やはり熱い展開はダメか……ギャグか、ギャグなのか!?
とか思いつつも今回も重いです。ダジャレじゃないよ。
楽しんでいただけると嬉しいです。
ルイネの憂鬱 前編
ルイネ SIDE
「依頼の達成を確認いたしました。では、ステータスプレートをお返しします」
「ああ、ありがとう」
この町では珍しい、いや、ここ以外にはいないと言える人間の受付嬢からプレートを受け取る。
そこには私の力と、そしてこの数カ月で上昇した冒険者ランクを示す点が記されていた。
「いつも助かっています。我々だけでは手が足りないことも多くて」
「いや……それがこの街にいる私の義務のようなものだからな」
「ふふ、そう言ってくださると助かります」
もう何ヶ月もいれば、自然と顔見知りにもなるというものだ。
片手で口元を隠し、上品に笑う受付嬢からは育ちの良さを感じさせた。
この街は王国に保護された特別な場所だ、当然派遣される冒険者ギルドの職員も厳選される。
彼女は、貴族の娘であるにも関わらず冒険者ギルドに属し、その立場と実績からエリセンに派遣された。
街を警護する兵隊も同様に、地位や功績などで認められた者達。つまりがエリートとも言える。
対して、この世界の身分としては一介の冒険者に過ぎない私は、こうして生活費を稼いで暮らす日々を過ごしていた。
「では、また今度来る」
「はい。あ、今日はいいお魚が入ったみたいですよ」
「情報感謝するよ」
茶目っ気のある彼女にふっと笑い、私は冒険者ギルドを後にする。
潮風で痛んだ扉は軋んだ音を立て、私のことを見送ってくれる。
我ながらセンチメンタルだなと呆れつつも扉をくぐり、外に出た途端に空気が一変した。
文字通り開けた世界は、まず最初に海上特有の海の匂いと吸い込まれそうな空を主張する。
夕暮れ時に差し掛かり、赤らんだ空は、私が生まれ、生きて……彼に出会った世界と変わらない空。
「……どこの世界も同じなのに、あなたはもういないのだな」
気がつけば、そんな言葉がまた口を飛び出していく。
この数ヶ月で、何度こんなことを口にするのはやめようと思っただろう。
けれど私の意思なんて関係なく、否応なしに後悔と未練が言の葉を紡ぎ出してしまうのだ。
「ああまったく……なんて不便な口だ」
そう自分の体に悪態をついて、扉にかけていた手を離すと
海上都市エリセン。
海人族の住処として知られるこの街は、あの決別の日から今や私の故郷の一つになりつつある。
仲間意識が強く、外からの干渉には否定的だが、それは自分の大切なものを守る心の裏返しだ。
元よりそのつもりはないものの、そのような気質を持つ彼らを嫌厭することは私にできるはずがない。
むしろ、余所者である私がここにいるからには何かをする必要がある。
それは必然的に、海人族たちの手助けとなる。
例えば歳をとった海人族の介護、魔法による漁の補助、周囲の海の警邏の同行などなど。
冒険者ギルドは設置されているものの、ほとんどがそのような依頼で、半ば集会場と化している。
そうして少しでも馴染もうとして、結果的に彼らに好意的に接してもらえるようになった。
案外、どこにでも良い人々というのはいるものだ。
などと思っているうちにこの街で唯一の…元から複数である必要がない…魚屋に着いた。
「やあ」
「あらルイネちゃん、今日のお仕事はもう終わりかい?」
「ああ。中々網の引き上げは大変だったよ」
「そんなほっそい体してるのに頑張るねえ」
からからと豪快に笑う海人族の夫人は、その気質に見合った体つきをしている。
かつては魅惑の美貌の持ち主だった、という話を聞いたのは、何度目にここを訪れた時だっただろうか。
ともあれ、どうにか溶け込んだこの小さなコミュニティの中で彼女は気の良い人物の一人である。
「それよりも、良い魚が入ったと聞いたのだが」
「おおっ、耳が早いね。これだけど、買っていくかい?」
「ふむ……では二つ、いや三ついただこう」
「まいどあり!」
金を払い、受付嬢に言われた通りに上質そうな魚を手に入れる。
「あんまり頑張り過ぎないことだよ。じゃないとあの可愛い娘さんも心配するからね」
「お気遣い感謝するよ」
「旦那さん、早く帰ってくるといいねえ」
「っ……」
何気なく放たれたその一言に、心臓が締め付けられる錯覚がする。
全くもって悪意のない言葉。
