今回はハジメサイド。グロ発言注意。
楽しんでいただけると嬉しいです。
ハジメ SIDE
城に入ってすぐ、客室にいた姫さんに捕まった。
天之河たちの囮の件や、なぜ帝国にいるのかなどあれやこれやと聞かれたが、軽くスルーした。
それから皇帝にこの世界の真実、王国の侵攻のことや、姫さんがこんなに早く帝国に到着できた理由などを話したことを聞いた。
で、いよいよ皇帝陛下とご対面したが……
『………………』
三十人くらいは座れそうな縦長のテーブルだけが置かれた、質素な部屋。
おそらく会議などに使われているのだろう室内は今、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
好きなように座った俺たちに対して、上座にいるのがこのヘルシャー帝国の支配者、ガハルド・D・ヘルシャー。
「……」
部下が壁の裏に二人、天井に四人、両脇に二人と、万全の体制で出迎えた皇帝は……俺たちと一緒に黙りこくっていた。
その原因は──俺の隣でニコニコと、いっそ恐ろしいほど爽やかに笑っているシュウジ。
「で、あんたが皇帝か?」
ビクッと皇帝の体が跳ねる。
底冷えするという言葉をそのまま体現したような声音は、幾つもの迷宮をくぐり抜けた俺たちでさえも鳥肌が立った。
現に、威厳溢れる荒くれ者どものトップのはずの皇帝様は、まるで叱られている子供のように両手を膝の上に置いている。
「俺は質問をしたんだけどな?」
「っ、あ、ああ。俺がこの国の皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーだ」
「あっそう。俺は北野シュウジ。こっちは親友の南雲ハジメ。以後お見知り置きを、コウテイサマ?」
全く敬意などこもっていないことが、この皇帝に同じように畏敬の念を持っていない俺にはわかった。
本人も同じように感じたようで、若干苛立ったな顔でシュウジを見ようとして……冷徹なその目にすぐ顔を落とす。
「おいおい、そんな顔をするこたぁないだろう? まるで俺が、今すぐにでもあんたを殺そうとしているような反応じゃあないか?」
「……そ、そうだな」
俺の「間違いなく殺す気だろ!」という内心が、他の全員と共通したことを不思議と感じ取った。
一言一言、全てが抜き身の刃のような錯覚さえ覚えるほどに、その笑顔の下から尋常でない殺気が漏れ出している。
千年物の記憶から作られる熟成された殺意は、物理的な重圧すら有していたのだ。
理由は……まあ今更聞くまでもなく、この哀れな皇帝が八重樫に言い寄ったことなのだろう。
「もっとフランクにいこうぜ。なんなら今から口調を改めるかい?ん?」
「いや、そのままでいい……それよりもその殺気を収めやがれ……喉が引きつって……ろくに話せねえ」
「これはおかしなことを言うなあ。コウテイサマの前で殺気なんて、出すはずがないだろ?」
「いやダダ漏れだよ!なんならそれだけで皇帝の首が飛びそうだよ!」という内心が以下略。
そのうちナイフを抜きそうな雰囲気のシュウジに戦々恐々としていると……すっと八重樫があいつの手に自分の手を重ねた。
「シュー。それくらいにして」
「……ま、お前がそう言うのなら」
やや間を置いて、すっと一瞬でシュウジの殺気が霧散する。
その瞬間、気絶しかけていた姫さんやその護衛たちが荒く息を吐いた。あと数秒遅ければ気絶してただろう。
ユエたちもほっと安堵している。気分が悪くなったのか、香織と美空は互いに回復魔法をかけていた。
「で、なんだっけ?コウテイサマは何やら俺たちに聞きたいことがあるみたいだな」
「ああ。だが、それよりも前に……」
ちらり、と重ねられたシュウジと八重樫の手を見る皇帝。
もしかして、このおっさんあれだけの殺気を当てられてまだちょっかいかけようってのか……どんだけ図太い神経してんだ。
半ば感心じみた気持ちを抱いていると、「ああ!」と態とらしく声をあげてシュウジが反応する。
「言い忘れてたわ。なんか前に雫にちょっかいかけたみたいだけどよ」
「きゃっ!」
シュウジがグッと力強く八重樫のことを抱き寄せる。その拍子に、普段はしっかりした八重樫の口から可愛い悲鳴が漏れた。
だが、そんなものを気にする余裕も与えないと言わんばかりに、シュウジは不敵に笑って宣言する。
「こいつは俺のもんだ。今までも、これからも、ずっと先の来世までな」
「ほう……?」
「しゅ、シュー。恥ずかしいわ」
もじもじしてるが、八重樫の表情は全然まんざらでもなさそうである。なんなら自分から体を寄せている。
「……そうかい。なら、今は諦めるとするかね」
案外あっさりと皇帝は手を引いた。姫さんの話じゃとんでもない女好きって話だったが。
そんな俺の視線を感じ取ったか、頬杖をついた皇帝はひらひらと呆れ笑いで手を振った。
「これでも俺は皇帝だ。下手にちょっかいを出して、俺もろとも民を皆殺しにされたんじゃ敵わんからな。そいつはそれができる。それに、この様子だとそいつがくたばりでもしなければ靡きそうにないしな」
「その程度で済めばいいけどな」
最悪、存在を歴史から抹消されるだろう。あれだけ使うなと諫めている〝抹消〟さえ使いかねない。
口にしない俺の考えを察したか、いよいよ扱いきれないとでも言うように皇帝はかぶりを振った。
「皇帝陛下」
「なんだ雫、もしや俺に興味が湧いてきたか」
「いえ、まったくこれっぽっちも」
即答だった。皇帝の後ろの護衛たちが苦笑いしている。
「一つ訂正しておきます。たとえシューが死んでも、私はシューしか愛しません」
「……こいつは驚いた。なんの躊躇もなくそこまで言うか」
「ええ。私は彼のものだし……彼はずっと、私のものですから」
ふふ、と笑う八重樫の微笑は、ユエや美空がいる俺でさえもどきりと心臓が高鳴るほど妖艶だった。
さらにシュウジの首筋に少し爪を立てながらつつ……と指を這わせ、恍惚の表情を浮かべている。
その命も人生も私が握っていると、そう言わんばかりに。
……もしかしなくてもあいつが一番ヤバいんじゃね?
