵里の歪んだ笑顔。いつも優しい笑顔で、みんなの輪を保ってくれた恵里とは思えない顔。
間違いだと思いたい。あれは何かの幻だと、きっと魔人族に誑かされたのだと思い込もうとする自分がいる。
実際に、その可能性だってないわけではない。そうだ、きっと俺が気付かないうちにやりたくもないことを……
「違う、そうじゃないだろ」
また自分の考えばかりを信じ込もうとした自分を戒めるように、汗の伝う頬を軽く叩いた。
誰に聞かせるでもない独り言。それは俺自身への戒めだ。
何もできなかったくせに、偉そうに過去をねじ曲げようとしていた。いつものように、俺にとって都合よく。
それを思い知らせるように、何度もあの夜のことを夢に見る。
それほどまでに自分を疑わずにいた。一度だって自分の行いが間違いだと考えることすらしなかった。
その結果が、恵里のあの態度なのではないか。そんな不安がずっと付き纏って、気がつけば寝るのすら怖くなった。
「御堂に見られたら、また思いきり見下されるな……」
「あら、呼びまして?」
思わず息を呑んだ。
声のした方を振り返ると……ベンチに座った俺を見下ろすように、御堂が柱に肩を寄りかからせていた。
「御堂!今までどこにいたんだ!心配したんだぞ!?」
「あら、貴方に心配されるなど屈辱ですわ。私は有象無象に気をかけられるほど柔ではなくってよ?」
「……は、はは」
無意識に笑いが漏れる。
何も変わっていない。たった数日顔を見なかっただけなのに、苦手なのに、そのことになぜか心の底から安堵してしまう。
王宮の人間のほとんどが、恵里の傀儡になったか殺されたと聞いた。一部は
その被害者の中に、ずっと姿の見えない御堂がいるのではないかと思った。でも、そんなはずがなかった。
俺と違って御堂は……北野や南雲たちと同じくらいに強いんだから。
「なんですの、突然笑い出して気色の悪い。本格的に気が触れたのかしら?」
「そう、かもな……俺はずっとおかしかったのかもしれない」
「……へえ」
面白そうに笑った御堂に、口が滑ったことを今更自覚するが遅かった。
俺が苦心を吐露した途端に舌舐めずりするように目を光らせた御堂は、近づいてきてベンチの手すりに腰掛ける。
「ちょうど良いですわ。今の私は満腹でとても気分がいいの。話の一つでも聞いて差し上げましょう」
「満腹って……もしかして、また何処かで遊び歩いてたのか?俺たちが大変な時に呑気だな」
「むしろそのくらいが丁度良くてよ?あなた方のような腑抜けは、常に苦境に立たされているくらいが見応えがありますわ」
だめだ、相変わらず何を言ってるのかわからない。
でも腑抜けという言葉に怒りも湧かないのは、きっと俺に自覚があるからだ。恵里のことを、俺は……
「それで? 今度は一体どんな無様を晒したのかしら?」
「……恵里が、裏切った。王宮の人のほとんどが殺されたか傀儡になっていて、近藤も殺された」
なんの抵抗もなくするりと言葉が出てきてことに、喋ってから驚いた。
何か思い悩んだ時……思えばそれもせず動いてばかりだったが、雫にしか相談しなかったのに、御堂に同じように話そうとしている。
本当に不思議だ。御堂のことは苦手だし、なんなら今隣にいるだけでも怖い。なのに遠慮なく話せる。
「ああ、そうですの。あの鼠、よくここまで隠し通したものですわね」
一瞬で全く興味のなさそうな顔になる御堂。また激昂しそうになって、慌てて頭を冷静にした。
……そういえばあの時、龍太郎が全員のことを警戒しろって御堂に言われた、と言っていたのを思い出す。
つまり恵里のあの性格に、御堂はとっくの昔に気がついていた。そしてあえて俺たちに教えなかったのだろう。
今更そのことを怒っても仕方がないと、努めて理性的に思い直した。
こいつにとっては俺たちの諍いは、テレビの向こうのニュースくらいにどうでもいいんだろう。
仲間だから、なんて理論は通じない。御堂が俺たちを見る目は、まるで道端に転がった石ころを見るようなそれだ。
「クラスメイトたちが瀕死にされて、人質に取られてた。俺は動けなかった。龍太郎は戦ってたのに、唯一無事だった鈴も守れなかったんだ」
「あらあら、実にお似合いの様ですわね。改めて自分の無力さを痛感したかしら」
クスクスと笑われて、ひどく惨めな気持ちになる。
「無力さ、か……実力不足は嫌というほど身に染みたよ」
それはこの世界に来てから目を背けていた現実でここ数ヶ月ずっと付きまとってる
いくら剣を振っても、模擬戦で騎士の人を倒しても、どれだけ努力してもあの時のあいつには及ばない。
