楽しんでいただけると嬉しいです。
翌日も、私は依頼を受け海人族達と行動を共にしていた。
涙を見せたことを恥じ、いつもより早めに家を出てしまったのは少し感じが悪かっただろうか。
……いや、いつまでも引きずっているわけには行かないな。この後悔を紛らわすためにも、仕事に励もう。
「ここが報告されていた海域だな。各自、油断するな!」
「「「おう!」」」
気合の入った返事をする彼らに、私も気を引き締める。
今日の依頼は、町周辺の海域に徘徊しているという魔物の討伐。
いかにここが保護街とはいえ、何もその治安の全てを王国の兵士たちに頼っているわけではない。
国内に魚を供給して利益を得てはいるものの、基本は自給自足、自衛が基本。魔物も多い海では尚更に、だ。
「ルイネさんも、よろしく頼む」
「ああ、援護は任せてくれ」
進捗に周囲を調査する海人族たちに、私もチンチ魔法を展開した。
不思議なもので、この世界の魔法は本来、わざわざ魔法陣を用意して、大仰な式句を唱えなければならないはずだ。
だが私は、以前と同じように魔法陣を脳内に構築し、それを魔力で実態化させることで実現できている。
そうでなければこうして翼を使わずにあえて飛行魔法で飛ぶことはできないし、他の魔法も使うことができない。
これは私がこの世界の遺物であるためなのか……それとも、マリスに魂をいじられでもしたのか。
どちらかはわからないが、ともかく異能力も魔法も自在に使えることは、今の生活を成り立たせるには必要な力だった。
「……北に数十メルほど。そこに強い反応がある。他はまばらだ」
「よしわかった。では各自別れて魔物を掃討。半分は俺についてこい。大物を取りにいくぞ」
リーダー格の青年に従い、彼らは散開していった。
それを見届け、私も残りの海人族たちと共に魔法に反応した一際大きな魔物に向かって、彼らの頭上を飛んだ。
常時展開している魔法の示す反応が近くなったところで、少し加速して彼らの前で静止する。
何度か共に仕事をしているため、彼らはすぐに止まり、用心深く槍を構えながら私の睨む方を警戒した。
じりじりと接近して、ある一定の距離まで近づいた瞬間。
「し、下からくるぞ!」
グォアアアァアアアアッ!
海面下を見た一人が言ったのと同じタイミングで、いわゆるサメに酷似した魔物が水飛沫を上げ飛び出した。
頭頂部に鋭い剣のような突起があるその魔物は、先ほど声を上げた海人族に鋭い牙を剥き出しにして襲いかかる。
「くっ!?」
「取り囲め!」
かろうじて槍で防いだ海人族に続き、他の面々が雄叫びと共に魔物に攻撃を始めた。
「ふっ!」
「うぉっ!?」
私もすぐに参戦し、鋼糸で食いつかれていた海人族を救出する。
「無事か?」
「あ、ああ」
横抱きに手の中に収まった12、3ほどの青少年は、私の顔を見てぽかんとした顔で頬を染めた。
特に怪我はなさそうなので、海面ギリギリまで降下して彼を下ろすと、私も魔物の討伐に加勢する。
ここは海上で、刃物や鎧を形成するための金属を集めるには不向きな場所だ。
そのため、このまま鋼糸を用いて動きを封じることを選択し、素早く両腕を振るって糸を飛ばす。
魔力を伝って変幻自在に宙を舞う二本の鋼糸は、寸分違わず魔物の全身に絡みつき、泳ぐために必要な筋肉の動きを阻害した。
ゴ、ガ、ァアアア……
「今だ」
「はぁあああっ!」
動けなくなった魔物に、一斉に槍が突き出される。
修練の賜物だろう鋭い一撃は、泳ぎ回っていた先ほどとは裏腹に確実に魔物の全身を貫いた。
ビクンと体を振るわせ、しばらくもがいていた魔物だが、すぐに動かなくなる。
海人族達は念入りに死んだかどうかを確認し、完全に絶命したことを確認すると小さな歓声をあげた。
「ふう、なんとか終わったな。ルイネさん、感謝する。こいつを助けてくれたこともな」
「あ、ありがとう」
やや荒く頭を撫でるリーダーの男に、大人しくされるがままの少年は礼を言ってくる。
兄弟なのだろうか。よく見れば顔立ちもどことなく似ており、仲は良好そうだ。
「いや、気にしないでくれ。それが私の仕事だからな」
「それでも感謝するよ。さあお前ら、他の奴らと合流して帰るぞ」
「「「はい」」」
討伐した魔物を縄で縛り、晴れやかな顔で引いていく海人族達に私もついていった。
他の魔物も討伐し終えたようで、すぐに全員が集まって帰路に着く。
道中は特に何事もなく、警戒が無駄になるほどにあっさりと街についた。
警備隊が海に出る港で魔物の確認をとり、責任者に依頼完了の書類をもらうとすぐにその場を去る。
背後から視線を感じるが、それを気にすることなく私は足を進めた。
いつかはわからないが、いずれ私はこの街を去るだろう。
そのためにレミア殿達以外とは必要以上に接触はしない、それが私の中のルールだ。
ギルドでいつものように手続きを行い、報酬金を受け取ると家路についた。
時刻はもう昼過ぎ、体感ではおよそ二時ほどか。
昨日あんな弱音を吐いたせいか、いつもより随分と早く仕事を切り上げたことに若干の自嘲を覚える。
とはいえ、リベルとお話をすることも大事な仕事……否、楽しみなので、いくらか軽い気持ちになった。
「今帰ったぞ」
扉の前に立ち、戸を叩く。
しかし、いつも私を出迎えてくれる愛娘の足音は聞こえず、しんと静寂のみが周囲を包み込んでいた。
何かがおかしい。
瞬時に判断し、魔法を展開すると三人の反応は確かに家の中にあった。
だというのに、全く動く気配がなかった。魔法が狂っているわけでもなければ、ましてや死んでいるわけでもないのに。
「まさか……」
もしや神の手先が、ホムンクルスのリベルのことを……!?