「……はぁ。ったく、俺の前で睦まじくしやがって」
ちょっと危ない目をしている八重樫に引いていると、皇帝がため息を吐いた。
「ここまでのことは俺の正室にも言われたか怪しいな。もうそこまで見せつけられたら、十分だよ」
どうやら、かろうじて帝国民もろとも血祭りは回避できたようだ。
「ところでお前、北野シュウジだったか? あと一つだけ聞きたいんだが……」
「雫の前で下品なこと聞いてみろ。あんたの次の晩飯は自分の舌で作ったベーコンだ」
ガチギレだった。
例の一件からちょくちょく感情的になるが、かつてないほどキレている。発言がもうサイコパスのそれだ。
なんとなく皇帝が聞こうとしていたことを察したのだろう、護衛が呆れた目で見ている。大丈夫かこの国。
「だがまあ、答えるとすれば。雫の心も、瞳も、唇も、その先も、全部俺だけのものってことさ」
「そうかい。ったく、俺もとんでもない剣山に片足を突っ込んだもんだ」
「言い得て妙だな」
指の一本でも触れれば、そのまま腕ごと切り裂く凶刃。そんな表現がきっと正しい。
一通り恐怖体験(Presented by シュウジ)が終わったところで、皇帝の雰囲気がガラリと真面目なものに変わる。
その瞳は真っ直ぐに、俺のことを見ていた。
「リリアーナ姫からある程度は聞いている。南雲ハジメ……お前のことをな」
「ほう?」
「大迷宮攻略者であり、そこで得た力でアーティファクトを創り出せると……魔人族の軍を一蹴し、二ヶ月かかる道程を僅か一週間足らずで走破する、そんなアーティファクトを。真か?」
「ああ」
特に隠すこともないので答えると、皇帝の目が鋭くなる。
「そして、そのアーティファクトを王国や帝国に供与する意思がないというのも?」
「ああ」
「ふん、一個人が、それだけの力を独占か……そんなことが許されると思っているのか?」
「誰の許しがいるんだ? 許さなかったとして、何が出来るんだ?」
脅しをかけているようだが、この程度の殺気ならオルクスの魔物どもで慣れている。
後ろの姫さんや護衛たちは皇帝から溢れ出る覇気にまた苦しそうにしているが、こんなものは
ついでに、部屋の中に隠れている奴らに出されていた紅茶を啜るついでにちらりと目をくれてやる。
すると、奴らはわずかに動揺した。うちのやつとは比べるまでもないな。
「はっはっは、止めだ止め。ばっちりバレてやがる。こいつは正真正銘の化け物だ。今やり合えば皆殺しにされちまうな!」
突然皇帝が豪快に笑った。途端に覇気が収まり、再びほっと姫さん達が胸を撫で下ろす。
俺のことを面白そうに見た皇帝は、もう一度八重樫とイチャついてるシュウジを見る。
「俺の覇気を風のように受け流す強力無比なアーティファクトを持つガキと、殺意だけで俺たちを窒息死させかけるガキか。王国にはとんでもないのがいるな」
「ええ。本当に私も、心底そう思いますわ」
キッと睨んでくる姫さん。どうやら昨晩の騒ぎのことを根に持ってるらしい。
さらっと目線も合わせずスルーすると、項垂れた姫さんの「私、王女なのに……」というお決まりの呟きが聞こえた。
「もしかして、そのガキもお前のアーティファクト……とかじゃねえだろうな?」
「バカ言え、そんなんだったらとっくに首輪つけてるわ」
「ちょっとハジメさん?人のこと犬扱いするのはやめてくれない?」
犬っていうか死神だけどな。
「それにしても、お前が侍らしている女達もとんでもないな。どこで見つけてきた? こんな女共がいるとわかってりゃあ、俺が直接口説きに行ったってぇのに……一人ぐらい寄越せよ南雲ハジメ」
「馬鹿言うな。ド頭カチ割るぞ……いや、ティオならいいか」
「っ!? な、なんじゃと……ご、ご主人様め、さり気なく妾を他の男に売りおったな! はぁはぁ、何という仕打ち……たまらん! はぁはぁ」
「ダメ。ティオはあげない」
「う、ウサギ、お主……」
「尻尾の抱き心地が、いいから」
「はぅんっ!まさかの抱き枕程度の扱い!誇り高き種族である妾が、んっ……下着変えねば」