彼女も、他の住人たちも、彼のことを知っている。あれだけ派手な登場をすれば、誰だって顔を覚える。
だから彼女は、ごく普通に、この年頃の女性が普通に口にするように、ここにいない彼を指摘した。
ただ、それだけなのだ。
「……ああ。そのためにも立派に娘を育てなくてはな」
「頑張りなさい! うちの子もやんちゃだったからねぇ、ちょっと厳しいくらいがちょうどいいよ!」
「アドバイスありがとう」
会話を切り上げ、その場を去る。
足早にならないように、背後で私を見送る彼女を不快にさせないように、平然を装い歩を進めた。
しばらく行って、彼女の視線が完全に消えたところで、止めかけていた息を深く吐き出す。
「はぁ……私は何をしているんだ」
あれしきの言葉、それもこちらを慮ってくれたもの。
前の世界では、王の椅子を簒奪されてから、誰一人として向けてくれなかったごく普通の善意。
ただ一人……誰より理不尽を悪と断罪し、私に手を差し述べてくれた彼を除いて。
「……また、そんなことを考えて」
我ながら学習しない…いや、前を向こうとしない心に呆れしか湧いてこない。
独り言がやけに多くなってしまったのは、間違いなく数ヶ月前の〝あの日〟からだろう。
彼は……
もう私のことなど忘れ、ハジメ殿たちと共に元の世界へ帰るために旅を続けていることだろう。
そちらの方がいいのだ。彼にとっても、私にとっても……
あの夜にそう突き放したのは、私なのだから。
それに、彼の隣には雫がいる。
同じ女の私から見ても、彼女は素晴らしい人間だと言えるだろう。
責任感が強く、真面目で、それでいてとても一途。彼と一緒で少々背負いすぎるきらいがあるが、むしろお似合いとも言える。
まあ、あれだけ酷い言葉で彼を拒絶し、彼女に恨まれているだろう私がこのようなことを思っても仕方がない。
それでも、彼の旅路にはもう、憂いはないはずだ。何故なら私という最大の厄介事が離れたのだから。
……なんて、善人ぶるのはやめよう。
彼を慮るような気持ち、言葉の裏にあるのは、結局は私自身が傷つきたくないという願望だ。
これ以上彼のそばにいてしまえば、私の中の大切な〝何か〟がどんどん失われていく気がして。
あの人との思い出が薄れて、彼への気持ちがもう叶わないものなのだと、そう突き付けられるようで怖いのだ。
なんという臆病者。これでは地べたを這いずっていた頃の方がまだ勇気があった。
今の私を見たら、あの人や、傲慢な妹分や……私たちを裏切った姉は、どう思うのか。
考えれば考えるほど暗い考えにしかならなくて、そのためにここ数日仕事に打ち込んだはずなのに意味がない。
無理やりにそれを振り払い、半分ほど傾けていた意識を全て現実に戻す。
「あ……もう着いたのか」
するとどうだ、もう目の前に今の我が家があるではないか。
どれほど不覚思考の海に沈んでいたのだろうと自嘲して、帰宅を知らせるために軽く戸を叩く。
それから少し大きく、中にいるだろう者に向かって声を投げかけた。
「私だ。開けてくれ」
そう言って少し待つと、トテトテと軽いものが走る音が扉に近寄ってきた。
その音が扉の前で止まり、ドアノブを何回かカチャカチャと上げ下げしてようやく開けた。
「ママ! おかえり!」
「ああ。ただいまリベル」
笑顔で出迎えてくれた愛娘の頭を撫でると、彼女は気持ち良さげに微笑む。
「あっ、それおさかな?」
その顔に幸福感を感じていると、目ざとくリベルは私の持ったものに気がついた。
「ああ、今日のものは良いらしいぞ」
「やった! ミュウちゃんも喜ぶ!」
「ああ。レミアさんと一緒に美味しく料理するからね」
ここ数ヶ月の生活ですっかり魚が好きになったのだろう、嬉しそうに体を揺らす。
可愛らしい仕草に自然と頬が緩みながら、いつまでも玄関先で立ち話もなんなので中に入った。
リベルと手を繋いでリビングへ行くと、そこでは海人族の親娘が絵本のようなものの読み聞かせをしていた。
「レミア殿、今帰った」
「あら、おかえりなさいルイネさん」
「あ、ルイネおねえちゃん!」
「ミュウも……た、ただいま」
「うん、おかえり!」
何度言っても、この言葉を使うのは慣れない。
ここは私の居場所ではない。そもそも、本来この世界のどこにも私の居場所はないのだ。
だというのに、厚意で住まわせてくれている彼女達には感謝しかない。
「ミュウちゃんあそぼー」
「いいよリベルちゃん」
「あらあら、仲良しね」