「くっ!」
焦燥と共にドアを勢いよく開け、家に入る。
中に入ったものの、やはりなんの物音もなかった。
はやる気持ちをどうにか抑えながら、リビングへと走る。
エリセンの街の中でもそこそこ大きなこの家の廊下は、まるで永遠のようにも感じられた。
「リベル! ミレア殿、ミュウちゃん!」
もはや蹴りつけるのと同義の勢いで扉を開けると……リビングはいつも通りだった。
荒らされているわけでもなければ、家具が紛失しているわけでもない。
ただ、ソファで仲良く三人眠るリベル達と……そのすぐそばに腰掛ける、赤い怪人を除いて。
『ようルイネ、久しぶりだな』
「……エボルト」
振り返り、水色のバイザー越しに私を見る怪人。
ブラッドスターク。
エボルトが使う、エボルとは違う仮初の姿。
北野殿と共に旅を続けているはずの彼は、どうしてか私たちの家にいた。
『顔色は良さそうだな。どうやら元気にやってるみたいで安心したよ』
「……何の用だ。言っておくが、私は」
『おっと、そんな怖い顔をするな。別に連れ戻しに来たわけじゃない』
両手を顔の前で振っておどけるエボルト。
常に北野殿と一緒に不可思議な言動をとり、つかみどころの無い話し方をする彼は信用できない。
前の世界で何人も出会った者達と同様に、得体の知れない人物だが、北野殿の意思を尊重していることだけはわかる。
『安心しろ。リベルたちはただ眠ってるだけだ。俺だって可愛い娘に手は出さないさ』
「……その言葉を信じよう」
『そいつはどうも。いやあ、少し背が伸びたか?』
スーツに包まれた赤い手で、リベルの前髪に撫でるように触れる。
その仕草に含むところはなく、とりあえず私は数歩近付いて緊張を解いた。
「4センチほど伸びた。どうやらホムンクルスも成長するらしい」
『おそらく、休眠状態から覚めると成長を始めるんだろう。俺も何かと色々な実験をしたが、解放者たちの技術には度肝を抜かれるよ』
「私もさ……それで。何もこんな和気藹々とした世間話をしに来たわけでもあるまい?」
『ああ、まあな。ここにはあるものを取りに来たんだ』
「あるもの?」
この街には特に、北野殿たちがエボルトをよこす程に必要とするものはないはずだ。
とすると、必然的に私やリベルたちの所有物と限定されるが……
どうやら、ゆっくりとこちらに向けられた視線からして正解のようだ。
『ハザードトリガーを、俺に渡せ』
「……それだけか?」
『なんだ、あいつから貰ったものだから大事に取っておきたいのか?』
「……意地の悪い聞き方をする」
彼を傷つけ、遠ざけた私にわざわざこのような言い回し。
年若い頃であれば食ってかかっただろうが、生憎とそのようなことができるほど純粋ではない。
もはや触れてもいなかったそれを軍服のポケットから取り出し、エボルトに向かって放る。
奴はそれを危なげなく掴み取り、ひらりと自分の方に手の平を向けて確認すると頷いた。
『よし。助かったよ、わざわざ新造する必要がなくなった』
「もはや私には不要なものだからいいが……何に使うんだ?」
なんとなしにそう聞くと、エボルトはしばし黙り込んだ。
それまで饒舌に喋っていたのとは裏腹な態度に首を傾げていると、エボルトは一人がけ用のソファに背を預けた。
『さて、どう説明したもんかねぇ』
「なんだ、厄介な事情があるのか?」
『いや……ただ、こいつはハジメ達すら絶対に知らせちゃならないことだからな』
「南雲殿達でさえも……?」
北野殿は、私がいた頃から様々なことを裏でやっていた。
詳しくは聞かなかったが、少なくともそれが彼の大切なものを守るための行いであったと知っている。
そして彼は、必ず最後には必要なことならば説明をする。それでどんなに自分が罵られようとも。
彼は……マスターの後継たる彼は、そういう男だ。
「……ならば、私が聞く義理はないな。知ったところでどうすることもできない」
『だろうな──だが、それがお前の望みも叶うものだとしたらどうだ?』
「……何だと?」
その一言に、私は少なからず興味を引かれた。
長く悩みを抱え、居心地の良い環境にむず痒さを感じていたからだろうか。