紅潮した顔から一転、真顔になっていそいそと部屋を出ていくティオに俺は皇帝を見る。
「ちょっと問題あるが、いい女だろ。見た目だけは」
「すまんが、皇帝にも限界はある。アレは流石に無理だ」
チッ、どうせなら押し付けていこうと思ってたんだが。
変態を処分できなかったことに内心舌打ちしていると、今度はシアのことを見る皇帝。先ほどよりいくらか鋭い目つきだ。
「俺としてはそちらの兎人族の方が気になるんだがね。そんな髪色の兎人族など見た事がない上に、俺の気当たりにも動じない。最近捕まえた玩具を思い起こさせるんだが、そこのところどうよ?」
玩具、という言葉にシアの体が震える。机の下でウサギとユエが手を握るのがわかった。
「玩具なんて言われてもな……」
「心当たりがないってか? 何なら、後で見るか? 実は何匹か
「興味ないな」
ハッタリだ。全員脱出させたことはもう確認してある。
皇帝はピクリと眉を動かし、さらに畳み掛けるように質問を重ねてきた。
「ほお? そいつらは詳細が不明かつ、強力無比な装備を持っていたんだがな。興味がないか、
「ないな」
そもそも俺が作った物じゃない。シュウジがプロテクトをかけているのか、機能の解析も不可能だろう。
「……そうかい。実はそいつらが昨晩脱獄したんだが、この帝城にいとも容易く侵入し脱出する、そんな技能や魔法を知らないか?」
「知らないな」
「……はぁ。ならこれで質問は最後だ、神についてどう思う?」
「興味あると思うか?」
あえて嘲笑うように言ってやれば、皇帝はガリガリと頭をかいて「わかったわかった」と諦めた。
それでも楽しそうに笑ってるあたり、色々と察しているのだろう。さすがと言うべきか、抜け目のない男だ。
若干感心していると、部屋の中に兵士が入ってきて皇帝に何かを伝える。奴は仕方がないと呟いて立ち上がる。
「まぁ、最低限、聞きたいことは聞けた……というより分かったからよしとしよう。ああ、そうだ。今夜リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く。是非出席してくれ。姫と息子の
天之河達が息を飲むのが分かった。硬くなる姫さん達の表情からして、言っていなかったのだろう。
まあ、正式な王位継承者でもない姫さんがやってきた時点で、なんとなく察してはいたがな。
「真実は違くても、無知な奴には〝勇者〟や〝神の使徒〟の祝福は外聞がいい。頼んだぞ、形だけの勇者君?」
唖然としている天之河に一方的に言い、皇帝は颯爽と部屋を去った。
バタン、扉の閉まる音が響く。それによって天之河はハッと我に帰った顔をして姫さんを見る。
「リリィ、婚約って……」
「……同盟国である帝国の連携強化のためです。真実はどうあれ、今再び魔人族に攻め入れられたら我が国は終わりです」
「こういうのは、長女のベルナージュ様に行く話じゃないの?」
「いえ、鈴。以前から私と皇太子殿下ということで婚約の話があったのです。それが今回で正式なものになる、というだけのことです」
「なるほど。つまり今国で一番優れた為政者であるベルナージュ王女には統治者としての責任が課され、姫さんは帝国との関係を深めるための人身御供ってわけだ」
天之河がこちらを睨んでくるが、姫さんは苦笑いしながらも頷いた。
「……リリィは、その人が好きで結婚したいのか?」
「これは王族としての責務であって、感情の問題ではありません。ただ、あちらにはすでに何人もの愛人がいらっしゃいますので、その方達の機嫌を損ねることにならないか、今から胃の痛いことです」
「……そうか」
てっきりもっと突っかかるかと思った天之河は、声を荒げることも、皇帝多いかけることもなかった。
代わりにただ拳を握りしめ、自分の感情を押さえつけるように歯を食いしばっている。最近では珍しくもない光景だ。
きっと奴は今、直感しているのだろう。自分と姫さんの間に到底超えられない壁があることを。
そんな風に、若干一名沈鬱な空気のままに皇帝への謁見は終わった。
結構感情的なシュウジ。
多分この章は15話くらいになりますね。