「うん! ねーミュウちゃん」
「ねーリベルちゃん」
笑顔で示し合せる娘たちに、心が温かくなっていく。
それで自分勝手な疎外感と居心地の悪さを誤魔化して、私はレミア殿の家事を手伝うことにした。
「いつもありがとうございます」
「いや……この程度のことはしなくてはな」
今はもうほぼ完治しているとはいえ、彼女は一生歩けなくなるほどの傷を負っていた。
そんな彼女の手伝いをすることは、生活費を入れているとはいえ、リベル共々居候させてもらっているのだから当然。
むしろ、これしきのことで恩返しをできているのかと不安になるほどに、彼女はいつも穏やかな女性だ。
「ふふっ。ミュウもリベルちゃんに懐いていますし、南雲さんたちが帰ってきたらまた一緒に暮らそうかしら?」
「それは……」
言葉に詰まった。
ほんの軽い冗談だ。もっとも、ユエたちといい勝負をしている彼女は半分は本気だろうが。
ミュウちゃんも南雲殿に、本当の父親のように懐いている。
だが……
「そう、だな。彼はきっと、あなた達のことも大切にするのだろう」
その時、私はどうするのだろうか。
元いた世界は、もはや滅んだ。北野殿とは決別した。
ならば、最後の拠り所と言える彼女達が南雲殿達と一緒に行けば、私は……
「……まるで迷子になった子供のようね」
「え?」
「あら、ごめんなさい。でもそんな顔をしていたから」
「そう、か……」
暗殺者として、感情を隠すことは得意だと思っていたのだが。
その技術が鈍るほどに……私の心は、どこかを彷徨っている。そういうことなのだろう。
「わからないんだ。自分がどうすればいいのか、どうすることが正しいのか」
正しさを求めることは、国を取り戻すために多くの同胞を殺した私には相応しくない。
それでも、ずっと心は欲している。正しい選択を、すべきことを……それを誰かに導いてもらうことを。
私は弱い女だ。誰かの手助けなしでは己の望みすらも叶えることのできない、軟弱者なのだ。
「ずっと、助けてくれた人がいた。その人は無力な私の手を取って、やるべきことを教えてくれたんだ」
「それって、北野さん?」
「いや……もっと違う人間だよ」
彼は、マスターではない。
同一視はできない。重ねることすらおぞましい。
作られた人格。マリスを拒絶したマスターを消し、彼女を敬い、そして愛するために作られた人形。
たとえ同じ記憶、同じ感情を持っていたとしても。
彼は私を救ってくれた男では……ないのだ。
「あなたの言う通りだよ。私は迷子……座り込んで後悔し、泣きじゃくることしかできない子供そのものだ」
本当に進むことを望んでいるなら、彼についていけばよかったのだ。
たとえどんなに苦しかったとしても、それでも共に歩んで、マスターへの未練を少しずつ忘れるべきだった。
けれど、マスターを理由にして、可愛い娘の思いやりに甘えて、今こうして話を聞いてくれる彼女の厚意に堕落して。
そうやって、
向き合わなくていい大義を、理屈をつけて、ずっとずっと目をそらしている。
だって……ああして、もう一度言葉を交わしてしまったら。
「諦められるはずが、ないじゃないか……」
「……そうね。失ってしまった大切な人が、もし目の前に現れたら……二度となくしたくないって、思うものね」
彼女は、そう言って右手の人差し指を私の頬にそっと触れさせる。
私よりも背が低く、まるで持ち上げるように優しく頬を撫でた指が離れた時……そこには雫があった。
「あ……」
「本当に、本当に大切な人だったのね……そうじゃなかったら、こんなふうに涙は流せないわ」
「す、すまない。こんな重い話をして……」
「いいの。いつもお手伝いしてくれる、せめてもの恩返しよ」
にこりと笑う彼女は、私などよりも断然いい女だ。
彼女もまた、かつて愛した相手を失っていることを今更ながらに思い出す。
それでも全力で娘を愛し、そして南雲殿に思いを寄せるレミア殿は……とても強い。
「いつからこんなに私は……いいや、元から弱かったのかな」
「私もか弱いから、おあいこね」
「ふふ、ユエ殿達に真正面から勝負できるあなたの胆力には負けるよ」
「女は度胸、よ」
不敵に笑う彼女に、私もなんとか微笑み返して。
けれど、結局甘えてしまった自分が……とても恥ずかしかった。
シュウジの説教は幕間が終わってからだよ⭐︎
創作意欲になりますので感想をお願いいたしまっす。