並び立てるとは思わない。あいつのやり方は俺と正反対だし、絶対に真似したいとは思えない。
けど、なんの覚悟もせずに半端な力を振りかざしていた代償がこの惨めさだっていうなら……
「本当に、自分がバカらしくなるよ。だって俺は……あれだけのことがあっても、
力不足以上に感じているのは、自分への苛立ちだった。
なんであんな風に俺に執着するのか。クラスメイトたちを殺して、魔人族に寝返ってまで俺を求めるのか。
……いや、わかってる。きっと俺は、かつて恵里に中途半端なことをしてしまったんだ。
自分はなんでもできるという気になって、困っているように見えた人の事情に手当たり次第に口を挟んできた。
そうして俺が信じる俺のやり方で助けた気になって、その後は見捨てた。きっと恵里も、その中の一人なんだろう。
正義? 違う、ただの自己満足だ。
沢山の人と向き合ってきた? 違う、自分のために利用しただけだ。
人を救った? 違う、自尊心を満たしたかったんだ。
「俺は俺ばかりを見ていて、相手のことはお構いなしだった。そのことに、恵里に裏切られて初めて気がついたんだ」
〝それがお前の、正義に見せかけたエゴの限界だ〟……北野のその言葉が、何度も何度も頭をよぎる。
そんなはずはないと否定しようとする度、何度も恵里の顔を思い出す。俺に逃げ場をなくすように。
向き合えと。これがお前のしたことの結末だと。
顔を無理やり押さえつけられて言い聞かせられるように、それを実感した。
「──まるで芋虫の歩みの如き自覚の遅さですわね」
そして御堂は、やはりそんな俺を嘲笑った。
「少しは成長したと思っていましたが、一歩か二歩の違いでしたか。ここまで愚かだとむしろ笑えてきますわね」
「………………」
「貴方はせいぜい、自分の意見ばかりを主張するところから、自分の行いを振り返り、反省する段階になっただけ。子供でもわかる道理ですわ。だというのに、その先を自ら考えることもできなければ、かといって考えることを投げ出すほどの勇気もない。違くて?」
御堂から返ってきたのは、冷たく、突き放すように心に刺さっていく言葉の数々。
心に響くということはつまり、図星ということで。
反論の余地がないほどに、御堂は俺の今の心理を言い当てていた。
「そして今は、私に反省した自分を慰める役割を求めている。そんなのは真平ごめんですわ」
「…………俺は」
「甘えるのならば、上の命令に従って娼婦のようにあなた方を堕落させるのを狙っていた、この城のメイドたちになさい。貴方のような男に憐憫を向けるなど、時間の無駄以外の何物でもありませんわ」
本当に、容赦がなかった。
御堂はこの世界の全てに興味がないのだろう。だから俺にも、メイドさんたちにも、こんな非道なことが言える。
ああ、こんなに冷たい人間は初めて会った。堂々と人を貶める事を言えるという点なら、北野よりも酷い。
でも、そう、そんな御堂だからこそ──
「──だからお前に話したんだ、御堂」
「……何ですって?」
──俺は、天之河光輝は、御堂英子にこの話を聞いてほしかった。
「お前は俺を絶対に肯定しない。優しい言葉もかけてくれない。必ず俺の醜いところを言い当てて、現実を突きつけてくれる。そうしてほしかったから、御堂に話したんだ」
御堂の言ったことは全部本当だ。間違えた俺を慰めてくれる誰かが欲しいと、心から思っている。
誰かに甘えてはいけないのだ、じゃないとまた俺は自分を正当化するから。
その点で、御堂は俺が欲しい言葉とは真逆の言葉をくれる。もしかしたらという期待を打ち砕いてくれる。
俺を軽蔑する御堂だからこそ、俺の迷いを何の躊躇いもなく、容赦なく踏みつけてくれるんだ。
「ありがとう。御堂のおかげで俺は、踏ん切りのつかない自分を本当の意味で認めて、先に進めるよ」
「……は?」
だから俺は、胸を張ってこの結論を口にする。
「俺は、もう一度恵里と話してみようと思う。そして、その上で戦う。恵里を止めるために」
北野のように、容赦なく敵を殺すという選択はできない。自分の手を進んで汚せるほど、俺は強くない。
だから俺は、俺を貫き通す。愚かでも、甘くても、夢物語でも。それでも最後まで信じ、手を伸ばす。
たとえその果てに……恵里と殺し合うことになっても。その覚悟をもって、あえて話し合うことを望む。
「えっと、要するに御堂には、そんな俺を間違えないように見ててほしいんだが……」
その時は御堂なら、容赦なく俺を叩きのめしてくれる……って、こう言うと何だか変態みたいだな!