その時のエボルトが、まるで大口を開けた大蛇のような雰囲気を醸し出したことを悟れなかったのだ。
『薄々勘付いているだろうが、ここに来たのは俺の独断だ。なんせあいつは今、お前に会おうとは思ってないからな』
「っ……そうか」
『こいつを回収しに来たのは、まあついでだ。さっきも言った通りまた作れるからな。それよりも重要な話を、お前に聞かせにきた』
「……随分と焦らすな。何なんだ、その話とは」
『おお、聞く気になったか。じゃあ教えてやるよ──』
そこで、一度言葉を止めて。
『あいつは──北野シュウジは、全てを救うつもりだ』
そう言った。
「全てを……?」
『ハジメ達も、この世界の人間も、あいつが裏で踏み潰した人間どもも……お前のことも、何もかもあいつは最後に精算するつもりなのさ』
「精算……ははっ、そんなことできるはずがないだろう」
過去は覆らない。
あの人は死に、姉は裏切り、そして私も裏切った。
その事実はもう消えない。彼と決別したことがなくなるわけでもなければ……あの人が、戻ってくることだって。
『いいや、俺はその方法を
そして、とエボルトは言って。
『
「……っ!」
……それでは、まるで。
かつて、自分の行いを償うために己を犠牲にした一人の男のようではないか。
『誰にもそれは止められない。あいつ自身がそれを受け入れ、止める気がないからな。既にその為に必要なピースは揃い始めている』
「ハザードトリガーは、その一つというわけか」
こくり、と頷くエボルト。
『災厄のトリガー、破滅のトリガー、十の黒いボトルとパネル……そして
「……どういうことなんだ」
『それは──』
そして、エボルトは私に話した。
彼のやろうとしていることを。
彼が進める恐ろしい計画を。
彼が計画に必要不可欠なエボルト以外の、誰にも明かさない目的を。
自ら定めた、その終着点を。
『──この結末を、あいつは既に八割完成させている』
「な……そ、それでは北野殿はっ!」
『あいつの計画が完遂した時、世界は革命を迎えるだろう。古い世界は塗り変わり、新たな世界が幕を開ける』
「で、でもそれでは彼は、彼だけはっ!」
『ああそうだ。あいつは……消える』
エボルトの言葉は冷徹だった。
体が震える。思考が定まらない。
息が乱れ、自分が真っ直ぐ立っているのかさえも疑わしい。
自分が激しく狼狽していることがわかる。その原因は心に渦巻く大きな感情だ。
この世界の人々全てを巻き込む壮大な計画への戦慄ではない。
もしかしたら、あの人を取り戻せるかもしれない可能性が見えたことへの喜びでもない。
それよりももっと原始的な感情──恐怖。
だって、その計画はまるで、本当にあの人の最後と同じだから。
『良かったなぁ、ルイネ。お前の大事な大事なあの人は、帰ってくるかもしれないぜ?』
「っ、エボルト……!」
……ようやく、気がついた。
こいつはさっき、ハザードトリガーを私から受け取る必要はないと言った。新たに作ればいいのだからと。
それならば、どうしてここへ来た?
なぜ私に、南雲殿達ですら……いいや、彼らにこそ絶対に聞かせられないだろうこの話をした?
どうしてこの怪物は──こんなにも暗い歓喜を言葉の裏に滲ませているのだ?
「貴様、まさか……」
『おっと、一つ言っておくことがあった──俺がここに来た本当の目的はな』
言葉を遮り、グンと立ち上がったエボルトの顔が近づく。
至近距離、その仮面に鼻先が触れそうな近さでじっと見つめてくる感情のないバイザーに、私は喉が引きつった。
『お前へ報復する為だよ。たとえどんな事情があろうと、あいつを裏切ったお前への復讐を、な』
「ッ……!」
『目的は果たした。個人的な用事もな。せいぜい悩み、狂うがいい。チャオ!』
場違いなほど陽気な声でそう言って、煙に包まれたエボルトは姿を消した。
「……私、は」
ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回はあのおじさんが出るよ。
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