決してそういう趣味は持ってない。これは……そう、剣の腕が弛まないよう師匠に監視してもらうような感じだ。
「……ふ、ふふふふ」
「み、御堂?」
「アハハハハハ!ア──ッハハハハハハハハハハハハハ!!!」
「御堂!?」
と、突然笑い出した!? そんなに俺の言ってたことおかしかったか!?
「ああおかしい!本当におかしいわ!この私が利用されるなんて!そして愚かさの塊のような男がこのような事をするなんて!」
「お、おい、そこまで言わなくても……」
「けれど、本当におかしいのは……それを悪くないと思っている事ですわ」
「……え?」
いきなりな言葉にぽかんとすると、こちらを振り返った御堂はとても楽しそうな顔で微笑んでいる。
あまりに美しくて少しどきりとした。顔で人を判断するなんて最低だが、そんなの関係なく御堂は自分で言う通り凄く綺麗だ。
「いいでしょう。少しだけ貴方に興味が湧きました。せいぜいその幼稚な夢が破れるまで足掻きなさいな」
「なんか引っかかる言い方だな……」
「あら、この私の興味を欠片ほどでも引けたのだから、光栄に思うべきよ?」
また何とも自分勝手な言葉に、俺は苦笑いするしかなかった。
「でも、安心だ。自分でも考えていくけど、御堂が見ていてくれるなら怖くて変なことはできないしな」
「安心、と言わずにあえて正直に言ったところは評価いたしましょう。苦悩に歪んだ顔ばかり良いと思っていましたが、少しは見れる程度になりましたわ」
「それ、喜んでいいのか?」
「貴方次第ですわよ、天之河光輝……さて」
最後に笑った御堂は、ベンチから腰を上げるとそのまま歩き出してしまう。
慌てて立ち上がり、手を伸ばしてその背中に呼びかけた。
「御堂!またどこかに行くのか!?」
「ええ。ですがくれぐれも油断してはいけませんことよ?私の目はいつでも、あなた方を見ているのですから」
「俺を見ている、とは言ってくれないんだな……」
……あれ?
俺は今、なんて…………
「…………へえ。そういうことですか」
御堂は一瞬肩を揺らして、それからまた心底楽しそうな顔で振り返り。
「その言葉を投げかけるには、貴方は弱すぎますわ。私の眼鏡に叶いたいのなら必死に自分を磨きなさい……いつか、私を殺せるほどに」
「……え?」
「それではご機嫌よう、愚かなままに前に進もうとする、最高のピエロさん?」
いつの間にか、目の前から御堂は消えていた。
最初からいなかったように、そこには何の痕跡も残っていなかった。ただ頭の中にだけその姿が焼き付いている。
御堂は約束してくれた。ならもう、心配はいらない。
「……俺も、進まなくちゃな」
俺は自分の手を見下ろし、強く握りしめるのだった。
やったね、恵里ちゃんが嫉妬するよ()
読んでいただき、ありがとうございます。